【完結】虹彩の奥底   作:扇架

112 / 117
今更抜けてる箇所に気付いたので(pixivで言うところの#43)追記。本編完結とか言っといて今更すぎる。


不死鳥の騎士団③

「……幸せになれるかどうかは」

 畢竟、わからない。

 神の恩寵を世の苦しみを祓うために使いたい。そう言った女――先視の神女は、憂いをその眸に刷いた。

「それでも、私にできる限りのことはしてやりたいと思う」

「どうせ私たちが死んだあとのことだ」

 お前がなにもかも背負う必要はないんじゃないか。彼は投げやりに言った。彼に先視の苦しみはわからない。わかったふりをするのは不誠実というものだ。だからこう言うしかない。楽になってもいいんだぞ、と。

「――お前は」

 死んだ「後」を託される者だからな。私が死のその「後」に託すのと違って。

 先視は苦く笑う。彼は沈黙した。死者の足跡、その思いを託される者と己の死の先へ、時の果てへと託す者。過去と未来……。時を視る者。しかし背中合わせの二人。

「私の杖をその先へと託す」

 彼は親指を折る。他になにかあるか、と先視を見やれば、嘆息された。

「……わからんよ。時の霧の彼方、未来は変化する。やらないよりいい、くらいのものかもしれない――紅い星が輝くであろう

 声が変化する。城の地下、秘められし『思索の間』に、神女の声が木霊する。

 彼は息を殺した。何かが降りてきている。それか、神女の内側から浮かび上がってきている。眼を伏せる。とてもではないが、神女の姿を直視できなかった。卑小なる身には過ぎた威なのだ。

その者は魂を裂くであろう

 愚者なり、と「それ」は断じた。愚者なり。理に背く者なり……。

禁を犯すは七度。いいや、それでは足りぬ

 深淵に足を踏み入れる。穢れた者となる。呪われし者となる。

 子羊を手をかけようとする。太陽を射落とす。あらゆる悪を成す。そんな道筋がある。禍つ星……。

蛇遣い座の名を持つ者よ

 顔を上げよ。

 絶対的な力に、彼は伏せていた面を上げる。そうするしかなかった。逆らうことは赦されない。

お前に言の葉を託そう

 血に託そう。記憶に預けよう。時の彼方に届くように。

時の一枝にて

 黄金の杖を持つ者よ。呪いと祝福を受けし者よ。

 禍つ星と対峙したその時。

 ■■■■■■。

蛇遣い座よ

 「それ」は優しく言った。

確かに告げたぞ

 預けたぞ、この言の葉を……。

 ふつ、と言を切り「それ」は眼を閉じる。神秘の色が隠れ――また現れる。なにかが潜み、あるいは去る。そうして先視の神女が帰ってきた。

 ひゅう、と神女が息を漏らす。彼は立ち上がった。過去を視る者は、未来を見通す者へ駆け寄った。一歩、二歩、三歩。そうして細い肩を掴んだそのとき。

 先視の神女のその唇から、紅が飛沫いた。

 

――ロウェナが

 先視が、彼の友人が、同志が視たものは。血を吐いてまで視たものは。

 よりよい未来へ繋がっているのだろうか。

 どこかで間違っているのではないか。

 むせるような鉄錆の香、ぴしゃん、と滴るものの音。

 彼は呆然と立ち尽くした。地下――彼の領域の、その一室。ひそやかな研鑽の場。

 そこには彼の生徒がいる。穏やかな気性の子だった。彼の生徒たちはいわゆる魔法族以外――只の人から生まれた者たちと、一線を引く傾向があった。只の人に思うところがある者が多かった。そんななかでこの子は、只の人から生まれた者どもと、巧くやっていた。同じ学び舎にいるのだものと言って。彼よりもよほど理想的な人間で、正しい子であった。彼は己の歪みに気づいていた。どうしても消えないしこりがあることをわかっていた。それでも知らないふりをしていた。彼らとともにいたかったから。

 のたれ死にしそうになっていた彼を拾った放浪の剣士への恩もある。絶対にありがとうなどと言ってはやらないが、彼を助けたのは確かにあの剣士だった。投げやりになっていた彼に夢物語のような理想を語ったのも剣士であった。そんな夢物語の実現に彼を引っ張り込んだのも剣士であった。そうして仲間ができた。

 夢物語は現実になった。城ができた。魔法の徒のための学び舎が生まれた……。

――そして

 崩壊するのだろう。

 彼の生徒がいる。よい子であった。もしかすると己の子よりも――あの「神」の伝言を確実に届けるために、散り散りになった一族のその傍系を見つけだして交わり、生ませた子よりも――可愛がっていた。よい癒し手になるのではないかと期待した。

 それが。

 ただの血と、ただの肉になっている。

 そして獣が転がっている。彼の生徒だったものの、ただ中に。仰向けになって。その唇には肉片がこびりついている。その口元は紅に彩られている。その胸には矢が突き立っている。

「ゴドリック」

 絞り出した己の声が、震えている。もしかすると親を殺された時よりも。

「これは、どういうことだ」

 ああ、両の眼が熱い。灼熱に包まれている。

「……サラ、」

「呼ぶな」

 女のように呼ぶな。愛称などいらない。ずっとずっと言っていた。少し煩わしくて、けれど本当に疎んじていたわけではなかった。いままでは。

 振り向く。青ざめた顔の剣士――いいや、騎士と、その従者がいた。主が動揺しているのに対し、従者は静かな面をしていた。そうだ、と彼は思い出した。この従者は――ノクトは狩人なのだ。腕のいい狩人。彼と騎士で助け出した……。長い時が経った……。獣を射抜くくらい容易い。たとえ人の形をしていようとも、獣は獣である。

「これは」

 吐き捨てる。

「どういうことだ」

 この獣はお前の生徒だ。それが。

「私の生徒を喰った!」

 狂っている。あまりに狂っている。喰ったところで魔法の力が増すものか。それは罪で呪いである。きっと命があったところで、私の生徒の、死の間際の念を取り込んで、壊れていただろう。これだから只の人は嫌なのだ。愚か者め。

 騎士はただ首を振った。子どものようにうなだれたその様に、笑いがこみあげた。卓越した剣の腕を持ち、己で剣をこしらえるほどの錬金術の腕前もあるというのに。とある騎士の家の、卑しい生まれだと聞いていた。母を殺されたその復讐のために、己が一族を殺し尽くしたと聞いていた。血にまみれることを厭わない男。のたれ死にしそうになっていた他人を助ける男。魔法の徒のために学舎をつくろうと言った男。苛烈であり、慈悲深い男。嫌いではなかった。むしろ、信ずるに値すると思った。己が手を血で汚す者だからこそ。泥にまみれる者だからこそ。

 それがこのように、うなだれることしかできないとは。おかしくておかしくて、おかしくて、悔しくて悔しくてたまらない。

 なぜこのようなことになったのか、わかってしまうだけに。

――切り離せばよかったのだ

 只の人を。やはりそうだったのだ。溝が深まっているのは知っていた。彼の生徒たちが只の人を見下しているのもわかっていた。ただの言葉だ、実際に決闘をしたわけでもあるまい、と放っておいた。

 そうして、力を求めて只の人が、穢らわしい者が、魔法族を喰った。純粋なる者を喰った。彼の宝を喰った!

