雨が、振り注いでいた。
西東京市、英集少年院…特級仮想怨霊の呪胎を非術師数名が目視で確認されたその場…原典に於いても同様の事態が確認され、ことこの世界に於いても然程の変化は見受けられず、原典同様に緊急事態の為、高専一年生三名が派遣される。
本来の時間軸に於いて存在し得なかったイレギュラー『宮城薫』の存在もあったが…原典の五条の出張に巻き込まれる形で特級討伐の任へと割り振られた為、この場に訪れることはなかった。
故にこれは必然、偶然なんて欠片も絡まない明確な明瞭な想定通り…少年院へと足を踏み入れた虎杖悠仁、釘崎野薔薇、伏黒恵は特級に遭遇、内一名が死亡する。
何も変わらない、多少出来事に対しての差異はあろうが引き起こされる結果は変わらない…虎杖悠仁は特級を退ける為に宿儺を呼び起こし、そしてその当の宿儺を完全には抑え込めず少しばかりの自由時間を与えてしまう…そして、伏黒恵がそれに立ち向かった末に虎杖悠仁は一度死亡する。
そういう筋書きなのだ…別の時間軸とは違う、この世界の。
「───おい、知っているか?」
声が響く。
薄暗い空間、割れて砕けた無数の瓦礫にダムのように水場を生成する…大凡少年院とは到底思えないその内側の中で、呪いの王は心底面倒くさそうにその口を開いた。
「我々は共に特級という括りに分類されるのだそうだ…俺と───」
───
冷え切った瞳、この世の全てに興味が無いと言わんばかりの瞳を浮かべる呪いの王の視線の先では、手足をバラバラに斬り刻まれた特級と呼ばれた呪霊が水面の上を這いずり回っていた。
嘲ることも、嗤うことも、心底見下したような表情を浮かべることも無い…あるのはただ、徹底的なまでの無関心だけ。
宿主が無理矢理に変わってきたから、この虫が牙を剥いてきたから…ただそれだけの理由、そうでもなければ手を出すどころか視界に入れることすらなかった眼前の存在を、宿儺は石ころか何かのように見つめていた。
ため息を吐き出す…何故に己はこんなことをしているのだろうかと、そんならしくもない思考が呪いの王の…宿儺の脳裏を過ってしまう。
理由は先も言った通り…ただ火の粉ともすら言えない気持ちの悪い虫を払っているだけのこと…しかし、それをするにしても相手があまりにも弱すぎたのだ。
気分はさながら昆虫観察、手足を千切った羽虫がどのように動き回りどのように死んでいくのかを観察するような感触…しかし、そうと呼ぶにはあまりに暇で、あまりに退屈な時間がそこにはあった。
ため息を吐き出す…本当の本当に、何故己はこんなことをしているのだろうかと、変わらずらしくもない思考を宿儺は浮かべていた、浮かべるくらいしかやることがなかったとも言えた。
本来であればこのような状況にはならなかったであろう、通常の両面宿儺であれば目の前の特級と呼称された呪霊を用いて遊ぶなりなんなりしていたのかもしれないだろう……しかし、そうはならなかった、そうならない理由があった。
端的に言って…宿儺は萎えていた。
目覚めて早々に待ち望んだ宿敵に出会えるのかと気分を上げてみれば出てきたのはその弟の生まれ変わり、なまじ気配が似ていたこともあってか勘違いさせられた宿儺の心境は如何ともし難いものだった。
最高潮に昇るはずだった気分は一気に最底辺へと落ち込む、当初はそれに対する怒りと失望の感情によって持ち直していたが…時間が経ったことによってそれも落ち着いてしまった。
結果、宿儺は萎えた、無気力になった…何をするにしてもやる気が起きないような状態…言ってしまえば一種の鬱状態と化してしまっていたのだ。
自身を閉じ込める檻にも、宿敵と同じ術式を使っていたのだろう存在にも、少ない時間ではあるがかつて刃を交えた宿敵の弟のことも…そして、ふざけた態度でクソガキのように自身を一蹴した今代の六眼所有者のことさえも。
どうでもいい、何もかもがどうでもいい、森羅万象尽く…ありとあらゆる全てが心底からどうでもいい…それが、今呪いの王が抱える正真正銘の本音であった。
呪霊の手足の再生が終わる…ニンマリと何処か自慢げに笑みを浮かべてみせるその呪霊に宿儺は視線すら向けない、ぼんやりとしたように虚空を見つめ始めた呪いの王が何を考えているかなぞ、誰も分かりはしないだろう。
そしてそんなことを目の前の呪霊は気にしない、そもそもそんなことを考えるような知能なぞ無い。
生存本能故に、恐怖故に、己の生命を守らんが為に呪霊は呪力を練り上げ宿儺へと放出する───
───キンッ
その結果へと至るその前に、全ては終わっていた。
