【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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四十話

「……僕は」

 ハリーを信じる。生き生きとした緑に覆われた丘を下りつつ、ビクトール・クラムが宣言する。クィディッチをしているときのような、精悍な横顔を眺め、そっとたしなめた。

「誰が聞いているとも知れないんだぞ」

「盗聴防止くらいしているものね?」

 ダームストラングってけっこう物騒って聞いているし。フラーが言えばクラムは無言で頷いた。

――妙な面子もあったもんだ

 ウィスタはそっとため息を落とす。なぜにフラーとクラムに挟まれているのか。片方はボーバトンを卒業した優秀な魔女で、ついでに人間離れした美貌。中身は小悪魔たまに高飛車。クラムは言わずもがな、世界的クィディッチ選手。ダームストラングを卒業した。二人とも英国にいるはずがないのだ。フラーはグリンゴッツに就職し、ビルが英語の個人教授をしているのだそうだ。クラムは本当ならばクィディッチに邁進しているはずなのだけど、一旦ブルガリアに帰り、また英国にやってきた。

――君のところの魔法大臣から英国に招待されたんだ

 とあるパーティでクラムと再会し、会場で談笑しつつ情報交換したら。

 ファッジは僕が余計なことを言わないか、ハリーを信じているのかどうか気にしていて。つまり懐柔だ……。あの人はバカなのか。遠慮ない発言に赤面した。ついでに「ハリーのことも散々叩いているようだし、どうなっているんだ」とお怒りだった。

 こっそり「それだけじゃないぜ。マグルの従兄弟の前で魔法を使ったって退学処分にしようとしてるみたい」と耳打ちすれば「最悪だな」と同情された。さて話はこれで終わらずとあるお願いをされたのだ。

「かわいそうに。一人息子を亡くしたのに、魔法省は事故って言い張るんだから」

 フラーがディゴリー家のあるほうを振り返り、ぽつんとこぼした。彼女もクラムも、ウィスタも……後ろからついてきているエリュテイアも喪服である。

――セドリックの墓を詣でたい

 クラムの『お願い』であった。気にかかっていたが、外国人だし僕ひとりでふらふら行くわけにもいかないし。ウィスタは頼みを引き受けて、夫人に手紙を書き……エリュテイアが気を利かせてフラーに連絡を取り、こうして一般人と代表選手二人と護衛という珍妙な面子での訪問が成立したのだ。

「不誠実だ」

 フラーもクラムもそりゃあ怒っている。一年近く英国に滞在し、英国人の大人気なさをみてきたし、三校対抗試合でどんな安全対策がとられていたかも肌で感じていた。裏で死喰い人が暗躍していたのも、ヴォルデモートが復活したのもダンブルドアの口から聞いているのだ。

 残念ながら大臣は知らぬ存ぜぬセドリックは事故だったし、ハリーはうそつきだで押し通すつもり満々だった。ハリーもダンブルドアも取り除きたいのだ。そうして千載一遇の機会が巡ってきた。守護霊の呪文を行使した咎でハリーを退学処分にしようとし……ダンブルドアに突っぱねられた。魔法省は逮捕権等々は持っているが、ハリーはホグワーツの所属であり、ホグワーツは独立機関である。つまり、たとえ犯罪者であろうとダンブルドアか理事会全員がうんと言わなければ無理なのだ。さすがに法律を堂々と無視するわけにもいかず、ファッジは引き下がり、魔法法執行部長官による尋問で手打ちとなっている。

――情けないやつ

 この一言に尽きる。仮にハリーがうそつきだったとしてもやり方が汚いし、新聞に悪口を書かせるなんてありえない。吸魂鬼に関しても否定するだろうが、現在第五分家の連中が捜査中だ。アズカバンに一族を配置しているのだ。吸魂鬼とは意志の疎通が難しいし、実数を数え、調査するのは骨が折れるだろう。やってもらうしかないわけだが。魔法省は信用できない。

「フラーはともかく、クラムは早めにブルガリアに帰ったほうがいい」

 巻き込まれる。言うまでもなく、クラムは肩をすくめた。

「僕はクィディッチがしたいだけなのに」

 有名人も大変らしい。

 ◆

 フラーたちと別れ、ウィスタとエリュテイアはロンドンに足を向けた。

 ブラック邸に顔を出せばモリー小母が張り切って料理をつくり、父は「ハリーを迎えに行きたかった」とぶつぶつ言っていた。

「邸に閉じこめられなかっただけいいだろう?」

 食堂の椅子に腰かけ、父をたしなめる。ダンブルドアは父を押し込めておきたかったらしいが、なんとウィスタの曾祖父、獅子公アシュタルテが待ったをかけた。ダンブルドアも曾祖父も無表情で、しかし眼は鋭く光っていて、猛獣二匹のにらみ合いの様相であった。ダンブルドア、お前は時たま人の扱いが下手だな云々、これは私の孫娘の婿であるし、リアイスの人間だ。偉大なるダンブルドアの言を斬って捨てる男、アシュタルテ。ウィスタもとんでもない曾祖父を持ったものだ。

