※明日(祝日。つまり4月29日)に予約投稿したはずがなんと間違えて今日予約しちゃってて頭抱えてます。平日に読む人いるの??
※紙本をゲットしてくださった方々、ありがとうございました。
お前とは違うのだ。なぜなら俺は
愛することを知っているのだから
ウィスタ・ブラック=リアイス、正式名ウィスタ・セイリオス・ランパント・グリフィンドール・ブラック=リアイスは嘆息した。ゴドリックの谷、ランパント城の執務室、使い込まれた机には手紙が一通。魔法省の紋が入ったそれを一瞥する。差出人はキングズリー・シャックルボルト。魔法大臣である。用向きは簡単だ。
『闇祓いとして正式に着任してほしい』
キングズリーの深い声と理知的なまなざしを思い浮かべる。対面じゃないだけまだいい。穏やかにみえてゴリゴリ押してくるのだあの大臣。顔を合わせるたびに――といっても多くはないが――闇祓いになれとしつこい。試験を通過し、助っ人はできるのだからいいじゃないですかと言っても残念そうにされる。
「代わりにルキフェルがいるんだから」
存分に働かせてくれたらいいさ。その旨を書き、もう一度嘆息する。背もたれに身を預けた。
――残党狩りに手を貸しただけで
勘弁してほしいもんだ。闇の帝王とかいう恥ずかしい名乗りをした莫迦を信望する輩は未だにいて、だいたいは狩ったけれど、英国魔法界は未だに不安定だ。ウィスタのような若造の手を借りなければならないくらいに。
――人が死にすぎた
ウィスタも手を汚した。後悔はない。しなければならなかった。前に進むために……。
『戻れぬぞ』
『一生秘密を抱えていくのだ』
紅の眼。ゆがんだ唇が呪いを紡ぐ。頬に手が添えられる。顔が近づく。かしゃん、と鎖が鳴る。逃げられない。暗渠、闇の底。泥の中。生暖かい吐息がかかる。
『家族なのだから』
血を分けているのだから。だからこれは当然の行為だ。
「や、め……」
眼を開ける。誰かがウィスタを見降ろしていて、とっさに腰を引く。椅子が傾き、倒れかけ、長い指が腕をつかむ。それすらも振り払おうとし……瞬いた。
「エリュ?」
「酷くうなされておいででしたが」
従者――エリュテイア・リエーフ、正式名エリュテイア・リアイス・リエーフはつぶやくように言う。ウィスタはゆるゆると首を振った。
「戦の名残さ」
「香を――?」
「いや、」
よく眠れるように調合しようか、と問われ首を振る。出された紅茶を一口飲んだ。
「クインが嫌がってな」
匂いがきついらしい。いままでは平気だったし、そもそもたまにしか使っていなかったし……。
――俺が無意識に抱き枕にしてるからだが
よく眠れるのである。結婚して妻とそれなりにふれあって、先日はじれた妻に――。
「……我が君?」
いや、ともう一度首を振った。そりゃあじれるとは思う。戦いから二年経った頃に結婚し、それから忙しくてずるずると先延ばしにしていた。というよりも、ウィスタは寝台に入って秒で落ちてたのだ。もはや気絶では?
最近やっと少し落ち着いてきて、妻はその機を逃す女ではなかった。恥ずかしながら食われたのだ。もういいよ男の矜持なんて。食ってんのか食われてるのかわからん有様で、夜が明ければ妻が沈没していた。
――やりすぎた
あれこれと溜め込んでたのだろうなあ俺、と爽やかな朝に呆然とした。乱れた敷布を整え、その他諸々も綺麗にし、せっせと妻の面倒をみて着替えさせ――沈没してるのだから恥じらいもクソもない――素知らぬ顔で屋敷しもべに「クインは風邪をひいたらしい」と告げた。グリフィンドールに百点。後に「普段は紳士で騎士なくせに」と妻に抗議されたがそっぽを向いた。ウィスタだって男である。だいたいその騎士を散々襲ったのはどこのお嬢さんだっけ? 熱い学生時代だったよな。そりゃあ最後まで致しちゃいなかったけど、と返せば妻は真っ赤になった。よからぬ考えが過ったが我慢したのだ。
「闇祓いになるつもりないか、エリュ」
「なにをお考えか知りませんが誤魔化さないでくださいませ。我が君にお仕えしている身で、闇祓いまでは……命令ならば致し方ありませんが」
大真面目な返答もあったものだ。ウィスタの従者は才媛だ。闇祓いは難関だが――通過できるだろう。本気で戦えばウィスタは負けるだろう。なにせベラトリックスの腕をぶち抜いた女であるし。
――殺し慣れてる
ウィスタの知らないところで、相当な修羅場をくぐってきたのではないか。推し量れはするが、訊くことはしない。エリュテイアはウィスタの片腕。それで十分だ。
「ロジャーとデートもあるしな」
「箒を一緒に見てほしいと言われただけですよ」
そうかい。そういうことにしたいならそうすればいいさ。なにがどうなったのか、まさかエリュテイアとロジャーことロジャー・デイビースが付き合うことになるとは思わなかったが。
「――ともかく」
エリュテイアが話を打ち切った。からかってやろうとしたのにつまらないやつだ。
「我が君の安眠は私がお守りします」
「ああ」
「奥様のこともお任せください」
「うん? ああ……有事のときは俺よりクインを頼むが」
なんだか話が噛み合っていない。エリュテイアを見れば、灰緑の眼は揺らいでいた。
「調子を崩してるようなら、癒者に付き添ってくれ」
「致しましょう」
