【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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二十話

 眼を開ければ案の定寝台の上で、身体の節々は痛いし、頭の中から金槌でガンガン叩かれているような有様だし、とにかく最悪だった。腹をかっさばいて中の悪いもんを全部出してくれ頼むからと心の底から思った。

 そんなこんなでまた医務室かよ……とげんなりしていたのだが、今回は勝手が違った。

「……職権、濫用……だろ」

「緊急措置だ」

 寝台の傍らにはナイアードがいて、羊皮紙をぱらぱらめくっている。箪笥に洋服かけ、本棚にその他諸々。落ち着いた色の絨毯。宙をきらきらとした粒子が舞っている。ウィスタは闇の魔術に対する防衛術助教授――つまりナイアードの室に放り込まれていた。

 ふかふかのクッションをいくつも差し入れられ、半身を起こしたウィスタは澄まし顔を睨みつける。

「俺と――」

 ぐ、と喉から塊がせり上がってきて、たまらずに吐いた。ため息混じりに背中をさすられる。吐いてはナイアードが魔法で綺麗にした。ウィスタは物も言えずに寝台に転がった。リアイスの分家当主でお貴族様なくせに、やたらと看病慣れしてやいないか。

「マダム・ポンフリーはあくまで癒者だから」

 いざというとき心もとない、とナイアードが言う。

「わざわざ医務室に乗り込む莫迦がいるか?」

「君がジャスティンとニックをやったんだと思われている」

「ゴーストを仮死……なんて、」

 こん、とせき込む。そのうち血でも吐きそうだ。うれしくないことに。

「ダンブルドアでもできないだろう」

 ナイアードの声は苦々しさ満点だ。

――じゃあなんで

 犯人扱いされているのか、と考えるまでもない。

「……俺、リアイスっつー金看板の恩恵をなんも……受けて、ないよう、な」

 喉が痛んで仕方がない。ナイアードにクッションを引っこ抜かれ、仰向けになった。

「君の場合は特殊だから……」

 寝なさい、と年の離れた兄のように言われ、ウィスタは瞼を閉じた。

 ◆

 どれだけ言っても、ナイアードはウィスタを軟禁し続けた。「授業なんてどうとでもなる」と教師らしからぬことまで言って、寝台を抜け出そうとしたら引きずり戻された。

「まあなんだ」

「リアイスはたくさん死んでるからさ」

 兄貴もピリピリするのさ、と言ったのは双子だった。外の情報をくれるのはもっぱら彼らで、まったくうれしくない報せばかり持ってきた。ハリーとセットで継承者だって言われてるよ閣下だとか、アーニーは相変わらずだったから俺らで贈り物をしといたよだとか、ハグリッドの雄鳥が始末されててさあとか色々だ。今日は授業最終日。ウィスタが軟禁されてかれこれ五日になる。

「やりすぎだ」

 ふかふかのクッションにもたれかかり、スープを飲む。双子が厨房からもらってきたのだ。衣食住に不自由はしていないけれど、ハリーたちには会えないし授業には出られないし、散歩もできないし、そもそも三日くらい寝ていたしでぼろぼろだった。

「俺たちで連れ出せるんならそうしたいけどさ」

 フレッドが言い

「これを突破するのは無理」

 ジョージが引き継いだ。ウィスタはなにも言えなかった。宙に金の粒子が舞い、くるくると文字を描いている。古代語だろう。力ある魔法の言葉だ。

 詳細不明だが、ナイアードがガチガチに守りを固めていて、悪意ある侵入者を弾くものと出て行こうとする者――つまりウィスタだ――を阻むものの二つを仕掛けているようだった。

「ナイアードの野郎……」

 ため息を漏らす。何の用事もなければウィスタだってのんべんだらりと過ごす。だけれど、明日はクリスマスだ。豪勢な飯が出る。逃したくない。それに。

――どうしようか

 そろそろポリジュース薬ができるはずだ。双子によると、ほとんどの生徒は帰省するらしく、残る生徒のなかにはマルフォイと腰巾着がいる。薬を使って化けるにはちょうどいい。以前からハーマイオニーとどういう作戦にするかは話し合っていたし、かなり大まかには決まっていたが、ウィスタは動けないのだ。ハーマイオニーだって魔法薬学は得意だ。睡眠薬くらいつくれるだろうと思い直した。とにかくマルフォイが継承者と組んでいるかどうか、なにか知っているか聞き出せればいいのだ。ハリーとロンはマルフォイこそが犯人だと決めてかかっているから放置しておく。

