【完結】虹彩の奥底   作:扇架

43 / 117
四十三話

「……シーカーがいなければどうにもならないわよ」

 グリフィンドール談話室。アンジェリーナは自棄酒ならぬ自棄ジュースを呷った。ウィスタは追加のリンゴジュースを注いでやる。彼女はもう成人していて、もちろん飲酒もできるのだが、まだ学生だしと節度を守っている。こっそりウィスキーでも飲ませて潰したほうがいいかもしれない。一度眠ったほうがいいだろう。

――オリバーの時を思い出すなあ

 ウィスタは遠い眼をした。今を去ること約四年前、シーカーがいなくてオリバーは発狂していた。常からおかしいやつだったが、そのときはおかしさが加速していたのだ。ウィスタはシーカー候補として絡まれて頭突きした覚えがある。

「ハリーほどの……ハリーくらいの……逸材なんて……ああぁ」

 談話室の隅で膝を抱えているハリーがびくりとした。隣にはジョージもいる。ついでにフレッドもいる。三人ともクィディッチ禁止令が出たのだ。もちろんアンブリッジの圧力である。箒は没収され、どうにもできない。正確にいえばごり押しできなくはないが、魔法省が過激な手段に出る可能性が高いので保留。グリフィンドールには煮え湯を飲んでもらった形になる。ついでにマクゴナガルも「我が人生最悪の時」「控えめにいって親指が下がる」という顔をしていた。マクゴナガルには大変に申し訳ないことをした自覚はある。見るに忍びないので「その怒りを昇華させませんか」とお誘いして――そう、ウィスタも参考人としてマクゴナガルのもとに召喚され、一連の経緯を見たのである――校長室の入り口に仕掛けをしてもらった。怒りを呪いに。なにがどうあっても、アンブリッジが校長になることはないだろう。元々無理だが。ウィスタが認めないし誰も認めないから。ダンブルドアは「もう好きにせえよ」と髭をしごいていた。とにかくそんな風に見えたのである。

「決めた!」

 つい一時間の間に起きたあれこれを思い返していると、アンジェリーナが立ち上がった。ドレッドヘアはさながら暗黒の炎のようで、双眸はオリバーの狂気が宿っている。

「全員選抜試験に出なさい」

「ん?」

 と言ったのは誰だったか。談話室にいた全員かもしれない。観衆の様子など見もせずに、アンジェリーナは命を下した。

「明日競技場を予約するから、シーカー選抜全員集合!」

「おいお――」

 口を挟もうとした上級生が息を呑み尻尾を巻いて退いた。ウィスタは呆然とつぶやいた。

「かくして暴君の独裁が始まったのである」

 アンジェリーナはよく働いた。渋るグリフィンドール生を連行し、箒をかき集め、どうにかこうにか全員選抜に参加させた。わかっちゃいたがクィディッチにかける情熱がすさまじい。この暴走をマクゴナガルは黙認した。それどころか競技場を押さえたのはマクゴナガルであった。

 暴走と黙認の結果、どうにかシーカー代理が選抜された。

「……まさか」

「我らが妹よ。いつのまにそんなに巧くなったんだ?」

 グリフィンドール談話室。驚愕する兄二人に、ジニーがこともなげに返した。

「たまにチャーリーが教えてくれたもの」

「そりゃ納得」

「さすが俺たちのチャーリー」

 ありがとうウィーズリー家、ありがとうチャーリー、ありがとうウィーズリーの小母さん小父さん、とアンジェリーナは喜びの舞を舞っていた。

 ◆

 かくしてグリフィンドールチーム崩壊の危機を乗り越えたが、ハリーの腹の虫も双子の腹の虫もおさまるわけがなかった。ハリーはDAに情熱を燃やし、フレッドとジョージはスリザリン生に復讐した。悪趣味な歌をつくり指揮をし、歌ったのは誰かとっくに割れていたのだ。ある生徒は吹き出物だらけになり、ある生徒は鼻血を垂らし続けるはめになり、ある生徒は人にいえない場所が腫れた。マダム・ポンフリーも手こずる『症状』であった。

