【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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八話

「なああにをやってくれてんだお前らは俺とハーマイオニーを殺す気かふざけてんのか冗談抜きで死ぬところだったんだぞ」

 ロンの胸ぐらをつかみ上げ、止めようとしたハリーに杖を突きつける。怒り心頭とはこのことだ。まさか脱出路をふさがれるとは思ってもみなかったし、よりにもよってそれをしたのがハリーとロン。なんとかなったからいいやでは済まされない。

「悪気はなかったんだよおお」

「質悪ぃわ!」

 ウィスタだって学校をうろついていたわけだが、そこらへんは棚の上にぶん投げる。宴に引っ張り出そうとしただけであるし、そもそもトロール侵入前に行動を開始していた。

「誰か死んでたら、お前ら仲良く退学だったぞ」

 ため息を吐いて、手を離す。ロンは廊下にずるずるとくず折れた。

――という出来事から数週間。

 ハーマイオニーはハリーたちと仲良くなり、必然的に四人で行動することが多くなった。お堅いけれど面倒見のいいハーマイオニーはハリーたちの宿題をたびたび手伝い、時折ロンにお節介だと言われて喧嘩になっていた。

 今日も談話室で喧嘩が勃発中だ。お前が止めろよと寮生に目配せされてもウィスタは無視した。やっていられない。週に一度は喧嘩しているのだ。

 リーマスへの手紙を書き終わり、封をする。魔法薬学の授業は相変わらずだとか、トロール以降はなにも起こっていないだとか、簡単な近況報告だ。ちょっと出てくる、とロンとハーマイオニーに言って、寮を出た。二人とも聞いちゃいなかった。

 十一月に入り、冷たい風が吹くようになった。ウィスタはふくろう小屋まで歩きながら、片手をポケットに突っ込んだ。

――トロールを誰が入れたのか

 結局わからず仕舞いだった。どうやら侵入事件のせいで、理事会や保護者の一部がダンブルドア辞任の声をあげているらしい。大切な子どもたちの安全のためだとか。

 そういったあれこれを教えてくれたのはマルフォイである。相も変わらずなんやかんやと話しかけてきては、ポッターなんかがシーカーなんてグリフィンドールは終わってるだとか、諸々で絡んでくる。そして得意げにダンブルドアは長くないとも言った。誰から聞いたんだと水を向ければ、まあしゃべるしゃべる。「僕の父上は理事会にいて」「トロールを侵入させた校長なんか辞任だと」「いくらグリンデルバルドを倒した英雄とはいってもおいぼれで」とまで言って、顔をしかめた。獅子公が介入すれば面倒だと父上は仰っていた、と。

 誰だよそれと聞けば、マルフォイはかわいそうなものをみる眼を向けてきた。お前の曾祖父で、ダンブルドアとともにグリンデルバルドを破った英雄だよ、と。

「曾祖父さんねえ」

 先日、リーマスからの手紙とともに曾祖父とやらからも手紙をもらった。透かしの入った便箋に、封蝋は深紅に獅子。

『なかなか顔を合わせられないが、今はリーマス・ルーピンのもとで健やかにあれ。警戒を怠らぬよう』

 小包もついていて、なんだろうと思えばホルスターだった。ベルトにつけるものと、足に巻くものの二つ。ロンによれば「これはたぶん最高級のドラゴン革だ」で、細かいエンボスで模様が入っていた。獅子の紋である。ネビルが「グリフィンドールの家系はたいてい獅子を使うんだよ。家紋とは別だけれど」と付け加えた。よくわかった。曾祖父さんはウィスタのことを子どもだと思っていないらしい。

 ふくろう小屋について、森ふくろうを手招く。外は雨であった。

「行ってくれるか?」

 ふくろうはお任せあれとばかりにホーっと鳴いて、飛び去っていった。

 ◆

 そうこうしているうちにクィディッチシーズンが開幕した。初戦はグリフィンドール対スリザリン。雨にも負けず風にも負けず、スネイプの嫌味にもスリザリンの妨害にも負けず、グリフィンドールチームは暇さえあれば練習していた。裏には熾烈な競技場予約戦争があり、双方の寮監は大人げなく火花を散らしていた。特に厳格なマクゴナガルであったが、クィディッチとなると人が変わる。今日も上品なローブの上にグリフィンドールカラーのマフラーをつけて、とどめに薔薇の花を挿していた。

