【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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三十五話

 デラクール姉妹の謎は解けたものの、状況解決の助けにはならなかった。ハリーはゴブレットを出し抜いた目立ちたがり屋として非難された。

「……だからなあ」

 ウィスタは腕を組んだ。ホグワーツ校庭――温室付近。休憩時間にぶらついていたら、アーニーたちに引きずられたのである。エリュテイアが殺気立ったけれど、身振り手振りで「穏和しくしてろ」と命令した。

「事故のようなもんだし、十七歳の間にハリーが入っても勝ち目は薄いだろうよ。んなもんホグワーツの勝率上げたいならロジャーかアンジェリーナを選手として追加投入したほうが確実だろう」

 太陽が東から昇って西に沈むように、当然の理屈だ。しかしながらアーニーたちは不機嫌そうだ。いつもは宥め役のハンナとスーザンまで面白くなさそうな顔をしているし、坊ちゃんのジャスティンも顔をこわばらせている。背後で「ウィスタ様、ハリーに対して辛辣すぎるのでは」とエリュテイアがたしなめたが黙殺した。

「でも一番得をしているのはポッターじゃないか。なんでなんだよ。せっかくセドリックが選手になったのに」

「お前らが騒ぐことでもないだろう」

 戯れ言を切って捨てる。セドリックが抗議してくればいい話だ。周りがとやかく言う必要はない。

「いつだってグリフィンドールが目立つんだ」

「あーはいはい」

 取り合っていられない。手を振って踵を返す。アーニーの顔は真っ赤だった。地味で目立たないだとか劣等生ばかりだとか言われているのだ、今回、セドリックが選手に選ばれてどれほど嬉しかったことか。想像はつく。だからってハリーを標的にして誹謗中傷するのはどうなのだ。

――爆発しなけりゃいいけど

「……次、なんの授業だったっけ」

 城――玄関ホールに向かいつつ、エリュテイアに問いかける。

「魔法薬学ですね」

「地獄のフルコースだな」

 ふざけて十字を切った。神よハリーの癇癪を抑えたまえ。彼はもっとも信頼する友に裏切られているのです……。

 小走りで地下の魔法薬学教室前へ向かう。ひんやりとした廊下に踏み入れば、前方にスリザリン生とグリフィンドール生が散らばっていた。ハリーとマルフォイがなにか叫んでいる。

「ハーマイオニー! ああ……」

「ゴイル――」

 ウィスタは速度をあげた。ハーマイオニーがうずくまっている。手で口元を覆っていた。なにがあったと問うまでもなく「歯呪いが」とハリーが言った。白いものがハーマイオニーから覗いている。それどころかどんどん伸びている。

「呪文よ終われ」

 唱えると同時に、ハーマイオニーにローブが被せられる。エリュテイアが己のローブを脱いだのだ。頼めるかなんて言う必要もなかった。

「しばしお側を離れても?」

「いいから行ってこい」

「御意に」

 優雅に一礼し、ハーマイオニーに優しく声をかけ、ついでに莫迦笑いしているスリザリン女子を殺しそうな眼でにらみつけ、マルフォイに向かって鼻を鳴らして「スリザリン生も質が落ちたこと」と一撃を放ち、白百合の騎士は颯爽と踵を返した。

「なんなんだお前の従者は!」

「ボーバトンで大人気で、フラーの妹分で、お前らよりお育ちがいい騎士さ」

 マルフォイが杖を向けてくる。ウィスタも構え、眼を怒らせたハリーも参戦した。

「なにごとかね」

 低く冷たい声と、重々しい靴音。遅ればせながらスネイプがやってきた。

「先生、ポッターがゴイルに呪いを! 鼻呪いです!」

 すかさず訴えるところがマルフォイである。その素早さをクィディッチにも生かせばいいものを。

「待ってください。ハーマイオニーだって歯呪いが……」

「ゴイルを医務室に連れて行きたまえマルフォイ。グレンジャーは既に行ったか……呪いにかかったところで問題なかろうよ」

 変わりはあるまい? ウィスタは二の句が継げなかった。スリザリンの女子は勝ち誇ったように笑い、グリフィンドール女子たちはウィスタと同じように絶句していた。いや、男子も驚いていた。

