【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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四十六話

「坊ちゃん、服のご用命はございませんか」

「足りてるよ」

「ドレスとか」

「いらんわ」

 ウィスタはくだらないことをほざく魔法使いを睨んだ。第二分家麾下リガーダントの兄弟の、弟のほうである。兄弟そろってナイアードの側近だ。

「いつも坊ちゃんの服をお針子たちがきゃっきゃ言いながら」

「……今度なにかあればな」

 返し、種を撒いていく。リガーダント弟もせっせと働いていた。一階の空き教室にはスプラウト、マクゴナガル、フィレンツェ、ウィスタ、エリュテイア、リガーダントがいた。ウィスタはこの時間空いていて、たまさか廊下でマクゴナガルと出会ったのである。「教室の改装に興味がありますか」と誘われてついていったら、手伝うことになった。まず教室に土を敷き、種を撒いて発育させる。次に切り株を植えたり、樹を植えたりと忙しい。ついでにスプラウトやマクゴナガルが生育にまつわる魔法や、変身術を教えてくれるのでおもしろい。

――第七分家に依頼したのに

 なぜかリガーダントが出てきたが、気にするまい。土やら樹木やらは第七分家が用意して、リガーダントが運んできたわけだ。城の修繕に関しては第二分家の領域なので完全な専門外というわけではない。ないが。

「ナイアードは俺のこと心配しすぎだろうよ」

「そう言わずに坊ちゃん」

 あなたはずーっと怪我続きですからね。親戚のお兄さんとしては心配なんでしょうよ。しれっと言われて言葉に詰まる。親戚とはいえ又従兄弟で、遠縁なのだけど。ありがとうなんて死んでも言ってやらない。

「……俺よりネビルを気にかければ」

 ナイアードとネビルは従兄弟どうしだ。ネビルのほうは知っているかは不明だ。ロングボトムの長女がリアイスに嫁いだのだ。

「帰りにちらと見ていきますよ。ナイアードには言われてませんけどね」

「ならいい」

 返しながら気持ちが沈んでいく。ナイアードは父も祖父もヴォルデモートに殺されている。惨い死に方だったらしい。ネビルは父も母も廃人にされた。これもヴォルデモートの命令ではないが、ヴォルデモートのせいだ。

 あらゆる悲劇の裏にはやつがいるのだ。

 

 大改装が終わり、空き教室は森になった。そうとしか言いようがないのだ。照明は柔らかく、緑の絨毯は腐葉土の感触で、切り株がいくつもあり、樹も何本か植えてある。仕事を終えた教師たちとウィスタとエリュテイア、そしてリガーダントが退出しようとしたとき、呼び止められた。

「ウィスタ・リアイス」

 少しよろしいですか、と手招かれる。ウィスタはエリュテイアに教室の外で待つように言い、フィレンツェに歩み寄った。切り株に腰を下ろす。

「どうしたんです」

 フィレンツェの眼は深い青玉のようだ。その双眸をひたと向けられたものだから、ウィスタは心がざわついた。彼の顔に憂いが刷かれていたからだ。

「すっかりリアイスの男になりましたね、ウィスタ」

「厭でも成長するしかなくって」

 軽く返す。たいてい少年扱いなので、このように言われると面はゆい。しかも相手はケンタウルスだ。英知の民。星読み。人間とは違う視点を持ち、永い時間を生きるもの。

「禍つ星の色彩を持つリアイスよ」

 ふう、とどこからともなく風が吹いた。冷たく湿った、墓場の風。青い眼が、ウィスタの片眼を射抜く。

「我々は、個々人の宿命を読み解くことをあまりしない。だが――あえてそれをしよう」

 黄金のグリフィンよ。声はどこまでも静かで、預言の響きをはらんでいた。いずこからか下される言の葉……。

「喪失の卦が出ている」

――あなたたちにとって

 人間の宿命なんてものは小さい問題のはずだ。言いかけて、フィレンツェの超然とした雰囲気に黙らざるを得なくなる。ああこれは本物の預言者だ。過去を視るウィスタとは反対の力……。

