【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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五十四話

 翌日、ハリーはご機嫌斜めだった。昨夜の『授業』後、ダンブルドアにマルフォイの嫌疑に関して直談判して蹴られたらしい。

「……濃厚なのに。どういうことだ?」

「現場か物的証拠がないとな」

 ウィスタは共感の欠片も示さず、スープを飲んだ。屋敷しもべが気を利かせているのか、オニオンスープは濃厚で栄養満点に思える。ロンがそうっとウィスタとハリーの近くに避難してきた。前までは朝だろうが昼だろうが夜だろうがべたべたしていたが、熱が冷めつつあるようだ。

「どうしたよウォン・ウォン」

 しばくぞ、とロンが大変上品な口を利いた。目許をひくひくさせながらも、朝食のベーコンを食らっている。食欲には勝てないようだ。

 ロンが「君たちなら楽勝さ」と軽く言う。

――無理だと思うな

 『分霊箱』なんて術を聞いたことがない。ランパント城の地下書庫――もとい禁書盛りだくさんの大図書館ならば、情報があるかもしれない。いいや、エリュテイアはどうも知っているようだが、教えてくれないのだ。

「先入観を持ってスラグホーンに接触すれば絶対に成功しませんので」らしい。灰緑の眼が、堅く凍り付いていたのが印象的だ。なので授業を一日二日抜けて『谷』に帰る案はなしだ。ハーマイオニーにも『授業』の話をしたが、ウィスタと同じ意見であった。そんな彼女は寮テーブルの端にいる。ロンと話したくないようだ。

 スラグホーンに吐かせることならできなくはない。弱らせて開心術を使うか、真実薬を投与すればいい。服従の呪文でもいい。だが、それでは駄目なのだろう。

『彼に自供させることが肝要なのじゃ。情報の信頼度が違ってくるし、彼を味方につけるためにも必要での』

 それに。昨夜、ダンブルドアは言った。

『……そろそろ、ホラスも荷を下ろしてもよいじゃろうて』

 ◆

 ウィスタとハリーはスラグホーンにつきまとった。魔法薬学で、ゴルパロットの問題をウィスタとハーマイオニーは完璧にやり遂げたというのに、ハリーがベゾアール石なんて詭弁を使って切り抜けたのは、かなり気に入らなかったが、それはそれである。授業の後に「『分霊箱』について伺いたい」と丁寧に訊いたが無駄であった。

「……ご老体が心臓発作で死ぬかと思ったね」

「あなたね、歯に衣を着せるってことをしなさいよ」

 教室を出て、ハリーはロンを探しに行き、ウィスタは廊下で待っていたハーマイオニーを捕まえた。

「スラグホーンから招待が来たら行けばいいわ」

「来たらな」

 嘆息しながら次の授業に向かった。

「パイナップルの砂糖菓子が本日届く予定ですが」

「気が利きすぎて怖い」

 ちなみにどんだけ頼んだ? とエリュテイアに訊けば、一ダースほどと返ってきた。よかった。トラック三台分とかでなくて。

「どうせ無駄になるから、寮に置いておこう」

 あの調子では賄賂も効かないだろう。著名人に会わせる手も駄目。金銭や自己顕示欲や人脈では陥落できない。なぜならば。

――スラグホーンは恥じている

 いい年した大人が、あそこまで取り乱すのだ。きっと墓にまで持って行きたい秘密だろう。ウィスタにも覚えがある感情だ。もっとも、スラグホーンの場合は露見すれば殺されるどうこうまではいかないだろうが。

 スラグホーンの経歴は頭に入っているし、好物も嫌いなものも、どういうった人物と繋がりがあるかも把握していた。それでもスラグホーンから情報を引き出すことはできなかった。接触の機会が激減したのだ。ついでにパーティの開催もなくなった。

 時間だけが過ぎていき、思いあまって五十年ほど前にスラグホーンがどの室を割り当てられていたか探った。

「過去視を使うのは止めておきなさい」

 校長室に乗り込んで、昔の割り当て表がないかダンブルドアに訊いただけである。だというのに目的が看破された。

「肉体的にも精神的にも暴力的な手段が駄目だというなら、覗くしかないでしょうが」

 出現させたソファに腰を下ろす。ダンブルドアは苦り切った顔をした。

「君が体調を崩しかねない。前ほど万全な調子ではなかろう? それに儂は過去や未来に関する魔法は専門外じゃ。助けてやれん。五十年前の『いつ』その会話がされたのかわからぬ……ということは、君は虱潰しに探るしかない。なおかつ」