――こいつ

 とんでもない侮辱と依怙贔屓だ。踏みだしかけて、ディーンとシェーマスとネビルに抑えられる。だが、ハリーとロンにまで手が回らなかった。ウィスタは暴言に反応が遅れたが、二人は瞬時に言い返した。ありとあらゆる罵詈雑言と下品な侮辱を叩きつけ、ただで済むわけがなかった。

「よかろう。ポッター、ウィーズリー……罰則だ」

 教師に対する敬意が足りぬ。

 ◆

「俺は将来的に監督生になるであろう優秀な生徒なので、寮生の様子を見に行くのも仕事です」と、我ながら無茶苦茶な建前を振りかざし、授業を蹴った。スネイプの眼に危険な輝きが宿っていたが知ったことではない。

 医務室に飛んでいくと、寝台のひとつがカーテンで覆われていた。控えていたエリュテイアが「治療は順調ですよ」と報告する。

「ならいいけど……」

 ウィスタは手招きし、エリュテイアに事の顛末を囁いた。

「なんという……マクゴナガルに言うべきです。ハーマイオニーには内緒で」

「そうしようと思う」

 いくらなんでも酷すぎる。マクゴナガルから説教をかましてもらうくらい構わないだろう。ハーマイオニーが聞いていなくてよかった――と思っていたら、銀色の守護霊が飛んできた。猫である。

「先生……?」

 猫の守護霊はマクゴナガルのものだ。彼女は口を開くと「校長室までおいでなさい」とウィスタに告げた。事件が耳に届くには、いくらなんでも早すぎる。何かやらかしたろうか。

「ハーマイオニーを頼む」

「お気をつけて」

 心なしかエリュテイアは心配そうだ。ウィスタは階段と通路を駆使して最短経路で校長室に到着した。

「よく来たの。授業中にすまんかった」

「いえ」

 ダンブルドアに短く返し、ウィスタは残る二人をみた。一人はマクゴナガル、一人はオリバンダーだ。

「お久しぶりです。ということは――」

「せっかちですなリアイスの方は」

 オリバンダーは細長い箱を撫でた。いますぐにでも蓋を開けたいのだろうが、ダンブルドアに勧められて席についた。せっかちなのはどっちだ。ウィスタもまた腰かける。不安は吹き飛んでいた。そう、確か届けに来ると言っていたし、不思議はないのだ。

「リアイスさん。あなたの杖ができましたよ」

 恭しく箱が卓に置かれ、蓋がそっと開けられる。鎮座していたのは深い――黒に見えるほどに深い、緑色の杖。

 オリバンダーの細長い指が、杖をそっと撫でる。彼はダンブルドアに盗聴防止と邪魔除けをかけるように言い、呪文はつつがなくかけられた。厭に慎重だ。膝の上で拳を握る。最初の杖は東洋龍の角。あげく賢者の石と融合したわけだが。二本目の杖もとんでもない代物なのだろうか? バジリスクの鱗は珍しいが、ここまで気を使う必要があるとも思えない。

「芯はバジリスクの鱗――樹は」

 希代の杖作りの声が、震えた。熱っぽささえ秘めた双眸がウィスタを映す。そうして、告げられた。

 

 闇の帝王と同じ、イチィ。

 

――杖に罪はない

 校長室を出て、腰に挿した二本目の杖を撫でた。樹はイチィ。あまり縁起がよくない樹だ。オリバンダーによると「バジリスクの鱗を内包できたのはこれだけだった」そうだ。軽い気持ちでバジリスクの鱗を提供したが、まさかこんな結果になるとは思わなかった。ウィスタはヴォルデモートから呪いを受けて生き残った身だし、ありがたくない繋がりもとい感知能力はあるし、杖材がヴォルデモートと同じでも不思議はないのかもしれない。かなり厭だが。

