――なにかよくないことを考えてるに違いない
――なんてったってスネイプだぞ
嫌われたもんだ。学校中噂でもちきりだ。あのスネイプが、クィディッチの試合の審判を買って出たと。
「……先生の狙いがわからないな」
飛行術の授業はおしゃべりにもってこいだ。ザビニと適当に飛ばしながら意見を交わす。
「グリフィンドールに圧かけるため……にしても」
だからって、スリザリンが寮杯を獲得できるか怪しいものだ。なにせスリザリンの砂時計はほぼ空である。ウィスタにも関わりのある話で、つまりイージスとかいう野郎がウィスタをぶっ殺そうとしたので大減点されたわけだ。
――あんなもん
殺意満点だった。縛って切って真冬の湖にぶち込まれたのだ。完全に不意を打たれたわけだし、察知したとしても……あそこまでではなくてもやられたのではないか。あれ以来、ウィスタは湖に近づけなくなった。
「嫌がらせだろうなやっぱり」
ザビニはいささか呆れている。ウィスタは肩をすくめた。美人な母親を持ち、父親が何人も変わっている家庭環境のザビニは、かなりひねくれている。「男の生々しい欲望と、自分の母親の強かさを知った」そうだ。なんやかや苦労しているらしい。ついでに純血主義っちゃ主義だが、マグル生まれなんてどうこうだとか、嫌がらせするだとかはしない穏健派である。そもそもそれが普通なんだけども。
「好きにすりゃいいさ」
関係のない話だ。ただ、スネイプが変な役を買って出たせいで、スリザリンは嫌われるわけである。迷惑な。
「そうそう」
ザビニが言い、クアッフルを投げてくる。ウィスタは両手を伸ばした。軽い衝撃を受け止める。
「そろそろマルフォイをどうにかしろよ」
じめじめしてうっとうしいんだけど。ザビニのしかめっ面を軽く睨む。クアッフルを投げ返した。
「ほっといたらいい。つかな、あんな弱っちいやつに呪文かけてどうこうする根性が気に食わねえ」
売られた喧嘩を買って潰してへし折るんならわかるんだけどな。初手っては大事だ。とにかくわからせる。二度と手出しをさせないようにする。それが手っ取り早いのだ。莫迦でも痛いのは嫌なもんだし。
「……暴力はいけませんってママに言われなかったのかリアイス?」
ザビニの声はかすかに震えていた。
「いないもん」
「悪かった――なんでお前グリフィンドールじゃないんだよ」
「帽子のせいだよ!」
◆
ウィスタが滅多斬りにして鼻っ柱をへし折ってからというもの、マルフォイはますますグリフィンドールに敵意を向けているようだった。
いちいちかまっていられないので放置だ。もっとも呪文をかけて嫌がらせはしなくなり、主に口だけのチキンであった。そしてたいていがハリーの悪口を言うのである。ほぼ八つ当たりだろう。知らん。
クィディッチの日――ウィスタは図書館にこもっていた。イージスにボロ雑巾にされ、寝込んでいた間の補填だ。特別課題というか手伝いというか。黙々と本の修理――簡単なやつ――だとか、督促状の作成だとか棚の整理だとかをした。
「大人びているわね、あなた」
「背伸びしたい年頃なんです」
厳しい顔をした司書に返せば、お古の本をあげるけどいらないか、と訊かれた。司書の私物だそうだ。あれこれ並べられたなかに『吟遊詩人ビードルの物語』を見つけた。絵本なのかと思えばいわゆる童話集らしい。魔法族にも童話があるのか。ありがたく手にとった。すっと視線をはしらせて、薄い本をみつけた。
「聖二十八族……?」
「魔法族の主な家系リストよ」
ただし、書いた人間の独断と偏見による、と説明を受けた。ついでにもらうことにする。
寮に戻れば、クィディッチに興味のない何人かがだらだらしていた。ウィスタはソファに座り二十八族についての本を開く。
――そういや
マルフォイが言ったような。僕のとこはリストに載ってるんだぞとか。耳半分どころか三分の一くらいで聞いてたもんだから、てっきりなんらかのブラックリストのことかと思っていた。
作者が認めた「間違いなく純血」の家系リストらしい。なるほどマルフォイはあるしグリーングラスもノットもあるし、ともかくよく聞く家系は載っている。
巻末に補足があり「ユスティヌもリアイスも掲載を拒絶した。なぜならば、貴様ごとき馬の骨がなんの故あって他者の血筋、ことに我の血筋をはかるや。去ね」と大変な怒りようだったそうだ。
この作者、ウィスタの祖先に始末されなかっただけよかったのかもしれない。やってもおかしくないと思ってしまう。要は「なにてめえがうちの血筋を評価してんだピーするぞ」と言ってるのだから。
