五十七話
すべては揺れ 蒼ざめ 沈み 裂けて
歌は濠気と眠りの高波のなかに没してしまった
突風が朽葉をくだき
かつての痛手がまたも血を噴く
幽かな歌が、空気を震わせる。不吉な響き……暗いなにかを予感させる、声だった。
――ローレライだ
伝承にある、海の歌い手。その声で人を魅了し、死の底へと誘うという、異形の女……。
誰が歌っているのか確かめようと、眼を開けようと――した。
だが、瞼が膠で貼り付いたように動かない。指を動かそうとする。だが、脳からの指令に、身体が思うようにならない。
――これは
どういうことだ?
霧のかかったような思考をかきわけ、状況を把握しようとする。
――俺は
記憶を掘り起こそうとするも、それもままならない。そんな彼をあざ笑うかのように、歌は続く。
突然 太陽がしめった雲をやぶってひらめく
黒い河が蒼白の野を貫く
そして乾いた雷鳴が凍空をはためかす……
だが歌はただ 墓地へとすべってゆく葬列に
うなだれた項のかこむ松明を見
喪の華麗さのなかにうめく楽音を聞く
ばらばらになった記憶を、ゆっくりと繋げていく。閃光、衝撃、墜落――燃えるような、紅色の――
瞼をこじ開ける。身を起こそうとする。湿ったにおいがする。闇ばかりが続いていた。
震える片手を翳そうとして、かすかな音を耳が拾った。硬い、金属音を。そして、手首の冷たい感触をも。
――ああ
彼は、かすれた声を漏らした。それは、納得であり、絶望のため息だった。
――彼は、囚われたのだ
虜囚となった父の運命をたどるように。
そして苦悩の焼石の堆積のなかに
なお永遠に澄む喜びの火花がほのめくかと探す……
死兆の歌は、終わらない。
彼はグラスを拭く手を止めて、曇った窓から外を見た。ホグズミード村――ましてや裏通りは閑散としている。地上の煤けなど知らぬげに、空は絵の具を塗ったような青色だ。雲は羊の毛のようにふくらんで浮かんでいる。
『兄様』
幼い声が記憶の底から浮かび上がる。小さな妹。彼女が壊れたのも、こんな風に空がどこまでも青くて鮮やかな、夏の日だった。
ちいさな村。何州だったかもう覚えてもいない。マグルの村が近くにあった。限られた場所でない限り――それこそリアイス一族の本拠地、大領地ゴドリックの谷だとか、ホグズミードだとか――マグルが近くにいるのは当たり前だった……。なにがきっかけだったか、少し出かけようという話になった……のだと思う。
『お天気もいいのだし』
たまにはピクニックでもしましょうね。サンドイッチを籠に詰めて、馬に乗って――母はマグル生まれの魔女で、馬なんてあまり縁がなかったろうに乗れたのだ――後ろに妹を乗せて、彼もまた馬を借りて籠やらを後ろに乗せて出かけたのだ。
ゆっくりと進む馬が二頭。はしゃぐ妹。どれほど馬を歩ませたか、丘に出た。外に出ることに不安はなかった。なんにも怖いことはない。だって母は魔女だ。自分も魔法使いだ。父は仕事で留守で、兄は本を読んでいたいと家に残っていたけれど。家族みんな魔法の力を持っている。それに英国は平和なのだ。
――どうして思うだろうか
なんでもない、けれどちょっとした特別があった日に、影が忍び寄っていたなんて?