 十時四十分には皆がぞろぞろと移動をはじめ、ウィスタはたいしてクィディッチに興味がないので、図書館に行こう。どうせグリフィンドールが勝つだろう。静かに『ナルニア国物語』の続きを読みたいのだ――と思っていたら。

「ウィスタ」

 呼ばれ、振り向いた。ハッフルパフの上級生、セドリック・ディゴリーだった。

「ディゴリー先輩?」

「セドリックでいいよ」

 君もクィディッチを見においでよ、とセドリックは穏やかに言う。なんだかリーマスを思い出す。人混みの中、女子たちがちらりちらりとセドリックを見て、その中には特急で会ったレイブンクローの上級生もいた。どうやらセドリックは人気者らしい。

「でもさ」

「おいでなさい、リアイス。ディゴリーの言うとおりですよ」

どこからともなくマクゴナガルが現れた。こうなれば行くしかない。またな、とセドリックに手を振って競技場へ向かった。途中「ナルニアが面白いのは私も認めます」とマクゴナガルに深く頷かれ、ぽかんとしてしまった。女史は根っからの魔法族だと思っていた。

 競技場について、ハーマイオニーとロンに引きずられ、塔を登った。抜けるような青空で、絶好のクィディッチ日和だ。解説はリーで、試合開始までのトークで場を盛り上げ、けれどスリザリンをけなしたのでマクゴナガルに叱られていた。リーだから仕方ない。

 やがて選手が入場し、深紅と緑の影が飛び回る。芝生に着地して、スニッチが放たれ試合開始。

 双眼鏡が欲しいなと思えば、ハーマイオニーはばっちり用意していた。さすがハーマイオニー。

「ハリーはいい飛びっぷりだ! チャーリー兄さんよりも上手かも」

 後ろでパーシーがほめそやす。ハリーの飛びっぷりは群を抜いていた。体重がないように、いいや重力などないように自在に飛び回り、ブラッジャーも難なくかわす。飛ぶために生まれてきたようだった。

 グリフィンドールが勝つだろう、とのんびり観戦していたが、途中でスリザリンのゴリラが妨害した。ハリーは襲撃され、大きく軌道をそれて、観客席にぶつかりそうになる。頭が悪いうえに下衆である。本当にお貴族さまなスリザリンか?  ブーイングがあがったが、スリザリンの連中は涼しい顔だ。勝てればよしらしい。ウィスタもわからないではないが、さすがに胸くそ悪い。命がかかっているわけでもなし、身の危険があるわけでもないのにそこまでやるか。

「レッドカードだ! 退場だ!」

 ディーンが叫び、周りはなだめている。試合運びを見守っていたウィスタは、片眼に鋭い痛みがはしり、小さく呻いた。またか。

 直後、観客席がざわめく。ハリー、だとかポッターが、と口々に言った。涙目で皆が指す方を見て、眉間に皺を立てた。

「あいつが制御を失うなんてあるわけない」

 ニンバス2000はご主人様を振り落とそうとしていた。上に下に右に左に。暴れ馬のようだ。

 悪戯グッズじゃこんなことできない。製品の不具合でもないだろう。高級品だし、よりにもよってこんな局面で出るとも思えない。

「呪いだわ」

 ハーマイオニーの声が厭にはっきり聞こえる。ウィスタは真っ先にスリザリンのほうをみようとして、ふっとレイブンクローのほうに顔を向けた。途端に片眼の痛みが酷くなる。

――探知しているのか

 この痛みが何を意味しているのかはわからない。ハーマイオニーが「見つけた」と駆け出していく。向かうのはスリザリンの方だ。ウィスタも立ち上がった。どっちが本命にしろ、二手にわかれたほうがいい。

