【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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秘密の部屋⑥

 みんな俺に甘すぎるだろう。俺に甘いのか子どもに甘いのか、それとも哀れな孤児だからか?

「一通りつくったんだけどどうかしら」

 チキンにポテト、ハンバーグその他……がでんと載せられた卓。ウィスタは慄いた。子どもが好きな料理の見本市が出現している。

「ど、どれも好きです!」

 どんどん食べてね、と夫人もといモリー・ウィーズリーはご機嫌だ。

「遠慮しなくていいんだよ」

 これまた笑顔のアーサー・ウィーズリーに言われ、こっくり頷いた。

――いいのかこれ

 いいも悪いも招かれたのだから、いいんだけど。ウィスタはソーセージにかじりつく。うまい。

 単純な話だ。リータなんとかとキングズリーの舌戦を見届けて、さあ帰ろうとしたらアーサー・ウィーズリーとばったり会った。どうやら半休で帰るつもりだった小父は「よかったらうちに来ないかい?」と笑顔全開で迫ってきた。友達の父親でしかないわ、ろくに話したこともないわ、で正解がわからないでいるうちに、話がまとまってしまった。トンクスは「行っておいで」だし、アーサー小父は銀色のなにかを飛ばして家に連絡するし。

「ジニーからあれこれ聞いていてね」

 絡まれてるところを助けてもらったと。

「一度招待したかったんだが……」

「寮が別だし機会がなかった?」

「なかなかねえ。うちのロンともそんなに話せないだろう?」

「授業が被らないですし」

 俺、休学してますしね。言いにくい話題をぽんと出してみた。アーサー小父がそっと息を吐く。席についたモリー小母が、ウィスタの皿に料理を山ほど盛った。

「子どもにできることじゃないだろうに。君に矛先が向くとは……」

 肩をすくめた。ウィーズリー夫妻が常識的な大人なのはわかった。

「グリフィンドールならば手助けできたんだが」

「当たりは弱くなったでしょうね」

 おそらく、だけど。ハリーと同じくらいの避けられ具合で済んだはずだ。

 どの寮にいても目立ったろうけど。変な記者が食いつくくらいだし。

「小父さん、リータって記者知ってます?」

「絡まれたのかね。無視しなさい。いや、大人を呼んで」

 小父が真顔になった。相当に面倒なやつらしい。夫婦そろって「リアイスについて書き立てるほどバカではないはずだが」「それにしても君は目立つし」等言ってきた。

「やり手ではあるけど、倫理観は薄い。気をつけなさい……君について直接どうこうはないと思う」

 確か君の母君が、リータのことを助けたことがあったと思うよ。

「リータも危ない現場に突撃することがあって……」

 そのときにねえ。小母が席を立ち、いそいそと本をもってきた。スクラップ帳だ。開かれたページに切り抜きが貼ってある。

 闇祓いリーン・リアイスがどうこう、死喰い人から、無謀なジャーナリストを救った……。

 母の写真を撫でた。リータと母は直接会ったことがあるのか。だからか。

――意味深な発言をしたのは

 ウィスタを釣るためか。たとえばウィスタがリータに会いに行って、リータはそれを記事にする? リアイスの孤児なら、それなりに味付けすれば売れるのではないか。みんなかわいそうな誰かさんは好きだ。それが名門の子が虐げられているどうこうだったらもっと好きだろうさ。

 下手に会いに行かないほうがいいな。釣りにしては……妙に真剣だったようにも思うけど。

「リータからつきまとうことはないだろう」

 安心しなさい、と言われ頷いた。

 

 数日、ウィーズリー家に滞在した。その間に『守護霊の呪文』について訊いた。小父が銀色のなにかを出していて気になったのだ。熟練すれば伝言も飛ばせる便利な呪文だよ、と教えてもらった。

「吸魂鬼対策の呪文なのよ」

 アーサー小父が仕事に行き、ウィスタは小母を手伝いながら、守護霊をみせてもらった。

「アズカバンっていう監獄の看守がいて……」

 なぜかアズカバンのとこだけ早口だった。おおまかには聞いている。孤島にある監獄だとか。脱獄者はいないだとか。

 ほんとは学外で魔法はダメなんだけど、あなたはお休みしてるし。大人もいるし。

「使わないと思うけど、知っておいたほうがいいかしらね」

 呪文は守護霊よ来たれ。やってみれば銀色の煙は出た。

「万が一、吸魂鬼に遭遇したら……ないでしょうけど……これで時間を稼ぐんですよ」

 ウィーズリー家の台所で、ウィスタはモリー小母を見上げた。やたらと心配されているのはわかる。

「どうしてこんなによくしてくれるんです?」

 ただの息子の友だちなのだ。しかもその息子とは寮も違う。

「そうしたいからよ。あとは……このあたりのひとたちは、恩があるのよ」

「母に?」

 ええ、と頷かれる。

「とっても勇敢で、私の弟たちとも面識があったのよ」

 それにあなたもいい子だもの。まっすぐに言われて居心地が悪い。あなたの息子ことフレッドとジョージをけしかけて、スリザリンのバカをしばいたこともあります……なんて言えない。

