【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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二十九話

 なんだこの展開は。いや状況は。

「あのな」

 ウィスタは顔を上げた。ハリーたちは椅子に座り、ちょうど三角形を描くように陣取っている。ウィスタを囲むような形だ。

「なあにウィスタ」

「あー……解いてくれないか」

 ハリーに呼びかけたら「駄目だよ」と却下された。なにをどこから言えばいいのか考えが渋滞中だ。なにせ縛られているので動けない。考えるしかできないわけだ。

「お前らさ、他人がこれ見たら、犯罪者の息子を詰問している図にしか見えないぞ」

「話し合いたいだけだよ」

「いやー無駄だと思うけど」

 心の底から言った。歯医者の娘で才媛、牧歌的に育った旧家の息子、ウィスタの父親が裏切って殺した男の息子。もはや立場が違うのだ。

――大失敗だ

 怒りに任せて階段を駆け上がったまではよかった。自分の部屋に飛び込んだまでは巧くいったのだけど。三人が追いかけてきてあわてて扉を閉めようとしたらハリーが靴を挟み込んできて閉じられなくして、ロンが問答無用で扉を開けて、ハーマイオニーが杖を突きつけてくるなんて誰も! 思うか畜生!

 しかもとっさに応戦しようとしたら、先手を打たれて拘束されて絨毯の上に転がされたあげくにトライアングルフォーメーションだ。お手上げだ。

「僕は、君がブラックの息子でも構わない」

「ハーマイオニー、こいつを医務室に連れて行ってやれよ」

「ハリー、君の真心が伝わってないよ」

 ロンが嘆息する。ファイアボルトがどうこうで喧嘩していたやつに言われたくはない。

 ハリーは唇を引き結んだ。眉を寄せ、腕を組み絶対に退かないぞと言わんばかりだ。

「僕だって被害者だけど、君だって被害者だ。お母さんを殺されたんだから」

「そういやそうだな」

「父親がブラックなせいでとばっちりを食ってるのは君じゃないか。なのに君は気に病むし、グリフィンドール生に襲われるし、それが君に対する罰だとか、当然だとか思うもんか。酷すぎる」

 激しい言に、ウィスタが口を挟む隙もなかった。生き残った男の子はカンカンである。

「そんなもんだろ。親が親ならなんとかとか。育ちがどうこうとか」

 なんとかねじ込んでも、ハリーはそっぽを向いた。

「僕は父親が無職のクズだとか、親がいないから不良だとか言われたら嫌だ」

――言われたのか

 言われたのだろう。誰にって腐れマグルのダーズリーに。そうして夏の出来事を思い出した。

「叔母さんに?」

「言われた」

 まあ……とハーマイオニーは眼を白黒させて、ロンは顔を真っ赤にして怒っていた。誰も彼もハリーが家出した日どんなやりとりがあったのか、細かい話までは知らなかったのだ。

「風船だけでよく済んだな」

 俺なら部屋ごと吹っ飛ばしてたかもと続ける。ハリーは小さく笑った。

「だから僕たちと君は友達だ」

 問い返しはしなかった。拘束を解いて――地道に解除していたのだ――立ち上がる。利き手をハリーに差し出した。

「じゃあ、ブラックを一緒にとっ捕まえてどうにかしようぜ相棒」

「そうでなくちゃ」

 やめなさい! ハーマイオニーの叫びが響いた。

 ◆

 ハーマイオニーとロンに説教され、ウィスタはそれでも首を縦に振らなかった。ハリーも同じくだ。

「どっちみち狙われるんだ。探してどうにかしたほうがいいだろうよ」

「こんな状況うんざりだ」

「あのね……私たち十三歳の子どもなのよ。なにができるっていうのよ」

 ハーマイオニーが言って、ロンが力強くうなずいた。ウィスタは友人たちの懸念を鼻で笑い飛ばした。

「俺の姓がなにかお忘れで?」

「いやね、いくらリアイスでも子どもが……」

「リアイスの当主だから」

 子どもがなにをしようってとかそういったことを言おうとしていたのだろう。しかし、ウィスタの一言に硬直した。

「ないでしょ。ないない」

「あるんだなこれが」

 生粋の魔法族のロンは、頭を抱えた。

「十三歳だよ?」

「俺が――」

 ウィスタは杖を複雑に動かした。そして爆弾を投下した。

「リアイスの直系でグリフィンドールの末裔だから」

「冗談はほどほどにしようねウィスタ。怪我して参ってるんだろう」

「本当だから」

 数秒、没落旧家の坊ちゃんと孤児で寒村育ちのグリフィンドールの末裔は見つめ合った。ロンは呻いた。

「リアイスならありえなくないけどさあ! そんなの聞いたことないよ」

 お前の兄貴は知ってるよ。かなり言いたかったが堪えた。代わりに簡単明瞭に答えた。

「隠してたから」

 そっかあ。そっかあ……。ロンは天井を見上げ、ややあってウィスタに顔を向けた。

「そう言うんならそうなんだろうね」

「話が早くて助かるよ」

 十三歳で当主だとか、末裔だとか、私たちとは別世界ねえ。ハーマイオニーとハリーが頷き合っていた。ウィスタだってリアイスなんぞに生まれなければ当主どうこうなんて縁がなかったろう。

――待てよ

 確か半分の血筋はブラックで。ブラックといえば純血名家の筆頭ではなかったか。上に筆頭がいたけれどそこは没落したとかなんとかで……。ともかく父親の筋もいろいろな意味で厄介そうだし忌々しいことだ。

