【完結】虹彩の奥底   作:扇架

42 / 117
四十二話

「私たちに必要なのは、ちゃんとした先生なのよ」

 ハーマイオニーは情熱的だった。なんだかんだでグリフィンドール気質なのだ。知ってはいたが、今回は熱量が違う。アンブリッジがあてにならないから、自分たちでどうにかしようときた。

「リーマスは駄目だぞ。忙しいし身体が弱い」

「そりゃ人狼――」

 ロンの腹を軽く殴る。

「わかっているわ。どっちみちホグズミード行きの時じゃないと、外の人と会えないでしょうし」

 ウィスタの暴挙を、ハーマイオニーはさらりと流した。ハリーはマートラップの溶液に手をつけて、眼を泳がせている。

――なにを考えているかは知らないが

 ホグズミード行きの日は死守だ。いいや、ウィスタはたいして噛む気もない。リアイス式スパルタ教育のせいで、高等魔法試験級の呪文もいくつか習得しているし、実戦経験も十五歳にしては豊富なほうだろう。

 外野の気分で耳を傾けていると、話がどんどん進んでいった。

「だからね、いるじゃないのもってこいの人が」

「いいんじゃないハーマイオニー」

 珍しくロンとハーマイオニーの意見が一致している。ウィスタは壁に視線を走らせた。なんとも厭な予感がするではないか。

「なんのことだよ」

 痺れを切らしてハリーが問いかける。

「だからね」

「ハリー、君に先生になってほしいんだよ」

「僕は学年首位じゃない」

「いーえ、あなたは私もウィスタも負かしたことがあります! 三年生の時に」

 そこからは平行線だった。いつものことといえばいつものことだ。

「いろいろ切り抜けられたのは運がよかったからだ。あの墓場でだって……」

 なぜかハリーがウィスタを睨んだ。しまった。

「ウィスタが、逃がして、くれたからだし」

「不可抗力だ」

 あれこれあってうやむやになっていたが、墓場での一件後、ウィスタはそりゃあ怒られたのだ。セクタムセンプラでけっこうな血を流して朦朧としたあげくに、校長室でのやりとりで疲労困憊していてもハリーは容赦してくれなかった。未だに根に持たれている。

「君、その自己犠牲的なところどうにかならないの」

「あんときは仕方なかったろうが」

 セドリックの亡骸を連れ帰る人間が必要だった。なおかつ、ウィスタは最悪でも拉致されるくらいで、殺されるまではいかないだろうと踏んでいた。正直に言えば、あのときは無我夢中で細かいことまで考えていなかったが、ハリーたちには内緒だ。

「とにかく。僕自身、そこまでできるわけじゃあない。色んな助けがあったからだ。まるでセドリックが賢くないみたいに……あそこで僕のほうが死んでてもおかしくなかった……」

「待ってハリー、そんなつもりじゃ……」

「おいおい、なにもセドリックのことをけなすわけじゃ――」

 二人そろってウィスタに助けを求めてきた。ちなみにエリュテイアは見守りの姿勢を崩さない。

「急いで決めることでもないだろう」

 セドリックのことには触れず、話を強引に打ち切った。

 ◆

 いまにも爆発しそうな鍋を見守るように、ロンとハーマイオニーは適切な時機を見計らっているようだった。結局ハリーの気持ちが落ち着いたのは、それから二週間後のこと。

「――外の世界にはなにが待ち受けているかわからないんだから、習いたいひとには習わせてもいいと思うのよ」

 呪文学の授業は内緒話にはもってこいだ。ハーマイオニーは杖を振りながら言い、ハリーが苦い顔をした。

「僕は正気じゃないし虚言癖だし、ほかにはなんだっけ。傷跡のせいで脳がどうこうなんだよ」

「十月末のホグズミードで集まったらいいじゃないか?」

 アーニーとかジャスティンとか、君を信じているひとはいるよ。ロンがそっと言い添えて、ハリーは眼を瞑る。

「期待しないでおくよ」

 