――そもそもなあ

 マルフォイが継承者なら、一年のときに騒ぎを起こせばよかったのだ。仮に怪物を操る力を手に入れたのが今年だとしても、ハーマイオニーを真っ先に襲わなかったのは解せない。猫で力を試したのだからできたはず。そう、一学年下のコリンを……コリンがマグル生まれだと知ってはいたのだろうけど。スリザリンとグリフィンドールでは寮が離れているのだろうし、マルフォイがコリンの行動を察知するのは難しかったはず。ましてや休み時間だとか夕方だとかではなく、深夜の廊下。

――下手すりゃスリザリンではない?

「ウィスタ、やっぱりまだだめかあ」

「休みで雪合戦したかったのになあ」

「ナイアードに寝しなに色々と聞かされててさ」

 いかにも深刻そうに首を振る。嘘ではない。一族の至宝、宝剣『冬の息吹』の話だとか、何代もの間主がいないだとか、いまは曾祖父が保管しているだとか、一族の仕事はなにがあるかだとか叩き込まれていた。普通の生徒でいさせてくれ。

「それはお気の毒」

「いつ解放してくれるって?」

「ナイアードの気分次第……そういや、ジニーは元気か」

 さりげなく話を切り替える。とたんに双子の顔から笑顔が消えた。

「なんと」

「ジニーに気が! まだおこちゃまだから早いぞ」

 声は明るいが表情もとい雰囲気は正反対だった。そんなに大事ならもう少し気を配ったらどうだ莫迦野郎どもが。思いはしたが口にしない。ちょっかいをかけられているのはジニーだ。酷くなるようなら多少は手を出すけれど。

――身内には知られたくないだろう

 パーシーたちには言わないでと泣きじゃくりながら止められたのだ。ローブを血塗れにするなんて悪趣味極まりないが、正義感で突っ走ってもどうにもならない。今度なにかあったらそいつを締め上げてやるとだけ言った。ほかに慰め方を知らないのだ。ハーマイオニーならもっと気の利いたことを言えたろうか……。

「人の妹に惚れる趣味はねえよ。よく体調崩してるだろう。それでだ」

「ならいいんだ」

「紛らわしいぜ」

 深く息を吸った。一発殴っても構わないだろうか。

 クリスマス当日、眼を覚ませば腹が温かかった。なんだと手で探ってみれば、ふわふわの塊に触れた。

「どこのお子さんだ?」

 手のひらに収まるくらいの雛だ。カイロのように温かく、なんでもいいやと布団に迎え入れた。癒される。そうこうしているうちにナイアードが朝食を運んできた。肩に鴉を載せている。

「メリー・クリスマス」

 卓に盆を置き、ナイアードは肩の鴉を払い落とす。鴉はウィスタの腹の上に着地した。よいせと半身を起こし「……こいつをチキンにすればいいのか」と訊けば、黒い嘴が手の甲をつついた。かなり痛い。

「クリスマス仕様だから安心するといい。しもべたちが張り切ってたよ」

 俺が責められる有様さ。肩をすくめたナイアードは、もぞもぞと出てきた雛に眼を丸くした。

「ナイアードんとこの子?」

「いや、よその子だ」

「返さなくっていいのかな」

「そのうち勝手に帰ると思う」

 ナイアードは眼を泳がせ、かがみこんで雛を撫でた。ぴい、と雛が鳴く。鶏の雛じゃないのは確かだ。

 朝食は豪勢――病人仕様にしては豪勢――だった。リゾットにバケットにスープ、チキンも少しある。雛は懐にもぐり込み、鴉は我がもの顔で布団に鎮座していた。グリフィンドールの末裔なら獅子に縁がありそうなものだけれど。