「――だから、城にいるリアイスに城から出てブラックを捕まえてこいって言うこともできるし……俺が――リアイスが捕まえなくて誰が捕まえるんだ」

 そうなのだ。ウィスタは母を、リアイスは当主を失ったのだ。

 ふつふつとわき上がる熱を、呼気とともに吐き出した。両眼がじんわりと熱くなり、瞬きをして誤魔化す。

「落とし前は――」

 必ずつけてやる。

 ◆

「711番金庫からの引き出しで間違いありません」

 机の上に放られた書類を眺めやる。購入場所クィディッチ用品店。購入者はアルファードとだけ。姓はない。住所はロンドンのどこか――ウィスタだってロンドンの隅から隅まで知っているわけではない。備考欄には「711番金庫から引き出すように」とある。送り先はハリー・ポッター宛。

「高級車買えるくらいの金額をぽんと出したわけか」

 ヘカテの室、上等そうな肘掛け椅子にふんぞり返り、天井を睨んだ。

 ホグワーツに戻って、ハリーたちと話し合い、三人がかりで「もう寝ろ」と言われ就寝して、早朝。休み明け一日目にウィスタはヘカテを訪ねた。クリスマス前に襲われてからこっち、断片的な情報しか知らない。ファイアボルトがハリーに贈られたなんて初耳だった。

「買えるだけの財産はありますからね」

「なに考えてるんだ」

「隠す気もないのでしょう。我々が口座の動きを調べるくらいは予想していたはず。名前は叔父のものを拝借していますし、住所にしたって叔父の邸です。ブラックが相続しています」

「単にクリスマスプレゼントしただけみたいに思えてきたんだが?」

 十中八九罠が仕掛けてあるに決まっている。いるのだが。あまりにあからさまで勘ぐってしまう。たとえばファイアボルトは餌で、ほかのプレゼントに罠があるだとか。

「女史たちが解析しています――が」

 我々の見立てでは呪いも毒もありません、とヘカテは締めくくった。口元に指を当て、しばらく「シリウス・ブラック」の名を眺め、書類を放り出した。図ったように皿が現れる。

「食べていかれるでしょう」

「うん」

 パンとスープとスクランブルエッグ。それに薬もある。傷自体は治ったけれど、身体はいささかガタガタらしい。マグルの医療なら死んでいたか後遺症がなにか残ったかしたろうし、皮膚移植が必要だったろう。なにかととんでもない治癒力を誇る魔法族の癒療だが、さすがに不調もなく全快とはいかないようだ。

「薬も塗りますからね」

「えぇ?」

 ヘカテも朝食をかき込んでいる。早いのにまったく汚くない食べ方だ。生まれながらの貴族とはそういうものなのだろう。自由奔放なナイアードだって立ち居振る舞いは洗練されていた。フォークの持ち方からして違うのだ。

「塗りますよ」

「はい」

 一年生の時からマダム・ポンフリーくらいにしか晒していなかったのだけれど、今回の怪我で全部おじゃんだ。どうせ火傷のせいであちこちひどいことになっているし、孤児時代の傷なんて上書きされている。手の甲や足に少し散らばっているくらいだろう。おまけにセクタムセンブラの傷跡もくっきりで、もはやどれがどういう跡かわからないくらい入り乱れていた。なにもしらない誰かが見ればぎょっとするだろうこと間違いなしだ。気にしないでおこうと思っても、気にせずにはいられない。つまり女の子とそういう……そういう……仲というかあれこれというか。

――なにを考えてるんだ俺は

 時たま見る夢の残像を振り払う。厄介だ。本当に厄介だ。具体的にどうこうはたぶんしていないはずなのだが。女子諸君なら破廉恥だと言うだろうし、ウィスタだって破廉恥だと思っているのだ。でも生理現象なんだからしょうがないじゃないか。

「ランパント?」

 柔らかい浅葱色の眼に見つめられ、首を振った。

「ホグワーツ中で俺のことが噂になっているだろうと思ってな」

 予想は当たった。ウィスタが襲われたのは周知の事実だったし、犯罪者の息子だというのも知れ渡っていた。どの寮からも避けられがちだった。

――継承者騒動で慣れた

 そんなものだと呑み込むしかないのだ。といっても、ハリーたちと一緒の時はそうでもなかった。ハリーとロンと別れて、古代語の授業に出ればとたんにひそひそ言われた。

「マグル殺しのブラックの子が、マグル生まれとつるんでる」

「グレンジャー、グレンジャー? 危ないぞ。危ないぞったら危ないぞ」

 言っているのはスリザリン生で、ウィスタが一睨みすれば黙った。

「……席離れようか?」

「駄目」

 ウィスタの気遣いは断固として拒否された。ここで負けを認めたら駄目よ、と強く言われ頷いた。スリザリン生なんて口だけだ。放っておこうと教科書に眼を通す。先生は体調不良で、今日は自習なのだ。