「ああ……なんでリーマスなんだ」

「うるさいよ」

 放置するしかない。どうせハリーが飛ぶところをみたかったとかなんとかだろう。

「お宅拝見をしておきたかったのだが」

 娘の嫁ぎ先に乗り込む父親かあんたは。言いかけて、首を振った。

「純血魔法族のあんたが訪問してもなんにもならないよ」

 くだらないやりとりをしている間に、布を引きずるような音がする。

「リアイスとの混ざり子など……嘆かわしい……」

 視線を滑らせるまでもない。屋敷しもべのクリーチャーだ。年寄りで、汚いぼろ布をまとっている。ときたま徘徊しては不快感をまき散らすのだ。

 父が冷ややかにクリーチャーを睨む。モリー小母は料理の手を止め――だが、その前にウィスタは立ち上がった。扉口近くにいるクリーチャーのもとへ行き、首根っこをひっつかむ。外にそうっと押し出した。

「純血なんてどっかでつながっているんだ。諦めるんだな」

 それと。

「銀食器やらメダルやら、さっさと隠しておけよ。親父は捨てる気だ」

 丸い眼がウィスタを見上げる。ドビーのきらきらした眼とも、ウィスタの世話係のクラインやその息子の眼とも違った。どんよりとしていて、希望が踏みにじられた眼であり、孤独な眼であった。

「坊ちゃんは」

「なんだ俺を坊ちゃんと認めてくれるの」

「……ブラック家の直系なので」

 もの凄く厭そうに言われた。ここまであからさまだと却って楽だ。

「旦那様の意向に逆らうのですか」

「不要品の処分をしているだけだ。親父は眼に触れるのが厭なだけだろうし、いいだろうよ。親父の操り人形でもなんでもないんだ」

 別々の人間だよ。言い添えれば、クリーチャーは瞬く。不思議そうな顔であった。考えもしなかった、とでもいうような。どれだけブラック家は厳格で息の詰まる場所だったのか。扉をしめようとして、最後に言った。

「俺だって意志がある。お前だって意志がある。それだけの話だよ」

――後に

 己の、ほんの少しの気まぐれから出た言葉を悔やむこととなる。

 

「それじゃ、君たちは何も報せてくれなかったわけだ」

 ブラック家の一室に、尖った声が響く。水を入れた風船のように怒りではちきれそうになっている。ハリーは努めて無表情を保とうとしているが、残念ながら失敗していた。なにせ感情の波のせいか髪はいつもの倍くらいはくしゃくしゃになっているし、低めた声には怒りがありありとこもっているのだ。銀と緑のカバーのかかった寝台に腰かけ、腕を組む。両隣のロンとハーマイオニーがひしと抱きついてきて暑い。

――怖いわな

 ウィスタだってハリーがここまで怒るとは思っていなかったのだ。マグルの叔母夫婦のところに缶詰だったのは悪いと思っているが、必要なことだった。ヴォルデモートが復活した今、ハリーを下手に移動させるわけにはいかず……情報のやりとりも慎重にすべきだった。

「漏洩の心配があるってお前もわかっているだろう?」

「誰がヴォルデモートの復活を見たんだ、誰が賢者の石を守った? 誰がバジリスクを……」

 こぼれた感情が、いいや魔力が窓を震わせる。控えていたエリュテイアが嘆息しながら杖を振った。盗聴防止はすでにかけてあるが、今度は強化の魔法だろう。

――こいつ

 ハリーはこんなやつだったろうか。たいして目立ちたくもないと思っているはずだったし、どちらかというと謙虚だ。よほど腹に据えかねているんだろうが……。

「――ダンブルドアはお前のために骨を折った。いいや折っている」

 腹の底が熱くなる。ついでに眼も熱い。

「お前のためにファッジを制止し、お前のためにたいそうな移送計画を立てて、色々と動いている。マッド・アイだって病み上がりだってのに移送に手を挙げた。俺らに八つ当たりするのはいいがな」

 我ながら冷え冷えとした声が出るものだ。半ば感心しつつ、唇が勝手に動く。

「お前は駄々をこねる子どもじゃないだろうが? 生き残った男の子」

 なんでわからない。吐き捨てそうになって寸のところでこらえる。言ったところで仕方がない。ウィスタとハリーは違う人間だ。ハリーは秘密なんてないし、露見したら殺される心配もない。羨ましいなんて口が裂けても言えない。言ってはいけないのだ。どちらも親を殺されているのだから。

――そして

 ハリーから眼を逸らす。ハーマイオニーたちを引き剥がし、頼りない床を踏む。室から出て行ってトイレに直行した。洗面台に手をついて、思い切り吐いた。喉が焼けそうだ。墓場と倒れたセドリック。復活した闇の帝王。ウィスタの祖父だと言った男。そいつはハリーの両親を殺したのだ。

 まだ死喰い人の息子だったほうがよかった。真実なんて知りたくなかった。

 吐くものも無くなって胃液が出るばかり。喘いでいると、背をさすられる。振り返ればハリーがいた。

「ごめんよ……僕の我が儘だった」

 眉はへの字になり、いささか顔色が悪い。肩を落とし、ウィスタの背をさする。段々と呼吸が落ち着いてきた。眼をつぶって墓場の光景を追い払う。

「いいよ」

 ウィスタもハリーも苛立ち過ぎていた。それだけの話だ。

 吐瀉物を『消失』させ、顔を洗い、ハリーに向き直る。

「あのことは……そのうち話す」

「わかった」

「んで、お前の服をいくつか仕立てておいた」

「待ってわからない。それはわからない!」

 狼狽する相棒ににやりとする。上から下までじっくりと眺めた。相変わらずの冷遇っぷりで、従兄弟のお古らしい服を着ていた。さてはてダンブルドアはハリーの叔母夫婦に養育費その他を流していたのか否か。いや、流していたしても実子の学費その他に消えている可能性が高い。ろくでもない連中だ。