 己の恥部を無遠慮に探られれば、ホラスが心を閉ざす。

「先生にしては甘いですね」

「一人でも味方がほしい。闇側に寝返られることはないだろうが……確保しておきたい」

「そんな大仕事を学生二人に任せるんですよね先生は」

「儂は警戒されておる。なにせ優秀じゃしの」

 茶目っ気たっぷりに言われても「そうですか」としか返せない。偉大なダンブルドアにも悩みはあるようだ。

 結局「どうしても駄目なら過去を覗きますからね」と宣言し、校長室を後にした。使えるものは使うべきである。スラグホーンの傷口に塩をすりこんでのたうち回らせることになりそうだけれど。軽蔑されたとしてもやしかない。かなり、ものすごく厭だが。

 進展のないまま三月になった。六年生どもは『姿現し』の練習で忙しく、ハリーはハリーでマルフォイにご執心であった。ウィスタはどうにかこうにかスラグホーンとお茶をする機会をもぎとった。彼の警戒心が段々ゆるんでいくのが手に取るようにわかった。

――決定打がないんだよ

 ないのである。三月一日、スラグホーンの室でサンドイッチを食べながら四方山話に興じた。進歩というか、回復というか、そこそこ分厚いサンドイッチが食べられるようになったのはよかった。

 スラグホーンの話はなかなか興味深かった。薬膳がどうこうだとか。精進料理だとか。魔法と料理、癒療の関係だとか。

「俺たち――西の連中にとっちゃ薄味かもしれませんね」

 サンドイッチを一切れ平らげ、提供された料理を口にし、ウィスタは品評した。おおざっぱに言ってしまえば、健康志向のものである。精進料理とやらは、肉を使わないもののようだけれど。殺生禁止がどうこう、らしい。

 餌付けされている気がするが、食べ物をくれる人間はいいやつである。刷り込みである。幼少期が幼少期だったから仕方ない。

「創意工夫があって面白いものだ」

 ウィスタはハーブティーを飲んだ……ら、叫びが聞こえた。

「あのひとはどこに!?」

「大丈夫さスラグホーンの室にいるから。もうすぐ会えるよ」

 ウィスタも、スラグホーンもエリュテイアも眼を点にした。最初に動いたのはエリュテイアであった。控えていた壁際から、扉に向かい、ややあって縛り上げた赤毛を引きずってきた。慈悲がない。

「何事かね」

 ウィスタの疑問をスラグホーンが口にした。

「惚れ薬が……僕に贈られたのですが、すっかり忘れていて」

 ハリーは頬を赤く腫らしていた。殴られたようだ。

「双子んとこのやつか?」

「そうだよ」

「解毒剤、作ったほうが早いな」

 立ち上がる。スラグホーンに目配せした。

「構わんよ。君がやるかね?」

「神経強壮剤ですかねこの場合」

 スラグホーンが頷く。ウィスタは知識はあるが、こういった実地の――急患が飛び込んでくるような経験が足りないのである。作るものが決まれば話は早い。さっと薬を作って、ハリーが無理矢理飲ませた。ロンの顔から赤みが消え、絶望をいっぱいに湛えた。

 よろよろと椅子に座ったので、スラグホーンが杯を並べ、瓶を振った。

「気付けによかろう。オーク樽熟成蜂蜜酒……ダンブルドアに贈るつもりだったが、失恋の痛手を抱えた若者に提供してもよいだろう」

 たっぷりと酒が注がれる。ウィスタは、スラグホーンが口をつけるのを待った。それが慣例だからだ。主催者が最初に飲む。毒味のためである。古いといえば古い慣例だが、階級によってはまだ残っている習わしだった。幸い、スラグホーンは名家の出である。慣れたように杯をとった――ら、ロンがいち早く蜂蜜酒を飲んだ。

 悲嘆に暮れていることだし、致し方なし。スラグホーンは怒らず、音頭をとった。

「誕生日おめでとうロルフ――」

「ロンです先生」

「ありがとうハリー。えーと、誕生日おめでとうロン。いつまでも健やかであることを祈――」

 気の抜けるやりとりである。直後、甲高い音がした。呻きとともに、ロンが椅子から滑り落ちた。

 立ち上がる。ロンのもとへ駆け寄った。

「……畜生」

 青い眼は見開かれ、口から泡を吐いている。おそらく毒だ。しかし種類を特定できるか。

 意識を集中させる。『冬の息吹』の力がロンを覆い、仮初めの眠りにつかせた。

 