 考えても仕方ない、と首を振りつつ寮へ向かう。誰にも杖のことは言わないようにしよう。余計な憶測を呼びそうだ。

 グリフィンドール塔に最短経路で至り、太った貴婦人に合言葉を言って穴をよじ登る。偉大なるゴドリックに言いたいことは色々あるのだが、なんで穴にしたんだ入り口をと文句を言いたい。階段でもよかったろうに。さては面倒になって穴をぶち開けたんだろうな、とウィスタは決めつけた。

 まだ授業中なのか、談話室に人はまばらだった。ソファにエリュテイアとハーマイオニーがいて、治療は完了したようだった。

「マダム・ポンフリーがとっても怒ってたの」

 教師なのだから自分が付きそうべきだとかなんとか。あの癒者ならばそう言うだろう。スネイプの暴言を聞かせたら毒でも盛りそうだ。ハーマイオニーの耳に入れることでもないので、ウィスタは「おかげで怒る気が失せたか?」と訊いた。

「スネイプ先生に付き添いなんてされたら治るものも治らないわ」

 人間的ななにかを期待していないのは明らかで、スネイプよりハーマイオニーのほうがよほど大人であった。一年生の時からああなのだ、あのまま爺になってくたばるに違いない。

 実は現場をゴーストが目撃していて、ゴーストの淑女たちが「スネイプの坊やは最低」とかなんとか言っているのだが、どうなることやら。そのうちマクゴナガルの耳に入るだろうし、ひとまずこの件は仕舞いだ。スネイプなんぞどっかの研究機関にでも行って地味に研究していればいいのだ。本当にスネイプと母親が友人だったというのが謎だ。なんであれと? まかり間違ってあれと母親が結婚しなくてよかった。

 胃だか肩だかを重くしながら、自室に上がる。寝台に腰かけたとき宙に炎が燃え上がった。落ちてきた紙片を掴み取る。リアイスからだ。正確には曾祖父から。魔法省から要請があって、急遽ハンガリーホーンテールを手配したこと、三校対抗試合の裏で莫大な額のガリオンが動いていること、等々書いてある。ハンガリーホーンテールとは物騒な。ハグリッドが踊り狂うくらいの危険度である。さては第一の課題で使うのだろうが……なにをどうするのか。コロッセオよろしく一対一の決闘なんてさせるつもりではないだろうな。

 次に莫大なガリオン……であるが、これは賭博のことだ。どうせウィスタには関係がないが、関係者を抱き込んで八百長をしようだとかいう輩が出てきそうだ。代表選手に変な干渉がないかだけ見ておこう。

 なんで子どものウィスタがこんなことを考えないといけない、と思うのだが、三校対抗試合にはリアイスも噛んでいるのだからやむなしだ。どうせならクィディッチワールドカップよろしく商人たちの出入りを解禁して、試合の日に出店でも出させればよかった。交流試合という名の祭りなのだ、それくらいいいだろう。生徒は楽しいし商人たちはうはうはだろうよ。

 次回開催があったら言ってみようと頷いたとき、またもや紙片が降ってきた。今度は父からだ。アルバニアから帰還した――バーサは……。

「……書いた通りだ」

 全身の血を抜き取られて死んでいた。時刻は真夜中。叫びの屋敷。父はあちこちが切り裂かれたソファに腰かけていた。アルバニアから英国に戻り、指名手配中にも関わらずホグズミードまでやってきたのだから恐れ入る。

「亡骸は」

「下手に触れず、俺たちがいた痕跡も消して、アルバニア側が発見するようにし向けた」

 どうやらどこぞの田舎の村、その昔貴族が住んでいた邸でバーサを見つけたようだ。

「あいつはそんなに輸血が必要か?」

 身体もないくせにと言いかけて、なんとなしに厭な予感がした。てっきり憑依して無理矢理に英国に戻ったのだろうと考えたが……クィレルの時がそうだったろうし――違うのか? 詳しく聞きそびれたが、ハリーが夢の話をしていた。どこにいるかはわからないけど、潜んでいて、ワームテールもいて、老人を殺したどうこう。

