作者の悩み…宿儺の笑い声が表現しにくい。
不味いと、伏黒は半ば本能的にそう考えた。
死への恐怖、生への圧迫、様々な物が纏めて伏黒と扇の背中に降りかかる。
呪いの王『両面宿儺』…未だ完全とは到底言えない状態で再び現世に躍り出たその男は、しかしどうしようもない程の実力差を両名に叩きつけていた。
大きく腕を広げてゲラゲラと邪悪に嗤うその男に感じるモノは絶望、相対するだけで肌身に感じ取ってしまう程の絶対的なまでの死の気配、ただ自然に立って笑っている…ただそれだけで心臓が夥しく暴れ出し、今にも口から飛び出してくるのではないかと錯覚させられる程の圧迫感。
これが宿儺、これこそが呪いの王なのだと、伏黒と扇は本能で直感した。
だからこそ───
「───『布瑠部由良由良』っ!!!」
「───極ノ番ッ…!!」
その手を取ることを、両名は一欠片も躊躇わなかった。
互いに取る手段は絶対の必殺、自身の持ち得る外敵を必ず殺す為の絶対的な切り札を、両名は切った。
片や使えば自身の命が無いだろう十種最強の式神、片やたった一度きりの滅殺の焔、どちらも使用すれば死ぬだろうソレを、しかし両名は迷わずソレを行使する。
ここで殺す、目の前の怪物が何かする前に殺しきる、ただそれだけの為に。
「『八握剣───』」
「『
最早発動目前、放たれようとしている必殺に宿儺はただ笑みを携えそこに居た、放たれようとしている両名の切り札を敢えて待つかのようにその場に佇んでいた。
影で覆われた空間で狼が吠え、その暗闇の中で赫い炎が揺らめき爆ぜ、その中心部に現れる白い繭のようなナニカ。
それら全てが宿儺へ向けて今まさに解き放たれる…その刹那───
「───ケヒッ」
宿儺が…嗤った。
瞬間、宿儺の姿が掻き消える。
埒外の速度、認識するだけならともかくそれに追いつけ、反応しろと言われればまず不可能と断じる程の速さで以て、宿儺は扇達の視界から消え失せた。
「───十秒だ」
何処に行った…そう思考する間も無く、その答えを背後から叩きつけられる。
唐突に背後から響いた声、つい先程まで眼前に居たはずの男が己の背後に立っている、その事実が伏黒と扇の行動を封じる。
動けば死ぬ…本能的に、二人はそう直感した。
「十秒やる…答えろ───」
───禪院廻は、何処にいる?
「ふざっけんなよクソがァァッッ!!」
男…日下部は、今日という日が恐らく人生の中で一番の厄日に違いないと確信していた。
それは何故か? 簡単である───
「そこを退け! 呪詛師っ!!」
「退かないよ!! 楽しいものっ!!!」
自身の目の前で、特級相当の人間二人が周囲の被害なんてそっちのけで大暴れしているからである。
其々から放たれる大量の呪霊が人の居ない渋谷の一角を起点にぶつかり合い、潰し合い、呪い合う。
カマキリのような呪霊、イカのような呪霊、あまりにもグロテスク過ぎて言葉にするのも憚れる程の造形をした呪霊…それら全てが一斉に主の命に従い、外敵を排除せんとその猛威を振るう。
宛ら妖怪大戦争…そんな爆心地にも似た空間の渦中で、日下部は先と変わらず刀を振るっていた。
それは何故かと問われれば、それは単に巻き込まれたからと言うしかないだろう。
一つの防衛線をその身一つで守り抜いていた日下部は、その留まることを知らない呪霊の波にただひたすらにその刀を振るっていた、理由は当然死にたくないから。
死にたくないなら防衛線ほっぽり出して逃げれば良いというのに、それをしない辺りに日下部の人間性が見えてくるが…そこは大した問題では無い。
問題だったのは、日下部の担当していた防衛線がよりにもよって呪霊操術使い両名の戦闘区域に非常に密接していたことだろう。