「……いや」

 雪の積もった禁断の森。ウィスタが笑顔のハグリッドを見上げた。大冒険を経てきて、顔は痣だらけのひどい顔であるが、笑顔は太陽のようだ。太陽とはいっても穏やかなものではなく灼熱ではた迷惑なのだが。

「――乗れるけどさ」

 セストラルを撫でてやる。ハグリッドが不在の間、餌やりを担当していたので名前もなにもかもわかっている。ついでに懐かれた。

「じゃあええぞ。そりゃあこいつらは気味が悪いだろうが、ええ子たちだ」

 エヘン、と咳払いが聞こえたがウィスタもハグリッドも無視した。のこのことやってきたアンブリッジは、いかにハグリッドが不適格か知らしめたいだろう。セストラルは確かに危険度がそれなりにあるが、対応をきちんとすればいいだけだ。少なくとも猛獣ではないのだから。

「いいですか、子どもにセストラルは――乗馬なんて――」

「そりゃおまえさん、リアイスに対する侮辱っちゅうもんだぞ」

 アリアドネならカンカンだろうなあ。ハグリッドの朗らかな言に、アンブリッジの顔色が悪くなった。

――確かに祖母様なら

 子どもだからだとか、乗馬がどうこうと言われたら発言者を黙らせるだろう。ハグリッドはよくわかっている。ついでに母も同じようにしそうだし、見事に乗りこなすだろう。別にリアイスどうこうと言うつもりはないが。

「……侮られるのは癪に障るな?」

 セストラルにささやいて、鞍に飛び乗る。軽く腹を蹴れば、天馬は軽やかに飛翔した。樹々はウィスタのために身を反らし、空いた空間をすりぬけ、上昇し――下降。アンブリッジに側に着地した。拍子になぜか雪がはね散らかされ、アンブリッジが泥と枯れ葉と雪まみれになった。

「先生申し訳ありません! 僕、リアイスでも乗馬が下手で」

 わあルキフェル兄さんに叱られる。しゅんとしてみせれば、アンブリッジは寒さに震えながらも許してくれた。権力欲の強い女である。闇祓いとして出世街道驀進中のルキフェルの名前を出せばイチコロであった。扱いやすい。性根は腐っているが。

 罪悪感に満ちあふれた……風を装いながらグリフィンドール生に紛れれば、ハリーとロンが震えていた。笑いをこらえるのに全力を尽くしているのだ。ハーマイオニーは二人に沈黙呪文をかけ、肩ををすくめた。

「あなた詐欺師……いえ、たぶらかし技能が上がってない?」

「俺が優れているんじゃなくて、あれが残念なだけだよ」

 

 クリスマスが近づき、ウィスタは忙しくなった。国内の名家からはパーティの招待状がきて、国外の名家――欧州やら北米、中国、日本、その他たくさん――へはクリスマスの挨拶を送らなければならなかった。これが結構肩が凝る。まだ十五歳だなんだというのは考慮の外らしい。

「……隠れ穴へ数日滞在、ロンドンに数日……合間にパーティに出席ですね。日程を組んでおきます」

 深夜の自室でエリュテイアがいつもと同じく淡々と言う。頼む、とだけ言った。従者がいてよかった。課題もあるしアンブリッジに眼を光らせないといけないし、チョウは不安定だし、未だに悪夢は見るし、なにかとせわしない。パーティの選別やらを誰かにしてもらわないと、とてもではないがやっていられない。

「グリーングラスから衣装が届いております」

「なあ、あそこの女性陣はおかしくないか」

 エリュテイアが杖を振る。卓が現れ、ついでに化粧箱が現れた。ちょうどドレスが入っていそうな大きめな箱だ。

「……リディア本人に着せろよ」

 事前に知らされてはいたが。「英国に帰ると縁談とかが面倒だからよろしくね!」とのことだ。つまり社交が面倒で、イルヴァモーニーでお友達と過ごすらしい。楽しそうでけっこうなことだ。そしてリディアの母と祖母は「それなら衣装を送るから着てちょうだいね」と、こういった状況になったわけである。

