【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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六話

 とん、と置かれたのはやや小ぶりなビール瓶だった。上級生三人に引きずられるようにして連れ込まれたのは『三本の箒』というバーで、店の主はマダム・ロスメルタ。綺麗なひとだな、と思ったけれど、年齢はよくわからない。

「毎度これが楽しみでさ」

「幸せの味がするんだ」

 双子が口々に言って、瓶をつかむ。軽い音を立てて栓を抜いた。リーが「ほら、お前も」と促す。ウィスタも手を伸ばし、栓を抜いた。かすかに甘い香りがする。

――ビールじゃない?

 なにせバーで、バーというのはお酒を出すところだ。本当は未成年なんてお呼びじゃない。だから身構えていたのだけれど、考えすぎだったようだ。

 乾杯、と言って瓶を軽くぶつけ合う。そっと一口飲んでみて、瞬いた。

「うまいだろ」

 フレッドがにっと笑う。ウィスタは声も出せずに頷いた。お腹は温かくなってくるし、まさに「幸せの味」だ。

「喜んでもらえてうれしいわ」

 ロスメルタが満面の笑みを浮かべた。初めてのお客様だからサービスよ、と小皿にクッキーを盛ってくれた。

「えー、ロスメルタ、俺たちにもくれないの? お得意様なのに」

「下級生を連れだして何を言ってるの。まったく……」

 はあ、とため息を吐き、次の瞬間にはくすくす笑う。つ、とウィスタを見た。

「ウィーズリー家の子じゃないでしょう。どこの坊やを連れてきたのよ」

「リアイス家の子だよ」

「ネメシスの子じゃあないでしょうし、クロードでもないわねえ……ナイアードだと若すぎるしルキフェルは忙しいし、ヘカテも違う」

 ずらずらっと名前を並べられ、ウィスタは固まった。どんだけいるんだよリアイスって。誰が誰だかさっぱり分からない。

「聞いて驚け」

「闇祓い、リーン・リアイスの息子だよ」

 まあ、とロスメルタが声を上げる。あのリーンの息子、と。眼の色がお母さんそっくりねえ、とロスメルタは言ったが、どこか白々しかった。驚いているふりだけしているような。

――最初から知ってたんじゃないか

 なんの根拠もない。ただの勘。決め付けはよくないけれど、ロスメルタの眼がほんの少し泳いでいる。

「懐かしいわ。リーンもよく抜け出してきたものよ。誰かしら迎えにきたり、連れ立ったり……」

 え、優等生じゃなかったのリーン・リアイスって、とジョージが言う。それになんと答えたのか、ウィスタは知らない。なぜだか聞く気も失せてしまった。胸の内にもやもやがたまっていく。自分だけが何も知らなくて置いてけぼりだ。

 壁のラックに眼をやって、椅子から滑り降りる。『日刊予言者新聞』を手に取った。

 マダムロスメルタと双子たちのおしゃべりを聞き流しながら、一面にさっと眼を通す。小鬼がふんぞりかえっていて、でかでかと文字が躍っていた。

 グリンゴッツ侵入さる――。

 ◆

 あんまりにもやせ細っているので心配されたのか、マダム・ロスメルタはクッキーを包んで持たせてくれた。

「……前よりマシなんだけどなあ」

「まだまだ痩せてるよ。ひっどいとこだったんだな孤児院」

 リーが言う。ウィスタは引きずられるようにしてホグズミードの大通りを歩きながら頷いた。

「他を知らないからなんとも言えないけど」

 夏の間にリーマスとアンドロメダがせっせと食べさせてくれたおかげで、多少はふっくらしたはずだ。たぶん肋が浮いているのは痩せすぎなのだろうが、ホグワーツの食事はおいしいし、どうにかなるだろう。双子のようにがつがつ食えるほど、胃は回復していないが。

 三本の箒の後はハニーデュークスという菓子屋に行って、とりどりの菓子に眼を丸くした。綺麗で、おいしそうで、仕掛けのあるものもあって、夢のような店だった。次は悪戯専門店。双子はあれこれ買いながらも、ときどき店の中を見回したり、商品をじっくり観察していた。首を傾げていると「将来のためさ」とにやりとされた。

