ずっとやりたかった展開、ここに関しては幾らでも文句を受け付けます、どんと来い。
…虎杖くん、これくらい出来ても良いじゃないと思いながら書いた、だって宿儺の器だもの。
ぶつかり合う虚式と邪去侮、ガリガリと鳴り響く空間を削るような音と共に辺り一面を光に包む。
紫色と白色、色だけ見れば何時かの光景を連想させそうなソレは、しかしどうしようもなく当時の状況とは勝手が違いすぎた。
「───ッッッ…!!!」
声にならないうめき声、あらん限りの気合と自我で以って眼前の必殺を打ち消さんとする来栖華は、びしょ濡れに冷や汗を流しながら思い切り歯を噛み締めた。
華…もとい天使の術式はありとあらゆる術式の消滅させるという効果を持つ、この世に於ける全ての術式に対して絶対的な優位性を持つソレは、本来であればどのような術式が相手であろうとも遅れを取ることはないはずだった。
しかし、例外というものはどうしようもなく存在する。
「───ッッ…!!!!」
───消し…きれないっ…!!!
言葉に出さすども伝わる華の焦燥、最大出力にて吐き出した邪去侮の梯子で以ってしても一向に消える気配の無いその紫色に華は焦りを隠しきれなかった。
術式効果は消せているはずだ、事実威力そのものは下がってきているのだから…しかし、それでも尚も消えぬ程に練り込まれたソレは、今尚もその標的を殺してやらんと迫ってくる。
『相殺しようとしては駄目だ華っ!! 受け流せっ!!』
「ッ!?」
押し負ける…そんな言葉が頭に過った直後、自身の肉体に宿ったもう一人の言葉に華の意識が切り替わる…受け止め、相殺する…ただそれだけを考えていた華の思考に選択肢が生まれる。
歯を食い縛る、出力はそのままにゆったりと向きだけを変えるように邪去侮の密度を少しずつ変更し、擦り付けるようにその方向をほんの少しずつズラしていく。
一秒一秒、ほんのミリ単位の密度の操作が途方もなく長く感じる、現在進行形で何故か消えることの無い紫色がジワリジワリと自身へと向かってくる光景に冷や汗を流しながらも、華はその手を急かすこともなくじっくりと密度を変更し───
「───ゥゥッッ…!!!」
小さなうめき声と共に、虚式の進行方向を完全にズラしてみせた。
自身の真横を通り過ぎる紫色、通り過ぎた先で術式の効果が無くなるや否や、瞬時に元の速度へと戻り消え去っていくその必殺の後ろ姿にふーっと華は大きく息を吐き出し───
『まだだ華っ!───』
───まだ終わっていないッ!!!
その声に、意識を戦闘のものへと引き戻される。
揺れる白と菫色の長髪、ゆらりと揺れた髪が華の視界を入り込み、それが敵手の存在を華へと知らせる。
視線を動かし敵手へと向け…るよりも速く、菫は華の顔面を殴り飛ばしていた。
突き刺さる痛みと土の味、靴の裏底が迫ってくると認識したその時点で華の顔面には蹴りが突き刺さっており、それを理解する間も無く華の肉体は天から地へと叩き落される。
地面へとめり込む身体、地面に叩きつけられる共にやってくる痛みと喉の奥からせせり出る何か、カハッと空気を吐き出すと同時に赤色が飛び出る。
来栖華は覚醒型の術師ではなく受肉型の術師、本来であればその人格は植え付けられた呪物に宿った誰かの意識に塗り潰され、無期限に渡って眠り続けることとなっていたはずだった。
しかし、その当の宿った術師である『天使』本人が華を相手に共生を選択、二つの自我を残しその肉体の主導権を華が保持したまま、両者は現在の状況へと至っている。
つまるところ───
「───中途半端なんだねぇ君達ってさぁァァっ!!!?」
来栖華は戦闘向けの術師ではなく、巻き込まれた一般人…つまりはそこらの覚醒型の術師と大差が無い。
大声の中に孕んだ狂気、先程やられた分も全部纏めて返してやる…そう言わんばかりに眼球を見開いた菫が超高速で空中から隕石が如く落下してくる。
痛みに喘ぐ暇もない、即座に背に生えた翼を使用し後方へと飛び退く…が、そんなことしても意味は無いと言わんばかりに、五条菫は牙を剥く。
落下…からの地面への直撃、それだけで地面は隆起し盛り上がる。
ただ落下してきただけとは思えない程の威力、砂埃が舞い散り罅割れ隆起した地面が後方へと下がった華の肉体に迫るか迫らないかの位置へとやってくる。
「…ッ…!?」
故にこそ、それは半ば反射に近かった。
幾ら『天使』の術式とその自我を身体に宿したからと言っても、その精神自体はつい最近まで荒事とは無縁の場所に居た一般人のソレだ、当然の如くその許容範囲は存外狭い。
来栖華の意識が地面へと向き、天使の警戒の声が飛ぶ…その僅かな隙間を五条菫は決して逃さない…しかし、それと同時に───
───『龍鱗 反発 番いの流星』
五条菫は、決して忘れてはいけないその男の存在を忘れている。