母となにを話したか覚えていない。サンドイッチの具がなんだったかも。ただ、幸福に満ちていた。陽光に妹の鳶色の髪が照らされていて、小さな手も、白い頬も光っていた。
『はやくホグワーツに行きたいな』
少し舌っ足らずな声が、ひどく愛おしかったように思う。まとわりつかれるのもさほど厭ではなかった。
団欒を過ごしたあと、さて帰ろうかという段になり……妹の姿がなかった。
花でも摘みに行ったのだろうか。母と二手に別れて探しに行き――丘を下った、村――ほど近くの雑木林で、妹を見つけた。
『にいさま』
虚ろな眼、たどたどしい言葉。彼は立ち尽くす。立ち尽くして、どうしようもなく……。
小さな鐘が鳴り、アバーフォースは過去から己を引きはがした。つい、と兄や妹と似た眼を扉に向ける。軋んで開いたその隙間から、足音一つ立てずに影が滑り出た。狩人のようであり、獣の王のごとき威厳を滲ませる男。
「今日は休みでね」
「珈琲をひとつ」
「聞けよ」
アバーフォースは毒を吐き、けれど客の要望に応えた。さっさと湯を沸かして珈琲をいれてやる。客人は悠々とオンボロ椅子に腰かけた。ただの椅子ですらも、客人の前では軋み一つ立てない。
「……お前な」
かつてはすらりとしていた指が――今となっては皺の目立つそれが――流れるように茶器をすくい取る。その仕草すら品があった。
「本来すべき仕事を私に押しつけて」
「悪かったよ」
アシュタルテ、とアバーフォースは続ける。客人ことアシュタルテ・リアイスは鼻を鳴らした。
「そもそも従兄弟の私より、お前が管理すべきだろう」
「どうせあんたがどうしようもない兄貴から頼まれてるんだろうと踏んでいた」
あれの遺産なんてたいして欲しくもねえよ。けっと吐き捨てれば、従兄弟殿にじろりと睨まれた。さすが『獅子公』なんて異名がある男だ。視線に圧がある。
「ガリオンはきちんと分割するぞ。そもそもダンブルドア家の家督はお前のものなんだからな。蔵書その他もほしいものがあれば――」
「俺は無欲でね」
「面倒くさがりめ」
「ついでに、俺がどうにかなったら整理頼む」
「おい」
年齢からしたら私のほうが先に死ぬんだが? アシュタルテがぶつくさ言っても、アバーフォースは知らぬふりをした。賢い兄と違ってアバーフォースは凡人であるし、面倒なことはしたくないのだ。
「そうなるとお前の曾孫らへんに頼むことになるのか」
「大丈夫だアバーフォース。お前は干からびるまで長生きするさ」
「俺も年寄りだから。最近腰がな……頭もちょっと。ところでアシュタルテ、お前本当にクソ兄貴からなんも聞いてないのか」
じっとアシュタルテを見つめる。子どもの時分からの付き合いだ。互いのことはよくわかっている。それと同じくらい兄のこともわかっている。いや、わかりたくはないが。あれのせいでどれだけアバーフォースが迷惑したか。死んでからもクソ迷惑な男である。
「遺産のあれこれは任せたぞ、というのと、自分がいなくなってもどうにかなるからどうこう、だ」
「投げっぱなしだな」
――ああこりゃ
兄のやつ、下手したら己の死すら計画通りというやつか。
「あれは人を駒のように扱う癖があるが――下準備だけは怠らん」
「そのために若いのが犠牲になっても?」
兄の次の駒が誰なのか、おぼろげに察していた。選ばれし者、ハリー・ポッター。どうやら兄の最期を目撃したのは若い英雄殿らしい。若くて未熟な、兄に仕込まれ動く駒。
「なるようになる」
どうせポッターも、私の曾孫も狙われる身だ。アシュタルテの声が変わる。アバーフォースの肌をも灼くような熱気。ためにためた憤怒がアシュタルテの眼といい肌といい……全身から放出されている。
「お気の毒なこった」
いくつもの意味を込めてアバーフォースは言った。兄が死に、導く者のいなくなったなかで歩まなければならない若者たちへの哀れみ。そうして、闇の帝王と名乗るろくでなしのせいで子の全てを、孫のほとんどを失った男への弔意を。
グラスを手に取る。熱心に磨きながら、ひっそりと呟いた。