「尋問に出るんなら、服がいるだろう。心証もちょっとは変わる」

「好きでこんなの着てるわけじゃないんだよ」

「知ってるよ。お節介かと思ったんだが……」

「いや、ありがとう」

 やっとハリーの表情がほぐれた。ウィスタも胸をなで下ろす。促され、洗面所を出る。エリュテイアが二人を見て一礼した。

「ウィスタ様、体調は」

「問題ない」

「衣装箱は運んでおきましたよ」

 了解、と答えたとき紙片が降ってきた。差出人は第六分家の魔女、ネメシス・リアイス。魔法法執行部次官だ。

 一読して燃やしてしまう。ハリーをちらと見て告げた。

「ファッジのバカ、墓穴を掘りまくってる」

 たかだか学生の尋問に、自らお出ましだとさ。

 ◆

「ダンブルドアめ」

 花園に似つかわしくない、熱をはらんだ声に招待客たち――名家や高官たちは沈黙を守った。

 あちらこちらに卓が置かれ、めいめいに好きなものをとっていく立食形式のパーティである。急遽呼び集められた面々は、ちらりちらりと大臣をみては、そっと距離をとる。

「……あれほどお怒りなのは、やはり――?」

 ハリー・ポッターの……。ひそりひそりと言葉と視線が交わされ、どうすべきかの意志疎通が図られる。グリーングラス家の鷹紋を刺繍したドレスをまとった令嬢は、隣の魔女に囁いた。

「大臣は孤立気味ですかお母様」

「そうよリディア」

 端から見れば麗しい母子が花を眺めているようにしか見えないだろう。その実、令嬢に扮しているのはウィスタで『お母様』とは他人である。お母様ことリディアの母親――グリーングラス家当主息女に「おもしろいものが見られるかもしれないからいらっしゃい」と誘われて、クソ暑い中のこのこと参上したのだ。大臣のお気に入りばかりが集まっていて、つまりは絆を再確認するだとか、己のことを裏切らないか確認したいのだろう、大臣は。

――何人か離れたろうな

 ルシウス・マルフォイですら「やってられん」な顔をしている。取り繕っているつもりだろうが、なんとなしに本心が透けてみえる。いくら都合のいい傀儡とはいえ、なんやかやで世話を焼くのは面倒なのだろう。大臣本人は、己がどんな醜態を晒しているか思い至っていない。誰も止めないのである。止めても理由をつけて左遷しているとかなんとか。

「さすがに今回の一件で皆さんあきれているようで」

 でしょうねとしか答えられない。ファッジ大臣がなぜに酒を呑みまくっているか。ダンブルドアにしてやられたからだ……と大臣だけが思っている。

「ヴィゼンガモット大法廷召集に、直前の変更連絡ですものねえ……」

 どこかでご婦人が言う。その通りだ。退学処分にしようとして、大臣自ら出張るまではよい。まだましだ。が、マグルで言うところの最高裁を開催し、無理矢理ハリーを退学にしようとしてダンブルドアに返り討ちになった話はあっという間に広がった。誰が火をつけたか? 魔法法執行部やらヴィゼンガモットの魔法使いや魔女が広めたのだ。

「あそこまで暴走するなんて……ほら、あの……次官が……」

「言ってはだめよ」

 次官。つぶやいて、お母様をちらと窺う。彼女は扇で口元を隠していた。

「大臣付の上級次官よ。趣味が悪くて……ついでに性格も悪いし行いも悪いのだけど、尻尾を掴ませないの」

 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ。呪うがごとくその名を口にする。お母様の眼はぎらぎらしていた。

「あなたの従兄弟は事故死だと言い張るように、大臣に進言したのはあの女ですとも」

「なんて人なの」

 演技をかなぐり捨てそうになる。ヴォルデモート復活の夜、大臣はほぼ発狂していたそうだが――その後のなりふり構わない暴挙の裏に、女の影があったとは。

 薔薇がとてもいい香りですよリディア。言われて薔薇に鼻を寄せる。お母様もすっと身を屈め、密やかにつぶやいた。

「とにかく大臣とあの女をどうにかするのです。決して――」

 セドリックの死を闇に葬らせるものですか。

 「今日呼び出したのは他でもない」

 英国はスコットランドのとある場所。ホグワーツ城・校長室。机の上で指を組み、ライトブルーの眼をきらめかせ、今日もダンブルドアは元気であった。お茶でもしにおいでと招かれたので出向いたのだ。

「監督生になる気――」

「俺を殺す気ですか」

 真剣な話かと思えば。嘆息しつつ紅茶を飲む。膝にフォークスが乗ってきたので撫でてやった。

「母君は監督生じゃったよ。君も使える武器がほしくないかの」

「えらく率直ですね」

 監督生にはあれこれと権限が付与される。加点と減点の権限、個人の風呂が使える。風呂はダンブルドアが手を回してくれたので必要ないが、加点と減点に関してはたしかに武器にはなる……が、それを校長が言ったらおしまいだ。

