クリスマスまで半月を切り、誘いを断りまくっていたハリーと、誘われてもいない申し込んでもいないロンは慌て始めた。四年生男子はだいたいが焦っていた。一方ウィスタはクリスマスなんてものは頭の片隅に放り出していた。当日のことを真剣に考えれば心臓が保たないのである。
「……チョウはセドリックと行くって」
「僕はもう終わりだ」
野郎二人はうなだれた。ハリーもさっさと行っておけば目はあったかもしれないが、時既に遅しだった。ロンは事故のようなもので、試しにセドリックに魅了を振りまいてみようと張り切ったフラーの弊害である。流れ弾である。魅了に引っかかったロンはフラーに申し込み、当たり前だが断られていた。
「フラーは祖母さんがヴィーラだから仕方ない。事故なんだから」
相手がいないよお。呻く二人の肩を順番に叩いてやる。最悪パートナーがいなくてもいいじゃないかと言おうものなら刺されそうだ。
「エリュテイア、僕らのどちらかとパーティに」
静かに事の次第を見守っていたエリュテイアが肩をすくめた。
「下級生のレディを招待したので無理です」
「同性もいいのか」
「ボーバトンでは女子同士で楽しく踊っていたものですよ」
文化の違いだ。つまり、エリュテイアはフラーと踊っていたと。姉妹関係だし。確かにダンスパーティのパートナーの性別に関してはなんにも言われていない。わざわざ異性であることなんて言う必要もないと思ったのだろうし、エリュテイアが同性のパートナーを連れていても、内心はどうあれ誰も文句は言わないだろう。ボーバトン帰りなのでと押し通せば済む。
「一体なにがどうしてそうなったの! 女子が一人減ったじゃないか」
「ロン、レディはものではないのですよ。いないならいないであきらめなさい……靴を無くしたというのでお手伝いをしたら、流れでそうなっただけです」
男女ならなにかのドラマが始まりそうな展開である。エリュテイアのことだから完全に親切心だ。ロンはいささか下心……もとい打算その他があるが。
「そんなつもりじゃ。だって一人で参加とか笑われるじゃないか」
「堂々としていなさいな」
かあちゃんと息子の会話か。埒があかないので立ち上がった。
小腹が減った。グリフィンドールの部屋へ行ってもいいのだが、厨房へ顔を見せることにする。ウィンキーはめそめそしていて、ドビーは元気だった。我らが才女ハーマイオニーがついに厨房への行き方を探り当て、突撃したもののウィンキーを元気づけることはできなかった。不当に働かされているだとか、しもべ妖精の権利がどうこうと唱えたところで、ホグワーツの妖精にとっては迷惑であった。
――クラウチか
病気療養中らしい。魔法省にも出てきていないだとか。だというのにたいして騒ぎになっていないのは、国際魔法協力部が重要視されていないからだ。息子が死喰い人だと発覚した高官が流された場所。名誉はあるが実権を持たない左遷先なのだから。
階段を下っていき、玄関ホールへ降りる。左側のドアへ向かおうとして、正面扉が開いた。ぽたぽたと滴を垂らし、入ってきたのはクラムだった。十二月半ばで、当然ながら外は寒い。一体なにがあったのか。礼儀正しく視線をそらそうとして、クラムと眼が合ってしまった。そのまま数秒沈黙が続く。
「……野郎で見つめ合う趣味はないんだが。ビクトール・クラム」
滑らかなブルガリア語に、世界的クィディッチ選手が組んでいた腕を解いた。その隙にウィスタは続けた。
「紅茶でも飲まないか。軽食付きだ」
◆
「部外者に対して親切すぎないか」
厨房、暖炉の前。急遽用意された卓に着き、クラムはぼそりと呟いた。箒に乗っている時とはまるで別人だ。いささか猫背だし、著名人が纏う雰囲気というのか。ああいったものがないのだ。
ウィスタはスコーンを手で割った。エリュテイアは先に帰した。なんだか野郎同士の会話になりそうな予感がしたのである。
「あんたたちは客人だ。あんな濡れて青い顔されてたら、困る」
相も変わらず屋敷しもべたちの腕は確かだ。熱々で、冷たいクリームを載せて食べるとまた美味しい。
「僕は君が……悪いやつだと思っていた」
「よく言われるよ。死喰い人の息子だとか孤児だとか」
有名人にまで偏見の眼を向けられるのはなかなか困ったものだが、泣いてもわめいてもどうにもならないのだ。昨年までが散々だったので、感覚が麻痺しているのだろう。気にもならなくなってきた。
「てっきり栗色の髪の女の子と……そういう関係かと……」
「ん?」
文脈がつながっていない。会話の流れをぶった切られて眼を瞬かせた。
「ハーマイオニーのこと? ただの友達だけど」
なぜ誰も信じてくれないのか。二人でいちゃいちゃとかしたことがない。疑われる要素はないはずなのだ。
「三角関係だと」
「デマだ!」
「誤解だったのか……君も大変だな。スキャンダルを書き立てられて」
クラムはもはや真っ赤になっていた。ウィスタは尻をもぞもぞさせた。有名人とこんな話をするなんて。
「すまなかった。僕は酷い態度をとっていた」
「別にいいよ」
「……その」
彼女に相手はいるんだろうか。天才と称されるクィディッチ選手が、ただの学生に見えた瞬間だった。
