【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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二十八話

 びょうびょうと風が吹いている。獣の呻りのようにも、魔物の声にも聞こえる、どこか不思議で恐ろしい声。

 灰色の建物――孤児院の前で座り込む。咲いていた花を口に含んだ。仄かな甘みと青臭さ。あんまりにもひもじくて涙が滲む。

――やっていないのに

 なんにも、誰にも触っていないのに。ただジョンが箒で何度も叩いてきたから、厭になった。そうしたら窓が割れた。お前がしたんだと決めつけられ、外へ放り出されたのだ。

『しょっちゅうものを壊す』

『こいつに手を出したらやり返されるんだ』

『どうだか』

 ひそりひそりと囁かれ、指さされ、爪弾きで。どうせ村まで下りても漏れてくる灯りと家族の団欒に胸が痛くなるだけだ。戸を叩いても追い返されるだけだ。時たま残飯を恵んでくれる親爺さんや、助けてくれる女の子や小母さんはいるけれど。

――どうして

 自分に家族がいないのだろう。どうして親に捨てられたのだろう。ああ……そうだ、捨てるくらいなら。

 最初から生まなければ、よかったのに。

 ◆

 眼を開ければ古びた天井が飛び込んできて、片手を誰かに握られていた。大人の男の手だ。

「……ぁ」

 ひりひりする喉から転がり出たのは音の残骸で、衣擦れの音とともに、誰かがのぞき込んできた。

「おはよう」

 悪い夢でも見ていたようだね、とその人は言う。ぼやけた視界ですら、整った輪郭と、鮮やかな青い眼、燃えるような赤毛を見て取った。

――俺の深層心理はどうなっているんだろう

 夢に決まっている。大人、赤毛、大変な――ご尊顔を持っているひとといえばつまり。確かルーマニアにいるとかなんとか……。

「……ビ……ル?」

「初めましてウィスタ」

 握ったままの手をそっと揺らされる。握り返そうとしたけれど、力が入らない。

「夢にしては……」

 できすぎだろう、と呟いて意識が暗転した。

「夢じゃないしドッペルゲンガーでもないしまね妖怪でもないし魔法の産物でもないよ。たまたま帰省しててね。チャーリーも戻ってきているよ」

 すらすらと言ってビルはにっこりした。なんて恐ろしいひとだろう。ナイアードが認めた魔法使いだけはある。顔よし、成績よし、性格よし、赤毛をポニーテールにしていて、下手なやつがすれば野暮の極みだというのに似合っているわ、ドラゴン革のジャケットにドラゴン革のブーツにドラゴンの牙のイヤリングをつけていて、これがまあキマっているわで、唖然とするしかない。

 べたべたと人の顔面に軟膏を塗りたくり、熱を計り、寝かせ、のんびり読書をしていた。ウィスタは反抗する気力もなく、されるがままになっていた。

「ナイアードが馬車で我が家の前に乗り付けて。パースも一緒だったんだけどね。あいかわらずあいつは派手だ」

 天馬六頭立てで全力疾走してきて急降下するんだから。ナイアードだからなあ、とビルは暢気である。どうしよう。ついていけない。

「ちなみにクリスマスは終わったよ」

「うん」

「そして君がブラックの息子だっていうのはお袋も親父も承知しているよ。そもそも僕やチャーリーや、そこそこのひとは知っているね」

 さらりと爆弾を投下してくるウィーズリー家の長男だった。

「ご、迷惑なのでは」

「別に」

 これまたさらりと流されて、ウィスタは眼を瞑った。別に? 犯罪者の子なのに。別に??

「この一帯の魔法族はね、ブラックに恩がある」

 昔とある町に死喰い人が攻め入って、駆けつけたなかには君のお母さんやブラックや、ロングボトム夫妻やなんとマッドアイもいたのさ、と昔話をしてくれた。

「そう」

「ディゴリーさんのところも知っているね。息子くんが知っているかはわからないけれど」

「あの、なんでナイアードは……」

「ホグワーツにいるより安全だから」

 災難だったねと労られる。本物の優しさと慈しみがこもっていて、ウィスタは唇を噛んだ。そんな心を向けられるだけの人間じゃないのだ自分は。

「骨が何本か折れてて――これはあっという間に治ったみたいだ。インセンディオで灼かれたようだが、マダム・ポンフリーが処置を施した。自宅療養できる程度に回復させて、ナイアードが君を拉致したみたいだね」