「黙らせたい輩もいるじゃろうて」

「拳があるのでいいです……贔屓はよくないですよ」

「怪我が多いからのお。詫びもある」

「個室も風呂ももらってるので」

 まったく不毛なやりとりもあったものだ。監督生なんてとっくに決まっているものだと思っていた。手紙の発送が遅れているから何事かと思えば……。

「ハリーでいいでしょうよ。これで手紙を送れるのでは?」

 八月も後半に入った。そろそろ各家庭に教材リストその他が届いていないとまずいことになる。水を向ければ、ダンブルドアは渋い顔をした。常は好々爺なのに、珍しいこともあったものだ。

「ファッジから意趣返しにあっての」

「ほう。意趣返しというかあれの逆恨みでは」

「教授を一人押しつけられた」

「……先生、早く言ってくださったら……いくらでも――」

「すまない。電光石火の早業だったんじゃよ」

「体型があれなのにそういうところは軽いんですね」

 肖像画の何人かが噴き出し、親愛なる先祖が「仮にも愚かとはいえ魔法大臣に対してなんたる……まあ阿呆だが」と呟いた。フィニアスの血がウィスタにも確実に流れている気がしなくもない。もっとも、リアイスもファッジをクソミソに言っていたので、純血名門とはこういうものなのかもしれないが。

「正論で潰されたものだから、正論こそ変えればよいと思ったみたいでなあ。魔法大臣令で好き勝手に法律をいじくっての……」

 暴君まっしぐらである。魔法界は魔法大臣の権限が強いのである。大臣令はいわゆる勅令のようなもので、大臣は好きに振る舞えるというわけだ。本来は緊急事態の時に発令されるもので、こんな『平時』に振りかざすものではない。

「……で、ひとまず要求を呑んだと?」

「突っぱねられなくもないが」

 ファッジの評判も下降線を辿っておるし、調子に乗れば乗るほど破滅確定じゃからの。さすがダンブルドアだ。つまりやらかすだけやらかしてもらって自滅待ちである。

「儂はただの校長じゃし」

 ヴィゼンガモットからはいらんことを言うなと追放、魔法戦士連盟からも追放……あれにこれにそれに。ダンブルドアは指折り数える。魔法省に入っていないだけであって、彼の影響力は相当なものだ。ずらずら並ぶ役職は羊皮紙何センチ分だろうか。ただの校長ではない。すごい校長なのである。

 スコーンを食べて紅茶で流し込む。一息吐いて訊いてみた。

「で、闇の魔術に対する防衛術は誰が送り込まれるんです」

「ドローレス・ジェーン・アンブリッジじゃ」

「最悪じゃねえかおい」

 ◆

 三十分ほど無理矢理寝かされ、エリュテイアに引きずられるようにしてブラック家――ではなくランパント城へ向かった。当主執務室に入れば机の上に調書が置いてある。開け放した窓から鴉が入ってきて、優雅に身を転じた。漆黒の羽根が散る。立ち現れたのは青年である。双眸はゴールデンオレンジ。第四分家セイリャントの魔法使いで、祖母の命令であれこれ汚いことをやっていた暗殺者である。リアイスの暗部を担う首領、らしい。

「ろくでもない女なのは間違いありません」

 挨拶抜きで暗殺者――イルシオンは始める。ウィスタはざっと調書に眼を通し、さっさと灰にした。

「家族の所在は」

「調査中です。リエーフと私の両方が事に当たれば、洗い出すこともできるでしょう」

「ひとまず押さえておいてくれ……スクイブとマグル生まれの女なんて切り捨てそうだがな」

 アンブリッジは。調書によると、ドローレス・ジェーン・アンブリッジは、母親は純血セルウィンの出だと主張している。父方のアンブリッジ家は『一応』純血だけれども、ブラックやマルフォイ、その他名門に比べれば影も踏めないような末端貴族だ。現に父親はスクイブだ。ついでに言えば母親がセルウィンの出身なんていうのも大嘘で、ただのマグルである。アンブリッジはマグルの母親も、スクイブの父親も、これまたスクイブの弟もいないことにしている。どうやら血筋に言及してきた連中を失脚させ、上には媚びへつらい、大臣付きの上級次官にまでなったようだ。

 学生時代の成績まで手に入れたが――校長室でダンブルドアが「うっかり」置きっぱなしにしたのだ――ぱっとしない。座学はいいが、実技が平々凡々である。

「いざとなればやりようはありますよ」

 笑顔でエリュテイアが言った。面と言動が一致していないのが怖い。ウィスタの手には余る。

「――たとえば?」

 怖いもの見たさで訊いてみた。

「身の程知らずにもルキフェル様に気があるようですので、利用しては」

「やめてやれ」

 金髪紫眼のルキフェルは、ウィスタの又従兄弟にあたる。第三分家の次男で、闇祓いだ。よく大臣の護衛をしているし、ちょくちょく情報もくれる。トンクスとキングズリーにヴォルデモート復活を報せたのも、騎士団に勧誘したのもルキフェルであった。働き者の又従兄弟なのだ。そんな彼にむごい仕打ちは厭である。

「あんなガマガエルにルキフェルをくれてやるもんかよ」

 やたらと少女趣味なものを好み、とどめに髪にリボンときた。写真を見た瞬間に砂を吐きそうになるというものだ。

「……ひとまずだ、どう出るか拝見しようじゃないか」

 どうせ末路は決まっているのだ。反人狼法を強引に通した女に遠慮はいらない。

 社会的に消えていただこう。

 

