突き刺さる視線を無視して、チキンにかぶりつく。なるべくゆっくり噛んで飲み込んで、ようやく口にした。
「まんまと嵌められたわけ?」
「うん」
「俺が言ったのに」
「まさかあんなに汚いと思わなかったんだ。ダドリーなんて脳筋だったものだから」
ああいう頭の使い方するやつって新鮮なんだよね、とハリーは言う。それ「困ったなあ」と「腹立つなあ」をないまぜにして言う台詞じゃあないと思うよハリー。
「でも見つけたんだ」
ハリーはほんの少し得意そうだった。なんだよ、と言えばハリーは教科書を取り出して「フリットウィックの課題ってこれだっけ?」と言いながら身を寄せてくる。「そこそうこれこれ」と返しながら見守っていると「四階の廊下には三頭犬がいる」と書き付けられ、さらに「僕の誕生日に、ハグリッドがグリンゴッツから取り出したものがあるんだ」「ダンブルドアのお使いだって言ってた」と書かれた。
ウィスタは日刊予言者の記事を思い出し、囁いた。
「侵入者が入った金庫か?」
うん、とハリーは頷く。
「ハグリッドが空にしたんだ。もしかしたら三頭犬が守ってるのは」
その包みかもしれない、とウィスタは結んだ。
謎の包みがなんなのか、気にならないわけではない。けれども日がな一日考えているわけにもいかない。それほどに忙しかった。宿題はほぼ毎回出たし、魔法薬学でいつも当てられるのでスネイプ対策を万全にしなければならなかった。「かくかくしかじかスネイプという嫌味な野郎が」とリーマスとトンクスに手紙を書けば、それぞれから本が届いた。リーマスは追加の辞典と参考書、トンクスは闇祓い試験対策に使った本や、学生時代の参考書。ちなみにトンクスは「昔から嫌なやつだった。傾向的には~」と出題予想までつけてくれた。あの野郎昔から性格悪かったのか。
――俺ってそこそこ勤勉だったのね
勉強なんてできなくても問題なかった。学校は学校のルール――暗黙の了解というものがあって、仕切るのは不良の中でも頭がキレるやつだった。
『こんなところは抜け出すんだな』
不良の王様に言われたものだ。それは『裁判』のあとのこと。ウィスタをトイレに連れ込み煙草やらライターやらで痛めつけ、なんやかんやあって王様が介入したのだ。というよりも、不良どもが王様に泣きついた。あれはおかしい、悪魔かなんだと言って。王様の部下に連れられて、王様のところへいった。そしたら王様はウィスタを見て、不良どもを見て、鼻を鳴らした。
『情けない。こんなチビの痩せっぽっちを複数で? 能なしめ』
お前らはボーイズから追放。あ? お前らの被害なんて知るか。黙れ。ここはイングランドじゃない。コーンウォールだ。妖精に手を出したようなもんだ。
ぼろぼろな不良どもは王様に叩きのめされ、室から放り出された。荒れ果てた学校に似つかわしくないやたら豪勢な椅子に腰掛け、王様は言った。賢くなれ、強くなれと。お前は頭がいい。ここから抜け出せ、と。
どうしてるかなあ王様、とぼんやり考える。なんせ彼のお陰もいくらかあって、暴力は止んだのだ。気味が悪いというのも理由だったろうけど。
カン、鐘が鳴る。ウィスタは勉強道具を片付け、談話室をあとにした。
◆
飛行術事件から一週間後、ハリーに競技用の箒『ニンバス2000』が贈られて、マルフォイはカンカンだった。自分じゃ箒も買えないのか、乞食めとハリーを悪し様に言い、ついでにウィスタのこともけなした。
「同じ孤児でも扱いが違うなリアイス」
そうだね、とだけ答えた。幼稚過ぎて面倒だった。
「ことあるごとに遊びにくるのやめろよ。お家に帰んな」
「遊びに!? 違うぞ」
「それかおしゃべりに来たのか。噂好きの女の子じゃあるまいし」
トーストにラズベリージャムを塗る。たぶんそこらのスーパーで買ったものじゃなくて自家製なのだろう。ホグワーツの飯はおいしい。
マルフォイの頬に朱が差した。本当にわかりやすいやつだ。
「ふざけるなよリアイス。僕は魔法族としての流儀をおまえたち――」
ホースラディッシュを塗りたくったソーセージを口に突っ込んでやる。声にならない悲鳴をあげて、マルフォイが涙目になった。ひょいと杖を振り、問答無用で送り返す。はあ、とため息を吐いた。
