生まれ変わった……そう自覚するのに、そう時間は掛からなかった。
目が覚めた…二度と覚めないはずの眠りを迎えたはずの自分に差し込んだ眩しい光、大量の汗を流して自分を見つめる女性の姿とその周りで固唾を呑んでそれを見守る複数人の人物達…誰かも分からない、初対面だったその人物が今生における自分の家族であると知ったのは後のことだった。
最初は何をすれば良いのか分からなかった…赤ん坊の内は本能的なものかそれとも望んで行ったものなのか、勝手に乳房に吸い付き食事を取り、思うがままに動き回った…生まれてから泣き出したのもこの身体が勝手に行ったことだった。
年月が経ち、ある程度の年齢まで行くと次第に身体の権限が自分に渡るようになっていった、自分の意思の元に自由に動き思うがままに動かせる…そうなる頃には、僕は既に幼稚園なる場所に入れられる程度には成長していた。
大人しい子供…そう認識されていたように思う。
何をすれば良いのか分からなかったというのもあった…生まれ変わった所で一体何をしろと言うのか、何をすれば良いのかと悩むことに費やしていたのもあってか、僕は基本的に他の子供と遊ぶと言ったことをせずに何時も本を読むフリばかりをしていた…まぁ、気晴らしに遊ぶくらいのことはしたのだが。
そうして幼稚園を卒業…その後に小学中学と特に問題を起こすこともなく粛々と学業を熟しながら人生を消費していた…そんなある日のことだった……ふと、嗅ぎ慣れた匂いを感じた。
血と絶望の混ざった匂い、悲鳴と暗闇を彷徨う音…呪いの感覚。
走り出し、そうして辿り着いた先で見たソレを前に…僕は悟った。
まだ何も、終わってなどいないのだと。
炎が燃える…蒼く蒼く、この世のモノとは思えない程に美しく、鮮烈に…呪いを燃やす。
黒く塵と化していく呪霊の痕跡、つい先程までその場で人間をむしゃむしゃしようとしていたこの世成らざる怪物がこの夜の内から消えていく…そんな光景を傍目に、男は手元の得物へと目を向けた。
ボロボロだった…刃毀れだらけのガタガタ具合、何をどうしたらそうなるのかとその手の業者が見れば文句を言ってきそうな程に損傷した包丁…それもそのはずだろう、そもそもこれは戦う為に作られたものではないのだから。
包丁へと炎を灯し、ポイッとその場へと包丁を捨てる…カランっと鳴り響く子気味の良い金属の音を背に男はその場から歩き去って行った。
その場に残ったは炎によって溶けた痕跡すら残らぬ程に燃やし尽くされた包丁だったものだけ…半ば地面の染みと化したそれは傍から見ても良く見てみても、それが何であったのかを判別することは叶わぬであろう。
足音を響かせて太陽の下へと出る…腕時計に視線をやり、時間を余裕があることを確認した男は何一つ焦ることなく悠々と元の道へと戻っていった。
男の名を…宮城薫と言った。
宮城県某所に存在する宮城県杉沢第3高等学校……現在の僕はそこに在籍し、そこそこの成績を取りながらの学校生活を送っていた。
入学にここを選んだのは大した理由じゃない、ただ近場だったのと帰り道近くに色々と寄れそうな所があったから此処にしたというだけに過ぎない…そんな程度の理由だ。
お前は頭も運動神経も良いんだからもっと良い学校でも良いんじゃないかと親や妹に尋ねられたりもしたが…如何せんそんな気分にもなれなかった、というのも理由の一つであったりする。
まぁ、そういう理由からこの学校に通い出した僕ではあるが…今は将棋部に所属している。
何故か? この学校は全生徒入部制…つまりは必ず部活に入部しなければならないというルールがあったからだ…ただ、運動系に所属したりすると
毎日毎日パチパチと将棋を打つだけの毎日でこそあるが…これが中々に楽しかったりするのだ…前世の時はあまりこういうことはしなかったから少し新鮮ではある。
…時折、兄様とこういうことをしてみたかったと思ってしまうのは、此処だけの話である。
そうして、今日も今日とてパチパチと駒を打つ…入部してからそれなりに経つがやはり初心者が多少齧った所でそれより長く真面目にやってる先輩方には敵わないらしい…詰み手を取られて負けた。
参りましたと一声入れて敗北を認める、上手くなってきたなと肩を叩いてくる先輩に礼の言葉を述べながらふと、窓ガラスの外を見た。
ガヤガヤと騒ぐ人集り、ワイワイと聞こえてくる聞き馴染みのある声にまた運動部の誰かが虎杖くんを引き抜こうとしているんだろうなぁ…と、僕は小さくため息を吐き出しながら、これまたふと視線を全体へと投げる。
太陽が眩しい、ガヤガヤワイワイと騒ぐ人集りには感情が乗っている…面白いモノを見たと言う様に笑っている無数の生徒に虎杖くんがやらかしたのであろう何某に呆然としている教師…そして何かに気がついたのか何処かへと走り去ろうとしている虎杖くん…負の感情なんて何処にもない、極めて平和な光景。
