続いて京都校の手番、大凡数ヶ月ぶりに思えてしまうような奇妙な感覚を誰しもが覚えながら続いた次打、東堂葵は何処か虚空を見つめるような瞳で太陽を眺めていた。
「東堂?」
虎杖が困惑したような声を漏らす、照りつける太陽を見つめたままピクリとも動かない東堂にようなではなく実際虎杖は困惑していた。
何時までも位置に付かない、バッターボックスに入らない…そんな東堂の姿に流石の周囲も違和感を……覚えなかった。
何故か? 東堂だからである。
東堂なら仕方がない、やるからやらないかで言えばやるだろ東堂だから、もうボールぶつけても良いかな東堂だし…そんな思考が京都及び東京校全員の生徒の脳裏を過る。
例外は虎杖悠仁ただ一人…この中で唯一東堂とそれなり以上の友情を育んだ(虎杖は否認)虎杖だけがその様子を不審に思い、タイムという掛け声と共に東堂の元へと近づいていく。
「東堂? おい東堂?」
簡素な呼び掛け…なんか唐突に親友呼びされたりブラザー呼びされたりと奇妙な…というより意味不明な体験ばかりしている虎杖ではあるが、特段東堂による唐突な理不尽パンチを食らっていない虎杖は善意の下に東堂へと声を掛けていた。
大丈夫か、どうかしたのか…そんな体調を心配する虎杖の言葉に意識を取り戻したのか、はたまた別の要因なのか、虚空を見つめていた東堂は唐突にぐりんっとホラー映画ばりの動きで以って虎杖へと視線を向けて…ふと、口を開いた。
「…
虎杖が知っている東堂とは比べ物にならぬ程に落ち着き払った声色…いや、落ち着いているというよりも抜け落ちていると言わんばかりのその声色に虎杖は頬から冷や汗を流しながら…な、何だよ…と聞き返した。
瞬間……東堂葵は土下座した。
美しい土下座だ、所謂本気の土下座…元の時空で言うのならば呪いの根源が大凡20代後半に到達したとされる程に洗練された土下座…それを、東堂は大衆の面前で、親友と呼んで憚らない虎杖の前でソレを披露していた。
困惑と驚愕、紛れもない突然の事、突如として行われた最上とも言える謝罪の姿勢を取った眼前の男を前に虎杖悠仁は半ばパニック状態に陥っていた。
当然ながらそれは周囲も同じ事、東堂たからと片付けられる範囲を超えたその行動に京都校並びに東京校の生徒は絶句していた…何だったら教師陣も絶句していた、特に禪院廻が。
「と、東堂? 何やって───」
「頼む、
困惑する虎杖の言葉を遮って、東堂は一切のおふざけを捨てた真剣な声色で虎杖へと告げる…投手をやってくれと。
真剣な眼差し、本気の眼差し、さながらそれは交流戦の際に遭遇した氷と炎を使ってきた呪詛師を前にした時の眼差しと同じ代物…それを浮かべて自身へと懇願する東堂に虎杖は若干引いていた。
「いや、それならお前が
「いいや駄目だ、投手としての能力は三輪の方が上だ、俺と交代してくれと言ったところで三輪が許諾しても歌姫がそれを許さん」
だったらお前がやれば良いと言う虎杖に東堂は
そんな東堂の言葉に虎杖の脳内にあるのはやはり困惑だ…何がお前をそこまでさせるのかという困惑、何処となく纏っている気配が周囲と違うようにすら見える東堂に冷や汗をダラダラと流す虎杖へと東堂は努めて冷静に言葉を投げかける。
「何故そこまでと、そう思っているだろう……簡単な話だ、あまりに簡単な話なんだ
そう落ち着かせるように冷静な声色でそう告げた東堂は、ふとしたようにその言葉を告げる…先程の自分達の担任教師の言葉を覚えているか、思い出せるかと。
そんな東堂の言葉に虎杖は五条の言葉を思い出し始めた…ストライクの際の掛け声、アウトが出た時の判定声、ホームランを告げる妙に間延びした声…無数に存在するそれらから頭を悩ませながら記憶を掘り進めた虎杖は…ふと、その言葉を思い出した。
──じゃあ、野球で勝ったほうがローテーションの内容を決められるってことで…はい、縛り。
それは、虎杖自身が口にした言葉によって発生した発言、自分でも何故あんなことを言ってしまったのかと疑問に思ってしまうような…そんな言葉に羅列が原因で発せられた言葉…それを自覚したその瞬間、虎杖の脳裏にある可能性が過った。
「…気が付いたようだな、
いやいや、そんなことはしないだろうと連鎖的に思考した虎杖に東堂はトドメを刺すかの如くその言葉を告げる…即ち、五条悟ならそこら辺の事情なんてガン無視して縛りを押し通す…と。
あり得るかあり得ないかで言えばまずあり得ない側に傾くその可能性をあり得るところにまで持ってくる…その程度のことならば五条悟は平気でやるぞ…と。