 なるべく丁寧に食べているうちに、ナイアードは大広間に向かった。「その鴉と雛は役に立つから」と言い置いて。

 ひとりで食べ終わり、いささかしょっぱい気分で眠りについた。こんなクリスマスってない。

 そのうちに鴉に頭を叩かれて眼を覚ました。こいつはただの鴉とは思えない。

「なんだよ」

 不機嫌に問いかければ、嘴が手紙を差し出してきた。差出人はハーマイオニーだ。見舞いに行けない謝罪が最初にあった。ナイアード先生が面会はダメだって云々。フレッドとジョージはごねたからいけたみたい云々……なるほど。そしてポリジュース薬が完成したとも書かれていた。

『誰が継承者なのか突き止めてくるわ』

 手紙をすぐさま燃やし、鴉に語りかけた。

「勇ましいにもほどがあるよな?」

 

「ハーマイオニーはあんな子だったか?」

 もう少し賢いと思ってたんだが、と入ってきたのはナイアードだった。入ってきたというより帰ってきたというほうが合っているか。ウィスタの療養所はナイアードの室――の続き室だ。ダンブルドアに交渉して、ロックハートよりも広い場所を確保したらしい。

「いつ誰がどこでなにを、をはっきりと」

 寝台に仰向けになったまま、ぴしゃりと返す。雛をふところに入れて気持ちよく寝ていたのに台無しではないか。

「ハーマイオニーが変身術に失敗してえらいことになってる」

「……失敗するわけないだろ」

 思わず返し、直後に厭な可能性に行き当たった。今日は作戦決行日。ポリジュース薬が不完全だったのか、ほかの理由か。

「一部が猫になっていて」

「あー……」

 それか。ポリジュース薬は動物変身には使えないのだ。猫の毛が混入したか、誤って入れたかだろう。ハーマイオニーにしては珍しい失態だった。

「動物もどきの研究でもしてるんだろうよ」

 なんとかひねり出したものの、ナイアード相手にどこまで有効かは不明だ。ウィスタの懸念をよそに、彼は苦笑った。

「やりかねないな。あんな面倒なもの、習得する気にもなれないが……」

 襲撃かと思って肝を冷やしたんだぞとぶつぶつ言いながら、乱暴に腰を下ろす。ぱちんと指を鳴らせば、テーブルの上にクリスマスディナーが現れた。

「おいで。一緒に食べよう」

「あんた、大広間で食べるべき……」

「いいんだ」

 きっぱり言われてはしかたがない。寝間着にナイアードの上着をはおって席についた。鴉は寝台の上に放り出して、雛はテーブルの上に置く。

 綺麗に盛りつけられた料理を少しずつ片づけながら、今年のクリスマスも最悪だったなと嘆息した。来年こそは穏やかなクリスマスでありますように。

 ◆

 ようやっと軟禁が解かれたのは、休み明けだった。とはいってもナイアードに「なんかお使いを頼めよ」と交渉した。こもりっぱなしは勘弁だったし、あわただしかったからクリスマスプレゼントを買いそびれていたのだ。あちこち点検され、双子とリーを伴うことを条件に許可された。ホグズミードへ行けるのは三年生からなのだが、ナイアードなりの温情だろう。

 そんなこんなで復帰したウィスタだったが、休み明けから最悪だった。俺は何度最悪だと言えばいいのか。ハーマイオニーは継承者に襲われたという噂が飛び交い、ウィスタとハリーは犯人扱いされた。ハッフルパフのアーニーは頑なで、ハンナとスーザンが宥めても無駄らしい。

「俺は現場に居合わせたというか現場に落ちたんだけどなあ。ジャスティンの時」

「あそこまで頑固だと天晴れだよ」

「あいつに毛生え薬を飲ませたらだめかな。フレッドたちなら持ってる」

 やめとけロン、とハリーと一緒に首を振る。ハーマイオニーの見舞いの帰りだった。夕方に訪ねて課題を渡し、代わりに仕上がったものを引き取るのだ。ポリジュース薬の調合という偉業を成し遂げたものの、マルフォイは継承者ではなかったし、もちろんなんの情報を持っていなかった。挙げ句に変身失敗とは、ハーマイオニーも踏んだり蹴ったりである。