「お前が曾孫を逃がしても、俺は責めない。兄の仇もとらなくていい」
「ありがたいな」
ただ、曾孫はそれを望まんだろう。双眸を爛々と光らせて、老いた魔法騎士は告げた。
「曾孫も私もリアイスだ。ならばすべきことは決まっている」
数多の犠牲の代償を支払わせるのみ。
「マーリン勲章一等、ドラゴンの血に関する十二の活用法を発見。ニコラス・フラメルの盟友、魔法戦士連盟所属、ホグワーツの校長、そして――」
グリンデルバルドを倒した英雄。ホグワーツ校長室。革張りのソファに主がごとく座した青年の弁舌は滑らかだ。憎らしいほどに。そうしてスクリムジョールは思い出した。
――母親に似ているな
ここぞという時の舌鋒が不思議に、青年の母親を想起してしまう。リアイスとは『そう』なのか、母子が『こう』なのかは神のみぞ知る。
「そんな人の遺品を押収すると」
「ダンブルドアは何を隠している?」
「肖像画に訊けばよいでしょう」
ねえ先生。円形の室、壁にかかった新たな一枚はにっこりするばかりだ。どいつもこいつも。
「そもそも法の下に魔法族は平等だ。たとえダンブルドアとはいえ、特別扱いは――」
返しつつ、スクリムジョールは己が不利を悟っていた。前々からわかりきってはいたのだが、ダンブルドアの行動を解明することは急務である。事は魔法省が主導すべきだ。つまり、戦が終わったあとの権威保持その他に通じるのだから。民衆に頼り切りの、一人の英雄に寄りかかりきりの魔法省など情けないにもほどがある。
であるからこうしてホグワーツに踏み入った。狙いはダンブルドアの遺品、そうして遺言。詳らかにしたかったのだ。
――どうも叶わないようだが
訪問してみれば先客がいた。ウィスタ・リアイス。いや、ウィスタ・ブラック=リアイス。リアイスとブラックの子。魔法大臣であろうと物怖じしない。常ならば好ましいのだが。
「そりゃあ、魔法大臣閣下が、純血を贔屓しますだとかなんとか公言したら、それこそ俺は厭だけどね」
上が腐るのは困るもんだ。しみじみと青年は呟く。ところどころに棘があるのは、スクリムジョールの前任者――背後に控えるファッジへの嫌味だろう。「私は公言していないし、寄付金とかほら……」とぼそぼそ言っているが。スクリムジョールも青年も無視した。
「平等云々はおいといて」 ぱん、と青年は両手を合わせる。鋭い音が響いた。
「省令による押収は闇の物品が疑われる場合に適用されるはず」
仮にもホグワーツの校長の遺品を、そんな根も葉もない令で押収しようとするとは! 侮辱だ! 肖像画の一枚が冷たく言う。さらには法の濫用がどうこう、魔法省の長たるもの、守るべきは守るべきだと苦言が飛んでくる。
「……と、お歴々はおっしゃってますが」
「お役所仕事よりも大切なことがあるのだよ」
くっ、と青年は喉を鳴らした。獅子の唸りにも、大狼の猛りにも聞こえた。
「ごもっとも。人命とか道理とか、法よりも優先されることがあるかもしれない――が、あなたの仕事は、老いぼれの遺品あさりなんてくだらんことじゃないはずだ」
軽やかに言い切られ、スクリムジョールは思わず新しい肖像画に眼をやった。生前と同じくライトブルーの眼をきらきらさせるのみ。
「口が悪いな」
「だって、断りなくさっさと死んだんだから」
老いぼれって呼んでもいいだろうさ。子どもじみた「ふてくされ」だ。演技か否か。
――本音だろうな
こうして感情の一欠片を開示することで、敵ではないと主張しているのだろう。スクリムジョールとて、リアイスの青年を――個人的にも肩入れしたくなる者を――敵にはしたくない。やむを得ない場合を除いて、だが。
「省に戻って士気を上げてやれ」
靴音とともに、奥の室から魔法使いが現れた。背筋を伸ばし、顔には傷跡。双眸は曾孫より淡い群青。
「ダンブルドアの遺品は私に譲られた。相続上の瑕疵はあるまい?」
「電光石火の早業ですね」
スクリムジョールは苦笑を漏らした。完敗だ。なるたけ早く動いたのだが、ダンブルドア――いいやアシュタルテ・リアイスのほうが上手であった。