「遠からず喪うことになろう」

 冷たい手が、頬に添えられる。指が片眼の際に――深紅に染まったそれに――かかる。

「悲しみこそが君の力となろう。人のために祈るのは一族の流儀に反するが、私は祈ろう。星読みが……預言が外れることを。君の心が壊れてしまわないことを……」

 彼の声には深い慈愛があった。慈愛と哀しみが。

 行きなさい。優しく促され、ウィスタは無言で立ち上がる。吐く息が白く凍っていないのが不思議だった。フィレンツェに魔法騎士の礼をとり、教室を出る。

「……我が君?」

「いや」

 なんでもないんだ。従者に言って頭を振る。

――絶対の運命なんてない

 未来はわからない。だから、星読みの言葉も外れるだろう。外れて欲しい。

 切なる祈りが裏切られることを、リアイスの男はまだ知らない。

 ◆

 ウィスタはフィレンツェの不吉な預言について、口をつぐんだ。黒い染みのようについてまわる不安から強いて眼を逸らした。なにせやることはたんとある。下級生の勉強をみてやるだとか、ハリーを地下まで連行するだとか。

「失神せよ」

 闇討ちだとか。就寝時間間際の廊下。猛然と駆けていくアーニーたち。それを追おうとするスリザリンズことアンブリッジ親衛隊なんていう恥ずかしい名前のごっご遊び集団。ウィスタが狙ったのはもちろん恥ずかしい連中である。尋問官だとかなんとか隊だとか、まったくいただけないね。

 曲がり角に身を隠し、次から次へと獲物をしとめていく。最後のほうには無言失神呪文である。みんなで仲良く転がってろ。

――出ると思ってたよ

 ハーマイオニーの呪詛が発動したのだ。連動して署名は燃えた。あとは全員逃げ延びられるように援護するだけ。それが一番難しいのだが。

 ウィスタは必要の部屋の周辺を飛び回り、次から次へと狩りをした。なにせ城のことなら熟知している。隠し通路にある矢狭間から――知っていないと見えないのだ――から杖を突きだして狙い打ちなんて朝飯前だ。

 全員片づけた頃、エリュテイアが戻ってきた。

「こちらも完了しましたが――」

 ハリーが捕まりました。報告に軽く頷いて、しかし足は既に動いている。夜の廊下を疾走し、隠し通路も駆使して最短経路を選択。あんのうっかりめ。

 校長室に飛び込めば、室は嵐が通り過ぎたような有様になっていた。床にはファッジ、アンブリッジ、ルキフェル、キングズリー、ドーリッシュ、マリエッタが転がっていた。

「……派手にやりましたね」

「かわいそうなことになったがの。こうでもせんと怪しまれる」

 ルキフェルとキングズリーには後で謝っておいてほしい。ダンブルドアは飄々としている。室の隅でハリーとマクゴナガルは青ざめていた。ウィスタも現場にいたかったとつくづく思った。ダンブルドアが戦うところなんて、なかなか見れるもんじゃない。

「校長として残留もできますが……先生、どこかに――?」

 皺だらけの手が、フォークスの尾を掴む。瞬いているウィスタに、ダンブルドアは言った。

「そろそろ監視から逃れたくての。やることがあるんじゃよ。あとは好きにして構わんよ」

「手始めに今回の件の噂ばらまいておきますね」

 新聞部にネタを流せばいい記事を書いてくれるだろう。ダンブルドア一人に大臣と役人がこてんぱん。大失態! だとか。わくわくである。

 ウィスタ! とマクゴナガルがお怒りだが知ったこっちゃない。娯楽は必要である。

「……まあ好きにしなさい。君らも我慢しとるじゃろうからのお。さて、そろそろ行くことにする。ミネルバ、後は任せたよ。ハリーも閉心術をしっかり学ぶように」

 紅と黄金の炎が渦巻き、老賢人の姿は煙のように失せていた。

 

「――えらく仰々しいですね」

 ダンブルドアが逃亡から数日後、ウィスタは地下のスネイプの室にいた。例によって例のごとくこき使われているのだ。平たく言えば雑用である。鍋磨きから棚の整理からあれこれと。スリザリン生にやらせればいいものを、ウィスタの背後にちらつく父の影への「ムカつき」とウィスタの使い勝手の良さを秤にかけ、結果利便性をとったわけだ。