 離すべきであった。いいや、排除すべきであった。交わるのは不幸である。そんな主張は悪心だと思う一方で、彼は密かに部屋をつくっていた……。つくるだけ。ここに悪心を封じ込めればよい。きっとそれで満足すると……だが。

 どちらが悪か。只の人に迫害された魔法の徒か。魔法の徒に見下される「只の人から生まれた魔法の徒」か。

「赦さんぞ」

 ふうぅ、と息を吐く。凍り付いたように騎士が彼を見る。ぴしゃん、と血が滴るその音が、虚ろに響く。

「只の人はわけるべきだ」

 私はそう言った。言っていたのに。

「殺し尽くすべきだ」

 あれらは害悪だ。滅ぼすべし。赦すものか。

「やめろ」

 騎士が悲鳴を上げる。ふふ、と彼は笑った。

「どちらが正しいか」

 あるいはどちらが間違っているか。

「決めようではないか?」

 作法の通り。

 にっこりと、彼は――サラザール・サーペンタリウス・スリザリンは笑った。

「一騎打ちにて」

 

 そして歴史は語る。

 

 グリフィンドールとスリザリンは決闘す。

 敗れたスリザリン、城を去る。

 

 そして、記憶は語る。

 彼らは互いの眼を切り裂いたことを。

 スリザリンが激情のままに言の葉を叫んだことを。

 それは呪いとなったことを。

 千年もの因縁の始まりだったことを。

 


 

 布団を剥ぐようにして跳ね起き、ウィスタは咳込む。喘ぎ、乱れた呼吸の中に混じるのは金気だ。片手で口を覆う。湿った感触と、濃いにおい。鼻腔も、口腔も、なにもかもが侵されている気さえする。ぜ、と何度も息を吸い、吐き、仕舞いには手を当てていられなくて、紅を吐き出す。敷布に歪んだ花が咲いた。

――遠い

 あまりに遠いところに旅をしていた。そんな気がする。

 ぴしゃん、となにかが滴る音が谺して、ウィスタはぶるりと震えた。霧に覆われた過ぎ去りし時、砕け散った夢の欠片が、ウィスタを切り裂く。燃えるような痛みと、後悔。なぜという悲嘆が牙を、爪を立てる。

 恐ろしいことが起こったのだ。取り返しのつかないなにかが、と思う。

 たまらずに寝台に横たわり、身を丸める。冬の最中、外に放り出された時のことを思い出す。なんでだったか……ウィスタは厄介者で、気味の悪いなにかで、なにもしてなくても放り出された。粗末な服を着て、今にも穴が空きそうな靴を履いて。少しでも寒さをしのごうと、ぼうぼうと草の生えた裏庭、植えられた樹の根本で身を丸めた。獣の子のように……。

 最初は、納屋へ入っていた。鍵がかけられていても問題はなかった。針金さえあればどうとでもなった。それかこっそりと室に戻った。ウィスタ一人の室。いいや、隔離されていた。小さな頃はごちゃごちゃとまとめて放り込まれていた……はずだ。そのうち、室――というか物置に入れられた。使わない、いらないものを追いやるようにして。

 その「贅沢な一室」へ戻る手もあった。できないことはなかった。孤児院の戸締まりなんてものは、ウィスタの手にかかればないも同然だった。

 障壁などなかった。だというのにいつの頃からか裏庭で夜を明かすようになった。億劫だった。今にして思えば、気力を失っていたのだろう。

 いつか孤児院から、村から出て行ってやると思っていた。希望を求めて行くのではない。洋々と開けた未来など信じてはいなかった。ただただ、牢獄から出たかった……。ウィスタを捨てた親を恨んでいた……。

 同時に、出てどうなるのかとも思っていた。成人か、成人近くまで生きたとして。村を出たとして、たいして学もない孤児なのだ。碌な職につけないだろう。親からは不要とされ捨てられた。どこにも居場所なんてなかった。よりよい明日なんておめでたい言葉は嫌いであったし、前向きだとか報われるなんて言葉も嫌いだった。そんなものは所詮育ちのいい者の、日向しか歩いていない者の戯れ言であった。

 迎えが来て、ウィスタの人生は変わった。変えたのではない。変えられたのだ。与えられた、といってもいい。

 ただ、息を殺す。秘密の箱の中に、汚らしい孤児の記憶を封印する。考えても仕方がないことはある。

 強いてゆっくりと息を吸って吐く。暴れていた心臓が、落ち着きを取り戻した。どうにかこうにか身を起こす。血が飛び散った寝台にうんざりした。なんだか変態的な営みの後のように見える。営みの知識だけはあるが……通常だろうが異常だろうが、寝台でのどうこうはウィスタには無縁だろう。

 クラムの反応を見れば明らかだ。ゲラート・グリンデルバルドに祖父を殺された男。彼の家族や、グリンデルバルドに恨みを持つ者がしでかしたこと。『グリンデルバルドの夜』。恨みと憎しみがどのように飛び火するものかわかったものではない。クラムはかつての歴史、グリンデルバルド狩りのことを恥じているようだったけれど、闇の魔法使いへの嫌悪は抱いているだろう。それは正当な感情で、責められるべきものではない。

