【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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賢者の石③

「先生」

 小さい子じゃないんですよ俺。夜のホグワーツ、廊下に声が響く。松明のあかりが影を伸ばしゆがめていた。

 ウィスタとマクゴナガルの影を。

「逃げ出すでしょうあなた」

 細い手が掴むのはウィスタの手だ。皺があって乾いてて、爪は綺麗に切ってある。スリザリンの坊ちゃん嬢ちゃんたちと一緒。汚れたりゆがんだりしてなくて、服も綺麗だ。なるほどこれがきちんとした家庭のひとたちってやつなのだ。ついでにマクゴナガルの手にはペン胼胝があっていかにも先生で学者さんだった。

「大人が俺の手を引っ張るときは、たいていろくでもないんですもん」

「……逃げないのなら、いいですよ」

 わずかに震える声が言う。やっぱりマクゴナガルはいい先生なのだろう。トロールを縛り上げて勝利宣言をしてるウィスタと、ハイタッチしてるハリーとロンを発見し、卒倒しかけるくらいには。

「あなたがたはなにを――」

 なにをしてるのです!

 女子トイレに木霊する悲鳴。真っ青なマクゴナガルの顔は見ものだった。

 ハーマイオニーが機転を利かせて、グリフィンドールとスリザリンに点が入った。寮で宴の続きをしていますよと言われたので、帰ろうとしたらこれだ。

「別にそこまで厭じゃないんで」

 十数分前から現在に意識を戻す。乱暴なおっさんやクソガキどもに引きずられるんならともかくも、この先生はまともなひとなのだろう。ウィスタの手をつかんでいるが、かなりやさしく控えめだ。お世辞にも綺麗とはいえない――傷だらけのウィスタの手のこともなにも訊かない。

 スリザリンのやつらなんて「あいつ穢れた血なんじゃないか」「指なんて義指とか?」「父親知らずらしい」とかこそこそ言ってるのに。かなり一部だが。

 マルフォイが「なにも知らないやつらがふざけたことを」とせせら笑ったものだ。どうやらマルフォイ家は偉いのか、ひそひそこそこそしていた連中は黙った。「お前こそ一年のくせにまぁ偉そうに」とザビニが呟いてた。ウィスタもザビニに賛成だ。マルフォイのやつ、そのうち誰かに滅多斬りにされても驚かないね。

 他にも「リアイスの子に向かって暴言を吐くなんて死にたいのかしら」とダフネがぽつり。とにかくリアイスは怖いのだそうだ。ただ「私の母様や伯母様たちは、あなたのお母様が好きだったみたい」らしい。ウィスタの母の謎は深まるばかりだ。

 マクゴナガルに手を引かれて歩き続ける。

「ところで、あの紐はどうしたのです。高度な魔法具のようですが」

 ウィスタは眼をぱちくりさせた。荷物のなかに入ってたのだ。頑丈な紐――つやつやしたそれ。紐というよりリボンなのだが。

 名を『狼封じ(グレイプニル)』。狼と言いつつ、たいていなんでも縛れる紐らしい。ニーズルからドラゴンまでいけるのだとか。

「養父が入れたみたいで。襲われたら使えって」

 今はウィスタの手首に腕輪となってはまっている。

「ああ……リーマスですか」

 心配なのでしょうね、とマクゴナガルは言う。実感のこもった声に「リーマスを知ってるんですか」と訊こうとしたとき、ガーゴイル像を見つけた。

 ◆

「クィレルを見かけたんですよ」

「それでトランクから」

 トロールを。静かに言ったのはダンブルドアだ。円形の室にはいい匂いが漂っていた。卓の上にはご馳走。そして向かいにはマクゴナガルとダンブルドア。なぜか一緒に夕食の席についているのだ。

「嘘つきって言わないんですか」

 子どもが勝手なことを。お前がやったんだろう。やっぱり孤児なんてろくなもんじゃねえ。その他諸々、悪口を言われまくってきたのだ。ダンブルドアがふむふむと頷いているこの状況、変にもほどがある。

