実は呪力量が乙骨並にある。
…痛い、痛い痛い痛い。
黒く染まる呪力に歪む空間、そしてそれを撃ち放つ眼前の少年…宿儺の器が、私へとその拳を突き立てる。
パシンと響く手の叩く音、それと同時に目の前の景色が入れ替わり、腹部へと痛みが迸る。
「こんのっっ…!!」
思わず言葉が漏れ出て、しかしそれを吐き出す間もなく打撃が私の身体を的確に撃ち抜いてくる。
並大抵の威力ではない、少なくとも過去の呪霊にも通じるだけの打撃力は間違いなくある、そうでなければ私の氷を砕けるわけがないのだ。
何故か上半身裸の男と宿儺の器、こいつら二人はまず間違いなく私を殺しうるだけの威力を持ち合わせている…そして何より厄介なのは裸男の方だ。
パシンと音が鳴り響き、次の瞬間には宿儺の器が私へと殴りかかっている。
迫る拳を氷の壁を出現させることで防ぎ、ヒビ割れる壁に舌打ちをして氷を前方全体へ津波のように押し付け…ようとした所で再びあの音が耳に届き、その時にはもう私の眼の前に宿儺の器は居らず、代わりに先程へし折れた樹木が私の眼前にある。
次の瞬間、私の背中に衝撃が走り、そのまま樹木の向こう側に吹き飛ばされた。
続けてまたパシンと音が鳴り響き、私の視界が切り替わるや否や眼の前に宿儺の器が現れ、がら空きの私の頬へ思い切り拳を叩き込んでくる。
拳が頬に突き刺さり、痛みが脳内を駆け巡るが、そんなことはどうでもいいと切り捨て思考に専念する。
さっきと今のでようやく分かったが、どうやらあの半裸の変態は人間の位置を入れ替えることが出来るらしい。
そういう術式なのか奴自身が作り出した技法なのかは分からないが、兎にも角にも手を叩くことが発動条件なのは間違いない。
パシンと音が響き、今度は私と宿儺の器の位置が入れ替わる、私の目の前には半裸の変態、背後には宿儺の器がいる。
迎撃しようと氷を展開…しようとしたところでまたパシンと音が鳴り、今度は私と変態の位置が入れ替わった。
…なるほど、これは混乱する。
氷を展開して変態の拳を防ぐが、その真横から勢いよく遠心力を乗せた宿儺の器の蹴りが炸裂する。
砕ける氷、散らばる破片、その向こうからやってくる二つの拳がほぼ同時に私の顔や腹部へと突き刺さる。
痛い、痛いし混乱するし何より面倒だ、対応は出来るがその対応に行き着くまでに随分掛かるし、何より私自身が近接向きの性能をしていないのが何よりも問題だ。
やりづらい…端的に言ってしまえばその一言で全てが纏まる。
反射は追いつく、思考も追いついている、しかしどうしようもなく身体がそれに追いつかない。
私自身が近接向きではないこともあるのだろうが、それ以上に受肉したばかりで完全に馴染めていないことが最大の原因なのだろう、そうでなければ今頃ここら一体氷漬けだ。
しかし、それを今できないのであれば意味は無いと、拳と手の叩く音に晒されながらも私はひたすらに思考を繰り返し…ふと思った。
めんどくさいなぁ…と。
「───
いっそ…全部
「ッッ…!?」
違和感に気づいたのは、すぐのことだった。
寒さを感じなくなった、つい先程まで存在したはずの冷気がほんの一瞬で完全に消えたのを感じた。
視界に映る凍りついていた物、その全てが次から次へと溶け出してく、溶けた氷が水となりピタピタと地面に落ちていく。
その光景に、らしくもなく背筋に悪寒が過った。
「
半ば直感的且つ反射的な行動、咄嗟の我等が
それら行動全てが最早遅いと語るように、奴は動き出した。
「───術式反転」
