【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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秘密の部屋④

――うんざりだ

「なんで俺がわざわざ」

 グリフィンドールの一年を石にしたり、ハリーの腕をへし折らなきゃいけないんだよ。

 手にした茶器が砕け、熱い紅茶が手を濡らす。

「そういうことになってるんだ」

 マルフォイが言う。クィディッチ開幕戦グリフィンドール対スリザリンが終わって翌日。ホグワーツは騒然としていた。グリフィンドールのマグル生まれがやられた、と。

「バカじゃねえの」

「お前なら殴り合いで終わらせるだろうしな」

「どうもありがとう」

 クッキーをつまむ。ナルシッサお手製だ。ちょくちょくマルフォイに送ってくるのだ。いつの間にか、マルフォイと菓子をつまむのが習慣になりつつある。マルフォイの幼馴染どもは補講らしく、談話室に姿がみえない。よく進級できたもんだよ。

「お前じゃないだろう」

 マルフォイは断言する。

「あのけが……マグル生まれを襲うにしても」

 どうやって襲うんだ。そもそも深夜に寮の外で発見されている。

「俺が呼び出して襲った説とか出てるぞ」

 マグル生まれことコリンなんとかのカメラを盗んで返してほしけりゃどうこうからの呼び出して襲撃説が有力だった。

「わざわざ医務室近くで犯行するか?」

「しないね」

 石にして湖にドボンで済むしな。それか塔から落としてもいいし。学校を辞めると書かせて処理とか。つらつら並べれば、マルフォイに悪魔をみるような眼で見られた。傷つくな。

「……なにより」

 こほん、とマルフォイが咳をする。

「お前はリアイスだ。むしろ継承者とは敵だろう」

 父上は静かに様子を見ろと仰せだし、スリザリンや純血には関係ない話だ。

「やつらもおとなしくしてればいいんだ」

 グレンジャーとかな!

――こいつが

 継承者ってのもないだろうなあ。マルフォイを観察しつつ、茶器を直す。紅茶も注いだ。

 マルフォイが継承者……いや、共犯者なら、真っ先にハーマイオニーを狙ったろう。わざわざ無名の一年を手に掛ける必要はない。

 それに、共犯者は……きっと。

 ハロウィンの夜、見たと思ったもの。感じたもの。混ざった歌声。影は小さかったように思う。

 共犯者はもしかしたら女の子なのかもしれない。誰にも言っていない。ナイアードはかりかりしていたし、言いそびれたのだ。

『影があるのに』

 それが誰のものが、なにのものかわからない。ナイアードの『識眼』は魔力を視る眼らしい。どこからか引き継いだ異能だそうだ。

 あの夜現場は混乱した。フィルチが荒らしたせいもある。それらしい遺留品もなかった。

『混ざった魔力というのか……』

 個人を特定するには至らなかった、とナイアードは結んだのだ。

 

 ウィスタは、噂を無視することにした。グリフィンドールのちんまい一年生に「コリンを返せよ」と言われても、だ。

「お前がやったんだろう!」

「てめえは礼儀を知らねえのかクソガキ」

 温室へ向かう途中だった。険しい顔をしてやってくるからなにかと思えば。

 ひょいとかわし、腕をつかんでひねる。悲鳴が上がろうが知ったことではない。

「返せよ」

「俺が知るか」

「スリザリンめ」

 ぎゃあぎゃあわめくバカに鬱陶しさが募る。ほんっっと考えなし。

「やめてよ。そのひとはいい人よ」

 パタパタと走ってきたのは何人かの一年生だ。赤毛の子――ジニーが真っ青になって叫んでいた。

「言いがかりなんだから!」

「だってみんなこいつが犯人だって!」

「――その子の言うとおりよ」

 リーン・リアイスの息子が、継承者を気取るわけないじゃない。

 大変冷ややかな顔と声で登場したのは、レイブンクローのパドマ・パチルだった。

「温室への路を塞いで邪魔なのよ。おバカな一年生」

 さっさとどけ、とウィスタに食ってかかってきた一年生を睨みつける。

 ぐずぐずとべそをかいている根性なしを放してやった。どっと疲れがのしかかる。みれば、おバカな一年生はジニーに張り倒されていた。強いなおい。

「なんでお前は先に行くんだ!」

 また厄介事か、とやってきたのはマルフォイと幼馴染ズだ。薬草学はスリザリンとレイブンクローの合同なのだ。

「行き違いってやつだよ」

 軽く言って、パドマに視線を投げる。彼女の近くには他のレイブンクロー生――アンソニー・ゴールドスタインやテリー・ブートが、マイケル・コーナーがいた。少なくとも、彼らはウィスタに敵意は抱いていないらしい。「グリフィンドールはしつけもできてないのか」「赤毛の子、男前だな」等々で盛り上がっている。