「トロールに勇敢に立ち向かったのに? その子に」

 ダンブルドアは彫像の上にいる鷲を示す。ウィスタの友達なのだ。

「報せを託してくれたのに?」

 もちろん友達のために吐く嘘もあるがね。ダンブルドアは片目をつむる。ハーマイオニー、あんたの嘘はバレてるみたいだよ。

「俺の頭がいかれてるとか」

 酒乱のおっさんなんてほんっとにいかれてた。奥さん殴って泣いて謝ってまた殴るとか。大人って嘘つきなんだと思ったもんだ。

「君は正常じゃよ」

「じゃあ俺が視たものは?」

 だって消えたんですよ。薬も酒も市販薬のちゃんぽんもしてないですよ。言えばマクゴナガルが額に手を当てた。

「リアイス、大丈夫ですから……あなたはどこもおかしくないんですよ」

「でも、」

 だっていつだって、みんな疑ったのに。奇妙な子、私生児だから。厄介で、どうしようもなくて。

「ホグワーツは魔法に満ちた場所。不思議なことも起ころうというもの……。それに、君の血筋は未来視の力も流れておる。なにかに触れてもおかしくはない」

 かなり雑に括られた。なんなのだリアイスって。未来が視える? でもウィスタが視たのは過去なのだけど、たぶん。

「で、クィレルはなんでトロールを?」

 あいつ地下にトロールがどうこう言ってたらしいですね。おかしくないですか。俺が観たのは地下じゃなくて上ですよ。

 料理を平らげつつ、疑問をぶつける。ダンブルドアもマクゴナガルもウィスタのことを汚物のように見ないひとたちだ。多少ぶちまけても問題なさそうだ。

「若気の至りで暴走しとる、とだけ」

「彼に近づいてはなりませんよ」

 二人に優しく言われ、ウィスタは頷いた。クィレルがなにをしたいかさっぱりわからないが、あんまし頭がキレるほうではないのだろう。

 だって、ホグワーツにトロールが入り込んだなんて馬鹿げてる。森にトロールはいないらしい。ホグワーツ近辺からふらりと迷いこむもんか。

 嘘がド下手な先生である。

 

――トロールを失神呪文で倒したんだって

――一騎打ちで

――リアイスだしな……

 ひそりひそりと漂う声を、なんとか無視しようとした。ウィスタは沈黙したまま席に着いた。とたんに声がかかった。

「リアイスどうなんだ。トロールを倒したって?」

 マルフォイがぐいぐい来た。興味津津ですと顔に書いてある。

「か弱い俺に倒せるかよんなもん」

 嘘は言ってない。倒したのはハリーとロンで、ウィスタは『狼縛り』で足をひっかけて転がして、気絶したトロールをふん縛っただけだ。女の子を後ろにかばいながらできることなんて少ないのだ。よくよく考えたら、リーマス直伝の結膜炎の呪いだとか、武装解除を使えばよかった。

――そもそもだ

 ウィスタは十一歳にしては身体が小さい一年生で(マダム・ポンフリー談)、ガキで、養父にあれこれ仕込まれてるのはどうなんだ。今は栄養をたっぷりとってよく運動して寝ることが大事ですって、マダム・ポンフリーは言ってたんだがリーマス。なに考えてるの養父よ。

 やたらめったら心配されてるのはわかるのだけど。

「いやお前なら倒せそうだ」

「……リアイスってそんなにヤバイの?」

「父上は仲良くしておけ敵に回すなと」

「なあそれ、俺にぶっちゃけていいのか」

 正直者な坊ちゃんだった。気に入らなければ意地悪をする根性悪だけど。

「ふうん」

 マルフォイの父上とやらもイマイチわからない。スリザリンの連中からビビられまくっているリアイスと仲良くしとけ? ヴォルデモートがブイブイ言わせてたときにスリザリン系とリアイスを頭にした一派が戦いを繰り広げたらしい。つまり敵対してたわけだ。

 息子よリアイスに近づくなならありえるけど、仲良くするだと?

「お前は父上に言われたから俺と仲良くなりたいのね。ふーーん」

 席を立つ。マルフォイは眼を見開いてごにょごにょなにかを言ってるが無視だ。坊ちゃんをからかうのはいい気分転換になるね。

 騒がしい大広間と視線から離れ、息を吐く。サンドイッチをかじりながら玄関ホール――正面扉へ。湖の側で朝飯にしよう。ナフキンに包んだパンはまだあたたかい。ローブのポケットにはリンゴジュースの瓶を突っ込んでいる。十一月の朝はかなり寒いが、ウィスタは年がら年中薄着だったのだ。慣れている。

 湖の側、樹の下で朝飯を済ませ、ついでにリーマスに手紙を書く。どうせトロール侵入事件のことは伝わるだろう。ウィスタが現場にいたことまで漏れるかはわからないが、下手にわけのわからん噂を掴まれるくらいなら、こっちから手紙を出したほうがマシだ。