「大臣がお忙しいだけだ。私は暇な隠居でな」
さらりと返され、苦笑が深くなる。どこが暇な隠居なのか。戦闘力はいささか衰えていようが、能力は折り紙つきだ。
「相談役として省に招きたいが、いかがだろう」
ファッジが「スクリムジョール?」と声をあげる。対して青年は己が曾祖父を見上げるばかりだ。
「隠居だと言っておろうに。いつまでも老いぼれに頼るでない」
ふ、とアシュタルテが吐息を漏らした。
「曾孫の後見という大事もある。招きは光栄なれど、我が身には過ぎたもの。遠慮いたそう」
「謙虚なものだ」
首を振った。可能性があれば、と思ったがやはり甘かった。行くぞ、とファッジに声をかけ、踵を返す。扉が音もなく開く。螺旋階段に足をかけ、振り向いた。
「言い忘れていた。ウィスタ、成人のお祝いを申し上げる」
泰然自若としていた青年がゆっくりと瞬いた。ややあって、わずかに笑みを浮かべた。
「ありがとう存じますルーファス。ご武運を」
「そちらもな」
儀礼だけではない親しみを向けられ、わずかなりとも心が軽くなる。
――願わくば
青年が武運、いや武勇を発揮する前に、すべてを片づけたいものだ。
若い者に死なれるのは、もうたくさんなのだから。
「あいつが血も涙もない男なら、もっと楽ができたろうになあ」
英国のとある州のとある町の上空で、ウィスタは呟いた。騎馬もとい愛機はフェンリル。実父から譲り受けた逸品であり、生前の父があれこれと改造しているので、加速減速は思いのまま。まさしく鋼鉄の魔狼である。
「ハリーが切り捨てられるわけがないでしょう」
大嫌いな叔母夫婦と従兄弟であろうとも。グリフィンを軽々と御し、矢筒と弓を背負い、腰には短剣をさげ、杖も挿している従者が返す。ヒッポグリフならともかくグリフィンを駆る女を従者にしている恐ろしさから眼を逸らす。グリフィンとて多少は言うことを聞くらしいが――それこそ第六分家の獣使いならできる――乗って戦う魔女にお目にかかるとは思っていなかった。箒は速度は出せますが反撃しにくいですからね、と従者殿は飄々とのたまったのだ。
そう、戦闘だ。今夜は戦闘が見込まれる。いくら攪乱作戦をしようとも、最悪は考えておかなければならない。
淡い光が飛んできて、エリュテイアが告げた。
「ハリーが家を出たと。護衛も同じく」
「ダーズリーどもは」
「別口で移動するとか」
「さっさと移動させて、戻ってきてほしいもんだ」
エンジンが唸りを上げる。星の瞬く闇を駆け、顔をしかめた。不死鳥の騎士団は腕利きの魔法使いと魔女たちが多くいて、団員の家族をはじめとした網を有している。巨大組織ゆえに機動力に劣る魔法省よりも小回りが利く。しかし、ハリー・ポッターを安全圏に逃がすには――不安が残る。
「絶対の安全などない」
付き添い姿くらましですらも、とマッド・アイは言った。場所はゴドリックの谷。牧場の一角である。守り堅き『谷』、のどかな牧場で伝説の闇祓いと『おしゃべり』するなんて奇妙な気分だった。
「計画その一、儂が付き添い姿くらましする案がもっともマシだが」
敵もそれを読んでいよう。
「あんたとハリーがどっかに到着したとたんに後ろからズドン」
「魔法省に草が紛れ込んでいる可能性が高い」
「うちの連中がいるが……」
「もし運輸部や魔法法執行部の高官を抑えられていれば――」
「煙突飛行、移動キーの違法接続で監獄行きか」
バレなきゃ問題ないが。相手が錦の御旗をかかげた連中だと、法を盾にとってあらゆる難癖をつけてくる可能性がある。公権力というのは強いのだ。
「執行部の頭はネメシスだ。こちらの不利益になるようなことはせんだろうが――それでも、な」
「下手に魔法省に動きが抜けるような真似はしないほうが無難、と」
話していて面倒になってきた。どこに草――マッド・アイの言い方は古風なのだ――間諜がいるかわからない。どの駒が白で、どの駒が黒かわからない。数も不明。やりにくい。
「スクリムジョールのおっさんも、あれこれ突き上げ食らってるらしいですからね」
