意味が分からないと思うけど、書き始めた時からこれがやりたいだけの小説だった。
死体…死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体…切り刻まれた死体、頭を潰された死体、腹部に風穴を開けられた死体…多種多様な死体が、そこにはあった。
血の池、臓物が川のように流れていくその光景は正しく地獄絵図と呼ぶに相応しい光景…そんな中を、ぴちゃりぴちゃりと小さな足音を響かせながら、ソレは歩いていた。
ソレは小さかった、子供程の背丈しか無く手足の長さも一般的な子供と何ら変わりない…違いがあるとすれば、それはきっとその手の数だったのだろう。
四本の腕…本来二つしか存在しないはずの腕がソレには更にもう一対存在していた、更にそれに加えて腹部には巨大な口のような部位が存在し、その顔には異形とも呼ぶべきものが張り付いている。
知るものが知れば誰もが思い出すだろう、知るものが見れば誰もが思い起こすだろう、それほどまでに絶望と暴虐と死を振りまいた存在と寸分違わず同じ姿。
呪いの王…きっと、ソレを見た誰もがソレをそう呼び、呪ったであろう。
ソレは歩いていた、子供程の背丈しか持たないソレはただ自らが生み出した地獄絵図の中をただ歩いていた。
垂れ落ちる紫色の血液、零れ落ちる紫色の臓物とあまりに酷い悪臭と腐臭、それら全てを気にもせずにソレはただひたすらに歩いていた。
ソレは捨て子だった…四本の腕に異形の顔、腹部に開かれたもう一つの口…それら全てを気味悪がられて捨てられた忌み子とも呼ぶべき存在だった。
捨てられた場所は東京だった…未だに人外蔓延る魔境と化している街、殺しても殺しても虫のように呪霊が湧き上がる蟻地獄のような街へと、ソレは捨てられた。
だから殺した、近づき害を為す全てを殺して生き延びた、間合いに入り殺意と敵意を持った全ての存在を自身に宿った力でバラバラに斬り刻んだ。
それを繰り返した果てがこの地獄絵図、人間呪霊問わず問答無用で殺して殺して殺し続けたソレは、殺した人間の血肉を喰らいながら生き延びてきた。
呪霊は食えなかった、喰ったところで味も良くなければ腹にも溜まらない、寧ろ腹を下して余計に腹を空かせるという始末であった、それ以来ソレは紫色の血肉は決して口にしていない。
ぴたりぴたりと足音を重ねる、自身が作り出した血の池を越えてソレは薄暗い東京の中を一人孤独に歩いていた…目指す先は、自身の寝床だった。
「───帰ったぞ」
年相応に幼い声がそこへと響く、何処かの会社の一室であったのであろうそこは天井もあれば壁もあり、ましてや窓もある…雨風を凌ぐにはうってつけの場所だった。
響いた声には誰も反応しない、ただ暗闇の中へと静かに虚しく声が響くだけだったが、それをソレは気にもせずひたりひたりと足音を重ねた。
真っ暗な暗闇の中を慣れ親しむように平然と歩く、まるで見えている…否、事実として見えているのであろうソレは迷いなく足を進めて、そこへと辿り着いた。
大人三人は座り込めるだろうソファ…その上で、一人の子供が苦しそうに眠っていた。
白い髪に華奢な体躯、骨が見えるほどに痩せ細ったその身体は青白く染まっており明らかな栄養失調の様子が見て取れる、何かに耐えるようなうめき声をあげながら苦しそうに荒く息を吐くその子供の頭を、ソレは優しげに撫でた。
子供は、ソレと同じく捨て子だった。
子供は冷気を放つ体質を持ち合わせていた…ただの冷気ではない、人間一人が平然と凍りつくような、そんな強力な冷気である。
最初に姉が凍った、次に両親が凍り、更に続けて飼っていた犬や猫すらも凍りついた…後のことは、言うまでもない。
怖かったのだろう、当たり前だ。
恐ろしかったのだろう、当たり前だ。
だから捨てられた、冷気を放つその体質を疎まれさっさと死んでくれと罵詈雑言を浴びせかけられながら子供はこの魔境へと捨てられた…そんな子供を捨てた人間をソレは殺し、喰らった。
この魔境では人間すらもが食料の一つとなる、美味いかマズイかで言えば微妙なのだが、それでも何も食わないよりかはマシだった。