「できることをしただけですから」

 なるべく柔らかく言って、モリー小母の背を叩いた。

「あなたやハリーがいなければ――本当に……」

「いいんですよ」

 ふらふらしている彼女を、アーサー小父に託す。自身も襲われて死にかけたこともあるだけに、小父は冷静だった。

「さあモリー」

 手を引いて、椅子に座らせる。ウィスタはほっと息を吐いた。感謝の抱擁のせいで、肋骨あたりが痛い。医務室は満員御礼状態だ。寝台にはロン、椅子にはハリー、ウィスタ、ハーマイオニー、ジニー、モリー小母。壁際にアーサー小父とエリュテイア。扉口付近に双子。定員六名とマダム・ポンフリーが怒っていたがウィスタは無視した。

「感染症の心配もないでしょう。どうせ患者は寝てますし、疲れさせる心配もありません」

 説き伏せれば「控えの間にいますから、急変すれば呼びなさい」と鋭く言われた。話の分かる女癒である。マダム・ポンフリーには一年生の時から散々世話になっているので、言いくるめかたも熟知していた。

「誰がこいつを始末しようだなんて思う?」

「わざわざなあ」

 双子が好き勝手に言い、モリー小母が「あなたたち弟がこんなになってるのよ」とお怒りだった。ウィスタは熟睡しているロンを眺めた。

――下手せんでも死んでただろうな

 毒殺なんて古典的な手である。検出されやすく、痕跡も残りやすい。どこで読んだか忘れたが、海洋生物由来の毒は研究の手があまり及んでいないだとかで未知らしいけれど。ともかくも、現代において毒殺というのはあまり賢い手ではないのだ。完全犯罪を目指さずにとにかく殺せればよい、というのならば有りだが。

 数時間前、ロンが倒れた時はひやりとした。癒しの呪文をかければどうにかなる部類の問題ではなかった。毒の種類を突き止め――それが混合毒ならばなおさら面倒であった――それから解毒剤を投与する必要があった。咄嗟に『冬の息吹』でロンを凍らせて、いわゆる仮死状態にした。数秒でも惜しかったのである。そしてハリーがベゾアール石に思い至り、スラグホーンが引っ張り出したのだ。仮死を解除し、ロンにベゾアール石を飲ませ、事なきを得た。ベゾアール石で解毒できないほどの混合毒ではなかったようだ。

 各々が意見を戦わせていたが、ウィスタは口を挟まなかった。みんな混乱状態なのだ。何か話していなければたまらないだろう。ロンの枕元に誕生日の贈り物を置いて、エリュテイアを連れて退出する。

「……厄介だな」

「まことに」

 狙いはダンブルドアでしょう。従者は当然のように言い、ウィスタは頷いた。とっくの昔にわかっていることだ。

「杯そのものに仕込まれてはいませんでした。毒は酒に――瓶に入れられていた」

 そしてオーク樽熟成蜂蜜酒は、本来ならばダンブルドアに贈られるはずだった。スラグホーンの気が変わっていなければ、死んでいたのはダンブルドア……だったかもしれない。

「最初からな」

 過去視も使い方次第で便利なものだ。少しだけ時を遡ったが、スラグホーンが毒を盛った形跡はなかった。杯にも酒にもなにも仕込んでいない。毒味で最初に口をつけていれば、危ないのはスラグホーンだった。

 一通り知り得たことを報告すれば、ダンブルドアは冷静そのものだった。自分が狙われていることを先刻承知らしい。「静観しなさい」と仰せだったので引き下がった。

「生徒が死ぬようなことがあれば校長職から引きずり下ろすなんて、学生は言いませんよ」

「釘は刺しとかないと」

 エリュテイアの苦言を流す。ダンブルドアにはなにか考えがあって『犯人』を泳がせているのだろう。だけれども言わずにはいられなかったのだ。生意気だろうとなんだろうと。ダンブルドアに校長としての自覚がないとはいわない。あるだろう。しかし、最近の不可解な行動をみていれば胸がざわつくのだ。