「だから、今はゆっくりしなさい」

 ウィーズリー家からトンクス家に戻り、ちまちまと守護霊の呪文を練習し、やっと迎えにきたリーマスに軽く蹴りを入れ『谷』に戻った。

 リーマスに先生をしてもらい勉強し、かなりゆるくすごした。二月が過ぎ、三月になり、ウィスタはケーキをつくった。小さめの甘いやつだ。誕生日おめでとう、とリーマスに言えばぽかんとされた。もったいなくて食べられないと乙女なことを言うので無理やり食べさせた。

 せっせとニガヨモギやらオレガノやら、薬草を育てているうちにイースターになっていた。

 庭で葉を摘み、ふと空を見上げた。夢も見ない。それにあたたかくなってきた。事件の報せはないし、ほとぼりもさめただろう。マルフォイの催促もうるさいし。

「……いい加減、戻るか」

 

「俺、いなくてよかった」

 ほんとよかった。スリザリンの談話室で、机に突っ伏して呟いた。イースター休暇で、人はまばらだ。

「大広間の下品さをお前にも見せたかったよ」

 マルフォイがうんざりしたように言う。ざっくり数ヶ月の間に起こったことを聞けば、ロックハートがやらかしていたようだ。

「ポッターにカードを贈った誰かもいたな」

 熱烈な歌までつけてたぞ。マルフォイはくすくす笑う。なるほど、バレンタインは色々な方面に傷を残したようだ。

「お前はどうだったんだよ坊ちゃん?」

「坊ちゃんって言うな! 僕……僕は、小人に追いかけられたが」

 吹き飛ばしたよ。父上から教わっててよかった。容赦がないなと言いかけて、よく知らない生き物にまとわりつかれたらそうもなるか……と口を閉じた。

「ポッターのくせに生意気な。なんであいつにカードが。しかもあいつ日記なんてつけてるらしい」

 へえーとだけ返した。なんにせよ約二ヶ月ちょっと前の話だ。ハリーが日記をつけてるなんて似合わないが、まぁまぁどうでもいい。もしかしたら呪いをかけるための呪いの道具かもしれない。ハリーも継承者の疑いをかけられているのだ、それくらいやっても仕方ないだろう。

――まだ

 びびるだけならいいんだよなあ。ホグワーツに帰って、昼食に乗り込んだときの空気の凍りつき具合を思い返す。出た! 的あの反応。恐れ知らずなレイブンクロー生がインタビューに来たが、マルフォイがキレて追い返し、レイブンクローの監督生が回収した。そしてクインが来たのだ。

――たぶん

 誰にでも優しいのだろうなあ。「よかったわ元気になったのね」とクッキーをくれた。ウィスタのことを継承者だと思っていないらしい一人だ。礼を言うか言わないかのときに、双子のウィーズリーが突撃してきてぐだぐだになった。閣下、ご無事で! と相変わらずふざけていた。ついでにジニーもやってきて、というより兄二人にひっついてきて、お見舞いのお菓子をくれた。

「ウィーズリーなんかにもらったものは捨ててしまえよ。毒が入ってるかも」

「ねえよ」

 一年生の女の子がそんなバカなことを。頭を上げる。マルフォイは、それはもう嫌そうな顔をしていた。

「身の程知らずだ。純血のお前に、たいしたことない菓子を」

「……純血ならばよしじゃねえの」

「穢れ……卑しい血なら、僕が奪って砕いてる」

 だいたいな、卑しいくせに、僕らと同族でもないのに来て、勝手に襲われて騒動を巻き起こしてるんだぞ。

「ふさわしい場所にいればいいんだ」

 過激である。寮の外で言おうものなら袋叩きもんだろう。けれど、魔法族どうこうを抜けばよくある話だ。つまりご近所さんは生まれ育ちが釣り合っている方がいいだとか、貧乏ったれが近くにいるのは嫌だとか。理解はできる。

「……魔法が使えるなら魔法族だし、あいつら被害者だぞ。あと不良でも犯罪者でないし」

 勝手に犯人を決めつけて暴走するドアホのほうが俺はムカつくね。吐き捨てれば、マルフォイが紅茶をいれてくれた。

「犯人がいるとすれば、僕らの世代かもしれない」

 マルフォイがあたりを見回す。談話室の隅で、聞いているやつらもいない。いや、マルフォイ家の御曹司と、リアイス家の子かつ、継承者かもしれない(ないとは思うけど)に、あまり注目しないようにしているのだろう。

「秘密の部屋が開かれたのは五十年前だ」

 もし子から子へ『鍵』を継承しているなら……。

「そうなるな」

 そしてそいつはスリザリンの血筋な可能性が高い。マルフォイを見ていればよくわかる。純血の自分を誇っている。スリザリンが秘密の部屋をつくったとすれば、もちろん子孫に託しただろう。で、スリザリンの子孫の何人かは、秘密の部屋について自慢したに違いない。だからこそ伝説が残ったのだ。

