秋も深まり、冬の足音が聞こえてきたある日。
とある領地、とある館にかすかな調べがたゆたう。悲しみと愁いを帯びた歌声だ。マルフォイの館という籠に押し込められた小鳥は切々と楽を奏でる。
呪われよ、呪われよ……この胤よ、花開くことなく散ってしまえと。
美しく禍々しいそれに、妻が身を震わせる。ルシウスはきつく眼を瞑った。妻は哀れなほど青ざめていた。彼女がその運命を逃れられたのは、単に幸運だったからだ。
『ようやく見つけたのだ』
とある夏の日、主は唐突にやってきた。雨がしとしとと降る夜、七月のことだ。それまでもやってきては料理に文句を付け、皿をひっくり返すという嫌がらせをされていたので、今回もそうかと身構えていたらだ、主は一人の娘を連れてきた。否、縛り上げ、犬のように引っ張ってきた。
ルシウスたちは凍り付いた。ただの「いつもの嫌がらせ」なんて可愛く思えるなにかが起こるのだと察してしまった。
「……玩具をですかな」
この至らぬしもべをお許しください。玩具ならばいくらでも調達しましたのに……。言って、ルシウスは即座に膝を突いた。玄関ホールの床はぞっとするほど冷えていた。もしかするとルシウスが勝手に思っているだけなのかもしれなかった。夏の日に、床が冷え切ることなどあるだろうか。
どうか主の連れてきた娘が、穢れた血狩りの成果物であってほしかった。なるほど欲を持て余していたから、ルシウスに文句を付けまくり、料理を無駄にし、料理長を泣かせていたのだと納得したかった。穢れた血といえど、若い娘を攫ってどうこうする趣味はルシウスにはなかった。あまりに悪趣味であったし、彼には妻がいたので。
そもそも、主が「そういった行為」を配下に禁じていた。いかなる理由があるかは知らない。己がユスティヌとリアイスをたぶらかし、子を生ませたことに関してなんらかの良心の呵責があったからか。特に後者――リアイスの女の時は、文字通り屈服させて胤を植え付けたと聞いている。恋やら愛があったのだとしても、それは支配欲にとって代わったのだろう。わざわざ主に言うことはないが、最悪である。
静かに問いかけたしもべに、主は笑った。顔立ちが端正なだけに、残酷さが際立つ笑みであった。
「純血の、若い娘だ」
ぐい、と主は束縛――邪悪に輝くそれを引く。娘は一歩、二歩とよろめいて、主に寄り添った。否、寄り添わされた。魔法灯に照らされるのは金の輝き。くぐもった音が聞こえる。ルシウスはその娘から眼が離せなかった。嫌な予感がした。とてつもなく、嫌な予感が。
流れる金糸を、主が乱暴に引く。俯いていた娘が、たまらず首を反らす……涙に濡れる双眸はライラックの色。沈黙呪文をかけられているのだろう、声を出すことはない。しかし、全力で破ろうとしているのはわかった。音の残骸が珊瑚色の唇から漏れ出している。
――屈服
頭のどこかで警鐘が鳴り響く。また一つ、非道がなされようとしていると……。屈服。屈服……。しかし娘はまだ諦めてはいない。攫われても、束縛されて犬のように連れられても。
「我が君直々に、ドラコの相手をお連れくださるとは!」
ルシウスは明るい声を上げた。年の頃は二十代か。三十にはなっていまい。金の髪、ライラックの眼……整った顔立ち……。ふっと、誰かの面差しが重なった。
「いいや」
主はくすくすと笑う。自慢の宝物を誇るように。
「ドラコでは若すぎる。ああ、転換薬を飲ませる手もあったが……やはり若いか……」
ひゅうひゅうと、風の音がする。ルシウスは強いて背後を見なかった。きっと妻は倒れそうな顔色をしているだろう。息子に任せるしかあるまい。
欠片がはまっていく。絵図が完成していく。おぞましい絵が。
「慰めを求めるのでしたら」
もう少し優しくしてやりませんと。偉大なる我が君。寛大な方。男の醜悪な欲望をにおわせ、ルシウスは言う。想定通りであれば、主はこの後寝台に行くだろう。純血の、若い娘を連れて。哀れなことだ。あの娘は抵抗するであろうから、無理矢理屈服させるのであろう。
