【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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五十三話

「俺とスクリムジョールのおっさんがめちゃくちゃ仲いいみたいじゃないか?」

 上質な羊皮紙を丸め、元のように封をする。十二月後半のランパント城。執務室にはそこそこの量の書類がたまっていた。国内外問わず、名家との社交というものは必要で、この時期だとクリスマス関連のものが多い。冬期休暇に突入し、さあ羽を伸ばそうなんてできないわけだ。ウィーズリー家に顔を出すにしろ、ある程度片づけてからだ。

「先代と親交はあったわけですし、致し方ないのでは」

「そりゃあ……なあ」

 従者の言に、意味のないつぶやきを漏らす。母の直属の上官はマッド・アイであったものの、スクリムジョールと繋がりがないわけではない。そもそも、英国闇祓い局をつくったのはウィスタの祖母アリアドネだ。そしてアリアドネの部下――双璧だったのがマッド・アイとスクリムジョールである。あの二人を部下にしてしまう祖母の恐ろしさよ。ともかく、スクリムジョールとウィスタが手紙のやりとりをしても違和感はないわけだ。

 羊皮紙を広げ、羽根ペンを構える。さてなんて書いたものか。スクリムジョールは時候の挨拶を述べたあとに、つらつらと本題を綴っていた。大人らしい言い回しを取っ払えばこうだ。

『君はハリー・ポッターと仲がよいのだろう。魔法省の求心力を取り戻すためにも協力的な姿勢をとってもらえないだろうか。魔法省に出入りする姿をちらと見せてくれるだけでもうれしい……とそれとなく伝えて後押ししてくれないだろうか』

 ともかくスクリムジョールが疲れてるのは分かった。使えるものならなんでも使え、なりふり構っていられるか、だろう。マッド・アイに「あんたの元同僚がこんな手紙をよこしてきたよ」と連絡してみれば「あいつは合理主義すぎてたまに莫迦になる」と返ってきた。容赦ねえ。

「俺が言ったってどうにかならんだろう」

 手を動かす。ああ、大人らしいもとい貴族らしい文というのは面倒である。言い回し自体はするすると出てくるのだけれど、どうしてこうも気が乗らないのか。

『あなたが苦境に陥っているのは重々承知しておりますが、闇祓いでもない一般人に協力を要請するのはいかがなものかと思います。そもそも頼みごとをなさりたいのならば直接会うべきではありませんか?』

 優雅な言い回しに変換し、最後にウィスタ・ブラック=リアイスと署名して封をした。

「我が君まで祭り上げられかねませんよ」

「ないない」

 今だって魔法界のために貢献しているようなものだ。英国はリアイスの庭のようなもの。魔法省にも人を送り込んでいる。というよりも、親の背中を見て入省する者も多い。今更ウィスタを都合よく使おうとしても、意味がない。餌で釣り上げようとしても、金も名誉もリアイスは持っている。

――魔法省はリアイスに頭を下げないだろう

 リアイスは優秀な人材を輩出し、魔法省は受け入れる。その体制を維持するはずだ。なぜならば、英国を治めるのは魔法省であって、リアイスはただの権門、豪族であるから。なにかしらの要請、あるいは依頼をしても懇願はしない。先の魔法大臣に起因した諸々を謝罪、賠償はしても懇願だけはない。ハリーに対しても同じくだろう。魔法界のためと説いて、協力させることはあっても、頼むから力を貸してくれとは言わない。

――便宜を図るどうこう言ってるだけマシか

 現局長のガウェイン・ロバーズを紹介するだとか、その他諸々のハリーへの特典も書いてあった。スクリムジョール、なかなかに必死である。

 執務机で丸くなっているキャスを撫で、ため息をこぼす。スクリムジョールのことは嫌いではないのだけれど、世の中ままならないものだ。

 ◆

「よくきてくれたわ。ああ、こんなに痩せて……」

 ふくよかなモリー小母に締め上げられ、ウィスタは震える手で彼女の背中を叩いた。

「ご無沙汰しております」

「本当に本当に……食が細いと聞いているわ……栄養満点スープをつくってありますし、ほかにも色々ありますからね」

 ようやっと解放され、息を吐いた。エリュテイアが淡々と「手土産」を運び込んでいる。ナイアードから託された菓子だとか、肉だとか野菜だとかあれこれだ。ついでにワインもある。ナイアードはどうやらウィスタを運び屋かなにかと勘違いしているようだ。馬車で仰々しく行くのも厭だったので、拡大呪文をかけたトランクに荷を突っ込んで、天馬に飛び乗ってウィーズリー家にやってきた。