あげくにユスティヌとかいう家系も怒らせてるのだから、作者もいい性格をしてる。それか鈍いのか。
「くそっ」
扉が開く。悪態をつきながら入ってきたのはマルフォイと幼なじみズだった。なんだかよれよれしている。ローブが薄汚れ、髪はくしゃくしゃで、顔には痣があり、唇は切れている。
それだけみてとると、ウィスタは本に視線を戻した。
「そこはお前どうしたのくらい言えないのかリアイス?」
「どうしたの」
我ながらものすごい棒読みだった。が、マルフォイはぐいぐい来た。ソファまでわざわざやってくる。
「グリフィンドールの連中に」
「賭けてもいいがお前が余計なこと言ったんだろ。お口にチャックもできねえのダダ漏れなの」
「……ひどくないか? あのロングボトムなんかに、ウィーズリーにも殴られたのに」
「なんかしたな」
「口喧嘩だ」
つい、とマルフォイが眼をそらす。わかりやすい。こいつ俊敏狡猾スリザリンじゃなくて性格悪いだけのスリザリンでは?
「弱いのにアホなことするからだろ」
ため息をもらす。まじまじと坊っちゃんの顔をみた。ふうん、ロングボトムがね……。根性あるじゃないか。子豚のくせに。
「塗っとけよ」
にっと笑ってマルフォイにオレガノエキスの小瓶を投げてやった。
「いいか僕は見たんだからな」
あれはドラゴンだった! とマルフォイは力説する。ウィスタは鼻を鳴らした。
「坊っちゃんそういうときは写真撮っとくもんだぜ」
「僕の眼が狂ってるとでも?」
「だって現場押さえるか証拠掴まないと無理だろ」
本から眼を上げる。談話室の隅。マルフォイが持ってきたクッキーその他につられてうっかりおしゃべりしているのだ。仕方がないだろう。貧乏育ちのガキは菓子に飢えてるのだ。
「いたんだぞ。あれはノルウェーリッジバックだ」
どんと机に置かれたのはドラゴン図鑑だ。
「なにお前ドラゴン好きなの」
「父上にお願いしたこともあるが無理だった」
「ふうん……蛇は?」
「イメージが悪いらしい」
やっぱ避けがちなのか蛇。大人たちの言動を思い返す。あれはあれでかわいいのだけど。魔法界の蛇なんて、鱗やら牙やらに薬効がどうこうらしいし、たしか毒ツルヘビの皮なんて難易度の高い薬の材料になるんだとか。
「違法なんだけどな。僕はそんなこと知らないときにお願いしたから……」
はあ、とマルフォイがため息を吐く。
「それをなんだ森番ごときが飼うだと? ふざけてるのか」
「嫉妬むき出しじゃねえかよ」
「違法なんだぞ悪いんだぞだから」
マルフォイは燃えている。そんな坊っちゃんをよそに、ウィスタは思考を遊ばせた。ああ、現場に居合わせればドラゴンの卵の殻を手に入れられたろうに……。魔法薬の材料になった気がする。いちおう使うかもしれないし持っておきたかった。惜しい。
「ほっとけばいいだろ」
ウィスタは図鑑を見て付け加えた。
「……どうせハグリッドが押さえ込めなくなって小屋が燃えてバレるし」
なかなか気のいい森番らしいけれど、ウィスタは話したこともない。どこかに……たとえばスネイプに告げ口する必要もなければ、かばう理由もない。
「ポッターどももいたんだ」
「ハーマイオニーがマクゴナガルに言うだろ」
たぶん。ハーマイオニーならそうするはず。そしたら先生のほうで手を打つだろうさ。めでたしめでたし。
「お前はほんとにグレンジャー贔屓だな。いいかあいつはけが――」
「マルフォイ?」
やさしく言ってやれば黙った。そっと息を吐き、マルフォイが言いかけた暴言をなかったことにしてやる。
「お前がちょっかいかけなくても問題ない話だよ。図鑑借りていいか?」
マルフォイは素直に頷いた……はずだった。
「リアイス! なぜマルフォイを止めなかったのですか。ドラゴンなんてバカな嘘を」
とある夜、マクゴナガルの室に怒声が響いた。
「止めようとはしたんですよ」
ああ、ロングボトムのしくしく泣きがうっとうしいわ、ハリーたちは項垂れてるわ、マルフォイは青くなってるわ。
「でもんな都合よく止められるわけないじゃないですか」
「……で、ドラゴンどうこうなんて」
俺知りませんし。なんのことですかという態度を崩さないようにした。聞いてはいたのだ。マルフォイが「あいつら北塔でドラゴンを渡すつもりらしい」とは。ウィスタは「莫迦なこと考えんなよ」とだけ返した。まさか夜中にぬけだして現場を押さえにかかるなんて思わないじゃないか。しかもカメラを持って!
