雑・オブ・雑…次回辺りからエピローグではなかろうか。
「…終わったな」
口火を切ったのは、一体何方だったのか…周囲を漂う身体を突き刺すような冷気が蔓延する中でふと、そのような言葉が響いた。
視界の先にあるのは三途が消滅する光景、青空を見上げて何やら文句を垂れていそうな顔を浮かべながら塵となっていった昔馴染みの姿に雪姫はそっと顔を伏せた。
「…あぁ…終わったな、何もかも」
言葉と共に吐き出される白い吐息、元旦と言うただでさえ寒い時期の中で積み重ねられた更なる冷気はその吐き出された吐息すらも凍えさせる。
バキリッと音がする、連続で鳴り響く隣から聞こえてくるその音に雪姫はそちらへと顔を向けることなく言葉を投げかけた。
「───逝くのか?」
「───あぁ…もう、意味が無いからな」
裏梅の身体が凍えていく…身体の隅々まで、身体の芯という芯まで、バキリッバキリッと今にも壊れそうなブリキのような音を金切りあげながら裏梅の肉体は凍り付いていく。
雪姫の言葉に裏梅は抑揚無く言葉を返す、心底から最早意味など無いと、そう思っているのだろうその瞳には既に何も映っていないようにも感じられた。
「…宿儺様が、あのようなお顔を浮かべた姿を私は見たことがなかった……羨ましいよ、あの男が」
ふと、溢すように裏梅は言葉を紡ぐ、その内にある感情を吐き出すように此処には居ない誰かへと、その心中を吐き出した。
嫉妬と羨望、今は此処に居ない誰かへと注がれるその感情、自らの主が他の如何なるものよりも優先したただ一人の人間、ただ唯一呪いの王を満たした存在、両面宿儺に勝利を納めた最初で最後の呪術師。
主は満足していた、心底から満たされたとでも言うような顔を浮かべて満足気に消えて行ったのだ…あの男は、禪院廻という人間は、最後の最後まで自らの主を饗し切ったのだ
それが裏梅には、どうしようもなく妬ましくて仕方が無いのだ…その事実が裏梅には、どうしようもなく───
───あぁ…本当に、羨ましい。
羨ましくて、仕方が無かったのだ。
氷が砕け散る、薄氷のように音を立ててパラパラと粉礫や結晶となって空の彼方へと消えていく。
キラキラと日光を反射しながら空へと漂うように飛んでいく裏梅であったもの…人の最期と言うにはあまりにも美しすぎたその光景を、雪姫はただただ見つめていた。
───『裏梅』 死亡
───モグモグ、ムシャムシャ
食器の音が静かに響いていた、芳醇な香りと空腹を誘う匂い、ほんの少しの咀嚼音と飲み物を飲む音だけが静かに響き渡るその空間にて、それを見ていた男は堪えきれぬと言わんばかりに言葉を吐き出した。
「───何やってんの?」
「───えっ? 飯食べてる」
いや、そりゃそうだろうよ…と男は…五条悟は思わず額に手を当てた、目の前でひたすら食事を頬張る自らの親友の姿に心底から呆れたように深い…それはもう深いため息を吐き出した。
モグモグ、ムシャムシャ、モグモグ、ムシャムシャ…咀嚼音が響き続ける、目の前で親友がため息を吐き出していようが何やら呆れていようが何のその、知ったことかと言わんばかりに、男は…禪院廻は美味しそうに食事を頬張っていた。
頭をガジガジと掻きながら椅子を引き寄せ廻の側へと座る、やはり呆れたような瞳で自身を見つめる五条の姿に廻は食べる? とまだ手を付けていない肉料理の皿を五条へと差し出した。
食べる…そう言って五条が料理へと手をつける、葛藤と呆れと少しの怒りが入り混じったような言葉だったが、悪気も無ければ何かしらの考えがある訳でもないことが分かっている為か、何かを言うということは無かった。
モグモグ、ムシャムシャ、モグモグ、ムシャムシャ…料理を頬張りながら笑みを浮かべる廻、その横顔を頬杖付きながらジトッとした目で見つめる五条に廻は何か? とでも言いたげ視線を向けた…そして、それに応えるように五条が口を開く。
「廻、お前自分がどれだけ寝てたか分かってる?」
「…多分、一日くらい?」
気楽そうに応える廻、兎にも角にも飯が食べたくて仕方が無いのだろう、返事の際の言葉が何時もに比べて非常に雑である。
どんだけ腹減ってんだよ…そう内心で言葉を呟きながら、五条は変わらずジトッとした目を廻へと向けながら、言葉を吐き出した。
「───三日だ」
「───……はい?」
廻の手が止まった、告げられたその言葉に固定されていた視線が五条へと移り変わる…その瞳は驚愕の色に彩られていた。
「………マジ?」
「マジ」