そうして大量の食料を手に入れたソレは子供へと目を映し…なんとなしに、拾った。
理由は分からない、本人からしてみても本当になんとなくだったのだからもしかしたら理由なんて無かったのかもしれない…しかし、拾われた子供当人からしてみれば、恩人も良いところだったのだろう。
子供は…ソレへと懐いた。
ソレには知識が無かった…病であることは分かってもそれの治し方や対処の仕方なぞ分からなかった。
今でも苦しむ子供の姿、表情を変えることなくただ無表情でソレは子供を見つめる、自身と同じく人間によって虐げられ蔑まれた存在、自身と同じ忌み子。
何故拾ったのかはやはり分からない、自問自答に洒落込んでみたこともあったが思い当たるのは興が乗ったということだけ、何が自分を駆り立てたのかなぞ、ソレには欠片も分からなかった。
ただ…そう、ただ……死なせるわけにはいかない…そんな考えだけが、そこにはあったのだ。
コツリっと、背後から足音が響いた。
即座に振り向き腕を振り抜く、この魔境にて幾度と無く振り抜かれ触れる全ての生命を奪ってきた一撃、自身の背後を取った存在へとその刃は躊躇無く振り抜かれ…そして───
「───やんちゃだな」
パシリっと、軽く受け止められた。
ソレは驚愕に目を見開いた、止められる等とは到底思っていなかったのだ。
今の今までこうしていれば敵は死んだ、本気で振るえば確実に、本気で振るわずとも大抵の相手は一撃で死んだ…今の一撃は、全力で振るったのだ、それを容易く受け止められた…その事実が、其れの脳内にガツンッとした衝撃を与えていた。
今更ながらに自身が振るった相手を見る、死んだ後にでも見れば良いと考えていたソレにとって、それはあまりにも新鮮な行いだった。
ソレの目に映ったそれは、老人だった。
皺の入った皮膚に白い髪、所々に黒い箇所が残っているのを見るに生まれつきではなく老年による白髪なのだろう。
満月のような黄金の瞳に鋭い目つき、黒いスーツに身を包んだその男はまるで軽い物を持つかのような気軽さでソレの腕を受け止めていた。
「どうも、はじめまして少年…勝手に居所に入ったのは謝るが、それはそれとしていきなり殺しに掛かるのはどうなんだ?」
敵意の無い微笑み、純粋な謝罪を交えながらからかう様に自身へとそう言葉を投げかけてくる老人に、ソレは更に残った三本の腕全てを差し向ける。
手刀に突きに拳、多様な一撃が三つ同時に別箇所からやってくる、ソレ自身もそう行うことのない本気の行動、大抵の存在ならばこれで死ぬであろう攻撃に対して、しかし老人は余裕そうに微笑んだ。
瞬間、ソレの視界が回転する。
足が地面から離れる、ぐるり回転した自身の身体が宙へと投げ出され放った攻撃全てがその軌道を狂わされ明後日の方向に飛んでいく、更に攻撃に意識を割きすぎた影響なのか直感的にソレは受け身が間に合わないことを悟った。
叩きつけられる…その思考が至った事実にしかして身体が追いつかない、痛みに耐える為に歯を食い縛るという行動すら取れないままにソレは地面へと叩きつけられる……ことはなかった。
ぐいっと身体が引っ張られる、投げ出された自身の肉体へと更に力が込められ叩きつけられるその瞬間に上へと引っ張れ、ソレは地面に叩きつけられる寸前でその身体を止められた。
「…多少は、落ち着いたかな?」
そう不遜な笑みを浮かべながら問うてくる老人に、ソレは何も言えず呆けたように満月のような瞳を直視し続け…ハッと我に返ったように強引に老人の手の内から逃げ出した。
距離を取る、警戒する獣のように唸り声を上げるソレに対して老人は吹き出すように笑う、まるで面白いものを見たとでも言いたげなその視線にソレは不機嫌そうに表情を歪めた。
「───何が可笑しい」
機嫌が悪い…そんな様子を隠しもしないソレに対して老人はすまない、と一言添えた後に何とか笑いを収めつつも口を開く。
「いやなに、昔の知り合いと君の顔が似ているものでね、そんな君がそんな風に動いていると、つい笑ってしまうんだよ」
悪意もクソも無い純粋な笑みを浮かべながらの言葉、人を信じずこれからも信じることのないだろうソレはしかし、その老人の言葉に不思議な納得を感じてしまっていた。