「……マルフォイ家じゃないな?」

「ああ」

 マルフォイは足を組む。

「うちは大陸から渡ってきた一族だ。少なくとも秘密の部屋を継承するほどの、濃い血筋じゃないだろうな」

 そもそも、スリザリンの末裔は絶えているみたいだし。

 ウィスタは記憶の棚をかき回した。確か。

「二つくらいあったな? 末裔とかいう家」

「そうだ。血族婚を繰り返して絶えた……とされている」

 マルフォイは鞄から羊皮紙を取り出すと、さらさらと図を描いた。

「ゴーントとユスティヌがスリザリンの末裔で、これは滅んだ」

 家名を書いてバツで消す。

「で、ブラック家は没落してる。母上の実家らしい」

 スリザリン系の筆頭だったらしい。マルフォイ家よりも『純血』。

「継承者を輩出するならここかも……なんだが、それを言ったら」

 スリザリン系なんて特に、遡ったらブラック家と結びついてるし。

「特定なんてほぼ無理だと思う」

「スリザリンなんて千年も前の人間だし?」

「それもある……あと、なぜ五十年も間隔が開いたんだ? 僕らの親の時代に開いていてもおかしくないのに」

 例のあの人が猛威を振るってた時代だぞ。そのときに開いたほうが効果的だろう。

「目的は達成しやすいだろうな」

 マグル生まれは怯えて逃げるだろう。わからないことだらけだ。

「『鍵』とか『資格』が使えるようになったのが今年なんじゃないか」

 たとえばホグワーツに堂々と出入りできるようになったのが今年だったとか。それだと。

「……リアイス、それはないだろう。新入生が犯人にならないか」

「考えすぎだよな」

 結局、なんのあたりもつけられないまま終わった。

 

 復帰したウィスタは、比較的穏やかに日々を過ごした。避けられがちだけど、危害は加えられてない。石でも投げられるかも、と覚悟していただけに拍子抜けだった。

「大丈夫よ。みんなおとなしくなったから」

「グリフィンドールにも困ったもんだよ」

 ふい、とハーマイオニーが眼をそらす。いつものように図書館で会っているのだ。ハーマイオニーはせっかちで、もう学年末試験の勉強を始めている。

「おバカがいたから、ウィスタやハリーが継承者なら、私が真っ先に襲われてるわよって言ったもの」

「俺と一緒にいるのも無害ですよアピールと」

「友達だもん」

 ありがとな、とは言わなかった。言ったところで頷かないだろう。グリフィンドールの才媛は素直じゃないのだ。

「あんたでも犯人はわからない?」

「マルフォイが犯人じゃないのは確かだけど」

 なんだろうかその確信。じっと見ればハーマイオニーは咳をした。怪しいなあ。

「……とにかく、あなたは一人で動いたらだめ。疑われるから。表立ってはなにも言われないだろうけど」

 釘を刺され両手を上げる。

「はいはい才女サマ」

 それからも、なにも起こらなかった。またぞろいけ好かない野郎が夢に出てきたし「ふざけるなよ僕の許可なく勝手に離れるなんて」と激怒していたが。どうにか一発食らわせて、血を抜かれるのは阻止した。だが、クソ野郎は勝ち誇っていた。

「いいか」

 僕は君の血を飲んだ。夢でつながった。だから。

「逃げられないぞ」

 城の玄関ホールで、ウィスタは追い込まれていた。人。人だ。たくさんの人が――生徒が、ウィスタを囲んでいる。クィディッチは中止になった。新しい被害者が出た、それは……と競技場から城へ帰るまでに情報が渡った。

「お前だろう」

 グレンジャーを襲ったの。

 誰かが言う。誰かたちが言う。光る眼をして、ウィスタをなじる。杖を向ける。

「それに」

 ナイアード先生まで!

 息を呑む。隣にはマルフォイがいる。真っ青な顔色だ。マルフォイの幼馴染たちは、人垣を掻き分けようとしている。でも無理だ。分厚い包囲網だ。

 ウィスタは顔をゆがめた。ずっと『谷』にいればよかった。そうしたらこんなことには。

 殺気が膨れ上がっている。このままじゃクリスマスの二の舞いだな、とぼんやり思う。また攻撃されるのだろう……。

 杖を握る。穏和しくやられるものか。ウィスタはやっていない。今度こそ抵抗してやる。

 緊張が高まり、いまにも弾けそうなとき、静かな静かな声がした。

「皆、おどき」

 はっとそちらを見る。ダンブルドアが階段を下りてくる。ライトブルーがウィスタを見ていた。

 海を割るように人垣を裂いて、ダンブルドアがウィスタの許にやってきた。肩をぎゅっと掴まれた。

「さあおいで。皆も寮に帰りなさい。ああ、マルフォイ君、怖かったろうによくそばにいてくれたのお。勇敢じゃったよ」

 君もおかえり。マルフォイにやさしく声をかけ、ダンブルドアはウィスタを促した。

「お茶でもしよう。ウィスタ」

 