 あちらこちらのパーティに顔を出しているうちに――リディアの格好で行ったり、ウィスタ自身の姿で赴いたり――時は過ぎた。魔法大臣の『乱心』は少し頭の回る者ならば把握していたし、そのうちに……一年か二年、もっと近いうちに政治生命が尽きることは予測できる。ならば次にどうするか、誰に乗り換えるかで情報収集に忙しいわけである。派閥関係なく子女を送り込み、社交という名の戦に勤しんでいる。

 げっそりしながら靴を脱ぐ。悲しいかな、女物の靴に慣れたといえば慣れたがやはり痛いものは痛い。いっそのことハーマイオニーやジニーを化けさせて放り込もうかとも思ったのだが「私たちに貴族の立ち居振る舞いができるわけないじゃない」と却下された。そもそも、パーティへの潜入作戦の発案者はマッド・アイであった。誰もお前が女装しているなんて思わんだろう。意表を突くことが肝要と大変ありがたいお言葉をいただいたのだ。確かに、有用ではあった。スリザリン系の子女でなければ得られない情報と、リアイスの子でないと得られない情報というものがある。

 踵の高くない靴に履き替えて、食堂に向かう。肖像画が「おお我が子よ、そんな趣味はやめなさい」だとか「今度のドレスは……時代の」だとか好き勝手に言うが無視した。最初はリアイスとの混ざり子だとか言っていたくせして、段々とほだされてきたらしい。父譲りの容貌を見ればブラック家の血筋なのは明らかであったし、半純血よりマシだからまあいいか……に落ち着いたようだ。親愛なる祖母様はウィスタをレギュラスと混同するか父と間違えるか、正気に戻って混ざり子呼ばわりである。穢らわしいだとか悪魔の子だとか言われないだけまあいいとしよう。どうせどいつもこいつも死んでいるのだから。

 エリュテイアを従え、食堂の扉を開ける。だが、誰も振り向かない。

「私はハリーの名付け親だぞ」

「あらそうですか。アズカバンに入っている間はお世話もできなかったでしょうに」

 声をあげなかったウィスタを誰か誉めてほしい。ほとんど怒鳴りあっているのは実の父親とモリー小母である。この二人、ことあるごとに対立するのだ。たいていハリーのことで反りが合わない。なるべく危険から遠ざけたいのがモリー小母で、もう相応の年齢なのだからある程度の情報を持っているべきだと主張するのが実父である。

 エリュテイアに目配せして、そっと踵を返す。握りしめた拳から力が抜けない。後ろで誰かの声が聞こえたが黙殺した。 ――いくらなんでも

 無神経過ぎないか。モリー小母の顔を見たら暴言を吐くこと間違いなしだ。じゃああんたがアズカバンに十二年入ったらどうなんだ。なにも知らないくせに。

 階段の下でようやっと振り向いた。

「着替えて『谷』に行く」

 エリュテイアは無表情のまま一礼した。なにも言わないので助かる。

「公に先触れを出しておきます」

 頷いて自室に飛び込む。五分もしないうちに支度を整えると、鞄一つだけで玄関ホールに降りた。後で父に伝言だけしておけばいい。

「ウィスタ」

 ぱたぱたと駆けてきたのはモリー小母だった。思わず眉間に皺を立てそうになる。どうにか熱い塊を飲み下し「なにか?」と問いかけた。我ながら無機質な声が出たものだ。

 モリー小母の顔から血の気が引いていった。髪が赤いからなおのこと青白く見える。いつもなら気遣いの一つや二つはしてみせるが、今は無理だ。ウィスタはそこまで出来がよろしくない。

「悪かっ――」

「謝るべき人が違うでしょう。ではこれで」

 眼を合わせることもせず、背を向けた。トロールの傘立てが甲高い音を立てて砕け散る。破片を踏んで外に出た。

 ◆

 エリュテイアが何を書いて送ったか知らないが、食卓にはウィスタの好物ばかりが並んだ。

 曾祖父は急にやってきたウィスタに何も訊かなかった。ウィスタもあえて何も言わない。愚痴を吐き出せばすっきりするだろうが、一時的なものだ。

 代わりに姿くらまし現し術を教えてくださいと頼んでみた。エリュテイアができるのにウィスタが習得していないのは具合が悪い。マグルの住宅街ならばともかく、魔法族だらけの『谷』で未成年の魔法が発覚する恐れはない。

「いざという時に逃げられたほうがよいしな」

 ため息とともに曾祖父は了承した。食事をしながら簡単な講義を受ける。熟達した使い手ならば長距離の移動――たとえば英国から北アメリカ――もできるだとか、しかし普通はやらないだとか。事故の事例も腐るほどあげつらった。

「ばらけが一番怖い。オレガノのエキスを持っておけ」

「箒や煙突飛行がある理由がわかりましたとも」

 下手すりゃ血塗ればらばら状態らしい。成人しても安全性を考慮して姿現しくらましを使わない魔法使いや魔女もいる。マグルに置き換えれば、車の代わりに公共交通機関を使うだとか自転車を使うだとかそういうことだ。

 休暇が明けるまで一週間くらいしかないので、二、三日簡単な手ほどきを受ける約束をした。

「それと手紙が届いている」

 ぽんと出されたのはホグワーツからのものだ。闇の魔術に対する防衛術教授が決まらない中、よく一週間前に到着したものだ。制服の仕立ては終わっているし、薬の材料は買うまでもない。いざとなればグリフィンドールの部屋にもある。新しい教科書はエリュテイアに手配させることにしよう。控えるエリュテイアを見れば、すでに手配をしているらしい。優秀だ。