「ああ、我が妹」

「ええ、我が姉」

 玄関から居間に入れば、銀色の髪に青い眼の魔女と、白百合の騎士が抱擁を交わしている。暖炉には赤々と火が躍り、長テーブルにはビルやフレッド、ジョージ、ジニーがいた。

「ボーバトンの文化にはついていけないわ」

「フラーに友達がいてよかったよ」

「なあ親愛なる兄貴よ」

「エリュテイアが男だったらヤバかったね」

「いやいや」

 ウィーズリー家の面々が好き勝手に話し、長兄のビルはにっこりした。それはもう自信満々に。続きをなにも言わないが、ウィスタは察してしまった。

――ビルもなかなか情熱的だ

 モリー小母は「エリュテイアが男ならよかったのに」といわんばかりの眼で、熱い抱擁を眺めていたが。さて、ビルとフラーは夏に結婚するそうだが、嫁姑の仲はどうなるのだろう。

「ハリーとロンは?」

 問いかけ、視線を巡らせる。答えは台所から聞こえてきた「ああ僕だってあと二ヶ月すれば魔法が使えるのに!」と「仕方ないじゃないか」という声であった。

「……手伝いましょうか?」

「いいのよ」

 そっと席をすすめられ、腰かけた。モリー小母の両目は潤み、今にも涙がこぼれそうである。まるで生き別れの息子に会ったかのような態度であった。

――そりゃあ

 単純計算で丸々一年ほど会っていない計算になるが。なると思う。なにせ最後に会ったのはこの時期で、場所はブラック本邸で……。

 紅茶を出され飲み下す。苦いものとともに胃の底へ落ちていく。

 昔々にほしかったものがあった。あたたかい家と優しい眼差しと。賑やかな団欒と。ここにいてもいいのだと思える場所がほしかった。ウィーズリー家にはそれがある。だというのに、足りないと思うのは傲慢か。慣れたはずなのだ。わかっているはずなのだ。求めてしまうのは弱さでしかない。

 ここに。

 黒髪に灰色の眼の魔法使いがいればよかったなんて、口が裂けても言ってはいけないのだ。

 

――クリスマス・ディナーの後半に現れたのだから

 一応、それなりに配慮はしているのだろうか。ウィスタはウィーズリー家のやたらめったら広い庭を歩きながら、空を見上げた。世間の喧噪など知らぬげに、星が瞬いている。天幕でも張って外でディナーでも楽しめたろうなあ……と現実から意識を逸らした。

 数歩先にはスクリムジョールとハリーがいる。

「要するに、ハリー、君は多くの人にとって希望の象徴なのだ。ヴォルデモートを破滅させることができるかもしれない誰かがいるということが……」

 スクリムジョールは臆することなくヴォルデモートの名を口にした。軽く足を引きずり、片手に杖を持ちながら、ハリーをじっと見つめている。あたりはクリスマスの飾り付けのお陰で、仄かに明るい。スクリムジョールの皺と傷跡がはっきり見えた。

