思いの外弟くんが好評ぽかった為、何気無しに弟くんエピソードを投下していくスタイル。
因みに、弟くんの術式はどっかのドブカスと違って蒼いです。
私の兄は、私が知る限り最強の術師だった。
『十種影法術』…兄がそう呼んだその術式を、兄は躊躇い一つも無しに使いこなしてみせた。
誰もが初見、何もが未知、生まれて初めて生まれてきた未踏の術式を持って生まれてきた兄は、それを誰に頼るでもなく容易く扱い熟した。
それ故か、兄は私が物心ついた頃には既に戦場にいた。
私が5で兄が10そこら…その時点で、兄は既に死地にいたのだ。
呪いを相手に命を削り合う日々、呪い呪われた毎日を過ごし、その中でかけがえのないモノを手放すまいと戦い続ける…そんな毎日を、兄は送っていた。
兄が呪霊狩りに行ってボロボロになった状態で帰ってこない日は少なかった。
本当に命懸けの毎日を送っているのだと、その時の私は幼いながらに理解せざるを得なかった。
そして…そんな日々を送ってなお、兄は笑顔を絶やさなかった。
私の名を呼び、時に遊んで時には褒めてくれた。
これでもかと愛情を注がれていたという自覚が、私にはあった。
雷が怖くて泣いていた夜も側にいてくれた、強くなりたいと言う私に時に厳しく時に優しく様々なことを教えてくれた。
私が兄から貰ったモノは、あまりにも多かった。
そして、父も母もそんな兄のことを心から誇りに思っている様子だった。
強いて不満があったとするなら、それは何時まで経っても奥方を作らなかったことだろうが、逆を言えばそれ以外に不満らしい不満は無かったと言えるだろう。
私は、間違いなく幸せだった。
尊敬する兄と、愛する家族と妻に囲まれて、私は確かに幸せの真っ只中に居るのだと、そう確信していた。
しかし、それも崩れた…私の目の前で兄が死んだ、あの時に。
式神ごと斬り裂かれる兄の姿は、今でも鮮明に思い出せる…忘れたくても忘れられなかったとも言うのだが…。
…心の何処かで、私は兄は決して死なないと思っていた。
だから、兄が一人で宿儺と戦うと言ったあの時も、無理矢理止めようとはしなかったし、引き止めることもしなかった。
心の何処かで兄が勝つと信じていた、心の何処かで兄は生きて帰ってくると信じ切っていた。
馬鹿な話だろう、この世に絶対等無いというのに、その兄自身が勝てるかどうか分からないと、負ける確率の方が遥かに高いと…そう私に教えてくれていたというのに。
その結果として兄は死んだ、最後の最後に自身の奥の手を呼び出して、やることはやったと言わんばかりの顔で死んでいった。
その時湧き出た深い後悔を、私は未だに覚えている。
止めればよかったと、せめて私も共に行くべきだったと、そういった後悔が湧いて湧いて溢れ出してくる。
私は何をしていたというのか、出来ることなら幾らでもあったはずだった、それなのに私は何もしなかった…出来なかった。
せめて…せめて私が、あの時
悔しい、悔しい…その時ほど、己の無力を恨んだことはなかった。
そうして自分を恨んだ癖に、兄の最後の式神が戦っている時も、私は結局何もしなかった、ただ見ていることしか出来なかった。
拳を握りしめ、唇を噛み締めて、ただただ目の前で起こっている天変地異にも似た死闘を、ただ枠外から見ていることしか出来なかったのである。
切っ掛けがあったとするならば…あの瞬間だ。
怒りの咆哮を上げる式神が、宿儺へと怒涛の攻撃を叩き込んでいる、止まることすら知らないと言わんばかりに休み無くただただ殺意を叩きつけていた。
そんな中で、ほんの一瞬だけ式神の動きが止まった瞬間があった。
ほんの僅かな時間でこそあるが、振りかざした腕をそのまま振り下ろすことなく、ピタリと硬直した一瞬があった。
何故…そう思考する前に、私の身体は動いていた。
理由は分からない、ただ征かねばならないと身体が動いていた、今ここであの場所に征かなければ、私は今度こそ耐えようのない後悔に襲われるのだと…そういう確信があった。
…後から気づいたのだ、あの場所の式神が攻撃を放とうとしていた場所…より正確に言うならば宿儺の背後…そこには、兄様の亡骸があったという事実に。
当然のことだが、当時の私はそんなことに気づいてすらいない、間違いなく思考の外側にあったであろうはずの私は、しかし脇目も振らずそこへと向かった。
後悔すると、私の中のナニカがそう言っている気がしたから。
結果として、私は間に合った。
式神と宿儺の間に割って入り、宿儺から放たれた斬撃を弾き飛ばし、そして私は大声で背後にいる式神に向けて、こう叫んだ。
───兄様を頼む!!