 ごめんねあいつ暴走するとああだから……とビルの笑声が室にこぼれる。

「俺、」

 もつれた毛糸のように、色んなことが絡まり合って、喉の奥で渋滞した。襲われて、寝て起きたらウィーズリー家で。寝台の側にはビルがいて、身体は熱いし痛いし、頭は重いし、胸の奥はじりじりと痛い。

「母さんが……強……足……開い――」

 唇が塞がった。無言沈黙呪文を軽々と行使し、ビルは青い眼を燃え上がらせた。

「それ以上言っては駄目だ」

 あいつらの家は終わったな……とビルが嘆息する。怖くて訊けなかった。なにが終わるって? それ以前に沈黙呪文が効いていて話せないのだ。

「狂った連中の妄言だ。忘れることだよ。ブラックが死喰い人だったとしても、君の生まれた経緯には、そういった下劣なあれこれはない」

 けが人にできる精一杯でビルを睨みつけた。勝手なことを言う。兄でもなんでもないのに。

「なんでかって?」

 ビルはすらりとした足を組んだ。嫌みなくらい絵になる男だ。

「その昔、赤ん坊の君を宝物のように抱いて、夫婦そろって挨拶に見えたからさ」

 君は望まれて生まれてきたんだ。

 

  あまりのことに目眩がする。

「……先輩、本当に、申し訳ありません……」

「いや」

 ホグワーツ城・医務室。リーマスは眼を泳がせている後輩――ヘカテ・リアイスに返した。現段階で「いや」しか言いようがないのだ。昨日寝込んでいたリーマスはマクゴナガル女史に叩き起こされ、泡を食って医務室に飛んでいけば、養い子が悲惨な有様になっていた。骨折。これはいいとしよう。よくないがいいとしよう。さて、インセンディオで灼かれた。まったくよくない。顔といい身体といい――うつ伏せの状態で灼かれたらしく、首から頬、背、肩、腕、足を中心に――待てよもはや全身だろうがそれは――な、状態で、調合をしているセブルスが顔をしかめる有様だった。さえ渡る手さばきで強力な魔法薬をつくりながら「貴様の養い子はどこまでも我が輩をわずらわせる」だとか「いいか我が輩は昔っからグリフィンドール生が嫌いだった。スリザリンのほうが良識的だ」と吼えた。恩師とセブルスを見比べて、残念ながらピンときてしまった。

「グリフィンドール系の仕業だと」

「■■家を筆頭とする愚か者たちが」

 マクゴナガルが静かに答え、リーマスは呻いた。なんとまあ。没落したのに懲りてないのか。

「退学処分に?」

「しましたよ。連絡したので引き取りに来るでしょうね」

 抑制された声だけに、怒りがひしひしと伝わってくる。昔の再現だ。

「はっ、聖マンゴに行く道中で無事だといいがな」

「おやめなさいセブルス」

 マダム・ポンフリーがすり鉢でなにかを混ぜながら言う。どろりとした緑色の軟膏もといスライムだ。火傷によく効くのだ。

「城を無事に出られるかもわからないのに」

「おや、癒者とは思えない口ぶりですな」

「応急処置はしましたとも。命はとりとめていますし、後遺症もありませんよ。仮にも癒者ですからね。たとえ」

 年少の子に言いがかりをつけてよってたかって暴行したあげく返り討ちにあうような、トロール並の愚か者でも助けましたよ。

「……養い子がご迷惑を」

 ことの輪郭が明らかになり、リーマスは息を吐いた。■■家といえば死喰い人に襲われた家である。なぜ襲われたかというと、闇の帝王に対抗せんとしていた家系であり、なぜ対抗していたかというと――人道やマグル擁護派がどうこうという綺麗な理由ではなく。名誉を挽回せんとしたがためだった。彼らは獅子公アシュタルテの怒りを買い、没落したのだ。