「魔法省と協力してことに当たることを――打診を――君の友人から受けていないかね」

 老いた獅子が、ウィスタを振り向く。

「人柄もなにもわからない男に、ほいほい頷かないでしょう。ハリーは」

「ごもっとも」

 だから来たのだ。スクリムジョールはにやりとする。穏やかな紳士どころかどこぞの悪役じみていた。

「僕は魔法省に敵対するつもりはないです。ただ、義務だなんだといって頭を押さえつけられるのは最高に愉快ですね」

 ハリーが断言した。スクリムジョールが眉間に皺を刻む。

――そりゃ無理だろう

 スクリムジョールもわかっているはずだ。ハリーが尻尾を振って魔法省に媚びることはない。なにせ先年の対応が酷かった。

「ダンブルドアと同じく、魔法省から分離すると――?」

「そう捉えてくださって結構です」

「どこまでも忠実だな」

 スクリムジョールが鼻を鳴らした。ハリーは沈黙したままだ。ウィスタはさっさと帰りたくなってきた。モリー小母の七面鳥を、欠片くらいなら食べられるだろうか。

「あんたたちはダンブルドアを気にしすぎる」

 いままでもこれからも、大臣の椅子を狙うようなことはしない。はっきりと口にした。

「……いや、仮に椅子を望んでも周りが止めますよ。爺だし。スクリムジョール、あんたですらそんなやつれ気味なのに、ダンブルドアに仕事をさせてみろ。干からびて死ぬね」

「相変わらず口が悪いな君は!」

「お育ちがよろしくて」

「ウィスタと口喧嘩しに来たんですか大臣」

 ハリーが口を挟んだ。さっきまで眼を怒らせていたが、平常に戻っている。困ったようにウィスタを見る。

「とにかく、ホグワーツに……ダンブルドアに干渉しないほうがいいですよ。ファッジがああなったのですから」

「魔法省は魔法省のやるべきことをすればいい。ダンブルドアは好きにさせておいたほうが効果的ですよ」

 グリンデルバルドの時みたいにね。付け加えれば、舌打ちされた。こういった政治屋をからかうのは楽しいものだ。

 ◆

 交渉は決裂した。スクリムジョールもたいして粘らなかった。ハリーが協力してくれたら儲けものくらいに思っていたのだろう。あとはハリーがどんな男か見てみたかったか。

「……煽ったけど、まさかお出ましになるとは思わなかったな」

「君ね、大臣を煽るってどういうことだい」

 ハリーが怒りながらも七面鳥を取り分けてくれる。なんだかんだでいいやつである。

「お前を説得してくれって手紙が来たから――」

「大臣から手紙!」

 アーサー小父が頓狂な声をあげた。そいつが一般的な反応だ。リアイスなんて姓を背負ってると感覚がおかしくなっていけない。

「俺らペンフレンドなので」

 おっさんと文通してもときめかないんだけどなあ。付け加えれば、ジョージが天を仰いだ。

「そんなに協力してほしけりゃ、直接来たら? って返事をしたらああなったんだ」

「肝が据わりすぎだ」

 フレッドのきらきらした眼よ。ああよかった。双子と大臣をあの場で一緒にしなくて。パーシー相手に物を投げつけたような暴挙をしかねない。

「闇祓いになるにあたって、不利にならないか?」

 ビルが心配し始めた。

「……いや? 俺は魔法薬学士とかそっち方面――だと思う」

 だと思う、でしかない。

「英国が駄目ならフランスにおいでなさいよ」

 フラーが満面の笑みを浮かべた。ロンがぼうっとしている。ウィスタは友人の阿呆面を見ないようにした。

「将来のことはわからないし」

 つっと銀の妖精から眼を逸らす。

「スクリムジョールはそこまで狭量ではない。闇祓い試験にさえ通れば、受け入れる」

 リーマスが茶器を置いた。

「無論縁故だからといって受け入れることもしないが」

 リーンは局長の娘だったが、いっさい手加減なしだった。

「そして……シリウスの冤罪が晴らされた今、ウィスタを阻むものはない」

「だから闇祓いになるとは限らないんだよ」

