ガタンゴトンッと響く車体の音、暗闇の中を疾走する電車の音を聞きながら、次々に過ぎ去っていく窓の外を葛城廻はぼ〜っと眺めていた。
───良い人達だったなぁ。
思い出すのは先程のこと…頬から謎の口を生やした気の良いお兄さんとその頬から生やした口で話しかけてきた妙に機嫌の良さそうな誰かさん…見た目的に新手のお化けか何かかと疑ってしまったのは内緒である。
迷子の自分を駅まで送ってくれた、帰りの運賃も用立ててくれた…それに加えて、信じては貰えないだろうと思っていた迷子の原因となった神隠しの件にことすら迷うことなく信じてくれた…反応からして何かしらの事情を知っているのだろうことを加味したとしても、これで良い人ではないというのは流石に嘘であろう…少なくとも、廻はそう思った。
ガタンゴトンッと電車の振動に身体を揺られながら、これからどうしようかと考える…幸いなことに、家に帰るのには電車での移動のみで事足りた、乗り換えも特段必要とせず真っ直ぐ目的の笑みに向かって降りればそれだけで家には帰れる、時間こそ掛かるが確実な方法だった。
強いて問題があるとすれば、それは自分の両親にどう説明するかだろうか…神隠し云々のことを素直に教えてもあの二人…二人? のように信じてもらえる気はしないし、では別の事を言って納得させようにも上手い言い訳が思いつかない。
素直に話しても雷、言い訳を話しても雷…基本、何を言っても怒られるという未来しか見えなかった…いやはや、どうしたものかと廻は頭を捻らせるより他無かった。
ガタンゴトンッと音が鳴る、過ぎ去っていく景色に目を向けながら、そういえば何も食べていなかったなと今更ながらに思い出す。
自覚した途端にぐ〜ぐ〜鳴り出す腹の虫、どれくらい食べてなかったかなぁと考えてみれば、それが何時からであったのかをまるで思い出せない、なるほど困ったと頭を捻った。
お兄さん方に飯を集るべきであっただろうか、いやいや電車の運賃を貰ったのにそれ以上は失礼だろう、けど背に腹は代えられないぞ? …なんて、そんな思考が頭を巡った……腹が空いては生きてはゆけぬ…とは、誰の言った言葉であったか。
「───食べるかい?」
そんな時だった、そんな言葉が聞こえてきたのは。
声のした方向に目を向ける、音のした先は自分の目の前、窓の外へと向いていた意識を眼前へと引き戻し、廻はゆったりとその瞳を前方へと向けた。
そこにいたのは男だった…白い髪を片目が隠れる程に伸ばした男、薄暗い金色の瞳から何処か奇妙な情動のようなものを感じたような気がした。
薄く笑みを携え、その金色の瞳を真っ直ぐと此方へと向けたその男は、その手に持った恐らく市販品であろう二つのおにぎりを廻へと差し出していた。
「…えっと……良いんですか?」
当然、それに困惑するのは廻だ。
当たり前のことであろう…初対面で頼まれてもいない相手におにぎりを差し出す人間が何処に居るというのか…いやまぁ、ここにいるのだが、そういう話ではない。
遠慮した…というやり困ったように、どう反応すれば良いか分からないと言うように、廻はその差し出されたおにぎりを前に本当に良いのかと確認した…そんな廻の言葉に男は一切の裏が無いような笑みで以て答える。
「良いんだよ…というか、そもそもあんなにぐ〜ぐ〜と腹の虫を鳴らされ続けてたら気にするなって言う方が難しいと思うよ、僕は」
「そんな派手に鳴ってたんですか…?」
男の言葉に何処か戦慄したように言葉を返す廻、そんな周囲に聞こえるレベルのものであるとは想像もつかなかったというのが本音である、中々に恥ずかしいこと此の上無い。
ぐ〜ぐ〜と腹を鳴らしている誰かさん…なるほど、自分でも同じことをするかもしれない、というか多分すると…廻はそう考えた。
そう考えてみれば目の前の男の行動も納得が出来ると言うもので、であれば差し出されたそれを拒む理由など葛城廻からしてみれば何処にも無いわけで───
「───頂きます」
「───どうぞ召し上がれ」
そんな簡素な言葉と共に、廻は差し出されたものを受け取り、その封を破った。
───あぁ…懐かしい
そう思ってしまうのはいけないことだろうかと、男は…三途と呼ばれた男は何となしにそう思った。
むしゃむしゃとおにぎりを美味しそうに頬張る少年の姿を、バリバリとおにぎりを食す子供と成っていたかつての師の姿を見て、三途は言いも知れぬ感覚を覚えていた。
───食べる?