ウィスタはクラムと固い握手を交わし、彼を見送った。ロンには気の毒だが、クラムのほうが行動が早いのだからどうしようもない。ハーマイオニー次第だ。まさかちょっと親切にしただけの人間に申し込まれるとは思ってもみないだろうが。
ひとまず一件片づいた……と玄関ホールから階段を上がっていく。すると上からセドリックがやってきた。
「調子はどうだい」
「まあまあだよ」
今日は友達も女子も周りにいないようだ。ウィスタの視線に気づいたのか、セドリックは唇を噛んだ。
「君やハリーに攻撃しないように言って聞かせたよ。すまなかったね」
「いいよ」
今日は謝られてばかりだ。セドリックが悪いわけではないが、少しだけ気持ちが軽くなった。
「チョウからなんだけど」
「うん」
彼女にせっつかれる真似はしていない。ウィスタはパートナーを得たのだから。駄目で元々だったのだが、了承してくれた時は夢かと思った。
「相手のドレスの色くらい訊いておきなさい、だそうで」
セド、チョウの声真似が巧いなあなんて言っている場合ではない。うっかりしていた。パーティの件から眼を逸らしすぎた。ふくろう小屋へ走るか、それともレイブンクロー塔へ突撃するか。逡巡しているウィスタに、セドリックがにやりとした。
「ちなみにクインのドレスは白よ……と承っている」
「ありがとうございますチョウ様と伝えてくれ」
人が悪い。冷や汗を流したではないか。セドリックもチョウと同じく悪戯心があるようだ。
ゆっくりとグリフィンドール塔に戻り、肖像画に合言葉を言おうとした途端、向こうからぱっと開いた。飛び出してきたのはハーマイオニーだ。
「どうしたよ」
「なんでロンってああなの!」
吠えられても困る。ウィスタはロンではないのだ。だけれども、なにをやらかされたのか見当はついた。
「……だってロンだもん」
焦ってハーマイオニーに申し込みでもしたのだろう。女の子からしたら気に障りもする……と思う。
「あー……ただ、嫌いなやつには申し込まないだろう」
「知ってるわよ」
ハーマイオニーは地団駄を踏まんばかりだ。間違ってもそんなことをする魔女ではないが、内心では怒り狂って転がり回っているだろう。ハーマイオニーに自覚があるのかどうかいまいちわからないし、ロンはほぼ自覚していないだろうが。将来的に面倒なことになりそうな気はする。
「いいわよもう」
相手はもういるのだもの。茶色の眼は燃え上がり、声には固い決意が滲んでいる。ウィスタは頭を振った。もうどうとでもなれ。
ロンはパーティで敗北感を味わえばいいのだ。
「我が一族は、本当に」
仕方あるまいなあ。くつくつ笑う『魔法騎士ローラン』をにらみつけた。玄関ホール階段近くにかかっている肖像画の一枚である。
「これは学校行事ですよ」
舌打ちしながら返せば、さらに笑われる。クリスマス当日夜。玄関ホールは人でごった返している。待たせるわけにもいかないので早めに到着したのだが、レイブンクロー塔まで迎えに行くべきだったか。
――いや
迎えに行って、エスコートして……無理だ。そんな気障ったらしい真似なんて。意識して呼吸を遅くする。そうだこれは学校行事なのだから断じて。絶対。デートなんかじゃない。パートナーが必要だったからだ。クインだって学校行事だから受けただけだ。今朝、ふくろうが届けてくれたプレゼントが、銀色の獅子のブローチで、眼がよりにもよってクインの藤色の双眸そっくりなアメジストだったのも偶然だ。
「……他家と違って一途で不器用ゆえなあ……」
はあー、とため息が聞こえたが無視した。親戚の子の恋愛模様をうきうきしながら見守るおっさんかローランよ。
壁にもたれかかり、ドレスの裾がひらひら踊る様を見ながら、曾祖父から正装一式ともに送られてきた書き付けを復唱する。ひとつ女性を待たせるなかれ、ひとつ恥をかかせるなかれ。ひとつ……。きっちりした字でずらずらと注意事項が並べられていた。学生時代曾祖父はモテていたのだろうか。曾孫本人より気合が入っていないか。ちなみに父からは特になにも無かった。プレゼントはもらったけれど。手紙には「こういった行事で何事か起こそうとする輩がいないとも限らない。パートナーを全力で守るべし」と書かれていた。過去に父の身になにがあったか訊いてみたいものだ。単に思考がマッドアイと似ているだけなのかもしれないが。いや、そもそもリアイスとはそんなものだった。父だって結婚してもはやリアイスであろう。なぜか知らないが夫婦別姓だけれども。
人混みをみるともなしに眺めていると、とある一点に視線が吸い寄せられた。
――偉大なるゴドリックよ我を助けたまえ
白金の髪はパーティ仕様に編み上げられ、ドレスは白……もとい氷を幾重にも重ねたような、不思議な色合いだった。ウィスタは服がどうこうとか髪がどうこうなんてよくわからないが、ともかくもパートナーが……パートナーが……抜群に……綺麗なのはわかった。
「待たせたかしら」
「ちっとも」
十五分かそこら待ったことなんて匂わせない。平然として見えることを願うしかない。心臓が暴れ回っている。視界の端でチョウがセドリックにすがりつき、肩を震わせていた。泣いている? いや、あれは笑いをこらえ切れていないだけだ。ついでに彼女たちの近くにはフラーとロジャーがいた。フラーはにっこりしている。人の恋模様をみるのが楽しくって仕方がないわと顔に書いてあった。あんたは俺の姉か?