「……魔力のためか、ほかの理由か」

「杖を使えるくらいの肉体はある……となれば、実験を兼ねた補充か――」

 ため息が落ちる。灰色の眼がウィスタを鋭く見ていた。アンドロメダとよく似た色だ。

「速き足を得たくば天馬を、高き魔力を得たくば一角獣を。強き身体を得たくば竜を。猛き心得たくばグリフィンを捕らえ食すべし――古い言い伝えだ」

「……で、バーサの血を抜き取って飲んだって?」

 一角獣の血を飲むくらいなのだ。今更魔女の血だろうがなんだろうが構わないだろうが、生き汚さここに極まれりだ。さっさとくたばればいいものを。感性が違うと言い切ってしまえばそれまでだが、やはり闇の帝王ヴォルデモートの執着は尋常ではない。

「あれとしては、由緒正しい純血がよかったろうが」

「……ブラック家とか?」

「そうなるな……果たしてブラックがどこまで純血か知らないが」

 父は鼻を鳴らす。生家なんて大嫌いだと顔に書いてある。そうして嬉しくないことを告げた。

「配下がホグワーツにいるとして、目的のひとつが――お前たちどちらかの血を狙っているのかもしれない」

「よろしくないな。まったくよろしくない」

 冗談ではない。献血や輸血なんて話ではないのだ。そんな死に方は厭だ。対して父は小憎たらしいほどに落ち着いていた。

「可能性の話だ。手間暇と利益を天秤にかければ、回りくどいことをせずにお前たちを始末するほうが楽だろう」

 どっちにしろ良くはない。あれこれと憶測を並べたところで仕方ない。真夜中の無断外出なのだ。食糧着替えその他を入れた袋をどんと置いて、ウィスタは屋敷から抜け出した。

 

 息子を見送り、シリウスはぽつりと呟いた。

「血を手に入れるとして、敵の血か……より稀なる血を選ぶか……」

 さてどちらか。

 

 不穏な杖のことや、父の物騒な予想、謎に包まれた三校対抗試合第一の課題などなど、考えることは山ほどあった。

「……魔法学校間の交流試合、しかも数百年ぶりに奇跡の復活……の公式記事がなんでこんなあれなんだよ」

 父との真夜中の話し合いからおよそ十日後、朝食の席でウィスタはぼやいた。日刊予言者新聞を灰にして消失呪文をかける。珈琲でむせてしまって飛び散った汚れも綺麗にした。

「購読解約の申し込みをしておきましょうか」

「頼んだ」

「名誉毀損等の訴訟は……」

「俺とハリーとハーマイオニーとついでにフラーとクラムと……ていうか代表選手全員分と、ダンブルドアのこともクソミソに書いてやがったから材料には事欠かないな」

 ひとまずそれは最終手段だ。鼻持ちならない、あるいは腹立たしい……その他あれこれと言葉が浮かぶが――この書き方は勘弁してほしい。記事に書かれていたのは、三校対抗試合について。代表選手についてさらりと触れ、クラムの名前は間違えていたし、フラーのこともけなしていたし、セドリックのこともいまいちな書き方であった。総じて目立ちたがりな若者というレッテルを貼っていた。三校に喧嘩を売っている。さらにハリーの独占インタビューが載っていて。

「ハンカチいるか?」

「それよりダイナマイトが欲しい」

 ハリー・ポッター、日刊予言者新聞社襲撃す。やってもいいと思うくらいには酷い記事だ。とにかく、世間は健気なハリー・ポッターをお望みらしい。

 訴訟の筋も本気で考えてやろうと思わせたのは、独占インタビューならぬ捏造インタビューの次だ。ハリー・ポッターとマグル生まれのハーマイオニー・グレンジャー、そして名門の黒髪の御曹司の三角関係に関する記事である。

「リアイスお前グレンジャーなんて選ぶなんて、バ」

 マルフォイが下品に指笛を鳴らし、なにかほざいていたので黙らせた。いや、席を立ってスリザリンのテーブルまで出張して殴った。白目を剥いて坊ちゃんはぶっ倒れたが、知ったことではない。

