【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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十四話

 養い子はウィーズリー家でそれなりにやっているようだ。俺は行かない、病気がちのあんたを置いていくのは気がすすまない等々ごねまくった養い子であるが、あきらめたのか戻ってくる気配はなかった。

「あと何年勝てるか……」

 居間のテーブルに突っ伏しながらぼやく。養い子は十二歳。まだまだ魔力も伸びるし体格もよくなるだろう。せっせと食べさせたので当初の野良猫、いいや野良犬然とした姿ではなくなった。

 仮にも悪戯仕掛け人のひとりで、学生の頃から喧嘩もした。成人してから戦にも身を投じた。そこらの魔法使いよりはできる……はずだ。

 だが、養い子の素質は飛び抜けている。父母ともに優秀であったし、戦いにも慣れていた。確実にその血が流れている。

――似なくてもよかろうに

 つい顔をしかめてしまう。リーンは一年生の頃から絡まれて撃退して絡まれて、最終的には数人がかりで襲いかかられても返り討ちにする実力者になった。対して養い子も過酷な境遇だった。話そうとはしないが、視線の配り方から歩き方まで戦う者のそれである。健やかにあれば身につける必要すらない技能であった。ただ彼はリアイスだ。グリフィンドールの末裔で、戦うことを宿命づけられている。

――ヴォルデモートさえいなければ

 赦さない、と声に出す。赦さない。絶対に。あいつさえいなければ多くの血と涙が流されることはなかった。運命が狂うことはなかった……。

 今年は何事もありませんように。偉大なるゴドリックに祈りを捧げ、身を起こす。眉間に皺を立てたまま二年生の教科書リストを睨み据えた。

「ダンブルドア……よりにもよってあいつを雇うなんて……」

 闇の魔術に対する防衛術の教科書は、ロックハートのものばかり。さてはロックハートファンが就任するか――と踏んでいたが、思わぬ爆弾が投下された。

 目立ちやがり屋を隠れ蓑に、ナイアードが仕切ってくれればいい。ロックハート本人を雇った、とダンブルドアから手紙が来た。さすがクレイジーな校長である。たしかにリアイス教授が就任するとなると理事が「寄付金が多いからって」や「ダンブルドアとリアイスの癒着」や「グリフィンドールの教師率が高いのでは」等々うるさい。言わせてもらえばホグワーツはリアイスのものである。魔法省の管轄ではなく、独立機関だ。土地その他の権利はリアイスが有しており、陰ながら運営に噛んでもいる。ホグワーツの障壁の補修・強化はリアイスの仕事であった。ほかにもたくさんリアイスの力は働いているのである。出張ってこないのはひとえに「たとえ末裔といえど独立不可侵を侵すべからず」の方針ゆえだ。代々理事を輩出してきたものの、校長や教師になる者は千年の歴史のなかでも少ない。

――それにしたって

 唸ってしまう。ロックハート。ギルデロイ・ロックハート。リーマスたちのいくつか下の学年で、優秀だったのだろうが目立ちたがり屋。そう、目立ちたがり屋だった。彼はリーンにつきまとい……。

「樹から吊されてたなあ……」

 七年生の時である。リーンが手を出すまでもなくあいつがコテンパンにして二度と逆らえないように拘束してトランクス一枚にして樹から吊したのだ。リーンは「■■が処罰を受けたら困る」と解放してやっていた。ただロックハートの『躾』はしたようだ。

「あれが教師か」

 不安しかない。

 ◆

「僕、君を魔除けにするよ」

 八月後半のダイアゴン横丁大通り。フォーテスキューの店でアイスを堪能しながら、ハリーが大真面目に言う。口の端にチョコがついているから、シリアス度は半減だった。

「俺ヴォルデモート探知器しかできねえよ」

 片眼を覆ってみせる。先学期に深紅に変わり、稲妻型の聖痕もとい呪痕が現れた眼。孤児かつグリフィンドールの末裔どころか実はハッフルパフやレイブンクローの血筋で、おまけにオッドアイと金の稲妻って盛り過ぎだろう。なにかの拍子に歴史の教科書に載ったとしても実在が疑われるだろう。ウィスタなら疑う。

