ちょっと雑だけど…ようやく出せる。
「いやぁ〜、ごめんごめんテンション上がりすぎちゃった♪」
そう言って、ベッドに腰掛けた俺に対して特に悪そうに思っていなさそうな笑顔で、悟は俺に形ばかりの謝罪をした。
そんな悟のことを、俺は何処か白けたような目でジトッと見つめていた。
まず結論から言おう…俺は生き残った、なんだったら勝った。
悟が放った『茈』に、俺は耐えきった…死ぬかと思ったけど。
手が焼き切れるかのような痛みに、手が千切れ飛んだんじゃないかと錯覚しかける程の死の気配…それら全てを捻じ伏せて、俺はあの技に耐え切った。
正直な話、よくもまぁ生きていられたものだと思う…実際問題両腕丸ごと吹き飛んだし片目も抉れた…まぁ、別にそこまで痛くなかったけど。
問題はこの後だった、『茈』を防ぎ切った俺の視界にあるものが入り込んだ。
それは…何処か悲しそうな顔をした悟だった。
ただ悲しそうな顔をしていたってわけじゃない、その程度じゃ俺の記憶にそんなに残らない、強いて残ってもそんな顔してたなぁ程度で終わる…けどそうはならなかった。
アイツは、悟は…お気に入りの玩具が壊れた時の幼い子供のような顔をしていたのだ。
それを見た瞬間、認識した瞬間…俺の中にある何かが、音を立てて引き千切れたような気がした。
それからのことは実はあまり覚えていない、記憶が何処か曖昧で何をしたのかは覚えていても、詳しく詳細にと言われてしまえば首を傾げざるを得なかった。
まず、両腕を犠牲にして『茈』を防いだ俺はその失った腕二本を反転術式で治すこともなく、一直線に悟へと向かって突っ込んで行き、飛び蹴りを叩き込んでそのまま地面に引きずり倒した。
抵抗を試みる悟の顔面に蹴りを叩き込んで、向けられた手を反転で再生した腕で圧し折って、詠唱を唱えようとした口に拳を叩き込んだ。
そこからはもう単なる殴る蹴るの暴力三昧、五条悟という存在が意識を失うその時まで、俺はただひたすら悟に拳と蹴りを叩き込み続けた。
悟が反転を使う度に殴った、術式を使おうとする度に蹴った、何かしようとする度に殴って殴って殴りまくった。
気を失うまでとは言ったが、実際はアナウンスが京都校の勝利を告げるその時まで俺は悟を殴り続けた、時間にして言えば多分五分程度だろう。
んで、その後に俺も流れるように気絶して、今に至る。
つまり、目が覚ました俺が真っ先に見たのが、こいつの特に誠意も何も込められていない形だけの謝罪だったわけなんだが……うん、ちょっと本気で殴っていいかな?
「何が上がっちゃった♪…だよ、そんな軽い気持ちで虚式をぶっ放してくるんじゃないよ、殺す気かっての」
今この場で全力で悟を殴りたいと気持ちを抑えつつ、ジト目で悟に文句を垂れる、それに対しては悟は悪かったって…と片腕を上げて謝罪の言葉を口にした、今度のはちゃんと気持ちが籠もっていたから許してあげるとしよう。
「…で? どうだった? 俺の虚式」
ベッドの上で胡座をかいていた悟は、ふと体勢を崩して俺へと問いかける、その瞳はまるで子供のように輝いていた…いや待ってなんでそんな目してんの?
「死ぬかと思ったよ、もう二度と喰らいたくない」
これは俺の本音だ、嘘偽りない俺の心の底からの本音だ、もう冗談抜きにして俺は二度とこいつの虚式を喰らいたくない…なんなのこいつ、なんで大人になった親友の『茈』よりも威力高いんだよこいつ、そんなんだから化物とか悪魔とか五条悟とか言われるんだ。
「…でもさ、お前術式使わなかったじゃんか」
俺の二度と喰らいたくないという言葉に一瞬目を輝かせた悟は、その後すぐに唇を尖らせながら拗ねたようにそう言った…おい待てなんだその子供みたいな態度は、そういうのはサマーオイルに見せてやれよ闇堕ちしなくなるから。
というかこいつ、まだ言ってるのか。
「使わないんじゃなくて、使えないんだって言ってるだろ?…使えるならとっくに使ってるよ、俺だって死にたくない」
呆れ混じりのため息を吐きながら、俺は言葉を吐き出す。
それに対して悟は嘘臭え〜だの俺はそんなに弱いのか〜だのブーブーと唇を尖らせて文句を言い始める…ガキかよ…ガキだったわ。
今の会話から分かると思うが、俺はとっくに自分の術式に関してのことを悟に教えている、当然俺が縛りで術式を使えない状態にあるということも教えてある。
理由に関して言えばこいつが六眼持ちだからだ、六眼持ちのこいつなら俺の事情にも納得してもらえると思ったからこいつにだけは教えておいた。
結果として、俺はその日から悟に勝つ度にこうしてブーブーと文句を言われる日々を送っている、最後に戦ったのは高専に入る前だから数ヶ月以上前だ、あの日から悟も強くなったと思うし嬉しいとも思う……でもそれはそれとして虚式を撃ってきたのは許さん。