「ありがとう」

 パドマに礼を言えば、肩をすくめられた。

「私おバカは嫌いなのよ」

――クインといい、パドマといい

 レイブンクローの女の子は、みんなこんな……竹を割ったような性格なんだろうか。

 

 言いがかりや嫌がらせを受けつつも、流したり締めたげたりしているうちに日々は過ぎていく。

「誰がこんなことを!」

 マルフォイが歯を食いしばった。とある日の魔法薬学の授業である。課題は膨れ薬。ウィスタはさっさと調合し、マルフォイも課題を終え「どうすんだよお前の幼馴染、薬の濃度ヤバくね?」「僕が手を出してももう無理」と暇つぶしに話していたら、ゴイルの鍋が爆発した。とっさに盾の呪文を――球体型に改変したものを展開し、自分とマルフォイ、後ろの席のダフネとパンジーは保護した。

 が、教室は大混乱。ゴイルはもちろんのこと、グリフィンドールへの被害が甚大だった。

「静まらんか」

 スネイプはさっさと縮め薬を生徒に与え、ハリーを睨みつけつつ、ゴイルの鍋の残骸から、花火の燃えカスらしいものを拾い上げた。

「犯人が見つかったあかつきには――後悔するだろう」

 犯人はハリーと思い定めているようだ。

――動機がないんだよな

 わざわざスネイプの授業でやるか? 生き残った男の子は、実は騒動を嫌うのだ。ウィスタと同じく。

 終業の鐘が鳴る。ウィスタは手早く片付けを済ませ、出口へと向かった。

「スリザリンの仕業だ」

 誰かが言う。ぱっと振り向けば、グリフィンドール生――たしかフィネガンだっけ……がウィスタを睨みつけていた。なぜに。

「だってあいつらほとんど被害がないじゃないか」

「それはウィスタが盾の呪文を使ったからだよ!」

 なんとロングボトムが参戦し、フィネガンと火花を散らしている。

「僕は自力で免れたぞ」

 ぽん、とウィスタの背を叩き、行こうぜと呼びかけてきたのはザビニだった。鍋が爆発し、とっさに机の下に潜り込んだらしい。

「美人が悲惨なことにならなくてよかったね」

「目玉がふくれるなんてごめんだからな」

 しっかしお前、なにやってもやらなくても標的じゃないか? と気の毒そうに見られた。

「……そういう星の下に生まれたのかも」

 なんでこんなことに。もう一度振り返れば、ハーマイオニーと眼が合った。なんだか真っ青で、すまなさそうな顔をしてるじゃないか。

――いやいや

 ないない。ハーマイオニーがそんなことを。いたずらなんて。しかもけっこう悪質だし。

 ウィスタの思い込みだろう。

 

 あ、ヤバくねこれ。詰んだかも。

 長テーブルが片付けられた大広間。中央には舞台があり、さっきまでハリーとマルフォイが向き合っていた。

 いまでは静まり返っている。視線はハリーとウィスタに注がれていて、痛いほどだ。

「蛇語使いだ」

「あの蛇、リアイスに懐いて……?」

 どうしてこうなった。臨時開催の決闘クラブに参加してみれば(中略)蛇が吹っ飛んで床に叩きつけられ、怒り狂い、ハッフルパフのフレッチリーだかに襲いかかろうとし。ハリーが止めて、たまたま舞台近くにいたウィスタが回収しようとしたら。

――巻き付いて離れない

 白蛇だ。眼が赤い。「尊い方」とか「青き血」とか「恐悦至極」とかぐちゃぐちゃ言って腕にぐるり。はがそうとしたら首にゆるく巻き付いた。俺はインドの蛇使いだったのか。

「出たほうがいい」

 たまたまペアになったセドリックがささやく。そのまま引っ張っていかれるのかと思えば。

「大丈夫かい。顔色が真っ青だ!」

 声を張り上げたもんだから驚いたのなんの。とっさに顔を伏せよろめくふりをする。

「最近疲れがたまってたんだろう」

 色々な噂もあるし。ものっすごい優しげな声を出しつつ、周りを牽制しているようだ。肩を借り、いかにもふらふらな病人です、という風を装って、大広間を抜ける。モーゼよろしく大海が割れた。ひそひそこそこそもなくなった。