ハリーとロンが小さく拍手し、ウィスタは薄く笑う。ご機嫌な二人と違ってしかめっ面なのはハーマイオニーだ。険のある眼でハリーを見ている。
――ハーマイオニーはお堅いからなあ
校則は守らなきゃいけないし、みんなに迷惑をかけちゃいけない。品行方正、将来はきっと監督生。頭がよくていい子だけれど、出しゃばりだと言われているのは知っている。
彼女がウィスタがいた泥沼を知ったら卒倒するだろう。
ハリーたちとハーマイオニーの微妙な関係は変わることなく、ついでにハーマイオニーは寮でも浮いたままでハロウィンを迎えた。相も変わらず早起きなウィスタは、屋敷しもべから「今日の夕食はカボチャのパイやおいしいチキン、デザートもとびきりですよ」と言われてにっこりした。ひょんなことから城を掃除している小人をみつけ、最初は「きゃっ」と言われて逃げられていたけれど仲良くなった。小人ではなく妖精なのだという。妖精に対する幻想は木っ端みじんに打ち砕かれたけれど、彼らはとても親切だった。本当は生徒や教師に見つからずにこっそり働くのがよいしもべだそうだ。だが、ウィスタは双子たちと一緒にふらふらしていたし、遭遇率は高かった。坊ちゃま方先生がきますよ、管理人がきますよ、と教えてくれるし、危ないときは魔法で隠してくれた。妖精たちはいい友達だと思っている。
ハロウィンのご馳走を楽しみに授業に精を出した。とっくの昔に眼帯やらガーゼはとれていて、不自由はない。午前最後の授業は『妖精の呪文』で、小さなフリットウィックは「物を浮かす魔法をかけましょう」と課題を出した。最初は軽いもの、だんだんと重くて大きいものの制御を覚えてもらいます、と言ってそれぞれに羽根を配った。そこから先はお祭り騒ぎ。いいや、てんわやんわだ。ネビルが羽根を燃やし、ウィスタは羽根のかわりにフリットウィックを浮かせてしまった。
「うーむ。力が有り余ってるね。グリフィンドール五点」
フリットウィックはひょいと杖を振り、着地した。後ろのほうではパーバティとラベンダーがなぜだか羽根を花に変えてしまって、ロンは「コンチクショウ」と悪態をついていた。ハーマイオニーは「だからウィンガディアムじゃなくてこうよ」と呪文を成功させて、フリットウィックがにっこりした。
「グリフィンドールに十点。さあ君もやってごらん」
促され、ウィスタは呪文を唱えた。ハーマイオニーのように長く綺麗な発音で。すると羽根が天井まで浮いて、フリットウィックは片目をつぶった。
「よくできたね。グレンジャーさんとリアイスくんは、次の課題に進んでもいいし、なにか読んでいてもいいよ」
言って、書棚を示す。ごちゃごちゃと色々な本があってウィスタは『僕とふわふわのニフラー』という本を借りた。著者はニュート・スキャマンダー。ニフラーという魔法生物について語って語って語りまくっている本だった。
機嫌よく授業を終えて、頭の中はニフラー可愛いでいっぱいだった。次の授業へ向かいながらリーマスにお願いして買ってもらえないかと画策していた。
「だからあいつに我慢できないんだ」
人混みのなか、ロンが吼えている。
「知ったかぶりで、悪夢みたいなやつだ」
直後、ウィスタのすぐ近くを誰かが駆けた。ハリーにぶつかって、人混みを押し除けてどこかへ行ってしまう。ハーマイオニーだ。
ウィスタはロンに近づいて後ろから肩を掴んだ。ぐいっとこちらを向かせる。
「自分が負けたからってみっともないぞロン。八つ当たりするな」
ロンの顔が夕陽よりも真っ赤になる。
「あいつに友達がいないのは本当だ」
「俺は友達だ」
言い切った。なんだかむずむずするが構っていられない。
「趣味が悪いなウィスタ」
「僻み丸出しのお前よりはマシだよ。あいつがどんだけ努力家か知らない癖に」
殴る代わりに突き飛ばした。そのまま廊下を後にする。
ハーマイオニーは午後のクラスに出てこなくて、パーバティたちが「お昼を差し入れたんだけど一人にしてくれって」と、ロンのほうを睨んだ。ロンはそっぽを向いた。
夕暮れ時になってもハーマイオニーは姿を現さなくて、ウィスタはハーマイオニーを探しに行くことにした。女の子たちは彼女の居場所を知っているらしいが、口を割ってくれないのだから仕方がない。