――リアイスのように
そして、もう一つの名が浮かんだ。
レストレンジのように……。
ルシウスは瞬いた。まじまじと「娘」を見る。ああそうだ、レストレンジの兄弟に似ているのか。血の繋がりを感じさせる。ではなにか、かつて大陸のレストレンジ家がしでかしたようなことをするつもりか。ルシウスの主は。伝聞でしか聞いたことがないそれは、他家の妻を攫って子を生ませたという所業であったが。
「慰めはいらぬ」
主は鼻を鳴らした。
「この娘は」
俺様の子を産み落とすのだ。
◆
過去を振り返り、ルシウスは苦いものを飲み下した。腐り落ちたなにかだ。それは非道に踏みにじられた誰かの涙なのかもしれない、とくだらないことを考える。
「……様子を見てこよう」
君はここにいなさい。私の妻。そう言って、ルシウスは席を立った。料理長が腕によりをかけ、食堂にはよい香りが満ちているはずだった。だというのにルシウスの鼻は朽ち、腐り濁ったものの香を嗅いでいる。いかに美しく整えられていようとも、ここは鳥籠なのだ。
散っておしまい、その花よ。風に流されておしまい、と声が紡ぐ。歌の導に従って、ルシウスは食堂を出て廊下を進み、階段を昇っていく。
呪歌が、調子を変えた。
どうか私を攫って、西の果てに連れて行って。私の魔法騎士……。
有名な歌だ。『私の魔法騎士』。古典小説である。作中で「ご息女」が歌っているものである。劇も人気が高い。
どうか私を攫って、この手をとって
ルシウスは耳をふさぎたくなった。若い娘の、澄んだ歌声。本来ならば、外で生き生きと歌っていたろうに。
一段一段、昇っていく。まるで絞首刑に処される罪人の気分であった。それともギロチン台に上る罪人か。マグルの、残虐な処刑法だと聞いていた。彼らは野蛮である。それは間違いがない。魔法族ならば死の呪文で済むものを……。
「……君には」
助けは来ないのだ、お嬢さん。マルフォイの館は鳥籠だ。ルシウスと、妻とレストレンジの娘を封じ込めている。それと使用人たちと。
「かわいそうな君」
いっそのこと、始末してやったほうがいいのではないかと何度も思った。攫われた若い娘。レストレンジの娘。ロドルファスたちの従妹。
――兄によって闇の帝王に差し出された子羊
『この娘の』
純血の娘の、胎が必要なのだ。淡々と主は言った……。
二人で手を取り合って、ともに……
最上階にたどり着いた。慎重に扉を叩く。そうっと開き、中に身を滑り込ませた。まるで盗人のようであった。彼の家なのに。
歌がやむ。ルシウスは歩を進め、安楽椅子の前に膝を突いた。
「ご機嫌はいかがかな」
小さな手をとって、さすってやる。それくらいしかルシウスはできないから。
「……かえりたい」
ぱたぱたと滴が落ちてくる。ルシウスは娘を見上げた。帰る場所などないだろう、とは言わなかった。彼女は兄に売り飛ばされたのだ。ガリオンの詰まった袋を対価にして。レストレンジの傍系は困窮していた……。
ひとつ、息を吐く。
「すまない」
出してやれない。いずれ、散歩くらいはさせてやりたいが。ぽつぽつと娘に語りかける。娘は虜囚で、ルシウスたちは看守であった。なるべくよくしてやりたかった。あまりにも娘が哀れであったから。そして、下手をすればルシウスの妻が「胎を貸す」ことになっていたから。主が「若い娘」を求めていたから回避された。妻はいつだって、今だって美しいが――今回は助かった。
危うかったのだ。胎を貸す者として、妻は最適であった。なぜならば血縁であるから。妻は「卵」の妹であった。そして純血の女であった。
――下衆め
ルシウスはきつく眼を瞑る。もし、もし……めぼしい娘がいなければ、息子が犠牲になっていたかもしれない。転換薬を使えば不可能ではない。合わさった卵と胤に胎を貸し、実を産み落とすことが。
『流れでもしてみろ』
お前たちに罰を与える。
『堕ろしてみろ』
お前たちに苦しみを与える。
『死なせてみろ』