 人混みを押しのける。レイブンクロー側まで急いだ。痛みの強くなるほうへ。なるほうへと。観客席最上階に、その人はいた。

――クィレル

 じりじりと近づく。耳を澄ませてみれば、何事か呪文を唱えていた。顔は空に向けたまま。

 痛みは焼けるようだ。冷たい意志。落ちても構わない。それで死ぬならそれだけの魔法使いだったのだ……と誰かが思っている。なぜだか分かる。

 震える手をポケットに突っ込む。ドクターフィリバスターの長々花火を点火してクィレルに放り投げる。続けざまにリーマスが荷物に入れていた煙玉も炸裂させた。けたたましい音と、もうもうとした煙、ウィスタはほとんど這うようにして塔を降りていく。半ばまでさしかかり、へたりこんだ。

 わんわんと耳鳴りがする。脂汗が頬を伝った。

「あなた、大丈夫?」

 ぼやけた視界に金と藤色が映る。瞬けば、レイブンクロー生だった。特急で会った上級生だ。

「ねえ、リアイスくん。ウィスタ」

 酷い顔色、と上級生は心配そうに言う。

「フリットウィック先生」

 今度はもう一人の上級生――アジア系の子だ。

「先生、この子具合が悪いみたいで」

 おや、とフリットウィックがやってくる。

「おや本当だ。ハリーは無事だよ。お友達がレイブンクローにいるのかな、ウィスタ」

 答えに詰まる。なんて言えばいいんだろう。友達はグリフィンドールにいるし、ハッフルパフのセドリックは友達なんだか兄貴なんだかだし。

「私が誘ったんです先生」

 金の髪の上級生が言った。

「おやクイン、いつのまに仲良くなったのだね」

「読書友達です」

「そうそう、仲良しなんです二人。私はウィスタからハリーの情報を聞こうと思って。試合で当たるでしょうし」

「なるほど、熱心だねチョウ」

 ふむふむと頷き、フリットウィックはにっこりした。そうして巾着を出して飴をウィスタの口に放り込む。

「気分がよくなるからお食べ。クイン、チョウ、医務室に連れて行ってあげなさい」

 はい先生、と女の子二人は声をそろえていった。

 

 試合が終わったのか、校庭に人の流れができていた。レイブンクローの二人、チョウ・チャンとクイン・マグダラは「もういいから」と言っても「先生の言いつけだから」とウィスタを医務室まで連れて行こうとした。よりにもよって女の子に付き添われるなんて、とじわじわと頬が熱くなる。情けないったらない。もちろん男のなかには喜ぶやつもいるだろうし、わからなくもないがウィスタは嫌だ。

――ガキじゃあるまいし

 ホグワーツに来てからというもの変だ。こんなに弱くはなかったし、誰かに頼ったこともなかった。ぬるま湯のようだ。

「へいリアイス、ほんとにお前は坊やだな。女子二人に守られなきゃ出歩けないってかお嬢さんだったのか――」

 どこか遠くでマルフォイの声が聞こえる。久々にむっとした。

「んだとてめ――」

「お黙りシレンシオ」

 軽やかに杖が振られる。マルフォイの唇がくっついた。ウィスタは横目で呪文を放った魔女をみた。クイン・マグダラは藤色の眼を冷たく光らせていた。

「なにするんだマグダラ」

 スリザリンの上級生が吼える。別の誰かが「響け」と唱えようとするが、今度はチョウが「黙れ」と唱えた。マルフォイは口を開けずに顔を真っ赤にしている。

 レイブンクロー生たちがくすくす笑い、グリフィンドール生が拍手する。校庭のど真ん中にいつの間にやら観客が集まっていた。ありがたくないことに。

「下級生のしつけもできないのフリント? そこの坊ちゃん、本当に貴族なの。みっともないったらない」

「んな――」

「具合を悪くしたのだから連れて行くのは当然でしょう。スリザリンも落ちたものね」

 スリザリンのゴリラことフリントがあんぐりと口を開けた。ウィスタも同じ気持ちだった。容赦なく沈黙呪文をお見舞いし、鋭い舌鋒で叩きのめす。レイブンクローらしからぬ苛烈さだ。