そう言って、飯を差し出されたあの日の瞬間が目に浮かぶ…ボロボロで泥塗れで、どうしようもなく汚く飢えていたあの日のことを…そして、その瞬間に何気なく差し出されたあの救いのことを否応でも思い出すのだ。
どういうつもりだったのか、どういった目的があったのか、そもそも目的なんてあったのか…なんてことは今でも分からない、知ろうとしてものらりくらりと躱された記憶があった。
立場が逆転したような気分だった…あの日のバクバクと食い物を食べる自分の姿とそれを見つめる師の姿、向けられる視線を気にもせずただただ目の前の飯にありつき貪る…そんなあの日の光景の焼き直しのように、目の前では師がそのかつての自分の
…この少年が禪院廻本人であるなんてことは、見た時から分かっていた。
さも当たり前のように放たれる黒閃…それだけならまだしもその直後に放たれた埒外とも言うべき速度とそこから繰り出された簡易領域による真人への攻撃…それを考えた人間を知っていた三途だったからこそ気づけたとも言えるのだろうが…あぁもやられては露骨と言わざるを得なかった。
基礎の完成度が高すぎるのだ、齢14そこらの少年が出して良い基礎のレベルではない、本当に殴られる直前まで何処から攻撃が飛んでくるか分からないレベルの呪力操作能力なんてそれこそ論外である。
多少ムラこそあったが、それでもアレを正確に認識するのにはかなりの実力が必要になる…最低でも特級片足を突っ込まないとアレを正確に読み切るのは不可能と言っても過言では無い。
逆を言ってしまえば生前はもっとエグかったとも言えるのだが、それは今するような話ではない、そこは重要ではないのだから。
ふぃ〜…と、息をついて食べ終えた少年の姿…満月を思わせるその金色の瞳をパチリパチリと瞬かせて、旨い飯を食べ終えた余韻に浸る様はまさしく幸せな子供の姿のソレである。
そんな廻の姿に思わず笑みを溢した三途は、ふとしたようにその瞳を細めて、小さくなったかつての師の姿を見て…内心で言葉を呟いた。
───ねぇ…知ってる廻さん? …貴方の護ろうとしたものは、思いの外汚かったんだよ?
フラッシュバックするかつての光景…小さな背中、呪いを扱う小さな小さなその背中に刃を突き立てた人でなし、人の姿をした悪意をばら撒くだけの呪いの姿。
護られていた、護られていたはずだった…少なくともそう認識していたはずだった、その小さな姿を良く知らずともそれが成し得ている功業の数々を彼等は知っているはずだったのだ。
それでも突き立てた…何もしていないのに、誰もその村に何もしてはいなかったのに、そんなことは誰しも分かっていたはずなのに…それでも彼等は自らを呪いより護っていたその小さな背中へと裏切りの刃を突き立てた…最も身近な呪いを扱う人間である…たったそれだけの理由で。
意味も分からない理屈をがなり立てて、刃をその背中へと何度も何度も突き立てて、狂気に満ちた嗤い声を響かせながら人とは思えないような顔で踊り狂う…その手に、かつて自分達を護った子供の四肢を突き立てて。
人こそ正しく呪いである…そう言った誰かの言葉が脳裏を過った…誰が言ったのかなんてどうでも良かった、その時三途は心底からその言葉に同意したのだから。
…けど、それだけでもないことを知っていた。
知ってしまっていたからだ…善人はいる、疑心暗鬼の状態に落ちながらも決して自らを手放さず人であり続けた者達がいることを当時の三途は既に知ってしまっていたから…他の人間と同じでありながら、それでも理性と良心を捨てなかった者達を知ってしまっていたから。
…だから───
───廻さん…貴方は許してくれないし、怒るだろうけど……僕ね、間引こうと思うんだ。
───人でなくなる人間と、そうじゃない人達…何時も割を食う人達が割を食わないように、その割を受けるべき人間達を間引こうと思うんだ。
───そうすればきっと…少なくとも、割を食わなくても良い人は少なくなるよね?
心の奥底で吐き出す独白、自らの決意…当然、今こうして吐き出している言葉が全てとは言わない、呪霊を全ての人間に周知させるという計画の中にこのような感情も含まれているというだけの話である。
ただ…そう、ただこの言葉そのものもまた、三途という人間の本音であることは間違いないのである。
呪霊の国を作り、それで以て世界全土に呪霊の存在を認知させる…そうすれば少なくとも、呪いを扱う誰かが虐げられることは無くなる…よしんば変わらなくても排斥した先にあるのは自らの破滅だ…奴隷のように扱っても同じこと、激しい消費の中で壊れない人間等はいない、そうして壊れた先にあるのもまた自らの破滅なのだから。
理性の無い人間から死んでいく、良心の無い人間から先に死んでいく…人を熟知した呪い達はそうした脆い場所を率先して潰しに行く…そうして果てに残った人間達はきっと、まともに人と呼べる存在であろうから…少なくとも、そう在って欲しいと思うから。
───僕は呪いの国を作るよ…僕の好きな人達を生かすために、僕の嫌いな誰かを殺す為に。
───意味が分からないと思うと思う、本末転倒だって言われると思う…けどもう決めちゃったから、線を踏み外しちゃったから…だからもう、行き着く所までは行くって決めてるから。
目の前でご馳走様でしたと手を合わせるかつての師の姿に笑みを溢しながら吐き出される内心の独白、誰にも届かないその言葉には意味があるのかと言われれば…恐らくは無い、何の意味も無い。
ただの気持ちの整理…それ以上の無価値に過ぎる意味以外の、何者でも無い。
───さようならお父さん…多分、次会ったら敵だ。
後のもう一人の呪いの王…誰にも届かないたった一人の宣言であった。
三途
ざっくり言うとデビルマンみたいな光景を見て色々考えちゃった人、その前にも外からやってきた人間が自国の人間で人体実験したり、そもそも人間扱いしてなかったりと色々見てきた後のことだったからここら辺で一気にプッツンと行った。
自分のやってることは本末転倒だし、何だったら自分の好きそうな人程死にそうなことであると理解しているが、一度線を踏み越えた以上止まっちゃいけないと思っているので最早止まれないと思ってる…多分このIF編のラスボスである。
追記:内心で廻のことをお父さんだと思っている。