お前たちに贈り物をしてやろう……俺様直々に、必ずや。
寝台に身を丸め、すすり泣く娘をちらと見て、主は不思議そうに言った。
『お前に乱暴な真似はしていないというのに』
ベラと俺様の子を産むことは、名誉なことだというのに。
「……お前も私たちも逃れられない」
私も妻も、終わりという安息を与えてやれない。
ルシウスは囁く。できることならばそうしてやっていた。しかし、事故であれ病死であれ、娘が終わってしまえば、ルシウスたちに災厄が降りかかる。手を下せるわけもない。また、娘が自らに終わりを与えることはできない。厳重に縛られているから。
『備えはしておくものだ』
万が一を考えて、保存していたのだ。ベラと俺様の結晶を……。肉の器ならば作り出せるが、魂をそなえた「人」までは魔法の技であってもできぬ。男と女があってこそ、人は生まれるのだ。
『そして、』
ふさわしい胎を見つけた。なにせベラは監獄の闇に沈んでいる。仕方のないことだ。
俺様とベラの子がいて悪いことはないだろう。これも備えだ。
上機嫌に言った主は、娘に受精卵を植え付けた男は、にっこりした。その面のどこにも父性らしきものはなかった。その瞬間、ルシウスは悟った。子を生ませるのも備えなのだ。またも肉体が散った時のため、復活の材料にする、それか憑依か。それともより血の濃い者を生ませるためか。ゴーントの狂気がそこにはあった。
『生まれた子が男ならば』
名は■■■■。
『女ならばそうだな……』
禍つ星の色彩をきらめかせ、主は言った。
デルフィーニ、と。
あれこれと危うい場面はあった……とウィスタは思い返す。例えばパンジーの「応援歌」が明らかに特定の人物に関しての描写が多かったりとか。D! R! A! C! O! DRACO! という振り付けありだったりとか。いや、なるべく公平に言うならば、ちゃんとスリザリンチーム全員の名は入っていたし、しれっと補欠でベンチ入りする従者ことエリュテイアの――彼女はチェイサーである。もしグリフィンドールに組分けされてたら、ビーターだったかもしれない――名前もあった。しかし、パンジーの狙いは明らかだった。ドラコを応援したい。でも一人だけ名前をどうこうするのは拙い。なので全員の名前を織り込んだ、と。ウィスタは却下した。そんなに日もないのにあんまり凝ったことはできないだろうと正論を述べた。パンジーは「シーカーを応援しなくてなにを応援するのよ!」と暴論を述べた。あのね、パンジー。いくらシーカーが百五十点を獲得するといっても、全体のバランスというものがな……のような返しはこらえた。
「俺たちのドラコ・マルフォイは応援歌がなくても勝てるさ」
はったりをかました。正直、勝てるかは不明。もっとぶっちゃけるとスリザリンが負けてもウィスタは構わないのだ。
――で
負けた。スリザリンの談話室で、ウィスタは男子寮に続く階段をちらと見る。サフィヤ・スラグホーンがせっかく衣装をあつらえたというのに無駄になってしまった。スリザリン応援団は楽しそうにしてたからいいけれど。成り行きでウィスタもお揃いの衣装を着るはめになった。サフィヤが「統一感は大事なんですよ」と言ったのもあるし、パンジーが「あんたも着なさいよ。仲間外れみたいで嫌じゃない」とごり押ししてきたせいだ。幸い、ウィスタは己の採寸票が頭に入っていた。社交のためにちょくちょく服を作っているのだ。で、サフィヤに伝えたら「仕事がやりやすい」と感激された。彼はせっせとお揃いの衣装づくりに精を出し、息抜きになぜか獅子帽子までつくりはじめた。おかしいだろう。裁縫の息抜きに裁縫をする男。
さて、スリザリンクィディッチチームと応援団の中心メンバーはサフィヤに苦言を呈した。自分がどの寮の所属かわかっているのかと。要は、敵に塩を送るのかと。サフィヤはさらりと返した。これはレイブンクローの変な女が不器用だったから代わりにやっているだけである。それにたかが獅子帽子で負ける先輩方じゃあないでしょう。なにせ幼少期から箒に乗り、クィディッチとはなにか知っているんですから。手を高速で動かしながら、口も回る男であった。器用である。