「暴言を吐くしか知らないんだ、スリザリンって」

「だめだよジャスティン。本当のことを言ったら」

 聞き覚えのありすぎる声に、ウィスタとハーマイオニーは顔を見合わせた。声の方を見ればハッフルパフのジャスティンとアーニーが立ち上がっている。

「なんだと――」

「あーあ、スリザリンが莫迦を言うからはかどらないじゃない。これだから」

 隅のほうで誰かがせせら笑う。パドマ・パチルだった。

「少しは考えてものを言ったらいいのに」

 追い打ちをかけたのはアンソニー・ゴールドスタインだ。不愉快だ、とくっきりはっきり顔に書いてある。

 ハッフルパフとレイブンクローに挟み撃ちにされて、スリザリンは沈黙した。危ないとみればすぐに逃げるのがスリザリンだった。

 張りつめた空気の中、自習が終わる。スリザリンはさっさと出て行って、ウィスタたちもまた教室を出た。次の授業へ行こうとするパドマたちを呼び止めた。

「ありがとう」

「私、頭が悪い男は嫌いなのよね」

 言ってパドマはにやりとする。パーバティとそっくりだった。双子なのだから当然だけれど。

「君が杖を抜かないかひやひやしたよ、ウィスタ」

 アーニーは言って、ジャスティンも同意していた。

――そんな喧嘩っ早いか

 血の気が多い認定を受けているらしい。ウィスタはハーマイオニーを押さえるのに忙しかったのだ。いつか誰かに拳を見舞いそうだ。

「下手に手を出したら、そらみたことかになるだろう」

「大丈夫。僕たちが擁護しますよ」

 人畜無害爽やかが歩いているようなジャスティンが、さらりと怖いことを言った。そのままウィスタの肩を叩いて、皆去っていく。

「……都合よすぎやしないか」

 襲われようがどうだろうが犯罪者扱いだろうと思っていたし、腹も括っていたし、なるべく反撃しないようにしようと思ってもいたのだけれど。これは予想外だ。

「あのねえウィスタ。もうちょっと他人のことを信じてよね」

 私たちのこともね、と凄まれて否応なしに頷いた。

 あれこれ最悪だけれども、ウィスタは良い友人たちには恵まれたようだった。

 

「お前さんも苦労するなあ」

「慣れてるよ」

 大声に淡々と返した。ハグリッドは地声が大きいのだ。本人にとって普通の声量でも、大声になる。体格がよすぎるから仕方がないことだ。

 魔法生物飼育学のあと、ウィスタだけ居残りだった。冬季休暇中の課題を免除する代わりの措置だ。例によって例のごとく教員たちの『お手伝い』である。

 肩口に頭をすりよせてくるヒッポグリフを撫でてやり、鞍の調整をする。ドラゴン革を丁寧に加工した、軽くて頑丈なものだ。どうやらウィスタが人事不省になっていた間に、ナイアードが手配したらしい。ハグリッドへのクリスマスプレゼントだとか。

――乗れってことだよな

 ナイアードからはなにも言われていない。しかしだ。彼が何の意図もなくけっこうな数の鞍をプレゼントするなんて思っていない。たしかにプレゼントなのだろうけど、暗にウィスタへ告げているのだ「乗れるようになれ」と。

「なんかあったら言え。俺も一応先生じゃ」

「ありがとう」

 つ、と朴訥な森番兼教師から眼を逸らした。困り事は起こったのだが、自力で解決済みだ。

――あいつらアホだろ

 べったり一緒にいたがるハリーたちを振り切って休憩時間を満喫していたら、空き教室に引きずり込まれたのだ。なんと相手はグリフィンドール生。しかも上級生。お前のせいで大減点になってグリフィンドールは寮杯獲得できないだろうがとわめかれたのだ。わめくだけでなく呪文も使ってきたので、叩きのめして床と濃厚な接触してもらったわけである。さっさと武装解除して殴る蹴るの暴行だ。魔法使い、杖がなけりゃただのひと。

――すっきりした

 どうやらウィスタはかなり我慢していたようだ。お上品に言葉だけで解決できない物事もあるのだ。そんなわけで「もう二度としません」「逆らいません」と言質を取り、ついでに「俺を襲ったどこかの莫迦が一人は死んで何人かは追放になったのをお忘れで?」と釘を刺した。これでまた襲ってきたら真性の莫迦だ。

 ひとつ失敗したのはセドリックにばっちり見られたことだ。顔をひきつらせ、床に転がるなにかからは眼を逸らし「なにもなかった」という態度を貫いて、ウィスタを空き教室から連れ出した。話が分かる男だ。一人でぶらぶらするのはどうかと思うと説教されたが。

 ついでにペネロピー・クリアウォーターにも目撃された。パーシーの彼女である。「パーシーがあなたのことを心配していたから、つい追いかけたの」とのことだ。万が一莫迦が騒いでも口裏を合わせてくれるらしく、かなりありがたい。

「……あんましルーピン先生に心配をかけるなよ」

 どんだけお前は周りに心配ばっかかけとると思っちょる、とお小言だ。

「親に心配かけるのは子の仕事だろう」

 うむむとハグリッドが唸る。なにか言いたげに口が動いたので、ウィスタは先回りした。

「俺の父親はリーマスだ」

 ◆

 ウィスタに表立ってあれこれ言う暇人はいなくなった。グリフィンドールは静かなものだったし、スリザリンはスリザリンで、ウィスタになにかしようものなら袋叩きにあうと承知していた。いや、力ずくでご理解願ったわけだ。なるほど、母親が苦労したどうこうの話はそれなりに聞いていたが、さもあらんだ。

「ろくでもねえ」

 嘆息しつつ、スナッフルズにブラシをかけてやる。冬期休暇が明けてしばらくしてから部屋を訪ねてみればくんくん鳴いてぐるぐる回ったあげくに突撃してきたものだから最悪だった。犬は犬なりにウィスタのことを心配していたようだ。それとも誰にも構ってもらえなくて鬱憤がたまっていたのか。

 風呂に放り込み洗ってやって手入れしたら、手触りが最高になった。

 ブラシをかけ終わり、スナッフルズが心得たように伏せをした。遠慮なく枕にすれば、ネフティスが語りかけてきた。

「それで? 養父と外出とな」

「マクゴナガルを丸め込んで」

 公正明大なマクゴナガルの許可があれば怖いものなしだ。誰も文句はつけられない。昨年も今年もまともなクリスマスを過ごせなかったし、怪我ばかりだし、本当はクリスマスプレゼントだって買いたかったし、生徒のホグズミード行きは保護者の許可がないと駄目だけれど……つまりなにか用事があればいいんですよね? と話を振ってみたのだ。もちろん小テストでハーマイオニーと並んで満点を叩き出した後、居残ってマクゴナガルの手伝いをしながら、だ。