「後ほど写真を撮って、グリーングラスに差し上げましょう」

――俺の黒歴史になりそうだ

 情報収集は大切であるし、それがセドリックの仇討ちに繋がるなら女装もやむなしである。が、グリーングラスの連中はウィスタを着せ替え人形にして楽しんでいないか。いるだろう。畜生。

「……好きにしろ」

 考えることを放棄して手を振った。

 ◆

 ハリーたちへのクリスマスプレゼントも、クインへのプレゼントも見繕い、隠れ穴への手みやげも選び、準備は万端だった。クイン関連は己の感覚に甚だ自信がないので、親愛なるロジャーに相談したが。彼女が頻繁に変わるのはいただけないし、たまに別れ話がこじれて頬を腫らしているが、女の子にモテるのである。そろそろ一本に絞れよと思うが、ウィスタが言うことではない。

――絞れない理由があるんだろうなあ

 どうも気になる子がいるらしいのだが、誰なのかは不明だ。ともかく、クインへのプレゼントがどうにかなったからよしとしよう。

 冬期休暇前、最後の授業はたいした事件もなく終わった。また一人スリザリン生が謎の病にかかったそうだが、ウィスタの知ったことではない。そいつが悪趣味な歌を歌っていたコーラス部隊の一員だったそうだ。不思議な病もあったものだ。双子とリーとエリュテイア、ついでにジニーがこそこそ動いているようだが、誰も尻尾を掴めないだろう。

 ハリーたちは会合に出かけ、ウィスタとエリュテイアは下級生に勉強を教え、夜を過ごす。寮杯に興味はないし、グリフィンドールに対する帰属意識もたいしてないが、下級生がバカな教師未満の授業のせいで振り回されるのは癪に障る。本当は、かなり強引な手を使えばアンブリッジを追い出せるのだ。魔法省と全面的敵対姿勢をとりたくないから、じわりじわりと絵を描いているだけで。つまり、下級生の苦労はウィスタもといリアイスのせいであり、ダンブルドアのせいでもある。もちろん一番クソなのはファッジだが……。

 ひとまず得意な魔法薬学を教え、ついでに闇の魔術に対する防衛術の基本的な呪文も教え、としているうちに夜は更けていった。下級生に勉強を教えているなんて、なんだかウィスタが優等生みたいではないか。パーシーでもあるまいし。

 パーシーのことを思い出して憂鬱な気分になった。せっかく暖炉の前に陣取っているのに、背中が冷える気さえする。パーシーに表立った動きは見えないが、相変わらずファッジの腰巾着をしているようだ。どうしようもない。

 就寝時間が近くなり、下級生たちがおやすみを言って寝室に引き上げていった。上級生たちもちらほらと寝室に行き、談話室に人はまばらだ。

 やがて、会合メンバーも三々五々に帰ってきた。一斉に帰ってきたら怪しまれるのは彼らも了解済みだ。疲れたのかあくびをしながら寝室に行く。そうして、ロンとハーマイオニーも戻ってきた。ソファに座り、ハーマイオニーは出入り口をちらりと見やる。

「ハリーは」

「取り込み中……だと思う」

 なんとも意味ありげだ。ロンの顔から手がかりを探ろうとしたが、役に立たなかった。取り込み中にしても解釈が分かれる。たとえば必要の部屋で片づけをしているだとか。思案に暮れているだとか。あとはどうだろうか。この場合は――。

「チョウも残ってたわ」

「修羅場にならないといいけど」

「なんにせよ、避けては通れないでしょう」  エリュテイアの言に頷いた。チョウとセドリックは付き合っていたのだし、突然セドリックを失った。そしてハリーは現場に居合わせたし、セドリックが殺されたと言った。チョウはセドリックの最期を知りたいだろう。

