なんか、今までで一番の文章量かもしれない。
領域展開に於けるメリットは、二つ存在する。
一つは環境要因による術者のステータス上昇…領域の中身は言ってしまえば術者の精神世界或いは術式の中、故にそこは術師自身が最も活動し易い空間であると同時に最も自身の能力を発揮しやすい空間であるとも言える。
二つ目は領域内で発動した術者の術式の絶対命中…術式の付与された空間にいる=既に術式は当たっているという状況に落とし込まれる為、入った時点で領域内の術式は必ず当たる。
この二つのメリットは領域の知識としては基礎も基礎とも言える根幹の部分、莫大な呪力消費と発動後に自らの術式が焼き切れるという多大なデメリットを背負って尚もリターンの大きい呪術戦の極致と称されるこの技術は、術師総じての奥義と呼ばれるに相応しい程の効果を持っていた。
領域そのものに対抗する術は勿論存在する…自身もまた領域を展開する、簡易領域の展開及び領域展延に加えて落花の情の使用と言った方法…しかし、今羅列した全ての方法はどうしようもなく素養を求める。
領域の展開は言うに及ばず、簡易領域は習得の際の縛りとしてシン・陰流への入門を求められるのに加えて純粋に結界術への適性が必要、領域展延はそもそもその簡易領域を煮詰めた物であるが故に最低でも前順の能力或いはそれに近い能力の習得が不可欠、そして落花の情に至っては禪院家の秘伝である。
結果として、領域に対抗する術を持つ術師は基本的にはおらず、領域の展開はそのまま相手の死を意味する事が圧倒的なまでに多く、余程実力差が無い限りは領域を展開されたその時点で負けが確定するというのが術師間に於ける当たり前であると言えた。
無敵…そう無敵、限りなく無敵に近い技術、そう呼んでもまぁ差し支えの無いような技……しかし、そんな無敵を崩すのは何時だって誰かの取り決めた当たり前から逸脱したこの世成らざる者であることは、言うまでも無い。
燃え盛る炎の中で、三途がニコニコとした笑みを浮かべていた。
隠しもしない好意、敵対者へと向けるソレにしてはあまりにも屈託の無いその笑顔に夏油は寒気を覚えながらも臨戦態勢を崩さない…寧ろ、より一層の殺意を漲らせながら夏油は構えを取った。
そんな夏油の姿に三途は笑みを深めながらゆらりと身体を動かし、0から100へと一気に移行するかの如く猛烈にその肉体を加速させる───
───悪寒
ゾクリと背筋に奔った極寒のような冷たさ、燃え盛る森の中にいるとは到底思えぬ程の凍えるような冷たさが三途の肉体を駆け抜ける。
駆け抜けようと踏み込んだ足、地面を砕き今正に加速しようと動く自身の肉体…そして、それに全力の待ったを掛ける己の本能…それら二つを天秤に取り、三途は後者を選んだ。
踏み込んだ足を踏み止める、加速を取り止め全ての意識を周囲へと広げる。
耳、目、肌…五感の全てを周囲の状況を拾うことに注視させ、咄嗟に出せる全身全霊の警戒網を三途は広げていた。
これは直感だ、領域を持つ術師特有の領域内に入ったモノを知覚する能力が故では無い、正真正銘三途と呼ばれた呪詛師の持つ長年の経験による直感が三途を動かした…そして、それはどうしようもなく正しかった。
ぬらりと、何時からそこに居たのか、何時からそこに存在していたのか…炎の中から、怪物がやってくる。
三途の背後、炎の内からまるで影のようにその姿を現したその男はその手に持った刀を標的目掛けて突き刺さんと刃を奔らせ、三途はその存在に誰よりも早くに気が付いた。
夏油ですらも知覚することの叶わなかったその存在、炎の中より現れた本来の時間軸に於いて暴君とも呼ばれたその男は…伏黒甚爾はその手に持った呪具を振るう。
魂の形を知覚する甚爾だからこそ使用の叶う特級相当の呪具『釈魂刀』…硬度を無視して対象を斬り裂く絶断の刃が三途の心臓目掛けて突き出される。
背後からの奇襲、幾ら気が付いたとて反応が間に合わなければ意味が無い、向かってくる刃をその瞳に映した三途は自身の迎撃と回避が間に合わないことを直感的に悟った。
故に避けない、軸をズラして心臓部位だけを避けて敢えて突きを受け入れる、心臓を僅かに逸れながら胸の向こう側から突き出てきた刃の痛みに三途は苦悶の表情を浮かべる。
───マジか…!?