「……本気になれば突き止められるだろうに」

 それをしないということは、なにか不都合がある。あるいは『犯人』を庇っているのか。

 ◆

 ロンは病人扱いされ、労られ機嫌がよかった。ついでに熱烈な恋人から逃れられて安堵しているようであった。

「……コーマックはこっちで処理しといたから」

「湖に沈めたんじゃないだろうな?」

 寝台の上で半身を起こし、ロンがしかめっ面をつくろうとして失敗していた。毒殺騒動から時は流れ、ハッフルパフ対グリフィンドール戦が終わった夕刻であった。

「縛り上げたとこまではよかったんだけど、マクゴナガルが飛び込んできて」

 罰則と減点食らった。告げれば、ロンの隣の寝台から「惜しかったね」と声がした。頭に包帯を巻いたハリーであった。出しゃばりな阿呆のコーマックともみ合いになり、不幸にもブラッジャーに激突され頭蓋骨骨折である。あんなしっちゃかめっちゃかになるとは思ってもみなかったので、ブラッジャーへの対応が遅れたウィスタたちも悪いのだが。

「副キャプテン、コーマックを追放しておいてくれ。あとで僕から言うけど。というかあいつを始末しよう」

「やっぱ沈めるか?」

「どうしてあなたがたはそう物騒なんですか!」

 振り返れば、マダム・ポンフリーがいた。湯気の立つ杯をひとつ持っている。ハリー用だろう。

「ウッドの影響です」

「そうです。彼の魂が囁きかけているんです」

 ウィスタとハリーは間髪入れずに返した。ウッドなら遠隔で呪いを送ってコーマックの息の根を止めかねない。やつなら絶対に成し遂げる。

「あなたは寝なさい」

 マダム・ポンフリーは十六歳の青年の戯言に耳を貸さなかった。ハリーは渋々寝台に身を横たえた。

 ウィスタはハリーの代理としてしかるべく動いた。コーマックをチームから放逐したのだ。一応言い分を聞いてやろうとしたが「俺のほうがウィーズリーより優れている」とか「俺がキャプテンにふさわしい」とほざいたので、ジニーがこうもりの鼻くそ呪いを食らわせた。誰も止めなかった。ウィスタはコーマックを除籍する旨を書き連ね、署名させ、マクゴナガルに提出した。いつの間にか副キャプテンになっていたが、それは後でじっくりと考えようではないか。

「……俺たちの力不足です」

 とある夜、ウィスタは忸怩たる思いで吐き出した。場所は校長室。就寝時間後。

「やり遂げるのじゃ」

 机の向こうから、冷たく言われた。これだから優秀なやつは厭なのだ。凡人のことをわかっちゃいない。言い訳するな成果を出せと仰せだ。ハリーは椅子で縮こまっていた。ウィスタだって許されるなら窓から飛び降りたい気分だ。下手な叱責よりも効くのだ。ダンブルドアのいかにも残念そうな態度というやつは。

――ある程度取り入ることはできるが

 心の扉を開くのは、難事業だ。かといって、精神干渉してどうこうは好まないし、悪手だ。なおかつダンブルドアからは禁止されているようなものだ。異性相手なら惚れ薬――とまで考えて、吐き気をこらえた。あれも嫌いだ。ロンが蜂蜜酒を飲む発端となった惚れ薬に関して、双子を締め上げたのは記憶に新しい。ごめん長期間寝かせたら効き目が強くなるんだよね! と笑顔で言いやがった。ふざけている。

「奇跡でもなんでも引き寄せて善処しますよ」

 確約まではしなかった。ダンブルドアは眼を瞑って開いた。

「よかろう。君たちの働きには期待している」

 ふ、と吐息が落ちる。ダンブルドアの憂い顔が研ぎ澄まされた。

「今夜も二つの記憶を見てもらう」

「一つじゃいけませんか」

 ウィスタは諦め悪く訊いて、あえなく却下された。

 「ロケットはともかく」

 カップまで強奪するか。ウィスタは唸り、校長室を歩き回った。不快も不快。大いに不愉快だ。ヴォルデモートはなにを考えてか夜の闇横丁のとある店に勤めていた。そしてスミス家を訪問し、女主人を殺害。罪を老いた屋敷しもべに着せたのだ。