「大臣なのだから仕方あるまい」
曰く「選ばれし者だかなんだか知らないが、一人の少年を特別扱いして護衛の派遣を検討するなどいかがなものか」だとか「不正利用の可能性もあるので、煙突飛行接続の堅牢さを増すべきでは」だとか「こんな時代なのだから、省員は身元の確かな者を採用すべきでは」だとか。純血派のみならず、非魔法族寄り――一般的な思想の省員や高官から訴えられているそうだ。
闇の帝王の復活、ダンブルドアの殺害、事態を収束できない魔法省。鬱屈し、不満がたまっているのだ。そうなると「なんでもいいから終わらせたい」となるわけで「なんであいつだけ特別扱いなのだ」となるわけだ。わからんでもない。ちなみに「身元の確かな者」とは「名門か準名門で、できる限り純血の子息子女」のことである。提言したのはもちろん純血派である。時代から逆行してやがる。むろん、ならず者は論外であるが、今時純血の坊ちゃん嬢ちゃんだけで魔法省が回るわけがない。
さて、スクリムジョールは「公平性」を盾にとられ、表向きはハリー・ポッターへの護衛派遣を断念した。善だとか正義だとかを振りかざされるとそうせざるを得ないわけだ。ただし闇祓いの何人かは休みが増えた。煙突飛行や移動キーの安全性問題は棚上げだ。とある日に守護霊が飛んできて「どこかの誰かが接続しても警報が鳴るやもな」とマッド・アイに告げたそうだ。さすがの大臣も、潜り込んだ間諜、そしてその手勢をすべて一掃できないのだろう。
そして身元の確かな者云々は「我々の仕事は膨大で、あらゆる分野に及んでいるというのになにを抜かす」と斬って捨てたそうだ。そりゃそうだ。
「スクリムジョールが目こぼししても」
「すると思う?」
「建前と実利を秤にかけると……ポッターの安全をとるだろうよ」
「おっさん、大臣よりも現場じゃね?」
「現場は儂、政治はやつ。そういう風に局長が育てたからな」
マッド・アイが呟くように言う。青い義眼がウィスタの群青をとらえた。どこにもいない影を探すように。
「よって、古典的な手で行く」
七人のハリー・ポッター作戦だ。
「現状じゃあ、一番マシだが」
マッド・アイとのやりとりを思い返し、独りごちる。守護の魔法が切れる前にダーズリー家を出る。魔法省には偽情報を流しておく。もちろんスクリムジョールも今夜――七月三十一日の四日前、二十七日に動くことを知らない。知れば漏らすかもしれず、苦労人の大臣もそのあたりは了承済みだろう。
公権力はあてにできない悲しさよ。ちなみにリアイスもハリーにばかり注力していられず、こうしてウィスタが出張っている次第である。ウィスタが出ればおまけでエリュテイアがひっついてくる。多少の助けにはなる。
――ナイアードには苦い顔をされたが
そりゃもう渋られたが。「ルキフェルが非番だからいいだろう」と押し切った。第三分家の闇祓いは、数日非番である。非番なのだから自由で、つまりハリーの護衛作戦に参加している。
「《ランパント》は子どもじゃない。我々の盟主が動くと言っているのだから、今回は折れてやれ。《ステータント》」
ルキフェルはナイアードに言い聞かせ、ウィスタは晴れて作戦参加となった。
その夜は謎の流星や花火がマグルに目撃された。正体は呪文の応酬と――銀の矢である。
「……本物か?」
「バカな。リアイスの御曹司が戦場に出張るか。出てきたら阿呆だぞ」
偽者だろう。ウィスタたちを追いかけてきた連中――死喰い人が口にする。ハリーと同じくウィスタの偽者もばらまいているので、死喰い人の言は当然だ。誰がわざわざ安全圏から出てくるか。
「リアイスは狂っていてね」
にっこりと笑ってみせる。無言呪文で一人、二人としとめた。
「杖捌きと言動が――」
ものすごくリアイス。死喰い人がじりじりと下がる。箒はニンバス二○○一だ。闇陣営の資金も無尽蔵ではないらしい。箒では勝ったな。騎士団の護衛作戦に際し、ガリオンを奮発してファイアボルトを投入したのだ。ガリオンは正義なり。
ウィスタはフェンリルの馬首を返す。