 理屈と建前と同情心その他につけこんだ形になるが、許可は下りた。週末には出かける予定だ。

――どうにかブレスレットを見つけないと

 重大な任務だ。クインとチョウの連名でもらったブレスレットだが、昨年のっぴきならない事情で壊されてしまったのだ。ハーマイオニーに貸したら継承者もといクソリドルのせいで木っ端みじんになった。あのクソ野郎。女子にもらったものをほかの女子に貸すなんてまったくよろしくないわけだが、あのときは仕方なかったのだ。クリスマスにかこつけてあれに負けないくらいのものを調達するのだ。ホグズミードに洒落た店があるらしい。レイブンクローのロジャー・デイビース情報だ。ペネロピーにこっそり相談すれば、彼を紹介されたのである。女心がわかって女子から人気が高く野郎からは妬まれている。レイブンクローのキャプテンだ。

 かくかくしかじかと事情を説明すれば「君それはスマートじゃなかったね」とか「しかし一人の女の子を助けるためだったから仕方ないか」とか言われ「あまり気を使わせず洒落ているものが置いてるのはここ」と紹介された。さすがだ。ついでに「チョウに気があるわけじゃないよな」と探られたが、きっぱり否定した。

「買ったらここに持ってきなさい。錬金術でいじればよかろう」

 細かい事情はばっさり切り捨てて、贈り物のブレスレットを買ってくるとネフティスに宣言すれば、にやりとされた。

「……高等魔法じゃなかったっけ」

「私を誰だと思っている? 指導してやる」

「ありがたき幸せ」

 かしこまりつつ、そういえばと思い出した。

「このローブ、あんたがつくったんじゃないだろうな」

 部屋を訪ねればハンガーにかけてあったのだ。漆黒に、きらきら光るこれまた黒い糸で刺繍がされたローブが。強い守りの呪文が織ってあるらしい。

「私は肖像画だ。できることは少ない」

 ネフティスは悩ましげにため息を吐いて、肩をすくめた。

「妖精さんからのクリスマスプレゼントだ」

 ◆

 喜び勇んで週末に出かけ、リーマスから困った子だと言われつつ、買い物を済ませた。ハリーから恨めしそうな眼を向けられたので、きちんと土産は買ってある。だがハリーよ、忍びの地図を預けているんだから相子にしてほしい。あの忌まわしい日に、とっさにハリーに押しつけて『三本の箒』を飛び出したらしいのだが、ウィスタは覚えていなかった。

「……吸魂鬼のことだが」

 リーマスの白い息が流れる。

「守護霊の呪文がなくとも、リアイスにならば魔法具がある。頼るのも手だ」

「道具に頼りきりは嫌だ」

「頑固だな」

 村外れ――ホグワーツ方面へ歩を進めつつ、リーマスは顔をしかめる。

「いざとなれば『冬の息吹』で斬りなさい。闇の生き物に効くと聞いたことがある……もちろん人狼にも」

 はた、と足が止まる。ちりちりと音を立てながら、雪が衣に降り積もっていく。はたき落とすことなど思いもつかず、ウィスタは養父の横顔――薄く傷跡が散らばった顔を見つめた。

――なんてことを言うのか

 暗に、いやはっきりと告げているのだ。もしものときは自分を殺せと。

「――絶対に嫌だ」

「ウィスタ」

「できるわけが――」

「私は一生後悔するだろう。そして――」

「言うな」

 唇が戦慄いた。リーマスが恐れていることなんてひとつだ。誰かを咬むこと。すなわち人狼になること。まね妖怪が満月の姿をとったのがその証。

「望んでそうなったわけじゃないだろう」

「私はこんなところにいてはいけないのだ。現にリーンを傷つけたこともある」

 あんなのはたくさんだ。リーマスは頭をかきむしる。教師でも養父でもなく、ただのちっぽけな男のように。

「……斬らない」

 もう一度告げて、金色に輝く双眸を睨みつけた。感情で色を変える狼の眼。より純粋な人狼から受け継いだ呪いだ。リーマスが厭う色。

 手を伸ばし、リーマスの肩を掴んだ。

「斬らずになんとかする」

 なんのあてもなかった。けれど言うしかなかった。ウィスタが折れないと見て取ると、リーマスは唇を引き結び、口端から血が垂れた。

「ウィスタ」

 名を呼ばったリーマスが、続きを言うことは叶わなかった。

 冬の空に、紙片が舞う。何枚も何枚も。上を見れば箒に乗った誰かの仕業だと知れた。

「号外、号外!」

 魔法省、シリウス・ブラックに対して吸魂鬼の接吻を許可す。

 

 あの腰抜け、とウィスタは毒吐いた。もはやヘカテはなにも言わずに茶と菓子を用意する。ホグズミードから戻り、リーマスの世話を焼いて、ヘカテの室に飛び込んだのだ。

「楽ですからね、そのほうが」

「アズカバンの安全神話崩壊の究明はしなくていいのかよ」

 ウィスタは熱い紅茶を飲み干した。リーマスが蒼白になってしまったものだから、言い争うどころではなくなった。引っ張るようにホグワーツに連れて帰って、ひとまず紅茶を淹れてやって、置いてきたのだ。