「儂は、衝動的な犯行だとみておる」

 君はどうかの? 暗に問われ顎を撫でた。

「幼少期からの収集癖……いや、支配欲……特に自分の出自がわかっていたのなら、スリザリンのロケットが奪われているのには我慢できなかったろうとは思います」

 自分が不幸で、けれど『特別』な存在だと餓鬼の頃から思っていたのだ。あれの言い方を借りれば『知って』いたのだ。にも関わらず祖に連なる品もなく『特別』だったはずの母親は死に屈し、よりにもよって父親は魔法の使えない劣等種。老女にロケットを見せびらかされて自重するか。否だ。

「腸が煮えくり返ったのでしょう」

 ハッフルパフの末裔。創設者自体が千年前の人物であるし、枝分かれしてスミス家にたどり着いていても何ら不思議はない。そもそも貴族家どうしの婚姻で、遡ればどこかで繋がっているものだ。ヘプジバ・スミスは先祖の誰かからカップを引き継いだのだろう。リアイスにはヘルガ・ハッフルパフが使っていたという鍋が残されているし、どうも彼女は食や薬草方面に強かったようだし、縁の品がカップなのも納得がいく。

 ともかくも、スミス家とやらにハッフルパフの品があり、やつは喉から手が出るほど欲しかったのだ。

「あの夫人からむしり取りたかった。それが勝利だから。殺す必要もなかったのに殺したのも――」

 報復だろう。スリザリンのロケットを不当に所持していた夫人への。

 ウィスタはスミス邸での一幕を思い返した。ちらつくロケット。ヴォルデモートの飢えた眼。感情が高ぶり、両の眼が紅に染まっていた……ヘプジバ・スミスはうかつであった。なおかつ運が悪かったとしか言いようがない。見せてはいけない人物に宝を見せてしまったのだから。

 ケーキを振る舞い、小鬼製の甲冑を素直に売っていればよかったのだ。そうすれば彼女は穏やかに死ねたろう。

「俺なら夫人の記憶に干渉し、認知をゆがませてどうにかしますね。死人が出ると事件になる。事件になると注目を集める……」

 偽のカップをつくってすり替える。多少精度が落ちようが「これは本物のカップだ」と思いこませればいい。もちろんヴォルデモートは「カップなど見せられていない」ことにすれば仕舞いだ。

「ホキーのせいだと決めつけずに、調べていれば」

 ハリーが机を軽く叩いた。ちゃん、と茶器が震えた。

「マグルもそうだろうが、こっちでも変わらないだろう。犯人の目星がついているし、自白もある。なら「さっさと処理して終わらせたい」だ」

 父の一件も似たようなものだ。目撃証言があり、生き残ったのは一人。ほぼ確定的。なおかつ犯人は黙秘を貫いている。ホキーの時より悪い。裁判もなしにアズカバンに直行である。父は最悪の状況のなかで最善を選び、十二年も虜囚となった。そんな最善捨ててしまえばよかったものを。

 握っていた拳を開く。爪が食い込んでじんわりと熱を持った。息をゆっくりと吐き出した。

 せめてホキーの冤罪を晴らしてやりたいが、ウィスタの自己満足だろう。なにせ妖精は死んでしまっている。

「……やつは所詮、卑しいこそ泥だ。罪をほかに着せて、足蹴にして」

 そして本人だけが、己の矮小さに気づいていないのだ。

「挙げ句にホグワーツで教師がしたいだ? 腐ってやがる」

 ハリーが差し出してきた杯を手に取った。飲み干して机に置く。スミス家の事件からおよそ十年後、ヴォルデモートはホグワーツに――この校長室にやってきたのだ。教師の職を求めて。

「儂を殺さなければ、職を手に入れられないとあれはわかっていたはずじゃ」

 ダンブルドアはどこまでも冷静だった。肩をすくめ、手を伸ばしてくる。皺だらけのそれが、ウィスタの両眼を覆った。知らずに灯っていた火が鎮まっていく。

「では――?」

「当たりはつけておるが、君たちがホラスの記憶を手に入れてから話そう」

 皺だらけの手をそっと除け、ウィスタは天を仰いだ。

「結局そこに戻る、と」

 ◆

「必要の部屋? 無理だね」

 隠し部屋のひとつで、ウィスタは断言した。しがみついてくるハリーをひっぺがす。なにが楽しくて男とひっつかないといけない。

「創設者の末裔特権で!」

「そんな都合のいい特権があるかボケ」

 緑の眼に責めるように見られ、舌打ちした。ヘドウィグそっくりだ。主とふくろうってのは似るものなのか。

「ドビーを入れるっていうのは?」

「必要の部屋は「必要とする者のために」開くんだ」

 壁にもたれかかる。授業の空きコマに、隠し部屋まで連行されたと思ったらこれだ。相変わらずマルフォイ坊ちゃんにご執心のハリーは、自分が動けないからドビーに頼んで監視してもらっていたそうだ。そうして突き止めたのが――。