――最期もなにも

 語れるほどのものはない。杖の一振りで、短い呪文でセドリックは殺された。正確な状況など知る暇もなく。

 口元を手で押さえた。耳鳴りがして冷や汗が滲む。固く固く眼を瞑った。俺が辛いのは自己憐憫にすぎない。一番酷い眼に合ったのはセドリックだ。仇をとりたいのも所詮は自己満足だ。

 控えめな香りに眼を開けた。卓の上には茶器が置かれていて、ハーブティが暖炉の火で紅に染まっている。エリュテイアの仕業である。わずかに震える手を茶器にのばす。少しずつ飲んでいった。ハーマイオニーもロンも静かなものだ。ここで声をかけられていたら困っていたところだ。

 汗がひき、混乱が収まったころ、ハリーがふらりと帰ってきた。へろへろとソファに座り――もはや崩れたといったほうが正しい――なにやら唸った。

「で? 首尾はどうだったの」

 ハーマイオニーはきわめてさりげなく問いかけた。ハリーはうろうろと視線をさまよわせ「なにも」と言いかけた。しかしハーマイオニーが許さなかった。

「チョウと一緒に残ってたわよね」

「あー……」

 緑の眼がウィスタに向けられ、ロンに向けられ。しかしウィスタは眼を逸らし、ロンは面白がっていた。

「キスした」

 ロンはにやにやした。悪趣味である。ウィスタはすぐさまソファから立ち上がりたかったが、ハリーに素早く腕を掴まれた。おい。立ち上がろうとするウィスタと、道連れにしたいハリーの間でしばらく静かな戦いが繰り広げられ、ウィスタが負けた。

「……おめでとうって言えばいいのか?」

「僕のキスはそんなに下手なのかな。チョウ……泣いてたんだけど」

 なんとも返事に困る。そもそも女の子が泣くどうこうは繊細な話題であるし、ウィスタはクインを泣かせたことはないし、キスの技量は知らないが。そんなに下手とも……いや、寮が違うから頻繁に会っているわけではないが。

「どう思います。グレンジャー先生。俺たち女の子の心理は、ほら」

 暴投しても、ハーマイオニーは見事に受け止めた。ハリーに懇々と言い聞かせる。いい、チョウは傷ついているの。なにせセドリックを失ったんだから。でもハリー、あなたのことが好きになってしまって、つまり罪悪感と好きな感情でしっちゃかめっちゃかなのよ。せいぜい優しくしてあげなさい。彼女がセドリックの思い出話をしても聞いてあげるのよ等々。

「ハーマイオニー」

 ロンが神を崇めるような眼で、ハーマイオニーを見た。

「君、女の子の心理について本を書きなよ。世界の男子が救われるよ!」

 ◆

 ハリーとチョウに進展があったのは喜んでいいのか悪いのか。巧くいけばいいと思っている。ハリーは昔からチョウが好きだったわけだし。ごちゃごちゃとした頭で、おやすみを言って自室に戻る。エリュテイアがそつなく安眠の準備を整えてくれて、ウィスタは布団に潜り込むなり眠りに滑り落ち――灼熱の痛みで眼を覚ました。