「俺じゃないです」

 わかっておるよ。柔らかい声に、ほっと息を吐く。窓の外には薄闇が広がっている。刷毛でぼかしたような月が小さく浮かんでいた。

「……あいつは、楽しんでるんだ」

 呟いてマグカップに手を伸ばす。取手に指をひっかけるつもりが、言うことを聞かない。二度目でようやくひっかけて、マグカップを持ち上げた。ココアを一口飲む。

「本気ならマンドレイクの温室を狙うし、スプラウト先生もどうにか片付ける。それに」

 唇を噛んだ。なにがスリザリンの継承者だ。ウィスタに言わせれば目先のことしか考えてない馬鹿野郎だ。

 ホグワーツにふさわしくない者、つまりマグル生まれを放り出したいなら、もっと煽ればいいのだ。純血を手にかけて混乱状態にさせる。マグル生まれなんかがいるから、こんなことになるのだと暴走させる。あとは勝手に純血どもが仕事をするだろう。マグル生まれを追い込んで放り出す。

 それで、と考える。なんて酷いことをと純血は非難されるだろう。けれどこう返すはずだ。「マグル生まれがいるから部屋が開かれた。それにお前たちが襲われない保証なんてないんだぞ」と。

 マグル生まれと純血と混血と。金のあるやつとないやつと。名門の生まれとそうでないやつと。ホグワーツは一枚岩ではないのだ。

「……とにかく、俺をはめようとしてるやつがいます」

「『あいつ』かね?」

 ダンブルドアはライトブルーの眼を光らせる。好々爺の仮面がはがれて、どこかの教授かなにかのようだった。

――いや

 好々爺なじいさんなのもダンブルドアだし、今のダンブルドアもダンブルドアなのだ。わざわざウィスタに会いに来たじいさんを、ウィスタは嫌いになれない。それに、ダンブルドアなら多少は信用できる。

 クッキーをかじり、飲み込む。話すかどうか考える。ずっと伏せてきた情報だ。頭がおかしいと思われるのは耐えられなかった。

――どうしようか

 蛇語のことは言わないことにする。ルシウスが言うなと口止めしてきたし。蛇語関連は闇の魔法使いと結びつくのだ。訊かれているのはあいつのことなのだ。言う必要もない。

「夢を視たんです」

 テーブルの上に手札をぶちまける。謎の青年。スリザリン生。眼は紅くて……。

 血をとられた、と言えばダンブルドアの眉間にくっきりと皺が寄った。偉大とされる、下手したら崇められてる爺さんの、こんな剥き出しの感情を見るのは妙な気持ちだ。

「で、その外道は君に噛みついたりなんだりで血をどうこうしたと?」

 クズめ、と言わんばかりだ。

「血は魔法だとかなんとか?」

「そうだの。血は魔法そのものじゃから……」

 今にもケッと言いそうだ。よほどお気に召さないらしい。

「夢ですし。痛いけど。石化されたやつらよりマシ……」

「青年が君みたいな幼い子を組み敷いてどうこうするのは最悪じゃよ」

 本気で怒っているらしい。ひそひそ声が聞こえる。肖像画が薄目を開けてダンブルドアを見ていた。歴代校長の一人だろう、スリザリンカラーのソファに座った男が、ダンブルドアと同じくカンカンに怒っているらしかった。灰色の眼をギラギラさせている。由緒正しいどうこうを、闇の魔法使いが云々するだと始末してやるとか聞こえた。

 ウィスタが見ていることに気づくと、その男は即座に眼を閉じて、いびきをかきはじめた。わざとらしいいびきだった。

――とにかく

 ダンブルドアを怒らせないようにしよう。

「……な、慣れてるんで」

 ちょっと切られるとかそんくらい。ぼそぼそ言ってもダンブルドアの機嫌は悪かった。そのうち、大きくため息を吐いた。

「すまんの。生徒が害されるとなると、儂も平静ではいられぬ」

 そうして「ここで夕食も食べていきなさい」とにっこりされる。かなり無理矢理な笑みだった。

 小さく頷いた。

 なんだかウィスタのために怒っているのが半分、残り半分もなにかありそうだなあ……とかは言わないほうがいいんだろう。

 五分ほど経って、丸い卓に料理が並んだ。ウィスタはそわそわしながらサンドイッチを口に運び、スープを飲み……膝の上に乗ってきた鳥を撫でた。鴉より大きく、白鳥よりは小さい。薄い紅と黄金の羽毛に覆われ、尾羽根は優雅に長い。