「マルフォイが使っていて、侵入を許さないように条件を設定しているのなら、当然入れない」

 いかなる者も入れるな、と設定されていれば終わりである。唯一解決策があるとすれば。

「……必要の部屋ごと吹っ飛ばしていいなら考えるが?」

「野蛮すぎる」

 却下された。マルフォイに死なれたらどうこうもあるようだが、破壊活動そのものがお厭らしい。なんて上品なのだ。

 綿密に式を組んでしまえば、できなくもなさそうだ。必要の部屋ごとというより、下手をすれば八階ごと吹き飛ばさないと駄目かもしれない。なにせ必要の部屋の正確な大きさもわからないし、可変するようだし、きわめて高度な魔法が使われているしで、難物なのだ。

「面倒だからトラックでコンビニに突っ込んでATMごと分捕ろうみたいな発想はやめてくれ」

「……マグルも大概あれだな」

「君ほどじゃない」

 本気で嫌がられた。あくまで可能性の話をしているだけだというのに。ウィスタも祖先がつくった城を破壊するような真似はしたくない。ヴォルデモートを滅ぼすために城ごと吹っ飛ばすならともかくも。

「ドビーに無理させない程度に監視させて、出てきたところを捕獲しろよ」

 投げやりな助言をした。仔ニーズルの保護なら任せてほしいが、坊ちゃんの捕獲方法なんてウィスタは知らないのだ。

 

 ハリーは暇を見つけては必要の部屋を見張っていた。あわよくば突入を試みて失敗してもいた。

「ポリジュース薬まで使ってるんだよ。絶対なにかあるよ」

 呪文学で力説されても、ウィスタは流した。

「現場を押さえられないんだから仕方ねえだろう」

 こう言うしかないわけだ。必要の部屋に入らなくても手はあるのだが、あまり勧められない方法である。たとえばポリジュース薬でかわいらしい女の子に化けさせられ、見張りをさせられている腰巾着たちを捕まえて吐かせるだとか。

――できなくはない

 ウィスタのほうがよほどあくどい思考回路をしている。ハリーは素直すぎるのだ。必要の部屋にこもっているのなら突入しよう。それだけである。ただ、腰巾着にまで情報が下りているか不明だ。マルフォイがあえて偽りを吹き込んでいる可能性は大いにある。捕まえて真実薬をぶちこんでも、開心術を行使しても無駄に終わるだろう。最善はマルフォイを男子トイレかどこかで闇討ちして真実薬以下略をする手だ。露見しない自信はある。倫理観を放り出せばできなくはない……が。

「……露見したときが怖いな……」

 ダンブルドアとマクゴナガルにバレたらどうしようもない。特にマクゴナルにはバレたくない。ついでにハリーたちにもバレたくない。どんな軽蔑の眼で見られるか。

 ああ、ウィスタ。私はあなたをそんな青年だとは思っていませんでした残念です、なんてマクゴナガルが言ってハンカチで目尻を拭う様が目に浮かぶ。絶対にそうなる。ダンブルドアは校長であって、校長というのは生徒を守るものであるから、ウィスタの行いに賛成はしないだろう。軽蔑はされないかもしれないが、あまり考えたくない。ハリーたちに至っては「なんてことを」と非難してきそうだ。

 マルフォイは死喰い人の子であるし、ウィスタはリアイスで、闇祓いの子かつ冤罪で投獄された男の子であるので、世間的にはウィスタの立場のほうが強い。多少の無理はできる。そもそもだ。ウィスタは死喰い人の息子扱いでかなりえげつない目にあったというのに、マルフォイはたいした傷を受けていないのだ。理不尽である。八つ当たりだとわかっていても、気にくわない。

 この問題にさっさと片をつけたいなら腹を括って実力行使だ。ただ名誉を重んじるならば、なるべく正攻法を使うべきだ。

――スラグホーンの問題と重なるな

 近道をとるか遠回りするか。実益か名誉か。

「あいつが大広間で呪文を乱射するんならともかく、今は地道に頑張れ」

 それだけ言って会話を切り上げた。そうしてげんなりした。正攻法だけ浮かぶお綺麗な人間だったらどんなに良いか。ウィスタはそこまで善人ではないのだ。

 ◆

 マルフォイもスラグホーンも片づかないまま、ずるずると月日が流れていく。ウィスタは姿現し講座に登録していなかったので、空きがあった。なのでスラグホーンのところでちょくちょくお茶をしたのだが、進展なし。