 片眼を押さえ、寝台から転がり落ちる。エリュテイア、と呼ぶまでもなく、従者が室に飛び込んできた。

「あいつが、なにか――」

 喘ぎ喘ぎ伝えようとした刹那、どこからか微かな悲鳴が聞こえることに気がついた。

「……ハリーの様子を」

 灰緑が案じるようにウィスタを見やる。行け、と手を振れば、細い背中が遠ざかった。敷物に座り込んだまま一分か二分か。再び扉が開く。

「我が君」

 エリュテイアの青ざめた唇が報せを紡ぐ。

 アーサー・ウィーズリーが襲われました。

 揺れる車内から外を見る。銀色の峰が連なる様は、ウィスタの熱っぽさを鎮めていった。手紙を燃やす。涙が落ちた筆跡もなにもかもを消してしまった。

「……お疲れさま」

 労りの言葉に軽く頷き、ホグワーツ特急コンパートメントの座席に身を預けた。頭は冴えているが身体は重い。ついでに瞼も重い。

「俺は何もしてない」

 ハリーが悪夢を見て警告を発し、アーサー小父がどこかで襲われたと判明。ダンブルドアは肖像画を派遣して状況を把握し、ウィスタはウィスタで第七分家のヘカテと、ヘカテの姉に『炎』を飛ばした。ヘカテの姉、第七分家長子は癒者なのだ。それも凄腕の。結果としてアーサー小父は助かった。手紙にしてもウィスタが作成したわけではなくエリュテイアが書いたし、たいしたことはしていない。つまりモリー小母に礼を言われるようなことはできていないのだ。

「ハーマイオニー、小父さんと小母さんに手紙は?」

 向かいに座る魔女は、悩ましげな顔をした。ハーマイオニーは休暇中にスキー旅行へ行く予定だったのだ。ハリーとウィーズリーきょうだいが夜中にこっそり出て行って、スキー旅行なんて言っていられなくなったわけだが――。

「監視はないかしら」

 唇の動きだけでハーマイオニーは言う。ウィスタは頷いた。隣に座るエリュテイアが盗聴防止その他をかける。

「アンブリッジもウィーズリー家のことは掴んだだろう。省内でけが人が出たとか……仮に監視されていても問題ない」

 ハリーが『視た』お陰で、ダンブルドアは素早く動けたのだ。なぜアーサー小父が夜中に省内にいたのか? 逆流トイレ事件その他の残業がどうこう。たまたまトイレに行ったら廊下で不審者を発見しておいかけたら云々。ごり押しである。実際に不審者もとい蛇の這った跡が廊下に残っていて、ひとまずの言い繕いはできた。魔法省、いいやファッジはこの件をうやむやにするらしい。腐っているが、今回は助かった。

 省の一件はアンブリッジに届いているし、ハーマイオニーがスキー旅行をとりやめる件を両親に報せても問題ない。なぜハリーとウィーズリーきょうだいが夜中に飛び出していったかの説明もどうにかついた。アーサー小父の同僚のパーキンスだがバーキンスだかが、緊急ふくろう便をモリー小母に出し、いち早く子どもたちにも報せが伝わったから……ということになっている。パーキンスはよぼよぼの爺だけに、ふがふが言いながら適当に口裏を合わせたようだ。

――実際、つじつまは合っているし

 下手にウィーズリーきょうだいとハリーが聖マンゴに突撃していればおじゃんだった。どうにかこうにか父が抑えて、夜明けまで待機させたのだ。さぞかし骨が折れたろう。ウィスタ、エリュテイア、ハーマイオニーは遅ればせながらそんな父のもとへ向かっているのだ。

 ◆

 駅ではヘカテが待っていて、なんと馬車ではなく車に放り込まれた。

「やっと現代に近づいたな」

「馬車でもいいですが」

 するりと運転席に滑り込んだヘカテが返す。軽く杖を振ってエンジンをかけ――魔法で改造しているせいか、静かなものだ――ハンドルを握る。

「威圧すべき相手がいませんからね。派手に登場しても仕方ないでしょうよ」

 ちなみに車を飛ばそうが、馬車を飛ばそうが速度はたいして変わらないようだ。馬を養う費用その他、権威づけどうこうの差はあるが。車が道路に滑り出す。

「止血が早かったのがよかったんです」

 肖像画の警報を受けていち早く駆けつけた守衛が応急措置をして、夜中にも関わらず職員も多く出てきた。その中にはエイモス・ディゴリーもいて、さらに的確な処置――癒しをかけた。彼は魔法生物に関わる部署にいて、癒者ほどではないが知識はあった。