甚爾の内から思わず驚愕の表情と感情が溢れ出す、軸をズラして心臓から狙いを逸らしその上で斬撃を受け入れる…言うだけなら簡単だが誰もやろうとは思わない、痛いものは痛いしそもそも心臓を避けようが胸を刺されるのは致命傷だ。
口から血を吐き出す、胸に灯る痛みによる熱が三途の脳を刺激する…しかし今だけはとその痛みを大いに無視して三途は呪霊を呼び出し甚爾へとぶつけて無理矢理距離を取った。
威力は気にしない、兎にも角にも距離が欲しい…そんな思考回路から繰り出された一撃であったが故か、放たれた芋虫型の呪霊は見事に甚爾を森の奥へと押し出すことに成功し、芋虫はその肉体ごと甚爾を大きい樹木へと叩きつける。
ズガンッと響く破砕音、樹木にぶつかった影響で大きく揺れて落ちる無数の葉っぱを横目に三途は片膝を付きながら反転を回す…何とか決定打を避けたとは言え致命傷は致命傷、癒さなければ勝ち目はないのは明らかだった。
斬撃音が響く、弾けるように飛び散る紫色の血と臓物、バラバラに斬り刻まれながら自身の足元ヘと飛んてくる芋虫であったモノの姿を目にした三途はその表情を引き攣らせた。
普通はもうちょい掛かるでしょ常識的に考えて…そんな意味の無い文句を脳内で垂れ流しながら反転による治癒を中断した三途はやってくるだろう怪物の襲来にその身を備えさせた…その瞬間だった。
バリンっと、ガラスの割れるような音を響かせながら、領域が崩れた。
「───はっ?」
間の抜けた声が口から漏れ出る、あまりに唐突に起きた出来事に対して三途の思考が追いついていない。
何が起きた、何がどうしてそうなった…そんな思考が頭の中で右往左往するようにあっちこっちへと動き回る中で、三途の瞳が伏黒甚爾の姿を捉える…その手に握られた、十手のような形状をした呪具と共に。
───特級呪具『天逆鉾』
全ての術式の天敵、その刃に触れた全ての術式を強制的に解除する特級の呪具…その正体を三途は知らない、その能力がどういうものであるのかを三途は知らない…知らないが、それでも理解は出来た、アレに何かされたのだと。
「───やってくれるね…!!」
悪態を吐きながらもやはり笑みを浮かべる、三途の持つ戦いへの欲求、本能とも呼べる部分が持つ闘争への愉悦がそれら不確定要素を手を拱いて受け入れる、不利であることを理解しながらもそれでも楽しいのだと感情が騒ぎ立て…そんな楽しさを一瞬で掻き消すような極大な呪力出力反応が三途の身体を突き刺した。
───九綱 偏光 烏と声明 表裏の間
聞こえる筈がないのに聞こえてくる必殺の音、三途自身もまた良く知る五条家秘伝の技、その呪詞。
───あ…これマズイ。
考えるよりも先に本能が理解する、楽しさどうこう言っている場合ではないのだと三途の命が声を枯らしながら叫び散らかした。
周囲に人影は既に無い…夏油も甚爾も本当に何時の間に居なくなったのだと声を大にして言いたくなる程の瞬発さでその姿を消していた…つまり、今から放たれる一撃に巻き込まれる人間は居ないと言うことでもあるのだ…ただ一人、三途を除いて。
呪力が高まる、呪力が弾ける…ただ一人、満天の青空の下に立つ現代最強の術師はその高鳴る紫色の閃光をただ一人の元へと差し向ける。
「───虚式」
───『茈』
此処に、必殺は放たれる。
道行く全てを刳り抜いて、道行く全てを破砕して、道行く全てを粉微塵と帰して、一切の音と光を残さずただ破壊とは破砕と破滅の痕跡だけを残して五条家の奥義が三途の元へと直進する。
直撃まで精々が数秒、逃げることも防ぐことも叶わない絶対の一撃を前に三途は無意識的に歯を食い縛った。
───僕は廻さんじゃないんだけどな…!!