はあ、とエリュテイアがため息をこぼす。しかし、ウィスタは己の右腕の腹の内などわからない。なんなんだ。同性のほうがいいだろうが付き添いは。女はあれこれと繊細なのだし。
――風邪だろう
そうは思う。食も細い気がするし、どこがどうとはいえないがなにかが変だ。ただ、訊いたところで「あなたは休むべきよ」とやんわり言われるだけだ。
――なんもできてないな
エリュテイアを下がらせ、本日何度目かのため息を吐く。あんな夢のせいだ。終わったことなのに。だからこそ身を重ねたのに……まだ巣くっているのだ。
図書館を建てるだとかホグワーツの復旧だとか、ボーバトンやらイルヴァモーニーとの交流だとか、と忙しくしていて、ウィスタは妻をみれているのだろうか。愛想を尽かされても仕方がない。せめて朝食は一緒にとるようにしてるし、寝台も同じだけれど、これが正しい結婚生活なのだろうか。悩みは尽きない。
ハリーとジニーは和気あいあいと仲良さげだし、ロンとハーマイオニーは定期的に喧嘩しては相談の手紙をよこすし。なんにせよ仲がよいのだ。比べて自分はどうだろう。ウィスタの気分はどん底まで落ちた。なんせ十七の頃に心配をかけまくり、あの戦いでもそうだし、そのあとの療養生活でもウィスタはボロボロだった。なんとかかんとか復帰したものの、妻や道具に頼らなければ悪夢をみる体たらく。情けない。
妻を気にかけつつも、日々はゆるやかに過ぎていった。家門どうしの小競り合いを仲裁したり、人狼への迫害に待ったをかけたり、こまごまとした事件はあったが。
――テディが入学するまでか、あるいは
成人するまでになんとかしてやりたい。脱狼薬の材料がぐるぐると思考を乱す。重くだるい身体を引きずるようにして、寝台にもぐりこむ。我慢しようとしたが、手がのびる。妻を引きずり寄せ、眼をつぶった。リーマス、あんたの息子はずいぶんおしゃべりになったし、おもちゃの箒で飛べるし、だまし杖にも大喜びだ。俺が買い物に連れていったら、若い父親と勘違いされたが。義兄なのにな。
ほんとは、あんたが父親をしてるはずだったのに。トンクスは愉快な母親だったろうに……。
『何と引き替えにしても幸せな子になってほしかった』
優しい声。喪った灰色。
俺のために、なにもかも擲たなくていい。どことも知れない場所で叫ぶ。それはホグワーツの廊下かもしれず、黒い森の奥深くかもしれず。ただ、頭をなでるその手を払い、腕を掴む。
いいんだ。なんであんたがあんな目にあわなくちゃいけなかったんだ。名誉もなにもかも奪われて、最後は殺されて。俺さえいなければ、もっと楽に生きれたかもしれないのに。守るために泥を被って……。
『愛しているぞ』
冷たく囁く声。うるさい、お前なんて救われないままでいい。俺を畜生のように扱いおとしめたのだ。身内面するな……。
俺は、もっとも強い魔法を与えられたのだ。
ぱちり、と眼を開けた。涙が頬を流れていく。ぼうやりと天井を眺める。獅子と鷲と穴熊が装飾されている。双狼はいない。蛇もいない。
――父もいない
いないのだ。わかっている。何年前だと思っているのだ。
「お目覚めね」
私の旦那様、と囁かれ心臓が跳ねた。身を起こせば妻がいる。それはそうだ。ここは夫婦の寝室なのだから。
「うん」
腕をのばし、柔い身を抱きしめ、そのまま倒れ込んだ。もうなにもしたくない。
「起きなきゃだめよ」
「今日は休みだ。いま決めた」
めちゃくちゃだわ。妻はふっと笑う。
「――起きたくなると思うのよね」
どこかいたずらっぽい響き。かまわず抱きしめた。どんないたずらでもどんと来い。あまり破廉恥なのは困るが。
「……から」
小さな小さな声に固まった。
「なん、」
「あなたなんにも気づかないんだもの」
「風邪じゃなかったのか」
腕をほどき、再び身を起こす。妻の背に腕を回し、慎重に起こした。
「だってあんなことやこんなことをされたから」
「夫婦だからな」
恥じらいつつもこちらを煽る妻にはかなわない。体温があがってしまうではないか。自分でもやりすぎたとは思うが。思うけれど。いやそれよりも。
「…………確定だと?」
「診てもらったから」
なあにうれしくないの。問われ「実感がわかない」と正直に答える。することしたんだからそれは……てもおかしくはないのだ。わかっている。想像と身に降りかかってくるのとでは違うのだ。
「名前はあなたがつけてね」
ああ、とうなずき――時は矢のように過ぎた。
深い深い闇を銀雪が飾りたてる。すべてを清める夜だ、となんとなしに思う。城の奥深く、廊下を行ったりきたりして何度も扉を見やる。
見かねた誰かが椅子を出し、腰掛ける。夜が明ける頃、福音が響き扉が開いた。立ち上がり駆け寄れば、妖精が小さな小さなおくるみを差し出してきた。
「ご令息でございます」
震える手で受け取ってあまりの軽さに怖くなる。壊してしまったらどうしよう。しわくちゃな顔。髪は黒。眼は灰色。ウィスタが喪った色だ。
眼が熱くなる。唇を噛んだ。自分の子。いまならば父の心がわかる。
――幸せになってほしいと
なにを引き替えにしても。手を汚しても。名誉を捨てても。それでも、と。
「この子の名は」
セイリオス・ルーファス・リアイス。
愛を、信念を貫いた者たちの名がお前を守ってくれますように。