 よって、ウィスタは秘密を墓まで持って行くべきであるし、万が一……万が一将来を共にしたいと思う「良い仲」の異性がいたとして……付き合っている人はいるわけだが……。

 考えても仕方がない。後回しだ。今すべきことをしよう。

 ウィスタは寝台を降りた。敷布を外し、布団は丸ごと回収し、収納鞄に放り込んだ。いやらしい夢を見て下着を汚すなんてことよりはマシ、と己を慰める。とりあえずグリフィンドールの部屋の浴槽にぶち込んで漬け置きしておこう。洗浄呪文だけじゃとれやしない。血はとれにくいのだ。

 そっと忍び足で歩こうとして、さらにげんなりした。寝間着もけっこう酷いことになっている。返り血を浴びた殺人鬼かよ。凶悪犯、世界の敵の孫なのだけど。

 夜も明けないうちからなにをやっているのだろうウィスタは。ため息をなんとかこらえ、窓辺に置いてある中国火の玉種のフィギュアをちらりと見る。なんともいえない重い気持ちになった。

――どうしてこんなことに

 意識すらしていない領域、深い深いその場所から声がする。

 どこで間違えたのか、と。

 誰かの嘆きは叫ぶ。

 未来に託すために、血を繋いだ。より濃くあれと願った。純粋であれと。混じりけなくあれと。

 まさかそれが。

 子孫を狂わせ――大悪を生み出すことになろうとは。

 古い古い嘆きは、黄金の杖持つ末裔が認識する前に、泡沫のように消えていった。

 ◆

「……僕は」

 今年で最後なんだよ。クィディッチができるの。勝負ができるのは!

 ホグワーツ、校庭――湖のほとり。夜の帳が払われ、射し込む陽が霧を輝かせている。北方、只の人が踏み入れぬ領域の幽玄なる夜明けの景色……デートによさそうである。デートというより、逢い引きのほうが語感が合っているだろうか。悲しいかな、ウィスタの逢い引き相手は野郎である。顔がよく性格もいいが男。クィディッチが好き。チョウのことはもーっと好き、なセドリック、愛称はセド。蔑称は「あのいい子ちゃん」である。

 なんでか二人で散歩をしている。清いおつきあいである。清くないと困るし、そもそもセドとは友人であった。「グリフィンドールの部屋」へ行って、寝直すのも面倒だったので厨房で朝飯でも……と思えば、朝の走り込みに行こうと起き出したセドと遭遇した。そして連行された。

「文句ならアンブリッジに言えよ」

 二人で湖の周りをぐるぐる歩きながら、ウィスタは返す。普段は穏やかな優等生で通している、というかそれが素なセドが毛を逆立てた猫のようになっているのには理由がある。端的に言えばアンブリッジのせいである。アンブリッジをホグワーツに送り込んできたのはファッジなのだから、ファッジのせいでもあるのか?

「あと、口を閉じていられないハリーにもな」

 スパッと言う。セドは眼を光らせた。

「ハリーは正しいだろう」

 ヴォルデモートが復活したって。あと理屈だけの防衛術なんて意味ないって。

「沈黙は金、雄弁は銀。正しいことがぜーんぶ通ってたら、世界はとっくに平和だろ!」

 セドを湖にぶち込みたくなってきた。あとハリー。そうハリー。あいつはアホか。教科書を読むだけの授業に反抗して「外の世界が平和であるもんか」と言ったらしい。そして「ヴォルデモートが復活したのに」とも言った。さて、ファッジの方針は「見ざる聞かざる」だ。ヴォルデモート復活なんて知らないもんである。当然、生き残った男の子の信用度を落とそうとする。夏休みの間、ハリーのことを頭がおかしい目立ちたがり屋とおとしめる記事を日刊予言者に書かせまくっていた。

 十中八九、魔法省もといファッジの差し金だろうが、吸魂鬼をハリーのもとに派遣したりもした。とにかく、ファッジにとってハリー(とダンブルドア)は邪魔であった。ちなみにウィスタは「拉致された被害者」で通している。

 杖を振る。耳塞ぎその他を行使した。

「証拠がないんだよ」

 ハリーが馬鹿をやらかした時に、つらつらと書いて送った内容を思い出しながら話した。

「物的証拠はない。目撃証言だけ。しかも未成年の証言。あれの片腕があれば……と思ったけど、失われた。それに、あったとしてもファッジは絶対信じない。せめて死喰い人の一人を引っ張って来れたらよかったけど、それも果たされなかった。いくらダンブルドアが偉大な「大魔法使い」でも、魔法大臣に命令はできない」

 ダンブルドア自身が、権力の椅子を望まなかったから。

――優れた者であっても

 変化するものだから……ふと浮かんだ考えを、おぼろな夢の欠片を、首を振って追い払う。

「無理矢理ファッジを蹴り落とせないんだから」

 ヴォルデモートがファッジを殺して魔法大臣の座に就いた、とかなら喜び勇む輩は多数いる。正々堂々戦える。が、今はただの馬鹿もとい、駄々っ子が大臣な「だけ」である。戦をするにしても建前がない。もっと言えば、魔法省と喧嘩をしている場合ではない。さらに言えば、なんでリアイスがそこまでやらないといけない。標的はヴォルデモートであって、大臣ではないのだ。馬鹿な大臣のケツを拭くか蹴り落とすかして正常化するのは魔法省の問題である。

 リアイスが出張る時というのは、主に魔法大臣が表向き病死、事故死、あるいは自殺……という名の暗殺をされて、次がなかなか決まらなかったり、無能だったりの場合である。中継ぎとして就任し短期間だけ務める場合もあれば、中継ぎのはずがなかなか次が決まらず十数年、下手したら二十年とかもあったようだ。リアイスは闇の勢力をボコっていれば基本的には満足なので、大臣なんて面倒な位は欲しがらないのである。嬉々として闇の魔法使いもとい「わるい魔法使い」を蹴り落とすことはあるが。

「話は『私の魔法騎士』みたいに単純じゃあないのだよセドリックくん」

「……あー、あれね……」

 セドが眼をさまよわせる。一応、セドにも関係があるといえばある話だ。古典小説『私の魔法騎士』の元になった人物の一人は、ディゴリー家の出身だ。エルドリッチ・ディゴリーの娘。大臣のご息女。簡単にまとめると、勝手に生えてきた「婚約者」こと、自称「エルドリッチ・ディゴリーの後継者」から逃げるために、とある魔法騎士一族の男と手を組む話である。小説のジャンルは恋愛である。愛と勇気でクソ野郎を倒すのである。で、とある魔法騎士一族とは、リアイスのことである。ウィスタの祖先にあたる。というか、ディゴリー家のご息女とリアイスの男がくっついたので、セドとはかなり遠いが血縁である。何倍希釈だよというくらい薄いが。セドはご息女の弟にあたる。

――実際は

 『私の魔法騎士』の「元」は恋愛というよりも恋愛バトル少しコメディ小説だったようだ。

「とにかく。俺たちはいい子にしていよう」

「……アンブリッジがクィディッチチームの再編に文句をつけてるのに?」

 なんでどいつもこいつもクィディッチになるとおかしくなるかな?