 ダンブルドアに話したことと同じ内容を書いて、最後に「リアイスって幻とか過去って視るの」と付け加えた。

 口笛を吹く。しばらくすると鷲がやってきた。鉤爪がそうっとウィスタの腕を掴む。鷹匠だっけ。ああいうひとたちが付けてる篭手、買ってもらおうかな。

「頼むな」

 脚につけられた筒に、手紙を入れる。力強い羽ばたきとともに、友達は空へ消えていった。

 ◆

 意味不明な噂を打ち消すために「トロールを倒したのはハリー・ポッターとロン・ウィーズリーだ」という噂を流したり、それとなくクィレルを観察したりしているうちに、十一月は過ぎていった。

 クィレルは相変わらずどもりで、スリザリン生からは不評だった。教科書を読んでたほうがマシだ、とかマグル学なんて卑しい学問を教えてたやつがなんで防衛術を、だとか。しかも薬草臭いし、ニンニクの臭いが混ざってるし、最悪。

 ウィスタは別の意味で近づきたくなかった。なにせトロールを持ち込んだ犯人だし、防衛術の時間に眼が痛くなるのだ。たまに、ちくりとだけど。

 教科書は読み終わっているし、クィレルの授業は退屈だしで、ウィスタはこっそり別の本を読むのが趣味になっていた。ニュート・スキャマンダーの本だ。教科書になっているものと別物でいわゆる中級編だ。

 表紙は教科書に化けさせているのでバレる心配はない。

 ぱらぱらと読んでいると、その単語が眼に飛び込んできた。 

 獣使い。それは魔法生物の操り手である。伝説ではドラゴンをも従える者もいたようだが、そんなことはリアイスでもできはしない。彼らは――。

 おいおいどこでも出てくるなリアイス。一、二行飛ばす。

 ……トロールは獣使いの意を受けて警護をすることもある。

「なるほど?」

 実はクィレルは獣使いの可能性あり。

 

 クィレルの謎に触れたところで、ウィスタが学生なのは変わりない。まさか室に押しかけてあれこれ訊くわけにもいかない。相手は大人で、ウィスタが知らない呪文も知っている。待ち伏せして煙玉をぶち込んで花火その他を発射して縛り上げる計画ならできそうだけど、今それをしても意味がないだろう。

 そもそもクィレルがなにをしたいのかわかんないし。

 騒ぎを起こして金品強奪ってわけでもなさそうだ。ホグワーツでは別の騒ぎが起こってるのだけど。

 クィディッチとかいうやつだ。明日はグリフィンドールとスリザリンの試合で、シーズン開幕戦だ。

 うんざりだ。マルフォイは「一年生なのに箒をもらって特別扱いなんて! どうせやつは箒から落ちるさ」とせせら笑っていた。ヤキモチだ。大広間で聞こえるように言うし、孤児なんてどうこうとほざくので軽く睨んで黙らせた。

「お前はスリザリンだろう」

「知るか。孤児だからって馬鹿にする坊ちゃんがいるような寮だぞ。うわサイテー」

「ポッターに言ったんだ」

「阿呆が」

 デコピンを一発食らわせて「なんでお前育ちがいいくせにそうなんだよ」と追い打ちをかけた。ほんっっとバカ。

 朝からどっと疲れた。マルフォイを無視していくつか授業をこなし、夕方――夕食前の空き時間に、城をぶらつく。

 軽い足音が聞こえ、視線をめぐらせる。とある廊下を誰かが走ってくる。ハリーだ。

「試合前日の調整か?」

 片手を上げる。ハリーはつんのめるようにして止まった。緑の眼は見開かれ、息は荒い。

「ウィスタ」

 首をかしげる。どうもハリーの様子がおかしい。手招いて、空き教室に滑り込む。きっちりと扉を閉め、ハリーに向き直った。

「なんかあった? スリザリンにいびられたか?」

「あのね」

 ハリーが口を開け閉めする。視線さまよわせ、やがてウィスタの群青をみた。

「……トロールを入れたの、スネイプだと思う」

「ん?」

「スネイプがトロールを入れて、大騒ぎしてる間に、盗ろうとしたんだ」

「オーケー、落ち着け」

 ハリーは深呼吸する。かいつまんで『推理』を披露した。四階の廊下に三頭犬がいること、仕掛け扉があったこと、なにかを守っていること。それはきっと、グリンゴッツに侵入した誰かがほしがっているもの。スネイプが脚を怪我していたこと……。

「僕たち、ハロウィンの日にスネイプをみかけたんだ」

 きっと三頭犬のところで噛まれたんだよ!