「…これが、貴方の守りたかったものなんですよね…兄様」
ふと、口から言葉が突いて出る…自分でも意図していなかった言葉の流失に思わずと手で押さえる…誰かに聞かれでもしたかと周囲を自然と探ってみるが…どうやら誰も僕の言葉には気がついていないらしかった。
ほっ…と胸を撫で下ろす…別に聞かれた所でどうこうという話でもない、誤魔化すのは簡単な類の言葉だ…ただ、聞かれるには少し恥ずかしいのだ…個人的な意味で。
そんな自分の聞かれるには恥ずかしい呟き忘れるように、僕は再び将棋盤に向き合った…先輩は、何故だが舌舐めずりをしていた。
そして…僕は『ソレ』を感じ取った。
時刻は大凡夜中…何時だとかそんなのは関係が無かった、そんな意識を吹き飛ばしてしまう程に感じた忘れられない気配を前に僕は目を見開くしかなかった。
何故だ、何故この現代でその気配を感じる、幾らか弱っているとはいえそれでも感じるはずのないその気配に僕は無意識的にその
「───宿……儺…!?」
忘れられない、決して忘れることの許されないその気配の主の名、幾千幾万という命を奪い消し去り喰らい尽くしてきた呪いの王…己の兄を殺した仇の気配を前に僕は居ても立ってもいられなかった。
飛び出した…僕の様子を察知してやってきた妹の言葉も振り切って、道具も何も持たずただ真っ直ぐと気配が放たれるその地へと我武者羅に足を動かした。
呪力を駆動する、ただの一度も忘れることはなかったその感覚を更に研ぎ澄まして最短最速で目的地へと到達する…そこが、自身の通っている学校であることに気がついたその時点で、嫌な予感が自分の脳裏を駆け巡るような感覚がしていた。
呪力の残滓が広がっていた…無数の呪霊がそこら中を這いずり回った様に広がる残滓、幸いにも夜中の学校ということで誰もいないのであろうことに感謝しながら僕は気配の放たれている場所へと…屋上へと急いだ。
階段なんて登って暇は無かった…屋上の壁へと一直線に走って壁へと足をつけ、そこから一気に登るように壁を駆け上がる。
時間にして恐らく一秒と経っていない、僅かな時間と共に屋上へと到達し、気配の方向へと視線を向けた僕が目にしたモノは……歓喜の嗤い声を上げる呪いの王の姿だった。
そして、舞台は『現在』へと繋がる。
慟哭が如き言葉を吐き出した呪いの王と、それに対して同じく慟哭が如き憎悪を吐き出した薫…両者の放った一撃は黒い火花を散らして激突し…そのまま呪いの王を吹き飛ばした。
力の差があり過ぎたせいだろう、学校側の被害も洒落にはならなかったがそれでも隠蔽出来ない程度ではない…もしもこれが互いに万全の状態であったのならばこの一角の建物は全てがお釈迦と化していたことであろう。
グラウンドへと突き刺さる呪いの王の肉体、瞬間的に地面を砕きながら起き上がった呪いの王へと薫は即座に追撃を仕掛ける…その速度は、生前の宿儺が戦ったそれよりも遥かに洗練された代物だった。
さながら弾丸、踏みしめた屋上の手すりごとその一角を破壊しながら突っ込んだ薫の突撃に呪いの王は忌々しげに術式を発動する、放たれた無数にして不可視の斬撃が宮城薫の身体を抉り取らんと音も経てずに向かい来る…が、しかし───
「───ふざけるなよ、呪いの王」
その全てを、滅炎の蒼は燃やし尽くす。
不可視の斬撃…知ったことじゃない、己に触れたのなら尽く燃え尽きるが定めであろう…そう言わんばかりに、蒼い炎を纏った薫に触れた斬撃の尽くがその存在を消滅させていく…その事実に、呪いの王は…両面宿儺は舌を打った。
「───その程度で、そんな状態で…何時もみたいにやれると思うなぁぁぁぁぁっ!!!!」
激昂したが如き裂帛の咆哮、蒼い炎の出力を金切り上げながら宮城薫が両面宿儺へと迫る、その拳に輝かんばかりに溢れた焔を握りしめながら呪いの王へとその拳を叩きつけんと迫る。
そんな薫へと…かつて見たその焔の色に顔を顰めた宿儺はギリッと歯を鳴らしながら同じく拳を握り締め、その拳を薫へと叩きつけんと足を踏み付ける。
接敵まで残り数瞬、あとほんの瞬き一つ程度の時間で激突するであろう両者の一撃を前に激突を見守るしか出来なかった伏黒恵はただただ固唾を呑むことしか許されない。
拳が振り抜かれる、迫る拳が互いに激突する───
「───はい、そこまで」
瞬間、振り抜かれた二撃はいとも容易く掴み取られた。
何処からともなく現れた乱入者の存在に両者の意識が一斉にそちらを向く…白い髪に黒い目隠しをつけたその男の存在に薫はふとしたように昔を思い出した。
そう、昔のこと…自分に優しくしてくれていた兄の親友であった女性のこと…子供は作っていなかったはずなのに、どういうわけか面影を感じるその姿に薫は呆然とした。
「…? どしたの?」
そんな男の言葉にすら、薫は何一つ言えずにいた。
…どうしよ……薫を上手く書けた気がしない。