「なに言ったって聞きやしないさ」

 ウィスタの返事はさめていた。運悪く現場に居合わせたり、襲われたのがことごとく知り合いだったりと、不利な状況なのだ。

――本当に継承者だなんて信じているとも思えないが

 ちょうどいい的があったから八つ当たりしているだけだろう。下手に騒ぐよりも波風が過ぎるのを待つほうがいい。スリザリンの末裔だなんて冗談じゃない。

 寮に帰ってさっさと休もうと決めたとき、上階から怒声が響いた。フィルチである。

「なんだろう?」

「行ってみる?」

「やめとけやめとけ。どうせフレッドたちかピーブスだ」

 反対したのにも関わらず、結局上階の廊下へ行くはめになった。フィルチは怒り心頭で、原因は雨漏りもとい水漏れだった。マートルのトイレの近く、つまり第一の現場の廊下が水浸しだった。

 フィルチはわめき立てながら掃除用具を取りに行き、ウィスタたちはやむを得ず女子トイレに入った。マートルのトイレだからたいして抵抗感はなくなっていた。

 果たして、トイレはいつもにも増して酷い有様だった。試しに自分に浮遊呪文をかけて浸水したトイレを進む。マートルの話は要領を得なかった。男子からものを投げつけられたどうこう。どうせわたしなんて云々。

「もう死んでるの――」

 に、とロンが言う前に、ハリーが肘鉄を食らわせた。ウィスタだってロンに賛成だが、ここでなにを言っちゃいけないかくらいはわかった。

 マートルがぶつくさ言うのを適当に流しつつ、ハリーが『投げつけられたもの』を拾い上げた。

「秘蔵の書だったりするのか?」

 訊けばハリーは首を振る。

「本――いや、ノートだ」

 ハリーは残念そうに言い、気のないそぶりでぱらぱらと繰った。ややあって手が止まった。

「……ホグゾール通り――日記だね■■■■年から□□□□年までの――ちょっと待って」

 これ、五十年前のものじゃないか。

 さて、謎の日記帳を手に入れた一行であったが、一番食いついたのはハーマイオニーだった。二月に退院するや否や日記の検証に取りかかった。

「五十年前の日記。T・M・リドル……」

 談話室の片隅で――今晩は『ハーマイオニー退院祝い』が開催されていた――ハーマイオニーが腕まくりした。寮生は誰もこちらを見ていない。内緒話にはうってつけだ。

「やめてくれ。その名前は……吐くよ僕」

 ロンは本当に気分が悪そうだった。ウィスタは半歩分身体をずらした。なめくじ発作を起こされたらたまらない。

「特別功労賞を手にした出来すぎ君だ」

 やつのトロフィーを何度磨いたことか、とロンが吐き捨てる。しかしハーマイオニーは聞いちゃいない。「そうね」とだけ返事をして、あとは呪文を試してみたり、現れゴムでこすったりした。

「炙ってもだめだ。なんも出ない」

「君そんなことしてたの!?」

 ハリーが叫ぶ。ウィスタは群青の片眼で日記を見据えた。

「文字が浮かび上がってくるかと思ってさ。あるだろ、そういう仕掛け」

 文字が出ないどころか焦げもしなかったし、手はなぜか冷えるし、ウィスタはあまり日記に近づきたくなくなった。バスチアン少年のように、下手に赤銅色の本を手に取ったらどうなるかわからないじゃないか。俺は救い主いなんてなりたくないし、本の世界に入り込んで放浪するなんて御免だね。

「なにかあるはずなんだけど」

 ハーマイオニーは納得いかない様子だった。

 翌日、四人でトロフィー室に向かった。ハリーとハーマイオニーはのり気で、ウィスタとロンは渋々だ。T・M・リドルを調べたところでなにが出てくるのか。

「見てウィスタ」

 ハリーが、とあるトロフィーを指した。金色のクィデイッチ杯だ。

「君のお母さんの名前があるよ」

「……なんだって?」

 T・M・リドルのことはうっちゃって、硝子ケースごしにトロフィーを見つめる。

「へえ、チェイサーだったのか……スリザリンが優勝。んんん。あ、ハリーのお父さんの名前もあるね。こっちはグリフィンドールが優勝してるや」

「スリザリンとグリフィンドールが交互に優勝してる感じね」

 ウィスタは、硝子を消して優勝杯に触れたい欲求を抑え込んだ。母親の名前に触れたからってなんにもならないのだ。ウラニア・ユスティヌ、レギュラス・ブラック……スリザリン・チームの名前の中で、リーン・リアイスの名だけがくっきりと脳裏に焼き付いた。