「レディをこんなところにお連れするのは俺としては遺憾なんだが」

 十月末、ホグズミード。金髪に灰色の眼の『デュランダル』に扮したウィスタは、クインに恭しく言った。

「あなたと一緒なら構わないわよ」

 ホッグズ・ヘッドの前で、ウィスタは胸をおさえてうずくまるところだった。なにこの魔女。的確に撃ち抜いてくる。

 無言で汚らしい扉を押し開ける。先にクインを入れて、静かに酒場に滑り込めば、結構な人数がいた。

 エリュテイアが盗聴防止その他の陣を敷いている。問題はないようだ。何食わぬ顔でレイブンクロー生が固まっている場所に滑り込む。デュランダルの正体を、先輩方と一部の女子は察していた。ロジャー・デイビースはにやにやしているし、パドマもにやにやしているし、チョウは少ししょげていた。たぶん年上には違いないだろうが、赤みがかった金髪の女子は「誰かしら」という顔をしていた。どうとでもごまかせるだろう。七年生とでも言えばいい。

 ハリーがぼそぼそと「どこが少人数だって」とハーマイオニーに抗議していた。ほんの三、四人と踏んでいたのだろう。お気の毒。

 ハーマイオニーが流れるように、会の趣旨を説明する。やっぱり教師に向いている。

「適切な自己防衛を学ぶということです。なぜなら――」

 ヴォルデモートが戻ってきたからです。静かに石が投じられ、波紋どころか大波を起こした。何人かが息を呑み、バタービールの瓶がひっくり返る。エリュテイアが素早く消失させていた。さすがだ。

「証拠は?」

 ハッフルパフの男子が言った。ハンナとスーザンが腕を引っ張っているが、聞きやしない。

「――ダンブルドアの話したことがすべてだ。出て行ってくれても構わない」

 ハリーの口から火が出そうだった。ウィスタは机の下で杖を構えた。面倒な男子から記憶を消す必要がありそうだ。それか全員か……。いっぺんにはさすがに厳しい。

「ダンブルドアが話したのは、ディゴリーが『例のあの人』に殺され――」

「彼の死をほじくり返したいなら、ますます出て行け」

 酒場の一画に、張りつめた沈黙が満ちる。ウィスタは横目でチョウをみた。唇をわなわなと震わせ、爛々と眼を光らせて無神経な男を睨みつけている。当然だ。チョウには怒る権利があるのだ。

「下衆な目的でお集まりでないみなさんは、会合の頻度や、やり方を話し合いたいと思います」

 ハーマイオニーがぴしりと言った。ハッフルパフの男子こと、ザカリアス・スミスが唇を引き結んだ。何か言いたそうにしていたが、ハンナ、スーザン、アーニーが圧力をかけて黙らせた。そのまま永遠に黙らせてもらいたい。そもそも同じ寮の上級生が殺されたというのにどういう神経をしているのか。

 守護霊の呪文を習いたいと言ったのはスーザンだ。彼女は魔法法執行部長官アメリア・ボーンズの姪だ。

 それからあれがしたいこれがしたいと意見が出て、フレッドがジニーに「蝙蝠の鼻くそ呪いもいけるよな」とにやにやしながら言った。ロンがさっと呪文の候補に鼻くそ呪いも付け加えた。

 頻度は週一回でまとまったが、場所などは保留になった。ふう、と息を吐いてハーマイオニーが羊皮紙を差し出した。

「ここに署名してほしいの。誰がきたかわからなくなるし……警告しておきますけど、私たちのしていることを言いふらさないでほしいの。破ればとても後悔します」

 ハーマイオニーが厳かに言ったが、フレッドとジョージはいの一番に署名した。次にジニーが署名した。ウィーズリー家はウィーズリー家であった。皆が署名するのを眺めながら、ウィスタは腕を組んだ。

 誰も誓いを破らなければいいけれど。

 ハーマイオニーのえげつない呪文は本当にえげつない。

「……最悪、皮膚移植だな」

 治る手段はあるのだし、可愛いものだと思っておこう。

 

 ハリーはホッグズヘッドでの会合からこっち、授業計画を立てているようだった。見世物のようにされたのには、いささか腹立たしい思いを抱いているようだけれど。

「おかけになって。リアイス」

「失礼します」

 甘ったるい声に胃が痙攣する。ああ友よ、お前は見世物にされたと拗ねているが、俺は俺で気持ち悪い視線にさらされているんだぞ。お前と代わりたいよ今この瞬間だけでも。

 アンブリッジの室は狭く、その割には物が多かった。壁には猫の小皿が所狭しと並べられ、カーテンはレースのもので、卓は白、テーブルクロスはフリルでいっぱい。椅子も白。クッションはもういいとにかく少女趣味。