――これ

 不死鳥ってやつなのでは。たぶん若い鳥なのだけど。なんだっけ。ニュート大先生が素晴らしい鳥と書いていたし、僕が直接知る個体は一羽だけどうこう……。

「何者なんです、先生」

 不死鳥ですよね? と暗に言えばにやにやされた。

「友達なんじゃよ。君も鷲と友達じゃろ」

「……俺、グリフィンドールの子孫のはずなんだけど」

 レイブンクローの血も濃いのかもなあ。返され、反論する材料もない。

「子孫どうこうはともかく、腕輪は引き続き見せないように」

 そうそうわからんだろうが。ウィスタはちらと片腕――衣の下にある、腕輪をみた。スリザリンの杖。螺旋杖……。

「……継承者じゃないのに」

 子孫でもないだろうに。いや、子孫だったとしても相当薄いはずだろう。わけがわからない。

「俺が視た彼は、こんなの望まなかったと思います」

 どこで視た? とダンブルドアは訊いてこない。もしかしたらある程度わかっているのかもしれないし、リーマスから伝わっているのかもしれない。

「人は変わる。過ちも起こす。理想を抱いていたとしても、ねじ曲がるものじゃ」

 スリザリンが「ふさわしくない者」を追放する手段を残したのが答えじゃよ。

「そう、ですね」

 わかってはいるのだ。今回の騒動がスリザリンの残したなにかのせい、継承者のせいだとは。ただ、ウィスタはスリザリンの生徒で、少しでもよいところを見つけたいのかもしれない。

「スリザリンの一面に感化され、共鳴した誰かがいる。それが動いている。君を追い込むのも目的じゃろうな」

 気づいているかの。継承者は、君が戻ったのを見計らって犯行を起こしおった。

「起こせなかったのもあるかもしれんの。力が足りなかったとか。じゃが、君は犯人とされるじゃろう」

「仲良くしていたハーマイオニーまで手にかけたとか、親戚まで……とか」

 レイブンクローの監督生、ペネロピー・クリアウォーターまで巻き込んでいるわけだけど。

 軽く耳鳴りがする。

 最初は猫、次はハッフルパフ生、そしてグリフィンドール生とレイブンクロー生。

 お前なんてと声が聞こえる。眼をつりあげた影。誰もウィスタを信じない。だってウィスタは得体がしれないから。気味が悪いから。

――魔法界でもそうなのか

 黒いものがおしよせる。ひたひた、ひたひたと。

「ハーマイオニーは友達で、いい子で」

 あなたが疑われないように、となるべく一緒にいてくれた。相手は女の子だけど友達だったのだ。いつ自分も襲われるかと怖かったろうと思う。だってマグル生まれだし目立っていたのだ。でも、ウィスタのことを案じてくれた。

「俺を折ろうってんならそうはいかねえ」

 絶対赦さない、と声が聞こえる。ウィスタの声ともうひとつ。

 赦さない。お前のことは赦さない。

 両眼が燃え上がる。きっとダンブルドアを見れば、彼は杖を差し出してきた。灰色の、ねじれた杖だ。

「ナイアードのものだ。元は君の祖母の杖での」

 戦う者の杖、魔法騎士の杖じゃ。

「持っておきなさい」

 怒れる黄金のグリフィンよ。

 

「お前退学になったんじゃないだろうな! そんなこと許さないぞ父上に言ってやる!」

 寮に戻れば坊ちゃんがパニックに陥っていた。頭を掻きむしったのか、髪はぼさぼさだ。

「落ち着けよ」

 飛びついてきてうっとうしい。普段は気取った坊ちゃんのくせして、なにかあればこうなのだ。

 坊ちゃんの腕を引っ掴み、ひきずるようにして談話室のソファへ向かう。よお、と片手を上げてきたのはザビニ。静かに本を読んでるのはダフネとノット。パンジーはそわそわしている。坊ちゃんことマルフォイの髪がぐしゃぐしゃなのが気に入らないんだろう。

「……で?」

 マルフォイを無視して、ザビニが切り出してきた。

「校長室にエロ本とかあったの」

「いや? 難しそうな本がずらりで。なんか借りてきたらよかったな」

 真面目にやれよ、とマルフォイとノットが呟き、脳筋ことクラッブとゴイルは菓子を食い、ダフネは呆れ、パンジーは「ほんとザビニあんた顔はいいのにサイテー」と言った。ザビニはにっこりした。

「顔はいいが性格はきっっつい女と顔はいいがたぶんクズの息子だからねー」

 かるーーいノリだ。お陰で張り詰めた雰囲気がゆるんだ。

「お茶ってか飯も食ってきたよ」

 ダンブルドアは俺を疑っちゃいない。

「疑ったらアホだろ」

「アホが多いだろ、この学校」

 ザビニの遠慮ない言に、ウィスタも遠慮なく返す。

「やつらは無知なんだ。僕らと違って」

 マルフォイが傲慢発言をかました。ああ、こいつは貴族なのだ。甘やかされて育っているかと思いきや、けっこうルシウス小父は厳しいらしい。ハーマイオニーに対抗意識を持ったり、ハリーと張り合ったりするのは父親の影響なのだろう。

「お前はどうするんだ。退学はないしろ……」

 また休学、いや家庭学習か? なんでお前が逃げ出さなきゃいけない。マルフォイはご立腹だ。

 ウィスタは肩をすくめた。

「あのな、俺がダチと親戚のあんちゃんやられて逃げると思うか?」

 散々俺のことを振り回しやがった継承者の首に縄かけて締めてやるさ。

 場が静まり返った。誰かのため息が響く。

「ほんとなんでお前グリフィンドールじゃないんだ?」

 ◆

 継承者絶許宣言をしたものの、事態は膠着した。まず、次の犠牲者は現れなかった。ぬるぬると時は過ぎていった。

 そんな中、ウィスタに変化が訪れた。

――赦さない

――赦さない

 誰かの声。きんと寒い夜。ちらちらと舞う白。月に照らされた雪の、青い影。飛び散る血。燃えるような熱。

 身を焦がさんばかりの、怒り。

 赦してなるものか。あれだけは。けして、けして赦さない。幾星霜過ぎたとしても必ずやその首をとってやる。

 この身に、魂に屈辱を与えたあいつ。産み落としたのは呪い。あれも処分しておけば――!