ウィスタは礼儀作法を叩き込んでくれた面々に心から感謝した。クインの前で無様なんてさらせない。
「行こうか」
手を差し出す。ほっそりとした手が重ねられた。
小さい手だ。己の傷跡だらけのそれとは違う。
――育ちが違うのだ
大事に育てられたお嬢さんだ。ウィスタのような野蛮な男とは違って。
手を引いて人波を抜ける。大広間に入って一息つけば、ウィスタ様、と声をかけられた。
「エリュテイア。そっちがパートナーか」
薄青に、銀の糸でリエーフの家紋『盾に白百合』を縫い取ったドレスを纏い、ウィスタの従者は軽く膝を折った。名門はたいていが家紋を衣装に入れるもので、ウィスタの正装も黒に、これまた黒に輝く糸でさりげなくリアイスの家紋『剣に蔓薔薇』が縫い取られている。もちろん獅子紋も欠かせない。
「三年生のルーナ・ラブグッドです」
「なるほどこの子が硝子の靴の」
思わず漏らせば、皆にきょとんとされた。そういえばこいつらは魔法族だった。マグルの童話なんて知らないか。
「わたしの靴は■■■の革でできてるんだよ?」
何の革だってと聞き返そうとして、エリュテイアがこっそり首を振った。クインが耳元で囁く。
「子どものお話にでてくる魔法生物なんだけどね」
実在は確認されていないのよねえ……らしい。未確認飛行物体を信じる系の女の子とみた。どうやら所属はレイブンクローらしい。あそこは天才も多いが変人も多いのだ。なにせ叡智のレイブンクローだから。
「あ、ジニーだ!」
ルーナが入り口に向かって手を振った。ジニーはネビルと一緒だ。そして続々と生徒たちが入ってくる。クラムが現れた。同伴しているのはハーマイオニーだ。
「……あーなるほどね……直毛薬はこのためだったのか」
クリスマスプレゼントが思いつかなかったので訊いてみたら「直毛薬」と明瞭簡潔な答えが返ってきた。それならとヘカテ経由でスリーク・イージー社の直毛薬を六本セットを入手して贈ったのである。第七分家は薬学に強く、スリーク・イージーはリアイス家が運営する会社で修行を積み独立したのだ。
「私も使おうかしら」
「いらないだろう」
さらさらだし。思ったままを口にしただけなのだが、クインが言葉に詰まった。ふいと眼を逸らされる。
――なにを俺はしくじったのか
ああ、女の子のことはよくわからない。クロードに講義してもらえばよかった。
「ここにいたのね。皆、こんばんは!」
クラムを引っ張るようにやってきて、ハーマイオニーが朗らかに言った。根は変わっていないようで安心だ。クラムも英語で簡単に挨拶する。
「無理してこっちに合わせなくてもいいよ」
ブルガリア語でクラムに告げれば、彼は首を振った。ハーマイオニーとしゃべりたいからがんばるんだそうだ。健気である。
大広間には円卓がいくつも置かれていて、生徒は好きに座っていった。ウィスタはクインのために椅子を引いてやり、座らせる。過剰なエスコートなんていらないわよと言われたらどうしようかと思ったが、今のところは大丈夫なようだ。曾祖父の書き付けには「パートナーを立てるべきだが、臨機応変に対処せよ」と大変難しいことが書いてあった。無茶である。
上座にはダンブルドアをはじめとした教師陣。あとはルード・バグマンと……ウェーザービーではない、パーシーがいた。クラウチの代理だろう。入省一年目の新人を代理に立てるとはどういうことか。
あれこれと気になってそっと周りを窺う。ハリーとロンを発見した。どうやらやつらは揃いも揃ってパートナーのことはどうでもいいようだ。まったく集中していない。ウィスタなんてパートナーの申し出を受けてもらって幸せいっぱいもはやひれ伏して感謝……いいや、正気に戻ろう。
深呼吸して気を落ち着かせているうちに、照明が落ちた。中央の、開けた空間がぱっと照らされる。代表選手の出番である。誰かが指笛を吹く。どうせフレッドとジョージだろう。
「じゃあ行ってくるよ」
隣の卓に座っていたセドリックがウィスタに手を振った。爽やかである。チョウとともに去っていった。ハリーがロンにせっつかれ立ち上がり、パーバティに引きずられるようにして中央に。クラムとハーマイオニーも、フラーとロジャーも中央に進み出た。ロジャーのやつ、フラーにでれでれしていたのに今は真顔である。みっともなく鼻の下をのばしていられないのだろう。
「どうかパーバティの足を踏まなければよいのですが」
「エリュテイア、スパルタだもんね。でもわたしも踊れるようになってよかった」
なんともほのぼのした会話だ。確かにエリュテイアはスパルタだった。男子はウィスタがしごいていたのだが、結局エリュテイアが仕上げをした。ネビルも踊れるようになるくらいすごかった。