「……マグダラ家はハッフルパフなんだけどね、クインはレイブンクローなの。ついでにグリフィンドールとものすごく迷ってね……」

 こそこそとチョウが教えてくれる。

「あそこまで言わなくていいのに」

「だってあの連中負けたら大騒ぎして、反則だなんだっていっつもうるさいのよ」

 先にスニッチをとるのは私よ、とチョウが拳を握る。彼女もグリフィンドールじゃなかろうか。

「わかったからそこをどいて。校庭じゃ呪文は禁止されてないものね?」

 それともレイブンクローの智を身を以て知りたい? とクインがとどめをさせば、スリザリンたちはさっと逃げていった。

 ◆

「――とかなんとかいう大騒ぎがあったんで、頭から吹っ飛んでたんだけど」

 その日の夕刻、マダム・ポンフリーから逃れ、空き教室で会議である。

「クィレルが怪しい」

「いえ、スネイプ先生が怪しいわ。呪いをかけていたもの」

「クィレルもそうだ」

「でもクィレル先生は反対呪文を唱えていたのかもしれないわ」

「スネイプだろ」

「ロンに賛成」

 ウィスタ、君どうにかしたんじゃないのと言われ、肩を落とした。証拠といえば眼の痛みと急速な体調の悪化、ハリーを見て呪文を言っていたこと。花火と煙玉で気を逸らせば呪いが解けたこと。

「どっちも状況証拠でしかない。化けの皮を剥がすしかないか。年がら年中ターバンを巻いているのもおかしくないか」

「偏見でしょう」

 ハーマイオニーが一蹴する。

「だってフレッドとジョージが蛙の卵をぶっかけたときも脱がなかったんだぞ」

「えっ」

 ハーマイオニーが口を押さえた。気持ち悪いのだろう。本当はスリザリン生のゴリラにぶっかけるつもりだったのだが、タイミングが狂ってクィレルにかかったのだ。クィレルは号泣していた。たぶんウィスタも泣くかもしれない。

「もうちょっとマシないたずらにしようよ」

「だめだよハリー、あいつらの控えめは世間では派手っていうんだ」

 ロンが遠い眼をした。何があったのだろう。

「……とにかく、スネイプ先生のことはマークしておくべきよ。だって四階の廊下にいって、三頭犬に襲われたんだから」

 トロールを操って騒ぎを起こしたのよ、とハーマイオニーが言った。

「その説は捨てがたいがな」

 ただ、と付け加えた。

「スネイプはもっとひそかに陰湿にやりそうなんだよな……いくらでもあるだろう、食事に毒を混ぜてどうこう、攪乱、とか」

 下剤でもなんでもいい。大騒ぎを起こせば仕舞いだ。トロールをあやつるなんてしなくてもいいだろう。

「陰湿すぎない?」

 ハリーがそっと言う。

「でもやりそうだろ」

「うん」

 大変素直な返事だった。ウィスタは腕を組んで、窓の外を見た。

 ハグリッドが口を滑らせたところによると、ダンブルドアが隠しているのはニコラス・フラメルに託されたなにからしい。

「この件は保留だ。俺はクリスマス休暇は帰るから、フラメルについて調べてみるよ」

 果たして、ニコラス・フラメルの正体はあっさりと分かった。帰ってリーマスに聞いたら一発で分かった。

「ああ、フラメル先生かい? 錬金術師でね、ホグワーツの教員もしていたんだよ」

 はあ……と脱力し、突っ伏したウィスタに、リーマスは面食らったようだ。

「どうしたんだい」

「課題で調べても調べても調べても出てこなかったのに、なんで、こんな、近くに、答えが、あるんだよ」

「近代史には載ってないし、ホグワーツで教えていたのも随分昔だからねえ。軽く六百歳ほどで、リーンはフラメル先生の教え子だよ」

「へえ」

「魔法薬学で優をとらないと錬金術のクラスは受けられなくて。私は可だったから無理だった」

 料理の手つきでわかるさリーマス。たまに鍋が爆発しそうになっているから。

「どんなことをしたの、その人」

 一番有名なのは、とリーマスが言葉を切る。

「賢者の石をつくった唯一の魔法使い」

 不老不死をもたらし、石を黄金に変える魔法具をつくった天才。真理にもっとも近い者、と厳かに言った。

 