 外ではあれこれと事件が起こっていて、マンダンガスがろくでもない真似をしてアズカバンに入れられた。あいつは永遠にアズカバンでいいと思う。かなりどうでもいい。

「やることがクソだな」

 日刊予言者を畳んだ。九歳の男の子が祖父母を襲おうとして捕まった。服従の呪文にかけられていた疑いが濃厚……。父母はなく、祖父母に育てられていたとか。

「エリュテイア」

 声をかける。朝食を食べ終わっていた従者が、灰緑の眼をウィスタに向けた。

「特定と――もしもの場合は支援も?」

「拗れるかもしれないからな」

 たかだか一家族の話だ。介入するほどではない。しかし、九歳の男の子が呪縛から解けて、祖父母が素直に受け入れるかわからない。引き取りを拒否するかもしれないし、親戚からも爪弾きにあうかもしれない。ウィスタは世の中の優しさや寛容さをあまり信じてはいないし、家族だからといって、すべてが乗り越えられるわけではないと思っている。万が一の場合は、それとなく手を回して、きちんとした養親を見つけるかするべきだろう。魔法省はそこまで支援しきれないだろうし。

――お節介かね

 お節介だろう。かなり。だが、親もいなく、操られて祖父母を襲うなんて、酷いことだ。だから多少は手を出してもいいだろう。男の子が無事に家族の許へ帰れればそれでいい。

「承知しました」

 ウィスタの葛藤など知らぬげに、エリュテイアは素早く諾を返した。

 

「万策つきた」

 もはや奇跡を起こすしかない。

 ウィスタは自室で頭を抱えていた。スラグホーンはどうあっても口を割らない。割らないったら割らない。友好関係からまったく進まないのだ。

「でもね、奇跡なんてどうやって?」

 ハリーは虚ろな眼で手紙を眺めていた。要約すれば「アラゴグ葬儀のお知らせ」である。ハグリッドからハリー宛に届いたのだ。アラゴグというのはアクロマンチュラという大蜘蛛だ。禁断の森の奥深くに棲んでいる。

「そりゃあ幸運がないとな」

 ぼんやりしながら返した。ロンが「ハリー、もうその手紙は無視だよ」と言っているがどうだっていい。いや、あわよくばアクロマンチュラの毒を手に入れたい。大変貴重なのだ。埋葬ついでにこっそりいただけないものだろうか。しかし道義というものがある。

「――それよ」

 葛藤の中にハーマイオニーの声が割って入った。ウィスタは頭をかきむしるのをやめた。

「ハリー、あなた幸運を持っているじゃない」

「なんの――」

 ウィスタの寝台に勝手に座り、足をぶらぶらさせていたハリーが、動きを止める。はっと眼を見開き、口を開けた。

「なるほど? それだ」

 首を傾げ、ハリーとハーマイオニーを見比べる。奇跡。幸運。幸運が必要?

「フェリックス?」

 それだ、それよ。二人の声が重なった。

 

 いままでの苦労はなんだったのか、というほどに順調に進んだ。ほんの少量でこの効き目。なんて恐ろしい薬だろうか。

 ウィスタはスラグホーンに毛布を掛けた。得体の知れない臭いがするが、我慢してもらおう。ご老体に風邪をひかれても困る。ハグリッドもスラグホーンもぐっすり眠っている。ひたすらに飲ませまくったので、今日の記憶も曖昧だろう。

 鼻歌でも歌いたい。弾む足取りで城に戻り、ダンブルドアに知らせを飛ばした。ポケットの中の小瓶を撫でる。希少なアクロマンチュラの毒だ。ハリーのほうは、スラグホーンの記憶を持っていた。

 真夜中にも関わらず、ダンブルドアは二人を待ち受けていた。ここ最近は沈みがちだった双眸が強く輝いている。

「よくやったの」

 ハリーがそっと小瓶を手渡す。ダンブルドアは恭しく受け取り、壊れ物を扱うかのようにそうっと蓋を開けた。

「さて。参ろうぞ」

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