 扉が開く。しばらくして玄関ホールに抜けたとき、叫びが聞こえた。

「リアイス! どういう!? 何が……っ」

 マルフォイである。

 ウィスタは急病人の演技をやめて、マルフォイとセドリックを交互に見た。

「俺にもわかんない」

「蛇関連はマルフォイ家の君が詳しいだろうから、説明してあげてくれ」

 さらっと言い、セドリックは大広間に戻っていった。おおかた混乱しているハッフルパフの下級生をなだめるのだろう。優等生め。

 ウィスタは引きずられるようにして、寮に戻った。

 マルフォイが危なかっしい手つきで茶をいれようとするので代わりにやった。

「で……蛇と話せるとか言わないだろう?」

「あー……」

 どうしよう。話せるんだが。肯定も否定もしなかったが、マルフォイが頭を抱える。

「獣使いの才能の欠片があるんですくらいにしておけ」

「そんなまずいの?」

 マルフォイがまた呻いた。彼によるとこうだ。サラザール・スリザリンは蛇語使いでついでに蛇を操れてどうこう。だから寮のシンボルは蛇なわけだ。

「サラザール・スリザリンの子孫だとか言われるぞお前」

「じゃあハリーはどう説明つけるんだよ」

「千年も前の人間だぞ、どう交わってもおかしくない。ポッターが子孫な可能性も、お前がそうだという可能性も無いわけじゃない」

 紅茶を一口どころか一気飲みするマルフォイである。珍しいこともあったもんだ。

「いっそのこと腐ったハーポの子孫どうこうで押し通すか? そっちのほうがマシだろう」

「誰だよそれ」

「スリザリン以前の、つまり千年どころか二千年くらい前の闇の魔法使いだ。大陸のほうの」

 狂った研究者だったらしいぞ。ついでに蛇語使いだ。

「父上によると、獣――蛇もだが、飼いならして訓練で操ることもできる。たいていはそうだ。だが、異能者というやつは、それより上だ。言葉を、心を通わせて操る。ハーポもスリザリンも蛇を操ったし懐かれた」

 お前のようにな。ちらと首の蛇を見られ、ウィスタはげんなりした。

「……俺、代々グリフィンドールの名門出身なんだが?」

「ポッターを盾にしておけ」

 きっぱり言われ、頷くしかなかった。

 ◆

 どうしようか。俺がいじめたなんて思われたら。洗濯物置き場でウィスタは途方に暮れた。決闘クラブ事件から数日後のことである。

 どこからともなく飛んできた生卵がローブに炸裂し、仕方無しに洗い場にきたら、だ。 

「どうしたよ赤毛のレディ」

 まあ大変、ロンの妹が泣いているではありせんか! 俺がいじめたと思われるやつ!

「ウィ、ウィスタ……?」

 ジニーはローブを洗う手を止める。水は不気味な紅に染まっていた。

「怪我か?」

「違うの」

 ウィスタはちらりとジニーのローブを見る。そこらじゅうに血がついている。誰かにやられたのか。訊こうとしたが、ジニーは唇を引き結んでいる。

「だったらいいけど。血は取れないんだよなあ」

 正確にはとりにくい、だ。ウィスタは卵まみれのローブを脱ぎ、籠に放り込む。スリザリンの棚に向かえば、洗いたてのローブがきちんと置いてあった。手に取った。

「貸してやるなら着て帰りな」

 杖を振ってグリフィンドールカラーの裏地とエムブレムに変えてやる。

「でも」

「だから俺のこと、あんまり怖がらないでくれよ」

 どんな噂を吹き込まれたのか、ジニーは青ざめている。こんな女の子にまで怖がられるって悲しいもんだよ。

「わかってるもん。それよりごめんね。フレッドとジョージが絡んでるでしょ」

「面白がってるのは確かだな」

 閣下ー、と絡まれまくりだ。蛇のことも怖がっていない。かなりありがたかった。

 用事は済んだ。替えのローブは寮に戻らなければない。多めに持っていてよかった。

「じゃあな」

 踵を返しかけ、手を掴まれた。ひやりとしたものが流れ込んできた……ように思う。

――寒いだけだ

 十二月なのだ。冷えるに決まってる。なにをバカな。

 どうした、と振り返る。ジニーが眼を潤ませながら、ウィスタを見つめる。

「蛇語がしゃべれるの?」

 ちかり、とジニーの眼になにかがよぎる。赤い光が灯って消えた。松明のあかりが映り込んだだけだろう。疲れているだけだきっと。噂は花盛り。ウィスタへの風当たりは強いのだから。

「内緒」

 ぶっきらぼうに返し、手を抜き取る。なんだかぞくぞくして仕方ない。早足になってしまう。

 ウィスタはなにを恐れているのか。相手は。

 ただの、女の子なのに。

 