「ファッジは事なかれ主義ですよ。よりにもよって今年に脱獄されて頭が痛かったはずだ」

 意味深な言だ。問いかける前に、ヘカテが続ける。

「そのうちアシュタルテ翁から言われると思いますが、来年はホグワーツと他校――ボーバトンとダームストラングで交流がありましてね。三校対抗試合というのですが」

「だから英国魔法省が無能だと思われたら困る?」

「印象はよくありません。いまさら中止にはならないでしょうが」

 チャーリーがこちらに帰ってきていたのも、仕事のついでだったらしい。三校対抗試合がどんなものなのかは知らないが、ともかくクィディッチの試合ではないようだ。ドラゴンが絡むってどういう試合なんだか。

「さっさと片づけたいわけか……」

 リーマスがぽつりぽつりと話してくれたところによると、吸魂鬼の接吻とは、吸魂鬼が相手の魂を吸い取って、廃人にしてしまうことらしい。肉体は傷ついていないから生きているが、呼吸しているだけの抜け殻だ。吸魂鬼にとっては感情よりもなお勝るご馳走なのだ。魂というやつは。

「高官たちの反応はまちまちですね。ルーファス・スクリムジョールやアメリア・ボーンズは反対。ファッジにちくりと言ったようですが聞く耳持たずで」

「お飾りの大臣じゃなかったっけ」

 そんなことを聞いた気がするのだが。ヘカテは鼻を鳴らした。

「ミリセント・バグノールドも『ひとまずあれでいい』と言いましたから」

 ファッジの前任の魔法大臣である。とにかく頭が切れて、ヴォルデモート全盛の時代に大臣に抜擢、十年間席を埋めた。女傑のようだ。

「気に入らないな」

「私もですよ」

 ヘカテからはなにも読みとれない。それをいったら大人たちが本気になれば、ウィスタみたいな子どもでは太刀打ちできないのだけど。

「あんたはブラックに生きていて欲しいのか?」

「彼が死ねばなにもかも解決するわけではありませんから」

 ◆

 リーマスとのあれこれはうやむやなまま、二月に突入した。ハリーはマクゴナガルのところに突撃しては追い返されていた。

「僕の安全のためだって言うけどさ」

 呪文学の大騒ぎのなか、ハリーは机に突っ伏した。

「周りに危ないひとがいるのを、先生はわかってるのかな」

 ウッドの血走った眼ときたら、とハリーは怯えていた。ハリーはマクゴナガルにつきまとい、オリバーはハリーにつきまとう。

「いいか。今度こそファイアボルトを取り戻すのだ」

 ウィスタが言って、ロンが続けた。

「レイブンクロー戦が近いんだぞ!」

「僕の、せいじゃ、ないのに」

「先生も考えてらっしゃるわよ」

 ハーマイオニーが優しくなぐさめて、ハリーはもぞもぞと動いた。

「ポッターはファイアボルトで試合に出るのかって大騒ぎだもんな」

 賭事にまでなっているのだ。胴元はフレッドとジョージである。悪趣味だった。双子は本気で心配していないのだ。いざとなれば通信販売超特急便があることだし。賭率は知らないが、レイブンクローはファイアボルトの有無に興味津々だ。朝食の席でロジャー・デイビースに拉致されて、レイブンクローの席まで連行され、なんやかんやと紅茶を淹れられたり食事をよそわれたりして歓待を受け「で、どうなの」だ。マクゴナガルに訊け。

 ロジャーには借りがあるので、半分引きずられて行くのも受け入れて、ついでに――さりげなく――クインとチョウにブレスレットを渡した。昨年どうこうは省いたが、彼女たちは察しがよかった。受け取ってくれたのである。クィディッチどうこうよりそっちのが心配だったウィスタは、肩の荷をひとつ下ろした。

――あとはブラックと、守護霊の呪文と

 ウィーズリー家への礼状は書き上げて送ったし……と指折り数える。呪文学は考え事にもってこいだった。

 ブラックに関しては、ウィスタにできることは少ない。遭遇することがあれば今度こそ捕まえるつもり満々ではある。守護霊は、成果がない。

 横目でハリーを盗み見た。学年首席こそないものの、ハリーの能力は飛び抜けている部分がある。クィディッチだとか、守護霊だとか。ハリーなんてぼんやりとだが形あるものがつくれているようだ。

「まね妖怪……」

 都合よく吸魂鬼になってくれればいいのだが、そうもいかない。リーマスやヘカテは仕方ないと言っているけれども。

『リーンも苦労していたものだ』

 とある夜、リーマスは言った。彼女は決して幸せな子ども時代を過ごしたわけではなかった、と。

『私たちが彼女にしてあげられたことなんてほんの少しだった』

 幸せな時がなかったわけじゃないのだよ。思い出したように付け加え、ウィスタを見た。

『幸せだと思わなければ、君を産もうとも思わなかったろう』

 眼を逸らした。リーマスも気づいているだろうに言わないのだ。たまに意地悪なのだ。

 母親が望んで産んだとしても、片親は――妻子を裏切ったのだ。

――彼女は

 リーン・リアイスは。

 夫の裏切りを突きつけられて死に。ジェームズ・ポッターもまた、親友の裏切りを思い知らされて死んだ。

 そうしてリーマスはひとり取り残されたのだ。

 誰も彼もに置いて行かれた世界で。

 ◆

「この粗忽者めが」

 額の中には白髭の魔法使い。そして草地に伏しているのは、騎士である。片方は偉大なる魔法使いマーリン。一方はガドガン卿。実は円卓の騎士だったらしい。

「申し訳ございませぬ。しかし、しかしですなあ!」

「黙らんか」

 爺ご乱心だ。ウィスタは腕を組んで両者を眺め、あーともうーともつかぬ声を出した。時刻は深夜。レイブンクロー戦が終わり、グリフィンドールは大騒ぎの後に就寝し、日付が変わって数時間した頃である。