 クリスマス・イヴ。ウィスタは机にかじりついていた。羊皮紙を置き、ペンを構えて固まる。ぽたぽたとインクが垂れて、杖で何度も吸い取った。

 長々と手紙を書くのは苦手だ。ニコラス・フラメルについてわかったことを箇条書きにしていく。錬金術師で、賢者の石をつくった天才で……とメモ用紙に収まる行数だ。最後にメリー・クリスマスと書けばおしまいだった。一通をホグワーツにいるハリーとロン宛に、一通をハーマイオニーに宛てた。何も言っていなかったのに、リーマスはどこからともなくふくろうを調達してきた。どうやら『谷』――村のほうに、ふくろう屋さんがあるらしい。マグルの郵便屋のようなものだろう。

 手紙とプレゼントを託し、頼むぞと言って送り出してやれやれと息を吐いた。猫足の優美な椅子にもたれかかり、ふとした拍子に姿見をみる。金属の縁に、細かな装飾が彫られていて、足の部分は鳥のものに似ている。

 英語ではない文字でなにやら刻まれているのでリーマスに訊いてみれば字書をぽんと渡された。古代語字書だ。解読しろということか。

 字書を片手に室に戻って、ページを繰りながらなんとか読みとったところによると『ネフティスがマアト・レイブンクローに贈る』と書かれている。はて、レイブンクローとはあのレイブンクローだろうか。なぜそんなものがここにあるのか。

 思えば奇妙なことが色々ある。この邸には開かずの間がいくつかあって、リーマスは頑として近づきたがらない。試しに開こうとしたが、ドアノブは回らなかったし、アロホモラでも駄目だった。ウィスタが入れるのは、食堂、自室、母親の研究室らしいところ、書斎、風呂トイレその他だけだ。

――徹底して隠してるよな

 休暇で戻ってからというもの、それとなく家捜ししたが父親の痕跡は見つからなかった。書斎には魔法薬学や薬草の本、錬金術から闇の魔術に対する防衛術の本などがびっしりあったがそれだけだ。ウィスタが見た母親は、トンクスが見せてくれた新聞記事の写真だけ。知りたいと言っても困らせるだけだろう。

 それにしても、父親のことがここまで隠されているとなると、気になってくるものだ。 ひとつ、死んでいる。ふたつ、犯罪者、みっつ母親をはらませて捨てたクズ。よっつ、死んでいるかつふたつめとみっつめの複合。はらませているどうこうなんて言おうものなら、リーマスが泡を吹いて倒れかねない。残念ながら十一にもなれば――九歳の頃にはもう――ごちゃごちゃした諸々の知識は得た。嫌になる。

 クリスマスなんて聖なる夜じゃあなかったし、学校では■■■やら■■やらで盛り上がっていたし、ウィスタは見ないように見ないようにしていたが空き教室でたまたま目撃したりして最悪だった。

 リーマスや友人たちには死んでも言わないが。

――ふつうの育ちでいたかったよ

 心底思う。名門じゃなくてもいい、母親がシングルでも構わない。ただ、そう、小さなケーキを囲んで、クリスマスを祝えるような家庭ならよかった。

――のだが

「……何事だよ」

「だってクリスマスだよ?」

 リーマスは上機嫌だ。そりゃあ数日滞在しただけで「じゃあホグワーツに戻る」と言ったウィスタに「もう帰っちゃうのかい」と言って、大の男らしからぬしゅんとした様子を見せ(本当ったら本当だ)、引き留めたのだ。クリスマスを楽しみにしていたのだろうし、張り切るのは分かる。分かるのだけど。

 ちょっと甘くみていたのかもしれない、と食堂を見回す。壁にはきらきらした星やらなんやらが飾られていて、暖炉の近くにはツリーがでんと置かれている。てっぺんには星ではなく獅子。吊り下げられているのは鷲と穴熊、その他諸々。ホグワーツ仕様らしい。蛇はいないが。

 さて食卓に眼を転じれば、あるわあるわ、チキンにラザニアにスープにポテトにプティングにパエリアにパスタにおいどんだけつくったんだリーマス。レシピ本を買いまくっているのは知っていた。『お料理魔女の魔法の作り置き』だとか。鍋を爆発させそうになっていた割には、料理はできるようだ。