「偽者だろうがなんだろうが、捕まえといたほうがいんじゃねえか?」
思い切りエンジンを噴かす。集まってきた死喰い人を引きずりまわし、エリュテイアが着実に削っていく。ハリーたちは逃げ切れたろうか。
――感知されたか漏れていたか
やけに死喰い人が多い。ウィスタもエリュテイアも万能でもなく、無敵でもない。ほんの少し戦えるだけだ。圧倒的な数を投入されれば分が悪い。
鳴弦。一人落ちる。流れるような連射。数人落ちる。神に入ったエリュテイアの業に、死喰い人の士気が落ちていく。
――いける
ここでウィスタたちが引きつけて、削っていけば。ハリーの移送が済んだら姿くらましすればいい。あれが出てこなければ――だが。あれならば、ウィスタの真偽を見分けられる。望まぬ繋がり。血の呪いがあるのだから。
ちり、と眼が痛む。振り向きもせずに杖を振る。障壁に何かが当たり、砕け散った。 「よい月夜だな」
穏やかな声だ。半月を背にして、黒い影が浮かんでいる。箒もなしに、騎馬もなしに。さながら死の遣いのごとく。
「あんたに風雅を解する心があるとはね」
一、二、三。焼けるような痛みを無視し、杖を振る。闇の帝王ヴォルデモートは肩をすくめた。
「貴種とはこういった話を好むのだろう」
ならば俺様も倣わねばならぬさ。
「少なくとも――」
飛んできた紅を、盾の呪文で跳ね返す。弾かれた呪文は、エリュテイアに殺到している死喰い人に当たった。
「月を見るなら、てめえとじゃなく美人とがいいね」
わざと下世話な話を振れば、闇の帝王がにやりとした。
「いいぞ。女ならば用意してやろう――」
「……私とかね」
灼熱が身を貫いた。堅い音が響く。みしり、と骨と肉がきしむ。喉をなにかが締め上げる。いいや、腕から足から、全身をからめ取る。
「……っ」
――肩を貫かれたようだ
かろうじて眼だけを動かす。飛び出ているのは銀のきらめき。少なくとも片腕は使えない。動けば、下手をすればちぎれる。
「ウィスタ様!」
行け、と唇だけ動かす。フェンリルを蹴る。宙に吊り上げられる。ぶちりぶちりと肉が裂ける。しかし、浮遊の呪文により、ウィスタの身は安定し、肩の崩壊は止まった。
震える手を――指を動かす。
熱い。焼けるように。燃えるように。血が流れて。
願うのは転移。対象は従者とフェンリル。そうして――紅の杖を放り出す。
――こいつは俺の右腕だ
逃がして生かす。
瞬きにも満たない刹那。黄金が花開き、従者もなにもかも掻き消えた。悲鳴の尾すらもやがて絶え、あとには一人二人しか残っていない死喰い人と、闇の帝王。そうして。
「……月見もいいが、治療が先だ。レディ・ブラック」
常からは考えられぬほど細い声で命じ、ウィスタの意識は閉ざされた。
痛みも敗北感も塗りつぶす、闇のなかに。
人物・設定
【リアイス本家】
ウィスタ・R・リアイス
[Wista・Seirios・Rampamt・Gryffindor・Black=Riis]
主人公。リアイス本家最後の一人。本家当主。、只一人ホグワーツ四強の血を引く。ヴォルデモートの直系孫。スリザリン伝来の“蛇語”や“過去視”の能力者。ヴォルデモートを「人間のクズ」と言い切る。個人の紋は『グリフィンと蛇と星』。
父はシリウス。ブラック本家の継承権を持つ。姓をブラック=リアイスにあらためる。容姿は父に生き写しで、目は母方の血が色濃く出た。
リーン・R・リアイス
[Lean・Isis・Rampant・Gryffindor・Riis]
ウィスタ・リアイスの母。ランパント・リアイス家前当主。スリザリン寮出身であるが、リーマス・ルーピンと親しくしていた変り種。卒業後は闇祓いとして勇名を馳せ不世出の闇祓いと謳われるも、死去。息子と同じく鮮やかな群青色の瞳を持つ。使用していた杖は月桂樹と死神犬の毛を組み合わせた漆黒の杖。ヴォルデモートの娘。『分霊箱』について探っていた模様。秘密主義。
アリアドネ・R・リアイス
[Ariadne・Istal・Rampant・Gryffindor・Riis]