「……人選ミスだろ」

 誰も言わなかったことを言った。マクゴナルは疲れたように額に手を当てて、ウィスタに寝ろとは言わなかった。言う気力もないようだった。マクゴナガルはリアイスの事情を知っているのだ。

「婦人を戻したほうがいいのでは?」

「やはり自分が番人でないと、と奮起していますとも」

 ガドガン卿の無能さに立腹しているらしい。それはそうだろう。合言葉が合っていたから、すんなりとブラックを通したのだから。流出元は不幸にもネビルだった。ガドガン卿が朝改暮令よろしく頻繁に合言葉を変えるものだから、書き留めていたのだ。ネビルは「ちゃんと仕舞って……」と言い掛けて「落としたんです」と言い直していた。なぜ落としたときに言わなかったのですかと烈火のごとくマクゴナガルは怒り、ホグズミード行き禁止を言い渡した。

――どうしたもんか

 面倒なことになった。ネビルはとろいが莫迦ではない。合言葉の紙を仕舞っていたのだろう。けれど「落とした」とマクゴナガルに告げた。落としたのならば、うっかりで済む。寮内にないとなれば、ウィスタに疑いがかからないのだ。ウィスタはグリフィンドール生で、ブラックの子。誰だって疑うだろう。そういうことだ。ネビルは余計な疑惑がかからないように庇ってくれたのだ。

「あの、先生」

「ロングボトムの罰則は覆りませんよ」

――お見通しだ

 故意じゃないんですから、とかさすがにこれ以上グリフィンドールが泥をかぶるのはどうか、とか言いくるめようとしたのだが。

「落とし物をするなんて、なんてうっかりした子でしょう」

 少なくとも今学期いっぱいはホグズミードに行かせません。きっぱりと返され、ウィスタは引き下がる。マクゴナガルの顔をじっとみて確信した。

 マクゴナガルはネビルの嘘なんてわかっているのだ。

 

「離してウィスタ!」

「駄目。穏和しくしてくれると助かる」

 どうにかこうにか杖を取り上げて、放り投げる。弧を描いたそれを、ジニーが掴んだ。シーカー顔負けの手さばきだ。

――どうしてこうなったのかな

 ハーマイオニーを羽交い締めにし、ウィスタは顔をしかめた。向かいにはハリーに押さえつけられたロンがいる。

「あの猫をちゃんと見てないからだろう!」

「状況証拠で決めつけるのはどうなのよ!」

 両者とも譲る気配はない。二人――いいや四人の間には、明るい色の毛があった。ロンの赤毛ではない。細くふわふわしている。あとはシーツの切れ端。これには血がついている。

 レイブンクロー戦から一夜明け、さらにはブラック侵入から二十四時間以上経ち、またぞろ騒ぎが勃発したのだ。

「あいつがスキャバーズを狙ってたのはわかってたろう」

「追いかけてただけよ。食べたなんてどうやって証明するのよ」

 観衆たちの中から「そりゃあ腹を開くしか?」と声が聞こえた。フレッドである。ちらっと見ればジニーに殴られていた。

「僕の、僕のスキャバーズが」

「いや坊や、お前そんなに大事にしてなかったじゃないか」

 今度はジョージだった。パーシーに黙らされていた。双子と末弟を睨みつけ、パーシーはずいっと前へ出た。首席バッジをちらつかせるのも忘れない。

「熱くなっても仕方ないだろう! グリフィンドール十点減点。ロン、ハーマイオニー、これ以上騒いだら罰則だと思いたまえ」

 ◆

 パーシーの仲裁でその場はおさまったが、ハーマイオニーとロンの友情は破綻した。お互いに口を利かないし、眼も合わせない。自然とウィスタはハーマイオニーと行動し、ハリーはロンについた。

「ファイアボルトの件だって私が悪いし、クルックシャンクスの件だって私が悪いんだわどうせ」

 図書館の居心地のよい場所で、ハーマイオニーがわめいた。ウィスタは素早く防音呪文をかけ、ついでに盗聴防止と邪魔除けもかけた。

「ハリーはハーマイオニーを責めてないよ」

 本当のことだった。宝物をとられて一時期は思うところがあったようだが、ハリーはわかっているのだ。ハーマイオニーの友情を。対してロンに関してはお手上げだった。状況的にクルックシャンクスがスキャバーズを喰ったと思う方が自然だ。喰っていないと証明したければ、スキャバーズを見つけるしかない。

 覚えがある状況だな……と考え込み、唇を引き結んだ。シリウス・ブラックの疑いも、証拠はないが状況的には犯人だ。

 いや、と考え直す。ブラックは黒だ。あのダンブルドアがブラックは秘密の守り人だったと証言し、ポッター夫妻は死んだ。リーン・リアイスの夫だったから、妻の動きもわかっていた。邸が術で守られていようと、待ち伏せに足る情報は提供できた。邸のおおまかな位置くらいなら教えることもできたろう、とファッジも言っていたではないか。

『あの日は』

 物憂げなヘカテの顔が蘇る。

『ポッター夫妻と先代夫妻、リーマス・ルーピンとピーター・ペティグリューはポッター家に集まる予定でした。ハロウィンパーティです。けれど、開かれなかった……』

 最初に母が殺され、ヴォルデモートはポッター家に向かった。そしてジェームズとリリーが殺された……。ブラックは逃げ、ピーター・ペティグリューはブラックを追いかけた。リーマスは呆然自失の有様であった……。