「野郎二人で食えるかな」

「そこは男二人で食べられるかな、だ。ウィスタ」

 すかさず指摘が入り苦笑する。少しでもお上品な言葉遣いをして欲しいらしい。「保存庫に入れるから問題ないよ」とリーマスは言い、食卓につく。メリークリスマスと言いあって、リーマスは果実酒を、ウィスタは濃厚なリンゴジュースを口にした。顔がにやけそうになるがこらえる。こんなクリスマスイヴは初めてだ。

 誰かとご飯を食べる方がおいしいだろう、と周りはよく言っていたが、最近ようやく分かってきた気がする。奪い合わない、分け合う楽しさ。

 おいしいよと言えば、リーマスはにっこりした。そうすると少年ぽさがのぞく。それはよかったと返し、リーマスは巾着を差し出してきた。

「プレゼントだ。少し早いけれど」

 開けてごらんとやさしく言われ紐を解いてみれば、石がいくつも転がり出てきた。青やら赤やら緑やら黒やら、とりどりだ。なにか文字か記号かが刻まれている。

「ルーン石だ」

 危なくなったら投げつけなさい、とリーマスは胸を張る。危険物の予感がひしひしとした。養い子の荷物に煙玉やらその他グッズを入れるひとなのだ。

――ぜってえリーマスはやんちゃだったんだろう

 優等生じみている養父の意外な一面だった。

 ◆

 クリスマスイヴ、クリスマスが終わり、次の日にウィスタは帰ることにした。ロンから「ハリーが鏡に魅入られて大変なことになっている」と返信が来たからだ。クリスマスに誰かから透明マントをもらって、ハリーは夜な夜な城を徘徊していたらしい。鏡はただの鏡ではなくて、ハリーの死んだ両親が映ったそうだ。その鏡がどういうものかはわからないが、あまりよくないものだろう。城についたらひっぱたくか、全身金縛りでもかけて転がそう、と決める。『付き添い姿くらまし』とやらで駅まで送ってもらって、特急に飛び乗って、ホグズミードからなぜか馬のいない馬車に乗り、揺られること数分。城はもうすぐだ。

 馬車がとまってウィスタは飛び降りた。馬車の不思議は放り投げて寮に行こう。トランクに浮遊呪文をかけてついて来させる。魔法って便利だ。

 肩やら頭にくっついた雪を払い、玄関ホールに到着する。休暇中の城は静かだ。まだみんな家にいるのだろう。

 グリフィンドール塔まではけっこうな距離がある。ハリーのことは気にかかるがのんびり行くとしよう。道々クィレルの化けの皮を剥がす作戦も考えたいし。

 あれこれとやったのだ。曲がり角でクィレルにぶつかってターバンを引っ剥がそうとしたが駄目だった。双子命名「いっけなーい遅刻遅刻」作戦であった。完璧な瞬間を狙ったのにおそろしく機敏な動きで避けられた。「あ、あぶないですよリアイスくん」とお小言をもらって終了した。ちなみに眼が痛んで潤んだが「すみませんスネイプ先生と間違えてついしば……突撃してしまいました」とうつむいて適当なことを言えば同情された。「が、がんばりたまえよ」と言われ終わった。どうしよう、クィレルがいい人に思えてきた。

 階段を登る。肖像画がおかえりと言うのに応えながら足は勝手に進む。わざわざタイミングを見計らわなくても階段は勝手に動いてウィスタを運んでくれる。なぜだかは知らなかった。

 次に、双子がクィレルのことを雪まみれにした。ついでに罰則を食らったらしい。クィレルは意地でもターバンを脱がなかった。

 さらに、今度はリーがターバンに虫をけしかけようとして、回避された「あいつ後ろに眼がついてるぞ」とリーは驚愕していた。リーも罰則を食らった。

 つまり、未だにターバンの謎は解かれていない。双子やリーは面白がってウィスタに協力しているが「積極的にアタックするなら女の子相手がいい」とだんだん飽きてきたらしい。これからは一人でがんばるしかないだろう。

 考え込んでいるうちに、四階か五階の廊下にいた。いつもなら授業の声がするのだが、がらんとしたものだ。あと少しだ、と気合を入れ直したとき囁きが聞こえた。誰だ、と声を上げようとして眼を見開く。

――話せない

 声が出ない。沈黙呪文だ。杖をさっと抜いて、振り向こうとする。けれど「吹っ飛べ」と声がして、身体が宙を浮く。杖だけは固く握りしめたまま壁に背中から叩きつけられた。かろうじて受け身をとったが、それでも頭と背中に痛みがはしる。