ゆったりした曲が流れはじめ、代表選手とパートナーが踊り出す。誰も失敗していない。よかったよかったと胸をなで下ろし。試練が迫っていることを思い出した。
手が汗で湿っていないだろうかと余計な心配をしつつ、立ち上がる。曾祖父に仕込まれた、古式ゆかしい魔法騎士の礼をとった。
「踊っていただけますか、ご令嬢?」
クインが優雅に片足を引き、膝を折る。
「喜んで」
中央に滑り出て、踊り始める。曲は社交の場でよく流れる、初歩的なものだ。足を踏むこともなく、クインを巧くリードできてほっとした。そのうち曲が切り替わる。調子がはやくなり、だけれども息はぴったりだった。
ふっとダンブルドアとマダム・マクシームの姿が眼に入る。ふくよかなマダム・マクシームは流れるように足をさばき、まさに淑女の鑑であった。ダンブルドアと眼があった。柔らかな笑みを送られ、今の状況を思い出し体温が上がる。そりゃあダンブルドアとは遠戚だけれども、あれほどうれしそうにされるとなんだか気まずいやら面はゆいやら。
緊張の時間が終わり、それぞれ好きに踊ったり休憩したりした。ウィスタとクインは卓に戻った。身体が火照って仕方ない。
「待っていてくれ」
バタービールでもなんでもいい。とにかく喉が乾いていた。クインの好みを訊いておけばよかったなと思いつつ、林檎ジュースが入ったグラスを二つ確保する。戻ってみれば、マルフォイとパンジーがなぜだかクインに話しかけていた。早足になる。もしかしたらウィスタのせいでなにか言いがかりをつけられているのかもしれない。
ぱっとクインが立ち上がる。綺麗な孤を描いて、マルフォイの横っ面を張った。
「マジか」
ほとんど走るようにして、割って入る。クインを背に庇うようにした。
「令嬢が聞いてあきれる。そいつとお似合いですよ」
「あなたこそ、己を恥じなさい。こんな社交の場で――」
私のパートナーを侮辱するなんて許さない。案の定であった。
「俺は慣れてるか――」
「もう一発やらせなさいウィスタ。今度はグーよ」
「……行こう」
クインの腕をひっつかむ。背後で「野蛮人ども」と言われようが構っていられない。転がるように薔薇園に出る。妖精たちがふわふわと舞い、薔薇が香る幻想的な光景も、心を鎮めてはくれなかった。
どうにかこうにかクインを座らせる。グラスはいつの間にかどこかへいってしまった。
「俺のことで怒らなくていいんだ」
クインの隣に腰を下ろす。彼女は片手で顔を覆っていた。侮辱には慣れっこだ。マルフォイなんて時と場合をわきまえない野郎なのだし、侮辱の内容も察しがつく。
「育ちのことは――それに俺は、」
誘うのではなかった。パートナーなんて同伴しないほうがよかったのだ。真実はどうであれ、ウィスタは犯罪者の子だ。それにリアイスで、ともかく他人にどうこう言われやすい。しかも庶民育ちの『傷物』だ。
「平気な顔をいていられるものですか」
押し殺した声だった。クインのこんな声など、いいや怒った様子など初めてみた。胸の底に痛みがはしる。せっかくのパーティなのだ。笑っていてほしかった。
――やっぱり俺はふさわしくないのだ
「だから……」
「私が軽々しく受けたと思う? あなたの育ちがどうだって言うの。どうであれ受けたわよ」
ん、とか、な、とか音の残骸しか喉から押し出せなくなった。
――待て
クインがウィスタの出自を知っているのはわかっていたが。つまり。
まったく平静を装えなくなった。顔が熱いのがわかる。鏡なんて怖くて見られない。クインは片手を下ろす。ほのかな明かりでも彼女の顔は薔薇色に染まっていた。
今回きりだ。迷惑なんてかけられない。パーティだけで十分だ。そう思うべきだ。友人であるべきだ。踏み出しては……いけないのに。顔をゆがめる。心が逸る。
手が勝手に動き、彼女の繊手をとった。
「クイン……俺でよければ――」
いけないと思うのに、唇が動く。
そうして、彼女が笑顔になった。
クリスマスの魔法は、ものの数日で解けてしまった。グリフィンドール生だろうがスリザリン生だろうが課題が山積みなのは変わりなく、休暇を満喫するどころではなかった。ウィスタは数日どころか翌日には浮ついた気分は消えていて、いつもと変わりない。
――勢いで突っ走りすぎた
どうかしていたのだ。苦い後悔と思わぬ幸運。矛盾した感情が内心で暴れ狂い、しかも誰にも吐き出せずに死にそうな気分であった。妙な記者がいるというのに、ハリーの恋敵の黒髪の御曹司に恋人登場なんてネタを提供するわけにもいかない。さすがのリータ・スキーターも、ウィスタがシリウス・ブラックの息子だとは書き立ててはいない。知っている者は知っているし、ほじくり返しても旨味がないのだろう。その点だけはありがたかったが、なるべく目立たずに、幸せいっぱいの顔なんてしていられないのだ。
