【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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はじまりの樹

「是非ともお見せしたいものが」

 穏やかに言われ、ウィスタは瞬いた。茶器を指先で撫でる。マグカップだ。柄は雷鳥(サンダーバード)や角水蛇、小人(パグワジ)魔豹(ワンプス)

――案内はしてもらったのだけど

 大陸――北米のとある山。そびえる花崗岩の城の中を。その名をイルヴァモーニー。世界に名だたる十一の魔法学校のひとつだ。

「お宝とか?」

 軽く訊いてみる。イルヴァモーニーの校長――赤みがかった眼を持つ魔女はくすりと笑った。

「大切なものなの」

 砕けた口調で言い、ウィスタを促す。コーヒーを飲み干して席を立った。青とクランベリー色の地に、黄金の結び目があしらわれた絨毯を踏む。ひそりひそりと囁きが聞こえる。肖像画と――隠れている小人たちのものだろう。好奇の眼が注がれているのがわかる。

『とっても愉快で楽しいところよ』

 そう言ったのはグリーングラス家出身のリディアである。なにを思ったかイルヴァモーニーに留学していた魔女であり、今はナイアードとともに散策中だろう。

――仕事なんだが

 ウィスタの仕事は『おつかい』だ。つまりマクゴナガルのパシりである。三年ほど前、ホグワーツは他の魔法学校に借りをつくった。在学中のマグル生まれと、入学予定のマグル生まれたちを保護してもらったのだ。当時のホグワーツは彼らにとって危険な場所だったので。

 決戦が終わり、ホグワーツの体制を立て直し、ようやっとマクゴナガルは使者を送り出した。そのひとりがウィスタであった。マクゴナガルは校長職が忙しく、なおかつ老婦人である。行ってくれますかと打診されれば答えはイエスしかない。そしてこうなった。イルヴァモーニー出のリディアと、その夫ことナイアードと旅行である。なにかが間違っている。橋渡し役としてリディアの同行を願うのならば、つまり夫もセットでないと具合が悪かったのだ。

「お疲れですか」

 我が君、とウィスタの影は言う。いままでどこにいたのやら、すっと現れるのだから心臓に悪い。前を行く校長はエリュテイアが現れようが歩調を乱さない。さすがである。

「前よりマシさ」

 数ヶ月の監禁拷問よりは楽だったとも。ハイジャックに遭遇してぶっ倒すなんてことは。

――居合わせなかったら大惨事だった

 姿あらわしで英国から北米もといアメリカにひとっ飛びはきつい。ついでに中継地を経て何度も繰り返すのも面倒で、じゃあ飛行機を使うかとなった。ウィスタとエリュテイア、リディアとナイアードで二手に分かれたらだ。なんとテロ発生。

「死にたくなければワールドトレードセ」まで言わせ、問答無用で制圧した。アメリカはニューヨークの有名なビル――ツインタワーだ――に突っ込むつもりだったらしい。

 騒ぎの収拾をつけ、MACUSA――アメリカ魔法省に連絡、そこからマグル政府に話が行き、テロリストは御用となった。ウィスタたちはMACUSAの者たちに護衛され、イルヴァモーニーまで連れて行かれたのだ。ついでにマグルの大統領にはいたく感謝された。あんなテロが成功していたら、戦争待ったなしだったとか。

 陛下への土産話になるよなあ。老婦人の『陛下』はウィスタを孫のようにかわいがってくれるのである。

 イルヴァモーニーの制服は青とクランベリー色だ。前を黄金の結び目――ブローチで留めている。鮮やかなそれを身に纏った生徒たちが、手を振ってくる。中にはハリー・ポッターはいないのかと探す生徒もいた。残念だったな、やつは闇祓いの仕事が忙しいのだ。

――いい学校だ

 階級意識もあまりないようだし、マグル――ノーマジ生まれがどうこうもないようだ。校長がノーマジ生まれだそうだし、あまりそういったことを気にしない――特別扱いしないのだろう。

