さっさと宿儺書きたい。
ガンガンと揺れる頭、グラグラと揺れる視界…それら全てを頭を二回から三回ほど叩いて正常な状態へと戻す。
頭の痛みに身体に奔った衝撃、不意打ちであったが故にこそまともに受けることすら叶わなかったその一撃、それに対して菫は問題無しと結論付ける。
反転による回復すら必要無い、この程度の痛みであれば何ら邪魔にはなるまいし、何より使うこと自体が勿体無い。
自身の状況へと思考を回し、特段問題無しと結論付けた菫はゆらりゆらりと立ち上がり、自身を蹴飛ばしてくれたアンチクショウへと視線を投げ掛けた。
桃色染みた髪が特徴的な男、油断も無ければ慢心も無いとでも言うように鋭く此方を見据える男に…虎杖悠仁の姿に、菫は薄く笑みを浮かべた。
「───初めまして…になるのかな、宿儺の器くん?」
気軽に話しかける、まるで道端で友人に出会ったかのように悠々と虎杖へと言葉を投げかけるその菫に対して、虎杖は何処までも無言だった。
言葉を返す気が無い…たった一度のやりとりではあるが、菫はそう察した…察した上で、知ったことかと口を回した。
「君のことは知っているよ、学校で友達助ける為に指を食べたんだって? 凄いじゃないか、誰にでも出来ることじゃない」
パチパチと音が響く、小さく薄く拍手を鳴らした菫の姿に虎杖はやはり何も反応しない、至極真っ当に興味が無いとでも言うように、動作一つにすら反応しない。
首をコテンと傾げる、可愛らしく子供のような純真さで、瞳をパチパチと瞬かせて、不思議そうに。
「…君ってもしかして喋れなかったりす───」
「ベラベラとうるっせぇなぁ───」
───遺言か?
菫の言葉に被せるようにして吐き出された虎杖の言葉、明確な殺意と道端の黒光りする虫の死体でも見たかのような嫌悪感、自身へと向けられる特大の負の感情に菫は───
「いや? 冥土の土産ってやつだよ───」
───君のね。
同じく、自身の中で沸々と湧き上がっていた殺意と怒気を、遠慮無しに解放した。
不意打ちに騙し討ち、それに対して菫が感情を顕にすることは基本的に無い、何せそれは呪術師として…否、命の取り合いをする者達にとってはあって当たり前のソレだからだ。
しかし、それでも、気分の良い時に差し込まれるソレ程、気に食わないモノは無い。
弾ける、敵手虎杖が踏み込んでくる、足に力を入れて限界まで引き絞ったバネがそのまま飛び出すかのような俊敏さで以って虎杖が真正面から突っ込んでくる。
速い…少なくともそう判断させられる程の速さ、術式も何も無しでよくもまぁここまでの速さを出せるものだと呆れたくもなる。
だが───
「おバカさん」
それに付き合うような義理を、菫は持ち合わせていない。
───術式順転『蒼』
放たれるのは無限の収縮、黎ほどでこそないがそれでも命を刈り取るには充分過ぎる程の圧力で以って顕現したその蒼色が虎杖の命を吸い取ってやろうと突如として虚空から出現する。
普通なら躱せない、少なくとも以前までの虎杖であればここで終わり、塵芥も残さず消滅していたに違いない。
しかし生憎、虎杖悠仁という人間は渋谷という魔境にてどうしようもない程に成長を遂げていた。
呪力の起こり、微かに視認することが可能な見慣れた空間の歪みに虎杖は冷静に冷徹に肉体を動かす。
蒼が発動するよりも速く進行方向を変更、真正面からドリフトでもするかのようにズザザッと足を踏みつけ方向を転換し、そこから更に滑るようにその方向へと駆け出した。
その直後に発生する蒼、地面を吸い込み残留する蒼色を後ろ目で視認するが否や虎杖は再びドリフトのように方向を転換、横側から猛スピードで菫へと迫る。
それに対してさせるかと言わんばかりに手を翻して虎杖へとソレを向ける菫、それと同時に動き出した蒼が虎杖を飲み込んでやろうと地面を抉りながら向かい来る。
速い、速い…虎杖が菫の元に辿り着くのと蒼が虎杖の元へと辿り着くのと、何方が早いかと言われれば間違い無く後者であると断言出来る程度には速い、このまま行けば確実に虎杖の方が早く死ぬ。
しかし、虎杖は既に黒閃を発現している。
───黒閃
踏み込んだ地面から迸る黒い火花、足先から生じた熱が足首から太ももに至るまでに一気に広がり、今か今かと解放の時を待つ…時間にして、僅か0.5秒。
一秒にも満たない僅かな時間、その僅かな時が過ぎ去ると同時に虎杖の姿が菫の視界から掻き消え、次いで自身の目の前にその姿を現した。
黒閃による高速移動、渋谷の羂索との戦闘の際に発現させた完全な初見のソレに菫の肉体は追いつかない。
突き出される拳、鋭く槍のように突き出された一つの拳、菫の不可侵によって僅かながらに堰き止められたソレは数秒の拮抗を突き抜けて菫の肉体へと突き刺さった。
身体がくの字に折れる、小さく華奢にすら見える菫の肉体が虎杖の打撃によって大きく折れ曲がる。
ズドンッという大きく鈍い音、まるでサンドバッグでも打ったのではないかという程に重苦しい音、カハッという息の吐き出す音が虎杖の耳元へと聞こえてくる。
「───まだだ」
しかし逃さない、くの字に折れ曲がりそのまま慣性に乗って吹き飛ぶはずの菫の肉体を虎杖はその服を掴み取ることで無理矢理その場に留め、更にそこへと追い討ちを仕掛ける。