 ぐるりと村を回って、こっそりと城まで戻った。

 ◆

 それから、ハーマイオニーが魔法薬学のレポートを羊皮紙90センチ近くまで埋めてスネイプの顔をひきつらせたり、片目の眼帯が邪魔だから取りたいとマダムポンフリーにお伺いに行って却下されたり、ロンがハリーとウィスタにチェスを教えてくれたり、マクゴナガルが相変わらず厳しかったり……と日々は忙しく過ぎていった。

 そしてとある水曜日。

「――なんで、こういう組み合わせにするのかな」

「乱闘してもオーケーってことじゃないのか」

「あのね、ウィスタ。そこまでぶっ飛んだ先生はいないと思うよ僕」

 グリフィンドール一年生が睨んでいるのは寮の掲示板で、明日飛行術の授業をしますよ。合同ですよ。スリザリンとですよという主旨が書かれている。三度読んだ。なんにも変わらなかった。

「絨毯じゃないんだ」

「エジプトあたりはそうだったらしいけど、今は箒が多いね」

 と、ディーンとシェーマスが言い

「ああ、絨毯ならどんなにいいか。箒なんて乗ったことないよ。マーリンよパラケルススよアグリッパよもう誰でも良いから助けて」

「きっとだいじょうぶよ。教本どおりに……どおりに……私運動そんなに得意じゃないの」

 と、ネビルとハーマイオニーが絶望していた。

――俺は見学だしなあ

 片眼の眼帯をひっかいた。鍋爆発事件から一週間近くが経とうとしているが、まだ取れない。こんな状態で箒に乗って飛ぶなんて無理だろうきっと。明日ひとまず授業に出てみればいいのか、マクゴナガルに相談すればいいのかどちらだろう? そもそも先生がちゃんと授業をしているのがすごかった。ここの坊ちゃんお嬢ちゃんたちはあ学級崩壊どころか学校崩壊な場所なんて縁がないのだろうし、喧嘩のやり方は悲鳴の殺し方、あまり痛くない殴られ方を知っているウィスタのほうがおかしいのだ。

 マクゴナガルに相談してみよう、と踵を返した。

「……職員室、どこなんだ?」

 ふらっと寮を出たはいいが、途方に暮れた。ホグワーツの案内板や地図なんてない。あのどん底の学校にも案内板くらいはあった。ガムやらその他でべたべたになっていたが。

 そこらへんでゴーストでも捕まえるかと踏み出して、耳がかすかな音を拾う。

――……が

――とーり

「なにかしらねえ……」

 寮の門番『太った貴婦人』瞬く。ウィスタは杖の柄に手をかけて、廊下の先を見た。ゆうらりゆうらりと揺れながら、誰かがやってくる。

「シーカーがひとり……」

「シーカーがふたーり……」

 ぶつぶつとつぶやきながらやってくるのは、グリフィンドールの上級生だ。紅と金のネクタイをしているから。けれどネクタイはくしゃくしゃで、上級生の眼の下には立派な隈。

「し、失恋でもしたのかな」

「さんにん、よにーん……シーカーはいないかあ……」

『いいえ、坊や。あれは――』

 貴婦人が何事か言うが、ウィスタは首を振る。近寄っちゃいけない。不良よりもヤバい。

「レディ通してよ。カブートドラ……」

 コニスと言おうとしたが

「は、そこの君! いいぞやせ細ってるけれどその分軽いだろう。シーカーにならないか!!」

 叫びとともに血走った眼をした上級生が突進してくる。学校で最強の不良とおそれられた野郎と並ぶほどの速さだった。

「なんだよシーカーってあんた誰だよ! 怖いよ!! なんかキメてるだろ注射か炙りかどっちだよ! レディ早く通して!」

 叫んでいるうちに上級生あらため幽鬼がウィスタの肩を掴む。ぐいっと指が食い込んで、身をよじろうとしても抑えつけられた。

「いいぞ、いいぞ、シーカーだ万歳!」

「うるせえ!」

 思い切り頭を反らし、頭突きを食らわせる。「なんという根性!」とガッツポーズを決めながら幽鬼が倒れた。ウィスタは涙目でしゃがみ込んだ。猛烈に痛い。痛いが我慢だ。寮に逃げ込まないと――。