 リーマスの、わずかな痛みが滲む声。ウィスタは強いて茶化した。そうでもしないとどこまでも沈んでいきそうだ。

――進路について相談できりゃよかったのになあ

 椅子から立ち上がる。モリー小母を軽く抱きしめた。パーシーがさっさと帰ってしまったせいで、目元が赤い。頑固な息子を持つ母親ってのは大変だ。

「じゃあ皆さん、よいクリスマスを」

 階段に足をかける。控えていたエリュテイアが、すっと寄ってきた。

 一段、二段と登っていく。古びた家が軋む中、従者に囁いた。

「ダンブルドアに報告を」

 スクリムジョール訪問せり、と。

 ハリーたちより一足早く、ウィーズリー家を去ることにした。一旦ランパント城に戻り、諸事を済ませる。年が改まったので分家との顔合わせやら、城に詰めている侍女侍従、および妖精たちに報償を下賜したりだとか。給金は夏と冬に色をつけ、新年は反物を贈るのが習わしである。その反物を使って各々服を仕立てるのである。伝統と格式というやつだろう。そこらの量販店で買えばよくないか? なんて言えないわけだ。そりゃあ既製服よりも仕立てのほうが着心地がよいのだけど。

 簡単な荷造りを済ませ、車でホグワーツまで送ってもらった。運転手はイルシオンだ。縁談がどうの、気になる女の子はいないんですか云々とやかましかったが無視した。

 トランク片手に帰還し、マクゴナガルとダンブルドアに「帰りました」と守護霊を飛ばした。マクゴナガルなんて三匹、四匹に守護霊を分割できるのだけど、ウィスタはまだ二匹しかできない。学生で守護霊を修得しているし、伝言も託せるし、分割もできるのだから十分だろうか。

「ハリーのやつ、いつになったら熱が冷めるんだろうなあ」

「好きにさせればよろしいでしょう。しばらく無理です」

 だよね。他愛もない話をしつつ、足を厨房に向ける。休みの間も「マルフォイ犯人説」をハリーは唱えていた。スラグホーンのパーティで、マルフォイが無断参加しようとしてとがめられ、スネイプに引きずって行かれて密談していたそうだ。

――スネイプの線からも情報が探れなかったとなると

 もはやお手上げだ。坊ちゃんときたらかなり追いつめられているらしい。大好きなスネイプの手助けも蹴った。

 スリザリンに伝手がほしくなるのがこういう時だ。あいにくと友人はいない――仮にブラック家が没落していなくて、レギュラス叔父あたりに子どもがいれば、巧いこと手を結べたかもしれないが。悲しいかな、叔父は行方不明でおそらく死んでしまっている。子どもをつくったという話も聞いていない。考えるだけ無駄な仮定である。

 リアイスが柔軟な一族で、グリフィンドール至上主義でなければやりようがあったが。どいつもこいつもグリフィンドール出身。例外は母親だけだ。卒業後までべったりグリフィンドールというわけではなく、それぞれに友人ももちろんいるだろうし、スリザリン系統ともそれなりにつき合いはあるそうだが、ウィスタが今ほしいのはスリザリンへのとっかかりだった。

「……やめだやめ」

 首を振る。ハリーは突っ走りすぎだし、ウィスタは考えすぎなのだ。

 ◆

 ホグワーツの屋敷しもべたちに、新年の祝いで菓子を振る舞い――厨房にどかっと置いてきた――日常が戻った。

 帰ってきている生徒はまだ少なく、ウィスタは談話室を好きに使った。とはいえソファに身を預け、暖炉の前でゆっくりするくらいであった。

「……けっこう危ないやつだよなあ」

 書き付けをぱらぱらとめくる。ハリーに頼んで『プリンス』の教科書を見せてもらって、写したものだ。リーマスに話を振ってみたけれど、身体浮上呪文は彼が学生時代に流行ったもので、プリンスなんて自称する生徒もいなかったのだとか。

『流行りが一周することもあるしねえ』

 私たちの時代の生徒とも限らないよ、と穏やかに言われた。それもそうかとウィスタは引き下がったが、ハリーは「魔法界に王族とかいないの」と爆弾を落とした。リーマスがちらりとウィスタを見て、首を振った。