鳴り響いたように聞こえた音、視線すら向けることなく振るわれた不可視の刃は呪力を放出しようとした呪霊の身体を粉微塵になるまで斬り刻んだ。
悲鳴も上げることすら許されず、燃え盛り灰となることすらも許されない…何一つとして残さず特級仮想怨霊と呼ばれた存在は、そうしてこの世から消滅した。
その様を横目で認識した呪いの王は、酷く面倒くさげにため息を吐き出しながら、これまた面倒くさそうに口を開いた。
「終わったぞ小僧…さっさと出てこい」
有無を言わさぬような口調で宿儺は身体の主を呼びつける、何でも良いからさっさと引っ込みたいという宿儺の内心が透けて見えるようだった…だが───
「…おい、早くしろ小僧…不愉快だ」
変わらない、反応が無い…苛つきを隠さずに言葉を吐き出した宿儺に対しても虎杖悠仁は何も反応しない、暫く待ってみても身体の所有者である虎杖が出てくる気配がまるで無い。
何故…その理由を模索し、数秒と掛からずその可能性に行き着いた呪いの王は───
「───…チッ」
心底不愉快そうに、舌打ちを漏らした。
「あめあめ ふれふれ かあさんが〜♪ じゃのめで おむかえ うれしいな〜♪ ピッチピッチ チャップチャップランランラ〜ン♪」
雨音が地面を打つ、水を叩く靴の音が静かに耳に届くその中で聞こえてくるのは楽しげに歌う少年の声、今にもスキップでも始めてしまいそうな程の上機嫌に、何があったやらと思わざるを得ない。
鼻歌交じりに喜色の混じった声色、傍から見ても嬉しそう、楽しそうというプラスの感情に捉えられるであろうそれを咎める人間はまずいないであろう。
「かけましょ かばんを かあさんの♪ あとから ゆこゆこ かねがなるぅ〜♪ ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪」
パチャパチャと踏みしめられる水溜りの音、黄色いカッパに身を包んだ少年は年齢に似合わない様な幼さを見せながら小さく跳ねる様に歩を進める、町並みの中を降りしきる雨が次第に一定のリズムを刻む様な…そんな錯覚を何処かで覚え始める。
空は、晴れていた。
日差しが差し、差し込んだ光を地面に溜まった水溜りが反射する、澄み渡るような晴空の元を少年…葛城廻は心底楽しそうにただ歩いていた。
何が楽しいやら、何が嬉しいやら、何がそんなに幸せなのやら…きっと、今の葛城廻を見れば大抵の人間はそんな疑問を抱くだろう…僻みや皮肉ではない、ただただ純粋な疑問として。
「あらあら あのこは ずぶぬれだぁ♪ やなぎの ねかたで ないている〜♪ ピッチピッチ チャップチャップランランラン♪」
歌が続く、誰も聞いていない、聞く人間が誰一人としていないこの寂れた町の中でただ一人の歌声が響き渡り続ける。
「かあさん ぼくのを かしましょか♪ きみきみ このかさ さしたまえ♪ ピッチピッチ チャップチャップランランラン♪」
ここが何処であるかを廻は知らない…ただ散歩がてら歩き回っていたら偶然迷い込み、どうせならばと探検していたら楽しくなってその勢いのままに偶然思いついたこの曲を歌っているだけに過ぎない。
天気雨は普通の雨と違って気持ちがいいな、どうしてなんだろうなぁ…なんかゲームとかアニメみたいな光景だなぁ、帰ったら家族に自慢しよう…なんて、そんな他愛もないことを考えながら上機嫌に歌いながら、無人の町を歩いていただけに過ぎない……まぁ、だから何なのだという話になるのだが。
「ぼくなら いいんだ かあさんの♪ おおきな じゃのめに はいってく♪ ピッチピッチ チャップチャップランランラン♪ ピッチピッチ チャップチャップランランラン♪」
雨が止んでいく…歌の終わりに近づくと共に、雨の勢いが収まっていく、残っていた雲が晴れて最後に残るのは澄み渡るような青空だけ、太陽がサンサンッと照らし上げる眩しくて仕方がない晴天だけ。
歌声と共に寂れた町の中を歩いていた少年はただ一人、誰に知られることもなくその歌を終えた。
───ガゴンッ!!
響き渡る、その音と共に。
今回の話について
少年院の話を書こうとしたらなんか上手く書けずに何度も書き直しても納得がいかずに鬱になりかけたので、とりあえず廻の話を唐突にぶち込んだ、反省はしている。
あめふりに関してはアニメ見てたら雨が降ってるシーンがあって、それ見てたらぶち込みたくなった、反省はしていない。
宿儺
期待大から落胆と失望に叩き落とされたせいで基本的にテンションが非常に低い、裏梅に出会えたら多少は回復する。
廻の歩いていた寂れた町
一言で言うなら零×夜廻×SIREN