 こつ、と靴音が響く。背が高い男。上級生だろう。ネクタイはスリザリンカラー。まずい、と立ち上がろうとする。けれど足が萎えたように動かない。打ち所が悪かったのか、頭から血が流れているようだ。

「やあごきげんようリーン・リアイスの子」

 上級生はいっそ朗らかに見えた。穏やかな口調で、けれども眼は笑っていない。

――まずい

 イってるやつの眼だ。なにをしでかすか分からない。狂犬――。

 ローブを掴まれる。引きずられる。暴れても無駄だった。喧嘩は強いはずだったし、大人数を相手にするのも得意だった。頭を打ち付けて朦朧としてきた。

 どこに連れて行こうとしている。ぎぃ、と上級生が扉を押し開ける。むっとした臭気。よりにもよってトイレだ。

 口さえ動かせたら歯が鳴っていたことだろう。沈黙呪文のせいでそれもままならない。トイレに鼻歌が響く。床に赤い筋が描かれた。

「ずっと待ってたんだ」

 男がウィスタを見下ろす。手には杖を構えたまま。腹を踏みつけられ、体重をのせられて、顔をゆがめた。内蔵をやろうっていうのか。

「僕の仇」

 お前の母親は僕の両親を殺したんだ。誇り高きイージスを!

 叫びが木霊して、頭が割れそうだ。

「やっと機会がめぐってきた」

 うふ、と男は笑う。不良の頭の悪い笑い方でも、王様の冷酷な笑みでもない。獣のそれだ。

 父上、母上、と男は囁き杖を振り上げる。ウィスタはポケットに手を滑り込ませ、力を最後の一滴まで絞り出し、ルーン石を放り投げる。同時に男が呪文を唱えた。

「セクタムセンプラ!」

 次の瞬間、紅蓮の華が咲いた。男がのたうつ。炎の舌になめられて、転げ回る。ウィスタも似たようなものだった。鉄錆の臭い。切られたのだろうとだけわかる。

――血の量が半端ではない

 逃げないと、と床を蹴る。リーマスのルーン石はまだある。もう一度投げる気力はない。余裕があればもう一撃お見舞いしたいが、駄目だ。

 這う。痛い。痛いなんてもんじゃない。全身に釘を打ち付けられたようだ。痛い痛い痛い死んだ方がマシだ。でも死にたくない。

 あああぁ、と男が吼えている。あのときみたいだ、とぼうやり思う。学校のトイレで、煙草とライターで、火が、近づいてきて。肌が焼かれる。けたけた笑う不良ども。

 俺が何をしたっていうんだ。生まれてきただけで、孤児なだけで、リーン・リアイスの子ってだけで、なにを。

 腕の感覚がない。全身がしびれていく。顔をしたたる血だけが温かい。

 扉に爪を立てた。ひっかく。でも駄目だ。

――死んだほうがマシだ

 でも死にたくない。

「おいイージスお前なにしてんだ。あの血はなんだよ」

 扉が開く。ウィスタはあっけなく転がった。逆光の中、影が立ち尽くす。眼をみはってウィスタを見て、トイレの暗がりを見た。

「は、マジか、いやいやイージス……」

 いくらリアイスに恨みがあるからってよ、と影が言う。図体のでかい、スリザリンのマーカス・フリントだろう。

「だ、男爵! 男爵! 先生を!」

 高い声。ぼうとそちらを見る。白金の髪のマルフォイ……。

 視界がぶれる。耳鳴りがする。まだ沈黙呪文は効いている。

「どうしたんだい悲鳴が――ウィスタ?」

 ぎょっとしたような声。

「待て動かさないほうがいいディゴリー」

「フリントこれはどういうことだい」

「俺が知るか! 先生を待て――」

 影がしゃがみこむ。しっかりしろ、と呼びかけられても限界だった。

「イージス!!」

 誰かの凄まじい憤怒の声でも、ウィスタの意識をつなぎ止めることはできなかった。




クイン
ブンクロ女子。主人公の一個上。チョウの友達。ハッフルパフ系マグダラ家の娘。
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