術式は焼き切れている、呪霊操術は使えない…使えたとしてもそもそも防げるだけの効力があるかと言われれば無いとしか言いようが無いのが現実なのだが…それでもやるしかないとやはり歯を食い縛る。
それは再現だった…かつて五条菫が放った虚式を禪院廻が防いだ時の再現、領域展延を使用して虚式を防ぎ切るという何時かの再現…今考えてみても頭の可笑しいことを成し遂げた自身の師匠の偉業に三途は苦笑いを溢した。
『茈』が、直撃する。
「───やっぱりさぁ、無理があるってぇ」
弱音のように零れ出た言葉と共に三途はゴホッと血塊を吐き出した。
ドチャリッと落ちた血の塊、内臓丸ごと吐き出したのでは無いかと誤認される程に大きく吐き出されたその塊を見ながら三途は愚痴を溢すように言葉を続けた。
「僕も薫くんも言われてたけどさぁ、これで僕達の方が才能はあるは無理があるって…長いこと術師やってきたけど、未だに貴方と同じこと出来た試しがないんだけどぉ…」
何処か軽い口調と諦めの籠もった声色で血と共に吐き出される三途の言葉、自身を見下ろす三つの視線の存在を感じながら三途は今は居ない師へと向けた愚痴を誰に言うでもなく溢し続けていた。
現状は、酷いものだった。
まず腕が無い、ついでに言うと足も無い…四肢が完全に欠損している状態に中で三途は言葉を溢していた。
内臓は溢れ出るどころか所々が刳り貫かれたようにすっぱりと消失しており、血が噴き出すどころか流れ出ることすらしていない、通常で考えてみればあまりにあり得ない状態だった。
何時死んでも可笑しくない…否、寧ろ何故死んでいないのかが心底から理解出来ない…現在の三途の現状はそんな状態だった。
もう何も出来ない、誰もがそう感じ取っていた…五条も夏油も甚爾も、その場に居た全ての存在が三途の戦闘続行は不可能であると断じていた。
反転の回復も追いついていない、最早回復というより生命維持の為だけに使われているようなその現状下の中でそのような判断をすることは至極真っ当且つ当たり前の事と言えた。
詰み…そんな言葉が夏油の頭を過った……その時だった。
「あぁ〜…ヤダなぁ、最悪だなぁ…また───」
───集め直しだ。
何処か気怠げな声色と共に放たれたその言葉、まるでまだ終わっていないとでも言いたげなその言葉に五条の顔色が変わる、その指を三途へと向けて『赫』を放とうとする…が、それよりも早くに三途は動いた。
「───領域展開」
再び展開される領域、暗い暗い空間の中にその身を置かれた三者は其々が三途へと向けて最速で動き出していた。
夏油は三途によって領域の効果を聞いていた、故に展開された領域の一切を無視して自身の奥義を放とうと呪霊を圧縮させた。
五条は続けて『赫』を放とうとしていた、虚式では遅いと判断しての行動だった、今の三途ならばそれでも充分と判断しての行動だった。
甚爾は天逆鉾を鎖に繋げての投擲を行った、下手に近づけば二人の攻撃の邪魔になると判断した上での投擲だった。
其々が其々の最速の方法で以て三途を殺そうとする、通常であれば間に合ったろうし通常でなくても恐らく間に合ったであろうそれ等の一撃達…しかし、ことこの場に於いて最も速く目的を達成したのは三途だった。
三途は領域の展開に自身の指や腕を必要としない、それらに必要な要素を自らの呪霊によって補ってしまうからだ。