「グリフィンドールだって馬鹿じゃ……馬鹿だけど……マクゴナガルに言ってなんとかするだろう。違法性はないし」

 やっと話が本題に戻った。いや、逸らしたのはウィスタだろうか。議題。生徒の活動を邪魔しようとするあの女ってどうよ。

「クィディッチはね」

 セドがぼそりと言う。

「……魔法省がこれからどういう出方するかわからないんだから、我慢だ」

 じろりと睨まれた。たまに怖いんだがセド。

「僕だって役に立てる」

「知ってる。ディゴリー家はウィーズリー家と違って眼を付けられてない」

 だから騎士団に入らず、外部協力者くらいでいてほしい、と念を押した。なんでもかんでも優秀な人物を騎士団に集約すればいいというものでもない。分散は大事だ。

「ファッジがどんな無茶苦茶をするかわからないからだろ」

 たとえば、騎士団をいわゆる賊軍とみなしてどうこう、とか。今のファッジならやりかねない。

 ウィスタがそこまで言わずとも、セドはわかっていた。ふっとため息を吐く。

「してるしね、実際」

 ミリセント・バグノールドのご息女が投獄された。出自がクラウチ家で、死喰い人の妹だからという理由だった。ちなみに、本人はなんの罪も犯していない。ウィスタはあらましだけ知っている。お前はホグワーツに集中しろ、アンブリッジを蹴り落とせる材料、芋蔓式にファッジも引きずり落とせる材料があればなおよし、とのことだ。

 たぶん、ウィスタがもっと精神的に参っていたら、ミリセント・バグノールドのご息女の件は伏せられていたのだろうと思う。死喰い人の妹ですら投獄されるのならば、ヴォルデモートの孫なんて見つかり次第処刑だろう。最悪だ。

「父さんがカンカンで」

「うん」

「焼き討ちなら協力するって」

「やめて。たぶんそれ、シスネ嬢の立場がまずくなるからやめてあげて」

 洒落にならないやりとりを交わしながら、散歩を続行する。ちらりと隣のセドを見る。

 こいつ、わかっているんだろうか。ほんの少しなにかがズレていれば、きっとこの場にセドはいなかったろう。

 三校対抗試合、最後の課題。出発の順番は最初にハリー、次がセドだった。つまり、偽マッド・アイの妨害すらものともしなければ、セドは十分に優勝する余地があった。クラムやフラーもその可能性があったが、セドが一番危険であったのだ。

 なにも知らずに優勝杯を掴み、墓場に運ばれて、わけもわからないうちに死ぬ可能性が濃厚だった。死神はすぐそこにいたのだ。真後ろに。吐息が項にかかるくらいに。

――誰も死ななかったのが奇跡的だ

 そして、ウィスタは自覚している。「セドリック・ディゴリーが目の前で殺害される」なんてことが起こっていれば――。

――今と比べものにならないほどの苦痛が

 ウィスタを苛み、苦しめていただろう。己に流れる血を呪っていただろう。

 セドのために復讐してやると誓っただろう。

 黄金のグリフィンの名の下に。

 彼の者を必ずや滅ぼすと。

 

 

 

「いいでしょう」

 受けましょう。去る夏――といっても数ヶ月前だが――のホグワーツ城、校長室でウィスタは答えた。監督生になりましょう、と。ダンブルドアに呼び出しを食らって打診されたのだ。ペアとなる監督生はダフネ・グリーングラスだと聞いたのも決め手になった。彼女は純血であるが、いわゆる「穢れた血」に対する差別意識は薄い。強いて仲良くすることもないし、声高に擁護するわけでもない。そういう姿勢もまた差別に荷担していると言われればそうなのだろうが。求めすぎだろう。積極的に荷担しておらず、行き過ぎた発言には眉をひそめるくらいの良識があり、下級生がうっかり「穢れた血」なんてこぼそうものなら「よろしくないわ」と言うだけの常識があるだけまともだろう。

――スリザリンでさえ

 穢れた血と口にすることはあまりないが。せいぜい「あの卑しい育ちの」とかである。そっちも酷いなかなり。マルフォイと取り巻きくらいだろう。穢れたなんとかと口にしているのは。で、パンジーはマルフォイに気があるのだろうし、追従していそうなので嫌だ。あいつがペアは無理。

「……あっさり承知したのお」

「普通、新学期の教材リストと一緒にそういう通知をするもんでしょう」

 出された席に腰掛け、紅茶を飲みつつウィスタは返した。

「事前に打診するという配慮をしてもらえるだけありがたいのと……」

 言葉を切る。

「俺が蹴ったらノットとか……それかザビニにお鉢が回るんならまだいいんですよ」

 セオドール・ノットは成績優秀だ。しかし本を読んでいるほうが好きなタイプであるし「雑事」を嫌う。ついでに死喰い人の息子である。

 ブレーズ・ザビニは成績は悪くない。要領がいいのである。女の子に人気。しかしマグル生まれとは付き合わない。たとえばマグル生まれの美人と純血のちょっと可愛い子がいれば後者を……どうなんだろう。あいつなら「ちょっとした問題」に眼を瞑ってマグル生まれと「こっそり」付き合いかねない。主義主張というほどのものを持っていないのだ。

 つまり、恋多き男であり、監督生に向いているかといえば……である。

 しかし、だ。ノットもザビニも最善じゃなくてもマシではある。常にベストな選択肢があるわけではない。基本は「よりマシ」を選ぶものだ。

「……マルフォイが監督生なんて冗談じゃない」

「彼は君の次にスリザリンで成績がいいのだが」

「人柄は」

 ふっとダンブルドアが眼を逸らした。ありありと「だって他にそれらしいのがいないんだもん」と顔に書いてある。最悪。

「先生は、子どもの悪意なんて大したもんじゃないとお思いでしょうが」

 あんたはさぞかし模範生だったんでしょうと続ける。ダンブルドアは否定しなかった。

「模範的でいるしかなかった、が正解じゃの」

 侮られるわけにはいかなかった、とダンブルドアは言う。まじまじと大魔法使いを見て……苦い気持ちがこみ上げた。そうだったそうだった。ダンブルドアの父親はマグルの少年たちへの暴行罪でアズカバンに投獄されて、そこで死んだのだと聞いていた。曾祖父アシュタルテの情報である。