『民主政治だからね。そもそも、本当に高貴な者というのはそういうのを鼻にかけない』

 ウィスタは沈黙を守った。英国魔法界の王族といっても差し支えないのは、リアイスかブラックであろう。しかし、だ。親の世代でそういった名乗りをした者はいないはずである。断言しよう。なんとか卿ならばいざ知らず、父母は王族やら名乗る人たちではない。

 結局プリンスの謎は深まるばかり。そして書き付けを繰ってみれば、だ。

「セクタムセンプラを書くんじゃねえよ」

 書き付けを握りつぶしたくなってくる。お馴染みの凶悪な呪文である。一年生の時に滅多切りにされ、飛んで四年生の時も食らったあれだ。傷跡は少し薄くなったけれど消えないだろう。首をさする。何度でも思うがよく生きてたもんだ。特に一年生の時。腐っても魔法族なので治癒の力でも働いたのだろう。おそらくマグルが食らっていたら即死だったのではないか。

 鼻を鳴らし、書き付けをローブのポケットに突っ込んだ。プリンスが知識豊富で研究熱心なのは間違いないが、どことなくひねくれたものを感じる。といっても、どうしようもないが。リドルの日記なみに危険であれば話は変わるが、所詮ただの教科書の端書きなのだ。

 そうこうしているうちに、休暇最終日になり、寮生たちがそろってきた。一年生のロレンスとアン――マグル生まれも帰ってきた。

 頬を真っ赤にして二人そろって談話室に来たものだから「よう」と片手をあげてやる。するとぱたぱと寄ってきた。子犬が二匹。いや子猫が二匹か。

「あの、僕たちふくろうを持っていないので、渡しそびれたんですけど」

「遅れたんですけど」

 メリー・クリスマス。きちんと包装された贈り物に、眼を瞬かせた。

「新年早々驚かせてくれるよ」

 そこまで懐かれるようなことをしたろうか? ひとまず礼を言って受け取って、さてはてと小さなグリフィンドール生を見やった。お返しを考えなければ……と思いつつ、二人を順番に抱擁してやる。

 さっと離れ、足早に室へ戻った。マクゴナガルに守護霊を飛ばし、ややあって返事が来た。

「必ずエリュテイアを連れて行きなさい。後ほどリストを送ります」

 さすが先生、話が分かる。

「さてどうするか。羽根ペンにするか……手袋か……」

 なんだかひさびさにわくわくするではないか。お返し選びにクインを誘おう。機会を逃すつもりはない。

 ふっと、姿見に眼をやった。

 黒髪に左右色違いの眼を持つ青年の口許は、ちいさくゆるんでいた。

 双子やリーのようにはた迷惑かつやんちゃな連中ならば、贈るものは決まっているクソ爆弾から噛みつきフリスビーまで揃ったいたずらセットである。しかし、だ。

「……マグル生まれの坊主たちだしなあ」

 いたずらのいの字もない。どうもなけなしの小遣いを貯めてウィスタに贈り物をしてくれた節もある。ホグズミードのとある店、ずらりと並べられた羽根ペンやインクを眺め、ウィスタは腕を組んだ。マクゴナガルから「お使い」を受注してまんまとホグズミードにやってきたが、買い物は長引いていた。クインも誘えば「フリットウィック先生から頼まれて」と買い物につき合い、ついでに『三本の箒』でバタービールを飲み、エリュテイアという護衛付きとはいえ、この間のデートの続きをしているわけだ。最後の最後にロレンスとアンへのお返しを買いに店を訪ねれば、ウィスタたちの身なりから「よいところ」の出だと判断され、店主に奥の間へ通され、商品を並べられた。ランパント城でもリアイスと縁のある商人がやってきて、こうしてずらりはよくある。慣れてはいるが。

「あんまし高いもんだとひっくり返りそうだから、平均的な世帯のホグワーツ生が持ってる、けど少しいいもんで、ペン先が頑丈な羽根ペンか万年筆……と、インクのセットがあればそれで。贈り物だから包装もつけてくれ」