 

 もううんざりだ。

 洗濯物置き場で、ウィスタは天を仰いだ。ローブが細切れになっているのだ。レパロできるのか? という有り様だ。一枚はジニーに貸して、一枚はバラバラになり、あと二枚。しかし連日の嫌がらせで卵やらインクや薬品やら浴びせられてボロくなりつつあった。

 報復はできる範囲でした。決闘クラブから約一ヶ月。ウィスタはよくやったと思う。少なくとも嫌がらせ犯を湖にドボンはしなかった。殴る蹴るもせず、特定して呪い返しをしただけだ。

 多少は嫌がらせもマシになるかと思いきや、事態は悪化した。嫌がらせ犯どもの理屈は「ホグワーツを荒らすやつを成敗してなにが悪い」で、いつの間にかウィスタが悪いことになっていたし、叩いていいやつになっていた。

――これくらい慣れてる

 まだいいほうだ。魔法族のほうが理解があるなんて幻想だったらしい。結局マグルどもと一緒だ。直接的な暴力に「まだ」出ていないだけ魔法族は理性的なのか腰抜けなのか。

 バラバラの切れ端をかき集め、薄汚れたローブをまとい震えながら、ウィスタは洗濯物置き場をあとにした。

 外は猛吹雪で、屋外の科目は休講らしい。ウィスタは午後に魔法史が控えているけれどサボることにした。最近はぽつぽつサボっているのだ。わずらわしいし。

――あの野郎のせいだ

 石化事件の犯人らしいあいつ。あんな事件さえ起こらなければウィスタは平穏な学生生活を送れたろう。スリザリンでさえ、ウィスタが継承者ではないかと思っている連中がいるのだ。マルフォイに言わせれば「これだから無知な半端者は」らしい。スリザリンでも名門の令息令嬢たちは、ウィスタやハリーの継承者説を否定している。ついでに名門ほどではないがそこそこの家格持ちのザビニも否定的だ。

――昔は

 ポッターのやつが次の「例のあの人」になるんじゃないかって噂もあったらしい。

 あの人の対抗馬だから、ポッターを始末しようとして。

 返り討ちにあったってな。

 どうもそれはくだらないガセだったみたいだけど。

 ザビニはつらつらと教えてくれたものだ。

 そしてにやりとした。

「お前が継承者で、実家に反逆してるんなら面白いけどな」

 将来実家を出て事業起こすとかなら、俺も噛ませてほしいね、と呑気であった。

「そもそもな」

 お前が犯人なら、リアイスが黙ってねえよ。ホグワーツから引きずり出されてるよお前さ。なんせリーン・リアイスがスリザリンに組分けされたってだけで、あの一族は過剰反応したらしいもん。

 つまり、ウィスタが継承者じゃないと唱えてる連中の根拠は、ウィスタがリアイスの子である、そもそもウィスタが犯人なら、とっくにリアイスが動いて、ウィスタは退学になっている、の二点だ。蛇語どうこうは「そりゃざっくり千年くらいの家系なんだからなんか混ざっててもおかしくないだろ」だった。

 自分たちは騒ぎ立てる莫迦とは違うと仰せだ。

 ややこしいことになってるな。他人事のように考えつつ、厨房に足を向ける。妖精なら、バラバラのローブもなんとかしてくれるだろう。明日から冬期休暇だ。ウィスタは『谷』の別邸に帰ることにしていた。休みの間にゆっくり直してほしい、と妖精に言えばいいだろう。

 妖精は――妖精たちは快諾してくれて、ついでに着ているローブと、寮に置いてるローブも綺麗にしてみせるそうだ。

「坊ちゃま、なんでしたら洗濯物置き場に置かなくてよろしいですよ」

 寮のお部屋に置いてくださったら、取りに行きますよ。

 やさしい。ウィスタのことを継承者だとか叩いている連中よりよっぽどやさしい。よし、帰ったら妖精たちへの手土産を選ぼう。

 多少は機嫌がよくなって、図書館に向かうことにした。どうせみんな授業なのだ。図書館の隅で穏和しくしていよう。

「早く帰りたいなあ」

 段々とホグワーツに未練がなくなっている。とにかくリーマスのもとに帰りたい。視線がうるさくないだろうし、嫌がらせもされないだろうし。

 マグル生まれのフィンチ=フレッチリーなんか、ウィスタと出会うなり即座に逃げ出し。完全に避けられている。毒蛇に出会った兎かよって逃げ足のはやさだった。

「ハーマイオニーくらいだよ」

 マグル生まれでも、ウィスタのことを避けないの。この前廊下で会ったとき「休みはどうするの」と訊かれたし「マルフォイは残るの?」 とも訊かれた。俺は帰るしマルフォイは残るよ、と言えば「それがいいわ」とほっとしていた。あなた、しばらく離れたほうがよさそうだもの。風邪引いてない? 顔色悪いわよと立て続けに言われた。