クインが正気に戻って「お別れよ」と言うかもしれないし、そうなったら泣く泣く別れるしかないだろうし……別れるしか……ウィスタは生来的に後ろ向きな考え方をするのだ。楽観的なロンとは違うし、暴走するオリバーとも違う。ハリーはそんなにこじらせていないだろうが――言っちゃなんだが、孤児かつ生き残った男の子であるから――世間的な評判は同情に傾いているのだし。ウィスタはリアイスの子、リーンの子で、シリウス・ブラックの子というものすごくややこしい出自なのだ。こじらせもする。
「保存環境的にはいいんだろうが」
寒いなあと呟きつつ、廊下を進む。気分が上向くこと間違いなしの、地下である。湿気その他がなく、温度の揺らぎもないので諸々の材料保存にはうってつけ。魔法薬学教室があるのもうなずける……のだが、骨身に染みる寒さだった。
マフラーを巻きつける。モリー小母が編んでくれたものだ。柔らかく、けれどもしっかりした毛糸を使っていて、色はほんの少し紫がかった青だった。手紙には「紅は見飽きているでしょうし、眼の色に合わせたのよ」と書かれていた。優しい小母である。ただ、優しいのはいいのだが「ハリーと争ってはいないでしょうね」だとか訊かれたのは辟易した。少し疑われているようだ。礼とともに記事を否定する返事を送り、ついでにチャーリーにも手紙を送り「あの記者はインチキなんだよ。小母さんを説得して」と助けを求めた。小母さんはいい人なのだがちょっと純粋なところがあるのだ……。小母や小父に邪険にされたら、ウィスタは立ち直れない気がする。
ため息を吐いたとき、華やかな紅と金の光が宙に現れた。思わず立ち止まると、肩に重みがかかる。
「……なにかのお使い?」
頬を軽くつつかれる。不死鳥のフォークスである。どうやら遊びに来ただけらしい。亜のほうでは霊鳥だとか言われる神秘の生き物なのだけれど、これほど気軽にやってきて、肩に乗られていいものか。
「聞いてくれよ」
友人はいるが腹を割って話せないウィスタは、不死鳥に愚痴った。
「あることないこと言われるし、莫迦にされるし、俺それなりに頑張ってるのに親がどうこうだし……」
踵を鳴らし、進んでいく。悲観的な気分まっしぐらだ。今日はどうかしているのだ。少し浮かれた反動なのだろう。
「……たぶん」
母親がいれば、ここまで言われなかったんだろうなあ。口にして虚しくなる。リーン・リアイスはとっくの昔に逝ってしまったのだ。霊にもなってくれなかった。高名な闇祓いの庇護があれば、ウィスタはまだマシな人生を歩んでいたろう……。
俯けかけた顔を上げる。前方から女の子が二人、歩いてくる。どちらも黒髪で。片方はスリザリンのネクタイ、を。
「なかなか調合が……トリカブトの量を増やしすぎると拙いし」
物憂げな顔と声。眼は群青色。黒髪は長く絹糸のようだ。紙束を持ったまま、隣に話しかけている。
「中和するにしても薬価を抑えるには――」
スリザリンのネクタイを締めた女の子が――いいや、女が返す。凍りついたように立ち尽くすウィスタにも気づかない。双眸は紅、いいや濃い紅藤……赤紫というべきか。ウィスタの紅色もそうだが、珍しい色だった。
二人は議論しながら通り過ぎていく。瞬いた時には消えていた。
不死鳥に髪を引っ張られ、のろのろと足を踏み出した。寒気がひどくなった。
――あれは母親だ
一緒にいたのは友人なのか上級生なのか。ともかくもウィスタは過去を視たようだった。又従姉のクロードが未来を視るのだから、ウィスタが過去を視たっておかしくはないだろう。だが、過去にしろ現代にしろウィスタのような異能者はいない。記録の上では。たいていが未来視や預言者であったし、ナイアードのような感知系統の異能者であった。
悶々と考え込みながら、ようやく目的地に到着した。扉をたたいてするりと入れば、年がら年中不機嫌なスネイプが、眉間に皺を立てていた。
「礼儀を知らんのかね」
「休暇中に罰則を科すひとに対する礼儀を?」
考える間もなく言い返し、凶悪な視線に射抜かれ、渋々マフラーをとった。ひとまずフォークスの首に巻いてやる。
スネイプは机に向かいながら、ちらとフォークスを見る。そして眼をそらした。魔法生物持ち込みは礼儀に反しないようだ。
「ありがたく思え。薬品庫の整理で手を打ってやる」
「マルフォイの価値はそれくらいだと」
名門のスリザリン生を殴ってもこれくらいで済むなんて安いもんだ。スネイプの基準はよくわからない。
「――落第させてやろうか」
「できるものなら」
いくら落第させようとしても無理に決まっている。スネイプ以外の教職員からは、まあまあ評判がいいし、特にマクゴナガル、フリットウィック、スプラウトの仲良し三人組とは良好な関係を築いている。彼女らはウィスタの実力を知っているのだし、妙な点数操作などできない。スネイプだってわかっているはずなのに、こうして軽い脅しをかけてくるのだ。大人気ない。