 雑用を終えてみれば、意地悪な教授は無色透明な液体を小瓶につめていた。強化魔法をかけ、割れないようにしている念の入れようだ。

「あの頭の足りない阿呆に頼まれてな」

 我が輩に調合を言いつけおった。アンブリッジ、あんた早く逃げないと鍋で煮込まれるぞ。ウィスタは別に構いやしないが。大臣の勅命でホグワーツの校長になったはいいが、アンブリッジは校長室に入れない。城自体がアンブリッジの校長就任を認めないし、校長室にはマクゴナガルの呪文がかかっている。ついでにウィスタも末裔特権を行使したので絶対に入れない。誰があれを校長と認めるもんかよ。

「あんだけ愉快な記事が出回っても居座るくらいですからね。脳味噌が小さいんでしょうよ」

 で、厚顔無恥なあれになにを頼まれたんですか。問いかけようとして、もう一度小瓶を見た。中身は無色透明。アンブリッジの依頼。

「――真実薬」

「……の偽薬だ。ただの水だが」

「それで十分でしょうね」

 スネイプが真実薬だと言って渡せば問題ないだろう。おめでたい女。

「リアイス」

 なんだよと視線を投げれば、スネイプの杖が棚を示した。ぱっと戸が開く。

「火薬が余っている」

 使い方はわかっているだろう。スネイプの態度は淡々としていたが、腹の底には怒りが煮えたぎっているようだ。それもそうだ。アンブリッジ新校長殿は偉そうにふんぞり返り、スネイプに真実薬調合なんてバカげた仕事を投げたのだ。下手をすればスネイプも監獄行きである。

 無言で棚に近寄り、謹んで紙袋を手に取った。

――そろそろ

 動き出してもいい頃だ。

「ほれぼれする手腕だ」

「神懸かっている」

「いや悪魔さ」

「それもそうだな」

「――お前らな」

 空き教室で腕を組んだ。にやにやしているのは双子である。恥ずかしい親衛隊のひとり、モンタギューを軽く蹴った。ウィスタが背後から失神呪文を仕掛け、ついでに忘却呪文もかけたので無力化されている。床と接吻中であった。

 モンタギューが双子に言いがかりをつけて減点しようとしたのが悪い。そもそも親衛隊はアンブリッジの私的組織で、ホグワーツで正式に認められていない。つまり罰則等の権限はない。アンブリッジは諦めの悪い女だった。どうにかホグワーツを支配しようとして失敗している。認めようとしないのが、アンブリッジのかわいそうな頭の出来の証左であった。

「どうするよ諸兄。樹に吊すか?」

「それも魅力的だ」

「だが」

 さ、と双子が示したのは飾り棚だ。あちこち壊れているようで、元々はけっこうな美品だったろうに哀れな有様だった。

「こちらはなんと」

「姿をくらます飾り棚さ」

 三人でにやりとする。それ以上言葉はいらなかった。悪童たちはモンタギューを引きずり、飾り棚に放り込んで戸を閉めた。

「よい旅を!」

 さて、モンタギューに旅行という贈り物をしたが、ほかにも贈り物をしたい相手がいた。

「――仕掛けは済んだのかい、弟分よ」

「フレッド、俺たちの弟分だぜ? そりゃ当然さあ」

「決行は昼食時だ。各階に仕掛けてあるよ」

 もちろん新校長殿の室の周りにたっぷりとある。報告すれば双子は満足そうに頷いた。三人で意気揚々と大広間に向かう。じきに昼である。ごった返した廊下を行く。大広間、グリフィンドールの席に滑り込めばハリーの姿がなかった。

「どこ行ったんだ?」

「あれに呼ばれて」

 エリュテイアの返答は簡潔極まりなかった。しかし意味は通じる。あれなんて一人しかいない。

「大丈夫かしら」

「……必死だな」

「君ね、落ち着きすぎだよ」

「だってあいつなにもできないもん」

 真実薬はただの水であるし、ハリーにうっかりそのあたりを言い忘れていたが、アンブリッジが入れた飲み物なんて口にしないだろうハリーは。油断大敵。それにハリーはダンブルドアの居場所を知らない。答えようがない。