――彼のかわいがっていた孫娘に無体を働いたからである

 今を去ること二十年ほど前。闇の帝王の全盛期。グリフィンドールとスリザリンの仲は最悪だった。今でも良好とはいえないのだが、昔に比べれば子どもの喧嘩の範疇である。さて、そんな中で眼をつけられていたのがリーマスの親友であり恩人のリーンであった。なにせ彼女はグリフィンドールからもスリザリンからも爪弾きで、一年生の時からあれこれと厄介な目にあっていた。二年生のとある日、どこぞの莫迦がリーンを襲ったのである。スリザリンに組分けされた裏切り者、出来損ない、お前がいなくなればリアイスも清々するに違いない……と。獅子公アシュタルテは激怒し、三つの家門との社交その他交流を遮断。彼らの名誉は地に落ちたし、次々解雇の憂き目にあったとも聞く。ホグワーツに子どもをやれるだけの財力がまだあったとは驚きだ。

 宙に炎が燃え上がる。ヘカテが紙片を掴み取って、長々と息を吐いた。

「ナイアードがこちらに来ます。止まりません。あと獅子公も堪忍袋の緒が切れたようで」

 校長室に殴り込みに。

「いいんじゃないかな」

 考えるだけ無駄だ。暴走するリアイスを止められるとしたら、リーンくらいであったし、彼女は逝ってしまった。当代の《ランパント》は昏倒している。城にいるリアイス総出で止められなくもないだろうが、彼らの顔には「もう好きにすればいい」と大書してある。

「ひとつ困ったことがある」

「困ったことだらけでは」

「……ナイアードが彼らを挽き肉にしたら、私たちの分がなくなるよね」

 ヘカテの言を右から左に流し、本音を垂れ流せば、リアイスたちは深く頷いた。

「挽き肉にするより家門丸ごと英国から追放でしょうね」

「北極にでも行かせるがいいさ」

 リーマスは吐き捨てる。養い子には見せない、怜悧な貌であった。

 ◆

 現実感がない。絶賛療養中なせいもあるのだが、冬季休暇を友人宅に居候するはめになるとは思わなかったし、その友人はホグワーツにいるし、なんとも奇妙な状況だった。

「あー……あの、ほんとに……」

「はい口開けて」

 反射的に従ってしまう。脱脂綿をつっこまれ、薬が染みて涙がにじんだ。インセンディオを食らった最中に熱気を吸い込んで火傷したらしい。

「魔法の外傷ってなかなか難しいんだ」

 あと強烈な害意とか悪意があれば痕になりやすいみたいだね、と言ったのは赤毛の男だ。あちこちに火傷の痕があって、青い眼には茶目っ毛があった。肩幅はどちらかといえばがっちりしているし、よく鍛えているようだ。

「慣れてるねチャーリー」

「ドラゴンの世話をしているからね」

 俺はドラゴンの子どもと同等かあ……と遠い眼になる。チャーリーはルーマニアでドラゴンの研究をしている。一年生の時にドラゴンの子どもを引き取ってもらったこともあった。

「そのお守りがなかったらもっと酷かったね」

 チャーリーが見ているのはウィスタが身につけているネックレスだ。金の鎖に珠が下がっている。中に入っているのは紅と金の不死鳥の羽根だ。

 ダンブルドアに可愛がられているようで。チャーリーは言いながら、服を脱げと手振りで示す。最高な気分だ。

「……吸魂鬼もよそにやってくれないのに、可愛がってるどうこうはどうよ」

 ゆっくりと釦を外し、上を脱ぐ。なにがどうなったら友人の兄貴に看病されるという異常事態が発生するのだ。全部吸魂鬼のせいだ。シリウス・ブラックのせいだ。ホグワーツ三年目もクソではないか。ファッ■。

「ファッジが魔法大臣な限り無理だね」

「俺は悲しいよ」

 背を向ける。大きな手が軟膏を塗っていき、手早く包帯を巻いていく。

「ナイアードがごり押ししたんだろうから、無理して俺を置いておかなくてもいいんだぞ」

「父さんと母さんが言ってたろう? いいんだよ。出て行こうものなら母さんが泣くよ」

 ぐうの音も出なかった。どうやらモリー小母は半狂乱だったらしい。聞くところによれば「ああ、フレッドとジョージで心臓は鍛えられているけど! なんてこと!」と目眩をこらえていたようだ。

――いい人たちすぎる

 ナイアードが全部悪いのだけれど。連絡飛ばして即座に馬車を飛ばしてウィーズリー家に参上する莫迦がいるか。ウィスタが起きていたら絶対に阻止していた。それだったら『谷』に戻ったほうがいくらかよかった。