 なぜダンブルドアの父親がマグルの少年たちを襲ったのかは聞かされなかった。アシュタルテは「パーシバルは子どものためにそうしたのだ」とだけ言った……。

「マルフォイが心底邪悪とは思いませんよ」

 認めたくはないがそう言った。なんだかんだで友人(と思った)人間には良くするし、気前はいいし……。ウィスタがぎゃんぎゃん言ったから、とりあえず見えるところでは穢れたなんとかと言わなくなったし。どうしようもねえなと思いつつ、育ちが育ちだしな……と多少は甘くなるわけだ。生まれた時から純血主義、まあ過激寄りにどっぷりだったのだから。親は子を選べないわけで、お前の考えは間違っているなんて突きつけることは人生の否定、親の否定にも等しいだろう。間違っているから叩き直す。矯正する。言うだけなら簡単だ。一夜にして考えを百八十度変えるなんてことは、なかなか起こらないだろう。

 自力で純血の、それも過激な思想から抜け出した父がおかしいのだ。あとは叔父のレギュラスか。レギュラスに関しては、きっかけがあったのかなかったのかさえ不明だ。やはり父のほうがおかしいか。とにかく、誰もがシリウス・ブラックではないのだ。そんな簡単に人は目覚めたりしない。

 つまり、ドラコ・マルフォイに無理矢理考えを押し付けたところで反発されるだけだろう。

 できるとしたら、それは間違っていると言い続けることだし、示し続けることだ。少しずつやるしかない……。

――と

 思っていたのだが。

 回想から現実に戻り、ホグワーツ城の地下、魔法薬学教室前の廊下。

「……なんでお前ってさ」

 なかなか言葉が出てこない。拘束して転がしたマルフォイ坊ちゃんを見やる。なんにも聞きたくないので沈黙呪文もかけている。幼馴染みズ二人は、エリュテイアが転がした。

「想像力というか……」

 はあー……とため息が出る。なにを言えばいいんだこれは。

「常識というか……」

 坊ちゃんは縛られたまま、うねうねぐねぐねした。ウィスタが虐めているようではないか。

「聖マンゴには」

 色んな事情の患者がいます。少しマクゴナガルを意識して、きびきび話すことにした。

「寄付金? そうか俺んとこも寄付してるがな。だから偉いって知らねえよボケが」

 マルフォイが言いそうなことを予想し、先回りして打ち返す。マクゴナガルの真似は一秒で崩壊した。仕方がない。これが地なのだ。

「先祖がこつこつためてきたから多少のガリオンがあるわけで」

 ギャラリーから「こいつらの多少は世間の非常識」と聞こえてきた。たぶんザビニである。一応同寮のマルフォイを助けるわけでなく、さりげなくパンジーを押さえている。ちら、とザビニを見れば「どうぞお続けになられては? 閣下」とからかうように言われた。閣下といえばミリセント・バグノールドだろうがよ。学生には過ぎた呼び方だ……と思ったがなにも言わなかった。

「お前が健康で障害もなく飢えもせず、良いものを着られているのはたまたまだ。そこに生まれてきただけで、奇跡的に事故とかもなくかわいがられてきたからだ」

 吐き捨てる。ほんっとこいつは……という虚しさばかりが募る。

「それをなんだ。お偉いお前は、心を病んだ人たちを玩具にしたと」

 むーむー聞こえてきたが無視だ。別にそんなつもりじゃないとか言うんだろう。

「ああわかっているよ。お前はちょっとふざけただけだとな?」

 よくあるおふざけ。だって俺たち子どもだもんと。

 じろりとマルフォイを睨む。なんだかいつも苛立っているような「友人」を。趣味の悪いクソ野郎を。ダンブルドアが監督生候補に入れていた男を。

「純血名門マルフォイ家の嫡子」

 お前は自覚するべきだ。

「聖マンゴにいる……重篤な患者の何割かが」

 強いてグリフィンドールのギャラリーのほうを見ないようにした。ネビル・ロングボトムがなぜ怒ったか――聖マンゴにいる「頭のおかしな患者」の話に激怒したか――ウィスタは知っている。バグノールド家の息女が投獄された一件に関連しているからだ。成り行きで知ることになった。

 そもそも、なぜバーテミウス・クラウチ・ジュニアが捕縛されたか。死喰い人だったから。なぜアズカバンの最下層に放り込まれたか。

 殺すより惨い運命を、ロングボトム夫妻に与えたからだ。高名な闇祓い夫妻を拷問して拷問して拷問して、破壊したのだ。あまりに惨たらしい真似をした一味の一人がジュニアだった……。そうして、ジュニアの妹だったからこそ、とばっちりを受けたのがクラウチ家に生まれ、後にバグノールド家の養女となった、シスネ・バグノールドである。気の毒すぎる。ウィスタもとばっちり人生だが、ご息女もかなりかわいそうである。気持ちの上ではもはや仲間だ。

「――闇の陣営の仕業だ」

 マルフォイが眼を見開く。ウィスタは床を見つめた。最悪の気分だ。

「孤児を生み出したのも」

「俺の母親を殺したのも」

 やつらのせいだ。

 マルフォイがじたばたするのを止めた。どうせ僕は悪くないとか言うのかと思えば、案外穏和しい。マルフォイは現実を知ったはずだ。父親が確実に死喰い人だということを……卿と名乗るあいつに仕える両親の姿を見ているだろう。卿は一ヶ所にとどまらず、転々としているのだろうし、その「巣」の一つはマルフォイの館に違いない。名前を呼ぶことすら恐れられる「卿」がお優しいはずがない。ウィスタが片眼を切り裂き、父が片腕を落としたのだ。苛立っているだろう。完璧な計画が――目撃者もなく復活を果たす、ウィスタを闇の陣営に引き込む、あるいは拉致する――破綻したのだから。挙げ句に隻眼隻手ときた。その怒りが向かうのは下僕こと死喰い人にであろう。