「……アンブリッジがどうしようもない脳味噌をしているのはわかりましたよ」

 書名は防衛理論だとか、とにかく理論である。防衛術の授業をする気がないのは明らかだ。

「態度に出すなよ」

「俺がそんなヘマをするとでも?」

 ウィスタならば完璧な授業をして付け入る隙を与えない作戦をとるのだが、アンブリッジはそういう思考回路はしていない。ファッジの後ろ盾があるから平気だと思っているのか、防衛術を下手に学ばせて暴れられてはいけないと思っているのか。これだから魔法族育ちはいけないのだ。

「その気になれば石ころでも打撃は与えられるのに」

 ちろりと従者に眼をやれば淡々と頷かれた。エリュテイアならやりかねない。弓矢の名手であるし、杖なしの戦闘でも相当強いだろう。お前はどこでそんな技術を得たんだと訊きたいが、なんだか拙いところに踏み込みそうなので訊かないでいる。君子危うきに近寄らず。

「物騒な発言は引っ込めておけ」

 ウィスタの発言を一応たしなめる曾祖父であったが、アンブリッジのことを気に入らないのは明らかであった。あれが気に入るなんて神経がおかしいとしか思えない。つまりファッジはおかしくなっている。

「引きずりおろす口実を集めておけばいいんでしょう」

「やつはどうせお前に甘くなるだろう。純血だからな」

 公的には死喰い人の息子なのだが、そのあたりは関係がないのか。つくづく純血主義っていうのは極端である。

「……表立っては沈黙してますしね」

 三校対抗試合の時、ウィスタは狂った死喰い人に襲われた……ということになっている。嘘ではない。襲われたというよりも拉致されたのだが。ついでにセクタムセンブラでウィスタのことを切り裂いたのはドブネズミのピーター・ペティグリューだ。ハリーは、優勝杯がポート・キーだったことや、拉致されたこと、ヴォルデモートの復活をファッジに訴えたが、一蹴された。ウィスタが言ったとしても無駄だったろう。死喰い人の息子だからという名目でどこかに監禁されていたかもしれない。そうとなれば曾祖父が黙っていないだろうが。第一、ファッジに訴えようにもウィスタはぶっ倒れていたので、たらればの話である。

 刺激しても禄なことはない、とウィスタは黙っていることにした。ダンブルドアからもリアイスは静かにしておいてほしい。魔法省の人脈を維持してほしいと要請があったことだし、乗ったのだ。

「ポッターをよくみてやってくれ」

「言われずとも」

 ウィスタはハリーやダンブルドアをけなす記事は全部とってあるのだ。時期をみて日刊予言者に賠償請求するつもりだ。払わないとは言わせないし、魔法省にももちろん払ってもらう。不当な圧力を日刊予言者にかけている証拠は集めているところだ。第三分家の連中の中に記者もいれば、魔法省のしかるべき部署の者もいるのだ。

 どんだけのガリオンをぶんどれるかな、と胸をときめかせていると宙空に炎が燃え上がった。

 しばらくして入室してきたのは、息を切らせた父だった。

 「モリーを赦してやれ」

 静かな声にそっぽを向いた。子どもじみていると思うが、暴れるよりはマシだろう。室には父とウィスタだけ。曾祖父は「親子で話すこともあるだろう」と出て行った。同じくエリュテイアも出て行った。扉を守っているに違いない。

 向かいに座る父は至極落ち着いている。慌ててパッサント城まで跳んできたが、紅茶を飲むうちに平常運転になったのだ。

「……あんたが怒らないから俺が怒ってんだよ」

 あの場で杖を抜いて決闘にならないほうがおかしいのだ。モリー小母のことは好きであるし世話になっているが、それとこれとは話が別だ。思い出しただけで腹が煮える。

「反省している。子どもたちから絞られていたから……」

「ふうん」

「あまり根に持つな」

 鼻を鳴らした。父は苦々しい顔をしつつ、サンドイッチをかじった。室内に厭な沈黙が満ちる。照明も壁紙もなにもかも黒く染まっていくようだ。

「……あんたが、」

 なかなか言葉が出てこない。自分の気持ちを言葉にするのがウィスタは苦手だ。育ちも育ちだし、拳を使ったほうが早い環境にいた。そもそもウィスタの言うことなんてほとんどの人は信用しなかった。嘘つきのウィスタ。不気味なことばかりするウィスタ……。

「冤罪だって、小母さんはわかっているだろうに」

 守り人にペティグリューを推薦したのは父だ。だが、それを受け入れたのはジェームズ小父たちだ。二人ともペティグリューを信頼していたわけで、最悪な結果にはなったがやむを得ないだろう。今更ああすればよかっただとかこうすればよかっただとか言っても変わらない。後からならどうとでも言えるのだ。つまり、ペティグリューが悪いのだし……反吐が出る事実なのだが、守り人の秘密は「脅迫や拷問で吐かせても」開示されない。守り人が自ら進んで秘密を差し出した時、術は崩壊するのである。ペティグリューはあれこれ言い訳を並べ立てるだろうが、完璧な裏切り者である。