 赦さない赦さない赦さない赦さない!

 眼を開ける。紅に濁った視界が澄んでいく。

 またかよ、と呟いて身を起こす。寮の自室だ。ウィスタには個室が割り当てられていて、二年になった今も変わっていない。人数割がどうこうらしく、ずっとこのままなのだろう。

 ハンカチで顔を拭う。黒ずんだ紅色がこびりついた。

 血の涙なんて流したら、マルフォイが騒ぐだろう。ノットあたりは「どういう現象だ」と興味津々だろうけど。誰にも見られないほうがややこしくない。個室で助かった。

――誰なんだ

 継承者ではない。むしろ、継承者との接触は減った。夢の世界は誰かの灼熱で埋めつくされている。

 赦さない、と。

 誰かを憎んで憎んで憎んでいる。自分が壊れてもいいから。必ず始末してやると……。

 激しい、激しすぎる感情に、支配されてしまいそうで少し怖い。

――スリザリンじゃない

 彼ではないだろう。別の誰かなのだと確信している。確信だけあって、ほかはない。何日も何日も視る夢。害はない。継承者のほうがよほど厭だった。

――つうかあいつ

 最後あたり……ハーマイオニーたちが襲われた頃、ぼやけたなにかではなくて、かなり実体に近かった。ウィスタから血を吸いまくって力をつけたか? 最悪だ。

「いや……」

 三人片付けたのだ。しばらく間隔が開くかもしれない。いままでも、立て続けにはなかったのだ。と、すると。

 マンドラゴラの収穫が先か、次の事件が先か。それとも継承者が捕まるか。

 寝台を降りる。マグル生まれやリアイスの男が石になろうが、世界は続くし授業はあるのだ。

 

「ダンブルドアが停職になったぞ」

 とある夜、マルフォイがスキップしながら寮に帰ってきた。ウィスタはおバカなボンを蹴った。

「だああ!?」

 ころころ転がるボンを誰も助けない。ウィスタは冷たくマルフォイを見下ろした。

「お前状況わかってんのか!?」

 なにが。ぶつくさ言いながらマルフォイが身を起こす。

「マグル贔屓で事件も防げない無能なんだぞ。理事たちが停職させたって! 父上が!」

 きっと睨まれてもウィスタはそれどころではなくなった。

――バカぁ!

 ルシウス小父のバカ! 一瞬で把握できてしまった。ルシウスは理事である。ダンブルドアのことは嫌いである。隙あらばどうにかしたかった。となると、あのおっさんがなんかしたのだ。

「停職させてどうすんだボケ」

 マルフォイにというより、その父親に向かって叫んでいた。談話室にいた面々は、なにも言わなかったがうんうんと頷いていた。

「これでホグワーツはまとも……」

 熱弁しようとするマルフォイを引きずる。ソファに放り出した。

「事件は解決してない、スリザリンへの風当たりは最悪。俺への風当たりも最悪!」

 生卵やら石投げられるわ、上から花瓶やら鉢植えが落ちてくる歓迎っぷりだ。スリザリンの面々はそこまでではないが、かなり冷たい眼で見られている。ギリギリ暴力沙汰になってないのは、他の寮の監督生や首席が抑えているから……と、ウィスタに矢印が向きまくっているせいだろう。

「さあここでダンブルドアが停職しました。どうも圧力がかかったらしい」

 またスリザリン系がやらかしたんじゃないだろうってなるよな!

「でも、でもだ。ダンブルドアなんて」

「お前、つうかお前の親父、俺の盾をぶんどったようなもんだぞふざけんなや」

 ダンブルドアがウィスタを連れて行った。お咎めはなかった……から、まだ嫌がらせで済んでいるのに、そのダンブルドアが停職食らったらもはやである。

「つうか責任かぶせてなんかしたいなら、もうちょい寝かせて心証悪くして停職どころかクビにするだろ」

 何考えてんのお前の親父。

「……お前のほうがよっぽどあくどいんだが?」

「俺は考えを口にしてるだけ良心的だよ」

 ため息を吐く。へろへろとソファに座り込んだ。

 ルシウスが事件を解決する気も、学校の安全を考えてないのもわかった。

「あと、森番がアズカバンに」

「えっ、なんで」

 ◆

 ダンブルドアが停職になり、ハグリッドがアズカバンに連行され、ホグワーツは意外なほど静かになった。

 ウィスタが心配していたような、激しいスリザリン叩きもなかった。

「持つべきものはバカな大人かも」

 要は、ロックハートに矢印が集中したのだ。事件は終わっただの、すぐ解決するだの言って、グリフィンドールを筆頭に、だいたいのやつらを怒らせた。それこそスリザリン叩きをする余裕もないくらい。