「ロックハート避けにさ」

「なんかかたくなにウィスタから眼を逸らしてたよね」

 ロンが言い「先生避けなんて、そんな」とハーマイオニーが続けた。今日はウィーズリー家に連れられて学用品をそろえにきて、ハーマイオニーとも待ち合わせをしていたのだ。ハリー行方不明事件はあったものの、買い物を済ませて三時のおやつの時間である。

「これを進呈するから早く行きなさいって追い払われたしなあ」

 ロックハートシリーズ全巻。養父から「読むだけ無駄」と断言され、買う気もなかった。ハリーも全巻を進呈され、ジニーに渡していた。ウィスタはサイン本にあぶれた婦人に高値で売りつけてボロ儲けした。ウィーズリー家には世話になっているので「これでジニーに制服とか買ってあげて」とモリー小母に託した。男兄弟のお古のローブはさすがにかわいそうだったのだ。

――ばっちり夫人に見られたけど

 書店でアーサー小父とマルフォイの親父が乱闘し、モリー小母とマルフォイ夫人――もといナルシッサが介入。互いの夫を問答無用で制圧したのだ。

「あなたは貴族としての誇りはないのですか」「聞いていますかルシウス!」「魔法族が公衆の面前で殴り合いですって!」「ルシウス!」とそれはもうお冠だった。ウィスタが貴婦人相手にロックハートシリーズ全巻サイン入りプレミアを売りつけているところに通りがかり「なんてことなの」と顔を覆っていた。なんのことでしょう。

 ウィスタは縛られてうなだれているマルフォイの親父――ルシウス氏を見ないようにしつつ「ヴァルナをありがとうございました」とお礼を言った。それまでかっかしたりうろたえていたのが嘘のようにナルシッサはにっこりした。なるほどルシウス氏はこの笑顔にやられたに違いない。縛られても文句を言わないくらいにはぞっこんなのだろう。

「――だからウィスタ、僕はロックハートに絡まれる予感しかしないから。弾避けになって」

 は、と我に返る。

「それはトラブルメーカーの勘か?」

「いいかい。僕はトラブルを招いていない。向こうから来るんだ」

 どうだか、と言い返す。昨年決闘しようとしたりドラゴンをどうにかしようとしたりしたのは、どこのどなたでしたっけ。

「ダンブルドアも、教師の調査くらいしてるだろう。なんか手は打ってるんじゃないか?」

 あの爺さん、好好爺にみせかけて抜かりないぜ、と締めくくった。

 

「……来ないな」

「来ないわね」

「爆発スナップで遊ぼうと思ってたのに」

「腹下してるんじゃないか」

「ロンもハリーもそろって? ないでしょう」

 ウィスタ、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、ジニーは顔を見合わせた。九月一日のホグワーツ特急。朝からケチがつきまくったがやれやれなんとか乗れた……と思えばこうだ。ハリーとロン行方不明事件発生である。

「あいつら最後だったよな」

「たぶん」

「状況を整理しよう」

 ウィスタは魔法瓶から紅茶を注ぎ、皆に振る舞った。社内販売魔女がやってきたので呼び止めて適当に菓子や軽食を買う。朝からばたばたしていてモリー小母が弁当を作り損ねたのだ。

 ソイ・バーを齧ってダージリンで流し込み、杖を振る。宙に金文字が現れた。

 トイレとお友達してる

 誘拐

 ボイコット

「ふざけてるのウィスタ!」

「俺はまじめだよハーマイオニー」

 壁の誤作動

「……くらいか?」

「乗り込んでるならとっくに見つけてるはずだもんな」

「我らウィーズリーは目立つからな! やあ人気者は辛い」

 双子は遠慮なく菓子をむさぼっている。いっそ清々しい。普段世話になってるからいくらでも食えばいいさ。ジニーは「ありがとう、ウィスタ」と礼を言ってクッキーを手に取った。躾のできたお嬢さんだ。兄貴どもは見習え。

