【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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十八話

「しかるに変身というものは本来大変に危険なものであり――」

「その手段の一つがポリジュース薬である。諸君ごときでは調合できない代物だ」

 いつものごとくスネイプは絶好調だった。頬杖を突いて大演説を右から左へと聞き流す。「君の無礼な態度で十点減点」と言われた気がするがいつものことだ。どうせフリットウィックとマクゴナガルが点をくれるし、ハーマイオニーだって点を稼ぐし、ほかにも皆得意な分野でどうにかしているのだ。

「リアイス、薬以外ではどんな変身手段があるかね?」

「そりゃあ先生、マクゴナガル先生の分野であって魔法薬学の授業範囲じゃないでしょう」

「教師への敬意のなさでさらに十点減点」

「うっっわ」

「リアイス」

「俺はおしゃべりインコじゃないんですよ」

「そんなに我が輩から減点を食らいたいか」

 じっとり粘っこい眼で睨まれ、ため息を吐いた。難しい問題をふっかけてグリフィンドールから減点するのがスネイプの趣味である。ハーマイオニーなら答えられるだろうが、スネイプの趣味はウィスタとハリー虐めである。俺らが何をしたっていうんだ。

「たしか動物もどきと……見た目だけ変える魔法とか……あとどこかの島に呪いで火蟹だかなんだかになった一家がいるとか? それと変身で括っていいのかは知りませんが人狼病」

 スネイプは鼻を鳴らしただけで点もくれなかった。説明が面倒になってウィスタに丸投げしたり、今日のように意図が掴めない質問をすることもある。うっとうしい。

――俺はリーン・リアイスじゃないんだけど

 名前と顔しか知らない母親。スネイプとは机を並べた仲。たぶん親しかったんだろう。なにがどうしてスネイプなんかと親しくしていたのか。そしてなんで息子の自分が絡まれなければいけないのか。厄介すぎる。

 なんでもいいが時間よ進めと祈ったとき、何かが触れた。いや感じた。

「帰ってきた……?」

 ◆

 魔法薬学が終わるや否や、ウィスタはナイアードの室に突入した。次の授業はサボリ決定だ。どうせ退屈な魔法史なのだから。

 ナイアードは突然やってきたウィスタににやりとし招き入れた。教師としてどうなんだと思うが今は都合がいい。

「悪いが土産はないよ」

「……なんか調べに行ってたろ」

 ナイアードが流れるような手つきで紅茶を淹れるのを眺めやる。彼はウィスタの言に口端を吊り上げた。

「デートかもしれないだろう?」

「何日も空ける理由にはならない」

 紅茶を一口飲んでみる。リーマスといいナイアードといい淹れるのが巧すぎやしないか。こだわりのマグル式だ。

「秘密の部屋について調べてたか、なんか報告してたかどっちだよ」

「君は単刀直入に過ぎる」

 困った困ったと両手をあげてはいるが、眼はきらきらしている。親戚のにーちゃんよりは同級生のように思えてしまう。

「どっちもだ」

 ナイアードが向かいに腰かける。蝋燭の火を吹き消すように悪戯っぽい青年の顔が失せた。立ち現れたのは怜悧な貌だ。

「あれこれ文献を漁ったが、我らが祖ゴドリックの時代のものはなかった」

「帰ってまでやることか。相手はスリザリンの継承者を名乗っているだけだろ?」

 大人たちはピリピリしているが、ウィスタにはぴんとこなかった。不気味な声、得体の知れない呪い、自身に対する風評被害と盛りだくさんではあるが、どこか他人事だ。マグル育ちなせいもあって継承者やら秘密のなんとかやらは馬鹿馬鹿しいなにかにしか思えない。

