ちょっとした暇潰し、多分これを弟に見られたら無茶苦茶文句言われる。
凄く短い。
雨が降る、雨が身体を叩く、冷たい。
仰向けに空を仰いで、上から降り注ぐ雨を、暗く淀んだ空を、ただ空虚に見つめる、冷たい。
身体が冷たい、身体の感覚が殆ど機能してない、冷たい。
血が流れ落ちる、身体からどんどんどんどん血が抜けていく、身体が死へと近づいていく、寒い。
もう、俺がなんでこんな状況になっているのか…それすら覚えていない。
俺はどうして、こんな風になってるんだろう。
「惜しかったな」
ふと、声が聞こえてきた。
「あの時、貴様が有象無象共に意識を割かなければ、ここに立っていたのは貴様であったかもしれん」
ぴちゃりぴちゃりと地面を叩く音が、ゆっくりと俺の方へと近づいていく。
それと同時に感じる圧力、絶対的な強者のみが発する圧倒的なまでの強さの奔流。
「故に…誇れ、────」
──俺は生涯、貴様を忘れることはない。
そう言って、男は俺の視界に姿を現した。
「…ハハッ」
あぁ、知っている、その姿を良く知っている、何せつい先程まで殺し合っていた仲だ。
天上天下唯我独尊、己の快不快のみが指針。
呪いの王『両面宿儺』…俺を殺した男だ。
あぁそうだ、俺はこいつと戦ってボコボコにやられたんだ、それはもう言い訳のしようもない程にボコボコにやられたんだ。
領域では普通に押し負けて、魔虚羅以外の式神も大半破壊されて、体術も術式の応用も全部ボロ負けだった。
完敗だ、完敗も完敗だ…悔しさも湧かないくらいのボロ負けだ。
切り札どころか炎だって使わせられなかった。
それなのに、なんでそんなに俺を褒めるんだろう?
俺は五条悟とは違う、俺はあの人程にこの宿儺を追い詰められていない、何せ全てに於いて圧倒されている。
指19本に加えてなんらかの措置を取って実質全盛期となった宿儺を相手に一時期は圧倒していたあの何百年か後に生まれる最強とはまるで違うのだ。
なのに、何故お前はそうも俺を褒めるのか、何故そうも爽やかな笑顔を向けるのか…分からない。
分からないし…気に入らない。
「…くくっ、くくひひひひひひっ…」
力を振り絞る、振り絞って地面に手を突き、震える足を無理矢理立たせ、軋む身体を無理矢理起き上がらせる。
まだだ、まだ足りない、お前に俺を認めさせるだけのそれを、俺はまだお前に一つとして見せていない。
俺を認めるな、まだ俺を認めるな、その判断は『コレ』を見てからにしろという。
「……ありがとう、宿儺」
礼の言葉が零れ落ちる、宿儺は俺を待ってくれていた、それに対しての礼というやつだ。
なんで待ってくれているのとかそんなのはどうでもいい、大方強者の余裕的なやつだろう、興が乗ったからただ待ってくれているだけなんだろう、そうじゃなきゃ今頃キンッだ。
呪力を練り上げる、自分の身体なんて知ったことじゃない、反転術式なんてしてる場合じゃない。
俺の式神は魔虚羅以外全て破壊された。
玉犬、鵺、大蛇、脱兎、蝦蟇、円鹿、貫牛、虎葬、満象…みんなお前の手で破壊された。
その破壊された全ての式神を、式神の力を…全てを魔虚羅に継承させる。
でもそれだけじゃ足りない、最早その程度じゃ宿儺は倒せない、こいつにはそれでは最早足りない。
俺は知っている、未来で魔虚羅は宿儺に一撃で消し飛ばされた、五条悟に消し飛ばされた、ならば今のままじゃ駄目なのだ。
だから縛りを結ぶ、足りないのなら継ぎ足せば良いと言わんばかりに縛りを追加していく。
一つ、こいつを召喚して以降、俺は二度と術式を使えないし使わせない、その判断の全て、術式の発動権を完全に魔虚羅に移す。
二つ、魔虚羅の所有権を手放し、その全ての裁量を魔虚羅へと譲渡する…つまり俺はもう魔虚羅を操れなくなる。
そして最後の三つ目、魔虚羅に自我を与える。
これら三つの制約を以って、強化魔虚羅召喚可能の条件とする。
……自分で考えてみても、変な縛りだと思う。
まず術式を使えなくなるって縛りはどう考えても頭おかしい、術師としての人生を溝に捨てるようなものだ、ましてや今の時代でそれは自殺行為も良い所だろう。
ついでに言うなら、術式を魔虚羅に移すんだから魔虚羅は俺が死んでも宿儺が死んでも活動を停止しない…まぁこれに関しては今の五条家の奴等になんとかしてもらおう、弱点は教えておいたからな。
二つ目の魔虚羅の所有権を手放す、要するにコントロールを手放すって言うのも意味が分からない、つまりこれは調伏していない魔虚羅の状態に戻すってことと何ら変わりない、下手したら…というか十中八九俺は殺される。
そして最後の三つ目、自我を与えるって何だって話なのだ、意味が分からんし訳が分からん。
式神に自我があるのかないのかは知らないけど、明確に与えたら何をしでかすか分かったものじゃない…そもそも式神に自我を与えられるのか? って疑問がまず頭の中に湧き出る。
「まぁ……いいや」
しかしそれすらどうでもいいと切り捨てた。
俺のことだ、俺が一番分かっている、反転術式を真っ先に使用しなかった時点で俺の死は確定している。
血がだくだくと流れ落ちて今でも地面に音を立てながら落ちている、その内出血多量で死ぬだろうことは想像に容易い。
だったらもう、俺が死のうが死ぬまいが関係無いのだ。
強いて心残りがあるとすれば、それは強化した魔虚羅がどんな姿になるのかをこの目で拝めないことだ、それだけが心残りだ、それ以外に残ってるものなんて何もない。
背筋を伸ばせ、シャキッとしろ、眼の前の王相手になよなよしてたんじゃ格好がつかないだろう。
呪力を練り上げろ、振り絞れ、自分の命も全部注ぎ込んで眼前の王に俺の最高傑作を思う存分に魅せつけろ。
「布瑠部──」
───由良由良。
これが…俺の全部。
次に目を覚ました時、俺は何故か子供になっていた…はて?
ボロ負け(宿儺大満足)