「俺みたいなガキまで引っ張り出さなきゃいけないなんて」
あんたも大変だね、閣下。
英国はロンドン、魔法省の一室に声が響く。少年というには深く、青年というにはいささか軽い。
キングズリーは眉間をもみほぐした。執務机の向こうから、客人――黒髪の青年を眺める。魔法大臣執務室にふさわしく、調度は派手すぎず、しかし大臣にふさわしいもの。カーテンにしろ、絨毯にしろ、同じくだ 。そこに青年は違和感なくとけ込んでいる。それもそのはず、室の諸々を整えたのは青年――ウィスタ・ブラック=リアイスであった。もとい、リアイスであった。であるからして、青年の私室のように思えてしまうのも仕方ないのだ。
「臨時だ、臨時」
「そろそろ肩書きを改めたらどうだよ」
「ふさわしい者がいれば、いつでも譲るとも」
「無理じゃね?」
「……君は遠慮がないな」
容赦なく核心をつかれ、キングズリーはため息をこらえた。閣下、とからかうように呼び、紅茶を流し込むように飲み、菓子も食い……だ。かわいいものだが。
「若干十九のガキを闇祓いに勧誘しまくるあんたよりは慎ましいよ」
「君こそ臨時が外れて「正式」になるだけだろう?」
「俺、クソ忙しいんだからね」
「結婚式の準備とか?」
ふ、とウィスタが眼をそらす。これで照れて赤くなってくれればからかって遊ぶのだが。十五、六の頃ならあるいは――。
「……あんたも楽しみにしてるくちですか、大臣閣下」
「こっそりお邪魔したいが」
にっこりしてやる。キングズリーは娯楽に飢えているのだ。祝い事なんて楽しいではないか。
「じゃあさあ……陛下の護衛、頼むかも」
「ちょっと書類をコピーしてきてくらいの気軽さで言わないでくれるか?」
どこからか、咳が聞こえてきた。護衛のルキフェルだろう。きっちりと室の隅にいて、肩を震わせている。私たちはコントをしているわけではないんだが?
「午前中に用事があると言っていたのは――」
「
実にさらりと言ってくれたものだ。大臣室へ来てくれないかと連絡したら「午後ならどうにかなるから空けてくれ。じゃなきゃ行かない」と返された。さすが、ルーファス・スクリムジョールをして「物怖じしない子」と言われただけはある。
臨時とはいえ魔法大臣に対しても遠慮がない。変にへいこらされるよりはいいけれど。こちらも気が楽だ。
「俺の恋愛模様とか聞きたがるもんだからな陛下さあ……年食っても女の子の部分ってあるんだな」
まるで己の祖母について語るがごとき口振りだ。間違ってもそんなことはない。なにせウィスタとキングズリーが語る陛下、とは女王陛下である。どこの陛下かといえば、英国の君主――英国マグルの女王である。
英国の首相と接触するのは魔法大臣の仕事である。しかし、英国君主に関しては――リアイスの領分であった。
「おばあちゃん子だったのかウィスタ」
「俺の祖母はあれだよ、ああいう人だから」
ウィスタは眼を泳がせる。キングズリーはウィスタの祖母こと、アリアドネ・リアイスに同情した。苛烈な性格だったと聞くし、実にリアイスらしい人だったとも聞くが、孫には好かれていないらしい。
「ちょくちょく会いたいって言われたらな?」
「私が口を挟むことではないよ」
若き当主の好きにすればいい。魔法省がマグルの首相の近辺に気を配り、時に有事を伝えるのと同じように、リアイスも動いているのだ。なにせ千年以上続く魔法騎士の家系だ。歴代王朝君主が、間違っても魔法界の毒にさらされぬよう……あるいは魔法界について漏らさぬよう、監視し守るのも役目であった。
「若いのに大変ねえって言われたよ」
「すまないな」
「そう思うんなら――」
「あれこれ動いているんだろう?」
「携帯会社とか手に入れただけだもん」
さらっと言うな。
「マグル界の富豪になるつもりか?」
「金も名誉もあるから、趣味だ趣味」
真の上流階級にしか吐けない台詞であろう。キングズリーの生家もそれなりの家格だが、リアイスには負ける。張り合うつもりもない。
「闇祓い試験通っただけで勘弁してくれ。ルキフェルを使ってくれたらいいから」
こほん、と大きめな咳が聞こえたが、ウィスタは涼しい顔である。
「向いていると思うのだがな」
「純血派を潰そうとしている連中を、抑えるだけで手一杯だよ」
血の気が多いから。ウィスタは苦く笑う。ひどく暗いものをにじませていた。
キングズリーは、年若い当主の苦労を思う。考えただけで頭が痛くなる。リアイスの純血派に対する恨みは相当なものだ。ヴォルデモートが去ったからといって、すべてがめでたしで終わるわけではない。
たとえばレストレンジ家を徹底的に潰すだとか、マルフォイ家をどうこうしようだとか、その他純血派――闇に与した家系を滅ぼそうだとか。そういった主張もあったのだ。
キングズリーは粛々とすべきことをし、裁くべきは裁いた。かなりの数の処刑が成されたが、致し方なしである。連座どうこうまで言い出す輩の首根っこはきっちり締めた。
「落ちぶれたんだから手打ちにしてやれ、でどうにかした」
「よく呑み込んだことだ」
レストレンジは直系が絶えたし、マルフォイは衰退するばかり、なおかつルシウスは投獄……ほかの死喰い人も投獄やら処刑やら。しかし、それで満足するリアイスではないだろうと踏んでいた。
「俺は両親を殺されてんだ。我慢しろ」
そう言ったら黙ったよ。
いささか投げやりにウィスタは言う。
「仇は討った。親父の名誉も回復された。やつらがまたぞろやらかそうとしたら、そのときは俺たちが締めればいいだろう……だ」
どこぞのマフィアより性質が悪い。締めるがきいて恐ろしい。だいたい、先の戦だって、リアイスの損耗は少なかった。ウィスタいわく「だってあいつら十数年前からきっちり準備していたしね」だ。戦争屋の鑑である。ついでに、元闇陣営にきっちり網を張っているだろうと踏んでいる。キングズリーは諸事が忙しいので、そのあたりはリアイスの勝手にやらせることにしていた。
なんでもかんでもキングズリーが手を出していたら過労死する。間違いなくする。適材適所は大事である。
「……君なら、勇み足でやらかすかと思っていたよ」
リアイスは勇猛果敢にして孤高不恭。そうして敵には容赦しない。
ウィスタは戦で死にはしなかったが、相当な痛手を負ったひとりである。廃人になっていてもおかしくはなかったろう。それに、彼は大切なひとを亡くしすぎた……。燃えるような怒りがないと、誰が言えるだろうか。
青年は茶器をおく。拍子に茶の香がくゆった。至高の青と呪いの紅が、キングズリーを貫いた。
「リアイスは魔法騎士。かよわき者、魔法の徒の庇護者。俺はその端くれなんでね」
悪徳の血を引いているというだけで、裁く気になれないだけさ。