 店主に任せるのが一番だ。彼はいそいそと品を選び、丁寧に梱包した。 

 寮生にバタービールを振る舞い、ハーマイオニーの追求には「マクゴナガルから公的な依頼を受けて出かけた」とかわし、ロレンスとアンにお返しを渡せばえらく喜ばれた。変な気を起こさず、羽根ペン百本セットなんてしなくてよかった。

 バタービールを飲んで、寮生たちがめいめいに楽しんでいる中、一角だけは奇妙な熱気が漂っていた。

「どうなされます」

「受講なしで」

 姿現し講座の知らせが、掲示板に張り出されているのだ。魔法省から講師が派遣される。期間は十二週間。ウィスタは八月三十一日までに十七歳になるので、受講資格はあるし、誕生日を迎えれば姿くらまし試験が受けられる。しかし、ウィスタはとっくの昔に技術を習得しているので、受講する必要もない。てっきり強制受講かと思っていたので肩すかしだった。できないふりをする必要もないし、試験に通れば仕舞いだ。

「姿現しより……」

 暖炉の火を見つめ、ため息を押し殺した。

「またぞろ呼び出しだからな」

 翌日、授業初日を終え――ハリーは六年生たちにつきまとわれていた――ダンブルドアの許を訪ねた。訪ねたもとい、ハリーに首根っこをひっつかまれて連行された。

「スクリムジョールが接触してくることは、もうないでしょう」

 挨拶をすっとばし、単刀直入に言った。ダンブルドアは『憂いの篩』を撫でながら、小さく頷いた。

「すっぱり諦めたのじゃろうて」

「ただ、先生の動向を知りたがっていました」

 ハリーの声は尖っている。ダンブルドアは肩をすくめた。

「ああ、知りたがりのお節介での。ドーリッシュを尾行につけおって」

「アホじゃねえのかスクリムジョール」

「ウィスタ」

「……ええ、仮にも魔法大臣に失礼でしたね。で、ドーリッシュは?」

「すこしかわいそうな目にあってもらった」

 ダンブルドアは「明日は晴れですよ」くらいのさりげなさで返した。ウィスタとハリーは顔を見合わせた。

――マクゴナガルの仕返しをしたな?

 訊いても絶対にかわされるだろうが、きっとそうだろう。ウィスタはドーリッシュの肋をへし折ったが、それだけでは足りなかったようだ。そりゃそうだ。失神光線を何本か浴びれば、下手をすれば後遺症が残っていたかもしれない。あれは本来、一本だけで事足りるのである。もっと悪くすれば死んでいた可能性もあるのだ……。

「それで――」

 ダンブルドアの声に、ウィスタはドーリッシュを叩きのめす妄想から意識を戻した。

「今夜は二つの記憶を見せようと思う」

「……せめて一つだけにしていただけませんか」

「まとめて見たほうがよかろう」

「俺に対する優しさはないので?」

「すまんのお」

 嘆息し、首を振った。ダンブルドアはちらとウィスタを見て、続けた。

「さて。トム・リドルに関する記憶じゃ。あれは孤児でありながら優等生であり続け、教師は魅了された。学生たちからの信頼も篤かった。しかしその陰で、暗躍し――儂も監視していたが、立証に足る証拠はなかった。ともかく痕跡を残さぬ。『秘密の部屋』の事件にしても、巧く立ち回った」

 ダンブルドアは言葉を切り、杯を手に取った。喉を湿らせ続けた。

「あれを知る者であれの――リドルの話をしようとする者はほとんどおらなんだ。少しずつ情報を集めたものの、それはリドルがホグワーツを去ってからのものだ。説得し、口を割らせ……」

 リドルはの、両親のことにこだわっていたそうだ。

「父親の痕跡を探し、文献を漁り、トロフィー室に足を踏み入れ……時に名家の記録も求め。しかし、リドルという家名も、リドルという生徒もおらぬ。リドルの探索は空振りし、ついに父親ではなく母親の家系を調べようと思い至った。あれは父こそが魔法族であると思いこんでいたようだがの。死に屈した恥ずべき女が特別な魔女であるはずがないと、軽蔑しておった――そして『マールヴォロ』に着目し、ついにゴーント家を捜し当てたのじゃ」