 

「いやー……」

 時刻は真夜中。四階の廊下。扉に手をかける。片目の幅に開けた隙間からばっちり見える。マジで三頭犬だ。

「どうやって持ち込んだんだよ」

 太い鎖で繋がれているが、身を乗り出すことはできるわけで、スネイプの脚も咬めるだろうよ。

 三頭犬が覗き魔の気配に気づいたのか、軽くうなる。

「黙れ犬畜生」

 視線が合う。睨み合えば、三頭犬は穏和しくなった。不良でも獣でも視線を外したもんが負けるのだ。

 三頭犬が穏和しくなったとはいえ、油断はできない。扉を開け放つことはせず、意識を集中する。

『リアイスは未来を視る者もいる。君が過去らしいものを視たのも、時を視る者の血筋だからだろう』

 リーマスからの返信を思い出す。時を視る者。だったら視えるんじゃないか。ハロウィンの晩の出来事が。

 じわりと眼が熱くなる。影が過る。

『どけ、スネイプ』

 冷えた声。三頭犬の牙が届かない、ぎりぎりの場所に陣取ったスネイプ。杖を構え、唇をゆがめている。

『パーティ会場は下ですぞ。クィレル』

『私の邪魔をするな!』

 お前の片腕には■■■があるくせに。

 クィレルが吐き捨てる。三頭犬が吼える。白い牙が光り、鎖が鳴る……。

 ふっと幻が消える。

 じっとりと汗をかき、ウィスタはそっと扉を閉じた。

 クィレルは黒。なんとスネイプが白らしい。

「あのおっさんがもうちょい性格よかったらなあ……」

 犯人じゃないんだぜと言っても誰も信じないだろう。

 人は見た目と性格が九割って、どっかの偉いひとが言ってたし。

 

「どう転がるかわかったもんじゃないですね」

「クロードがある程度視ているから、そうひどいことにはならないだろう……で」

 なに人の家に転がりこんでお茶をしてるんだ君は。リーマスは一気に言って、紅茶を飲んだ。向かいに座るナイアードは涼しい顔だ。

「ちゃちな陽動もあったもんだ」

「大広間に呪いの雨とか、毒とかよりはいいだろう。トロールで助かった……」

「俺も思ってて言わなかったのに!」

 先輩もリアイス式が身についてきましたね、とナイアードは笑顔である。やめろお前達の流儀には染まりたくない。我らの赤は敵の流した血の赤ぞ、と言い放つような一族なのである。言ったのは数百年前のリアイスらしいが。物騒で仕方がない。今は穏和しいが、戦となればどれだけの働きをするか。

 ともかく、こいつらは貴族の皮を被った武人なのだ。

「様子見でしょうよ」

 ナイアードが眼を細める。トロール侵入の一報をひっさげて森の別邸にやってきたのが夜も更けた頃。リーマスは概要を聞きながら夕食を用意してやり、食後のお茶も出してやったのだ。

 がっつり夕食を平らげて菓子まで貪る強欲っぷりを披露しているが、ナイアードの眼は鋭い。ただの食いしん坊ではないのだ。

「本気なら、まずダンブルドアを引き離すからね」

 誰がどう動くかみたかったのだろう。奇跡的にうまく運んで『石』を手に入れられれば儲けものくらいに思っていたのではないか。

 なんにせよ――。

「手ぬるいですね」

「大胆不敵な性質ではないし、ことさらに残虐でもなかっただろう、クィレルは」

「あれに脅されてると?」

「擁護はしないよ」

 服従の呪文にかかっているわけでもなさそうだし。どうやらのこのこアルバニアに出かけて、そこであれと出会って、屈服したらしい。八割くらいは自業自得だろう。

「呪文にかけられてても関係ありませんがね」

 はっ、とナイアードが吐き捨てる。

「一般人は、君たちみたいな仕掛けはしてないんだよ」

 服従させられそうになったり、情報を漏らしそうになったりしたら、死ぬようになんてね。学生ならばいざ知らず、成人した重鎮は自らを呪い仕込む……らしい。人質にとられた時のためのはったりかもしれないが、仕込んでいてもおかしくはない。リーマスも『秘密』を漏らさないように破れぬ誓いを結んだものだ。