「……スリザリン、十五点減点」

 容赦なく点を引く。ザビニが「もっと優しく監督生!」とほざいたので

「ザビニ、お前がムカつくから一点減点」

「あたしたち仲間じゃない!」

 裏切り者、と言いそうなパンジーに一瞥をくれた。

「うっさいよ。俺が監督生だ文句があるか。だいたい引いた分の点はどうせ俺が稼ぐんだからお黙り」

 どこからかこそこそと「フォローは俺に任せろとさ」と聞こえてきた。どういう解釈だ。自分で点を引いて稼いでいるんだから、自給自足というか、自業自得というか、つまり馬鹿だが。

 ムカムカイライラが募る。これから魔法薬学の授業だが――こんだけマルフォイを締めたらさすがに穏和しいだろうし――。

「ザビニ」

「おう」

「繊細な俺はここのところ不眠で枕を濡らす日々だから、授業はパスする」

「……なあお前は監督生なんだぞ」

「監督生が模範生だなんて誰が決めた……スネイプに伝えておいてくれ」

 踵を返す。ザビニが「勝手すぎる……誰だよこいつを監督生にしたの」と、おそらくギャラリー全員の声を代弁した。教えてやろう愚民、ウィスタを監督生にしたのはダンブルドアだ。

 知ったこっちゃねえとばかりに廊下を進む。背後がざわついて、足音が追いかけてきた。振り向かずに進む。ぐいっとローブの袖を掴まれた。ああ、ほんと魔法族の装いは嫌だ。ローブの袖が無駄に長い。

 嫌々振り向く。

「なんだロングボトム。俺は今、大変、気が立っている」

「――ありがとう」

 じろりと睨んでも、ロングボトムは眼を逸らさない。ほんの少しだけ感心した。たいていのやつは眼を逸らすというのに……。単に恐怖を感じる回路だかがバグっているだけかもしれないが。

「そうかどういたしまして」

 さっさと授業に行け、と振り払う。礼を言われる筋合いではないのだ。なれ合うわけにもいかない。

 ロングボトムの両親を破壊したのはベラトリックス一味。そしてやつらを束ねていたのはヴォルデモート。

 最悪の大犯罪者、数多の血と涙の源泉、いくつもの歯車を狂わせた男は、ウィスタの祖父なのだ……。

 両の眼が熱くなる。眼を伏せ、男子トイレに駆け込んだ。ひそやかな足音は、扉の外で止まる。エリュテイアはさすがに男子トイレにまで踏み込んではこない。

 息を吐き、洗面台に手を突く。壁の鏡に眼をやって顔をしかめた。普段、右眼は群青、左眼が深紅。黄金の稲妻、呪痕が刻まれている。呪われし眼。印されし眼。

 それがどうだ、群青が追い払われ、黄昏が忍び寄っている。じわじわと紫に染まり――紅に近づこうとしている。

 歯を食いしばる。黒髪に、深紅の両眼。スリザリンのネクタイ。ローブには監督生バッジ。あいつと同じ。

 拳を振る。あっけなく鏡が割れ、ウィスタの姿もひび割れた。つっと血が垂れる。

「俺は」

 お前と同じにはならない。

 ヴォルデモート。

 

 

『君も授業計画案を出して欲しいんだ』

 生き残った男の子さまから、そんな指令が飛んできた。文字通りの意味だ。北塔――壁にもたれ、ウィスタは鋸壁を見やる。そこには真っ白なふくろうが一羽。金の眼をぱちぱちさせている。使者である。ハリーのふくろう。名をヘドウィグ。

「……君の友達、かなり強引だよ」

 便せんを畳む。「アンブリッジは?」「クソ」という合言葉が仕掛けてある。手紙を奪っても盗人からは「クィディッチ開幕戦に向けての取り組み」のようなつまらない内容しか読みとれないのだ。

 意気揚々と乗り込んできて、ちょろちょろと動いているアンブリッジは、どうも管理したがり支配したがりな女であるらしい……という情報が出てきた。ついでに見栄っ張り。自分は純血のセルウィン家の血筋だというでたらめを吹聴していたり、ドローレスではなくジェーンと呼んで、そっちのほうが気品があるからと言ったり。イルシオンにざっと洗ってもらったり、魔法省から情報を吸い上げると、そういうことらしかった。誰かを支配したくてしょうがないタイプ。

 さて、そんな女がホグワーツという「秩序のない」場所へ乗り込んできた。支配の基本とはなんであろうか。仁とか徳によって治めるほうではなく、暴力と強制による支配の場合。手っ取り早いのは監視である。つまり、ホグワーツの通信網は監視されていると思ったほうがよい、とウィスタは結論を出した。イルシオンとエリュテイアに訊いても「妥当でしょう」だったし、実父と養父に訊いても「用心するように」だった。よって、手紙のやりとりは慎重にしなければならない。

「慎重にって言ってるのにさあ」

 君の友達、ほいほいと手紙を送ってくるしさあ。ウィスタはヘドウィグに愚痴った。ヘドウィグはかちかちと嘴を鳴らした。金の眼が哀れむようにウィスタを見る。ふくろうに哀れまれるウィスタ。

 ポケットから小袋を出し、木の実を摘む。

「返事を書くからちょっと待ってくれ」

 手のひらに木の実を乗せて差し出せば、嘴がそっと触れた。ウィスタは地べたに座り込み、ざらざらとした石床の上で手紙を再び開いた。裏返し、返事をしたためる。

『まずは各自の習熟度の確認からだろう。あんまりこっちに訊かれても困る』

 畳み、封筒に入れる。木の実を食べ終わり満足したらしいヘドウィグがほーっと鳴いた。封筒を差し出せば、くわえる……かと思えば、なにやら羽を繕い始めた。のんびり屋さんである。ふくろうを急かしても仕方がないと見守っていると、彼女は真っ白い羽根をくわえ、ウィスタを見つめた。

 これはまさか。

「……求愛?」

 確か雄がするんじゃなかったっけ。いや、魔法界のふくろうだし、マグルのふくろうとはちょっと習性が違うのかもしれない。それに何事も例外はある。

 ありがとう、と言って羽根を受け取る。じろっと見られたので付け加えた。

「俺も好きだよ」

 ヘドウィグはそっくり返った。そうして返信をくわえ、飛び去っていった。

「……飼い主とは微妙な仲なのに、ふくろうと仲良くなっちゃった」

 真っ白い羽根をくるくると回す。ウィスタはハリーのことを避けがちだ。色々と理由はある。あっちは生き残った男の子で、ややこしい事情をそんなに抱えていないとか、ウィスタは実父と暮らしているのに、ハリーはマグルの叔母夫婦のところで暮らすしかないとか。相性は悪くないのだろうが、なにせ寮が別、しかも敵対する寮だとか。なんとなしに仲良くなってはいけない気がしていた。しかも、ウィスタはヴォルデモートの孫だ。