 どうやらダンブルドアは、ナイアード、リーマス、偽マッド・アイが使っていた室をアンブリッジには提供しなかったようだ。それで正解だよ校長。広ければもっと小物が増えていたろうし。

 席に就き、出された茶器に手を添える。花模様の可愛らしい茶器だがいかんせん安っぽい。ウィスタの趣味ではないし、いっそのこと白の無地でいいくらいだ。

 覚悟しておけよ、とレイブンクローのデイビースが言った意味が分かった。いささか青ざめていたから何事かと思ったらこれだ。趣味の悪い空間に趣味と性格の悪い女と二人きりなんて拷問だ。

「僕のことはブラックと呼んでくださって構いませんよ。先生と二人きりの時は」

 口端を軽く上げて、アンブリッジに視線を注ぐ。いかにも名家の子息らしい仕草と言葉遣いを意識して、発音も上流階級のアクセントにした。最近は意識しなくともできていると思うが、念のためだ。

「私たちだけの秘密というわけね」

――もう帰っていいかな

 腹に手を突っ込まれてかき回されている心地だ。なにを言っているアンブリッジ。秘密ねの後に片眼を瞑ってきた。クインに片眼を瞑られたら心臓が全力疾走する自信があるが、この女にされてもね。

 ウィスタの内心など知らず、アンブリッジはにんまりしている。リアイスの子息――いいやブラックの子息がすり寄る満足感にひたっているのだろう。

 すかさず羊皮紙を卓に滑らせた。グリフィンドールクィディッチチーム再編願いである。アンブリッジはろくに見もせず許可を出した。元々いびりの道具にしたいがための高等尋問官令だ。それに、不穏分子を潰したいのだろう。曰く三人以上の課外活動には許可が必要どうこう。違反すれば退学の可能性あり。アンブリッジはハリーを嫌っているし、ハリーの属しているチームのことも難癖をつける可能性が高かった。こいつにマクゴナガルのような公平さは欠片も期待できない。そこでウィスタが乗り込んだのである。リアイスとブラックの血筋であり、誰もが認める純血にならばすんなり許可を出すだろうと踏んで。

「ありがとうございます」

 笑顔で礼を言う。羊皮紙を引き寄せようとして、アンブリッジの手が触れた。触れるどころかがかっちりと手を掴まれた。全身の毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出しそうだ。

「あなたは魔法使いとしての――貴族としての義務を心得ていると思います」

「ええ」

 とんでもなく棒読みになった。ウィスタとアンブリッジの「貴族としての義務」の認識は、何億光年も離れていることだろう。

「シリウス・ブラックの居場所を――」

「あいにく今なにをしているのか存じませんね。それに……妙な言いがかりをつけて僕のことを害しようとする人たちもいましたし」

 はあ、いかにも大人が好みそうな、悲しげで憂いたっぷりの顔をしてみせる。ついでに手も引き抜いた。

――嘘は言っていない

 今なにをしているのか不明だ。四六時中やりとりしていないのだから当然だし、ウィスタに暴行を働いた連中がいるのは事実。実は居場所のことは答えていないし、よくよく考えればアンブリッジの質問になにも返していないのだが。