「じゃあさぁ、もういっそ呼んでみたらぁ?」
ダルそうに、気怠げそうに、体勢を崩して寝そべっていた悟はさも当たり前のことのように言った、一回呼んでみればいいじゃないかと…さも当然のように。
「……じゃあ試してみようか?」
どうせ来ないだろうけどと心の中で付け足して、俺は慣れ親しんだあの言葉を、事も無さ気に唱えた。
「布瑠部───」
───由良由良
この時、俺はある一つのことを失念していた。
それは、俺の中には未だに十種影法術が存在しているということだった。
当たり前のことだろう、何せ俺が魔虚羅に移したのは術式の発動権であって、十種影法術自体は未だに俺の手元にあるのだ。
影を出せなかったのは、俺にその発動権が無かったからであって、断じて俺自身が術式を失ったというわけではない。
それ故、俺と魔虚羅の影は未だに繋がっており、縁と言うかパスと言うべきか、何はともあれ俺と魔虚羅の繋がりは1000年経った今でも繋がったままなのだ。
つまり、理論上は俺が呼び、魔虚羅がそれに応えさえすれば、俺が魔虚羅を召喚することは一応は可能なのである。
しかし、俺はそれをしようとは思わなかったし考えもしなかった、何故なら俺がその縛りを結んだのは死ぬ間際のことであり、次のことなんて一欠片も考えていなかったからだ。
よしんば思いついたとしても俺は呼ばなかっただろう、何故なら自由と自我を手に入れた魔虚羅は調伏していない魔虚羅とそう変わらないと考えていたからだ、俺は呼べば必ず殺されると思っていたことだろう、だから俺はきっと呼ばなかった。
だからこそ、俺はその考えには辿り着かなかった、恐らく誰しも考えて一部の人間ならば楽観的にその結論に達するだろう簡単な答えに俺は行き着けなかったのだ。
そう、即ち…魔虚羅が自らの意思で俺に付き従ってくれるかもしれないという楽観的な答えに、俺は全くと言って良いほど気がつけなかったのだ。
何も起こらない…狼の遠吠えも影が広がるような感覚も何もしない、当然呪力の反応も無い…魔虚羅は、来ない。
分かりきっていたことだ、アイツは来ない…俺が最高傑作と呼んだアイツは、よしんば宿儺相手に生き残っていたのだとしても、俺の下には決して来ないのだ。
何せ、そういう縛りを結んだのだから。
「…な? 言ったろ? 来ないって───」
悟の方へと向き直り、静かに薄く笑みを浮かべながらそう言った瞬間…轟音と共に天井が突き破られた。
ズガンと砲弾のような速度と音を出して、天井を突き破って俺と悟の目の前に土煙を上げながら、ソレは降り立った。
白い身体に両手足から生えた鋭い爪、背から生えた純白の翼にその後方でプカプカと浮いている見覚えしかない法陣、目から生えた鹿のような角、尾の辺りからはゆらゆらと長く太い尾のようなものが揺れ動いている。
所々違う箇所があるが…間違いない…魔虚羅だ、十種影法術最強の盾にして矛、歴代十種の保有者の誰一人として調伏することが出来なかった…最強の式神…それが、俺の前に立っている。
というか、違う部分があるってだけで分かる…俺の魔虚羅だ、どんな姿になってるのかは気になってはいたけど…こんな姿になってたんだな、お前。
…何故だろう、動けない…動かなきゃ死ぬかもしれないのに、眼の前のこいつから目を離せない、目を離したくない。
魔虚羅が動いた、両腕を広げて今か今かと俺へと照準を定めている…それでも俺は動けない、そもそも動こうとしない。
視線は眼の前の存在へと固定され、身体はまるで言うことを聞かず、俺はただゆっくりと俺に近づいてくる魔虚羅のことを、ただジッと見ていることしか出来ない。
そして…俺は───
「…………………」
「………………………はっ…?」
抱きしめられたのだと、後になって気づいた。
俺は魔虚羅に、抱きしめられていた。
殴られるでも、斬られるでも、蹴られるでもなく、俺は眼の前の式神に…魔虚羅に、ただ抱きしめられていた。
「…魔虚羅?」
「…………………………」
呼びかけても答えない…当たり前だ、こいつにそんな機能は無い……それでも、俺がやらなきゃいけないことは、なんとなくではあるが、分かった気がした。
ゆっくりと、頭を撫でてやる、ゆっくりと角に当たらないように、出来る限り優しく、出来る限り愛おしそうに撫でてやる。
……そして───
「…おかえり………ただいま、魔虚羅」
魔虚羅の身体が、一瞬だけ…震えた気がした。
遂に出たよウチのマコーラが…ところでたまにマコーラを女の子って思ってる人を見かけるのだけど…女の子にしたいんですか? マコーラを?
…男の人ってみんなそうですよね! ウチのマコーラのこと何だと思ってるんですか!?
因みにサマーオイルは普通に負けた、敗因は黒閃。