――この優勝杯を手に取った数年後に

 母親は死んだのだ。ウィスタを残して。

 

 T・M・リドルについてたいしたことはわからなかった。なぜ特別功労賞を与えられたのか書かれていなかったのだ。監督生であったようだし、スリザリンの首席でもあったようだ。成績優秀品行方正だったのは間違いないだろう。

 ひとまず保留だ、と結論づけた。ハリーは勝手にやってりゃいいし、日記の管理もしといてくれたらいい。ウィスタだって秘密の部屋が開かれた五十年前の日記が偶然に出てきたとは思っていない。いいや、百歩譲って偶然だったとして、日記が燃えないのはおかしいし、古ぼけてはいるが白紙のままなのもおかしい。ついでにマートルが暴れ回っていたのに、日記が何事もなかったのも変だ。

 夢は一旦おさまっていたのに、またぶり返すようになった。相手は酷く怒っていて、あの■■とか、ふざけるなとか言っていた……と思う。起きたら断片しか覚えていないのだから仕方がない。あの青年はぼうやりとした影でしかなく、ウィスタは金色の霧のなか、佇んでいるだけだった。時折どこからかうなり声が聞こえて、ぱっと振り向けば獅子がいた。獅子が警戒しているのはあの青年。

「グリフィンドールめ」

 忌々しげに青年が吐き捨てたところで眼が覚めた。

――あいつは近づいてこられない

 しばらくは、となぜだか思う。ウィスタはやっぱり『あいつ』がどこかにいるのだと思っているし、いずれ対決しなければいけないと感じるのだ。ああいう出来過ぎ野郎は嫌いだし。神様は何物も与えすぎだろう、あいつに。

 夢の浸食を退けているうちに、二月十四日になっていた。その日大広間に降りて、即座に回れ右した。

「俺はまだ夢の中にいるのか……」

 玄関ホールの壁にもたれかかる。ついに現実と夢の区別がつかなくなったか。絶望しているウィスタに、天の声が降ってきた。

「ところが」

「どっこい」

「吐き気がするような現実さ」

 階段を仰げば、見慣れた赤毛と黒い縮れ毛が見える。

「あのピンクのけばけばしい、悪趣味きわまりない、女の子でさえいやがりそうなあれが」

 大広間の扉を開いてみれば、そこは別世界であった。とにかくけばかった。即座に閉めたから細かいところまではわからない。全身があの世界を拒絶したのだ。

「ロックハートの発案だ」

 バカじゃねえのと言いつつ、悪戯仕掛け人たちが階段を駆け下りてくる。靴先を向けるのは、お馴染みの厨房だ。屋敷しもべたちはげっそりしていて、随分とこき使われたらしい。それでも、悪戯仕掛け人たちを優しく迎えてくれて、皆ポケットを漁ってお菓子や銅貨や銀貨を取り出した。ロックハートのバカ野郎。

「いいのですよ坊ちゃま方」

 おろおろする屋敷しもべに、ウィスタは無理矢理押しつけた。

「いいんだよおばあちゃん。朝食を準備するだけでも大変だってのに」

 あのクソ野郎は大広間の飾り付けまで手伝わせたらしい。湖に沈めたほうが世のためひとのためではないだろうか。そうに違いない。

「坊ちゃまはお優しいです」

 母君にそっくりですね、とにこにこされる。ほんの少し悲しそうだった。

「よくここに来ていましたよ」

 歌うように言って、朝食を用意してくれる。遠慮なくがっついていると、屋敷しもべはため息を吐いた。

「坊ちゃま方、お気をつけて。金髪の先生は……あの、よかれと思って――」

 続く言葉に、悪戯仕掛け人たちは凍り付いた。

 ◆

 ウィスタは得体の知れない小人をまとめてしばり、沈黙呪文をかけ、失神呪文をかけた。そのうえで空き教室に放り込んだ。

「――鮮やかすぎて怖い」

「犯罪者の手つきだ」

「ウィスタあなた人気ねえ」

 友人たちには構わずに、足早に授業へ向かう。朝食後からホグワーツは地獄絵図だった。ロックハートが放ったキューピットもとい迷惑生産野郎どもに邪魔され、すんなりと廊下を進めないのだ。愛のお手紙を届けますだかの、脳味噌とけてんのかと思うような使命を果たすべく、あっちこっちで生徒を妨害していた。ファッ■。控えめに言っても親指が下がる。