「石となれ!」

 朗々とした呪文とともに、幽鬼が硬直する。

「お前はなああにをやってるんだウッッッド!!」

 パーシーが杖を構えていて、青い眼を怒らせていた。

 

「あいつはいいやつなんだけど」

 はあ、とパーシーがため息を吐く。

「クィディッチバカなんだ」

 恐ろしい幽鬼からウィスタを助けてくれたパーシーは、職員室まで快く案内をしてくれた(だって僕は監督生だからね! と胸を張っていた)。寄宿学校、しかも全寮制、監督生がいるなんてほんとのほんとに上流階級の世界だ……といえば、道すがらホグワーツについて教えてくれた。マグルのイートン校と違って、上流階級やお金持ちの人間ばかりを受け入れるわけではない。魔力――魔法力ともいう――があるかどうか。入学名簿に名が載るかどうか。それだけなのだ。

「慣れないことばかりだろうけれど、時間が解決してくれるさ」

 ここだよ、と案内されお礼を言ってマクゴナガルを訪ねてみた。飛行術の件でかくかくしかじかと事情を話せば、マダム・フーチを呼んできてくれた。

「見学かほかの……たとえば課題だとかをさせましょうか?」

 マクゴナガルがウィスタの眼帯やらガーゼやらを見て言った。灰色の髪を短く切り、鋭い目つきのマダム・フーチは指を振る。

「コンディションが悪くても箒に乗れるようになるのも勉強です」

――つまり出ろと

「クィディッチなんて、肋骨が折れようが飛び回った者もいますし」

「あらそんな生徒もいましたね」

 ほほほ、とマクゴナガルが笑う。

「箒からぶら下がってクアッフルを蹴ったあげくにブラッジャーをはじいた子も」

「あれは見事でしたねえ」  マクゴナガルがしみじみ言って、ウィスタをみる。なんでしょう、と首を傾げてみせれば「今度トロフィー室に行ってごらんなさい。ポッターも一緒に」と告げられた。なんのことやら。

 そして木曜日の朝、グリフィンドールの長テーブルの一画でハーマイオニーの講義が開催されていた。図書館から『クィディッチ今昔』や『はじめての箒』やらを借りてきて延々と読み上げているのだ。どうやら図書館で「シーカー……シーカー」とつぶやいている上級生がいて、ハーマイオニーが飛行術の本の棚を探していると「よい飛行ライフを! グッドラック!」と言って本をポンポン寄越したそうだ。ハーマイオニーは唖然としてお礼も言えなかった、と残念がっていた。テーブルの端っこで頭を抱えているのが彼だよハーマイオニー。パーシーに監視されてるよ……と言っても無駄なので黙っていた。ウッドことオリバー・ウッドは、クィディッチのシーカーが見つからなくて病んでいるのだ。双子に「シーカーはいないか妖怪に絡まれて」と言ったら腹を抱えて笑っていた。双子はビーターらしくて、ウッドはキーパーで、アリシアとケイティとアンジェリーナがチェイサーだそうだ。簡単なルールを教えてもらったけれど、あまりピンときていない。

「柄をしっかり握り」

「箒と自分を信じて」

「思い切り地面を蹴るとあら不思議」

 飛べるのです! とハーマイオニーが読み上げたとき、頭上で羽ばたきの音がした。ウィスタは顔も上げなかった。朝のふくろう便だ。入学した次の日かその次の日にリーマスが手紙をくれたが、それから来ていない。筆まめなほうではないんだろう。ウィスタも似たようなものだった。なにを書けばいいかわからない。羽ばたきにハーマイオニーの講義が中断される。近所のハリーがやれやれと言わんばかりに眼をつぶった。