その言葉を理解してくれたのかどうかは分からない……だが、私の言葉を受けた式神は兄様の亡骸を抱えて何処かへと飛び去っていった。
そして私は、式神を追おうとした宿儺を相手に足止めを試みて…そして生かされた。
「…来たか」
閉じていた瞳を開き、眼前を見据えた。
早朝に来たと言うのに、気づけば辺りは夕焼けに染まっている…少し昔を思い出すだけのつもりだったというのに、随分物思いに耽ってしまっていたらしい。
木々の隙間から指す夕日の光が視界をよぎる、階段の上に座り込んでいる私の元へと光は容赦なく降り注ぐ。
背後から注がれる夕日の光…それを浴びるようにして、視線の先から一人の女性が悠々と歩いてくる。
白と菫色の髪を揺らし、青と白の装束に身を包んだ彼女の姿は、それを見た誰もが振り返るであろうほどの美しさを秘めていた。
兄が見たなら、きっと相変わらずと笑っていたことだろう…それほどまでに見慣れた光景だった。
「…久しいですな、菫様」
呆れたように、呟くように、私はその名を呼んだ。
「うん、久しぶり…何年ぶりかな?」
その言葉に、菫様はふわりと微笑み、そして私と同じように再開の言葉を口にした。
「四年…いや、五年ぶりですかね…時間が経つのは早いものですよ」
そう一言告げ、刀を手に立ち上がり、鋭く菫様を見据える。
そんな私に菫様は一つ微笑み、次いでゆったりとした動きで此方へと歩み寄ろうとしてくる。
「なんで来たのか、分かってるよね?」
「えぇ、分かっています、その上で言いましょう…出来ません」
殺気を放つ、届くように気づくようにと殺気を放つ。
階段の一歩前、そこで菫様は歩みを止めて私を見上げる…その瞳は何処までも空虚で何処までも飢えているように感じた。
「何故かな? 君だって廻に会いたいだろう? 生きていてほしいだろう? 君だってあの時も、そして今だって呪物化の否定自体はしていないじゃないか…なのになんでそうも嫌がるのかな?」
何でもないように、本当にただ疑問を吐き出すようにして、菫様は私へと問いかける、何故かと。
お前も同じじゃないか、お前の望みは自分と同じじゃないかと、そう有り体に問うようにして、菫様は私を見据えた。
青い蒼い空のような瞳、何もかも見通す最強の瞳が私を見据えていた…まるで、嘘は許さないと…そう言うように。
…確かに、考えたこと自体は確かにあった。
兄様を呪物化し、何らかの方法で受肉させる…確かに、考えなかったわけではない、実際菫様に協力しようかと考えたことも確かにある。
…しかし、それでも、私はそれを認められなかった。
何故なら───
「菫様…私は、兄様には気楽に生きていて欲しいのです」
気づけば私は口を開いていた。
兄に気楽に生きていてほしい…そんな私の言葉に、菫様は何を言っているのか分からないと言ったような顔で私を見据えた。
そんな彼女に、私はやはりと目を伏せた…貴女に私の願いが分かるわけがないのだ、兄様に呪いをかけようとしている貴女には。
「私は、兄様には何にも縛られずに生きていてほしいのです…家柄とかそんなものじゃない、人と人との
「だったら別に良いじゃないか、受肉させて生き返った時点で周りとの繋がりなんて殆ど───」
「それでも私と貴女という柵は残る」
兄様はそれを気にするだろう、例え呪物化して受肉したんだとしても、例え繋がりが殆ど無かったんだとしても、何処までも行っても蘇らせた私達という柵は必ず残る…私はそれが堪らなく嫌なのだ。
兄様には何も気にせずに生きていてほしい、私達なんかのことなんか気にせず気楽に気儘に生きていてほしい。
忘れられてもいい、それでも兄様には呑気に笑いながら生きていてほしいのだ。
そしてそれは、呪物化の果ての受肉という方法では決して叶わない願いだ。
だから───
「私と貴女という呪いが兄様に残ってしまう以上は、私は貴女の願いを認められない」
私は、貴女の望みを否定する。
そうハッキリと口にした私へ、菫様は一言そっかと呟き…そして、酷く冷めた瞳を、私へと向けた。
「君を相手に殺さない自信は無い……分かっているね?」
「えぇ…当然」
菫様の言葉を合図として、刀の鯉口を切り何時でも引き抜けるように身構える。
殺さない自信は無い…そう言った菫様の瞳は氷のように冷たく、そしてドロリとした粘っこい執着心のようなものが見え隠れしていた。
あぁ、分かっている…貴女がもう形振り構っていないということは当の昔に分かっているのだ。
辛いのだろう、今を生きることが、兄様のいない未来を歩むことが堪らなく苦しいのだろう。
分かるよ、貴女が背負う苦しみは理解出来ずともどれほど苦しんだのかは分かる、何せ私も貴女も何方も最愛の人を見捨ててしまった人間だ、良く分かるとも。
それでも、私は貴女の望みを叶えさせる訳にはいかないのだ。
優しき人、私の義姉になったかもしれない人よ…どうか───
「───術式開放」
───
私に貴女を、斬らせないでください。
なお、この後からすぐに魔虚羅が乱入し弟くんに加勢、もれなく二対一のクソゲーと化す模様。
因みに、弟くんの名前は禪院 薫です。