「休みが明けるまでここにいること。そしたらパーシーと一緒にホグワーツに帰るんだよ」

「俺はあんたたちに一生頭が上がらないよ」

 不可抗力とはいえこんな大騒ぎになって、気まずいったらない。ウィスタの憂いをチャーリーの笑い声が吹き飛ばす。

「うちの末っ子を助けてくれた恩人なんだ。いいってことだよ」

「それはハリーに……」

 声が詰まる。うつむきながら寝衣を着て、続きを押し込んだ。休みが明けてほしくなかった。ビルがブラックのなにを知っているというのだ。ブラックがアズカバンに放り込まれていたのは事実だし、ハリーの両親とウィスタの母が死んだのも事実だ。母はウィスタの誕生を喜んでいたかもしれない。産みたくなければ産まないだろう。たぶんブラックが母を■■したなんてこともない……と思う。

――あいつら■■してればよかった

 きっとあの時できたのだ。無我夢中だったけれど、殺意は抱いていた。ともかくだ。ブラックが母をたぶらかした可能性もあるだろうし、ビルの言葉を素直に受け入れるわけにはいかない。

 実はブラックが秘密の守人ではなくて、ポッター夫妻を裏切ってもなければ、母とウィスタを売ってもいないとすれば――リアイスが助けるはずではないか。グリフィンドール系純血名門筆頭。影響力は相当なものだろうし、時の魔法大臣を動かすくらいはできたろう。ところがリアイスは黙りで、ブラックを見捨てたのである。

「話してみるといい」

「赦してくれないと思う」

 被害者の子と加害者の子だ。いままでと同じようにはいかないだろう。時は戻らない。覆水は盆に返らず、落花は枝に戻らない。

「人の気持ちを決めつけちゃいけないよ」

 優しく言われ、年の離れた兄のようなひとに、小さく頷いた。

 

 難しいことばかり考えていたせいか、ウィスタは熱を出した。うとうとしている最中も、誰や彼やと室に出入りして世話を焼いてくれた。アーサー小父の「はあ……ナイアードさすがだ! プラグや模型をこんなに!」とはしゃいでいる声も聞こえてきた。

 ウィスタにあてがわれているのは南側の、陽が燦々と射し込む室だ。時折庭小人を投げるらしき音や、豚の鳴き声やにわとりの声もする。下からはモリー小母が炊事をする音が聞こえてきて、ウィスタはほっとした。ここでは誰もウィスタのことを《ランパント》と呼ばないし、注目もしない。リーン・リアイスの子だと言われないし、もちろんブラックの子だと後ろ指をささない。

――ナイアードの莫迦野郎

 本当に莫迦野郎。こんな家族の団欒に放り込まれたら出て行きたくなくなるじゃないか。ホグワーツよりも『谷』よりも、療養にぴったりだ。

 かわいそうに、とモリー小母の囁きが聞こえる。瞼もなにもかも重たくて、起きられない。

「……なにをしたというのかしら」

 そっと撫でられる。ウィスタは覚えていなくて、この先絶対に手に入れられない、母親の手。生きていれば聞きたかった。ウィスタを産んで後悔していないのかと。きっとウィスタを見捨てれば、生き残れたろうに。永遠に分からない問い。

――なにもかもを

 何度目か、思う。ウィスタが得られたはずのあらゆるものを、ヴォルデモートが奪ったのだ。そしてそれにブラックは荷担したのだ。

――絶対に赦さない

 燃えるような想いが渦を巻く。あの冬の日、祖母が思ったように。赦さない、と。奪われたものは取り返せないけれど。あいつが復活しようとすれば必ず阻止してやる。

 なにげない幸福の音が好きだった。泥沼のような世界の中に、綺麗なものがあると思えるから。

 ウィーズリー家のような、平凡でささやかな日常を送るひとたちの幸せを壊させてはいけないのだ。

 手に入れられないからこそ、大切で。守りたいと思ってしまうのだ。

 ◆

 温かくするんですよとマフラーを巻かれ、軽く抱きしめられてウィスタは送り出された。休み明けに帰るつもりが、前日の夜にナイアードが颯爽とやってきて、付き添いのパーシーとウィスタは馬車に放り込まれた。