ふくろう小屋やら温室やら寮やら空き教室を探しても見つからない。宴ははじまっているだろう。
二階の廊下で立ち尽くす。
「困ったなあ……」
どこに行ったんだろうと石床を蹴ったとき、ひやりとしたものが腕に触れた。
「お困りのようね、雛」
振り向けば『灰色のレディ』が夕陽色に染まっている。長いドレスに神秘的な眼。息を呑んだ。御伽噺の妖精の女王のようだ。
「人を捜してて。栗色の髪の女の子で」
レディは何事か考えこむように、すらりとした指を顎にそえる。
「女子がひとりでいるには、今の城は物騒にすぎます。闇が蠢いている……早くみつけておあげ、雛。そなたは魔法騎士の子なのだから」
女子にはたやすく行け、男子にとっての禁足地に行きなさい。お告げを残して幽玄の貴婦人は去っていった。
ウィスタは困惑して立ち尽くした。はっきり言ってくれないのは謎かけのつもりだろうか。レイブンクロー付きのゴーストだというし。
――シャワー室、女子寮
いったんグリフィンドール塔まで戻るべきか。かなり遠いのだけど。
ふ、と下を見る。城全体がざわめいているような気がした。気がした、ではない。しているのだ。いくつもの足音とかすかな悲鳴。宴の真っ最中のはずだが、と薄闇のなか、階段を見透かす。すると誰かが駆けてきた。頭にターバンを巻き付けて、いつも薬草の匂いをさせているクィレルだ。
「リ、リ、リアイスくん。こんなところで何を……早く逃げなさい」
トロールが侵入したのです、とクィレルは叫ぶ。顔色はいつもにも増して悪く、声も甲高い。
「はあ!? トロール! いったい誰が!」
「私にはわかりません。い、いいですか、はやく逃げるのです。教師総出で、ト、ト、トロールを探しています」
トロールと言いながらクィレルはガタガタ震えている。あんた闇の魔術に対する防衛術担当じゃなかったっけ先生。だめだこりゃ。
わかりました、と返事をするとクィレルは頷いた。階段に足をかけ、ウィスタを振り返る。とたんに片眼を刺すような痛みが襲った。
またか、とつぶやいたときには、上階へと去っていた。
◆
階段の踊り場でクィレルは立ち止まる。壁に手をついて、ローブの胸許を掴んだ。
ぜえ、と息を吐く。行かなければと思うのに足が鉛のように重い。
何をしている、と声が響く。階段にはクィレルだけ。ほかには誰もいない。声はクィレルの中から響いている。
ご主人様、と口にしようとする。だけれども声が出ない。声帯が己のものではないようで。いいや、あの日からクィレルのものはクィレルのものではなくなった。ご主人様のものになった。なってしまった、とかすかに思い、不遜な考えを打ち消した。私は後悔しているのだろうか。名誉なことだ。かつてない偉業の助けとなれるのだ。誰も成し得ていない神秘への一歩をご主人様は踏み出した。知の扉を開けたのだ。
急げと声は言う。震える足を階段にかけ、またかけて、ふらふらとしながら進む。
「ご主人様、」
ようよう声を出す。けれど、考えは読まれていた。
『ウィスタ・リアイスか。あれは殺さぬ。リアイスの子、闇祓いの子だとしても価値がある……貴様ごときには分からぬだろう』
あれはまだ雛よ、と声は笑う。
『赤子の頃に攫いたかったが。リーンのやつめ。邪魔をしおった……あれに流れるのは悪徳の血よ』
逃れられまいと続け、高らかに宣言した。
『さあ行け、石を奪うのだ』
そして不死を我が手に。
◆
まずい、と足踏みする。トロールはバカで凶暴で、たしか獣使いなら言うことを聞かせられるけどそれは知能がそこそこあるやつの場合で、つまりハーマイオニーが出くわしたらよくて大けが悪くて死ぬ。
ホグワーツでトロールを雇ってるだか飼ってるだか聞いたことがないし、どっかのアホンダラが入れたのだろう。ファッ■。
女、一人、こもれる場所。男は無理……とぶつぶつ言って、天から啓示が降りてきた。
「トイレか」
違いないと確信する。パーバティたちが口を割らないわけである。男子に踏み込んでほしくもないだろうし。いや、踏み込んだら変態だ。 俺は変態になるのか。かなり気が滅入ったが緊急事態だ。トイレは各階にいくつかある。ひとまず二階のトイレを一つ、二つ確認し、奥のほうのトイレをそっとのぞき込む。