――しつこいな

 アンブリッジはウィスタのこともしばしば呼び出していた。ダンブルドアの居場所と、実父の居場所を知らないか……である。手柄をあげて挽回したらしい。ウィスタは薄く笑んで「僕も正常な魔法界を取り戻したいのですが」と適当にかわした。アンブリッジは純血名家出身のウィスタに甘く、憂い顔をしたらころりと騙されるのだ。なんて浅い女。ついでに盗聴・盗撮機を増やした。ホグワーツの校長を不当に追い出した罪等々、罪状が積み上がるばかりだ。賢ければホグワーツから逃げている局面だろう。未だに魔法省の権力という、霞のように曖昧模糊としたものにすがっているようだ。「今に見ていなさい」と廊下で吼えているところも目撃した。無理だと思うな。

 昼食を――スクランブルエッグやらスープやら、パンやら――をだいたい片づけ、机の下で杖を振った。三拍後に、轟音とともに魔法の天井から塵が落ちた。

「な、なにごとです!?」

 アンブリッジが立ち上がり、フィルチを引きずるようにして大広間を出ていった。生徒もわらわらと続く。平然と昼食を片づけている者もいたが。ウィスタはそのまま食べ続け、エリュテイアも同様。ハーマイオニーは素早く食べ、ロンを引っ張って出ていった。教師陣は「なんでしょうねえ」とのんびり言って玄関ホールに向かう。入れ違うようにしてレイブンクローのネクタイを締めた女生徒が戻ってきた。彼女はグリフィンドールの長机を通り過ぎざまにウィスタに囁いた。

「あれって何倍にまでなるの?」

「消失呪文で十倍だよ」

 ありがとう。花の香りとともに白金の魔女が去っていく。アンブリッジの呼び出しと、それにまつわる不愉快な記憶がすべて浄化された。

 ウィスタも開発に噛んだ花火――フィリバスターの長々花火より高性能――は、あっという間に城に広がり、アンブリッジごときではどうにもならなくなった。

 生徒は「うっかり手が滑って」花火に呪文をお見舞いした。レイブンクロー生なんか、呪文の練習ついでに倍々に増やしていた。

「娯楽って大事だし、生徒にあまねく提供できて俺は幸せさ」

「言い方」

 呪文学の授業では、とりどりの光が躍っていた。花火と呪文と。極彩色である。ウィスタも遊びがてらに花火を増やし、そっと窓から廊下へ放してやった。ハリーはそんなウィスタを呆れてみるばかり。

「――もっと増やせないかしら。五十倍とか」

「ハーマイオニー?」

 才女は真剣だった。ウィスタと双子たちだって、やろうと思えば五十倍くらいにはできる。安全性を考えなければ。遊び道具の開発とは安全性の考慮も含まれるのだ。ハーマイオニーのことだから、あれこれ考えて限界を突破しそうである。それならそれでいい。

「そうですね。皆さん、普通魔法試験も近づいていますし、好きに復習しなさい」

 フリットウィックの言っていることは至極まっとうだったが、誰かに対する悪意が感じられた。いい先生である。もう五年生なのに、ウィスタに飴をくれるし。未だに身体が弱い子扱いなのだ。薬草たっぷり風邪予防飴である。不味かろうが先生がくれたものなので、ありがたく頂戴していた。

「消失呪文もどんどん練習しなさい」

 さすがフリットウィックである。

 

 イースター休暇に突入した頃、モンタギューが遙かなる旅から帰還した。どこをどう通ってなにを見たのかはっきりしない。ひとまず生きている。頭が少しだけおかしくなっていたが、治る範囲である。アンブリッジは怒り狂ったモンタギュー夫妻に詰め寄られ、右往左往したようだ。ざまあない。

 ウィスタはダンブルドアから言質を取ったのをいいことに好き放題していた。たとえ言質をとっていなくとも好きにしたろう。ただ、礼儀の問題である。

「で、どうしたよ」

 ウィスタは自室でせっせと作業していた。エリュテイアも手を動かしている。基本花火セットやら、上級者向けセットやら。ウィーズリーの花火は飛ぶように売れており、製造が追いつかない。ハリーがなにか話があるというから、作業の合間に聞くことにしたのだ。

