多分今回は何時もよりも短い、ぶっちゃけ面白いかどうかがもう分からん。
…これ、綺麗に着地させられるかなぁ。
ゆらゆらと泳ぐ黒い鱂、海…否、川という環境の中では非常に下に位置する程度の小さな小さな弱い魚…それが今、深淵が如き冷たさを内包した化物として存在していた。
影から二振りの獲物を廻が引き抜く…切先の存在しない片刃の大鉈、無骨で何の装飾も施されていない通常の物に比べて見ても大きな鉈…馴染ませるようにブンブンと振るわれるソレに宿儺の目は釘付けになった。
良い獲物だ…一目見て、そう感じた。
「…うん………行ける」
呟くや否や、廻は地面を蹴った。
ギリッと歯を噛み締めながらの突撃、追従する『鱂』を横へ付けながら二振りの大鉈を手に向かってくる宿敵を相手に宿儺はその手を向ける。
───『解』
凶手の刃が手向けられる、伏魔の包丁の切れ味をもう一度思い出させてやると言わんばかりにやってくる不可視の斬撃、度重なる激戦に於いて一向に衰えることを知らない研ぎ澄まされた切れ味が複数に分けて飛んでくる。
何度も弾いた、何度も食らった、一度はそれが原因で死んだ事もあった…であるが故に禪院廻の目は当にその不可視を認識出来るまでに鍛え上げられている、故に避けること自体は造作も無い。
…が、しかし、今回に限って言えばそれは必要無い。
「───任せるからな、『鱂』」
意思無き純粋な影へと掛けられる言葉、何の意味も持たないはずの呼び掛けに、しかし影は待っていましたと言わんばかりに主の要請に嬉々として応える。
影が飛び出し斬撃から廻を守る、一本一本が蛸のようにうねり何処か粘液すら出していそうに感じるソレがやってくる斬撃を身を呈して防ぎ止め、弾き落とす。
『鱂』は、禪院廻の作り出した影を操る為の自動機構、五条悟や菫同様に対象を選別し、主を守護する守護機構としての役割を有する。
あくまで禪院廻が生み出し、禪院廻の思考回路を元に組み上げられている為に禪院廻の定めた行動範囲や原理に基づいて機能する為、式神達のように明確な自我や思考回路を以って動く訳ではない…何処までも影の延長線上に存在する機能。
しかし、それは現在の状況に於いてこの上無く廻を助けていた。
弾き落とされた斬撃が地面を抉る、青空の上へと弾き飛ばされた斬撃は雲を切り裂き、身を挺して斬撃を防いだものからは墨のように黒が溢れ飛び散った。
影が廻の頬へと張り付く、冷たさも熱も感じさせない墨汁のような感覚…今更それを気にするような人間でもない廻は携えた二振りの大鉈を宿儺へと振りかぶった。
大上段、二振り同時に振り下ろす、真正面から見たその姿や気配は獲物を狩る鬼を宿儺に連想させた。
宿儺も『獲物』を振り抜き大鉈を防ぐ…一体何時の間に捕捉し、しかもこうして手元にまで手繰り寄せていたのか、黒光りする長物と振り下ろされた大鉈が激突する。
「ハハハッ!! やはりこうでなくてはなぁっ!!!」
何度目か数えるのも馬鹿らしくなる狂気の発露、戟を持ったその手はそのままに開いたもう片方の両手で廻の腹部を殴りつける。
血が吐き出される、厄介なことこの上ない四本腕の活用にやっぱりズルいな等と思いつつ、廻は仕返しと言わんばかりに『鱂』を差し向けた。
蛸の足…否、最早槍と呼んで差し支えのない鋭い刺突が宿儺の目元を穿つ、廻にのみ神経を割いていたが故の意識外から一撃に宿儺は躱しきれず片目を潰される。
「クハっ…!!」
片目を抑えて後退る、迸る痛みと出血による脳の混乱、それら全てが宿儺に歓喜を与えるに至る。
楽しい…その三文字だけが、今の宿儺を構成していた。
「───楽しいか、そんなにっ…!!」