静かに呟かれたその言葉、ただ呟かれただけの言葉が耳に届いたその瞬間…俺は、死を幻視した。
空間に熱が満ち満ち、次の瞬間には視界いっぱいに赤が迫ってくる。
「チィッ…!!」
幾らなんでも速すぎるだろうと肉体を呪力を全力で強化し、完全な防御体勢で赤を迎え撃つ…が、それを嘲笑うかのように奴は俺の予想を超えていく。
熱、身体にそれが突き抜けていく感覚の中で、赤い赤い灼熱の炎の向こうから、奴は飛び出してきた。
まるで踊るように、人魚が水の中から飛び出してくるようなそんな美しさすら感じさせる姿で、炎の海から奴が俺の眼前へと躍り出る。
「仕返しだ」
そんな言葉が耳に届いたと同時に腹へと蹴りを叩き込まれる。
息を吐き出す程の威力、ミシリと骨と肉を抉るように突き刺さった蹴りが、俺の身体をほんの僅かに宙に浮かせる。
だがそれがどうしたという、向こうから近づいてくれたのなら好都合と頭を振るおうとして、それに気がついた。
奴の掌、今まさに此方へと突き出そうと引き絞るその腕の大きく開かれた掌、そこに収束していく炎の渦が俺の目に映る。
爆発的な呪力と俺を襲っていた爆発的な炎の波、それら全てが一瞬の内にして奴のそこへと収束し、小さな小さな…それこそ野球ボール程の大きさにまで縮んだ。
それが、限界まで圧縮された暴力の塊であることは、恐らく誰の目にも明らかであろうそれが、今…俺の眼前で放たれようとしている。
食らったら死ぬ…素直にそう思った。
引き絞られた腕が放たれる、俺へと目掛けて迫る腕を前に、俺は術式を発動しようとする。
防ごうと思うな、反撃しようと思うな、死ぬぞと…俺の中の高田ちゃんが全力で囁きかけていた。
迫る腕、近づく俺の手と手…最早どちらが速いかの勝負と化していたこの死と死の瀬戸際でしかし…あぁやはりやはり───
「───東堂ッッッ!!!」
やはりお前は俺の心友だ、
奴の背後から現れた
その姿は痛々しいもので、上半身裸の状態で全身に火傷を負い、更に今なお燃えている箇所すらある始末…しかしそんな中でもその瞳に鋭く煌めく戦意は未だ健在…そんな
咄嗟に術式対象を変更、俺と奴の位置を入れ替え、振り向きざまに奴の足を払い、お膳立てを完了させる。
さぁ行け、
呪力が、黒く煌めく。
───黒閃
奴の身体へと突き刺さった
熱が散り、炎が弾け、奴の口から吐き出された血液がまるで
炎に照らされ、血が頰へと飛び散り、奴の姿を冷たくしかし確かな熱を持った双眸で射抜くその姿をさながら鬼神と呼んでも差し支え無いであろう貫禄のようなものがあった。
感涙だ、歓喜だ、あぁやはりお前は素晴らしいぞ
「…あぁ…認めてやろう」
奴が呟くようにしてその言葉を吐き出す、
「下賤ながら、無礼者ながら、その力は本物だ…故に今までの無礼全てを許してやろう」
尊大に、偉そうに言葉を吐き出した奴は仮面を取り外し、それをボウっと音を立てて燃やして捨てた。
仮面の奥から現れた素顔ははっきり言って美人の類であり、その双眸は静かに俺達へと向けられていた…その内に、ありったけの殺意を迸らせて。
手をぶらりと上げ、くいくいっと指を動かす…まるでさっさと来いとでも言うように。
いや、事実そういう意味なのであろう、その冷たく燃える双眸を映し出して、ふとそう思った。
「来い術師共、加減無しで殺してやる」
「ハッ…上等!!」
第二ラウンドの、ゴングが鳴り響いた…そんな気がした。
なお、花御の方は領域展開するかしないかの状況にまで追い詰められてる状態とする。