 頭を振る。考えても無駄だ。ウィスタすべきはブラックを捕まえること。魔法省より先に捕まえられればなおよし。城のリアイスの連中にも伝えてある。

「教科を減らしたら」

「駄目よ。こんなに勉強できるのなんて学生のときくらいだもの」

「いや、絶対ハーマイオニーは大人になっても勉強する」

 断言すれば、ハーマイオニーが少し赤くなった。わかりやすい。なんでロンには素直になれないんだろう。絶望的だ。

「バックビークの裁判だって抱えてどうすんだよ」

「マルフォイの八つ当たりの的になんてさせないわよ……どうしましょう。判決がひどいものだったら……」

 こちらも処置なし。どうしたものだろう。ハーマイオニーは誰よりも勉強して、お疲れなのだ。挙げ句にマルフォイ家の子息を傷つけた凶暴な魔法生物もといバックビークを救うためにがんばっていた。マルフォイの親父もくだらないことをする。ウィスタは裁判の件なんて八割忘れていた。本来こんな騒ぎになるのもおかしいのだ。ダンブルドアを引きずり下ろしたり、ハグリッドを辞めさせたりまではできないものだから、嫌がらせだ。確か昨日か今日に、ハグリッドは出かけていった。裁判の日なのである。

 ウィスタは嘆息しただけで、肯定も否定もしなかった。そこまで暇ではないのだ。どうにかこうにかヒッポグリフでの乗馬を修得しなければならないし、今度のブラックの侵入で、またぞろウィスタへの風当たりがきつくなりつつあるし、ロンは一躍ちやほやされて話を誇張するし。ネビルはばあちゃん――ロングボトム夫人から吼えメールでどやされるし。

――夫人に釈明したい

 したいのだけど、犯罪者の息子に庇われたところで、ネビルがまたなにか言われたりしたら大変だ。ウィスタは夫人が厳しい人ということしか知らないのだ。たとえ片親がリアイスでも、片親がブラックならば嫌がるだろう。

 教科書が鞄に入らないの、と呻くハーマイオニーの肩を叩いた。本当にお疲れである。敬愛するニュート・スキャマンダーも使っていた拡大呪文を鞄にかけてやればハーマイオニーは大喜びだった。張りつめていた顔がほっとゆるむ。

「ホグズミードでも行って来いよ」

 休みにまで勉強漬けになることもないだろう。勧めれば、首を振られた。

「やることがいっぱいあるし、ウィスタもハリーも行けないじゃな……」

 と、皆まで言わずに、ぎゅっと眼を瞑る。

「あのねえウィスタ……私の眼がなかったら……あの二人どうすると思う?」

 そこまで無謀じゃないだろうよとウィスタは言いたかった。けれど思い出した。二人は暴れ柳に突っ込むくらいはする野郎どもであったし、いまは不思議道具の忍びの地図と透明マントを持っているのだ。

「あー……返してもらったらよかったな」

「嫌な予感がするわ。しまったわ……私としたことが!」

「今更遅いんじゃないか」

 無事に帰ってくるだろう。帰ってきてくれないと困る。

 そろそろ行こうとハーマイオニーを促して席から立つと、影が滑るように飛んできて、机の上に着地した。森ふくろうだった。ハーマイオニーがそっと手紙を取るとすぐさま飛び立ってしまう。

「ハグリッドからだわ」

 封を解いて、ハーマイオニーは首を振った。

――判決は死刑

 

「なにをやってくれてんだよふざけてるのかああん?」

 隠し部屋のひとつで、ウィスタはハリーを吊し上げた。

「ごめんってごめんって!」

「だってマルフォイがいたから!」

「うるせえわボケども」

 こっそりホグズミードに行くのはいいだろう。そのまま満喫して帰ってくればいいもんを、こともあろうにマルフォイに絡んで姿を見られたという。うっかりにもほどがあるだろうが。

「泥道には足跡だって残るだろうよ。たく……やるんならバレないように遠隔でやれ!」

「ウィスタ! そういう問題じゃないでしょう」

 ハーマイオニーにたしなめられたが止まらない。ウィスタの沸点は高くないのだ。むしろ低い。

「で、忍びの地図がとられたって」

「うん」

 ハリーは苦しそうに言った。ウィスタは彼を放り出し、床に座り込んだ。

――難易度が高すぎる

 よりにもよってリーマスの室にあるとは、なんの冗談だろう。忍びこめなくもない。どうしたって授業で空けるのだ。それか『脱狼薬』の副作用で弱っている隙を狙ってもいいのだが……。

「困ったな」

 スネイプ相手なら扉を事故に見せかけて爆破してもいいのだけど、養父が相手だとやりにくい。やりにくいというよりやりたくない。いくら家族でもやってはいけないことというものはあるものだ。

――やったら最後

 見捨てられそうだ。それは嫌だ。絶対嫌だ。

「……保留にしよう」

 屋敷しもべよろしく、床に頭を打ち付けたかったが我慢した。どうしようもないではないか。

「で、あれだ……お前ら早く仲直りしてくれ。バックビークの処刑が決まったんだ」

 番狂わせですっかり忘れていた本題を切り出して、ウィスタは長い息を吐いた。

 明らかに重い判決を前に、ハーマイオニーとロンは仲直りした。そうして四人で過去の判例をもう一度洗い出した。ウィスタも合間合間になるべく協力した。

「ハーマイオニーがあんなに一生懸命準備してくれたってのに、俺はろくにしゃべれんかった」

 ハグリッドはすっかりしょげていた。ブラックの二度目の侵入以来、校庭から城へ、城から校庭への道のりは、教師が引率することになっていた。昨年の騒動みたく襲われて石にされた者がいないからこれくらいで済んでいるのだ。