――そんなことは

 ハリーにとって、関係ないらしいが。不死鳥の騎士団本部がブラック家の邸に設置され、ハリーはあれこれトラブルがありながらもやってきた。ウィスタはちょくちょく出入りしていたが、強いて彼と話すつもりはなかった。会ってなにを話せばいいかわからなかった。だというのにだ。

『君の責任じゃないし僕は言わないし、ちょっとくらい信用してくれてもいいだろう』

 とのことだ。お怒りのハリーは、仮にもブラック家の次期当主を小部屋にひきずりこみ、びしばしとおっしゃったのだ。

『君も僕も被害者だ。目的は一緒だ。そもそも、君は僕を助けてくれただろう』

 ポート・キー、と唸るように言われた。ウィスタは眼を逸らした。だってなあ、ハリーは殺される確率百パーセントだが、ウィスタの場合は孫割引が効く可能性が高かったのだ。孫割。殺されなかったとしたら拷問されまくりの可能性もあったし、拷問で弱らせてからの服従の呪文コースもありえたし、なんかあいつ頭がおかしいから、ウィスタに純血の女をあてがって……うっ。嫌な孫割だ。

 ウィスタが無駄な想像力を発揮している間にも、ハリーはまくし立てた。

『ああいう自己犠牲は僕は嫌だ』

 お前も結構そんなところないか、と言おうものなら殴られそうであった。代わりに、秘密を明かすことにした。リアイスの血筋のことを。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフの末裔であることを。ささやかな返礼であった。ハリーは少し眼を丸くして、それはもう気の毒そうな顔をした。

『やたら純血にこだわるあいつが、君に……というか、君の血筋に執着するわけだ』

 二人そろってため息を吐いた。なんとなく、距離が縮んだ気がした。

――そう

 あくまでも縮んだ気がした、だった。少なくともウィスタはそう認識していた。

「……ほんとあいつさ」

 距離をガンガン詰めてくる。猪突猛進グリフィンドール。

「一回スイッチが入るとああなわけか」

 夏からこっちのあれこれを思い返す。まず「監督生おめでとう祝い」と「誕生祝い」に引きずり出された。開催地はブラック邸。少し顔を出してさっさと『谷』に戻るつもりが、ハリーに連行された。ちなみに、ハリーに監督生バッジは与えられなかった。監督生はロンとハーマイオニーだ。ついでに誕生祝いはハリーのためのものだったはずで、ウィスタはお呼びではない……はずだった。

 なんだかごちゃごちゃのしっちゃかめっちゃかのなかに放り込まれ、なんでかウィスタのための誕生日ケーキもあった。ハリーが七月の末、ウィスタが七月の始めである。そりゃあ誕生月は被っているし、まとめてやってしまったほうがいいんだが、と困惑しつつ穏和しくしていた。

 そもそも、七月に生まれたというのが未だに飲み込めていなかった。なにせウィスタの誕生日は、長らく十月の末だと教えられていた。コーンウォールのとある村で発見された日が十月の末だったからだ。つまり、母親が文字通り命がけでウィスタを逃がした日であり、母の命日である。養父ことリーマスが迎えにきて、ウィスタの本当の誕生日も教えてもらったけれど、違和感が拭えない。十月末日になると、ここぞとばかりに孤児院の連中に嫌がらせをされたせいかもしれない。その記憶と「仮の誕生日」が密接に結びついている。

 軽く首を振る。扉に向かい、階段を降りる。ぐるぐると螺旋階段を降りるウィスタ。ぐるぐると回る思考。

――完全に

 ハリーのペースに巻き込まれている。その自覚はあるがどうしようもない。好きにやらせるしかない。なので、ハリーから「防衛術の自習をしようと思うんだ」と持ちかけられても拒否できなかった。発案はハーマイオニーらしく、それならば安全だろうと思って頷いた。確かに防衛術の授業はてんでなっていないのだ。

 ちょうどいいと思った。スリザリンでも懸念の声が上がっていたのだ。アンブリッジなんてどこの馬の骨、誰よあれ。グリフィンドール卒であっても、リーマス・ルーピンのほうがよほどいい……とか。リーマスが人狼だというのは漏れていない。もし脱狼薬を飲み忘れていたらわからなかったけれど。もしかして、スネイプが「リーマス・ルーピンは人狼だ」と大声で、聞こえるように、わざと言う可能性はあったのかもしれない。大広間とかで。だがそういうことは起こらなかった。リーマスは「一年やってみてわかったけれど、月一で体調を崩すこの現状じゃあ、とてもじゃないけど無理」とホグワーツを去ったのである。代わりに偽マッド・アイが来るなんてわかっていたら、ウィスタはなにがなんでもリーマスを引き留めた。なんにせよ終わった話だ。

 「寮を問わない防衛術の学び」はスリザリン寮での「自習」に取り入れることができるのではないか、とウィスタはもくろんだ。なんでかウィスタが主催のような立場になっていた。なんで? 六年生や七年生よりも暇な五年生の監督生でブラックだから。なにせスリザリン内での序列一位であるから。家名が。もはや体のよい生け贄ではないかと思ってはいけない。

――だって

 低学年どもにローブの袖をひっ掴まれてみろ。きっとあまり裕福ではない家庭の子もいて、授業を必死に受けるしかない子もいるのである。持つ者ならば家庭教師や親にすがれば「無駄な授業」の穴埋めをできるけれど。そういう子ばかりではない。学習の機会を奪うべきではないのだ。

 で、結局のところ無言の圧もとい要請にウィスタは頷いた。スリザリン寮内の「自習」を開催することになった。六年生の監督生と、七年生の首席を蹴り飛ばし「どうせ五、六、七年生なんて試験が控えているか試験の年かなんですから、防衛術を網羅する自習の会にしましょう」と言って資料を出させた。現在、授業計画を練っている。ウィスタだけでは手が回らないので、四年生のサフィヤ・スラグホーンを買収した。反物やら釦やら染料やらをどかんとくれてやったのだ。スラグホーンは「一年生から四年生の授業計画はお任せください」と即座に頷いた。話が早い。