「リアイス!」

 マクゴナガルがすっとんできたが、ウィスタはてこでも謝らなかった。

「こんな低俗な噂をネタにして、淑女を侮辱する輩に下げる頭はありませんし、加減はしましたよ。野蛮なのは承知ですけどね!」

「口だけはよく回る! グリフィンドール二十点減点」

「頭も回ります」

「お黙りなさい」

 誰かが「一種の様式美だよな」と呟いた。マクゴナガルに怒られるときはいつもこうなのだ。今更だ。罰則が上乗せされ、大広間から放り出された。出る間際、ちらとレイブンクローのテーブルを窺えば、フラーが片眼をつぶった。チョウは親指を立て、クインは小さく手を振ってきた。勝った。なにに勝ったかよくわかっていないが勝った。

 授業をさぼってグリフィンドールの部屋にでも行こうか、と寮へ爪先を向けたとき、足音が近づいてきた。忠実なる従者である。彼女は何かを振り払うようにして、ウィスタに軽く膝を折った。

「お供します」

「なにかいたのか」

「うるさい虫が」

 貴方様のお近くを飛び回ることはないでしょう、とエリュテイアは請け合った。

 ◆

 ろくでもない記事のせいで、ロンの感情はますますこじれたらしい。ハリーに謝る気配はない。ハッフルパフの態度も最悪に近かった。誰が流通させたのか、趣味の悪いバッジをつけはじめたのだ。誰がというかスリザリンだろうが。やつら労力をかけるべきところを間違えている。

 ハリーはなるべく目立たないように目立たないように図書館に引っ込みがちになり、ウィスタとエリュテイアはハリーにつきあった。もちろんハーマイオニーも一緒だ。

 第一の課題がなんなのかわからないのだから、知識があって困ることはないでしょうというのがハーマイオニーの主張だった。

――ドラゴンに関するなにかかもしれないなんて言えない

 とてもではないが言えない。たたでさえハリーの神経は参っているのだ。余計な刺激は御法度だろう。

 どうしたものか……と適当な本を選んで読み進める。錬金術に関するものだ。ダンブルドアの論文だ。ドラゴンの血の十二の活用法。序文はこうだ。血は強力な魔法の媒介であり、神秘である……。結びつけるものであり、魔法を打ち破るものでもある……。

「あの人どうしてうろうろしているのかしら」

 ハーマイオニーが低く言った。顔を上げる。ハーマイオニーの視線を辿ると、クラムがいた。本を抱えて去っていくところだ。彼の後ろを追っかけがついて回っている。司書がお冠になること間違いなし。

「船に戻っていればいいじゃない」

「せっかく外国に来たんだから覗いてみたいんだと思うよ」

 ハリーが庇うように言った。ウィスタははいともいいえとも言わなかった。世界的な選手だろうが学生なのには変わりない。ウィスタだって外国の魔法学校に行ったら図書館は覗くだろう。ハーマイオニーは「あのどうしようもない追っかけをどうにかしてくれないかしら」と不機嫌だ。司書が追っかけを蹴散らしているのを眺めながら、ウィスタは呟いた。誰にも聞こえないように。

「どうしたもんかなあ」

 やはりクラムに嫌われているようだ。一瞬だけ眼が合って、睨まれたのだから。

 そうこうしているうちに、どうしたもんかなあ案件が増えた。

「第一の課題はドラゴンとの対決。金の卵を奪取せよとのことで」

 とある日の真夜中、ウィスタは唸った。ハリーがハグリッドにつれられて出かけていくものだから、万が一を考えてエリュテイアに尾行させたらこれだ。

 グリフィンドールの部屋、上等なソファに身を沈める。なにも聞かなかったことにしたい。現実逃避をしかけたが、エリュテイアが追い打ちをかけた。

「マダム・マクシームとカルカロフも知ってしまいました」

「セドだけ置いてけぼりか」

 面倒なことになった。証拠もなしに校長たちを糾弾もできない。

「起こったことは仕方ありません。ここからどうやって公平性を確保するかです」

 言われてみればそうなのだが、その公平性の確保とやらが一番難しい。つまりはセドリックに情報を流せばいいのだが、ウィスタが動くわけにもいかない。ハリーの手助けだってするつもりはないのだ。