「まぁ……そうでしたね。気の毒な……」

 ハンカチを取り出して目元を拭う始末である。少なくとも、ウィスタがブラックの血筋を強調していることに嫌悪を持っているどころか、歓迎している風なのはわかった。

「ところで」

 ポッターのことですが。切り出され、背筋を伸ばす。アンブリッジの顔からつくったような甘ったるさが消えた。眉を寄せ、口から毒を滴らせる。

「あんな子とつきあうのはおやめなさい。妄言ばかり吐いて、いい気になっているのです」

 ぐっと歯を食いしばる。わき上がる嫌悪が、どうかハリーに向けられたものだと勘違いしてほしいものだと願いつつ返した。

「彼の側に誰かいたほうがよろしいでしょう?」

 ね? と笑顔をつくる。

「……なるほど。よくもののわかった子だこと」

 アンブリッジは感動に打ち震えているようだ。想像力豊かな女である。勝手に解釈もとい妄想するのは自由である。

 ウィスタは一言も「間諜になる」とは言っていないのだが。

 ◆

 精神的な疲れを抱えながら退出し、廊下をしばらく進む。隣にすっと現れたのは優秀な従者であった。

「仕込みはしました」

「でかした」

 第一の目的はクィディッチチーム再編許可。第二の目的がウィスタのことを害がない生徒だと誤認させること。第三が――盗聴装置の仕込みである。

「天井や絵に……気づきますまい」

「あんたのような従者を持って俺は幸せもんだよ」

 アンブリッジの眼がウィスタに行くのはわかりきっていたので、透明呪文をかけたエリュテイアと一緒に入室し、エリュテイアには悠々と作業をしてもらったわけだ。なに、ふくろう便を見張っているのだから、やり返してもいいだろう。

 掛け値なしの賞賛に、エリュテイアが眼をそらす。そうしてウィスタの手をとって洗浄呪文をかけた。

「穢れは祓いませんと」

「ありがとよ」

 許可証をポケットに突っ込み、そのまま廊下を進み玄関ホールに出る。地下へ向かった。次の授業は楽しい楽しい魔法薬学だ。

 前の授業が押しているのか、廊下にはスリザリン生とグリフィンドール生がたむろしている。

「ああ、アンブリッジがすぐに許可を出してくれたよ。ほとんど右から左で……先生は父上をよく知っているし、そういうことさ。グリフィンドールが許可をとれるかどうか見物だねえ」

 考えなしの坊ちゃんがいた。ウィスタもエリュテイアもさめた眼をマルフォイに向ける。とれるに決まってるだろうが。とれなかったらとれなかったでイギリスナショナルチームに手紙を出して、アンブリッジがクィディッチ選手の育成を妨害しようとしていると暴露してやろうかと思っていた。ナショナルチームどころか英国のチーム全部に文書を送ってもいいくらいだ。魔法省は外聞を気にするので――最近はなりふり構っていないが――攻める方法もいろいろある。

 ハリーとロンが踏みだそうとして、ハーマイオニーが止めている。ウィスタたちは廊下の端から扉まで急ぎ足になった。乱闘勃発の可能性大。

「僕の父上はあちこちに寄付をしているからねえ……影響力があるのさ……比べてウィーズリーなんて窓際だし――魔法省はポッターを聖マンゴに送り込みたいらしいよ。魔法で頭がいかれた連中のための特別病棟があるらしい」

 うう、とマルフォイがうめく。白目をむき、マルフォイが奇妙な動きを見せた。ウィスタはさっと杖を抜いた。

――こいつ

 頭の中で火花が散っているようだ。全身に血が巡る。

 叫びと、マルフォイに掴みかかろうとする影。

「――ネビル!」

 ハリーがネビルの腕を掴む。なんとかしてマルフォイに殴りかかろうとするネビルと、唖然とするマルフォイの間にウィスタは滑り込んだ。ネビルの代わりにマルフォイを殴ってやりたい。それかもっとひどいめに合わせてやろうか。

――なんでこいつは

 想像力の欠片もないのだろう。ヴォルデモートがどれほどの人間を殺してきたか、傷つけてきたか知らないわけではないだろう。おおっぴらに差別発言をしていい気になって。ホグワーツには親や親戚を殺された人間だっているのに。壊された人間だっているのに。

「なんだリアイス、英雄きどりか」

 ふん。マルフォイが強がっているのは明らかで、薄い色の眼はウィスタの握る杖に向けられている。

「俺が英雄どうこうじゃなくてな。お前に品性がなさすぎるんだよ」

 てめえみたいな恥ずかしい野郎は見たことがない。

 吐き捨てた瞬間のマルフォイの顔は見物だった。

 そう、たとえスネイプから減点を食らおうとそれだけの価値があると思えるほどに。

 「――殴らせてくれたらよかったんだ」

「俺だってそうしてやりたいけど」

 鍋に火蜥蜴の血を流し入れる。ついでにネビルの鍋にも入れてやった。今日という今日は、スネイプに隙をみせる訳にはいかない。ウィスタやハリーが減点を食らうのはいつものことだが、ネビルまで巻き添えにしたくなかった。ただでさえネビルは気が立っているのだから。