腕を組む。声が震えそうになった。スネイプが怖いのではない。ただ――なぜか凍えているだけだ。暖炉には火が踊っているのに。フォークスもそばにいるのに。
「それで、スリザリン生贔屓の教授にお訊きしたいのですけど」
「早く行け」
スネイプの唸りも受け流した。
「俺のおふくろは――」
「リアイス」
「……幻視や過去を視ていましたか」
音を舌に載せ、囁きを紡ぐ。スネイプが机の上で指を組んだ。
「我が輩に訊くことか」
「かなり厭なんですが、あんたにしか訊けない」
ホグワーツ在学中、一緒に過ごした時間が長いのは、たぶんあんただ。一拍、二拍……沈黙が続く。二人はにらみ合い、不承不承とばかりに口を開いたのはスネイプのほうだった。
「我が輩が知る限りはない。あれは第六感に優れていたし、戦闘力は随一だったが……異能はなかった。お前は過去を視たのか」
「母と、友人――上級生を」
なんとなしに似た二人だったのだが、それは言わないでおく。なにせ黒髪なんてたんといるし、彼女たちはすらりとして華奢だった。気のせいだろう。
「黒髪に……紅藤の眼の」
いつもの深く冷ややかな声とは違った。隠しきれない動揺が滲んでいる。まじまじとスネイプの顔を見る。無表情であるが、眼だけは鋭い光を湛えていた。
あの令嬢をご存じで。そう訊こうとしたその時、柔らかな声が滑り込んできた。
「ねえトム」
いくらスラグホーン先生がいいとおっしゃったからって、持って行きすぎなんじゃないかしら?
棚の前に立っているのは、白金の髪の女生徒だ。鮮やかな群青の双眸を、一心に向ける先には――。
「先生は贔屓がすぎるけど、助かるよね」
紙袋を抱えた、トム・リドルがいた。目眩がする。なぜどうしてここに。二人を視ていたくなかった。グリフィンドール生とスリザリン生なのにどうしてそんなに仲が良さそうにしているのだ。
「僕が孤児だからかもしれないね」
いかにも悲しげにリドルが言う。そっと、彼の肩に女生徒が――アリアドネが手を置いた。
「私はわかっているわ。貴方がとびきり優秀だって。だって貴方、は」
慰めるような、励ますような声音が、ひび割れていく。砕けて、再構成される。異質なものへと。
「アリアドネ?」
リドルが呼びかける。アリアドネは頭を振って、ひたりとリドルを見据えた。どこか遠くを、いいや確かにある何かを視ていた。
「……偉大な力を秘めた者。野心溢れる者よ。路を誤るなかれ。死からの飛翔と名乗り、暗がりを進めば――待つのは破滅のみ」
正道を往け。男でも女でもない声が告げ、器は瞼を閉ざす。同時にウィスタの意識もぷっつりと途切れた。
「なぜに我が輩が責められねばならんのですか」
夕刻の校長室。セブルスは机――校長から距離をとり、立ったまま鬱屈を吐き出した。わけのわからないことを言って倒れた少年を、急ぎ医務室に送り届け、校長室に参じたのだ。ハリー・ポッターとウィスタ・リアイスに関することは報告せよとのお達しなのである。
「何度も言っておるがの。誤解を生むような言動はやめなさい。かわいがれとは言わんが、良識的に振る舞えんのかね?」
「やつらがあの顔面をしている限り無理です」
「そんなことだから疑われるのじゃよ」
仕方がないのお。校長は嘆息する。セブルスは舌打ちした。この議論はどうしたって平行線だ。セブルスは考えを曲げる気はない。
「……過去を視た、と言っていました」
あからさまな話題転換に、校長は否を唱えなかった。ライトブルーの双眸を研ぎ澄ませ、セブルスの一挙一動を視界に収めている。好々爺然とした面影は鳴りを潜め、かつてグリンデルバルドを倒した怜悧な英雄としての側面が立ち上がる。
「先祖返りと言うべきか……」
「魔法族の血が濃く……なおかつ……」
なおかつ。言葉に詰まる。よろめき、膝を突き頭を振っていたリアイス。親友の忘れ形見。青白い顔でどこかを視て呟いた。
アリアドネ、なんであんたは、リドルと……親しいんだ。
そうして気を失った。
「条件的には彼女と似ております。彼女もまた時を視る者の血を受け継いでいた。父系、母系双方から」
「今更彼女のことを蒸し返す輩もおらぬ。特にリアイスは」
校長が鼻を鳴らす。セブルスも同感だった。なにせ彼女が死んだ時、リアイスは狂喜した。ああやっと滅びたと。忌まわしき者に裁きが下ったと。たった十七歳の娘の死を言祝いだ。そしてその『功績』でセブルスの親友は階を駆け上がったのだ。親友の内心など知る由もなく。
――姉妹のようだった
いや、彼女が姉のように振る舞っていた。意識してかどうかは知らない。ただ守ろうとしていたのだろう。親友もよく懐いていた……だというのに。惨い最期を迎えた。