「……足止めして……一人にして……」

 指を折りながら、計画を練っていく。ウィスタが直接セドリックに教えられないが、機会をつくることならできる。

「いけない遅刻遅刻作戦はあれだしなあ」

 三年前、クィレルに仕掛けて回避された作戦だった。曲がり角でぶつかるだけの力業だ。そもそも最近セドリックと話していない。クラム同様追っかけ女子がひっついていたり、ハッフルパフの友人に囲まれていたりするのだ。どうやら彼らはハリーがセドリックに何かすると思っているようだ。被害妄想も甚だしい。狙うなら授業と授業の間。偶然を装うには。

「セドへのプレゼントは鞄で決定だ」

 指を鳴らす。実に簡潔で失敗が少ない作戦だろう。ウィスタは澄ました顔をしている従者に告げた。

「セドの鞄を壊してくれ」

「おやすいご用です」

 察しのいい従者は、翌日仕事をこなした。ウィスタがし向けるまでもなく、ハリーはセドリックを探していた。そこでセドリックの鞄が裂けてしまい……あとはなるようになった。ハリーが秘密を独り占めするような男じゃなくてよかった。

 日刊予言者は相変わらずクソみたいな記事を書き散らし、ウィスタはリータ・スキータをいつか社会的に抹殺してやると心に決めた。第一の課題が近づくにつれて「ハリーの恋を邪魔する御曹司」だとか「魔性のマグル生まれ」だとか記事は過激になっていたのだ。

 代表選手は眼に見えて張りつめ、緊張が限界に近づいた時、ついに第一の課題がやってきた。

「魔法省はぶっ飛んでるよ」

「そりゃあパパみたいな変人を雇ってるんだもの」

「……同級生といなくていいのかジニー?」

「子どもっぽい子にアプローチされるのは嫌よね」

 校庭の一画は第一の課題用に作り替えられ、もうけられた観客席、そのてっぺんにウィスタたちはいた。ジニーは友達も多いのだけど、あれこれ面倒事があるらしい。

「ロンには言うなよ」

「わかってるわ。卒倒しかねないもの」

 ウィスタは内心でどこにいるのか知らないロンに呼びかけた。お前、ハリーに嫉妬心を燃やしている場合じゃないぞ。

「……そのうち年上からもなんかくるだろうから、そいつにしといたら」

 ぼそっと言ってみればジニーはくすくす笑った。ハリーのことを好きだと思っていたのだけど、どうも違ったようだ。そもそもハリーは別件で忙しい。ホーンテールとか。ホーンテールとか。

 バグマンが高らかにハリーの入場を告げる。その瞬間、ジニーは小さく息を呑み、あまりに巨大なホーンテールと、ちっぽけなハリーを一心に見つめた。

 ジニーは苦労しそうだ。ハリーの鈍感力を侮ってはいけない。

 ハリーが箒を呼び寄せる。ひらりと跨がり飛翔した。

「……ほんとあいつ本番に強いよな」

 たいてい本番直前に拉致される等々、散々な目に合っているウィスタがぼやいていると、ハリーが金の卵を奪取した。

 かかった時間は最短。

 最年少選手が一位に躍り出たのだ。

 

――なにかあるだろうなと思ってはいたけれど

 第一の課題が終わり、数日後。ホグワーツは祭りの後の虚脱感に包まれていた。ウィスタは浮かれ騒いで気が抜けるなんて贅沢は許されず、第二分家に連絡を取り、ナイアードに言って職人を寄越してもらったり、と忙しかった。競技が終わった後に卵を奪われたドラゴンが暴れたせいで、鎖が千切れたのだ。平たく言うと脱走である。お陰で城の外壁とガーゴイル像、見事なステンドグラスの窓が壊れた。「ああっ、■■年前に名工がつくったなんとかが!」と職人たちは発狂していたが、ウィスタは放置した。芸術的ななにかはわからないしたいして興味もないのだ。そんなこんなで彼らは数日城にとどまって、壊されたヶ所以外もついでに補修して帰って行った。やれやれと一息つこうと思ったらこれである。