 校庭に出る――校長は迷うことなく外れへ向かう。ふ、と湿った土のにおいがした。墓地が近いのだろう。簡素な石段が見える。傍らには樹があった。

「お宝ですね」

 スネークウッドである。銘木で、樹でありながらそこらの宝石より価値がある。

「はじまりの樹なのよ」

 校長はスネークウッドを撫でた。その眼が赤を帯びる。ひくり、とウィスタの喉が震えた。

――呪いの紅

 いいや、赤い眼なんて探せばいるだろう。英国で見かけないだけのこと。偶然だ。

 跳ねる心臓を宥めようとする。じんわりと眼が熱くなった。

 影が見える。ひとりの女が膝を突いている。粗末な小屋がある。さっきまであった階段も、樹もない。

『折るのは忍びないわ』

 だってこれは、母のものだったもの。それに私はあなたを知らないわ。学校に行けなかったし……。

 淡い色の髪、眼は淡い紅。魔女はせっせと土を掘る。

『だから眠ってちょうだい』

 スリザリンの杖……。

 ぎょっと眼を見開けば、幻は去っていた。

「ご覧になった?」

 なんでもないように、校長が問いかけてくる。ウィスタは視線を彷徨わせた。控える従者は静かなものだ。まるでこの樹がなんなのかわかっているように。

「素敵な樹ですね」

 淡く笑んでみせる。

「イゾルトを。はじまりを見たでしょう?」

 校長は誤魔化されない。ウィスタは彼女を――赤みがかった双眸を見て、スネークウッドに眼をやり、ため息を吐いた。降参ですと両手を上げる。

「ノーマジ生まれでは?」

 そうですとも。校長は胸を張る。

「先祖返りよ」

 祖はイゾルトとノーマジの青年。その間に生まれた娘――スクイブだという。

「イゾルトは英国から渡ってきたの。伯母から――ゴーントから逃げて」

 なるほど、としか言えなかった。あの狂ったゴーント一族から、離脱する者が出てきてもおかしくはない。

「血族が来ると、角水蛇が言ったのよ」

 ウィスタは沈黙した。なんとこの校長、過去視と蛇語まで使えるらしい。まさしく先祖返りだ。

「父方が純血過激派の家筋で。あなたのご先祖と血を分けていたのかも」

「こちらじゃ誰もゴーントなんて気にしないわ」

「なんていいところだ」

 開放的、民主的とされるイルヴァモーニーらしい。うらやましい限りだ。

 ウィスタはスネークウッド、はじまりの樹を見上げる。邪術を使ったろう杖が、マグル生まれ排斥を唱え、呪いをふりまいた男の手にあった杖が遠く離れた地で根付いているとは奇妙な気分だ。

「触ってみて」

「噛みつかないでしょうね」

 軽く笑いながら、樹に手を触れる。じんわりと手のひらが熱くなり、葉が一枚、二枚と落ちてきた。ついで雫が落ちてくる。ふわり、と瓶が現れ、輝きを受け止めた。

 きゅっ、と蓋が締まり、小瓶もまたウィスタの許へやってくる。受け止め、校長をまじまじと見た。

「どういう――?」

「あなたに必要だろうと、角水蛇がね」

 いわゆる水神様の予言よ。

「上手く使えるだろうって」

 このスネークウッドは癒やしの力を秘めているのよ。人の手では傷つけられず、時に葉を、そして銀露をくださる……。

「元はスリザリンの杖なのに」

「彼にも善き心はあったのではないかしら」

 血筋のイゾルトが善なる者であったようにね。穏やかに言われ、ウィスタは頭を下げた。遠い遠い時を隔ててつながっている血族に。

「ありがたく頂戴します」

「英国からこちらに来ない? 防衛術の席が空いてるのよ」

「出張ならばいいですよ」

 じゃあ特別教室をしようかしら。明日なんてどう? とさっさと決められ、ウィスタは苦笑った。判断がはやすぎる。

 ◆

 あれこれと用事を済ませ、イルヴァモーニーを後にした。

 帰りは姿くらましを駆使し、中継地で何泊かした。無事に谷へ帰還し、妻のご機嫌伺いをし、エリュテイアとあれこれ相談した。「よろしいのではないですか」と彼女が頷いたので、ウィスタも腹をくくった。

 帰還から数日後、赴いたのは聖マンゴ特別病棟。ここにはウィスタが気にかけている――いいや、そんな綺麗なものではない――しこりがいた。

――ウィスタのせいではない

 だが、どうしても思ってしまうのだ。己の悪徳の血を。

「夫人」

 床に膝を突く。細い手を握った。強力な癒やしの力を持つ葉と露がある。そしてウィスタには異能があった。

『知っている?』

 スリザリンはね、心を操ることができた。そして過去視と組み合わせて――。

 校長の囁きが蘇る。彼女はあれこれと調べたのだろう。それか夢で視たのだろうか、過去を。過ぎ去りしものを。ウィスタが見ようとしていないものを。

――力は力でしかない

 使い方次第で、善きものにも悪しきものにもなるのだ。

「ネビルが待ってるんです」

 ずっとずっと。両親のことを。戻ってきてくれることを。

「魔法で死者は蘇らない。だけど」

 握った手を、額に当てる。祈るように願うように。血潮が燃える。祖から継いだ力が脈動した。

「あなたがたは」

 まだ生きている。

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