心臓が爆ぜて死んだの。私が人質にとられたから。もしかしたら、私のせいなのかもしれない。どうして。
親友はひどく取り乱していた。荒ぶる感情が眸を染めていて。
「未来視の血が影響しているだとか、忌々しいブラックの血筋のせいだとか、どうとでも誤魔化すでしょう」
力の来し方などいくらでも言い繕える。どうも過去視を発現させたのは最近のことではない。養父のルーピンも莫迦ではないし、アシュタルテも同じくだ。のらりくらりと言及は避けてきたのだろう。慎重に慎重に。
「厄介なものですな。校長……いつまでも避けられる問題ではありませんぞ」
「わかっておる」
わかりたくない、と聞こえた。校長もアシュタルテも頭が痛いことだろう。気苦労は察してあまりある。セブルスとて一応配慮して、リアイスの搬送は数分遅らせたのだ。瞼をめくって確認し、それから医務室へ行くだけの良識はあった。
「セブルスよ。君は……自分が■■■■■だと告げられて、正気を保っていられる自信があるかね。あまりに……」
「いつかは知らねばなりません。あれを真綿でくるむように育てたいのなら、記憶を消してマグルとしての生を送らせるしかありますまい。そしてそれはできない……なぜならあれはリーン・リアイスの息子なのですから」
流れるように告げながら、親友と彼女を思い浮かべる。あの二人は時折双眸の色が変わった。片方は群青から深い紫色に。片方は青さを増した。
そうして、親友の息子もまた。
紫に色を変えていたのだ。
◆
ぶっ倒れ、気づけば医務室だった。それはいい。もう慣れてしまった。四年目も倒れるとはなんということだろう。昏倒している間に曾祖父がやってきたらしく――どうやらダンブルドアと話があったようだ――鴉を置いていった。それからが大変だった。ハリーたちは「やっぱどこか悪いんじゃ」だとか「スネイプのせいだね」とか「決め付けはよくないわ」からの「裏がとれればしかるべき処置をしましょう」だとか大騒ぎだった。さりげなくエリュテイアが怖いことを言っているが流した。流すしかない。スネイプのことは嫌いだが、冤罪を着せるつもりもないので「体調を崩して倒れただけだ」と言い切った。嘘ではない。元々悪かったのだろう。そこに突発事項が重なっただけだ。
熱なんてすぐ下がりますと寝台から降りようとしてはマダム・ポンフリーに止められた。結局一晩寝て起きたら元通りだった。
そうこうしているうちに休暇最終日となり、とある筋から情報が入ってきた。
「……俺をだしにハリーを盛り上げるのは止めて……」
ダンブルドア叩きか。手紙を寄越したのはルキフェルだった。リータ・スキーターが特ダネをぶち上げようとしている。ハグリッドが半巨人で、そんなものを雇っているダンブルドアはどうかしている……という筋だ。
「見る者が見ればわかりますよ。半巨人ということは」
いままで皆見て見ぬ振りをしていたのでしょう。エリュテイアは肩をすくめた。談話室の隅で、誰もウィスタたちの話を聞いていない。ほとんどが雪合戦のために出払っていた。ハリーたちも出て行っている。箒まで持ち出して相当激しい戦いになるだろう。
「で、あいつはそういう暗黙の了解をぶち破ったと」
「ネタに困ったのでしょうね」
我が君のことを持ち出せないものですから。あんな女はとっとと無人島にでも左遷すればよろしいのです。平坦に、しかし激情を秘めて従者が言う。お前それは流刑だろうよと思ったが反論しなかった。
下衆い記事が売りのスキーターは、その舌鋒を鈍らせるしかないのだ。なぜならばスリーク・イージー社やほかの企業が広告をぶち上げたのである。我が社の製品は、成年にも達しておらず、なおかつなんの罪もない子どもで金銭を儲ける者には売りません等々。心のまっすぐなみなさまに向けて愛を発信どうこう。日刊予言者の数ページにわたってずらずらと大々的に並び、リータの記事は小さくなった。日刊予言者新聞社も縮こまった。
なぜならばスリーク・イージー社やその他企業はリアイスで修行を積み大成している。いい加減にしろという威嚇である。どうもハーマイオニーが熱心に直毛薬の感想や意見を書き綴り、スリーク・イージー社に送ったのも効いたようだ。あんだけ長々とお客様のご意見を書かれて応援されたらほだされるだろう。ウィスタやハーマイオニーへの風当たりは弱くなった。今度広告主たちの商品を買いまくることにする。
「なんかなあ、エリュテイア」
「どうしました」
「日刊予言者新聞、リアイスで買収したら丸く解決しないかな」
「大変よい考えかと存じますが……新聞社を立ち上げて予言者新聞を屈服させるほうが浪漫がありませんか」