とどめにこう言った。
「そこに僕の技術を認め、求める者がいるのなら」
手を貸すだけですよ。公平に。
スパッと言った。スリザリンクィディッチチームも応援団も唸った。ウィスタは、サフィヤをリアイスに取り込めないか考えた。リガーダントのとこに放り込んで婿にしてしまえばいけるか? 要検討である。
あんまりにも当然のようにズバンズバンと言われたせいと、サフィヤの仕事が誠実なおかげもあって「さすがは仕立て屋スラグホーン」でおさまった。獅子帽子の受注の件はお咎めなしになった。
そんな仕立て屋は、むちゃくちゃがんばって力尽き、男子寮で爆睡している。サフィヤ・スラグホーン、どこまでもプロである。試合前日どころか前々日に間に合わせたのである。
クィディッチ開幕戦までの、祭りにも似た忙しさを振り返り、現実に向き直った。
「……あのな」
談話室、絨毯の上に座る坊ちゃんを見下ろした。なんだかそれもよくないか、としゃがみこむ。
「お前も、クィディッチメンバーもやれることはやったし、いつもみたいに汚い真似もせず、応援団というか合唱団もいい出来で、俺は……」
問題を無くすことはできないが、矛先を逸らすことはできるわけで。ウィスタは見事に成功したと言ってもいいだろう。放っておいたらどんな暴走と醜態をさらすかわからなかったのだから、スリザリンは。ああ……。
上を向く。なんだか眼が熱い。とっても熱い。
「俺の感動を返せ」
言った瞬間、涙らしきものが引っ込んだ。坊ちゃんは三角座りをしてぷいっと横を向いた。拗ねてる。すごい拗ねてる。
「どうせお前は僕がポッターに勝てないと思ってただろう」
「なんでだろうな。箒の性能の差くらい、どうにでもなりそうなんだが……なんでだろうな」
ほぼなにも考えずに返し、ぽんと手を打った。
「チョウを見習えよ。たしかコメットだろう彼女の箒。やりかたによったらハリーを妨害できると彼女は証明してるわけで、お前はまさしく蝶のように華麗に」
「黙れ」
そのおしゃべりな口を閉じろ。マルフォイはざらついた声で言った。ウィスタは背後を見るのをこらえた。蝶のように舞うドラコ・マルフォイの妄想である意味脳内がうるさいことになっていそうなパンジーはいいのか、と訊きたかったがこらえた。パンジーは通常運転である。マルフォイは通常運転じゃあない。
「グリフィンドールのキーパーは、オリバー・ウッドに比べれば難ありだから、それは救いだな」
黙る代わりに別の話を持ち出した。以前――オリバー・ウッドが在学中に「なんで君はグリフィンドールじゃないんだ! ああ、きっとビーターとかチェイサーにぴったりなのに!」とへばりつかれた悪夢は忘れよう。ウッドと同学年で監督生のパーシー・ウィーズリーが助けてくれてよかった。いい人である。パーシー。
「今年のグリフィンドールチームは、結束が脆い。不安定なキーパーがいるから」
言葉を切る。拗ねているマルフォイを睨んだ。
「お前、負けて悔しいのはわかるが、なにを言おうとしてた?」
マルフォイはよっぽど悔しかったのか、試合直後になにやら叫ぼうとした。ウィスタが上から、万眼鏡を使って見ていた限りではそうだった。ウィーズリーのウィだか、豚のぶ、だかを言った時点で黙ったから未遂だ。ギリギリである。ウィスタは背後に控える従者を見やった。「よくやった」と口だけ動かす。従者はにっこりし、続いて困ったようにマルフォイを見た。
ほんとに困った坊ちゃんだよ。
「僕があんなやつらに……穢れた血から生まれた傷物と、豚小屋育ちなんかに負けるわけがないんだ」