「頭が空っぽなボケ野郎でないかぎり、おいそれとスリザリンの継承者なんて名乗るものか」

「わかるかよ。あんたと違ってこっちは疎いんだ」

 ナイアードの眉が下がった。眼が少し泳ぐ。

「うっかり忘れかけるんだが、そういえばこちらの知識はないに等しいか……」

「思い出してくれてうれしいよ」

「特別講義だ。何が聞きたい?」

「俺の父親、あんたじゃないよな」

 早速とばかりに切り込めば、この上なく苦々しい顔をされた。

「……君は俺が十三かそこらで■■■するような男に見えるのか?」

「モテたんだろう?」

「ビルのほうがモテてたよ。そもそもリアイスやほかの名門はね、おつきあいするのにも気を使うんだ」

「やっぱ色々ややこしいのか」

 胃にハグリッドのロックケーキをぶち込まれたような気分になる。ややこしいのか。ウィスタは別にモテたいわけではないけれど。ややこしいのか……。

「そんなものだ……と、話が逸れた。君の父親については俺の領分じゃあない。ほかの質問は?」

「秘密の部屋の詳しい話とか、なんであんたが毛を逆立てた猫みたくなってるのか、とか」

 立て板に水とばかりに言い切った。

「どこから話そうか……秘密の部屋にはスリザリンの怪物がいる。ここまでは?」

「聞いた」

「君の友人のハーマイオニーかな。情報源」

「想像に任せるよ」

 可愛くねえな、とあきれられても流した。野郎に好かれたくもないし媚びたくもない。

「まず秘密の部屋からだ。千年ほど前にサラザール・スリザリンという魔法使いがいた。一説には癒しの術に秀でていたとかいなかったとか。そいつはほかの創設者とホグワーツをつくったんだが、数年して城を去った。そのときにつくったのが秘密の部屋だ……と言われている」

「わざわざ?」

「わざわざ」

 ウィスタもナイアードも紅茶で喉を潤した。たいして話し込んでるわけでもないのに妙にのどが乾く。

「そこに怪物を住まわせた。それというのも、スリザリンは魔法族の子――純血以外に門戸を開くべからずと考えたからだ。ほかの創設者たちとの溝が埋められなくなり、ゴドリックとスリザリンが決闘し、スリザリンは去った。怪物を残して。そいつはホグワーツにふさわしくない者――マグル生まれをホグワーツから永遠に追放するのだとささやかれている」

「回りくどいなスリザリンも。ホグワーツ丸ごと爆破したらいいだろうがよ」

「スリザリンよりも君のほうがヤバいな」

 ゴドリックよこの愚かな子をお赦しください。

 芝居がかったナイアードは放置して、スコーンをむさぼり食った。嘘かほんとかわからない話より目の前にある食べ物のほうが大事だ。

「ご先祖とスリザリンとかいう野郎が喧嘩別れしたのはいいし、置き土産を残したと仮定して……」

 そこまで真剣になることかと続ければ、ナイアードは渋面になった。容赦なくデコピンされる。

「いっ、」

「ぬるい」

 ただの一語。なのに鼻で嗤うことを赦さないなにかがあった。

「スリザリンは純血主義を掲げた――とされているし、彼の興した寮は貴族連中が多い。なおかつ闇の魔法使いを最も輩出している。さて学年首位。ここから何が導き出される?」

「ハーマイオニーと並立首位だよ……つまり英国魔法界の守護者だか魔法騎士だか謳ってるリアイスとは対極で? マグル生まれやマグルに寛容であらせられるリアイスの敵で――」

――好きでリアイスに生まれたわけでもないし、リアイスがどうだと言われても

 混じりけない本音である。だが、相手は――たとえば純血主義者は――ウィスタの本音などどうだっていいだろう。

「スリザリンの継承者にとっちゃあ目障りで獲物だってことか」

 気のない拍手が返事だった。

「気をつけるといい。昔は純血派がリアイスに戦争を仕掛けてきたくらいだ。時代が変わろうと、リアイスは常に守護者であり騎士であった。それに――」

 自分の庭を荒らされて素知らぬ顔をするほど、リアイスは腑抜けじゃないさ。

 そう言って口端を吊り上げるナイアードの面はぞっとするほど冷たかった。

 

 ナイアードとの会談あるいはお茶会……を終え、寮に戻ってゆったりしていると、午後最後の授業を終えた面々が次々と戻ってきた。

「急に飛び出してどこに行ってたの?」

 ハーマイオニーに目をつり上げて叱られたけれど「秘密の部屋について聞いていた」と返せば黙った。

「君ってばタイミングが良すぎない?」

 ロンがこそこそ言い、ハリーが寮生たちに眼をやった。

「僕らも秘密の部屋について聞いたんだよ。魔法史でね」

 大広間に降り、騒がしいグリフィンドール生に紛れて互いに情報を交換する。

「荒唐無稽な伝説だって先生はおっしゃってたけど」

「自分が荒唐無稽な存在なのを棚に上げるなよ」

 パンに野菜と生ハムその他を挟み込みながら茶々を入れた。魔法史教授・ビンズはしわくちゃの老魔法使いで、ゴーストだ。なぜゴーストになったかは割愛する。授業は死ぬほど退屈で、教科書を棒読みするだけだ。そんなもん授業の意味ねえだろうがとウィスタはビンズの授業をしばしば蹴っている。