言いながら斬りかかる、振り抜いた大鉈が宿儺の身体を掠め、そこから更に回転しながらもう一撃叩き込んでやろうと廻は大鉈を更に振り被る…その腕を宿儺は掴み上げた。
振り抜かれる前にその動きを停止させられた廻の片腕、ならばもう片方を叩きつけてやろうと振り下ろした大鉈は宿儺の戟によって防がれる。
空いた一つの腕による刺突が廻の腹部を狙う、しかしそれは突如として伸ばされた小さな黒い触手の大群によって巻き取られその勢いを止められた。
『鱂』による守護機能、主へ向けられる害意を察知した鱂による防御が宿儺の攻撃の邪魔をする…膠着状態へと両者は陥った。
「楽しいのは貴様も同じだろう禪院廻っ!!!」
「何がっ!?」
互いに有らん限りの力を込める、その首を落としてやると言わんばかりの殺意を垂れ流して、万力の力を込める。
口から飛び出たのはお前も同じだろうという共感を促す言葉、先の自身の言葉に対する返答であると察した廻は吐き出すように放ったその言葉に、宿儺は満面の笑みを貼り付けながら口を開いた。
「───笑っているぞっ!! 禪院廻っっ!!!!」
張り付いた意識の中で放たれたその言葉、互いに一秒でも力を緩めず互いの獲物と凶器を押し付けながらの押し合いでのその言葉に、廻は自分の口角が上がっている事実を自覚した。
何時からだろう、瀬戸際を楽しんでいたのは何時からだろう…そんなことを思考の中で整理するよりも早く、半ば無意識の中から選び出した言葉を廻は口に出していた。
「───ぁぁ…そうか、そうだなぁ───」
何処か心此処に非ずと言ったような呟き、一切力を緩めない中でボソボソと呟かれるその言葉は次第に大きく明確な意思を以て言紡がれ───
「───そうかもなぁぁぁっっっ!!!!!」
突如として、裂帛の雄叫びと共に埒外の殺意が宿儺へと叩きつけられた。
怒りじゃない、恨みでもない…何処までも純粋な殺意、ソレ以外が介在しない何処までも単純明快な対象を殺すという合図の元に禪院廻は呪いの王を殺しに掛かった。
蹴飛ばし強制的に距離を離す、弾けた黒い火花と共に宿儺の腹に深く蹴りの跡が残り、その吹き飛ばされる直前に廻は自身の腕を掴んでいた宿儺の腕を大鉈で斬り飛ばしていた。
「───『
距離が離れた…それを認識した廻の口から言葉が放たれる。
彼岸の底から何かが来る、盛り上がり地面という概念を無視して影から…否、影そのものが形を持って大きく盛り上がりながらその面を上げる。
現在の海で最も大きな身体を持つ存在、あまりに巨大で雄々しいその姿は何時の創作物でも必ずと言って良い程に強大な存在として描かれてきた。
鯨…禪院廻が知る中で最も大きな海の生き物がその巨体と共にその姿を現した。
「───おおぉっ!?」
『満象』『獅子王』『白叡』…どれを取っても事足りない、此処まで大きな存在を見たことが無い…あまりにもらしからぬ戸惑いと驚愕の声を出した宿儺はその瞳をギラギラと輝かせていた。
「───潰れろ宿儺ぁぁっっ!!!」
らしくもない咆哮、練り上げた黒い鯨による押し潰し、大質量を超えた超大質量による何処までも純粋な押し潰し…その重量は黄泉國の性能により本来のそれの遥か数倍の重さを誇る、潰されれば幾ら両者でもただでは済まない。
その事実を察したのか、それとも別の要因からなのか、宿儺は咄嗟に印を組み上げ呪力を練り上げ出した。
並大抵の方法では防げない、逃げようにも今の己の状態でこの領域を全てを範囲内に収めかねないこの怪物から逃げられるとも思えない、では攻撃して殺そうにも今の自分にはその火力を出す為の領域が使えない…ならばどうするか───
「───『
───『