マルフォイがフィルチに捕まろうがどうでもよかったのだけど、ウィスタにも事情があった。慌てて追いかけて引きずりもどそうとしたらこのザマである。
マクゴナガルはひとしきり説教し、グリフィンドールから大減点し、スリザリンに関してはもはや減らす点がほぼなく――追って罰則があると宣言した。
グリフィンドール組がしおしおしながら帰り、ウィスタもマルフォイも帰ろうとしたら止められた。
「リアイスは残りなさい」
「ええ?」
「残りなさい」
きっぱり言われ仕方無しに残った。マルフォイが「ええお前追加でなにかあるのか」という悲壮な顔をしていた。お前のせいなんだが元はと言えば!
なにがあるんだと身構え、椅子に座ってじーーーっとマクゴナガルを観察すれば「あなた毛を逆立てた猫でもあるまいし」と嘆息された。
先程まで怒り狂っていた魔女は、流れるような手付きで紅茶をいれる。小瓶をとりだし、中身を数滴垂らした。
「お飲みなさい」
「死ぬほど苦い罰則ですか」
「顔色が悪いからお飲みなさい。そして教師をもう少し信用なさい」
茶器に手をかける。向かいに座ったマクゴナガルを見上げた。
「……言えばなんとかしてくれました?」
なにが、とは言わない。だが予想通りならマクゴナガルにはわかっているはずだ。
「子どもだけで解決できる問題だったとでも?」
「それはあいつらに言ってくださいよ」
「ルーマニアの話なら、こちらからうまく手配できましたよ」
「だって彼があの子にはママちゃんが必要でとか言ってたらしいですよ。子離れできないあれで。しゃーなし介入したらしいですよ子ども三人が」
ぴき、と音がした。マクゴナガルの茶器にひびが入っている。「ルビウス……!」とマクゴナガルは口から火を吐きそうだった。
「それはそれとして……」
マクゴナガルが茶器を直す。彼女の眼がウィスタをひたと見据えた。
「あなたがマルフォイとそれほど親しいとは」
「ほっといてもよかったんですけどね」
さて言うかどうか。マクゴナガルのほうが信用できそうだ。
「城に変な気配があるというか……眼がちくちくするし……ただでさえターバン氏があやしいでしょ」
マルフォイがまかり間違って鉢合わせしたらまずいと思ったんですよ。
ぼそりと言えば、マクゴナガルが菓子を出してくれた。グリフィンドールにいたならば彼女から点をもらえたろうか。
クッキーをもらい、ついでに何枚か包んでもらって「夜中は冷えますから」とショールを無理やりまとわされ、マクゴナガルの付き添いでスリザリン寮まで戻った。
「俺グリフィンドールがよかったです」
「それは言ってはいけませんよ」
つ、とマクゴナガルが眼をそらす。
「あなたはどこの寮でも立派にやっていけることでしょう」
誉められたのだ、と気分が上向いたけれどスネイプの説教によって急降下した。
夜明けまで生徒をいびるやつがあるか。
ウィスタはたまらず寝込み、今度はスネイプがマダムポンフリーに説教されていた。ざまあねえや。
森は夜に沈み、冷たい月光が降り注いでいる。
腐葉土に散らばっているのは銀の宝石。いいや……煌めく血だった。
眼が燃える。喉が干上がった。揺れる視界。誰かの苦痛が流れ込む。追いかけられて追いかけられて。宙を滑るように移動する影。
――穢れたもの
「死なぬのは便利だな」
誰かが言う。高く冷たく、墓場の湿った風を思い出す。どこか腐った臭いがして……。
緑の閃光に貫かれても、不幸にも死ねなかった。もがいてもがいて、血が飛沫く。二本足は彼らのことをみかけても、これほど乱暴なことはしないのに。
これはいてはならないものだ。どこかがおかしいものだ。二本足でも四本足でもない。匂いが混ざっている。ゆがんでいる。
「俺様の糧となれ。光栄に思うがいい」
影がかがみ込む。ざらりとした感触。