「ゴーストでも滅多切りだね」

「遠慮することもないだろう?」

 ハリーに返し、テーブルの下で杖を握る。なるべく唇を動かさないように耳塞ぎ呪文を唱えた。リーマス直伝の便利呪文だ。分類は盗聴防止で、ウィスタたちの会話は周りには別のなにかに聞こえる。リーマスの引き出しの多さには驚くばかりだ。無言呪文もほいほい使っている。

――俺も早く使えるようになりたい

 誰にも言うつもりはないが、使えたらなんだかカッコいいではないか。どうせなら指を鳴らして魔法を使えるようになりたいものだ。カッコいいから。

「誰だと思う? スリザリンの継承者」

 ハーマイオニーはソーセージにフォークを突き立てる。いまにも爪でも噛みそうな具合だった。

「でもミセス・ノリスがやられただけじゃないか」

「ダンブルドアでも解けなかった呪いでね」

 ロンの楽観にハリーが水を差す。ウィスタは向かいのハーマイオニー、左右のロンとハリーを順繰りに眺めた。

「別に猫だけで終わるんならいいけれど……か? ハーマイオニー」

 スリザリンの継承者。おそらくはマグル生まれやマグルを嫌う人物だ。秘密の部屋なんてものがあるかどうかはさておいて、教師陣がピリピリするほどの危険なやつなのだろう。

――本当に秘密なら伝説すらも残っていないはずだけど

 七不思議。それかお伽噺。マグルの学校のオンボロな図書室であれこれ読んだけれど、結末が少し違っていたり名前が違っていたものだ。長い間伝わる話なんてそんなもので、だからこそ伝説でお伽噺なのだ。だが、秘密の部屋の伝説はなんの枝分かれもしていない。ナイアードの異常なまでの緊迫感からして、千年ほど前にグリフィンドールとスリザリンの間になにかあったのは確実だろう。

「最初は猫でしょう。次は鳩とか鴉かもしれない。でも……それだけじゃ終わらないんじゃないかしら」

「かもな」

 断言は避けた。ハリーたちがきょとんとした顔をしている。うーん、君たちは矢が刺さった鳩とか虐待された猫とか見たことがないのかね。不良どもも小動物虐待野郎は嫌がったものだ。異常者なのだと言っていた。

――そいで最後には

「だってスリザリンを名乗ってるのよ。私を……私たちを穢れた血なんて呼ぶような寮をつくったひとなんだもの」

「純血主義なんてものをスリザリンが言い始めたっていうのは知らなかったなあ。狂ってるよ」

 ロンが鼻を鳴らす。ハリーもうんうんと頷いた。

「ハーマイオニーとかジャスティンとかおちおち眠れもしないよね。なんだか僕は……ジャスティンに避けられてるけど」

「あのお育ちのいい坊ちゃんが?」

「そう。イートンを蹴ったジャスティンが」

「おまえなんかしたの」

「してないってば」

 ハッフルパフのテーブルを窺えば、セドリックと話し込んでいるジャスティンを発見した。ふとした拍子に眼が合った――と思えば彼の顔がみるみるうちに強張った。

「俺も嫌われたみたいだ……」

 なんだってんだ。まさかジャスティンもウィスタが猫を襲ったと思っているのか?

