宿儺を書きたくなった、ただそれだけの話。
───…つまらない。
突如として襲い掛かってくる、鬱屈とした飢えと退屈感…つまらないという感情と共にやってきたソレに、どうしようもなく憂鬱となってしまう。
つまらない…漠然としたソレではない、何処までも何よりも明瞭とした渇き。
自身が何を求めているのかを知った上でしかし、それが永遠に手に入らないものであることを知っているが故の、絶対的な飢えと渇き。
喰っても、喰っても、喰っても、喰っても、喰っても、喰っても、喰っても、喰っても…幾ら喰らい続けても延々と満たされぬ自身の飢え、潤わぬ渇き。
面白い人間、呪霊が居なかった訳でもない、もてなしは不十分であったかと言われるとそうでもなく普段であればそれ相応に快の方向へと傾いていたはず…しかし、それでも───
───腹が減った…喉が渇く。
満たされない、潤わない…腹が減って減って、喉が渇いて乾いて仕方がない…何一つとして己を癒さず、愉しませない。
疼く…あの時、あの瞬間に与えられた傷が疼く、あの短い時間の続きを…決着を再びと、己の魂がひたすら疼いて仕方が無い…そんな感覚に延々と苛まれ続ける。
あの日、あの瞬間から男は…呪いの王と呼ばれた存在は、ただの一度も満たされぬままに、その一度目の生を終えた。
…そう……だから……だからこそ───
───…ケヒっ…
その歓びは、度し難い程に、呪いの王の全てを潤したのだ。
パチリと、瞳を開けた。
瞳に差し込む電灯の灯り、眩しいその光に男は…宿儺は目を細めた。
首をゴキリゴキリと数度鳴らし、大きく欠伸を吐き出しながらも指の骨を鳴らしながらその感覚を確かめ…ふとしたように、その顔に笑みを浮かび上がらせた。
妙な夢を見たように思う…まるで千年前の出来事全てを追体験していたかのような感覚を宿儺は覚えた。
飢えと渇き、満たされぬままに潤わぬままにただ漠然と暇潰しを続けていただけの人生…ただ一つの不快を心中に残したまま、ただただ生きただけの人生…しかし、それももう終わる。
「───ケヒっ…」
喉の奥からそんな声が漏れ、それと同時に垂れ下がってきた涎を宿儺は乱雑に手で拭った。
腹が減る、喉が渇く…千年前と同じ状況、しかし現在と昔とではその心根は天と地程の差が存在している。
手が届く場所に望むものがある、己の渇きと飢えを満たすあの男は己が食卓に付くのを待ってくれている。
契は済ませた、場所も時刻も把握した…ならば後は、時が来るのをただ待てば良いだけ…こんなに良い話が他にあるだろうか?
指は既に19本は集め切った、残りの居所には既に目星を立てている…しかしそれを取りに行く必要がないことを宿儺は知っている。
縛りの内容は完全となった己との闘い、それを余人に一切邪魔させないこと、そしてソレを最後の最後までやり通すことだ。
完全な己…つまり両面宿儺の完全体との戦いが前提条件である以上、禪院廻という人間は必ず宿儺に最後の指を渡さなくてはならない。
恐らく持ち主は禪院廻ではなく五条悟なのだろうが…如何にあのクソガキであろうと縛りを負ったあの男の頼みとあらば指を渡さざるを得ないであろうと、宿儺は予測した。
…というより、あの男はそのような条件があろうと無かろうと自身の一存で勝手に指を持ってくる様が容易く想像出来てしまう辺りが、あの男の律儀さを物語っているような気がした。
ズキリッと全身が痛む、巨大な金槌で全身の骨をバラバラに砕かれたような痛み…それが幻痛であることを、宿儺は知っている。
疼くのだ…決戦の舞台を決めたあの日から、その日時を決めたあの日から、ずっとずっと…まるで急かすようにズキンズキンと響き渡る何時かの痛みに、宿儺は堪えきれぬと言わんばかりに笑声を漏らす。
それが何を指しているのかを宿儺は忘れたことはない…己があの日、正真正銘死を覚悟したあの日のことを宿儺は片時も忘れたことが無い。
一発、もう一発、更に更にと繰り出される打撃の中に混じる黒い火花、さも当然のように繰り出されるそれら黒い火花が自身の肉体をひたすら打ち付ける…そんな光景を、宿儺は未だに覚えている。
一撃一撃打つ度に動きの精度が上がっていく、最初は対応し切れなかった一撃にも術式にも、少し目を離したその次の瞬間には何時の間にか対応し切っている。
領域を破った時、まるで最初からそうなることが分かっていたかのように瞬時に展延を展開された上で接近され、自身の顔面を蹴り飛ばされたあの日のことを、宿儺は良く覚えている。
未だに色濃く残る魅惑の味、死闘は多くあれど彼処まで味わい深いものが他にあったかと言われれば、まず間違いなく無いと答えるだろう程に二つと無い濃厚な味わい…宿儺にとって、禪院廻とはそういう存在だった。
だから…だからだからだから───
「───クヒッ…クヒヒヒヒヒヒヒッ……」
声が木霊する、狂気の奥底にある渇望を押し出しながら吐き出されるその声と同時に辺りに呪力が蔓延し、近場の窓ガラスに罅が入る。
ピシリっと音を立てて広がるガラスの罅、その向こう側を悠々と飛んでいたカラスが泡を噴き、白目を剥きながら地面へと落ちていく。
べチャリと鳴り響く肉の潰れるような音、建物の中から響き渡る呪いの王の笑い声…正確に言えばそこから漏れ出た宿儺の呪力に周囲の呪霊は怯え、一様にその近辺から離れていく。