「そして聖マンゴ……と」

「これが蛇の跡です」

 ヘカテが片手で運転しながら、空いた片手で写真を差し出してくる。情報源はエイモス・ディゴリーだ。彼は騎士団員ではないが、協力者だった。

「すぐさま洗浄されましたが」

「しかたないな」

「ファッジの勅命で」

「……あのおっさん、省員が殺されかけても無視か」

「執行部と闇祓い局はカンカンです」

 そうでしょうね、である。そんなもんマグルの鑑識でも怒る。リンカーン・ライムだって激怒だ激怒。現場保存は大切なのだ。ちなみにウィスタはマグルの警察ものや科学捜査系も読むのだ。

「スクリムジョールがナイアードを召喚して検証させましたので、問題はありません」

 で、とヘカテを促す。答えなんてわかっていた。蛇、散った鱗。人を殺傷できるほどの大きさとくれば。

「ナギニでした」

 肩をすくめた。ヴォルデモート本人が乗り込むこともできるだろうが、あれはよほどでない限り出張らないだろう。ナギニはいわゆる斥候か。ルシウス・マルフォイあたりがトランクに入れて運び込めば仕舞いだし、ナギニの何倍も大きいバジリスクだってホグワーツで隠密行動ができたのだ。どうとでもなるだろう。

「ナギニがアーサー氏を丸飲みにして拉致していなくて幸いでした」

 静かな言にぎくりとした。背後に顔を向ければ、従者は相変わらず冷静沈着だ。まさしく氷の女である。隣のハーマイオニーは涙目だが。ウィスタもハーマイオニーも、ヘカテもエリュテイアがなにを言わんとしているのか十分すぎるほど察してしまった。

「隠れ家に連れて行かれて、服従の呪文か……磔刑か……そちらのほうが惨いですしね」

「それをナイアードの前で言わないように。エリュテイア」

 ヘカテが嘆息し、続けた。

「あれにとって蛇は鬼門だから」

 するりと車が止まる。窓から見えるのはブラック本邸だった。

 

――そんなに柔じゃあないはずだが

 ウィスタは後方を見やる。ちらりと捉えたハリーは、どことなしに顔色が悪く、背も丸くなっているように思えた。といっても、親愛なるドラコ坊ちゃんのようにふんぞり返る性格ではないし、元々痩せ形だ。ハリーもウィスタも育ちはよろしくない。ほぼ虐待ラインの暮らしをしていたわけで、丸々つやつやとはほど遠い。豚になるくらいなら死んだほうがマシってもんだが。ウィスタはルード・バグマンのような腹の出たおっさんにはなりたくないのだ。ちなみに奴さんは借金まみれで小鬼にみぐるみはがされそうになったところをリアイスが拾った。相変わらず魔法ゲームスポーツ部の部長である。貴重な情報源であった。使えるかわからん駒でも置いといたら役に立つかもしれないし。

 前に意識を戻す。リーマスとトンクスが並んでいて、殿はマッド・アイ。中央にウィスタやハリーたち、ビルやモリー小母をはじめとしたウィーズリー家の面々である。向かうのは聖マンゴである。車を二台ほど手配するか、公共交通機関を使うかで騎士団は議論し、結果として地下鉄と徒歩となった。軽い遠足だ。ウィーズリー家の面々は、ビルとモリー小母を除いて嬉しげだ。夜中にたたき起こされて父親の危篤を知らされて緊迫していたのだ。無理もない。

「……そうだと楽なんだけど」

 ハリーもあれこれあったせいで様子がおかしいのだと思いたい。単に寝不足だったら邸に残して父に面倒を看させればいいだけだ。しかし、寝不足で異常なまでに口を濯ぐか? 鏡をじっと見て考え込んでいたとエリュテイアから報告も受けている。どうにも怪しい。

――そもそも

 ハリーがどういう風に現場を『視た』のかわからないのだ。あのクソ野郎との繋がりが見せたのは間違いない。嘘を言っているはずもない。夢という形をとって遠方の出来事を見聞きしたのだろう。筆頭分家当主のクロードが『未来視』あるいは『先視』、ウィスタが『過去視』の異能持ちであるならば、ハリーは変則的な『遠視』といったところか。そして視え方にもいろいろとある。クロードは一場面だけふっと視ることもあれば、一連の出来事を視ることもある。ウィスタも似たようなものだが、事件の当事者視点で追体験することもある。数ヶ月前、クラウチ・シニアの最期を視たように。