「……たまに顔を出すだけだ」

 ウィスタは忙しい。もう忙しい。スリザリンの自習の仕切り、監督生の仕事、アンブリッジの室に盗聴器やらを仕掛けているのでたまに調べないといけない。そしてこれが本命だが、スリザリン寮を締め上げ……もとい、変なことをしないか見張る。これはウィスタの学生生活が快適になるか否かの死活問題である。スリザリン寮すなわち、差別主義のクソなんて思われていれば、どうせウィスタにとばっちりが来る。絡まれるのはごめんである。去る十月の末日、角砂糖につられた一角獣の仔のようにホッグズ・ヘッドに行ったとき、それを感じた。角砂糖にではなくクインにつられたのだが。彼女も防衛術の学びに興味があったようなので「デートのついで」に会合に参加したのだ。一人だけスリザリンでものすごく浮いたとだけ言っておこう。ハッフルパフのなんとかスミスが嫌味を連発してきたが、セドリックが黙らせていた。一割か二割は「この馬鹿はどうにかならないの?」というチョウの圧のせいもあるだろう。みんな恋人には弱い。

 会合の名がダンブルドア軍団、略してDAに決まってしまった悪夢は思い出すまい。なんでだよ。ホグワーツ同盟とかでよくない? アンブリッジにいちゃもんつけられたら、ダンブルドアまで巻き込まれるんだが。言おうとしたがやめた。やつらは盛り上がっていた。水を差す勇気なんてウィスタにはなかった。勝手にしろよと思っていたら……偶然かどうなのか、三人以上の会合には許可が必要という令が出された。ホッグズヘッドではなくて三本の箒を会合の場にすべきだったと思ってももう遅い。

 かくして各同好会、クィディッチチームの再編成願いに生徒たちは奔走した……以前、朝の散歩の時にセドには言わなかったが、ウィスタは「裏切り者なんじゃないだろうな」とまたぞろなんとかスミスに絡まれた。伸した。箒置き場にぶちこんだ。漏らすわけがないだろう馬鹿。署名した羊皮紙にどんな呪いがかかっているかは、ハーマイオニーとウィスタだけの秘密だ。

 スリザリンだからって悪評が立つのは勘弁してほしい。全員が悪いわけじゃない。失礼な。

 

 

「……俺はなんと言えばいいんだろう」

 クィディッチ開幕戦を控えたとある日、ウィスタは嘆いた。天井を見上げ、はあ、とため息を吐いた。

 スリザリンの談話室。床にちんまり座っているのは、スリザリンクィディッチチーム、と「応援団」である。

「貴族とかおいといて」

 縮こまっているパンジーを睨んだ。

「こういう「応援」の仕方はどうなのか」

「相手の士気を下げるのは有効な策よ」

 縮こまりながらも、パンジーはぴしっと返してきた。瞬発力。

「これが策って言えますかあ」

 そうですか。へえ……と言いながら、ウィスタは散らばった羊皮紙を手に取った。

「相手チームの悪口じゃねえかバカチンが。悪口越えて侮辱だろ名誉毀損だ」

 ウィーズリーの生まれは豚小屋……と書いているところを指で弾く。鋭い音が響き、スリザリンのバカチンどもはびくりとした。

「やめろパンジーは悪くない」

「だって応援歌を書いたのパンジーだろ、マルフォイ」

「豚小屋生まれは本当じゃない」

 パンジーはぶつぶつ言った。

「へえー、じゃあ俺が仮にグリフィンドールチームにいたら、リアイスの育ちは穢れたあばら屋とか書くんだな? 本当のことだもんな?」

 ウィスタがマグルの孤児院で育った話は知られている。指摘に、パンジーが顔をひきつらせた。

「ウィスタは、」

「本当のことなら書くってお前はそう言った」

 パンジーは真っ赤になって黙り込む。黙るだけの知性があってよかった。品性はあんまりないが。

 仕置きはこんなものでいいか、と切り上げる。羊皮紙を放った。

「応援するのも団結するのもすりゃあいいさ」

「ん?」

 マルフォイが声を上げる。応援団の言い出しっぺはこいつじゃないだろうな、とウィスタは勘ぐった。諸々のストレス発散も兼ねてパンジーをけしかけたとか? どうでもいいことだ。

「相手を下げるなって言ってんだよ」

 ちらりとパンジーを見た。

「あんだけすらすら歌詞を書けるんなら、スリザリンチームが超カッコイイとか、そういうの書けるだろうが」

 パンジーが眼を瞬かせ、ちらりとマルフォイを見た。ウィスタは開心術は使えないが、パンジーの考えていることが手に取るようにわかった。カッコイイドラコ。ついでにカッコイイスリザリンチーム。恋の季節だ。たぶんきっとそうだ。

「応援歌で……合唱団で……」

 考えをまとめていく。

「グリフィンドールの旗を燃やすとか切り刻むの禁止。侮辱禁止。お前ら貴族なんだから上品にしろ。団結……あー……お揃いのなにかとか……」

「衣装とコサージュとか」

 パンジーが言った。ウィスタは採用した。

「でも量があるだろ。買うか作るか? 作るとしたら誰が作るか」

 疑問をぽんと投げ、ウィスタは気づいた。パンジーはにやりとしていた。二人はほとんど同時に、談話室の隅を見た。いるではないかできる男が。

「スラグホーン」

 五年生二人に呼ばれ、サフィヤ・スラグホーンはさっさとやってきた。どうせ抵抗しても無駄だと悟っているのだ。賢い。

「試合前日までにできるか? 材料調達はお前がやったほうが早いだろう。費用はスリザリンチームと応援団が出す。色も付ける。出すのを渋るようなしみったれたやつは」

 いないよな、と確認する。イエス、と答えが返ってきた。サフィヤは息を吐いた。

「やりますよ。男子の採寸は僕がやります。さすがに女子は……なのでパーキンソン先輩、お願いしますね。必要な衣装とコサージュの数を至急出してください。あまり時間がないので超特急でやります。こうなったら防衛術の授業はサボるので、アンブリッジには先輩方が適当に言っておいてください」

 グリフィンドールをぺしゃんこにするための極秘任務とか言っておけば、あの女はオーケーするでしょう。間違ってないし。

 サフィヤはすぱすぱと決めていく。ウィスタは確信した。来年の監督生男子枠はこいつだと。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。