 はあ、とため息を吐く。コーヒーを飲み干す。苦い気持ちなのはコーヒーのせいだ。ミルクもなにも入れていないブラックなのだから。

「スリザリンの継承者め。俺の学生生活をひっかき回しやがって。見つけたらひん剥いて湖にドボンしてやる」

 昨年も最悪だったが今年も今年で運命の女神様から見放されている気がする。

「でも誰なのかわからないよ。ホグワーツに何人生徒がいると思ってるんだい」

「ハリー。僕らの周りにマグル生まれなんてクズだと思ってるやつがいるじゃないか。まさしく純血主義の権化みたいなのが」

 ロンの滑らかな言にウィスタとハーマイオニーは視線を交錯させた。互いの考えが手に取るようにわかった。

 もちろんいる。純血主義で名門の子で穢れたなんて言っている莫迦が。しかし、だ。

「やつならやりかねないよね」

「どうかしらハリー、彼がそんなことを……」

「する度胸があると思うか?」

 ウィスタが後を引き取った。禁じられた森では怯えまくり、たいてい腰巾着のゴリラーズを連れ歩き、魔法薬学では陰口をたたいたり目玉やら薬草やらを投げつけるしかできない野郎である。父親のルシウス・マルフォイは貴族の風格をもっていたが、息子のほうはなんとも半端な坊である。喉に刺さった魚の小骨くらいにはうっとうしいけれど。

「でも思い浮かぶのはやつだろう?」

「穢れた血なんて言うやつなんだ!」

 二人に猛然と抗議され、困ったなあとハーマイオニーに視線を投げかける。

「自白させるか現場を押さえなきゃいけないわ」

 まるで女刑事のようだ。ウィスタは便乗した。 「尾行してらんねえし、現場の線は無理。自白をさせるなら……」

 いくつかの案が思い浮かぶ。たとえば真実薬を飲ませる。これは調合がおそろしく難しいうえに、使うと監獄行きだとかそうでないとか。

 次に愛の妙薬。調合できなくもないけれど、ハーマイオニーにマルフォイのクソがぞっこんになる図なんてありえない。却下。

「まだマシなのは――」

 ポリジュース薬、とハーマイオニーと声をそろえる。

「なんだいそれ?」

「変身薬だよ。おまえら、俺がスネイプにいびられてても無視かよ」

 友情にひびが入った。こいつらが魔法薬学を隙あらばバックレたいと思っているのは知っている。それでも酷いったらない。

「変身薬よ。たしか禁書の棚にあるって言ってたわよねウィスタ」

「スネイプが嘘言ってなけりゃな」

「じゃあ先生の署名がいるけど。突破できるのかな」

「いるじゃないか」

 ハリーが上座に顎をしゃくり、にやっとした。ウィスタは瞬時に察し、ハーマイオニーに告げた。

「ああいうやつは煽てに弱いんだ」

 たんと小説をほめてやれよ。

 

 小説家ってちょろいな。そしてハーマイオニーは面食いだったんだな。野郎三人の白い眼にも負けず、ハーマイオニーはロックハートから署名をせしめた。一分もかからなかった。なんせ羊皮紙を差し出して「先生の作品はページをめくる手がとまらなくて」「あの倒し方は最高にクールでした」と熱弁したら一瞬で陥落した。

「女子トイレは嫌だ」

「そりゃあ壊れてるけどさ」

「ハーマイオニー……俺はトイレにいい思い出がないんだ」

 オンボロのトイレで、ウィスタたちは口々に言った。何が悲しくてトイレを拠点にしなければならないのか。ウィスタたちは紳士とは言えないけれど変態でもないのだ。万が一出入りしているところを目撃されてみろ。ハリーの一味は変態だとかリアイス家のウィスタは変態だとか言われるだろうし、噂はあっという間に広がってクインの耳に入るじゃないか。

「誰も近づかないわよ」

「嫌よ男の子を連れ込むなんて私だって女なんだからね! ああそう、私がゴーストだからどうだっていいのね!!」

 甲高い声にもハーマイオニーは我関せず。腕を組み、仁王立ちする始末だ。

「俺たちが変態呼ばわりされたらなんとかおさめてくれよ」

 両手を上げれば、ハーマイオニーが白い歯を見せた。

 ◆

 禁書の棚にある『最も強力な薬』は、悪趣味な絵と赤黒い文字が躍っていた。ロンは「触れたら呪われそうだ」と言ったし、ハリーはハリーで

「禁書になるわけだ」と言った。

「ポリジュース薬……これね」

「材料が面倒だな。ハーマイオニー、読み上げてくれ」

 クリップボードとペンを構え――マグル製品だ――ウィスタは促す。

「クサカゲロウ、ニワヤナギにヒル、満月草……」

 うう、とハーマイオニーが呻く。

「二角獣の角の粉末に、毒ツルヘビの皮の千切り」

 走らせていたペン先を止める。ハーマイオニーが眉を下げていた。

 薬問屋は通販対応しているのだろうか。それかふくろう通信販売にあったりしないだろうか。

――ないだろうな

 わりかし手軽に調合をする文化がある魔法界だが、手に入れにくい材料は存在する。二角獣の角の粉末と毒ツルヘビの皮の千切りなんてもの、どこで手に入れられるかウィスタは知らない。仮に買い付けられる経路を割り出したとしても何ガリオン積めば買えるのだろう。