「それであいつが反省するか?」

 ネビルが押し黙る。だが、唇を噛みしめすぎて血がにじんでいる。スネイプがアンブリッジとドンパチしている間に調合をさっさと進める。こうなればアンブリッジも有用だ。せいぜいスネイプの気を引きつけておいてくれ。

 ネビルを手伝いながら、教室の前――マルフォイのほうを窺う。いつもならハリーのことをせせら笑ったり、ロンを侮辱するのに忙しいのだが――本当に性格悪いなあいつ――今日は大変穏和しい。

「……威圧しすぎたか?」

 激昂してはいたが、物は壊していないから五段階の三くらいの怒り具合のはずなのだが。

「ネビル」

「うん?」

「あんとき俺、眼の色変わってた?」

「うーん……ちょっと紫になってたかな」

 やはり『そこそこ』の怒りだろう。考え込みながら調合を終える。ネビルの分も無事にできた。

「ウィスタ、あれはいつやるの?」

「まだ未定。もうちょい詰めるらしい」

 あの活動こと闇の魔術に対する防衛術の活動は、ハリーがあれこれと考えている。ウィスタは相談役のようなものだ。

――俺が出張ると

 たぶんスパルタになりすぎるのだ。リアイス式スパルタ教育ならやれないことはないが、あれは詰め込みすぎるし生傷だらけになる。

 父には防衛術の件を報せておいた。実父と養父はともに賛成で、モリー小母はいい顔をしていないようだ。マッド・アイとトンクスは面白がっている。理由はいくつかある。第一に、高等尋問官令の実効性が疑わしいこと。つまり、生徒を本当に退学にできる権限があるか不透明。もっといえば無理だろう、というのが実父の意見だった。依然として権限が校長にあるのは事実で、さらには校長が魔法大臣に権限の分割をしたわけでもなく、その旨を契約すらしていない。魔法大臣が一方的に通達し、強引にアンブリッジを送り込んできただけだ。ホグワーツがある種の治外法権なのは昔から変わらない、とモリー小母に言ったそうだ。父は慎重に言葉を選んだのだろう。リアイスのリの字もなかった。

――アンブリッジにはなにもできやしない

 すくなくとも、正攻法では。ホグワーツは魔法族の砦。土地と城の権利はリアイスにある。

 ◆

「ありがとうウィスタ!」

 授業を終えて寮に戻り、許可証を差し出せばアンジェリーナは舞い上がった。舞い上がったついでに抱きついてきた。危うく押し倒されそうになる。どうにかこうにか踏ん張って受け止めるが、冷や汗が流れた。

「アンジェリーナ。激しすぎるんだよいつも! あんたもう成人だろう」

「心は未成年」

「そういう問題じゃねえ!」

 締め上げられて背中が痛い痛い痛い勘弁してくれ。どうにかこうにかアンジェリーナを引きはがし、大笑いしているフレッドに押しつけた。アンジェリーナといいフレッドとジョージといい、上級生にスキンシップが暑苦しいのが多すぎる。

 ハリーたちに目配せして男子寮――ウィスタの室に上がる。談話室の喧噪が遠ざかり、静寂に包まれた。エリュテイアがさっと盗聴防止等々をかけたのを確認し、ハリーたちが思い思いに座り込んだのを認め、口を開いた。

「練習場所のあたりをつけたぞ……エリュテイアが」

「そんな都合のいい場所があったの? 忍びの地図にも描いてなかったじゃないか」

 ハリーが声をあげる。課題がたまっているせいか、別の理由か顔色が悪い。あとで寝かせたほうがいいだろうか。考えつつ返す。

「親父たちはあえて描かなかったみたい。たぶん、いくつかわざと抜けをつくってる」

 と、いうよりも描く必要を感じなかったのだろう。地図も大事だが、肝は誰がどこにいるかの特定機能だ。

「――『必要の部屋』ならあなたがたの条件にぴったりです。存分にお使いください」

「だとさ」

 なんせ特定条件を満たさなければ現れない部屋らしい。単純といえば単純なのだが、本当に偶然知るか、誰かに教えてもらわないと発見不可能だろうと思う。エリュテイアは転入生だというのに色々知りすぎている。防衛術の練習場所で頭を悩ませる心配すら瞬時に解決してしまった。どうせ訊いても教えてくれないのだろうが。