 医務室は厭だ。石になったクリーピーが転がっている。それに、これはただの風邪じゃないだろう。

「あの野郎」

 壁に手を突く。寒いはずなのに暑い。頭もぼうっとしてきた。しばらく夢をみなかったのに……あいつが出てくるようになった。なにが気に食わないのか眼を怒らせて。

 忌々しい不死鳥の守りめ。しかも、獅子の守りもあるし。近づけなくてどうしようかと思ったじゃないか。

 ウィスタを縛り上げ、あちこち斬りつけて血をとって。

 息を吐く。白く凍る。唇に触れ、顔をしかめた。

――なんなんだあいつ

 血をとるだけじゃなく、かなりヤバイことをされた気がする。「純血だから我慢しようじゃないか」としゃあしゃあと言い、あれは……いや……どうなんだ……。でも俺の初キッスが。たぶん。たぶんだけど。

 あれは夢だし。現実じゃないし。でもでも。

――最低だ

 もう帰りたい。

 とぼとぼと廊下を進む。やたらとあたりが薄暗い。階段を昇る。足を滑らせそうになる。

『ああ、アリアドネ』

 どこからか声がして、上を見た。眼を見開く。

「あいつ!」

 踊り場に二つの影。片方は女生徒で、片方があいつだ。

 一発殴る。クソ野郎め。ああん? 人からなにかをガンガン吸い取った挙げ句に俺の大事な初……まで奪いやがってきっとたぶん。夢だけどなんでか現実にいるんだからやっちまえ。今度は女に手を出すつもりか■してやる。

 杖を抜く、駆け上がろうとしてよろめく。それでもなんとか踊り場につき、すっ転んだ。

「……なん、」

 だ。言って、固まる。

――石が

 いや、フィンチ=フレッチリーとグリフィンドールのゴーストが石化している。

「ウィスタ!?」

 小さな叫び。ハリーがぽかんとした顔で、ウィスタを見た。飛ぶようにやってきて、腕を掴む。

「はやく、離れないと」

「俺、やってない」

「わかってるよ。君も僕もやってないし知らない!」

 でも犯人にされちゃうよ。支えられ、起こされたところに、大音声が響いた。

「やられた! やられたぞぉお! 継承者の仕業だああ!」

 ピーブズだ。どこにも行けないでいるうちに、次々とやってくる。

「お前が犯人だ! よくもジャスティンを!」

 吼えるように言ったのはハッフルパフ生の数人だ。マクミランとか、上級生とか。色んな呪いが飛んでくる。ウィスタはハリーを突き飛ばした。視界が揺れる。盾の呪文を唱える気力もない。ああ、どこかでセドリックが叫んでる。やめろ、と。

 頬に、肩に、あちこちに熱いものがはしる。

――わかってた

『そうだろう?』

 どこからか声が聞こえる。君がなにを言おうが無駄なのさ。都合のよい羊だからね。穢れた血にも、同胞にもおそれられるんだ。

『かわいそうにね』

 見返してやるんだ。上に立つんだ。手の届かない高みに。そうすればすべてが手に入るさ。

 僕の手をとるんだよ。

 声はやまない。首を振り、うなだれる。

 そのとき、獅子の咆哮が響いた。

「なにをしている」

 冷たく熱い声とともに、野次馬が静止した。呪いが止む。

――全身金縛りだ

 広範囲展開という荒業を軽々してのけ、深紅のローブを翻し、そのひとはやってきた。野次馬を蹴り飛ばし、ウィスタの許へと。

 視界が深紅に覆われる。

「減点だ」

 ハッフルパフ、レイブンクロー、グリフィンドール。

 ウィスタ、ハリーをかばうようにして立ち、ナイアードは再び杖を振った。野次馬――なかでも実行犯たち――を全身金縛りだけでなく、縄で縛る。

 でも、と誰かが声をあげる。が、ナイアードから殺気としか思えないものがこぼれ、静寂に支配された。

 ようやっとナイアードが振り向く。ウィスタはへたりこんだまま、彼を見上げた。

「俺は」

 違うんだ。言おうとしてろれつが回らない。ぐるぐると視界が回り、暗くなり、なにもわからなくなった。

 

 

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