リーンの母、ウィスタの祖母にあたる魔女。先々代ランパント・リアイス家当主。故人。ヴォルデモートの策謀に嵌り、望まぬ子を産む。
[パッサント・リアイス家――筆頭分家]
アシュタルテ・P・リアイス
[Astarte・Passant・Riis]
リアイス分家筆頭パッサント出身の老魔法使い。本家当主不在のリアイス一族をまとめ上げた長老格である。かつてダンブルドアと手を組み、闇の勢力と戦った。その容赦のない戦いぶりから、さまざまな異名で呼ばれ、闇の勢力からは恐れられている。
クロード・P・リアイス
[Claude・Wyrd・Passant・Crouch=Riis]
リアイス一族の中でも多くの占者を輩出している、パッサント・リアイス家現当主。リアイス一族に数代ごとに現れる“未来視”の力をもつ魔女。。リアイス一族の占者筆頭格。父親をヴォルデモートに殺され、若くして当主の座に就く。ウィスタ、ナイアードと又従姉弟関係。バーティ・クラウチの姪(母親がクラウチ家出身)。バーティ・クラウチ・シニアの死亡により、クラウチの名をも継ぐ。
[ステータント・リアイス家――第二分家]
ナイアード・S・リアイス
[Naiad・Dark・Statant・Riis]
魔法具“炎のゴブレット”などを作った『創り手』第二分家ステータントの若き魔法使い。学生時代に父に代わり、当主の座についた。リアイス一族の例に漏れずグリフィンドール出身である。先年は補佐教員としてホグワーツに赴任したこともある。本家当主であるウィスタを補佐する。本家の血を引き、ウィスタ、クロードとは又従兄弟。魔力を視る『眼』の持ち主。母がロングボトム家出身。ネビルと従兄弟同士。
[シージャント・リアイス家――第三分家]
ルキフェル・リアイス
[Lucifer・Riis]
歴史と情報を司る『情報機関』第三分家シージャントの次男。闇祓い第八階位の精鋭である。ナイアードとは従兄弟(ナイアードの叔母がシージャント家に嫁いだため)クロード、ウィスタとは又従兄弟にあたる。閉心術に長ける。魔法大臣の護衛として、魔法省の情報を集める。
[セイリャント・リアイス家――第四分家]
イルシオン・リアイス
[Ilusion・MacKinnon=Riis]
第四分家の所属。非常に冷めた性格で、周りから「グリフィンドールらしからぬ」と言われることもしばしば。開心術に長ける。烏の動物もどき。闇の帝王によって滅ぼされたマッキノン家の血筋。黒髪にゴールデン・オレンジの眼。
[クーラント・リアイス家――第六分家]
ネメシス・リアイス
[Nemesis・Riis]
魔法生物研究を司る第六分家の魔女。魔法法執行部副官。グリフィンドール至上主義者であり、若き当主であるウィスタにも厳しく接する。菫色の眼。
[ドーマント・リアイス家――第七分家]
ヘカテ・リアイス
[Hecate・Riis]
薬学医療研究を司る第七分家の魔法使い。ウィスタとは又従兄弟。ドーマント・リアイス直系。兄、姉がいる。母がボーンズ家出身で、スーザンとは従兄妹どうし。学者肌の第七分家の中でも戦闘力に長ける。
[先祖――グリフィンドール・リアイス]
ネフティス・グリフィンドール・リアイス
[Neftys・Gryffindor=Riis]
ゴドリック・グリフィンドールの孫。リアイス一族を興した祖であり、ウィスタの祖先の一人。『みぞの鏡』や『冬の息吹』など多くの魔法具を創った。母にハッフルパフの娘を持ち、ロウェナ・レイブンクローの孫を妻とした。
[リエーフ家――配下]
エリュテイア・リエーフ
[Erytheia・Riis・Lew]
代々リアイス家に仕えるリエーフ家の嫡子。『白百合の騎士』。ボーバトンからホグワーツに転入してきた。所属寮はグリフィンドール。ウィスタと同学年であり、彼に仕える。フラーとは姉妹の契りを結んでいる。ゴドリックと初代リエーフの誓約が色濃く継がれる。 髪は黒、瞳は灰緑色。
ノクト・リエーフ
[Noct・Riis・Lew]