「後回しにしよう」

「そうね。あとは変身したい相手の一部だけど――」

「ちょっと待って」

「今なんて言った!?」

 そういや魔法薬学に熱心じゃあなく友情にひびを入れまくる野郎どもがいたな、と思い出した。

「変身薬だぞ?」

「あ、あの、ほかの方法……奴らの爪の欠片とか飲まなきゃいけないの? 無理」

「それ以上ぐだぐだ言いやがったら火蟹に変えるぞ」

 杖を片手に声を低めて告げれば、ハリーたちは涙目で頷いた。わかればいいのだ。

 そのままハーマイオニーが読み上げるままにペンを走らせる。

「……最後に毒ツルヘビの皮の千切りを加え――時計回りに三度混ぜ、数日寝かせれば完成である」

「一つ一つは簡単だけど、工程が多いな」

 紙を折り、ポケットに突っ込む。ハーマイオニーもため息を吐いて本を閉じた。

「でもね、やるしかないじゃない。ウィスタ、複製呪文は使える?」

 ポケットに眼を落とした。複製呪文・ジェミニオ。効果はそのまんまだ。便利だが本当は……たぶん難しい。

「当たり前だろ。紙一枚しか無理。ああでもハーマイオニー……複製してもいいけど読めないぞ」

「まさか暗号文を開発したの?」

 ハリーが眼を見開く。お前は俺をどこかの諜報員だと思ってるのか。

 ポケットから紙を取り出し、広げる。

「解読できるやつがいればお目にかかりたいもんだ」

 三対の眼が、ポリジュース薬の製造レシピを見る。そうして一斉に頭を抱えた。

「こりゃあ読めないや。こんだけ崩したらさ」

「複製しなくても問題ないか」

 ハリーが苦笑いする。ウィスタとハーマイオニーを順番に指した。

「君たち頭の中に入ってるんだろ? どうせ」

「レイブンクローでもやっていけるって言われたしな」

 にやっとしたその瞬間、後ろめたさが胸を刺す。

――ずっと隠しておくべきか  グリフィンドールの末裔なのだとか、きっとそのせいでヴォルデモートに狙われたのだとか、色々と秘密の箱を持っている。明かしてもいいと思える友達なのだ三人とも。

 今は駄目だ。秘密の部屋が開かれて、影が暗躍している。余計なことは話さないほうがいい。

「レイブンクローは置いといてさ。今はスリザリンだよ。秘密の部屋にしてもそうだし……」

 明日のクィディッチでコテンパンにしてやれよ、とロンの青い眼が、ハリーを期待をこめて見た。

 ◆

「スリザリンと当たるとろくなことがねえな」

 夕暮れの医務室でウィスタは椅子に腰かけた。寝台にはハリーが転がっていて顔色は最悪だ。

「君も腕の骨を抜かれればいいんだ」 

「嫌だね。それよかロックハートをぶちのめすほうがいい」

 後ろでハーマイオニーが「そんなロックハート先生はわざとじゃ」と言い「ハーマイオニー……君は賢いのになんでそうさあ」とロンが呆れている。ウィスタは軽く杖を振り、泥だらけのハリーと寝台を綺麗にしてやった。

「あんのクソ野郎」

「確かに」

「あんな無能だとか」

 ないわー、と声をそろえたのは双子である。きらきらした眼でハリーの腕の残骸を観察している。ハリーは転がるようにして寝台の端へ退避した。

「あのクソ……はともかく、ハリー、すばらしいキャッチだった」

 オリバーは上機嫌だ。スリザリンをぶちのめせたことに比べれば、ハリーの腕の骨が失くなったのなんてたいしたことじゃないのだろう。

 クィディッチシーズン開幕戦はグリフィンドールの勝利で終わった。金に任せて新型のニンバスにまたがったスリザリンどもは、調子に乗ってぶいぶい言わせていた。対してグリフィンドールは傲らずひたむきに練習し、着実に点を稼いで勝てるだろうとウィスタは踏んでいたのだ。

