「僕はテディと一緒がよかったんだ!」
大広間に幼い声が響く。九月一日、組分けの儀式。帽子の判定に不満がいっぱいな様子の子が一人。くしゃくしゃな黒髪が、さらにくしゃくしゃになっている。
「ハッフルパフがいい!」
「問題ありません、あなたはどこからどうみてもグリフィンドールです」
きっぱりと言いきったのは校長のマクゴナガルだ。上座に腰掛け、頭が痛そうな顔をしている。
「行きなさいジェームズ」
叱られ、ジェームズことジェームズ・シリウス・ポッターは肩を落とす。グリフィンドールの席から飛び出してきた少年が、ジェームズを引きずって行った。
「テディー!」
「黙れよテディがかわいそうだろ!」
「セリィ君だってテディと一緒が」
ジェームズのローブの襟首をひっつかみ『セリィ』は容赦なく引っ張っていく。
「僕も恥ずかしいからやめろ!」
リラは喉を鳴らした。ちらと隣の『テディ』を見る。ターコイズブルーの髪も鮮やかな少年は、顔をひきつらせていた。
「人気だね」
「他人事だと思って」
他人事だよ。返せば睨まれた。灰の眼がきらりと光る。周囲から向けられる熱っぽい視線に気づいてもいない。テディ・ルーピンは人気者なのだ。小さい弟分たちからも、女の子たちからも。
「君の組分けを思い出す」
落ち込んでたよね。にやにやしながら言えば、ひとつ下の後輩は眼をそらした。
テディの組分けはそれなりに時間がかかったし、注目もされていた。マーリン勲章を授与された初の人狼、リーマス・ルーピン。そして闇祓いニンファドーラ・ルーピンの息子なのだ。どの寮に組分けられるか良家の子女たちはかたずをのんで見守った。
ハッフルパフのテーブルにやってきたテディは、精彩を欠いていた。彼はグリフィンドールに組分けされたかったのだ。
「……昔の話だろ」
「おにーさんと一緒がよかったんだよねー」
ひとつ下なだけだが、あのときのテディは可愛らしかった。かなりへこんでいた。
組分け帽子にごねたが「グリフィンドールもいいがハッフルパフで穏やかに過ごしなさい」と両断されたらしい。
「…………昔の、話だから」
兄離れができないやつめ。いや、テディとしては兄というより父親らしいけれど。その父親からは「俺はお前の親父じゃなくて義兄だよ」と言われまくっている。そしてそれがテディは気に入らないのだ。
「あの人の性分なら仕方ないでしょ」
君を手元に置いて育てる人じゃないもの。私だってそうだったんだから、と続ける。
「リラの場合は事情が――」
言いかけ、テディが口を閉じる。しまった、という顔をしていた。穏和で落ち着きある彼にしては、珍しい顔だ。
「両親ともにろくでなしだったからね」
わざと軽く言う。どうしょうもない親だった。
――埃っぽい床、放置された鍋、寝台、花と香り……
どうすればいいかわからなくて、困り果てていた。リラは自分が困っていることも、助けてほしいと思っていることもわからなかった。
ただ、眠っている母親が起きないかと思っていた。だって父親は出ていったから。頼るべきひともいなくて。
そこにあの人が現れたのだ。今のリラ……ホグワーツ最終学年のリラより、いくつか年上なだけだったあの人。リラを連れて帰り、保護した。
『俺の子にはできない』
一族の子にするのも難しい。そんな意味のことを噛み砕いて伝えてきた。ややこしいんだ。
『うちの一族は気が荒いのも多くてね』
――今なら意味がわかる
彼の一族がリラを引き取るのは無理な話だ。なにせ父方が最悪なのだ。あの人の一族が引き取るのは難しい。リラは蔑まれ、敵視されていたろう。
『いいところを探してやるから我慢してくれ』
――感謝している
リラはテディと違って、あの人と繋がりが薄い。いいや、血はつながっているのだけど、それだけだ。あの人の養父、リーマス・ルーピンの子というわけでもなければ親友の子というわけでもないし。別にあの人が手を出すことでもなかったのだ。知らぬふりで、リラが死んでしまっていても責任をとる立場じゃなかった。
『恩に思って』
組分けを願うのはやめなさい。
『あの英雄はそんなことを願わない。それに、父の血統を思い悩むのもやめるんだね』
オンボロの組分け帽子は、リラをたしなめ、少し考えてハッフルパフに組分けしたのだ。
『ああ、君のようにハッフルパフに組分けされた娘もいたよ。あの娘は強くやさしい子だった……』