ひそひそ、とギャラリーが囁く。穢れた血なんてあまり言うものではないし、寮内であっても実は微妙な侮蔑語であった。それをマルフォイが口にした。例のなんとか卿ことヴォルデモートが復活したのでは、いやそんなことはないと魔法界が揺れ動いている時に。スリザリンの連中が特にグリフィンドールに突っかかり、洒落にならない応援歌をつくったのも不安の裏返しだ。不安で、けれどどうしようもなくて合唱団……いやもう応援団でいいやまとめて……をつくって結束しようとした。外の連中にとってはだからなんだ、であるが。ヴォルデモート復活、さあね? という面をしつつ、そんな問題は――闇側につくか、つかないか、取り込まれるか、逃げるか、戦うか――ないふりをしていたのに。
マルフォイの発言は明らかに闇側のものだ。仲間内ではなく、寮生のほぼすべてが集まっている時に言うものではなかった。それくらいの分別はあると思っていた。それに、負けたからといって明らかに拙い暴言を吐く……いやー、吐いたかもしれないが……男ではなかったような(気がする)。
ウィスタはギャラリーたちを振り返る。固唾を呑んだ彼らを手で制した。肯定も否定もするなと。
立ち上がる。うんざりしながらも、手を差し出した。
「おい、男子寮に行くぞ」
お前は寝不足だ。疲れているんだ。マルフォイはぶつぶつ言った。ウィスタは無視して、坊ちゃんの傷一つなさそうな手をひっ掴んだ。問答無用で連行する。
マルフォイたちの室の扉を蹴り開けて、中に入る。マルフォイをぺいっと寝台に放り出した。
「乱暴だな!」
「暴言吐こうしたやつが言うな!」
扉を閉める。絨毯の上に座り込み、寝台を見上げた。正確には、寝台の端に腰掛けたマルフォイを。
「さすがに一線を越えてるだろう」
廊下ですれ違いざまに言うのならともかく。それも最悪だけれども。
「なにをカリカリしてるんだ」
「そういう年頃」
「乙女が言って許される台詞だぞ」
「ポッターもウィーズリーも僕ほど苦労していない!」
なに言ってんだこいつ。そう思い、直後に「ああ……」と声を上げた。どうせヴォルデモートにいびられているんだろう。ルシウスだってそのあたりは覚悟していたはずだ。仮にも純血の名門、ヴォルデモートの資金源の一つだ。マルフォイ家が皆殺しだとか、拷問だとかはさすがにないだろうと踏んでいた。ルシウスは巧妙に立ち回り、妻子を守るはずだとも思っていた。現に、マルフォイはホグワーツに五体満足でやってきた。ある程度の自由が許されているのだろう。ホグワーツの中で、見聞きしたことを家に……ひいてはヴォルデモートに伝える役割もあるのだろうが。
ウィスタは沈黙した。なにに苦労しているのか訊いても無駄だろう。易々と口を割るとは思えない。ヴォルデモートが怖いんです、とか。
――それだけなのか
ふっと、ざらついた手で胸の内を撫でられる。ヴォルデモートにただいびられているだけなのか。もしかして磔刑の呪文でも使われたのか。いいや、マルフォイの眼に浮かぶ感情は、恐怖と――嫌悪感だ。
嫌悪感だと? なぜそう思ったのか、ウィスタにも説明がつかない。マルフォイの思想は闇側だ。ヴォルモートに恐怖はしても嫌悪はしないはずである。
普段ならば確実に「こんの温室育ちの坊ちゃんめ」くらいは言うところだ。しかし、そんな気になれなかった。マルフォイは心底怖れているように見えた。怯えているように見えた。嫌悪が滲んでいた。だからだろう、らしくもない言葉をマルフォイにかけてしまったのは。
「お前、プライドばっか高くて誰かを頼れないもんな」
マルフォイ家が闇側だとか、ヴォルデモートが復活しただとかの話題は慎重に避けた。言を切り、そっと続けた。
「いざとなれば、ダンブルドアか」
俺に頼りな。
マルフォイが眼を見開く。なんだかいたたまれなくなって、立ち上がった。あばよと言って室を出た。
あばよってなんだよ。あばよって! どこの漫画だ小説だ。
そうして。
クィディッチというお祭り騒ぎが一旦終わり、冬の祭り――クリスマスが近づいてきたとある夜。
ウィスタは片眼を押さえ、悲鳴を上げ、飛び起きた。なにかがあったのだという予感とともに。
その予感は当たっていた。
アーサー・ウィーズリーが蛇に襲われたのだ。