「三校対抗試合の伝統行事がクリスマスに執り行われます。そう――」

 クリスマスダンスパーティです。教室を二つほどぶち抜いた広い空間で、マクゴナガルは張りのある声で言った。

 集められたグリフィンドール生の反応はまちまちだった。眼を輝かせる者、どうでもよさそうな者……。前者は女子で後者は男子である。もちろん男女関係なく興味がある者ない者はいるが、女子諸君は食いついている。こころなしかマクゴナガルのほうへ踏み出す者もいる。

「ダンスパーティというからには」

「パートナー同伴ですか。同伴ですね」

「四年生以上は全員参加ですよね!」

 ぺちゃくちゃとマクゴナガルに質問を投げかけ、うるさくて仕方がない。マクゴナガルもウィスタと同じように思ったのか、手を叩いて女子を静かにさせた。

「下級生は招待すれば問題ありません。基本的にパートナー同伴です。ダンスパーティですから」

「そしてダンスパーティというからには」

「踊れないといけないと? そりゃあ庶民に厳しくありませんか先生」

 おそらく誰もが抱いていて、しかし聞けなかった疑問を双子がぶつけた。マクゴナガルは「いい質問ですね」と二人を誉めた。

「この機会に、みなさんには初級のダンスくらいは覚えていただきましょう。将来社交の場に出ることもあるでしょうから」

 ないと思う。双子のぼそっとした呟きは華麗に黙殺された。マクゴナガルの杖がしなる。現れたのは甲冑である。

「心配はいりません。この絡繰人形がみなさんの練習相手になります」

 甲冑の胸元にはグリフィンドール寮の象徴が刻まれている。ウィスタの口元がひきつった。

――ナイアードの仕業だな

 ホグワーツは名門であるが、生徒の経済状況は様々だ。社交の場に出ることを見越して踊れる連中なんてそう多くはない。練習は必須だ。ダンブルドアやマクゴナガルが問題点に気づかないはずがない。ナイアードに依頼して作らせたのだろう。なにせ彼は創り手の第二分家を率いる錬金術師なのだ。甲冑を改造して踊りを仕込むなんて朝飯前だろう。

 幸いにしてウィスタは嫌でも踊れるようになったので甲冑は不要だ。ダンスパーティの概要は聞いたので用もない。

 踵を返す。そっと教室を抜け出そうとして、腰に縄が巻き付いた。ぐいっと引っ張られあれよあれよという間にマクゴナガルの隣に引きずられた。

「横暴ですよ先生」

「授業はまだ終わっていません」

 正論である。嘆息を漏らし、マクゴナガルに謝罪した。さあこれでほどいてくれるだろうと思ったら、事は予想外の方向へ転がった。

「甲冑数体では足りません。あなた、教師役をなさい」

 ◆

 かくしてひたすら女子の相手をし、寮へ帰る頃には足が張った。ぐるぐるぐるぐる回ってめまいも少々。

「先生、踊れるくせに」

 踊れるはずだ。たぶんマクゴナガルは上流の出……だと思う。踊りくらいこなすだろう。まったく、生徒に投げるか。

「指導はしていたし、ウィスタとエリュテイアで十分教師になったじゃない」

 ハーマイオニーがやんわり指摘する。エリュテイアはいつもの通り澄まし顔である。エリュテイアが男女両方のパートを踊れようが、教えるのが抜群に巧かろうがもはやどうでもよかった。考えるのも面倒だ。よそ事を考えなければいけないのだ。

 ソファに身を預け、向かいに座るハーマイオニーを見た。ダンスパーティと聞いてもたいして浮かれてもいない。談話室の隅でこそこそ話してはしゃいでいるパーバティやラベンダーとは対照的だ。

「……あてはあるのか」

「なるようになるわ」

 茶色の眼が、暖炉の前でうなだれているハリーとロンを捉えた。断片的に聞こえるのは「女子なんてどうやって誘ったら」「君はまだいいよ! 僕なんてパートナー必須だよ!?」だ。友人の女子二名のことは忘却しているらしい。莫迦ではないのか。仲直りして結構だがそろって莫迦ではないのか。