「連絡方法はこれね」

 ハーマイオニーが巾着を敷物の上に置く。ちゃりんと軽い音がした。こぼれ落ちたのは金貨だ。

「レプラコーンの金貨じゃないよね」

 ロンが疑わしそうに金貨を見る。昨年に痛い目をみているのだ。

「模造だ。俺がつくった……術をかけたのはハーマイオニーだけど」

 ハーマイオニーが金貨の一枚を手にとる。ハリーに促して金貨をとらせた。

「縁に製造番号が刻印されてるでしょう。一枚をこうして変えると……」

「連動するわけか……」

 小鬼でもない限り見破られない精度であるし、金貨なら持っていても不自然はない。ネフティスの指導のもと徹夜してつくった甲斐がある。

 ハリーは感心したようだが、いかんせん眠そうだ。金貨を取り落としそうになっている。

「仮眠をとるか?」

「いや……どうせ……寝れないし……」

 廊下をずーっと進むんだ。ぽつんとハリーがつぶやく。頭が揺れ、肩も揺れ、と危なっかしい。眉根を寄せる。断片的には廊下の夢をきいていたが、奇妙さが増す。墓場の夢ならばともかくも、廊下の――どこともしれない場所の夢。

 エリュテイアが動いた。壁際からハリーのもとへ行くと、片膝をついてかがみ込む。

「私の眼を見て」

 不思議な響きの声だった。ウィスタは息を殺した。エリュテイアは真剣そのもの。灰緑の眼が魔力の輝きを宿している。

「――あなたは誰です?

「僕は――俺様は

 ハリーの声が変わる。ハリーの声なのに別の響きを帯びた。ロンが叫びかけ、ハーマイオニーに肘鉄を食らう。ウィスタは懸命に息を殺した。

――なんだ、これは

 なにが起こっている。

俺様は……ハリー……いや……」

なにをしようとしているのです

探しているのだ

廊下で?

そうだ。その先に――行かなければ

 手に入れられない。ハリー、いいや誰かはあえぐ。

手に入らない? なにがほしいのです

方法……■■を■■する……

 手段、と言ってハリーの身体が揺れた。エリュテイアが受け止める。

 ウィスタはクッションを置いてやる。ハリーは寝息を立てていた。さきほどまでの異様さが嘘のようだ。

「今のはなんだ」

「暗示……一種の開心術です」

 あまりに脆い。エリュテイアは物憂げにハリーを見下ろした。

「――断定は避けますが、干渉を受けているようです」

 誰に、と言わない。しかしウィスタには十分通じた。

――ヴォルデモートが

 ハリーに手を伸ばしている。

 

 近況報告も兼ねて、夢の話の詳細も書いて送ればと勧めれば、ハリーは案外素直に従った。ただしダンブルドアには送らずにウィスタから実父に送る形になる。どうせウィスタから実父、実父からダンブルドアに報せが行くだろうが。

 ハリーが四苦八苦しながら書いた手紙を『炎』で送りつける。つくづく一族が術式を開発してくれて助かった。ふくろうは奪われる可能性があるし、その拍子に怪我もするかもしれない。たまにふくろう便でどうでもいい手紙を出してアンブリッジの眼を誤魔化しているが。いまのところウィスタはふくろう通信販売で買い物ばかりしている。

 叩き起こして手紙を書かせ、まだまだ眠そうなので寝台を貸してやる。ハーマイオニーは心配そうに寝台を見た。

「……憑依とかじゃないわよね?」

 どうなのロン、こっちではそういうのがあるの? ハーマイオニーが問いかけて、ロンは首を振った。

「ないと思うよ。たぶんだけど……」

 一仕事終えたウィスタは、エリュテイアを見て寝台を見た。

「ハリーとあれに関係性があるとして……ほいほい干渉できるもんか」

 俺のほうがよほど好条件な気もするが。続きを言葉にしなくとも、従者は汲み取った。

「さきほどは干渉と申しましたが、そこまでは踏み込んでいないやも。何かの繋がりはありましょうが……あちらは気づいていない可能性が高いですね。術、呪いを介した繋がりにしては奇妙なこともありますが。まるで――欠片、が」