小さく時計の音が、静かに部屋へと響いていた。
「…と、言うわけで起きてきました」
「起きてきました…じゃないのよこの馬鹿ぁぁぁっ!!!」
さも当然のことのように、さも当たり前であるかのようにひょこっと現れながらそう告げた廻へと、庵歌姫は渾身のプロレス技を仕掛けた。
ギチギチと軋む関節と肉の音、地面へとダイナミックに叩きつけられた廻はギブギブっと言いながらバンバンと床を叩き、当の歌姫はそんなこと知ったことかと言わんばかりに白目を剥きながら全身全霊の力で廻を締め上げていた。
普段ならばありえない光景…主に廻が五条へと行っているだろう制裁的な光景を前にして、虎杖やその他大勢は何処かポカンとした様子でその一部始終を見つめていた。
「あんたねぇ!? 三日間の昏睡状態から起きて真っ先にやることがご飯食べるってどういうことよ!? 普通は人を呼ぶなり安静にしているなりがあるでしょうがぁぁぁっ!!?」
「いや、それも考えたんですけどなんかもうそんなのどうでも良くなるくらいには腹が減ってたと言いますか何と言いますか───」
「言い訳なんぞいらないってのよぉぉぉぉっ!!!」
みぎゃぁぁっ…そんな奇妙な悲鳴を上げながら廻が歌姫に締め上げられる、実力差的に抵抗どころか拘束から抜け出すことも簡単に出来そうな気もするが…それをしないのはひょっとしたら廻なりの誠意なのかもしれない。
そんな光景を前に五条は腹を抱えて爆笑していた、なんなら夏油も爆笑していた、直哉も爆笑していた、直毘人は笑いすぎて窒息死しかけていた。
「…何時も、こんななの?」
「いや、流石に珍しいと言わざるを得ん…ああなるのは決まって、マスターが無茶をした時限定だ」
頰から冷や汗を流した虎杖の問いかけに東堂が答えた、何故かその手に高田ちゃんLOVEと書かれた団扇を持ちながら至極真面目な顔で虎杖の問いに答える東堂に三輪は引いたような顔をしながらも補足するように言葉を紡いだ。
「…廻先生って、基本的には常識的な人だし何か可笑しなことをするって訳でもないんですけど……けど、本当にたまにどう考えてもそれは可笑しいだろって行動を平然と取ると言いますか、何と言いますか…」
何処か濁すようにそう言う三輪、未だにギチギチとプロレス技を仕掛けられている廻というカオスな光景を背景に虎杖は?マークを浮かべながらつまり、どういうこと? と続きを促した。
「簡単な話が端から見たら間違いなく危険、命知らずの行動等をウチの先生は平然と取ると言うことだ…宿儺と戦っている際の先生を見ていたろうから、それは分かっていると思うが」
三輪に引き継いで加茂が答える、その開いているのか閉じているのかまるで分からない目元をプルプルと震わせながらそう答えた加茂対して、虎杖はなるほどと納得の感情を見せた。
思い出すのは渋谷や新宿に於いての宿儺戦の際の廻の姿だ…腕が切り飛ばされようが足が切り飛ばされようが内臓ぶっ飛ばされようがお構い無し、反転術式にものを言わせての特攻紛いの攻撃に背筋が冷えたのは記憶に新しい。
腕を飛ばされたと思ったら叩き込まれている黒閃、足を切り飛ばされたと思ったら突き刺さる黒閃、内臓ふっ飛ばされたと思った次の瞬間には顔面に突き刺さっている万力の拳…正直虎杖からしてみても、これを平然と行える廻は怖い。
「…けど、なんか別のことで怒ってる気がするけど」
「アレは単なる建前よ、そうでもしないとは勝てない相手って分かってるからその件じゃあの人を怒れない…だから、別の理由つけて怒ってるの…逆を言えば、それだけ心配だったってことね」
ふと溢れた疑問に今度は真依が答える、未だにギャーギャーとやっている教師二人組の姿に薄く微笑みを浮かべながら楽しそうに二人の様子を見つめているその姿に、虎杖はそっか…と、言葉少なに返答した。
歌姫と廻は未だに騒いでいる、普段あまり騒がない最強の式神使いとその先輩、流石に限界だったのか拘束から何とか抜け出した廻へと歌姫は更に間合いを詰めて掴みに掛かっていた。
瞳に涙を溜めながら馬鹿後輩ィッと叫ぶ歌姫の姿、背負い投げの形で廻を投げ飛ばそうとするその姿に虎杖はふとしたように笑い声を漏らした。
馴染みの無い光景に馴染みの無い人間…しかし、虎杖は眼前に広がる光景を前に、今目の前で繰り広げられているその和気藹々とした光景を前に…日常を感じずには、いられなかった。
───新宿決戦 此処に閉幕。
なんか…感慨深いなって、そう思った。