───両面宿儺、
血反吐が吐き出される、頭の中でナニカが千切れるような感覚と共に宿儺の身体にガタが来たかのようにプルプルと震え出す。
『白』を使用した後の『函』の使用、何時死んでも可笑しくない…否、即死していなければ可笑しいようなダメージが脳へと注がれる…が、呪いの王は倒れない。
───『
炎が手の中で揺れる、宿儺自身の誇る最大呪力出力を遥かに超える出力を無理矢理捩じ込まれた『竈』の炎は最早その原型を留めていない、赤色であったはずの炎は紫へとその色を変色させてしまう。
耳から、鼻から、目から、口から…顔面の穴という穴から飛び出る血液、最早出血多量で死んでいても可笑しくない程の量の血液を無数に吐き出しながらもしかし、両面宿儺は倒れない。
引き絞られた矢が如く構える、最大呪力出力を大きく振り切る程の出力、自身の中にある使い切れない程の莫大呪力を一点に集めることで半ば無理矢理に出力を上げた紫色の炎は、最早自身の主でさえも傷つけん程に荒れ狂っていた。
迫る超が付く程の大質量、鯨の身体が自身をぺちゃんこにしてやろうと迫り来る海の王様…ソレに対して宿儺は、口元から血を流しながら呟いた。
「───焼き魚になれ」
瞬間、放たれたるは紫の焔、宿儺自身でも若干驚いているその変化と共に放たれたその一撃は迫る鯨の腹に命中したかと思うと衰え知らずと言わんばかりにその腹の中へとめり込み消えて…次いで爆発した。
鯨の身体の中で弾ける紫色、ボコンッボコンッと泡立ち目元が弾け跳び、バガンバガンッと立ち昇る音が次から次へと更新されていく。
炎が漏れ出す、一向に萎えるどころか寧ろその勢いを増しているのではないかと錯覚してしまいそうな勢いを持ちながら、鯨の身体…その内側から紫色の炎が飛び出し天へと昇った。
息を吸うだけで焼け付くような感覚を覚えた、禍々しい色と気配を濃厚に混ぜ合わせ凝縮したかのような呪力の塊、それが天へ天へと昇り青空であったはずの空間を昏く染め上げる。
彼岸花の花弁が焦げて空を舞う、圧倒的な火力と衝撃が200m内の全ての彼岸花の花弁を宙へと放り投げ、その身に紫色の焔を宿すに至る。
美しくも悍ましい光景、紫に燃える花弁達が空から地面に落ちてくる、まるで命尽きた生き物が地獄の底へと落ちていくかのような光景に誰もが息を飲んだ、これこそが呪いの王なのだと誰もが実感していた……しかし、そんなことは関係無いと殴り掛かる男も居る訳で。
「ラァァッッ!!!!」
雄叫びと共に殴り掛かり、呪いの王の顔面を殴り飛ばす、黒い火花を散らしながら。
荒く息を繰り返しながら現れた宿敵、黒い呪力を弾けさせながらズンズンっと歩を進めてくるその姿に宿儺は殴られ頬を拭いながら立ち上がる。
あの大きさだ、呪力消費も尋常のものではなかったはず、最早互いに限界は近くそう長くは戦えない…そう直感した宿儺は手に持った戟を構え…吠えた。
「───さぁやるぞ、禪院廻…あの時の続きをっ…!!!」
この時を待っていた、この時だけを待ち続けた。
千年前のあの日の続きを、あの瞬間の続きだけを待ち望んで此処まで来た、もう我慢しない。
長年の渇望と飢え、ただこの瞬間が欲しかったのだと言わんばかりの呪いの王の言葉に、しかし廻は最早応えない。
ただ一言瞳が語る…死ねと。
そして、その瞳に応えるように宿儺もまた嗤う…殺すと。
何時かのやり取り、渋谷でのやり取りとその続き…千年前と現在が今、ようやく重なったような気がした。
最終演目『デザート』…今此処に実食である。
煽り文が付くなら『始めよう、あの日の続きを』になる。
現在の状況を一言で説明:最終形態真人と虎杖の最後の辺り。