――そもそも

 授業と授業の間は教師が引率するだとか、夜間は寮にこもれだとか言われていて、勝手な行動はできないのだ……ウィスタと違って。

 さくり、と草を踏む。ホグワーツの校庭もとい敷地の外れ。禁断の森近く。

 やり方、抜け出し方さえわかっていれば、城の外出るのは簡単だ。男爵やらレディに見回り時間その他を聞き出したり、抜け道を駆使したからできたのだけど。

 目的の小屋はあと数歩の距離だ。ハグリッドの小屋。今は無人だ。

 ウィスタはハグリッドと友達じゃあない。人懐っこい感じのおっさんで、悪い感じはしないがそれだけだ。一角獣とかヒッポグリフとか、色々と魔法生物の世話をしているらしいから、触らせてもらえないかなと思っていたのだけど、機会をみつけられないでいた。

 とにかく、ハグリッドと繋がりはない。だから彼の小屋を――無人になった小屋を訪ねる必要もないのだ。

 だけれど、ごめんなさいと小さな声で謝る誰かがいるのだ。怒り狂い、憎みに憎んだ中にある欠片。

『ハグリッドを信じていれば』

 事故なのだと擁護してしまった。まんまと騙されて……よかれと……。

 知らずに不当な汚名を着せ、退学で済んだのだからとどこかで思っていた。

 ハグリッドが五十年前の事件の犯人だ、とされた。だから今回ハグリッドがしょっぴかれたのだ。証拠もないのに。

「ハグリッドはなにかを飼っていた」

 でもそれは部屋の怪物じゃあなかった。森で視た過去では、アラゴグと呼んでいたろうか。嘆いていたのはハグリッド。自分のことよりも、殺された誰かを悼んでいた。

 ウィスタが過去を覗いたところでなんになるだろう。でも、足が向いてしまったのだ。

 項垂れたハグリッドが連れられていく。勝ち誇った顔のルシウス……。

 眼をこらす。アラゴグとやらをひっぱれないか……。

 ちかり、と視界が明滅する。なぜかハリーとロンがいて、ロンが大騒ぎしている。

「なんだよアラゴグとかふざけないでよハグリッドめ! あれぜったいやばい蜘蛛だよぁあああ!」

 アラゴグは蜘蛛。

 スリザリンの怪物とは思えない。だってスリザリンは。

 じんじんと眼が痛む。

「スリザリンは……」

 ハリーとロンが消える。ふ、と影が現れる。刃物のきらめき。畑の方に歩を進める。そこには鶏がいて。

 羽根が散る。紅が飛ぶ。

 ウィスタは眼を見開く。綺麗な赤毛の女の子。ローブをべったりと血で濡らして。

 ジニー、と呟いて。息の根を止められた鶏たちに眼をやった。

「なんで」

 呟いて、めまいがした。待てよ。わざわざ鶏を殺している? ジニーはそんなことを……。

 継承者はいつから現れた。今学期から。

 鍵を受け取ったのが、それか資格を手に入れたのが今学期からじゃないのかと、マルフォイと議論した。でもありえないと思った。だってそうなると新入生が犯人だってことに。

 継承者。夢に現れるあいつ。スリザリンの生徒。スリザリンの象徴は蛇。なぜなら、蛇語を話せた蛇舌で。

 蛇ならスリザリンの継承者に従うんじゃ。

 心礎が早鐘を打つ。

 まさか。まさか……。

「あいつの器がジニーで、スリザリンの怪物は」

 バジリスク? 弱点は雄鶏が時をつくる声。だからジニーに鶏を殺させた。

「やっぱり君は賢い」

 生暖かい息が耳にかかる。ぎょっと振り向こうとして、ぷつりと意識が途切れた。

 ◆

 それを手に取りなさい。

 ふ、と眼を開ければどこかの聖廟だった。身を起こす。石床に突き立つのは剣だった。冷えた魔力を放っている。輝きはどこまでも澄んでいて、触れれば切れそうだ。

 腕を組んで立っているのは魔女だ。白金の髪に群青の眼。まとうのは闇祓いの装束。

 彼女は手早く状況を説明する。己は死者でどうこう、今話しているのは魂の欠片なのだと。それを封じ込めた杖をお前が手にしたからだと。

 行くわよ、黄金のグリフィン。

 蹴り出されるようにして、どこかから出る。

 再び眼を開けて、痛みにうめいた。

――磔刑の呪文だ

 あの野郎、トム・リドルことヴォルデモート。力が戻ったか確かめるとか言って、散々ウィスタで遊びやがった。

 気合で立ち上がる。ぶっ倒れているハリーとジニー。リドルは魔女にボロ雑巾にされている。生きながら火炙りである。

 スリザリン様、と声が聞こえる。

 床に伏せ、痙攣するバジリスクが嘆いている。

 言う通りにしたのに。なぜ。獲物を狩ればいいと言ったのに。スリザリン様……。

 ふらふらと、十歩ほど歩く。ああ、リドルの悲鳴が耳障りだ。

「君はわかっていない。僕とむす――」