――ああ
呪われてあれ。呪われてあれ。血をすする愚か者。お前の望みは叶うまい。ゆがんだ命の二本足よ。
ぱちり、と眼を開ける。見えたのは紺色の空と黒い木々、輝く月毛と……おそろしく鮮やかな青色だ。
「熱があるようだ」
男が――ケンタウルスが言う。ウィスタは瞬いた。腐葉土に転がり、手は銀色に触れている。
「……あなたが?」
助けてくれたんですか。掠れた声で言う。口の中が粘ついた。ばらばらになった記憶をつなぎ合わせる。
罰則で森に入って。そうだ一角獣を保護するから手伝えと。ハリーたちと組んで、それで。
「あれは」
「逃げたよ」
ハリーが言ってウィスタを引っ張り起こす。緑の眼は揺れていた。
「お前ふっとばしたのに戻ってきたのかよ」
謎の影が現れて、ウィスタはとっさにハリーとマルフォイに追い払い呪文をぶちかましたのだが。
「マルフォイは失神してるよ」
加減してくんない? ハリーはお怒りだった。頬をつねられてめちゃくちゃ痛い。
「お前らを囮にしようとしたんだ」
鼻を鳴らせばどつかれた。
「嘘つき」
「とにかくここを離れるとしましょう。リアイスの子、ポッターの子」
ひょい、とケンタウルスに抱えられ、背に乗せられる。
「いや、待……」
たしかウィスタが尊敬してやまないニュート・スキャマンダーは「ケンタウルスは誇り高く」「馬のように扱われようものなら反撃も辞さない」と書いていたはずだ。
ふらふらになりながらも、どうにかこうにか下りようとする。しかし「穏和しくしていなさいひどい顔色だ」とたしなめられ、ウィスタはガクガク震えながら従うしかなかった。
遅ればせながら、ハリーがケンタウルスの名を訊いた。フィレンツェというらしい。
「あれはなんだったのですか?」
ハリーがそっと訊く。フィレンツェがため息を吐いた。
「呪われた者。人でも霊でも獣でもない」
「穢れた者」
フィレンツェの言を引き取れば、彼は息を吐いた。
「……感知を?」
異能か。問われ頷いた。ウィスタが触れたのは、きっと一角獣の最期なのだ。
呪われてもいいから命がほしいもの。人でも霊でも獣でもないもの。ハリーとウィスタが痛みに襲われる理由。
生まれも育ちも違う二人の共通点。
「あれは――」
その名を言おうとして制される。
「そうです。穢れた者……」
フィレンツェの腕が伸び、指が天を示す。正確には輝く星を。
「禍つ星の彩を持つ者」
◆
「貴様は穏和しくしていろ」
首を突っ込むな。真夜中のホグワーツ。声の主は不機嫌そうだ。罰則から帰ってきた生徒を迎えにこいと呼び出され、生徒その一は「こんな罰則ひどい!」と癇癪を起こし、生徒その二が真っ青な顔をして熱まであり、医務室に引きずっていけば校医に説教され……だ。無理もない。
「身体が弱いわ発育不良だわでなにもできまい」
容赦なくデコピンである、ウィスタは寝台の上で顔をしかめた。
「好きでこんな風になってるわけじゃ」
「グリフィンドールに行けばよかったものを」
「……俺だって」
行けたらよかったですよ。睨めば、スネイプがはっとした……ように思った。眉間に皺を寄せ、歯噛みする。
「厄介な」
「そんな眼で我輩を見るな」
唸るように言い、スネイプはローブを翻して去っていった。
じわじわと熱が上がっていく。スネイプは不機嫌すぎるだろう。なんだかウィスタは八つ当たりされたように思う。
「……誰をみてるんだよ?」
そんな眼で見るなと言ったのは誰に向かってなのか。どうしてウィスタを嫌うのか。嫌われてしまっても構いやしない。マクゴナガルのほうが好きだ。お菓子もくれるし厳しいけれどやさしいし。
たぶんきっと。
「ああいうのが」
愛情があるっていうのかな。
先生が祖母だったらよかったのになあ。言ってもなんにもならないことを思って、ウィスタの意識は眠りに沈んだ。