 すっとふくろうがやってきて、ネビルの近くに小包を落とした。

「ばあちゃんからだ」

 ネビルは弾む声で言うと、さっと包みを解いてしまう。出てきたのは硝子の球だった。大きさはビー玉よりすこし大きめ。中には煙のようなものが入っている。

「思い出し玉だ! ばあちゃんは僕が忘れっぽいことを知ってるから――」

 にこにこしながら皆に説明して、玉を握ってみせる。

「真っ赤になったらなにか忘れてるってことなんだ…………あれ?」

 ええ、なんで? とネビルが口をあける。玉は真っ赤に光っていて、ネビルはうんうんうなった。

「何か忘れてるってことなんだけど……」

 そこにマルフォイが通りがかり、思い出し玉を奪い取った。ハリーとロンが立ち上がり、何人かの一年生が「いいぞいいぞ」とはやし立てた。グリフィンドールは血の気が多いのだ。

「なんだポッターにウィーズリー? ふん、ロングボトムごときがこんな」

 なんと言おうとしたのか。マルフォイが玉をためすすがめつしようとしたときには、手の中のものは失せていた。

「手癖が悪いくせに注意力はお留守だな」

 ウィスタは手のひらで玉を転がした。第一に必要もないのに人の物を盗るべからず。第二に掏摸の技がお粗末だ。第三にネビルの隣にはウィスタがいたことを認識すべきだった。甘々だ。

「ちょっと見てただけだろう」

「どうだか。坊ちゃんはお願いのしかたも知らないらしい。かわいそうにな」

 鼻で笑う。伸びてきたマルフォイの手をかわし、ハリーへと玉を投げる。どうかなと思ったがハリーはいとも簡単に宙で掴んだ。反射神経がいい。従兄弟のパンチをかわしていたらしいから、そのせいか。

「僕を侮辱するのか」

「お堅い言葉を使うなよ坊ちゃん。こっちはど庶民なんだよ」

 なんとなく意味はわかるけどな、と付け加える。

「面倒なことになる前にお家に帰んな」

 フォークの先で、上座を示す。つかつかとマクゴナガルがやってくる。マルフォイはさっと逃げていった。

「何事ですかリアイス?」

 厳めしい女史に一言で返した。

「ただのご近所付き合いです」

 ◆

 午後三時半。グリフィンドールの一年生は校庭へ向かった。気持ちの良い秋晴れで、そこらの木陰で昼寝をしたらすやすやと眠れそうだ。

 指定の場所にはスリザリン生がいて、箒がずらりと並べられていた。どれもこれも殴る棒として脆そうだし、乗るとなるともっと不安だ。

「かわいそうな孤児がきたぞ」

「マグルの間で育てられたなんて」

 聞こえよがしに言っているのはマルフォイと取り巻きだった。お前の母ちゃんはマナーを叩き込まなかったのかマルフォイ。ウィスタの学校でんなこと言って不良を刺激しようもんなら、顔の形がわからないくらい殴られるぞ。やつらは育ちやら知能やらをバカにされるとキレるのだ。そのくせウィスタのことをバカにしてたもんだが。

 人の女に色目がどうこうとかいって絡まれたこともあったなあと遠い眼をする。何だろう色目って。なんもしてないのに。不良もといギャルの皆様はそこそこウィスタに親切だった。煙草を吸わせようとするのは参ったけれど。いやあれはギャルの姉だったか。なんでか妹の学校に遊びにきてたレディースだったか。ともかくもわやくちゃな学校だったのだ。小学校と中学校は同じ敷地だったし。