 ぽん、と焦げた腕が飛んできた。ぁあああ! と叫びが木霊する。

「素晴らしい作品をのこ……」

 今度は足だ。

 魔女こと祖母アリアドネは無言だった。ウィスタはそちらをみないようにした。

 膝を突く。バジリスクに手を触れた。ぼんやりとした影が過る。

『希望をここに残していく』

 銀色の髪はくすみ、紅の眼はにごっている。顔には皺が刻まれて、老いの影があった。

『眠るのだ。私の継承者が現れ、お前を解き放つまで』

 正しき心を持った継承者が、お前とともにホグワーツを浄化しよう。

『ふさわしき者の学び舎に』

『穢らわしい迫害者はいらぬ。あるべきところへ返すのだ』

 ここは魔法の徒のための砦。

『ゴドリックにはわからんのだ』

 ふ、と影が消える。

――変わってしまったのだ

 サラザールは。

「眠るといいよ」

 お前は従っただけだから。

 バジリスクに語りかける。撫でてやれば舌を出した。酷いことにまだ息がある。

 肩に重みがかかる。成長した不死鳥が、じっとウィスタを見ていた。

「そうだよな」

 楽になれないのはかわいそうだな。

 立ち上がる。螺旋杖が、その黄金の姿を現す。ウィスタは杖を振り上げた。巻きついた蛇、その眼にはまった翠玉がきらめく。

「おやすみ」

 ためらいなく下ろした杖は、あっさりとバジリスクの鱗を貫き、額に穴を穿つ。

「お前なんかが、混ざりものが僕を指しおいて」

 リドルの声に向かって、バジリスクから引き抜いた螺旋杖を投げ放つ。杖は己の仕事を熟知しているのか、矢のように宙を裂く。四肢を絶たれた肉達磨状態のリドルの胸――心臓あたりを貫いた。

「スリザリン様の、遺物」

 僕の、ものなのに。

 ひいひいと泣きながら、リドルが痙攣する。

「しぶてえな」

「頭を落としてもだめね」

 しゅ、と軽い音とともに、玩具のように首が転がった。リドルは首だけになっても泣いている。

 落としてもだめと言いながらなんでやってんの。ちろとアリアドネを見れば、リドルの頭を蹴りながら、彼女が吐き捨てた。

「我が夫はこいつに同じ目にあわされた」

「じゃあしゃあねえや」

 ウィスタは別に正義マンではないし、アリアドネもそうだろう。

「核は日記よ」

「オーケー」

 感覚が麻痺しているのだろう。酸鼻を極める光景の手本が広がっているが、ウィスタはさっさと仕事をした。アリアドネに託された剣をひっさげて、放り出されている日記に向かって切りつけた。

 絶叫が響き、リドルのバラバラな部品は消えた。

 秘密の部屋事件の、あっけなさすぎる終わりだった。

 

 

「悪かったよ」

「一人でふらふらと」

「ごめんって」

 何回このやりとりをすればいいのか。ホグワーツ特急、コンパートメントのひとつでウィスタは絶望した。

 継承者に拉致され、ほとんどハリーが片付けて、ウィスタがおいしいところをかっさらって、秘密の部屋から生還した。不死鳥に乗って飛んでいたら、途中の落盤箇所が吹っ飛んだのは驚いた。

――ほんとこええよ

 豪快に落盤をどうにかしたのはナイアードであった。マンドラゴラ薬で石化から回復して、ウィスタが行方不明、ジニーも行方不明と聞いてキレたらしい。

 識眼とやらを駆使し、やたらと濃い、邪悪な腐った魔力を検知して秘密の部屋を突き止めた。そしたらなんと入り口らしいものが開いていたから飛び込んでどうこう。もはや勢いでしか動いていない。

「ほんと悪かったって」

 機械的に口を動かしながら、ぶるりと震える。

『こんのクソガキ』

 全力で識眼を使った後遺症か、血の涙をダラダラ流しながら、ナイアードに殴られた。そりゃもうホラーだった。結局口を割らされて「磔刑の呪文、たぶん……一時間くらい受けた」と言ったときなんて、無表情だった。

『失神して一旦精神を守ったんだな』

 ナイアードの声は震えていて、それ以上叱ってくることはなかった。

「おい」

「悪かった」

「聞いてなかっただろう!」

 向かいの座席でマルフォイが唸っていた。猫のようだ。

「夏休みはうちにいろ」

 マジかよ。どうすっかなと思っているうちに、特急がキングズクロスに到着する。

 ルシウスはよれよれで、ナルシッサはお怒りのようだった。ウィスタにではなく夫に。

 その証拠に、夫に冷たい一瞥をくれたあと、ナルシッサはにっこりした。

「無事でよかったこと」

 うちにいらっしゃいなと言われれば、断れるわけがないのだ。

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