久しぶり…という久しぶりではないかもしれない。
───…何をされた…?
真人の頭の中にあったのは、そんな言葉だった…ただそれだけが、まるで理解出来ないままに人が人を呪った末に産まれたその呪いは地べたを這いずり回っていた。
認識出来ない程の速度によって背後を取られた…これは良い。
背後に立たれ、そこから鳩尾…心臓部分に何かを突き刺された…これも良い。
ただその後…内側から膨れ上がったアレが…己の肉体を魂ごと破壊したあれが何だったのかだけが全く分からなかった…戦闘経験が浅いが故に、たったソレだけのことが真人の思考回路を混乱の渦中に叩き落としていた。
真人は簡易領域の存在を知らない、領域に対抗するために編み出された弱者の領域と呼ばれた結界術の存在を知らない…しかしそれは、別段真人が怠惰であったからという訳でも彼の仲間が教えることをサボったというわけでもない。
逆に…そう逆に考えてみれば良く分かる話なのだ…一体何処の誰が、こんな呪霊の少ない田舎町に真人を打倒出来る存在が居ると思うのか…一体何処の誰が、よりにもよってかつて最強と言われた術師の生まれ変わりが存在すると思うのか。
きっと誰もそんなこと思いつかない、思いついた所でそんなことは起きないと誰もが切って捨てる、それほどまでに荒唐無稽な思い付きでしかないソレは、しかし現実として今ここにあり得てしまっていた。
「…へぇ…鳩尾吹っ飛ばして死なないんだ」
声が響いた…幼く、好奇心を刺激されたような声色で、その奥底に極寒の冷たさを秘めた子供の声が、草木を踏み締める足音と共に真人の元へと向かってくる。
這う這うの体で真人は振り向いた、声のする方向へと本能的に振り向くというある意味で人らしいその行動は、しかしどうしょうもなく真人の『恐怖』を助長させた。
「───ヒッ」
声が漏れ出た…怯えと恐怖に竦み上がった末に出る本能的な悲鳴、自身を見下ろす人間の姿が…真人に理解の外を悠然と歩く怪物に思えて仕方が無かった。
黄金に輝く瞳には光は無く、ただその色のままに輝くだけ…まるで、夜を照らす月が無情に死体を見下ろすかのような…そんな冷たい瞳がそこにはあった。
「…ねぇ…一つ聞きたいんだけど…」
ふと、言葉が聞こえた、聞きたくもない声が聞こえた。
「お前はどうやったら───」
───殺せるのかな?
なんてことない、世間話のような体で問いかけられたその言葉に真人の身体は本能的に動き出していた…それは、ひょっとすれば魂の観測を可能とする真人であったからこそ起こした行動であったのかもしれない。
逃走…是が非の全力疾走、魂の形をこねくり回して逃走に最も適した形に変えた上での敗走…眼前に存在する死の権化を前に真人が取った行動は実に人間らしかった。
告げられた死の宣告に身体が…魂の奥底が震え上がった、こいつの前に居てはいけない、こいつの前に立ってはいけないと本能がけたましく悲鳴を上げていた。
逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ…思考の中で理性と本能が同時にそう叫ぶ散らし、それに迷いなく従った真人は暗い暗い森の中を突っ切ろうとした…だが───
「───逃がすわけないだろ」
そんな言葉と共に、その足を無造作に吹き飛ばされた。
何時の間にそこに居たのか、何時の間にその足を踏み出していたのか…音すら発さず、まるで当たり前のように真人の真横に位置していた葛城廻は、さも当然のようにその足で真人の両足を蹴り飛ばした。
黒い火花がまた散った、喧しい悲鳴を上げながら真人が地面を転がる、痛い痛いと叫び散らしながら足を押さえて子供のように泣きじゃくる…その事実が、ここに来て真人の恐怖は更に助長させる。
だってそうだろう…さっきまで痛みなんて感じなかったのだ、さっきまでこの幼子の打撃は確かに自分には無力だったのだ。
それが…それが、今こうして自分に痛みを与えている、
───まさか…まさか……!?
知りたくない、理解したくない、そんなことはあって欲しくない…そんな子供染みた思考の元にまるで嫌がる子供のようにイヤイヤと顔を横に振る真人へと、まるでトドメでも刺すかの如く葛城廻は口を開く。
「今、痛がったな……そうか、お前───」
───その奥にあるモノ殴れば死ぬんだな?