「それだけハリーを思っているし、彼女は優等生だからな」

 できれば俺に出歩いて欲しくないし、ハリーのことを子どもだと思っているのさ。父は口端を吊り上げた。灰色の双眸にはどことなしに投げやりな感情が浮かんでいる。

「わからんでもない。あいつが復活した今、神経を尖らせて当然だ。モリーは弟二人を殺されているし」

 強かったんだぞ。数人がかりでやっと二人を始末できた。それにマグルたちも守った。

「……俺がリーンのところにすぐ行けばよかったとか、ダンブルドアのところに駆け込んでいればよかったとか、色々思っているだろうし、そういう事情もあるのさ」

 さらりと告げられてウィスタは眼を泳がせた。過去のたらればはあれこれ考えたことがある。父が妻のところに駆けつけなかったのは事実であるし、他人から見て最善をとらなかったかもしれない。それでも、父を責める気にはなれなかった。リアイス以外にはわからないかもしれない。愛する者のところへ向かうより、我が子の無事を確かめることより、なすべきことがあるのだと。ペティグリューを捕縛あるいは殺害することが第一にあるのは当然だった。報いを受けさせねばならず、証拠を生きていても死んでいてもいいから確保する必要があった……。

 茶器が卓に置かれ、かすかな音を立てた。

「お前を見捨てたわけじゃないんだ」

「知ってるよ」

 他人がどう言おうが、ウィスタには分かっている。父はすべきことをしただけだ。とやかく言うやつがいたら黙らせてやる。

 ◆

 さらに数日後、ウィスタはホグワーツに向けて旅立つことにした。ハリーたちと特急の旅をしてもよかったのだが、どうせ煩わしいことばかりなのは眼に見えていた。学期末に大怪我をしたのは知れ渡っていたし、あんまり気遣われるのも疲れるのだ。先にホグワーツ入りをして、状況を確認するほうが先決だ。

「双子からだ」

 『谷』の外れで革袋を手渡される。さてはクソ爆弾か。それとも別のなにかか。いささか身構えていると父がにやりとした。

「あいつらは才能があるよ。よくできている」

 俺も少し噛んだと語る父は生き生きしていた。初代悪戯仕掛け人もとい迷惑行為集団だっただけはある。悪戯グッズであろう。

「どこまで聞いてる?」

「専門店を出したいんだけどどこがいいと思う? とか。先に通販で試してみなさいと言ったが」

 ほぼ経営顧問のような立場になっていた。しかも助言が的確だ。

「彼らはモリーにちょっと反抗的でな」

 二度目のにやりである。

――なるほど

 父はモリー小母の発言を、完全には赦していないらしい。

 

 出迎えてくれたのはマクゴナガルだった。ウィスタの頭からつま先までざっと見た後「室の用意はできています。仮眠なさい」とお達しがあった。お見通しらしい。

 玄関ホールから大階段を上がり、階段を上がり、階段を上がり、上がり……してようやくグリフィンドール塔に到着する。眺めはいいが運動量が結構なものだ。少しだけゴドリックを恨む。彼は騎士なので運動量がどうとか考えていなかったのだろうし、そもそも千年前と今では生活そのものが違う。言ったところでどうしようもない。

 個室に入り、クローゼットに服を放り込み、棚に本を突っ込む。ついでに箒を壁に立てかける。昔の名箒『銀の矢』の次世代版だ。その名も『銀の弾丸』。オリバーあたりならば形がどうこう小枝がどうこうとうるさそうだが、購入の決め手は単純だ。『銀の矢』は母が乗っていた箒だったのだ。我ながら感傷的だと思うが、たまにはいいだろう。

「……とっととお前の願いを叶えたらよかったよ」

 後悔なんてたくさんある。まだ来年がある、とあのときは思っていたのだ。急ぐことはない。対抗試合が終わって落ち着いたらすればいい。キャプテンはアンジェリーナだろうから、喜んで入れてくれるだろうとも考えていた。

 急にいなくなっちまうんだもんなあ。呟いて敷物の上に座り込む。エリュテイアは外にいるし、誰も聞いてはいない。だから思う存分に吐き出せる。

「なんで」

 俺の大事な人間ばっかり先に死ぬんだろうな。

 

 新学期三日前、つまり八月二九日にホグワーツに到着したウィスタだが、ただの客ではいられなかった。

「やっぱり見えるねえ」

 グラブリー・ブランクはモルモットを見るような視線をウィスタに注いだ。

 校庭の端――禁断の森。立ち入り禁止区域だが、今回は特別である。グラブリー・ブランクに「珍しいものを見せてやるからおいで」と言われて引っ付いていったらこれだ。

 黒い身体は痩せていて、骨が浮いている。骨に革を張り付けたような具合だ。鬣は灰色。眼は白く濁っている。翼はドラゴンを思わせる。仕事は馬車の牽引だ。こいつらはセストラル。天馬の一種でニュート・スキャマンダーによると大変貴重。

「……死を見たことがあれば見える……って本当だったんですね」

 嬉しくないことに証明されたわけだ。なぜ見えるのかについては学者が議論を交わしている。死を見ることによって世界が変わるだとか価値観が切り替わるだとか、セストラルは死の気配を好むだとか。未だに明らかになっていない。

 昨年までは見えなかったし、学期末に死を見たわけだが――帰りは疲労困憊していて、迎えにきたナイアードに連れられて『谷』に直行した。それ以前に記憶がかなり飛んでいて怪しいのだ。

「ハグリッドがいないからね。朝晩の餌やりを頼むよ。あたしはヒッポグリフたちの世話もあるし」

 いいですよ。応じて、セストラルをじっくり観察する。確か天馬の中でも最速を誇るらしい。ついでに言えば行き先を言えば勝手に行ってくれるそうだ。ただし、場所を覚え込ませないとならないが。