 言いかけて、エリュテイアは瞬く。眉間に皺を立て、頭を振った。

「エリュテイア?」

 いえ、と応える声は細い。灰緑の眼がほのかな青を帯びていた。

「――話を戻しましょう。ハリーの変化はなんにせよ危うい気がします。ウィスタ様とあの下衆に関しては――」

 貴方はアリアドネ様のご令孫ですから。意味ありげに見られ、頬がわずかにひきつった。

「つまり?」

「憎悪の炎の中に、強いて飛び込む愚か者はおりませんでしょう。血は魔法、血は媒介……継承者騒動の時に、同調したと仰られてましたね」

 それでなくても一緒にいる時間が長いのだ。エリュテイアには一年、二年、三年の時の事件については話していたし、もちろん継承者騒動もとい秘密の部屋に関しても打ち明けていた。

 ため息を漏らす代わりに小さくうなった。

「殺したいほど憎んでいたからな、祖母様は」

 血の涙を流すほどに。ヴォルデモートの思念だか呪いだかが侵入しようとしても、黄金の炎で灼きつくすであろう。ある意味最高のヴォルデモート除けだろう。

「なので呪いを介した繋がりを利用したとしても、ウィスタ様は対象にならないかと」

「よくわかったよ」

 ◆

 ハリーのことは棚上げにして、学生生活に集中するしかなかった。

「――と、まあ」

 敵が杖を使わない場合も想定しようね。ハリーの顔には汗が光っていて、彼の周りには諸々の破片が飛び散っていた。

「ち、全部避けやがって」

 ウィスタは組んだ腕をほどき、杖を一振りした。破片が集まり壷となった。きらきらと光る硝子片も集まり、飛び上がりシャンデリアとなる。

「避けなかったら大怪我なんだけど!」

「お前のことを信じていたよブラザー」

 投げやりに返し、部屋の隅に下がる。『必要の部屋』に集まった面々が、いささか青くなってウィスタを見ていた。

「心配しないで。僕は杖を使ったやり方を教えるだけだから!」

「なんせ俺は野蛮だからな」

 あとはよろしく先生。にやりとすれば、ハリーに睨まれた。

――俺は先生役はしないぞ

 言ったのだが、こうして引きずられているのだから形無しだ。『必要の部屋』に興味があったのでされるがままになったけれど、ウィスタの戦い方は魔法族らしくないのである。勝てればいいのだし、喧嘩慣れしていないと難易度が高い。

 エリュテイアが出した椅子に腰かけ、秘密の会の進行を見守った。『変身現代』を読みつつ、武装解除呪文に耳を傾ける。まずまずだろう。次回から出る必要もなさそうだ。みるともなしに部屋を見ていると、クインと眼が合った。ウィスタにしかわからない程度に笑みを向けられ、心が揺れる。どうしたもんだろう。毎回出ようか?

――いやいや

 全員が全員集まるのは危険だ。万が一踏み込まれたら全滅だ。一応『変身現代』の既刊やらその他雑誌やら教科書やらを置いて「僕らは勉強熱心な学生ですよ」の体は整えてあるが。自分でも用心深すぎるとは思うが、そもそも楽観的な人生を送っていないのだから仕方ない。

 クインとは、別にデートの機会があるだろう。ひとつ確かなのは、ウィスタに教師役が向いていないということだ。うっかりクインのところにばかり行きそうになるだろうし、公平とはいえないだろう。

「やったぞ!」

 ネビルの弾んだ声が響く。どうやら武装解除を成功させたらしい。ハリーは適度に『生徒』たちをみて、どうにか会を運営していた。ただしチョウのところへいる時間が少しだけ長いと思うぞ相棒。