「聞けよ!」

「何がだよ?」

 はっとして言い返せば、マルフォイがわなわなと震え、ハリーはおなかに手を当てて笑っていた。

「話しかけてるのに」

「いやお前がしてるのはなんだっけ。侮辱ってやつだろ」

「マグル育ちの孤児に箒なんて乗れるもんか! いくら純血名門でもな!」

「ああそう。ところで純血名門ってなんだ?」

 信じられない、とマルフォイが眼を見開いた。ロンから聞いた気もするけれど、名門とはいっても純血名門とは言ってなかったような。

 マルフォイが何か言おうとする。だが、マダム・フーチが颯爽と現れた。生徒を並ばせて「手を前に出して上がれと言いなさい」と告げた。

 これでも、と眼帯を指さして、やるんですかと箒を見ても、マダム・フーチの眼が光るばかりだった。やれと。

 手を箒にかざして一斉に「上がれ」と唱えた。次の瞬間には柄が飛び込んできて、口笛を吹いた。みれば成功したのはハリー、ウィスタ、マルフォイくらいのものだ。ネビルの箒は身震いしていたし、ハーマイオニーの箒はころころ転がった。ロンのはふらふらと浮き上がり、気がくじけたように落ちた。惜しい。

「今年はまあまあですね」

 マダム・フーチがうなずいて、全員が箒を起こすまで繰り返させた。なんとかネビルも箒を起こし、次にまたがって、柄の持ち方を教える。さあ軽く飛んでみましょう、と授業は順調だった。

「しっかりと柄を握りなさい。一二の三で笛を吹きますからね。地面を蹴るんですよ」

 一、二の……で、誰かが舞い上がった。案の定ネビルだった。

「こら、戻りなさい! ロングボトム!!」

 助けてええという絶叫が秋の空に吸い込まれた。

 

「ウィスタ、君はほんとにいい人だ」

「んなこと言われたのは初めてかもしれない」

 えー、とネビルが声をあげる。片腕には添え木がされ、包帯でぐるぐる巻きになっている。ウィスタがフェルーラの呪文を施したのだ。

「僕に付き添ってくれたし、ハンカチも貸してくれた」

 寝台に腰掛けて、足をぶらぶらさせているネビルは、泣いた烏がなんとやら。痛そうにはしているがもう泣いてはいない。

「付き添いで誰か来いって言ったからさ。マダム・フーチが」

 気にすんな、と顔を背ける。初の飛行術でネビルがパニックになって暴走し、箒から落ちたのは約十五分前。マダム・ポンフリーに診せましょうといってネビルを医務室に連れて行ったはいいものの、校医は不在だった。仕方がなしにマダム・フーチことフーチ教官が探しに行って一年坊ふたりが残されている。

「でも僕はうれしい。とろいとか、どうしようもないとか言わないし」

 ネビルはにこにこしている。人の善さがにじみ出ていた。

「いいよなあ」

「え?」

 いいや、なんでもないと返す。そんな風ににこにこできて、人のことを誉められて。とろくさくても、多少バカにされるくらいで、きっと家族に愛されていて。

――うらやましいなんて

 言っても仕方がない。そんなものはネビルにとって当たり前で、のほほんとしているのもネビルのせいではないし、時折無性に腹が立つのなんて無視だ。

 ネビルのほうを見たくなくて、薬品棚を眺める。綺麗に整理されていて、ひとつひとつの瓶にラベルが貼ってあった。遠慮なく戸を開けて、瓶の一つを手に取った。さっさと薬草を取り出して、ネビルのところへ戻って口のなかに突っ込む。

「食ってろ」

「……苦いぃい」

 涙目で見られるが、ウィスタは眉ひとつ動かさなかった。突っ込んだのは痛み止め効果のある薬草だ。学校に持ってきたもといリーマスが仕込んでいた辞典に書いてあった。とにかく死ぬほど苦いらしい。

 震えながら葉を噛んでいたネビルだったが「痛み止めだよね、これ」と薬草の名を呟いた。

「家がドラッグス……薬問屋かなんかなのかネビル」

 ううん、とネビルが首を振った。

「僕んちは古いだけで。パパとママは闇祓いなんだ」

 君のお母さんやハリーのお父さんと同僚だったんだって、となぜだかネビルは眉尻を下げた。そうだったんだ、と返してそれから続かない。闇祓い。ウィスタの母と同じ職業。ハリーの父親が闇祓いだったというのはたぶん初耳だった。