叩きつけるような拳、上から下へと無造作に振り下ろされた一撃が菫へと直撃する。
バゴンッという大きな音、地面へと叩きつけられた小さな身体が地面へと亀裂を入れて砂埃を立ち上げる。
決して逃さない…そう言うように強く菫の服を掴んだ虎杖はそのまま菫を引き寄せ、その顔面へと頭突きをぶつけた。
バゴンッという鐘の鳴ったような音が頭の中に響いてくる、再び視界が揺れて頭からガンガンと音がするその現状に菫は咄嗟に反転術式を使用した。
頭から弾けた痛みと頭痛が消える、視界の揺れも収まって安定してくる…そんな菫の視界に再び虎杖の顔面が急接近してきた。
頭突き…あの重い重い一撃がまたやってくる、その事実に菫は咄嗟に頭突きを両手で受け止める。
ズシィッと伸し掛かってくる体重、メリメリと軋んだ音と共に悲鳴を上げる自身の腕、展延があるだけでこうも厄介になるのかと菫は虎杖の危険性を明確に認識した。
───術式反転『赫』
再び飽きもせずに殴りかかってくる虎杖の攻撃をわざと防がずモロに食らい、その殴った際に僅かに生じた隙間を縫うようにその胴体へと手をピタリと充てがう。
細く靭やかな指、傷へと指を這わすように添えられたその場所は心臓部、生物としての絶対的な急所へと充てがわれた掌から赤い輝きが迸る。
収縮からの発散、開放された弾く力が虎杖の肉体を一気に後方へと無理矢理吹き飛ばし、進行方向上に存在した無事だった建物ごと貫通していく。
ズガンッ、ズガンッ、ズガンッと時間差と共にやってくる轟音に次ぐ轟音、鳴り響く度にやってくる噎せ返るような匂いと共に虎杖の姿が消えていく。
ぺっと血を吐き出す、ゴキリゴキリと肩や首を回して骨を鳴らし、手についた埃を払うようにパンパンと手を叩く。
「…うーん、少しキツイかなぁ」
何気無しに呟く、呪力量も肉体方面も大した問題は無い、傷こそ残っているがそれも微々たるもの、断じてもう戦えないなんて言うようなソレではない…では、何がキツイのか。
「…似てるなぁ、昔の廻を見てるみたいだ」
なんてことない、単に思い出を想起してしまうが故の苦しみ、千年前の幼少期の思い出が菫の脳内を駆け巡る。
展延を覚えたての頃の思い出、未だ不可侵を抜くのに数秒掛かっていた頃の思い出に菫は思わずクスリと笑ってしまう、懐かしくも輝かしい何時かの思い出が菫の心を擽った。
そして、だからこそ分かってしまう…虎杖悠仁という人間は未だに死んでいないのだろうなと言う漠然とした確信が菫の中にはあった。
廻という実例がある、ここまで黒閃を当たり前のように打ってきたのは廻だけだったというのもある、遥か昔の思い出からこのまま成長させてしまえば虎杖という術師がとんだ化物と化すだろうことを菫は予見していた。
だから───
「───『九綱 偏光 烏と声明 表裏の間』」
掌印と詠唱、跳ね上がる呪力反応、菫の手に出現した赫と蒼が混ざり合い互いを喰らい合うように溶け合っていく。
五条家の最奥、自身の持つ奥義ではなく安定と信頼と実績のある説明書有りの技、確実に対象を仕留める為の工程を省かず行われる無制限の必殺…それが今正に放たれる、その直後───
───光よ 全てを浄化し給う光よ 罪・咎・憂いを消し去り 彼の者を導きたまえ。
それは、聞こえてきた。
輝く空、紋様のようなモノがさも当然のように天空にて輝く、後光すら刺しているのではないかと言わんばかりに輝くその光に菫は鬱陶しそうに顔を顰め…瞬間、ソレはやってくる。
───
輝きの奔流、天空から放たれたソレと共にやってくる悪趣味な天使のようなナニかは菫の肉体をあっと言う間に飲み込んだ。
焼ける、焼ける、焼ける…破壊もクソも無い、何も壊さずただそこに在る存在だけを焼く、この世界から消してやると言わんばかりに。
物理的な痛みと言ったものではない、霊そのものを引き剥がとしているかのような激痛、内側から肉体を灼かれているかのような感覚が菫を襲う。
「───天使ィィィッッ!!!」
叫ぶ、恨みと怒気を入念に込めたかのような咆哮、上空に存在しているであろう嘗ての知己へと菫はその感情をぶち撒け、それと同時に半ば無理矢理に邪去侮の梯子から逃れる。
純粋な呪力強化、天使の術式によって効力を失っている術式を使用せず、あくまで純粋な肉体強化によって無理にでもその場から離脱した菫は、本来虎杖へと向けるはずであったソレを上空の知己へと放つ。
───虚式『茈』
詠唱は既に行われていた、掌印も既に行われていた…時間が空いたことでそれらの効力は格段に減少してこそいるが…それでも、その威力は通常のソレに比べて確かに高い。
放たれる仮想の質量、空間を抉り飛ばしながら迫るソレに向けて天使は…その器たる来栖華は───
───出力最大…!!!
「───『邪去侮の梯子』ッ…!!!」
自身の全力で以って、それに抗った。
天使&お華さん
天使からしてみると神の摂理に逆らった存在、華からしてみると取り敢えずの敵。
虎杖くん
展延で威力減衰してるから普通に生きてる、多分次の話辺りで瀕死に追い込むかなぁなんて作者は考えてる。
菫
もう頼むから早く退場してくれ、お前がおると何も進まんねん(作者