 乱暴すぎる、とパーシーはぼやいたけれどもはや諦めの境地に達しているらしい。

「特急のほうがよかった?」

「目立つだろう」

 パーシーは精一杯気遣ってくれているが、こうなったら六頭立ての馬車も特急も変わらない気がする。特急ならばコンパートメントに立てこもればどうにかなる。しかし馬車でど派手に帰還は誤魔化しようがない。しかもリアイス家の家紋『剣に蔓薔薇』で装飾された貴族でございという代物だ。

――俺がリアイスの子だというのを

 強調したいのだろう。難しい言葉だと誇示というのだったか。やることがいちいちぶっ飛んでいるのだ。ど庶民には分からない世界である。分かるようになるしかないし、立ち居振る舞いも身につけないといけないのだろうけれど。

 ナイアードが思う存分飛ばした割には、馬車は快適だった。飛行機並みに安定している。とはいえウィスタは飛行機なんて乗ったことがないので想像でしかない。ソファは身体が沈み込みそうなほど柔らかく、第一に馬車のガワと中身が合っていなかった。もはや一室分は優にある。のんべんだらりとソファで寝られるくらいには広い。

「ほんとうちのナイアードがごめんねパーシー」「いいんだよ」となんやかやと話しているうちにホグワーツに到着した。裏門で待っていたのはマクゴナガルで、彼女の傍らには白銀の猫がいた。

「よく帰りました」

 心なしかマクゴナガルの眼が潤んでいた。パーシーの肩を軽く叩き「ご苦労様でした」と労って、ウィスタの頬にそっとふれる。

「……私の監督が及ばなかったばかりに、辛い思いをさせましたね」

 ウィスタはホグワーツに帰るのも怖ければ、女史の前に出るのも怖かった。厳格、公正明大な善良な魔女。そんな人に嫌われたくもなければ、死喰い人の子だと詰られたくもなかった。どうしようもない悪党やどこにでいる自称『善良』な連中に言われるよりも百倍は堪えるだろうと分かっていたから。

 胸が詰まる。どっとぬくもりが押し寄せてきた。

「ただいま戻りました」

 力が抜けてへたり込みそうになる己を叱咤して、ホグワーツに足を踏み入れた。冬季休暇最終日の夜ともなると、城は静かなものだった。みんな寮にいるのだろう。マクゴナガルが細々とした事情を――襲撃者がどうなったかだとか――ウィスタに聞かせて、グリフィンドール塔まで送り届けた。休職中の太った貴婦人の代理を務めるガドガン卿を突破したのはパーシーだ。そっと肩を押されて肖像画の穴を潜る。

「僕の……僕のファイアボルトはいつ返ってくるんだろう。ハーマイオニーひどいよ」

「一日二日で戻ってくるって言ったの誰でしたっけ? ハーマイオニー」

「あらあくまでも予想よ。だってブラ……」

 ハーマイオニーがウィスタに気づいて固まり、ハリーもロンも固まった。そりゃあそうだろう。人が一大決心で帰ってきたのに暖炉の前で喧嘩してやがるのだ。こいつらふざけてるのか?

「お、お帰りウィスタ。いやー、君がいない間大変でさははは」

 ロンが明るい声を出そうとして大失敗していた。白々しいったらない。

「ふうん」

「色々あったのよ」

「ほう」

 それは襲われて大火傷やら骨折やらして寝込んでた人間よりも大変なのかね諸君と言いたくなったが鋼の意志で我慢した。

――死喰い人の息子だとか、ハリーの両親を殺しただとか言われると覚悟していたのに

 なんだこの通常運転っぷりは。

「あのねウィスタ」

 想像と現実の落差に頭痛すら覚え、ウィスタは首を振った。もういいなにも考えたくない。

「寝る」

「ちょ、」

 ハリーが駆け寄ってくる。ウィスタは唇をひん曲げて背を向けた。

「寝るったら寝る。俺はもうめちゃくちゃ疲れたんだ」

「手紙のひとつも寄越さなくて悪かったって。違うんだこれには深い事情が」

「ファイアボルトが!」

「ロン!!」

 悲鳴をあげる三人を置き去りにし、めまぐるしいやりとりに口を開けている寮生も無視し、パーシーに「ありがとう」だけ言って、螺旋階段を登った。

「やってられるか!」

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