「あのね……」

 ハリーは緑の眼をさまよわせた。

「チョウと仲直りしたのか? 今回はチョウが悪いが。マリエッタのことは気にすんなよ。あいつ自分の寮の仲間まで売ったんだから」

 悪質である。チョウは友人だが、さすがに擁護できなかった。ハーマイオニーは密告しないように忠告したのだ。マリエッタの自業自得である。

「その話には触れないで」

 英雄殿のなにかを踏んでしまったようだ。チョウとは破局かな。お気の毒に……なんて言おうものならなにをされるかわからない。ハリーは深呼吸して一息に言った。

「スナッフルズと話したいんだ」

「手紙じゃだめか?」

 リアイスの伝達術式『炎』があるのだから、連絡くらいすぐにつくのだ。が、ハリーは首を振る。

「どうしても聞きたいことあって」

「仲直りの方法?」

「ウィスタ!」

「じゃあなんだよ」

 たまに面倒になるのだ、ハリーは。秘密を守ってくれるいい友達だけれど。ウィスタが死喰い人の息子だと発覚しても友達付き合いをやめなかったし、やつの孫だと知ってもやめていない。ウィスタに真似できるかわからない。

「スネイプの室で……憂いの篩いを見て……」

「記憶を見た」

 うん、である。ウィスタは二の句が継げなかった。よりにもよってスネイプの記憶を見た? 見るか? ハリーならやりかねない。ウィスタはどうだろう。スネイプのじめじめした性格からして、あまり愉快な記憶ではなさそうなので、見ないだろう。自分のことで手一杯なのに、他人のあれこれまで覗いていられるか。

「……で?」

 百万語が渦巻いたが飲み込んで、先を促した。

「スネイプと僕の父さんと君の父さんが……喧嘩してて」

「いつものことじゃないか」

 一対二だが、スネイプも弱くないだろう。なんせ室に火薬をもっている男だ。学生時代から荒事に慣れていそうだった。それにスネイプとウィスタの父は仲が悪いし、もちろんジェームズ小父とも仲が悪いわけで、不思議はない。

「うーん……僕の父さんがスネイプに一方的に言いがかりをつけて……君のお父さんも……」

 ハリーの声がだんだんと小さくなる。悪戯を見つかった子どものようだ。それか折檻をおそれる子どもか。厭な記憶を封じ込め、続く言葉を辛抱強く待った。

「酷かったんだよ。具体的には言いたくないけど。最終的には君のお母さんが通りがかって、父さんたちを湖にドボンだった」

「さすが俺のおふくろ。男前だよ」

 男二人を湖にドボンか。たしかウィスタの母はジェームズ小父の幼なじみだったはずだが、容赦ない。

「直接なあ……」

 ハリーを連れ出して、ホグズミードで話せれば一番いい。あまりおすすめできないやりかただった。父がいいと言っても、ウィスタは却下する。なるべく楽な方法で、危険が少ない方がいい。

「アンブリッジの室の暖炉はいかがです」

 従者の進言に、ウィスタは指を鳴らした。それだ。第三分家からの報告で、アンブリッジの室に煙突飛行ネットワークが組み込まれていると聞いていた。それに煙突飛行粉がたっぷりと置いてある。

「鍵は――スナッフルズからもらったナイフがある」

「あとは陽動だな」

 鼻歌を歌いたくなった。ちょうどあてがあるのだ。

「軽い軽い。十五分、二十分は稼いでみせよう」

「ウィーズリー家の恩人のためだ」

 双子はあっさり頷いた。それでこそ双子。それでこそ二代目悪戯仕掛け人。

「じゃあ、休暇明けな」

 会議の場所は厨房だった。ウィスタたちが集まっても、屋敷しもべたちは快く迎えてくれるし、秘密を漏らすこともない。彼らもアンブリッジにはうんざりしているのだ。高等尋問官にはもっと上等な料理を出しなさいだとか、室の掃除がなっていないだとか、とにかくいびってくるらしい。人外が嫌いなのだ、アンブリッジは。