君は長生きするのだよ。組分け帽子の、すこし湿った声が印象に残っている。調べてみれば、その『娘』はたしかに早死していた。リラと名も似ていて、勇敢だけど悲惨な死に方をしていた。グリンデルバルド時代の出来事だ。
どんなろくでなしの血筋でも、彼女のように高潔なひとは出てくるのだな、と思ったものだ。
「ごめん」
テディの声に我に返る。テディは真面目なのだ。こそこそと人狼の子と言われることもあったものだから、隙をみせなくなったともいえる。ときどき特別講師としてやってくるハリー・ポッターが皮肉りつつ牽制したら、陰湿なやつらは穏和しくなったけれど。ついでにテディの『義兄』こと、英雄にして人狼病の完全治療薬をつくった魔法薬学師、闇祓い、その他諸々の肩書を持ち、ホグワーツの理事でもあるあの人がとどめをさせば、テディへの陰口はなくなった。
「いいよ」
テディが謝ることでもないのだ。はあ、と息を吐く。いつの間にか組分けは終わっていて、マクゴナガルが簡単に挨拶をする。テーブルに料理が並んだ。
ハッフルパフに組分けされた、マグル生まれの子たちが眼を輝かせていた。
新入生たちをざっと把握する。やんちゃやお転婆はいないだろう、たぶん。
テディー!と叫びが聞こえたがテディは無視である。だからやめろってジェーとも聞こえたがリラも無視した。グリフィンドールは大変だ。
――セリィもかわいそうに
暴走するジェームズのブレーキ役になるのだろう、きっと。
「好かれてるわね」
「子守したからね……君と一緒にね」
「わたしたち、年が近くてよかったよ」
一人じゃ英雄の息子たちの手綱を握れなかったろう。ジェーもセリィも眼を離すとなにをしでかすかわからなかった。おもちゃの箒で空高く行くとか。魔力でおもちゃの箒の性能を無視して突っ走ったようだった。
「ジェー絡みで呼び出されるんじゃないよね」
「やめてくれ。僕はハッフルパフだよ?」
「ジェーやセリィが言うこときく生徒、君くらいだろ」
「君も道連れにしてやる……君だって、ジェーやセリィのお守りだったんだから!」
口笛を吹いて誤魔化した。厭な未来だ。いたずらするジェーと、便乗するセリィ。なぜか呼び出されるリラとテディ。悪夢だ。
「お守りっていうか、あの子たち弟分みたいなものだし」
「どうかなあ」
「なによ」
テディの灰色は、グリフィンドールのテーブルに、さらにいえばセリィに向けられている。ジェーが食べ物にいたずらしようとするのを止めているようだ。がんばれセリィ……と思ったら、ジュースをシャーベットにしていた。出来る子だった。
「引率はどうするか、あなた割り振ってね」
五年生に投げるなり、あなたたちがやるなりね。
「ハッフルパフの首席はお忙しいのかな?」
「そうなんだ。さっさと食べて寮に行かなきゃ」
リラはこんな仕事なんてほしくなかったのだけど、ひとまず優等生をしていたらこうなった。そもそも、監督生も蹴ろうとしたのに。
『残念です』
父君がお喜びでしょうに。マクゴナガルにそう言われたら断れなかった。なにせ父は――あの人からリラを押し付けられた父は、苦労が多いのだ。常々「そろそろ引退したい」と言っている。周りがそうさせてくれないのだ。気の毒な人。
ポテトやらベーコンやらを掻き込んで、あとはよろしくねとテディと監督生たちに言って、そっと大広間を抜け出そうとする。
ふっと、グリフィンドールのテーブルを見れば、セリィが小さく手を振ってきた。
――大きくなれば
あの人のようになるんだろうな。ほんとうにそっくりだ。
足早に寮へ向かう。後ろからペアの首席が追いついてきた。二人そろって到着し、屋敷しもべが整えた室を確認する。新入生の数と部屋の割り振りに問題なし。荷物も運び込まれている。
「お嬢様はお仕事がお早いのです」
妖精が耳をぱたぱたさせた。
「たいしたことじゃないよ。父様なんて魔法のように仕事をこなすからね」
忙しいのにキングズクロスまでリラを送ってくれた父を思い出す。
英雄ウィスタ・リアイスから厄介な荷を押し付けられたひと。誰が好んでリアイスとレストレンジの混ざり子など欲しがるか。
「……できたひとだからね」
旧名をリラ・レストレンジ。英雄に保護され、とある家の養女になった。
今の名をリラ・シャックルボルトという。