「手っ取り早い方法はわかってるよな?」

「もちろん」

 でも駄目よ。ハーマイオニーはいつになく真剣だ。

「いい。自分に正直になりなさいウィスタ」

 わかっているでしょう。

 男子たちが狂奔する日々が始まった。反対に女子は楽しそうだった。いいことだ。

「……もう先約があるんだ」

 ハッフルパフの女子の誘いを断り、レイブンクローの女子の以下略。あげくにスリザリン以下略、と。ダンスパーティの件が公開されるや否や、ウィスタは女子に突撃された。散々ハリーのことをけなしていた連中も含まれていた。喜んで断るに決まっているだろう。

「誰なんですか! ウィスタ先輩!」

「秘密」

 わっと下級生が泣いて去っていった。野郎どもの視線が痛い。ウィスタだって泣かせたいわけではないのだ。

「ウィスタ。僕たちには言ってくれてもいいじゃないか」

「女子を紹介してくれればなおよし」

 ひっついてくる黒髪と赤毛を引きはがし、廊下を突き進む。足止めを食って授業に遅れそうだ。

「青い鳥は近くにいるもんだし、自分に正直になれよ」

 ぴしゃりと返せば、ハリーは眼を泳がせ、ロンはきょとんとしていた。ハリーはともかくロンは絶望的だ。なるようになるさ。

――いいことウィスタ

 これは友人からの忠告ですからね。ハーマイオニーはそう言って、眼を光らせた。マクゴナガルに年々似ていくのだが、気のせいだと思いたい。

 先約があると言って全部断るのよ。あとはわかるわよね?

「……わかっちゃいるんだけど」

 誰を誘いたいかなんて。ウィスタはともかく巻き込まれやすい。第一の課題以降穏和しくなったが、新聞にも書き立てられる始末だ。さすがに躊躇もする。

 さらに数日、ぐずぐずと迷っているうちに、誰それと誰それがパートナーになっただとか、誰それが断られただとかの噂が飛び交った。朝食時の大広間はいつもより騒がしく、ウィスタは神経を尖らせていた。

「マドモアゼル・デラクール」

 息も絶え絶えにウィスタは言った。額から滑り落ちていくのは冷や汗だ。なぜこんな試練に見舞われなければならないのか。

「あら、フラーでいいいわよ」

 ヴィーラ混じりの魔女はにやりと笑う。すんなりした手がウィスタの鼻を摘んだ。くらっと来たが必死に耐える。フラーが得意なのは魅了の呪文や幻惑だ。ヴィーラの特性を存分に活かしているのだ。

「たいていの子はころっと陥落するのだけど」

「俺で遊ぶのはやめてくれ」

 もはや泣きたい気分である。ころっといってたまるものか。おもしろ半分で魅了を振りまくやつがあるか。

「ええー」

「あなた完璧に制御できるんですから、さっさとその色香を引っ込めてください」

 エリュテイアの声は氷そのものだ。さすがのフラーも穏和しく退いた。己の妹分には強く出られないのか否か。すんなりした手が、ウィスタの肩を軽く叩く。

「ちょっと退屈してたのよ。ごめんなさいね……魅了に引っかかれないくらい、すてきな人が心にいるんでしょう?」

 早く獲りに行きなさいよ。片眼を瞑り、彼女は優雅に去っていく。たまらずに呻いてテーブルに突っ伏した。

――なんなんだ

 どいつもこいつも。たしかにだ。魅了に耐えるのに必要だったのだけど。絶対に裏切りたくなかったから。別に具体的な関係にはなっていないしウィスタの一方的な感情だけれど。

 頭をかきむしり、顔を上げる。あちらこちらから嫉妬の視線が向けられるが、それどころではない。ヴィーラの誘惑は気分がいいんだか悪いんだか。強制的に絡め取られる感覚すらして好かない。お遊びでこの程度だったら、本気を出されればどうなるのだろう。恐ろしい魔女である。

 レイブンクローのテーブルに眼をこらす。すっと立ち上がる影を捉えた。ウィスタも席を立つ。大広間から出て、玄関ホールの大階段前で時を数えた。果たして数十秒後、彼女が現れる。藤の双眸と視線が絡み合った。

――これだけだ

 たった一度の機会だけ。それ以上は望むまい。

「クイン」

 掠れる声で、名を呼んだ。

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