それは、決してあってはならない絶望を告げる言葉だった。
葛城廻は既に一度、死出の旅路を巡っている。
千年前…宿儺との決戦の際に死亡した禪院廻は、元の世界の帰ることなくこの世界の輪廻に留まり続け、あろうことか千年にも渡る輪廻の果てに再び生を受けた…そして、その魂に刻まれた戦いの記憶は消えることなく、その内に残り続けた。
その原因が何であったのかを解明する術は無い…単なる偶然だったのか、元が転生者であったが故の必然だったのか、それともその何方でもない第三者による介入によるものだったのか…それを知るのは輪廻の中にいたであろう誰かだけであろう…そして、そこは今は重要なことではない。
ここで大事なのは、葛城廻もとい禪院廻は千年という長い時を魂だけの状態で過ごしたことがあるということ…剥き出しの魂の状態で、無数の魂が同じように存在する世界に居たということ。
本来であればそれは何のアドバンテージにもならない、前世を覚えていない廻がその事を知覚することは無い…だがしかし、その魂は…禪院廻改め葛城廻の魂は、その千年にも渡る期間のことを無意識的に覚えていた。
そうなるとどうなるか…何時かの未来、本来の時空に於いて真人がこう言った…『魂は常に肉体の先にある、肉体の形は魂の形に引っ張れる』…と。
そうなってくると後は簡単だ、葛城廻は…葛城廻の瞳は真人の言葉通り魂に引っ張られる形でその視認の領域を一段階向こう側へと引っ張り上げられた…つまり───
───葛城廻は、明確に魂の輪郭を知覚出来る。
それ即ち…『人の呪霊』の天敵を意味をする。
「ようやく、殴ったって感じになれた…あまり嬉しいものでもないけど…別に良いよな」
───お前は、死んでいい奴なんだから。
光を映さない満月が、今度こそ真人とその魂を捉えた…その事実に真人の心中にあったのは深い深い絶望だった。
「なんで…なんでお前みたいなのが…なんで、なんだお前みたいな───」
───お前みたいな化物がこんな所にいるんだっ!?
言葉の続きは出てこなかった、喉が震えが上がっていたが故に口に出すことすら叶わなかった…だが、何を言いたいのかは理解していたのだろう、悲鳴を上げるように言葉を吐き出した真人へと廻は冷めた瞳で口を開く。
「自分を省みてからものを言えよ」
無慈悲…そんな言葉が良く似合うような冷たさを見せる極寒の瞳と共に無造作に拳を振り上げる、化物はどう考えてもお前の方だろうという今までの戦闘法を見た上でのその言葉と共に廻はそのトドメの始まりを打ち込もうとその拳を───
「───…チッ」
舌打ちと共に納め、その場から大きく飛び退いた…瞬間、無数にやってくる呪霊の大群、まるで砲弾のような突き刺さる群体が着弾した大地を破壊する。
何が何だか分からない、何が起きた…恐怖からの突如とした襲撃によって思考が混乱していた真人…その身体へと、誰かが触れた。
「───真人、無事?」
それは、仲間の声だった。
見上げた先にいた白髪の男…片目を隠れるほどに伸ばした白い髪にあの男と同じ黄金の…月というより闇を思わせるような暗さを携えた金色の瞳…白い肌と整った顔立ちからは男とは思えないような色気を立ち上らせる…そんな存在に、真人は心当たりがあった。
「…三…途」
途切れ途切れになりながらも名前を呼ぶ…自分達の仲間の一人、人でありながら
「こっ酷くやられたね、真人……まぁ、それも仕方がないか…流石にあれはどうしようもない」
向けられた視線の先、そこにいるのは真人にとっての恐怖の具現…魂を観測し、その輪郭ごと自身の肉体を破壊してみせた文字通りの天敵の姿…それが、感情の読めない瞳で此方を見ていた。
「───ッッッ」
漏れ出る声を必死に押さえつけた、少しでも声を発せばそれだけで首を刈り取られるような気がして仕方がなかった…そんな真人の身体を掴みながら、三途が口を開く。
「───退くよ、真人」
徐にそう口にされた三途の言葉にえっ…と声を漏らした真人は次の瞬間には空に居た…黒い鳥型の呪霊、人間六人程度ならば平気で乗せられるのではないかと思わせられるほどに巨大な鴉のような呪霊がそこには居た。
翼が舞う…黒い羽根を辺りに散らしながら翼をはためかせた鳥の呪霊はその図体の大きさから想像も出来ない程の素早さでその場を離脱する…見た目に反してすばっしこい動きをする黒い鳥の姿に、石を投げつけようとしていた廻は舌打ちをしながら石をぽいっと投げ捨てた。
飛び上がり消えていった黒い鳥…結局殺し切れなかったツギハギのお化けモドキにそれの飼い主らしい白髪の男…どれを取っても廻の中のナニかを掻き乱す。
大人の声が聞こえてくる…先程の轟音を聞きつけてやってきたのだろう、無数のライトの光源が廻の視界に映り込んだ。
そんな光景を前に廻は深く…それはもう深くため息を吐き出しながら周囲を見渡し…呟いた。
「これ…どう説明しよう…」
何処かの遠い遠い田舎町…物語に関与することは無かったであろうその場所で、確かに怪物は産声を上げた。
葛城廻について
転生経験したんだから魂の輪郭くらい知覚できるだろうという作者の解釈によって魂の輪郭を知覚出来るようになった男…本来は本編で真人と戦わせる際に使おうと思っていた設定だったが、そんなのしなくても反転アウトプットと適応があるんだからいらんだろと御蔵入りになった設定でもある。
禪院廻インストール:10%