───『解』
無数に振り抜かれた不可視の刃、不可侵によって守られている五条菫の周囲を狙って乱雑に放たれた無数のそれらが菫の周辺を無差別に細切れにする。
砂埃に加えて破片が飛び交う、唐突に降り注いだ無数の斬撃に菫の意識は強制的に対象へと向けられる…次いで、遅れるように突っ込んできていた虎杖の踵落としが、菫の視界一杯に迫った。
「───さっきぶりだね腰巾着くん、来るのが些か遅いんじゃないかいっ!?」
「───うっせぇんだよ
僅かな会話、挨拶でもするような言葉使いの菫に対して虎杖は吐き捨てるように罵倒を叩きつけた、放たれた踵落としを菫は大きく身体をよじることで躱す。
まるで斧…真横を通り過ぎる踵落としを目線だけで追いながら、菫はふとしたように脳内でそんな感想を漏らす。
ズガンッと大きな音を立てて地面へと突き刺さる虎杖の踵落とし、割れた地面からはその威力たるやを想起させ、次いで一つに瞬きをしてみれば次の瞬間には燕返しでもされたかのように蹴りが視界一杯に広がっている。
翻された刃が如き蹴り、鈍く輝く残光を幻視してしまいそうな程に鋭いその一撃を菫は身体を大きく仰け反らせて躱す。
仰け反らせた視界の先、鼻先スレスレを音すら置き去りにして過ぎ去っていく蹴り、チッと微かに掠めるような音が響くと共に菫の鼻先から鼻血が流れ落ちる。
思わずと言ったように鼻先を庇う、ぴちゃりと流れ出た血液が指先へと付着する。
粘つき透き通るような赤い色、全ての生命に流れているであろう原初の赤を認識した菫は…大きく、その頬を弧形に歪めた。
「廻以来だなぁ…この感覚はさぁ…?」
術式効果ではない、純粋な技量のみで与えられた手傷、それを見ていると如何に自分がちっぽけな一人の人間であるのかを実感させられる。
初めて殴られたあの日、初めて地面へと叩きつけられたあの日、初めて られながら拳骨を落とされたあの日…どれもこれもが菫の中で輝かしい思い出として保存されている。
地面を這いつくばる姿、そこから一瞬の間に立ち上がった挙げ句に自身へと迫り、そこから流れるようにやり返されたあの日…幸せで幸せで仕方がなかったあの日の情景が脳内を埋め尽くし、菫の頬は深く深く弧を描く。
「君はどうなのかなぁ、腰巾着くん? …あぁ、やっぱり良いや───」
───どうせここで死ぬ。
弧を描いた頬をそのままに、菫はゆらりと嗤ってみせた、お前では無理だと嘲り馬鹿にしてみせた。
お前は禪院廻ではないのだと、だから己には勝てないのだと、そう罵ってみせた…その言葉に虎杖は一切反応を見せず、思い切り菫の元へと踏み込み───
『───…ケヒッ…哀れだなぁ、貴様は』
ふと、何処までも他者を見下したかのような声が、両者の下へと割って入った。
声の出所は虎杖から…より正確に言うのであれば虎杖の頬から発せられた。
ニヤニヤとした牙が張り付き、一つ目が何処までも見下し嘲笑い愚か愚かとただ一人愉悦に浸る、ケヒケヒと特徴的な笑声を溢しながら告げられる言葉に両者の動きは思わずと言ったように停止する。
唐突に出現した最悪の敵、声だけとは言えこの世に存在してはいけない最凶最悪の術師の出現に菫と起き上がってきていた華…の肉体に宿っていた『天使』は、半ば咄嗟に仕掛けていた。
───術式反転『赫』
───『邪去侮の梯子』
両者狙い撃ち、挟み撃ちの形にて放たれたそれらは虎杖からしてみれば何方をとっても無視出来ないダメージを叩き出すソレ、喰らえばただでは済まないソレらを前に、虎杖は余計なことをと言いたげな様子で宿儺を睨みつけた。
三者三様に向けられる負の感情、片や殺意で片やは憎悪、自身の器である男からは邪魔者としての悪態の感情…それら全てを受けて尚も呪いの王はケヒヒッと嗤い…その口から
『ケヒヒッ…良いのか小娘? そこは───』
───奴の距離だぞ?
言うが否や…五条菫の片腕が、宙を舞った。
───ガコンッ!!
鳴り響く聞き馴染みのある法陣の音、痛みもなくするりと飛んだ自身の腕に菫は呆気に取られたように瞳を見開き、天使はその行動を無意識的に停止させた。
その姿を呪いの王は馬鹿と断じる、一度でも戦えば何故仕掛けてこないのかなんて直ぐに分かるだろうに、それに気付かず…或いは自身が襲われないと高を括っていたのだろうその小娘の姿に呪いの王はクツクツと嘲りを洩らし…告げた。
『そら小僧、出番だぞ?』
「頼んでねぇよ…!!!」
駆け出す、その隙を逃さず虎杖は駆け出していた、標的が唖然としているその一瞬を殺し切ってやろうと言わんばかりに虎杖はその手に呪力を集中させる。
手を手刀の形へと切り換えて、腕を大きく振り被りそのまま叩き斬ってやると言わんばかりの形相で腕を振り下ろす…その一部始終に気づいた見ていた菫は、違和感を覚えた。
───展延を解いている?