 セドリックも困っていたようだが、なんせ上級生だ。どうにか対処していた。ウィスタとすれ違い、互いに苦く笑った。

――俺はスリザリンの継承者扱いのはずなんだが

 どうしたことかと思いつつ、どうにかこうにか授業を終えていく。教室にまで小人が乱入してくるので、マクゴナガルは変身術をかけて椅子にして、スネイプは「どんな毒薬が好みかね?」と恐喝し、フリットフィックは無言で追い払い呪文をかけていた。闇の魔術の防衛術の授業にもやってきたのだが、ナイアードが一睨みすると退散した。

 さて、次の授業へ向かおうとグリフィンドール生が移動していると、小人がやってきた。即座に呪文を唱えようとしたが、どうやら配達先はハリーのようだった。

「アリー・ポッター。あなたに愛のお」

 手紙、と小人は声を絞り出した。ウィスタはむんずと小さな頭を掴み、ぎりぎりと締め上げていたからだ。

「痛い、暴力、反対」

「うるせえ精神的暴力を振るおうとしてるやつが言うな」

 トイレの扉を開き、問答無用でぶん投げる。一仕事終えたぜ、と振り向いてみれば、小人二号三号がハリーにのしかかっていた。なんてやつらだ。鞄は裂けて、インク壷は割れ、日記が外へ飛び出ている。

「放してよ!」

「我々は愛のキュー」

 ピットと言い終える前に、ロンが小人二号をひっつかみ、ぐるぐる回して窓から捨てた。まあ、窓が木っ端みじんになったが不可抗力だ。手を出すまでもなく、ハーマイオニーは小人三号に全身金縛りをかけていた。まだ優しい処置だ。

「……じゃあ行くか」

 ハリーを引っ張り起こしつつ、杖を振って窓を直す。片手間だから少しゆがんだけれど、許容範囲だろう。

「ありがとう」

「なんだポッター、日記なんて書いているのか」

 高飛車な声が割って入ってきた。いつの間にやら物好きな観衆が集まっていて、その中にマルフォイもいたのである。すっと日記帳を拾い上げ、にやにやする。

「なにが書いているかな」

「書いてねえよ。お前ハリーが日記つけるようなマメさがあると思うか? 靴下脱ぎっぱなし服はくしゃく、ぐっ」

 鋭すぎる肘鉄を食らい、ウィスタはくず折れた。ハリーは逃げるばかりが特技じゃなかった。喧嘩もたぶん、かなりいい線いく。

「それを返すんだ」

「なんでだい。やっぱり何か書いてあるな」

 わき腹を押さえながら顔をあげたとき、ハリーが叫んだ。

「武器よ去れ!」

 赤い光線がマルフォイの手から日記を弾き飛ばす。ロンが見事に掴み取った。最後にハーマイオニーが畳みかけた。

「人のプライベートを覗こうだなんて、恥ずかしいひと」

 痛烈な一言に、マルフォイの顔が赤みを帯びる。行くぞと腰巾着たちに声をかけ、観衆を押し退けた。その中に見慣れた赤毛を見つける。ジニーであった。彼女はひきつった顔でハリーを見ていた。

 ウィスタは倒れ伏す小人三号とハリー、ジニーを順番に見た。

――散々小人を片づけてきたけれど

 もしかして、余計なことだったのかもしれない。

 ◆

 授業が終わり、ハリーはふらふらとした足取りで寮へ上がっていった。ウィスタも疲れ切っていたので、寮の自室に戻った。二年生の二月ともなれば、そろそろ来年の授業を決めないといけなかった。三年生からは魔法生物飼育学や占い学、古代語、数占いなどなどの授業が選べるのだ。寝台に寝転がりながら羊皮紙を睨んでいると、騒々しい足音がやってきて、扉をガンガン叩いた。

「礼儀正しいノックを知らねえのか」

「足で扉を開ける君に言われたくない」

 客人はハリーとロンとハーマイオニーで、三対の眼は明らかに興奮していた。なにがあったと訊くまでもなく、ハリーが掠れた声で言った。

「五十年前に『秘密の部屋』を開けたのは……」

 ハグリッドだったんだ。

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