迫真顔に迫真言葉、本気の本気を押し通すレベルの圧と共にその言葉を告げた東堂という人間に、虎杖悠仁は───
「───…えぇっ…?」
引いた、ドン引きした、そこまでやるかと言わんばかりに
聞いていたから良く分かる、あの時その対象に指定されていた本人は冗談交じりに良いんじゃないかと口にしていたことを、そんなことするわけないじゃんという軽い感じの言葉であったことを。
しかし…思い返してみればだ…他の全員はガチガチのガチであった。
五条は目が笑っていなかったし、夏油は唐突にスクワットを始めていたし、歌姫と楽巌寺に至ってはヒソヒソと暗がりで作戦会議していたし…何だったら此方側の生徒の一部も若干目が据わっていた。
この時になって虎杖はようやく気が付いた、恐らく気楽にやっているのは自分だけで、他の生徒は件並みガチガチに勝ちに来ているだろうことを、あの一人の教師を巡ってバッチバチにやり合っているのだと言うことを。
そして…ふと思った……アレ? これ野球で勝った負けたで終わるのか? …と。
これ、下手したら盤外戦争に成りかねないのでは? …と。
その可能性に行き着いたことを察したのだろう、東堂は虎杖の肩へと手を乗せて、心底から疲れた人間が出すような大きな吐息を吐き出しながら…告げた。
「そうだ、虎杖……ウチの歌姫はやる、負けたら絶対に盤外戦術に打って出る…何故なら五条と夏油が嫌いだからだ、あの二人の何れかが
あまりにも真実味を滲ませたその言葉に虎杖は何も言えない…そこまでやるのか、しっちゃかめっちゃかって何する気なんだ…そんな言葉を、虎杖は言えなかった…だって怖いから。
「頼む、
それは最早懇願だった…頼むから勝負してほしい、まだマトモに勝負として成立している今の内に…何処までも何処までも真摯にして切実な感情が込められたその言葉に、虎杖は顔を覆った。
断れない…ここまで言われてしまっては断れない、断る理由を見出せない。
たかが野球、されど野球…これはゲームであって遊びではないと誰かが言ったが、それを真面目に実践しようとしている人間が直ぐ近くにいるというその現実が虎杖悠仁を苦しめていた。
最早この時点で虎杖悠仁に選択肢など無かった…だって断りたくても断れるような状況じゃないのだから、東堂の発言があまりにも切実過ぎて信じざるを得ないような心境に陥ってしまっているのだから。
だから、その選択に行き着いてしまうのは必然で───
「───…分かった」
絞り出すような声色、瞳の奥に滲み出る苦渋と葛藤をどうにか噛み殺しながら吐き出したその言葉に、東堂は同じく絞り出すようにその言葉を口にした……ありがとう…と。
この後、投手へと交代した虎杖は、打席に立った東堂を相手に大凡二十球にも渡る激戦を繰り広げることとなる。
変化球からのストレート、互いの持ち得る全てを駆使して行われたその勝負はスポーツ観戦が趣味の庵歌姫をして熱狂させる程の名勝負であったと後に一部生徒は語る。
そうして投げられた最後の一球…東堂の言葉によって重なった緊張と勝ったら不味いかもしれないという圧によって手元の狂った虎杖悠仁の球は東堂の顔面へと直撃、死球判定を下されるというあんまりにもあんまりな結末を迎えた。
後に虎杖は東堂へと詰まらない結末に対して謝罪、それに対して東堂は勝負が出来て嬉しかった、楽しかったと死球を直撃させられた男とは思えないような晴れやかな笑みと共に虎杖を許したと言う。
なお、その後に庵歌姫が暴走したところで、一般的な良識と特級階位の実力を待ち合わせていた禪院廻が居た時点で東堂の言っていたようなことは起こらないのではないのかと言う宿儺の発言により、虎杖は東堂という狂言回しに振り回されただけなのではないかという疑問が浮かび上がる。
後に何となく東堂にその件について尋ねてみたところ、
これが後に河川敷事変と呼ばれる事件に発展するのだが…それまた、別の話である。
東堂葵
実際問題嘘はついてない…歌姫は負けて廻取られるくらいなら絶対に突撃噛ますし、五条は周囲の事情ガン無視してガチでローテーション回しに来る…嘘はついてない…けど、師匠が居るからそういうことは起きないよねってだけの話。
虎杖と勝負したかったけど歌姫がガチっている以上出来ないと思ったため、こういう手段に出た…やるかやらないかで言えば正直やると思う。
虎杖悠仁
被害者、東堂の演技が迫真過ぎて信じてしまった哀れな子…何が酷いって嘘は一つも言われてないところ。
呪いの王
奴がいる時点でそんなことになるわけがないだろう、常識的に考えて。