自身でも分からない不思議な感覚、今までに抱いたことのないその感情にソレが困惑していると、老人は唐突に口を開き始める。
「…その子は、君の身内か何かかな?」
───キンッ
その言葉がソレの耳へと届いたその瞬間、ソレは自らの手から斬撃を放っていた。
何時の間にやら使えるようになっていた不可視の斬撃、滅多に使うことのなかったそれをソレは迷いなく老人へと使用した、その瞳には先程一度は収まりかけたはずの殺意が乗っている。
放たれた斬撃を老人は首を傾げることで躱す、背後へと奔った斬跡へと後ろ目で視線を向けながら、さも何事も無かったかのように老人は言葉を繋げた。
「衰弱しているな、その様子からして暫く何も食べさせていないか、食べていたとしても栄養のあるものではないのだろう…良いのか? そのまま行けばその子は死ぬぞ?」
「黙れっ…!」
老人の言葉にソレは言葉と共に斬撃を吐き出す、憎しみと怒りと憎悪の感情をありったけに詰めた一撃を、しかし老人は散歩でもするかのような気軽さで躱し…告げる。
「───俺なら助けられる」
その言葉にソレの手が止まる、もう一度斬撃を放とうとしていたその手が止まる。
「直ぐに…とはいかないが、少なくともその子が助かる場所に連れて行ってはやれる、栄養のあるものを食べさせることも出来る…当然君も含めてだ」
で…どうする?……そう告げた老人に、そう自身へと手を差し伸べた人間の姿に、ソレは───
「ふざけるなっ…誰が信じられるかキサマのことなぞっ…!!」
拒絶と否定、差し伸べれた手を振り払いソレは斬撃を放つ、首筋目掛けて放たれたその一撃を上段から叩き落とした老人は、ため息を吐きながらソレへと視線を投げた。
憎しみがあった、臓腑から溢れ出す怨嗟の感情がそこにはあった、身体の内から強く深く暗闇の底から溢れ出したかのようなドス黒い炎が燃え盛っているのが見えた…老人は、深く息を吐き出し……告げた。
「…ならば少年、こうしよう───」
老人が足を踏み締める、構えることなくただ強く足を踏み締めただけ…しかし、たったそれだけでソレは老人の気配が一変したことを悟った。
満月のような瞳が自身を見据える、暗い暗いこの空間の中で尚も輝くその黄金に、ソレは一瞬だけ見惚れた。
言葉が、響く。
「俺が勝てば俺の言うことを聞け…代わりに君が勝てば……そうだな、その子が助かる術だけ教えて俺は帰るよ」
そんな老人の言葉にソレは思う、バカなのかと。
交渉になっていない、勝っても負けても己の望みが叶ってしまう、向こう画の利がまるで存在していない。
怪しい、信用出来ない、何かあるに決まっている……そう思考するソレの奥底から滲み出る、抗いようの無い本能からの声。
───こいつと、戦いたい。
身体が熱く滾る、何かを求めるように腹の音が鳴る、久しく感じることの無かったものを久方ぶりに取り戻せたかのような感覚がソレの頭の天辺から爪先まで強く行き渡る、……気が付けば、ソレは何時の間にか構えていた。
戦いたい、戦いたい、戦いたい…そんな感情だけが心の中で暴れ回るその中で、ソレは知らず知らずの間にとある表情を浮かべていた。
口の端から端までを吊り上げる、狂気的とも思われる、満面の笑みを。
後に史上最強と呼ばれる術師とその養父となった男、その邂逅であった。
「おいジジイっ! 俺は北海道に行きたいぞ、支度をしろっ!!」
「はいはい…全く、とんだワガママ坊主に育ったことで……おい、待て、せめてその涎を拭ってからにしろ」
呪いは終わらず、呪いは消えず、呪いは潰えず、しかして呪いは何処までも廻って行く…その果てに何が待っているのか、それを知る者は誰もいない。
汝らに、
───おしまい。
老人について
四十年後くらいの廻、声変わりしてCVが今は亡き藤原さんになっている。
ソレについて
言わずもがな、後に紡(つむぎ)と名付けられた。
子供
女の子、氷を使う、ソレが大好き。
追伸
今までこの小説を読んでくれてありがとうございました…まだ番外編とか蛇足的な裏設定集を投稿するかもしれないけど、ひとまずはこれでおしまいです。
本当に、読んでくれてありがとうございました。