 瓶から乳白色の物質が注がれる。ウィスタは眉間に皺を立てたまま、記憶の中に――過去に飛び込んだ。

 ◆

「……あんな伯父がいたら俺でも厭だ」

 勝手に椅子を出現させ腰かけつつ、ウィスタは呟いた。今夜の記憶も胸くそ悪いものだった。

「モーフィンがどのような者であれ、あのような死に方を――濡れ衣を着せられたのは」

「酷でしょうよ。客観的に見ればね」

 ダンブルドアの言を切って捨てた。リドルの伯父、モーフィン・ゴーントは故人である。マグルを三人殺した罪でアズカバンに収監された上の獄死だ。実際に殺したのはリドルであろう。証拠はなく、今更ひっくり返しようもない。

「でも無実だったんだよ! 魔法省はいい加減すぎる」

 お前はいいよなハリー。言いかけてやめた。ウィスタはモーフィンの死にも冤罪にも同情心が湧かないのである。汚らしい、落ちぶれた『純血』の末裔。狂信者。モーフィンには前科が腐るほどあり、マグルへの襲撃の実績もある。どのみちなにかやらかしてアズカバンに収監されていてもおかしくはなかった。消えてくれて都合がよかった……とまで考え、舌を強く噛んだ。所詮ウィスタは正義漢ではないし、ハリーのように当たり前の顔をして善きことをする人間ではない。

――あいつの気持ちが少し理解できてしまう

 最悪である。モーフィンひいてはゴーントは、リドルにとって汚点だったろう。もちろん純血の大名家として健在であったら話は違ったろう。だが、没落し、貧困にあえぎ、品性はなく……消したいと思っても不思議はない。ウィスタがリドルの立場であれば、消すまではいかずとも、知らぬ存ぜぬを貫いて、自然と絶えるのを待ったろう。どうせダンブルドアもハリーも、モーフィンの血族ではないから好きに言えるのだ。

「……精神的な干渉……記憶の改竄といったところですか。仕上げに服従の呪文も使ったかもしれませんね」

 あいつが得意な手だ。吐き捨てれば、ダンブルドアは「そうであろう」と肯定した。

「一説にはサラザール・スリザリンは精神干渉が得意だったとされる。真実はわからぬが。リドルも巧みに人を操る才能があった。使い方次第では、心の棘を抜き去り、あるいは痛みを和らげる……精神の治癒にも役立つのじゃがな」

「とことん才能の無駄遣いをしてやがる」

 伯父の記憶をいじくり回したり、一人の女を壊したりと好き放題だ。ホグワーツをつくった頃の、グリフィンドールと袂を分かつ前のスリザリンが聞いたら泣きそうなもんだ。

「そろそろ次の記憶を見てもらおう」

 熱くたぎったウィスタの頭を冷やすように、ダンブルドアが淡々と告げた。

「またぞろろくでもない記憶でしょうね?」

「問題ない。すぐに終わる。リドルの記憶ではない」

 ウィスタは立ち上がった。ダンブルドアが瓶を振る。今度の記憶はやたらと粘っていて『憂いの篩』に落ちていかない。

「……記憶の劣化なんてあるのかな」

 机の傍らに立ったハリーが、唇だけ動かす。ウィスタは「さあ」とだけ返した。

 ようやっと記憶が滑り落ち、ウィスタたちもまた過去に飛び込んだ。そうしていくらもしないうちに現実に立ち戻り、思わぬ課題に頭を抱えた。

「……俺にできることなんて菓子屋を買収することくらいですよ」

 パイナップルの砂糖菓子で室を埋めたらどうですかね。

「俺らで記憶を提供させるように説得しろって? ダンブルドア先生!」

「先生なら開心術だってなんだって――」

 ハリーも首を振っている。ウィスタは上目遣いで偉大なクソ爺を見やった。

「力ずくでできんのじゃよ。君たちにしかできん。頑張ってホラスから提供してもらうのじゃよ」

真実の記憶を。

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