何故だ、何故展延を解いていると菫の思考が働く、展延を使っていなければ虎杖は己にダメージを与えられない…それを分かっていながら何故…と。
その理由は、直ぐに目の前へと訪れた。
二回…両面宿儺が、虎杖の身体を用いて領域を展開した回数。
一回目は少年院、特級呪霊へと使用され、一秒にも満たない速度で終わってしまったソレ。
二回目は渋谷、禪院廻に対して使われた当時の宿儺の全力の領域展開、本来であれば無象の被害を叩き出したソレは、禪院廻の領域を破る為だけに使用された。
何方も本来の運用法では無い…前者はあまりにも一瞬で終わってしまったが為に、後者は領域を破る為だけに使用されたことから…それでも、虎杖悠仁はその感覚を覚えている。
虎杖悠仁は領域を展開出来ない、それをする為の術式を未だ所持していなければ、それを行う為の力量すら存在しない、結界術のイロハすら持ち合わせていない。
…だからこそ、これは荒業だ、虎杖悠仁の作り出したどうしようもない荒業。
結界術に領域範囲、外郭と内郭の状況やその為のイメージに加えてその他諸々…全てが面倒で、しゃらくさい。
それは虎杖の本音だった、五条悟に教えられた領域の仕組みに加えてそれを実際に味わった末の感想、自身には到底出来ないと判断したが故の感想は、どこまでも浅いソレだった。
だから虎杖は、それを何処までもシンプルにした。
必中はいらない、閉じ込める必要もない、逃げたきゃ逃げれば良いし避けたきゃ避ければ良い…その上で、当てる。
必殺を求めた、自身に足りない決め手を求めた、貸し出された術式の感触を思い出しながら練り込み練り込み練り込み練り込み、器用な真似など到底出来そうにもないと自認した上で、馬鹿なりに考えてみた結果として…虎杖はその荒業に至ってみせた。
それ即ち…領域そのものを、ただ一つの一撃として射出する。
難しく考える必要は無い、生得領域を現実へと展開する領域展開とは恐らく真逆のことをするだけだ、自身の内に込めた領域をただ一撃として放つ…それだけだ。
難しくもないわけがない、前例が無いだけにその苦労は並大抵のものではなく、ましてや宿儺がそれを手伝うわけも無し、成功率自体も一割を切っているという散々な結果だ。
…だがしかし、虎杖はここにやってみせた。
振り被られた手刀が、右肩から喰い破るようにして袈裟懸けに五条菫の肉体を斬り裂いた。
あまりに抵抗無くスルリと抜け落ちる虎杖の手刀、今しがた飛んでいった左肩同様に痛みも何も無く、ただ斬られたという結果だけがそこにはある。
はっ? と間抜けのような声が響く、遅れてやってくる激痛と命の危機にこそ鳴り響く本能からの警報に混乱することすら許されず、五条菫はゴバッと大量の血反吐を吐き出した。
そんな菫の様子に、やはり早々に上手くいくものでも無いなと虎杖は無感情に自己的に思考し、感情の籠もらない瞳で菫を見据えた。
未熟、未熟、未熟、明らかなる未熟…完成とはほとほと程遠い未成熟、本来であればその身体ごと一刀両断となっているはずのその一撃を受けて立っているその時点で、未だ必殺には程遠いと虎杖は自嘲気味に笑みを吐き捨てる。
虎杖悠仁の必殺、本来であれば作り出されるどころかその根底さえも出てこない荒業…そんな、虎杖自身すらも認める程に粗いその一撃…それを認識した呪いの王は思わずと言ったように吹き出し───
『…『
ケヒヒッと、愉快なものを見たとでも言いたげな様子で、笑みを溢した。
虎杖くん
荒業を覚えた、多分刺さる人にはトコトン刺さるタイプの技、黒閃の覚醒状態だから撃てた、普段は撃てても成功しない。
『断』
虎杖悠仁のオリジナル、生得領域をただ一撃として放つという意味分からん攻撃、実質宿儺の空間切断と大差が無い。
自身の生得領域を具現出来ない虎杖が考え出した必殺の一撃、虎杖自身が無意識的に結んだ『今後一切領域を展開出来ない』縛りと『使った直後、展開同様に術式が焼き切れる』という縛りによって成り立っている荒業。
『解』とは違ってその範囲は虎杖の手足で限定されている為、実は近接戦闘でしか使用出来ないという弱点が存在する。
因みに、無意識的に魂の輪郭を捉えている虎杖が放つ為、魂にまで傷をつけちゃう系のクソ技でもある、未だ未完成。
尚、宿儺はこれを見た際に無茶苦茶悪そうな笑顔をしていた。
天使
なんか宿儺の器で被害者なはずの人間がヤバいことしてる、殺さなきゃやばいのでは?(邪去侮スタンバイ