 魔法生物飼育学が終わり、校庭から城へと生徒たちを連れて行きながら、裁判について話をした。

「私たち、調べているから。だから――」

「まだ控訴があるよ!」

 ハーマイオニーとロンが言い募った。しかしハグリッドは首を振った。

「ええんだ。お前さんたちの気持ちはうれしい。だーれも魔法生物の裁判なんて気にかけちゃおらんのに……」

 ウィスタは眼を逸らした。どちらかといえば「気にかけちゃいない」派なのだ。ナイアードと同じく「たかが猫くらいでぎゃあぎゃあと」という人間なのだと、自分のことはよくわかっていた。

「や、やさしい子らだよ」

 ハグリッドが泣き始め、ハリーがあわててくしゃくしゃのハンカチをとりだした。ハグリッドは渡されたハンカチで涙を拭きながら、くるりと背を向けて去っていった。

「でも、やっぱりどうかと思うの。だって死刑だなんてありえ――」

 ないのよ、とハーマイオニーが言おうとしたが、嫌みったらしい声が重なった。

「見ろよあの泣き虫! 教師のくせにべそべそ泣いて情けない! あんなのうすのろが教師だなんて」

 一同はさっと振り向いた。案の定マルフォイがせせら笑っていた。

――さあて

 幼稚だなと受け流すべきなのは百も承知。それが賢いのだが。

「てめえ――」

 一発殴るか呪文で転がすか。素早く杖を抜いて、階段を下りようとしたら――先手を打たれた。野郎どもは眼を点にした。駆け下りていく影はハーマイオニーだ。

「よくもそんなことを!」

 拳がマルフォイの顔面に炸裂した。平手じゃないのが怒りの深さを示している。

「嘘だろ」

「ハーマイオニー!?」

 ロンとハリーが慌てて駆け下りる。ウィスタはのんびりと後に続いた。マルフォイと腰巾着ズは唖然とするばかり。スリザリンもグリフィンドールもちらりとウィスタを見るばかりだ。

「……んだよ。俺が殴ると思ってたって?」

 一斉に頷かれた。誰かが「喧嘩といえばお前だろう」と言った。断じて言うが正当防衛だ。売られた喧嘩を買っただけだ。

「この恥知らず」

「こいつの品性が下劣なのは今に始まったこったねえ」

 クラップとゴイルをハリーとロンが牽制し、ウィスタはハーマイオニーの腕を引っ張った。引きずるようにして城へ向かう。ぞろぞろとグリフィンドール生も続いた。衝撃が強すぎて乱闘すら起こらない。

「誰が下劣だ」

「他人の苦しむ様を見て喜ぶやつのどこがお育ちがいいんだクソ野郎!」

 言い返すと同時に、玄関ホールに駆け込む。ハーマイオニーは自分がしでかしたことに呆然としていた。暴力に慣れていないのだから当然だ。

「ハーマイオニー、ハーマイオニー、君……」

「……すっごいや」

 ハリーとロンが驚きと痛快がない交ぜになった顔で、ハーマイオニーをほめたたえた。

「いい右ストレートだった」

 ウィスタが付け加えれば、ハーマイオニーはにっこりして頷いた。しかし、次の瞬間ハリーに言った。

「絶対にクィディッチ杯を獲得してねハリー!」

 来るクィディッチ優勝戦に向けて、二つの寮の対立は深まっていった。オリバーの狂気も加速し、ウィスタも作戦会議に参加させられそうになっては逃げていた。レイブンクローとハッフルパフとは交流があるが、スリザリンに関してはたいしてなにも知らないのだ。

 とにもかくにも、スリザリンはなりふり構わずハリーを潰しにかかり、グリフィンドール生の怒りに火がついた。

「……だからな」

 ウィスタは空き教室に転がしたスリザリン生一同をしつけた。

「勝負をつけるなら」

 だん、とスリザリン生の顔のすれすれに靴を打ち付ける。ドラゴン革のブーツはいい仕事をした。びき、と床にひびが入った。喧嘩沙汰になると踏んで、夏に鋲付きでこしらえてもらったが我ながらいい判断だ。

「堂々とやれや」

 もう一度打ち付ける。破片が飛んだ。スリザリン生は涙目になった。腑抜けめ。

「ハリーやほかの選手に手を出してみろ」

 わかるな? と念を押す。スリザリン生一同は素直に頷いた。見計らったかのような頃合いで扉が開く。パーシーが眉間に皺を寄せながらウィスタを見て、転がされたスリザリン生たちを見た。

「いたいけな生徒を襲おうとした罪でスリザリン十五点減点」

「どこが幼気!?」

 反駁を一睨みで封じ込めた。選手を襲おうとした時点で、誰がなんと言おうと減点だろう。

「パーシーこいつら酷いんだ。ハリーを狙って俺も狙おうとして」

 ちゃっかり罪を上乗せする。ああああとスリザリン生が叫ぶが無駄だ。防音してあるのだから。

「そうか……言語道断」

 パーシーは躊躇しなかった。その瞬間、マクゴナガルが乗り移っていた。

「スリザリンさらに十点減点。なお選手たちやほかのグリフィンドール生にちょっかいをかけたらどうなるかわかっているね?」

「わからせたから」

 でかした、とばかりにパーシーは頷く。侮蔑の眼をスリザリン生に向けて、ウィスタを連れ出した。

「職権乱用って言われない?」

「時には法より正義に殉じなければならないのさ」

 重々しい声に深く頷いた。かなり都合のいい正義もあったものだ。

 選手生徒問わない色々な努力の甲斐あって、グリフィンドールは優勝した。三度目の正直にオリバーは号泣し、大騒ぎの寮内からグリフィンドールの部屋へ行けば、なぜだかホールケーキが置いてあった。スニッチの飾り付きである。

 妖精さんはクィディッチがお好きらしい。

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