【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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数年経ったからいいかシリーズ。紙本『虹彩の奥底 vol.2』に収録していた書き下ろしを蔵出し。再録にあたり少し修正してます。

※紙本をゲットしてくださった方々、ありがとうございました。


WHO?

きっかけはささいなことばで

 

 

 

 

 クィディッチも好きだったし、歌も踊りも得意だった。容姿がよかったので周りからかわいがられ、嫌でも目立った。女の子から告白されるなんて日常茶飯事。ホグワーツに入学しても僕はそのままちやほやされるだろうし、それが当然だと――。

――思って、いた

「隙あらばつきまといやがって」

 夕焼けに染まった校庭もとい禁断の森の縁。巨木からぶら下がっているのが僕。犯人は下にいる男だ。七年生。ホグワーツの有名人のひとりで、寮を問わずに女の子から告白されては振っている。僕より目立つしもてる男で、けれど本人はあまりそういうのに興味がないらしい。男友達とつるむほうが好きなようだし。

「下心が丸わかりなんだよお前どういう神経してるんだ」

 双眸をぎらつかせるさまは狼のようで、僕は「視線で人を殺せるような」という比喩が比喩ではないような錯覚に陥った。こいつならやりかねない。そりゃあ先輩につきまとった僕が悪いんだろう。でも、だ。ホグワーツで目立とうと思えば有名人とお近づきになるのが手っ取り早い。リーン・リアイスはいわずとしれた有名人で、年下には甘いのだから。

――失敗した

 番犬の存在を忘れていた。いや、頭から締め出していた。だって噂にはなっていたけれど、だ。

「……弟のほうとつきあってるんじゃなかったんだ……」

「なんか言ったか」

「なんでも! ないです!」

 ぶるぶる震えながら叫んだ。いつ下ろしてくれるのか。杖も取り上げられたし、森の端だし、助けは期待できないわけで。わざわざ僕を探しにくる暇人もいないだろう。レイブンクローは個人主義者の集まりだ。

「今度あいつに話しかけたらわかってるんだろうなあロックハート」

「ひゃぃ」

 『圧』に喉が鳴る。弟のほうも先輩に近づけば威嚇してきてかなり怖かったが、兄のほうがもっと怖い。誰だよリーン先輩とこいつは仲悪いとか言っていたやつは。

 ◆

 リーン・リアイス。リアイス家のお嬢様で、スリザリンの首席。クィディッチではチェイサーを務めていたこともある。とにかく有名人だ。しがない半純血の僕とは違って、リアイス先輩はあのリアイス家の出身で、なぜかはしらないがスリザリンに組分けされた。色々あったらしいけれど、いまではスリザリンは彼女が統治している。そう統治。彼女はスリザリンの女皇(エンプレスオブスリザリン)と呼ばれている。

 僕はレイブンクローで、彼女はスリザリンで。接点なんてあるはずがなかった。ある日、庭のベンチに腰かける彼女と出会うまでは。

「冗談じゃないぞ」

 ローブはぼろぼろ、髪はくしゃくしゃ。放り出された鞄には靴の跡。温室の近くにつっぷした僕は、うめきながら立ち上がった。

「なんなんだあの人たち」

 髪を整え、手鏡で確認。制服も綺麗にしてばっちりだ。身だしなみは大事なのだ。将来有名人になる僕に嫉妬する輩は多い。

『調子に乗ってるんじゃないぞロックハート』

『誰がジェームズより早くスニッチを捕まえるって?』

『ニフラーなんかばらまきやがって!』

 いきり立つ男子たちに捕まって、連行されて殴る蹴る。つけていたのはグリフィンドールカラーのネクタイ。

「どこが騎士だよ」

 傲慢で短気で、自分たちが一番だと思っている輩だ。ああ厭だ。杖を握って一歩二歩と進みはじめる。よりにもよってあれを盗られるなんてついてない。彼らはグリフィンドール塔に戻ったろうか。それとも大広間に? 誰かに助けを求めようか。クィレル先輩は地味だけれどなかなか親切なひとだ――けれど、グリフィンドール生にもの申せるほど肝が据わっていない。

 じゃあどうするか。グリフィンドールといえばリアイスの根城だ。同学年のクロード・リアイスに話して、そこから圧力をかけるか? クロードはレイブンクローになぜ入らなかったのかと思うような才媛で、噂では先視の魔女なのだ。授業もいくつか一緒だし、どうにかならないだろうか。

 リアイスというだけで目立っていると前はやっかんだけれど、あの一族を知れば知るほど僕のプライドはへし折れていくのだが。血筋に魔力に容姿に……と神様はリアイスの子たちにいろいろと与えすぎではないか?