「たっぷりと売りさばいたし、通信販売も整えたからしばらく楽しいことになるぞ、アンブリッジは」

 フレッドがひひひと笑った。

「ちょっと在庫が残っているから、好きに使えよ。リーにも託してあるし、我らが先生も持っているさ」

「偉くなったもんだな、エリュテイア」

「よく出来た弟子たちです」

 エリュテイアは澄まし顔だ。従者はいわゆる相談役だったはずだが、いつの間に師匠になったのか。

「箒の鎖は無力化しておきます」

「さすが俺たちの先生」

 楽しそうでなによりである。

 イースター休暇明けの夕刻、ウィスタとエリュテイアは北塔のてっぺんにいた。

 そろそろです。エリュテイアが言うか言わないかの時に、爆音とともに二つの影が玄関ホールの大扉から滑り出る。彼らを追うように大歓声が城を震わせる。

 ウィスタは大笑いしながら杖を振った。光があふれ、天にWWWの文字が打ち上がる。紺色の空に浮かぶ影たちが杖を振った。

「お求めはダイアゴン横丁九十三番地まで! ウィズリー・ウィザード・ウィーズをご贔屓に!」

 白い花が咲き、大量のチラシがばらまかれる。生徒たちが校庭にあふれ、口笛を吹き、チラシをつかみ取る。やんややんやの大喝采を背に受けて、粋な双子は自由を手にし、冒険へと踏み出したのだ。

 

――伝説の誕生を目の当たりにした生徒たちの間で、悪戯が流行した

 監督生や首席まで噛んでいるのだから、アンブリッジはきりきり舞い。ウィスタは愉快な気分で喜劇を眺めていたのだが、とある報告に胃が痛くなった。

 スネイプが閉心術の授業を放棄したのである。

「こりゃあ……どうしようもねえや」

 ハリーはスネイプの怒りを買ってしまったわけだ。無理なもんは無理である。こうなればウィスタが教師役をするしかないのだろうか。絶対に厭だ。親にも友人にも見せたくないものがたんまりあるのだ。厭だったら厭だ。問題を棚上げした。ウィスタがあれこれ考えることはない。ハリーに関してはダンブルドアの管轄なのだ、そもそも。それに差し迫った問題があった。進路相談である。

「――では、卒業後は」

「家業を継ごうかと。魔法薬学師の資格と錬金術師の資格はとりたいですけど」

 進路相談はマクゴナガルの室で行われた。隅のほうで羽根ペンの音がするが無視だ。

「では、次学年でも魔法薬学は継続ですね。ふむ。癒者はどうです」

「ご冗談を」

 ウィスタの力は癒しよりも破壊に向いているのだ。マクゴナガルだってわかっているだろうに。マクゴナガルがなんだか悲しそうにしているが、気のせいだろう。気のせいだ。

「教師はいかがです?」

「先生、熱でも……」

 かなり心配になってきた。ウィスタが教師なんてそんなまさか。双子と一緒にまあまあの悪さをしでかしてきたし、モンタギューだって飾り棚にグッバイしたし、マルフォイに仕置きはするし、と暴力的なのだ。言っちゃなんだが一番教師にしてはいけない人間である。

「あなたの母にも教師の路はあったのですよ。スリザリンの寮監だったスラグホーン先生が薦めたとか……意味はわかりますね」

 マクゴナガルは真剣だった。並々ならぬ気迫が伝わってくる。ウィスタとマクゴナガルはしばし見つめ合い、そこに水を差す阿呆がいた。

「なんと。なんともったいない。彼は官僚に……ひいては――」

 ひいてはなんなのか、ウィスタは聞きそびれた。

「あら高等尋問官殿。あなたの職務は生徒の相談に乗ることでしたか。この子はグリフィンドール生で私の生徒ですよ」

 室の温度が一気に氷点下になった。このまま身の程知らずを凍らせてくれたら万々歳である。

「マクゴナガル先生、また相談しますので」

 笑顔をひとつ。ついでに古式ゆかしい魔法騎士の礼もとる。アンブなんとかは視界から消した。

 背を向ける間際、マクゴナガルが片眼をつぶった。

 厳しいけれどお茶目な寮監である。

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