 そして、あいつはそれを超える縛りを己にかけたはず……とまで考え、思考を振り払う。黒髪に灰色の眼。彼はリーンを愛していたはずだった。

 真相はわからない。状況は限りなく黒だった……。

「私たちがごちゃごちゃ言ったところでどうしようもない」

 ダンブルドアに任せよう。

 静かに結び、余裕綽々だった。だったのだけど。

「……どう誤魔化せばいいのかなー」

 数日後届いた一通の手紙。運んできたのは鷲で、リーマスは急遽止まり木をつくってやった。どうやら養い子は獣使いの才があるようだ。おおざっぱにくくれば「生き物と心を交わす能力」らしい。友宜を結ぶのから、威圧――支配まで段階がある。そして大枠は獣使いで括られ、細かく分ければ犬や狼と通じる犬神使い、狐と通じる狐憑き、鳥と通じる天の使い、グリフィンすら操る王杖を振るう者……などなどがある。

 少なくとも、気位の高そうな空の王者に手紙を運ばせることはできるわけだ、養い子は。

 過去を視たっぽいんだけど、と問われ適当にお茶を濁す。

 リアイスが時を視る者の血を継いでいるのは確かなのだ。嘘は言っていない。かといって本当のことも言えないのだが。

「君がどこまで能力を継いでいるか、聞いとけばよかったかな、リーン」

 去ってしまった魔女に呼びかける。秘密の多い魔女だった。血筋のことは明かしてくれたが――いや、明らかになってしまったのだが――それ以外については口を閉ざしていた。

「ウィスタは」

 蛇遣い座なのだろうか。

 唇だけ動かして、リーマスは返信を完成させた。

 ◆

――箒に細工するとか

 そっちのが確実じゃね? ウィスタはつらつらと考えるが、身体が言うことを聞かなかった。

 つまり、クィディッチ開幕戦で、クィレルがハリー……もとい箒に呪いをかけているのは確認した。スネイプは嫌いだけれど、だからといって犯人あつかいされるのもどうよ、である。嫌いだけど。

 階段の半ばでへたりこみ、ぼうっとする。眼が痛い。過去を視るのとはまた違う特殊能力なのだろうか。悪意を感じるとか? リーマスはそんなこと書いてなかったな……。

 上から声がする。花火をぶちこんだ甲斐あって、クィレルの気がそれたのだろう。ハリーは無事だ。

 なんであんな面倒かつ見つかりそうな手を使うかね、クィレル。ハリーを殺せればそれでいい? 落とせば死ぬだろうとか? なんかフリットウィックが呪文を用意してたっぽいし、マクゴナガルは狩人の眼をしてクィレルの近くに行こうとしていたらしいし、スプラウトはマクゴナガルと連携してたみたいよクィレル。あんた無理ゲーだよ。

 フリットウィックとマクゴナガルとスプラウトは同期らしい。仲良し三人組で、ウィスタはちょっとうらやましいと思ってるのだ。

 やっぱり三つの寮は仲が良い。そしてスリザリンは浮いているのだ。仕方ないけど。

 純血をありがたがって、マグル生まれなんて……と主張しているやつらが目立ってるせいだ。どこでも声のでかいやつが勝つんだよな。

 壁にもたれる。汗を頬が伝っていく。このままじゃ冷えて風邪をひくかも……。ウィスタは吹雪の戸外だろうがちょっと風邪をひく程度だったので、これくらいは平気だろう。少し休めばよくなるさ。きっと。

 息を吐く。クィレルに当てられたのだろう。だからこんなに気持ちが悪いし目眩はするし眼が痛いし身体がだるいのだ。

『あの小僧は■■のものだ』

 流れ込んできた誰かの思考。あれが一番厭だった。あれは己のものなのだ。だから、と。

 人をモノとしか思ってない心が、どうしようもなく醜くて……。

『手許に堕ちよ』

 黄金の■■■■■。

「ウィスタくん?」

 柔らかな声に眼を開ける。いつの間に気を失ってたのだろう。綺麗な藤色がウィスタを見ている。

 大丈夫なの、と誰かは聞いてくる。

 ちょっとごめんねと言われ、ひやりとした手が額に触れる。

 近い。あんまりにも近すぎる。逃げ出そうにも後ろは壁だ。大丈夫だ、ウィスタに触れてるのは女の子だ。拳がとんでくるわけじゃあない。

「熱があるんじゃない?」

「あの、」

 誰だったか。特急で親切にしてくれた女の子だ。レイブンクローの子で、ひとつ上だ。

「大丈夫だから、クイン」

 スリザリンと一緒にいたらなんか言われるぞ。眼をそらしながらつぶやく。

「病人をほっとけるわけないでしょ」

 行くわよ。

 きっぱりはっきり宣言され。

 差し出された手をとった。

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