『
そうして展開した領域内で三途は自らの術式を駆動させ…使うまいとしていた奥の手を言紡いだ。
「呪霊操術 極ノ番───」
───『
三途の領域は極ノ番の為に用意された代物だった、極ノ番の際に発生するだろう過程や時間の一切を省略する為の空間…三途という人間がその存在を災のモノへと変質する為の儀式の一切をほんの一瞬へと短縮する為のものだった。
そんな用途故に三途の領域には攻撃的な性能がまるで存在しない、当然必中は無害どころか効果も無く、必殺なぞ最早論外である。
何処まで行ってもあるのは邪魔させない為の中和効果と本人の能力上昇の効果だけ…逆を言ってしまえばそんな効果だからこそ儀式の過程を短縮するという今の特異性が生まれたとも言えるのだが。
そして、そうまでして成し遂げられる三途の極ノ番は…一言で言ってしまえば存在の変質である。
裏梅の行った『浴』…本来であれば家宝を外敵から護る為に呪具化する儀式、それを裏梅が呪霊で再現し宿儺を魔へと近づけたのと同じように、三途もまたそれを呪霊によって再現した。
ただし、三途が行うのは魔に近づくではなく魔そのものとなること…つまりは呪霊と同質の存在と化すことであった。
そんなことは出来ないと誰もが言うであろう、出来るわけが無いと言うであろう…しかし、三途は成し遂げた。
理屈がどうこうではないのだ、理論がどうこうではないのだ、ただただ極ノ番によって三途はそれを成し遂げた…ただその事実だけがそこにある。
呪いそのものと化す、この世の災そのものと化す…取り込んだ何百何千何万という呪霊全てを焚べて、染み込ませて、馴染ませて…それら何百年と繰り返してようやくと魔と成るのだと言ったその儀式を一瞬へと短縮する…それが三途の領域と極ノ番なのである。
変化は一瞬を通り越していた、放たれた一撃全てを撃ち落とし、或いは放たれる前にその予備動作を潰すだけの一撃を叩き込みながら、その存在は産声を上げながら飛翔する。
領域が砕け落ちる、暗い暗い空間に光が差し込み空が映り込む、電灯の上へと着地し差し込む日光を浴びながら三途はその身体を大きく広げた。
傷は癒えていた、反転ではどうにもならない程の傷、その全てが癒され最初から無かったかのように消え去っていた。
姿は然程変わっていない、上半身裸になったこと以外に特に変化は見受けられない…が、その変化は歴然だった、誰もがその変化を実感せずにはいられなかった。
それほどまでに、その存在は魔的だったのだから。
白い髪が風に釣られて揺れ動く、足で踏みしめ肌で風を受ける感覚に妙な感動を覚えながら、三途は自身を見上げる三つの存在へと振り向きながら、笑みを浮かべた。
「───おはよう、皆様方…良い天気ですね?」
───特級呪霊『三途』…此処に生誕。
此れより、正真正銘の最終局面。
『禍』
簡単な話が自分を呪霊へと変質させる奥義、ぶっちゃけそれ以外に言うことが殆ど無い。
『浴』と同じことやってるとか言ってるけど、実際のところは夏油のうずまきの抽出対象を術式じゃなく呪霊そのものの畏れや格を対象として自身へと取り込む技。
それを何百何千何万体もの呪霊に対してやるから本当なら時間が掛かって仕方が無い…それを領域で踏み倒したのが今回の話。
因みに一番相性が悪いのは薫と扇の爺さんの焦眉之赳。