「ブラッジャーは?」

 問いを放り投げる。ハリーの腕が無惨な有様になった原因その一だ。なぜかブラッジャーがハリーだけを狙い、挙げ句に腕を折ったのだ。

「フーチが調べたときには異常なし。マクゴナガルやフリットウィックも調べたけど」

「なんもなしで。そもそも……」

「ブラッジャーやスニッチ、クアッフルには守りの呪文がかけられているし、素材も厳選されている。妨害なんてふつうはできない」

 双子のあとをオリバーが引き取った。さすがクィディッチバカだ。クィディッチ今昔を暗記しているし「箒の選び方に困ったらオリバー・ウッドに頼め」と言われるほどだ。

――これは秘密の部屋に関連しているのか

 それとも偶然なのか。得体の知れない石化と、狂ったブラッジャー。ウィスタの考えすぎだろうか。しっかし腕をへし折られるわ、ロックハートに骨を抜かれるわ、ハリーの今年の運は最悪なのかもしれない。しかも治療薬はたしかスケロ・グロだったと思う。とにかく二度と飲みたくない薬だそうだ。

 勝利に酔いしれるグリフィンドールの面々は、早速ドンチャン騒ぎを繰り広げようとした。しかしマダム・ポンフリーに追い出された。頭から湯気を立てんばかりだったので、従うしかなかったのだ。

 ハリーの捨てられた子犬のようなまなざしを振り切り、ウィスタたちは寮へ戻った。

 そこからが大変でロックハートのやつ■■してやると息巻く寮生もいれば、ウィスタにすがりついて「ハリーは無事なの」と泣きじゃくる女生徒もといジニーもいた。双子とロンとパーシーに睨まれて、ウィスタはひやりとした。悪寒までした。あんたらの妹に手は出さないよ。出すわけがないだろう。

 そんなこんなで祝勝の宴を開催し、大騒ぎして野郎どもは談話室に転がった。

 そうして、夢を見た。

 

 自分の手すら朧にかすむ、霧のなか。

――夢にしては

 妙だ、と頭を巡らせる。果てのない白。ふつう夢というものは、見慣れた景色が出てくるはずだ。だとしたら孤児院かマグルの学校かホグワーツあたりが出てくるはずで、こんな白い霧のなかに放り込まれる筋合いはない。

 だいたい、こんな夢を何度も――そうだウィスタはここに何度もきたのだ――見るなんておかしいではないか。

 顔をしかめ、首飾りを握りしめる。繊細な金細工はひどく冷たい。

「……なんだ?」

 いつもなら、触ればほのかに温かくて、なんだか元気になれるのに。夢だからそこまでは再現していないのか。

「――やれやれ」

 頬にひやりとした感触。誰かが後ろに立っている。反射的に後ろに向かって肘鉄を食らわせようとして、全身の痺れにそれもままならない。せめて、と振り返ろうとしても駄目だ。寸とも動けない。

「……野郎」

「育ちが悪いね」

 からかうような笑いが貼り付いているのだろう、声。いつもの青年だ。

「出て行け」

「嫌だね。やっと接触できたのに。君はつくづく可愛がられているようだ」

 ダンブルドアも大層な守りを持たせたな。声にわずかな棘が混じる。

――なんのことだ

 守り――ふ、と首飾りに眼を落とす。特急で手にした綺麗な羽根。

「察しがよくて結構だ。あの男はリアイスと親しいし、ありえなくはないか……」

 君、本家か分家かどっちの出だい? 軽い問いかけに眼を瞠る。なんなんだこの男。リアイスはリアイスとしてしか世間に認識されていないはずだ。本家や分家なんて括りを知っているということは。