死に物狂い…まるで野生の獣が本能に任せて逃げ惑うかのように汚い体液やら何やらを撒き散らしながら逃げる呪霊、途中で墜落したカラスの死骸を踏み潰しながら一斉に逃げ出した呪霊達は、しかしその次の瞬間には全て無駄とでも言わんばかりに消えていく。
キンッと鋭い刃物のような音が響き渡る、無造作に無動作に、特段何かを放つという気配も無いまま、あまりにも唐突に。
瞬間、宿儺の近辺から逃れようとしていた全ての呪霊が一斉にその肉体を斬り刻まれた。
上段からの真っ二つ、賽子の目のような微塵切り、頭の上から爪先までを横合いから斬り落とした輪切り…形は違えど、宿儺の近辺に居た全ての呪霊は、その全てが宿儺の斬撃によって消滅させられた。
数にして大凡30から50、一斉に逃げ出したが故にその進行方向もまたバラバラであり、当然の如く統率のとの字も無いようなソレ…それが、それが全て一匹残らずその存在を切断された。
並み居る有象無象ばかり…というわけではない、中には一級相当の呪霊…下手をすれば特級の位にすら手を掛けた存在すら居た…それら全てが、まるで塵芥のように雑に祓われた。
全方位への細かな斬撃、放たれた全ては呪霊側からしてみれば一撃必殺…しかし、それだけの斬撃が放たれたというのに周辺の建物は一切倒壊していない。
傷はある、術師が刀を持ち壁へとその刃を振るえば付けられだろう程度の幅の傷が無数に、それら全てが壁の向こう側へと貫通した状態で。
最小限度の範囲に適切な出力、そこから更に範囲内の呪霊にそれら全てを直撃させるだけの感知能力…並大抵の者が見れば神業と断じるソレを、宿儺は息を吸うかの如く手軽にやってのけた。
べチャリべチャリと煩かった…ただそれだけの理由で、たったそれだけの小さな動機で。
「…楽しそうだね、宿儺さん?」
そんな折に、何処か楽しげな声が宿儺の耳に届く。
コツリコツリと気軽に靴音を鳴らしながら近づいてくる気配、大量の呪霊を側に控えさせながら此方へと向かってくるその男の気配に、宿儺は覚えがあった。
「───三途か」
「───はい、三途ですとも」
宿儺の声に何処かおちゃらけたように応える三途、白いシャツに藍色のベスト、更にその上から明るい茶色のコートを羽織ったその姿は冬場の社会人が見れば気にもしない格好…その手には、布に包まれた長物が握られていた。
片目隠しの白髪と光を映さない金色の瞳は相も変わらず、ドスリっと傍で侍る硬質な鎧のような身体をしたカブトムシのような呪霊は、眼前に存在する圧倒的強者に対して警戒心を顕にしていた。
「…呪霊、全部祓っちゃったんですか? …困ったなぁ、あそこのは全部僕が取り込むつもりでいたんだけど」
「知らん」
困ったように…否、言葉通り実際困っているのだろう、やれやれと言ったように首を振った三途に対して宿儺はぶっきらぼうに、先の機嫌の良さから一変して冷たい物言いで返した。
冷たい瞳、まるでお前には一切の興味が無いとでも言わんばかりの無機物でも見るかのようなその瞳に三途はため息を吐き出しながら、手に持っていた長物を宿儺へと投げ付ける。
速度だけで言うなら投擲と殆ど変わらない、殺す気なのではないかと勘違いされかねない程の速度で投げ付けられたソレを宿儺はさも当然のようにパシリと受け止める。
黒い布に包まれた長物、手に取った感触からそれが槍の分類に座す物だろうと予測した宿儺は断りも入れずにその布を引き剥がし…その表情に笑みを浮かべた。
顕になったその姿、鈍く反射する黒鉄の色、見る者が見れば間違いなく名品のソレではあることが分かるようなソレが宿儺の眼前にその姿を現した。
形態は槍というよりも戟、中国の武器に関する資料でも見れば直ぐに見つかるだろう程に分かりやすい形状をしたそれは、特段特別な意匠が施されているというわけでもない……ただ、黒い。
黒ずんだ刃の色、両側に取り付けられた月牙と呼ばれる部位も含めた全てが黒ずんだ炭のような色をしている…そんな戟を手に取った宿儺は、先の笑みは何処に行ったと言わんばかりの無表情で三途へと言葉を投げかける。
「何だこれは?」
「名前は知りませんよ? …まぁ、強いていうなら───」
───廻さんが千年前に使ってた呪具…ってことで一つ。
何処か悪戯っ子のような表情を浮べた三途のその言葉に、宿儺はその無表情を崩した。
笑み、笑み、笑み…心底面白そうな玩具を見つけたと言わんばかりの笑みを顔面に浮べた宿儺は、その握り込んだ戟を徐ろに振りかぶり───
「───ちょっ!?」
試し切りと言わんばかりに、三途へと振り下ろした。
宿儺
ウキウキ気分で三途へと呪具をぶん回している、無茶苦茶手に馴染むし切れ味は無茶苦茶良いしでたの〜し〜っという感じでぶん回している、多分廻が見たら何で持ってんの!? ってなる。
三途
持ってこなきゃ良かったと思ってる…因みに持ってる理由は廻が死んだ後に持ち出してたから。
『廻の戟』
廻が宿儺戦の際に置いて行った呪具の一つ、刃を含めて全体的に黒いのが特徴的な戟。
リーチが欲しい時、全体的に長物が有利な際に使用した呪具、能力は特に無いけど馬鹿みたいな頑丈と言う特筆点がある。
菫の赫と蒼でも壊れなかったという実績がある、この度宿儺の手に渡った。
因みに、廻は黒丸と名付けていた。