かなり魅力的な意見である。人材を引き抜いて弱体化させて、あることないこと吹聴した賠償責任をどうこうだとか、やりようはありそうだ。
考えを巡らせているうちに、エリュテイアが囁いた。
「貴方様が動かれずとも、獅子公方が本気になればやりますでしょう」
「否定できないのが怖いな」
ハグリッドが半巨人だという噂はあっという間に広がり、学期が始まっても彼は小屋にこもっていた。代役の老魔女の授業は面白味はないものの悪くはなかった。
「あたしはあくまでも代役だよ」
子どもたちの相手は疲れるからねえ。ホグワーツの教師という魅力的な職はどうでもいいのか、老魔女はざっくばらんだった。普段は一角獣のブリーダーをしているらしい。
柵にもたれ掛かったハリーたちとウィスタ、エリュテイアは、老魔女から林檎をもらってむさぼり食った。ロンなんて一瞬で食っていた。消失呪文を使えたのかと思うくらいの早業である。
「半巨人だっていうのは気にしないんですね」
水を向ければ、舌を鳴らされる。
「あんた、親がどうこうで厭な思いをしているだろう? ハグリッドの母親はどうしようもないが」
老魔女は周囲を見回し、ウィスタにだけ囁いた。
「半巨人ってのは、巨人が母親で人間が父親なのさ。身体の大きさが違うからねえ。人間の女は死んでしまう」
強いて考えないようにしていたが、そういうことなのだろう。確かにそうである。しかも男は拉致されるらしい。
「ハグリッドのお父さんもハグリッドも被害者じゃないですか」
「だろう」
だからものの道理がわかった連中は、下手に半巨人を叩かないものさ。
なかなかにどろどろした話を聞いたあと、ハリーたちに「なにを言われたのさ」と問われても誤魔化した。老魔女と別れてハグリッドのところへ向かう。案の定扉が閉まっていたが、ウィスタが杖を取り出し――振ろうとしたら、ハーマイオニーが鍵を解除した。
「うわあハーマイオニーだめだよ! いきなり煙突飛行で訪問とか姿あらわしで屋内にとかくらいだめ!」
ロンが魔法界の常識を説く。
「手が滑ったの」
「うん僕にもそう見えたよ」
ハリーとハーマイオニーが手を組んだ。ロンはあーあと言ってあきらめ、ウィスタはついていくだけで精一杯だった。ただ一人、エリュテイアだけが冷静だった。
「突然の訪問をお許しくださいね。ハグリッド」
「……お、おう……おまえさん、マクゴナガル先生みたいな話し方を……いやリエーフだものなあ……」
ぐずぐずと泣いていたらしいハグリッドは、涙も引っ込んだらしい。無礼極まりない五人を招き入れ、お茶を出してくれた。
「俺は迷惑になるから教師を辞めようと思――」
「ダメ」
ハリー、ロン、ハーマイオニーが同時に言った。ウィスタはハグリッドに助けを求められたが無視した。
「だって半巨人――」
「ダンブルドアが辞めろと言ってないし、犯罪行為を……してないし、むしろあんたに迷惑かけてるのは世間だ」
「だがなあ、大人の事情ってやつが」
実は犯罪行為をしているのだが、そこは都合よく忘れよう。ハグリッドのことを熱烈に好きなわけではないが、こんなことで辞職もおかしいではないか。
「じゃああんたは、俺がシリウス・ブラックの息子だからって死んで当然だとか、母親がふしだらだとか言うわけか」
「誰だそんなこと言ったやつは! お前さんは生まれてきただけじゃろうが!!」
ハグリッドの顔がみるみるうちに真っ赤になる。じんじんする耳を抑えながら「去年の事件のあいつらに」と返した。
「なんと……なんて……あんまりじゃ……襲われただけでも惨いというのに。なんちゅうやつらじゃ」
「――というわけで、ハグリッドも似たり寄ったりの理不尽な状況なんだけど?」
衝撃的すぎたのか、ハグリッドがへなへなと崩れ落ちた。同時に、怒声でひびが入っていた窓が割れ、破片が落ちた。
暴言を吐かれ慣れているせいで、与える衝撃を計算し損ねたらしい。ハリーたちまで真っ白になっていた。
「今すぐそいつらを始末しに行きましょう」
一番最初に立ち直ったのはエリュテイアだった。ウィスタは忠実なる従者の腕を掴んで、椅子に引き戻した。
「つまりね、僕らはハグリッドにいてほしいんだよ」
ダンブルドアが言ってたんだけどね、どう生まれたかじゃなくてどう生きたいかだし、選ぶのが大事なんだ。
ハリーが一生懸命に言い募る。ウィスタはハグリッドの顔を見て、安堵した。なんとか思いとどまってくれそうだ。
おんおんと泣くハグリッドをハリーたちがなだめている傍らで、エリュテイアに囁く。
「いざとなりゃ、秘密の部屋事件の冤罪持ち出してどうにかしようぜ」
「ダンブルドアに手抜かりはございませんでしょう。情のある方ですしね」
白い手が、割れた窓を示す。真っ白い校庭を突っ切ってくるのは、ダンブルドアその人だった。