「だから、気分がよくなる薬草とか、いろいろ……育てて。ばあちゃんはそんなことより闇の魔術に対する防衛術をしっかりやりなさいって言うんだけど」

 パパやママみたいには僕はなれないから、と肩を落とした。なんだかとてもかわいそうに思ってしまった。家族がいるのに独りぼっちに見えたから。

「ネビルはネビルだ。お前がいいやつだって俺は知ってるよ」

  窓のほうを見ながら言えば、ネビルが「ありがとう」と囁いた。

 マダム・ポンフリーがやってくるまでネビルに付き添って、寮に帰った。するとグリフィンドール生はお祭り騒ぎだった。ウッドがむせび泣いていて、五年生たちに肩を叩かれていた。あちらこちらでお菓子やジュースが振る舞われ、双子がクラッカーをばんばん鳴らしていた。

「飲めよ」

「なんだってんだ」

「シーカー発掘祝い!」

 あ? と返せば双子はハリーを指さした。上級生たちにもみくちゃにされている。ウィスタがいない間になにがどうなったんだ。シェーマスが言うところには、マダム・フーチがいなくなったあと、マルフォイがやらかしたらしい。結果的にハリーは見事な飛行術を披露して、授業中にそれを目撃したマクゴナガルがやってきて、ハリーを連行。シーカーに推薦。一年生はクィディッチ選手になれない決まりをごり押しでなんとかして、ハリーは見事シーカーに決まったそうだ。そしてウッドはうれし泣きしている。

――あんだけ病んでたら泣くわな

 歩く人歩く人みんなシーカーに見えると言っていたのだ。嬉しさもひとしおというやつだろう。

 夕食時のマルフォイの顔は見物だった。退学が決まってさぞかし落ち込んでいるはずのハリーが、明るい顔をして食事をしているのだから。

「ポッター最後の晩餐かい? マグルのところに帰る汽車にはいつ乗るんだい?」

  動揺を隠そうとして見事に失敗していた。唇はひきつり、眉間には軽く皺が寄っている。けれども、言葉遣いはお育ちがよろしかった。性格は悪いが。

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね」

 さらりとハリーが返し、ロンが噴いた。ウィスタは沈黙を守った。シェパードパイを食べるのに忙しかったのだ。マルフォイの腰巾着二名、ゴリラとゴリラがハリーをにらみつけるが、ハリーはどうでもいいようだ。こいつほんとにタフだよなあとウィスタは感心した。

「僕一人だって相手になろうじゃないか」

 ウィスタがシェパードパイをふたつ食べ終わる頃には、どうやら決闘の話がまとまっていた。心なしか弾むような足取りで去っていくマルフォイの様子に、いやーな予感がした。

「やつに付き合う必要はないだろう」

「僕らは腰抜けじゃないぞ」

 吼えるロンにソーセージを突っ込んで黙らせる。

「わざわざ真夜中に呼び出しだろう。怪しい。俺ならおびき寄せて集団でなんかするか、どっかの誰かに言いつけてはめるね」

 ええ、とハリーが眉を寄せた。双眸が深い緑になる。

「受けて立たなきゃ何を言われるかわかんないよ。マルフォイだってそこまでしないだろう」

 どうだか、と返す。マルフォイは武闘派じゃない。決闘を持ちかけること事態が不自然だ。たぶん喧嘩ならハリーのほうが強いだろうし。坊ちゃんのへなちょこパンチだろうが呪文だろうが軽くかわすだろう。

 そのあたりがわからないマルフォイでもないはずだ。もし決闘をしたいのだとしてもそこらの校庭でやるなり、空き教室でやるなりできるし、真夜中である必要もない……が、ハリーたちは言っても聞かないだろう。

「――俺は言ったからな」

 最後に念を押して、ソーダを一口飲んだ。




クロード…筆頭分家のおねーさん。当主。号をパッサント。占者、先視の魔女、預言者にして予言者。
ルキフェル…第三分家のおにーさん。次男。闇祓い。
ネメシス…第六分家の女傑。獣使い。主人公母の二個上。魔法法執行部次官。
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