――こいつはリアイスの誰かなのか、それとも

 リアイスの誰かから秘密を教えられた人間なのか……。

「そこらへんを知ってるなら、俺のこともわかるだろう」

 お茶を濁す。下手に問い返せばどうなるかわからない。ある程度まで知っているくせにウィスタのことは知らない。矛盾しているではないか。

「どちらかといえば僕の寮向きだね、君」

 僕と一緒に行かないか。優しげな声音に頬がひきつる。こいつは質が悪い。物腰も言葉もそれらしくしているから、下手をするとだまされるだろう。

「猫を石にして回ろうってか。スリザリンの継承者……それか共犯か?」

 男は笑うだけで答えない。ウィスタはふう、と息を吐く。

 夢だから、どこまで覚えていられるかはわからない。ただ、こいつが暗躍しているのだろうし、マルフォイか誰かがいいように使われている線が濃厚だろう。

――邪悪だ

 マルフォイは腹立たしい莫迦なだけで邪悪とまでは言えない。悪意はあるが、この男のほうが格上だろう。

「僕と手を組めば、なんでも手に入るだろう」

「詐欺師でももっとマシなことを言うぞ? 俺は健康だし屋根ついた家はあるし、父親の顔は知らないけど父親代わりはいるし、ホグワーツの飯は美味いし。つうかあんたさ、そんだけ顔よくて女に不自由しなさそうだし、頭もいいんだろ? 満足したらどうなんだ」

 愉快犯なんて莫迦過ぎんだろうが。次の瞬間、頬に痛みがはしる。つ、と血が垂れた。

「君はまだ幼い」

「あんたもな愉快犯」

 傷口に爪をねじ込まれ、危ういところで悲鳴をこらえる。案外わかりやすい。

「素直に僕の言うことをきけ」

「てめえ、それが人にものを頼む態度かよ」

 鉄錆の香と、生ぬるい感触。顎から首へと伝って、襟元へと垂れた。

「口の悪い……」

「どこかの令嬢じゃあないんでね」

「君には理解できないんだろう。リアイスはいつだってそうだ」

「勝手に言ってろ」

 歯をくいしばる。とにかく一撃食らわせたい。夢であって夢ではない。この男はやっぱり得体が知れない。

「お前のほうが全部持ってるくせに」

 吐き捨てる。視界が段々と暗くなる。霧が濃くなっていった。

 気力を振り絞り、問いかけた。

「猫、の次はなんだ?」

 くずおれて、地に転がったウィスタを、紅い眼がなめまわすように見る。唇が綺麗な弧を描いた。

「起きればわかるさ」

 ◆

 眼を覚ませば、見慣れた天井が飛び込んできた。

――またかい

 うんざりもする。お馴染みの医務室だ。ふざけてんのか。声を出そうとして痰が絡む。とにかく寒い。いや暑い。頭は痛いし、眼は潤む。典型的な風邪だ。談話室に転がって雑魚寝したんだから体調も崩すか。戸外で一晩過ごしたこともあるのに、一年ちょっとで柔くなったもんだ。

 なにもする気力がなくて、そのまま寝台に転がる。うとうとしているとカーテンが開けられる軽い音。布団から頭を出せば、盆を片手にナイアードが立っていた。

「厨房でリゾットをつくってもらった。食べられそうか」

「食えるときに食――食べます」

 杖が一振りされ、卓が現れる。盆が音もなく着地した。ナイアードに支えられるようにして身を起こした。完全に病人扱いだ。

「あまり心配させないでくれるか」

 ナイアードの眼は濃い藍色に変じている。眉間には深い皺。ぴりぴりした何かを発散していて、何かを言い返そうものなら百倍返しされそうだった。

「記憶がないんだけど」

「大騒ぎして雑魚寝して、朝の走り込みしようときっかり五時に眼を覚ましたオリバー・ウッドが君を背負ってきたんだ。後で礼を言っておきなさい」

 額、首筋、耳の裏、手首と順番に触られる。ナイアードは眼を細めた。

「元気爆発薬で治らないだろう。魔力がとられている……」

「いやただの風邪……」

「じゃあない。強いていえば呪いだ」

 手首を強く掴まれる。熱が流れ込んできて、ほんの少しだけ楽になった。

『つくづく可愛がられているようだ』

 粘るような声。どこかで聞いた。熱が――流れてくるはずの、温かさが失くなって。

 頬に手を当てる。痛かったはずだが、なにもない。

「ウィスタ?」

 首を振る。なんだったか。話し込んだのに。覚えておかないとと思った。なにを?

「猫……の、次はなにが――襲われた?」

 手首から指が離れる。重々しい声が落ちた。

「コリン・クリービーが」

――やりやがった

 猫から一足跳びに、人間を狙った。

 いや、あいつ――それかあいつらにとっては、人間ですらないのかもしれない。

 スリザリンの継承者にとっては。

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