――いやでもあれをクロードに見られるのか

 もうあいつらが寮で見せびらかしているんじゃないか。こんなもんをあいつ持ってたんだぜとか。やりかねない。

「あああああもう!」

 どうせ陰気な趣味だと笑うのだろう。脳筋どもめ。クィディッチだってやたらに勢いばかり猪突猛進で、やたらと僕を狙って叩きのめそうとするし。そうか僕が目立っているしジェームズ・ポッターほどじゃないが優秀なシーカーだからか。そうとも。ジェームズ・ポッターと……レギュラス・ブラックには負けるが。認めたくないが。あいつらなんなの。開始五分でスニッチをとられた僕の気持ちを誰かわかってくれないか。

 飛び跳ねそうな胃をなだめながら、校庭を走り抜ける。こうなったらグリフィンドール塔に突撃だ。盗るほうが悪い。

 玄関ホール経由よりも、中庭から回廊に出て階段を上ったほうが早いだろう……と疾走し、噴水のそばを通りかかったとき。

 ベンチに腰かけた生徒を認めた。鮮やかな夕暮れに染まりつつ、手は紙束を繰っている。ネクタイはつけていない。息を呑んだ。彼女こそ超有名人で、実はレイブンクロー生の何人かが告白しようと機会をうかがっていて、けれどあまりに高嶺の花だから諦めているひと。リーン・リアイス。代々グリフィンドールの名門に生まれながらスリザリンに組分けられた変わり種。寮を問わずに減点し加点し、スリザリンの手綱を握っている魔女。その彼女が、持っているのは。

 立ち尽くし、口を開け閉めする。どうするロックハート。なんだか泣きそうだ。

「……あら」

 ふ、と彼女は紙束から顔をあげた。夕陽に染まって紫に見える双眸が、僕を捉える。

「思索にふけっているのかしら、ロックハート」

「あの――」

 舌がもつれる。彼女はグリフィンドール生いわく「迷惑のかたまり」であるところの僕をじっと見ていた。リアイスの群青の眸を至高の青というのだ……と誰かから聞いた。敬愛か畏怖かわからないけれど、たしかにリーン・リアイスの眼差しには力があった。心の中をのぞき込まれるような、己の汚いところまで見透かされるような、眼。

「その……持っている……」

 とつとつと言う僕に、彼女は首を傾げる。手の紙束を軽く振った。

「貴方のだったのね。莫迦が持ってたから回収したのだけれど」

――その『莫迦』はどうしたのだろう

 つっと視線を滑らせても見あたらない。彼女が数人相手どって返り討ちにしたと聞いたことがあるが、まさかね。しかもその数人とやらは男子だったらしいがまさかね。そもそも女子一人を男子が襲うって最低では。

「盗人にかける情けはないから。縛って黙らせて樹からつり下げといたわ」

――容赦ない

「そ、そうですか」

 さすがリアイス。魔法騎士として敬われる一方で、戦争屋としておそれられるだけはある。

「グリフィンドールから減点もしておいたわ」

 こっくりうなずく。それよりあなたが持っている僕の原稿が気になるのですが。心の声が聞こえたのか、彼女はベンチから立ち上がり、紙束――新作の原稿――を差し出してきた。

「ただの目立ちたがり屋じゃなかったのね、貴方。演劇やクィディッチより、小説家になったらどうかしら?」

 つい読んじゃったの。彼女は小さく笑う。

 視界がすこし揺れた。こっそり書いていた落書きがリアイスのお嬢様に読まれるなんて!

「え、あの、その」

「――続きが気になるのだけど」

「は」

「二人は結ばれるのかしら」

「えーと」

 敵対する二家の魔女と魔法使いが、ああしてこうしてという話だ。冒険譚に飽きて、毛色の違うものが書きたくなった。勢いだけで書いたものだから、結末は決めていないのだ。

「……それはお楽しみです」

 考えていないなんて言えなくて、そう返した。彼女の真剣な眼が突き刺さるようだ。

「そう……」

 細い肩が少し落ちた。だから、つい言ってしまった。

「続き……読みたいですか」

 と。

 ◆

 回想から意識を戻し、僕はうめいた。つきまとっただなんてそんな。続きが書けたら渡しに行っていただけだ。将来有名人になる予定なので、名家のお嬢様とつながりがあったほうがいいという打算が何割かあったけれど。

――先輩が

 敵対する二家の恋愛話に興味をもった理由がわかってしまったけれど。つまり眼下にいるこいつのせいだ。先輩も茨の道を選ぶものだ。せめて弟のほうにしとけばいいのに。気性が激しすぎますよ先輩の彼氏。

 降ろしてくださいと懇願しても無視され、それはそれは冷たく言い放たれた。

「一晩反省してろ」

 結局僕は先輩に救出され、先輩の彼氏はしばき倒された。彼氏にも容赦ない先輩。さすがです先輩。

 僕は先輩に最終話の原稿を渡し、先輩は卒業していった。闇祓いになり、名声を得て、そうして死んでしまった……。

 僕はネタが切れてちょっとよそから借用したり、雑誌に出たりして有名になっていった。本も何冊も出して、ファンもたくさんいる。小説――いや事実――の売れ行きは好調だ。それもこれも先輩がほめてくれたからだ。

『ああ、よかった』

 二人は幸せになるのね、と先輩は笑っていた。僕はこれでよかったのだと思った。多少ご都合主義でも、幸せな物語にしてあげたかった。世の中には不幸があふれていたから。

 僕はどこで間違えたのだろう……ネタが切れて書けなくなって、ちょっと借用を続けて、忘却呪文ばかり得意になった。

「そんな眼でみないでくださいよ」

 至高の青色が彼を見つめる。■■■■と彼を呼ぶ。それは駄目よ、と。

 なにが駄目なのだろう。幸せな物語を……書いてあげたくて……敵対する二人が結ばれて、めでたしめでたしで。

――めでたしめでたしにならなかった

 先輩。誰だったっけ。先まで覚えていたのにこぼれていく。思い出しては消えていく。忘れたことすら忘れていく。だからあの男はやめておけばよかったのにと思って、忘れて。ここはどこで。いまがいつで。

「……題名」

 羊皮紙にペン先を走らせる。

 『わたしはだれだ』

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