 ナギニかクソ野郎の視点で視たにしろ、傍観者として視たにしろ、ハリーにとって結構な衝撃だったのは間違いない。浮かない顔をしているのもそのせいだろう……。下手に訊けないが。

 なんにせよ帰ったら強制的に寝かせようと心に決めたときには、汚らしいビルの前に立っていた。

 ◆

 聖マンゴ一階は、呪文損傷その他の見本市といった有様だった。羽の生えた女の子やら、靴に噛みつかれる魔法使いだとか、腕が二本あったりだとか。あまりにもしっちゃかめっちゃかで、マッド・アイの義眼と傷だらけの顔なんてかわいいものに思えてくる。

 ごちゃごちゃした一階を抜け、二階に上がった。病室を訪ねてみるとアーサー小父は笑顔で迎えてくれた。ハリーの両手を握って離さない勢いだった。

「君がいてくれなかったら私は――」

「小父さん、僕は……」

 明るい顔のアーサー小父とは対照的に、ハリーの眼はどんよりしていた。ウィスタは寝台脇の小机に土産を置いた。アーサー小父が喜びそうなマグルの科学雑誌だとか、ナイアードから持たされた菓子だとか。ついでに見舞いの名目でガリオンもいくらか忍ばせてある。三年生の時に居候した借りもあるし――普段から世話になっているし――さすがに見舞い金くらい受け取ってくれるだろうと踏んで――概算入院費といくらかである。ナイアードがいいと言ったからいいのだ。

 リーマスはカーテンに囲われた寝台のほうに行った。なんでも人狼に噛まれた患者がいるそうだ。ハリーは相変わらず居心地悪そうにしていたので、ウィスタは引っ張るようにして病室から連れ出した。出際にマッド・アイに視線を流せば、彼は帽子に片手を添えた。好きにしろ、あるいはハリーの護衛はまかせた、か。自然とハリー、ウィスタ、ハーマイオニー、ロン、エリュテイアで連れ立つことになった。

「六階に喫茶室があるわね」

「それより伸び耳でさ――」

 ロンは未練たらたらで病室を振り返った。

「フレッドたちに任せればいいわ」

「……ハーマイオニー」

「なにかしらウィスタ」

 なんだかんだで双子のことを買っているよな、という代わりに

「大変監督生らしいな」

 と、告げれば栗色の髪の毛が一瞬だけふくらんだ。

 ハリーはだんまりで、エリュテイアもだんまりで、ロンは肖像画に絡まれ、ハーマイオニーはあれこれと肖像画に質問し、三階、四階、と階段を登っていく。五階にさしかかったとき。

「さあ君、サインはいりませんか」

「いえ結構です!」

 聞き覚えのある声と聞き覚えのありすぎる悲鳴が響いた。ものすごく厭な予感とともに、廊下へ顔を突き出す。頬がひきつった。

「ちょっと何の――」

「喫茶室は六階だよハーマイオニー!」

 背後でハリーとハーマイオニーがすったもんだしている。ウィスタも便乗した。

――ヤバい

 どうにか一行を六階に誘導しないといけない。しかし、ウィスタとハリーの必死の願いも虚しく、ロンがウィスタの肩越しに廊下をのぞき込んだ。背の高すぎるやつってこれだから。

「ネビルじゃないか!」

「おやお友達ですか! 君たちもサインを――」

 ウィスタは杖を振った。ネビルを壁際に追いつめていた魔法使いが沈黙した。輝く金の髪に青い眼、いささかやつれているが元気そうだ。

 五階は呪文性損傷の区画だ。つまり、忘却術による損傷も適用されるわけで。

 懐かしのロックハートも入院していたのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。