「ハーマイオニー?」
「だ、だれよ。男の子はだめなのよ」
ぐずぐずとすすり泣く声。ハーマイオニーだ。ほっとして笑い出しそうになる。あとは連れ出せばいいだけだ。
「早く出てこい。緊急事態だ」
己を鼓舞して女子トイレに踏み込む。薄暗いトイレは最悪の一言に尽きる。ろくな記憶がないのだから当たり前だ。早足でハーマイオニーがいるらしい個室に近づき、扉を叩く。
「泣き顔でもなんでもいいから出ろ。トロールが侵入したらしい!」
「なんですって!」
ぱっ、と扉が開き、ウィスタの顔面にぶち当たった。額を押さえながら、ハーマイオニーの腕を引いた。
「はやく」
「な……」
「おいハーマイオニー!」
きっとにらみつければ、ハーマイオニーは蒼白な顔で指を指している。ウィスタは振り向き顔をひきつらせた。頭は天井をこすり、手には棍棒。悪臭が鼻をつく。トロールだ。入り口前に陣取っている。
――動きが遅ければ
走ればなんとかなるだろうか。入り口の扉は開いている。ドクターフィリバスターの長々花火をトロールに投げつけるなりして気をそらせばなんとか――。
ポケットから花火を取り出す。ハーマイオニーに「逃げるぞ」と告げて構えたとき。扉が閉じた。おい待て嘘だろ、と口をあけたとき、トロールの眼がウィスタたちを捉え、唸りながらずんずんと迫ってきた。
「どこのクソッタレだファック!」
棍棒が洗面台を打ち壊す。ハーマイオニーの悲鳴が響いた。
◆
「まだ泳がせるおつもりで」
深夜の校長室に低音が響く。セブルスは椅子に腰かけ、杖で銀の魔法具をいじっている魔法使いをにらみつけた。
「まだいかんの。クィレルが弱り切っておらんのでな」
宿る肉体をなくさせねばなるまいよ、と魔法使い――ダンブルドアが淡々と言う。常の好好爺然とした雰囲気は欠片もなく、目的のためならば手段を選ばぬ冷酷さが垣間見える。
「大いなる善のためには、クィレルを切り捨てますか」
皮肉れば、ダンブルドアが口ひげをそよがせた。
「どのみちクィレルは保たん。クィレルが死ぬのが先か、あやつめが石に迫るのが先か、競争だの」
どうせ取り出せはせんがな、とダンブルドアは鼻を鳴らす。その仕草は不思議ととある闇祓いに似ていた。セブルスの友人。帝王に殺された女に。
「トロールの件はハリーたちのお手柄じゃ。あとで点をやらねばな」
「マクゴナガルは大層お怒りでしたがね」
ため息を吐く。現場に駆けつけたマクゴナガルは蒼白だった。可愛がっていた教え子の遺児たちの身を案じたのであろう。叱り飛ばすことでなんとか隠し通せたと思っているのだろうが、セブルスにはお見通しだ。
「過保護にすぎる」
思わず吐き捨てる。マクゴナガルはポッターをシーカーにするわ、マダム・ポンフリーはたびたびリアイスを医務室に呼ぶわ、フリットウィックはリアイスに菓子をやって餌付けするわ。
「いい子たちだからのお」
「そうですかああそうですか。我が輩、あの面見るだけで腹が立つのですが」
「親と子は違う生き物なのだよ、セブルス。君もよく知っているだろう」
そうだそうだ、と肖像画たちが呼応する。とある肖像画たちは「だからあれはスリザリンに組分けされるべきだったのだ」「お黙り。あの子はグリフィンドールの子です!」と言い争っていたが。いつものことだ。
「そうですな。違いますな。さすがのやつらもトロールは退治していなかった……が、ウィーズリーの双子の悪影響を受ければどうなるか知れませんぞ」
言っているうちにげんなりしてくる。学生時代のジェームズ・ポッターとあの野郎には煮え湯を飲まされたり飲ませたり。友人のリーンも参戦し、混沌としていた。泥沼に突き落としたり突き落とされたり、色々あった。
「あまり心配するでない。あの子たちは優しい子じゃよ」
君こそ大人げない態度をあらためたらどうだね、と諭される。セブルスは口をひん曲げた。
「教育的指導です」
やれやれとダンブルドアが肩をすくめた。
「年月に期待するかの……引き続きクィレルを監視せよ」
鋭く放たれた言に、セブルスは軽く一礼した。
アシュタルテ…主人公の曽祖父。魔法騎士。筆頭分家パッサントの元当主。ダンブルドアの従兄弟。