「誤作動はないでしょう。あれをつくったのはあなたの一族なはずよ」

「知らねえよ。そうなの?」

「ホグワーツの歴史に書いてあったもの。キングズ・クロスに大がかりな魔法をかけて、建設中の新ホームを丸ごと借りたって。壁……通路もそのとき作ったって」

「やることがダイナミックだぜリアイス。そりゃあ子孫がこうなるわけだ」

「巧いことだましたんだろうなあ」

「――金は払ったんだろ。いくらなんでも強奪はしてないだろ?」

 縋るように聞けば、ハーマイオニーが■■■■■ガリオン分の貨幣を払ったそうよと答えた。ウィスタは目眩をこらえた。桁が違う。

「それでハーマイオニー、本当に誤作動じゃないの?」

 ジニーは三枚目のクッキーにとりかかっている。ハリーの前では真っ赤になってへまをするが、素だと肝が据わっていて頭の回転も早かった。どちらかといえば双子タイプだ。

「ざっと百数十年使われているのよ? リアイスのひとたちが定期的に点検もしているそうだし、柵の誤作動の記述もなかった」

 よほど綿密に、しかも大勢を使わないと柵の誤作動を引き起こすのは無理でしょうね、とハーマイオニーは結ぶ。

――あながち俺がグリフィンドールの末裔なのも眉唾じゃないかも

 ダンブルドアが言うのだから本当なのだろうとは思っていたが、あまりにできすぎた話なので疑ってもいた。二割くらいは。ホグワーツの歴史にリアイスが頻繁に登場するのなら……ありえなくもない。創始者の末裔だからそれがなんだよ、だけれど。ヴォルデモートに狙われる特典はいらない。ラッピングして誰かに押しつけたいくらいだ。ただ、ひとの親を殺しておいてしゃあしゃあと「軍門に下れ」なんていうクソ野郎だ。一発殴らなきゃ気が済まない。

――どころか

 平穏な生活のためには邪魔でしかない。どうにか片づけたいものだ。母親を越える凄腕になるしかないのだろうか。

「ふくろうで連絡をとるべきよ」

 ウィスタ、ヴァルナを貸してちょうだいと言われ、鳥かごから出してやる。肩の烏を撫でてやりながら羊皮紙に要点だけ書き殴った。

『ハリーとロンが特急に乗っていないようです。卿を名乗る野郎がなにか仕掛けたのか、単にこちらのホームに来られなかったかは不明』

 折りたたみ、首に結わえた巾着のなかに入れてやる。闇夜のふくろうのくちばしに触れる。

「行き先はダンブルドア。超特急だ。オーケー?」

 ふくろうは金色の眼でウィスタをみつめ、高らかにさえずった。

 約一時間後、宙に炎が燃え上がり赤と金の羽根、それに紙片が降ってきた。羽根を掴んだのはウィスタで、紙片を掴んだのはハーマイオニーだった。

「大変よ、ウィスタ」

 震える手が、肩を掴む。かなり痛い。その細腕のどこに怪力があるのだろう。

「落ち着けよハーマイオニー。らしくない……」 

 声が跳ね上がる。紙片は新聞記事だ。

「空飛ぶフォードアングリア……?」

 アーサー小父のそっくりさんが違うフォードアングリアに魔法をかけたなんてことはないだろうか。淡い期待を抱いたが、ウィーズリー兄妹は口をそろえた。

「あ、」

「こりゃあ」

「うちのフォードアングリアだ。パパ、飛行距離を知りたがりそうね」

「新記録樹立か?」

「待て待てそうじゃない。はあ……くっそ俺たちも乗ればよかった!」

 ウィーズリー兄妹の精神は鋼だった。なんでも茶化して面白がるのだ。

――俺だって興味がないわけじゃない

 あの夜間飛行は楽しかったし、乗れるものなら乗りたかった……のだが。

 ハーマイオニーが法令をずらずら並べ立てていて不吉だった。ウィスタも頭のなかのリーマスを引っ張り出した。

 たしかマグル製品に魔法をかけることは禁じられていないはずだ。趣味の範囲かつ無害ならば。フォードアングリアは無害だとしよう。ただしマグル保護だか秘密保持だかに引っかかっている。となると。

「……拙いな」

「罰金刑で済むとは思うの」

 ハーマイオニーは頭を抱えんばかりで、ウィスタは彼女の背をそっと叩いてやった。ひとまずウィーズリー兄妹たちには黙っていよう。  

 ハリーとロンが空飛ぶフォードアングリアで華麗に到着するどころか、泥だらけ傷だらけのボロ雑巾になるのは数時間後のことである。

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