「どうなるのかね」

 ウィスタは過去視はできるが未来は見通せない。ハリーとチョウの関係がどうなるかもゴドリックのみぞ知る。

 暇つぶしに、壁にはられた署名用紙に魔法をかける。大きく書かれたDAの下に「バカには読めない」と追記して、最悪の事態が起こったときに燃えるようにした。証拠の隠滅は大事である。ハーマイオニーの呪いが発動した時点で連動しておけばいいだろう。そんな事態が起こらないことを祈るが。

 DA初会合はまずまずで終わり、それから数回会合が開かれた。とはいえウィスタは二回に一回顔を出せばいいほうで、ほとんどハリーたちに任せっぱなしだった。もちろんDAも大事だが、なぜか下級生の勉強をみてやるはめになったのだ。四年生に「僕らこのままじゃ防衛術で落第します」と泣きつかれたのが発端だ。お前ら俺のあれこれ知っているだろうとどうにかして断ろうかと思ったのだが、だ。

「……さすがに一年生はな……」

 やたらと小さい一年生たちにローブの袖を引かれては、無理だった。ウィスタたちの場合はクィレルが初年度だったわけだ。しでかしたことがしでかしたことだったとはいえ教師としては悪くなかった。だがちまちました一年生たちは――本当にちまちましているな――アンブリッジの授業なわけだ。いくらなんでも見捨てるのは気が咎めた。そんなわけで、DAに出ない時と空いた時間は一年生から四年生の面倒をみることになり、談話室で実技その他を教えて忙しいのだ。

「ほんとさ」

 なんで君が監督生じゃないのさ。ロンに絶望顔で言われて返事に困った。ウィスタだって全部が全部善意なわけではない。

「どうせ普通魔法試験があるんだから、その予習だ。落ち着け」

「――なんで君がキーパーじゃないんだ」

 クィディッチシーズン開幕戦当日の朝、ロンはすっかり狼狽えていた。いくらハリーが「君に実力があるのはわかっている」と言っても無駄だったし、もはやウィスタはオリバーの霊がロンに憑依してくれるよう祈るしかなかった。それか本番で覚醒してくれたらいい。ハリーはハリーで五分どころか一分でスニッチをとる決意を固めたようだ。

 果たして、ハリーはできる限りスニッチを早くとった。残念ながら十五分ほどかかったが。おまけにスリザリンは幼稚な悪趣味さをここぞとばかりに発揮して、グリフィンドールを揶揄する歌まで披露した。

――あいつら

 指揮者と歌唱部隊、あとで絶対呪いをかけてやる。パーキソンは確定。おそらく五年生はほぼ全員噛んでいるな。

 ビーターの補欠としてベンチ入りしていたウィスタは、横目でエリュテイアを見た。

「特定しておきますね」

 大変いい笑顔である。地上に次々と選手が降りていくのを見て取って、ウィスタたちもベンチから出た。駆けつけて、安堵しているアンジェリーナの背を叩き。

「もう少し歌詞を増やしたかったんだけどね」

 豚小屋生まれだとか、でぶっちょとかおかめだとか……。

「あいつの母親のことを歌いたかったんだけど」

 箒を打ち捨て、振り返る。マルフォイが顔を紅潮させ、唇をゆがめていた。

「負け犬の遠吠えよ!」

 アンジェリーナが声を張り上げる。ウィスタは息を整え、マルフォイに背を向けようとした。

「ポッター、君はウィーズリーの豚小屋が好きなんだ。そうかあ……君の母親の家の臭いを思い出すのかな。穢れた血の――」

 頭がじんと痺れた。ああ、こいつはなんにも反省していない。変われないのだ。杖を握りしめる。ハリーとジョージが芝生を駆けていく。フレッドはアンジェリーナたちが抑えていた。ウィスタも駆けようとして強く腕を掴まれた。

「なりません」

「――おいやらせろ」

 悲鳴が響く。ハリーたちがマルフォイに殴りかかっていた。渾身の力でエリュテイアをふりほどこうとして、しかし果たせない。ひゅっと杖が一振りされ、ハリー、ジョージ、マルフォイが吹っ飛んだ。ハリーたちが芝生に柔らかく受け止められたのとは対照的に、マルフォイは壁にたたきつけられ失神した。

「……なるほどね」

 エリュテイアがさらりと言った。

「ですから――」

 我が君が手を汚すまでもありません。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。