エリュテイアの祖先。初代リエーフ。ゴドリック・グリフィンドールに仕える。
ニュクス・リエーフ
[Nux・Riis・Lew]
エリュテイアの祖先。魔女。ノクトの曾孫。ランパント・リアイスに仕える。
ルーチェ・リエーフ
[Luce・Riis・Lew]
エリュテイアの祖先。魔法使い。エスター・リアイスに仕える。
ナハト・リエーフ
[Nacht・Riis・Lew]
エリュテイアの祖先。ルーチェの孫。魔法使い。
ルクス・リエーフ
[Lux・Riis・Lew]
エリュテイアの祖先。ナハトの娘
[ユスティヌ家――キマイラ]
ウラニア・ユスティヌ
[Urania・Pendragon=Justynu]
かつてスリザリン派の頂点に君臨していた名門・ユスティヌ家の最後の一人。故人。ヴォルデモートやリーン・リアイスと深い因縁があり、親世代の重要人物の一人。分霊箱』に関して手がかりを残し、死去。ホグワーツに葬られる。
ペンドラゴン
[Pendragon・Gryffindor=Riis]
ネフティスの第九子。『消された九番目』。長兄ランパントを殺害した大罪人。ユスティヌの祖。
【リアイス一族】
魔法界屈指の名門。一族から優れた人材を輩出し、それぞれさまざまな分野で活躍している。魔法省で勤めていた者も多い。本家と七つの分家からなる一族である。
本家
ランパント(Rampant)/ミドルネーム R/リアイス一族本家 当代当主ウィスタ
分家
パッサント(Passant)/ミドルネーム P/リアイス一族分家筆頭 当代当主クロード [占者]
ステータント(Statant)/ミドルネームS/リアイス一族第二分家 当代当主:ナイアード [創り手/錬金術師]
シージャント(Sejant)/ミドルネームS/リアイス一族第三分家 ルキフェル所属 [情報機関/煙突飛行ネットワークを成立させる]
セイリャント(Salient)/ミドルネームS/リアイス一族第四分家 イルシオン所属 [探索者/抹殺者としての顔も持つ]
クーシャント(Couchant)/ミドルネームC/リアイス一族第五分家 [守り人/アズカバン等の監視]
クーラント(Courant)/ミドルネームC/リアイス一族第六分家 ネメシス所属 [魔法生物研究機関/人狼殺しを担う]
ドーマント(Dormant)/ミドルネームD/リアイス一族第七分家 ヘカテ所属 [薬学・医療研究機関/聖マンゴを創立]
リエーフ一族
リアイス一族に仕えるグリフィンドール系の名門。元はゴドリック・グリフィンドールの従者の家系であり、直系はミドルネームにリアイスを名乗る。嫡子はエリュテイア。
ユスティヌ一族
古いスリザリン系純血名門。数百年前リアイスに対して突如として宣戦布告し、ブラック家やマルフォイ家などを従え"紫薇戦争”を引き起こす。リアイスを深く憎んでいた。『分霊箱』を最初につくったのはユスティヌの魔法使いとされる。
ゴーント一族
古いスリザリン系純血名門。ユスティヌともとは同根の一族。かつて、ユスティヌとの争いに敗れ、僻地に追いやられたとされる。リアイス、ユスティヌを憎む。スリザリンのロケット、ペベレルの指輪を所有していた。ウィスタの直系の祖先にあたる。
特殊能力
“過去視”
文字通り過去の出来事を視る能力。遠い過去に遡るにつれ多くの力を消費する。サラザール・スリザリン伝来の能力であるらしい。能力者:ウィスタ/ウラニア。
“未来視”
または先視とも呼ばれる。未来を視る能力。“過去視”と対。ロウェナ・レイブンクロー伝来の能力といわれている。能力者:クロード/ディアドラ
“識眼”
魔力を識別する能力。能力者:ナイアード
“預言”
いずこかより下された託宣。預言。ロウェナ・レイブンクロー伝来の能力といわれている。未来の事象を預言する。外れることもある。予言とは厳密には異なる能力。能力者:クロード/アリアドネ
“蛇語”
蛇の言葉を聴く、または話し意を通じる能力。サラザール・スリザリン伝来。能力者:ヴォルデモート/ウィスタ/ハリー