「世話したら乗って遊んでいていいよ。あんまり高く飛ばないように。鞍はハグリッドの小屋にあるから」

 それだけ言って去っていった。傍らには生肉がたっぷり入ったバケツが一つ。沈黙を守っていたエリュテイアがかがみ込み、生肉を掴み取る。思い切り放り投げれば、セストラルわずかに浮かび、口で生肉を捉えた。

「見えてるのか」

「とうに父母もきょうだいも死にましたので」

 何の感情もこもっていなかった。それとも隠しているだけなのか。エリュテイアはリエーフの嫡子で、当主である。祖父がいると聞いているが今どうしているか不明だ。生きていようが死んでいようがウィスタはどうでもいい。確かなのは、エリュテイアが祖父から位を譲られたか奪ったかのどちらかだということだ。

――母がスリザリンに入った裏切り者だと言って

 護衛のひとりもよこさなかったのだ。知るものか。そもそも、ウィスタの曾祖母の代から少しずつ距離ができていたらしい。こうしてリアイスとリエーフの主従関係が復活するのは数代ぶりだ。

 セストラルたちはいそいそと食事をし、大変に穏和しい。不吉の象徴だと言われているが、そんなことはない。鼻面をそっと撫でて、一頭ずつ洗浄呪文をかけてやる。ゆらゆらと尻尾が揺れていた。見た目は気味が悪いが、接しているうちに慣れてきた。いっそのこと可愛く思えてくるから不思議だ。

 しばらく構ってやっているうちに、エリュテイアが鞍と手綱等々を持ってきた。そしたらセストラルがぐいぐいと寄ってきたので、手近な一頭に取り付けてやる。乗ってみればぐんと視界が高くなった。軽く腹を蹴り、セストラルは滑らかに動き出す。森を抜け、校庭に飛び出して、魔法のように浮いた。

 そのまま乗馬を楽しんで、温室方面に鼻面を向ける。着陸すれば、温室内の人影が振り向いて立ち上がった。

「腕をあげましたね」

 出てきたのはスプラウトだった。せっせと植物の世話をしていたようで、いつものように泥はねが目立つ。

「遊んでいていいと言われたので」

「学期が始まっていれば、点をあげるのだけど」

 それに、監督生でないのが惜しいとまで言われ、あらぬほうへ視線を向けた。そう、ウィスタは監督生にならなかったのだ。では誰がなったかというと、ハリー……かと思いきやロンである。

――ダンブルドアの考えはわからない

 ロンが悪いとは言わないが、意外であった。ついでに言えばハリーは最近鬱憤がたまっているようで、気を逸らすためにも監督生にすればいいと思ったのだけど。実際、ダンブルドアがハリーを選ぶと踏んでウィスタは辞退したのだ。

 そのまま二言三言交わし、温室を後にしようとした。

「ちょっと待っていなさい」

 スプラウトが温室に引っ込んだ。珍しいものでも見せてくれるのか。しばらくして戻ってきた彼女の手には、革袋が握られていた。

「持って行きなさい」

 室で開けるんですよ。強く言われてただ頷いた。一礼してセストラルにまたがる。影のようにエリュテイアが従った。

 セストラルを返し、城に戻ろうとする。校庭を突っ切っているとふくろうが飛んできた。腕を差し出せば、音もなくとまる。突き出された片足には筒がくくりつけられていた。ひとまず手紙を取り出し、ふくろうを放つ。革袋といい手紙といい、今日は物をもらう日なのか。

 誰もいない寮に戻り、自室へ入る。寝台にこしかけ、革袋をおいて、丸められた手紙を広げる。差出人はモリー・ウィーズリー。封を開けて中身を見れば、予想通りの内容だった。

――大の大人から謝られると

 奇妙な心地がするものだ。尻が痒くなってくる。モリー小母の反省は分かったし、なにも謝らないクソ野郎ども……魔法省や世間の大人より随分まともだ。それでも、ウィスタの胸の内には暗い感情がよどんでいく。丁寧な謝罪を受けたのだから、水に流すしかない。わかってはいる。いるのだが。

 手紙をさっと燃やして処分し、革袋を手にとる。ふっと薬草の匂いがした。敷布に中身を広げれば、安眠効果のあるもの、悪夢除け、その他諸々だ。マクゴナガルもそうだが、スプラウトも鋭い。温室で寝ていけと言われなかっただけよかった。

 革袋に薬草を戻し、寝台から降りて机に向かう。父から渡された革袋を手に取った。中にはゲーゲートローチなどのずる休みスナックと、腕輪が入っている。しばらく迷って銀の腕輪を右手首につけた。素直に渡せばいいものを。おそらく父の自作で、強い守護の魔法がかけられている。

 落ち着かない気分で床に座り込んだ。

 守ってくれようとしている人たちはいる。気遣ってくれようとしている人たちもいる。世の中捨てたものではない。

 だが。

 モリー小母にしても、スプラウトにしても、ウィスタの出自を知ったとき、どういう反応をするだろう。特にモリー小母は弟たちを死喰い人に殺されている。たしかマクゴナガルも弟を殺されているはずだ。

 拳を握る。明かすのならば極少数に。墓場にまで持って行こうかと思っていた。けれど。

――誰にも話さないでいるには

 あまりに重い秘密だった。

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