結果として迫り続ける呪霊に対処し続けていた日下部は、それはもうお約束と言わんばかりの綺麗な流れと共に夏油及び三途の戦闘に巻き込まれ…今に至る。
「他所でやれよ他所で! なんでよりにもよって俺の所で…!」
鍔迫り合っていた二足歩行のクワガタムシのような呪霊を文句ついでに斬り殺し、即座に近づいてきたカブトムシのような二足呪霊を懐から取り出した小太刀で首を一閃、その首を跳ね飛ばす。
続けてやってきたイナゴのような呪霊の身体を刀で突き刺しぐちゃぐちゃと掻き混ぜるようにして内蔵を無茶苦茶にして殺し、その背後から飛び出すように突っ込んできたヤモリ型の呪霊を小太刀で斬り捨て、続け様に足元から這い寄るように近づいてきたナメクジを足で踏み潰す。
グチャリとナメクジ特有の気持ち悪い粘ついた音と粘液が靴へと付着し、それを嫌がる暇も無くただただ物量に任せてひたすら止まることなく呪霊達は日下部へとその牙を振るう。
終わらない、途切れない、さっきから何も変わっていない。
何処をどう見ても視界に映るのは虫、虫、虫…幾ら斬っても幾ら殺しても際限無く湧き上がる呪霊の群れ、何時までも変わらぬ景色に日下部の精神は最早限界に達しようとしていた。
半ば気合のみで刀を振るって呪霊を切断し、その隙を狙って日下部の背後から迫ったデカいテントウ虫のような呪霊をスルリと腰から引き抜いた鞘を叩きつけて爆散させる。
ドチャドチャと音を立てて飛び散る肉片、鞘にこびりついた紫色の血液がドロリと垂れてはピチャリピチャリと雫を落とす。
「チィッ…!!」
───シン・陰流『抜刀』
舌打ちを漏らしながら刀を鞘へと納刀、そのまま抜刀、シン・陰流最速の技が無数に飛行する人の頭ほどある蜂型の呪霊を頭から両断する。
雑魚、雑魚、雑魚、雑魚…斬り裂く相手は雑魚ばかり、しかも終わりが見えないということあって余計に嫌気が増す、これならば強いのと戦って終わりの方が遥かにマシであったと日下部は内心で愚痴を溢した。
…きっと、それがいけなかったのだろうと、後の日下部は語る。
らしくもなくそんなことを考えたから、らしくもなくそんな馬鹿げたことを頭の中でとは言え吐き出してしまったから、そうなってしまったのであろうと。
空が、黒く染まる。
ブブブと悍ましい羽音を響かせながら、四方八方に飛び交う黒い黒い虫の群れが日下部の視界を覆い尽くす。
其々が呪力を纏い、次から次へと虫型呪霊に張り付いてはその肉を好き放題に喰らっては死に喰らっては死にを繰り返す、正に阿鼻叫喚の絵図がそこにはあった。
ソレは、単体での生殖を可能としていた。
禪院直哉によって祓われる直前、己の死を悟ったソレは完全に消滅する直前に半ば本能的に単体での生殖を実行し、そしてそれを成し遂げその身を繋ぐことに成功していた。
即ち子、祓われた親へと向けられていた畏れすら自身に受け継ぎ、親と遜色無い力を持ったソレは、ただ本能の赴くままに目に付く全てを喰らいつくさんと決めていた。
「 私 ハ ァァ 」
それ即ち───
「鉄 ノ味 ガ 好 キダァァ ッ !!!」
特級呪霊『黒沐死』の、再誕である。
狂気…産まれて間も無いが故の生への渇望と全身を襲う喰らうことへの渇望、産まれて間も無いが故に生じるその飢えは、親の黒沐死のそれを遥かに凌駕していた。
それ故、最早黒沐死には理性も思考もヘッタクレも無い、あるのはただただ目に映る全てを喰らいつくしたいという何処までも純粋な食欲のみ…で、あるが故にその対象は最早人間のみには留まらず、その対象は同族である呪霊にまで及ぶ。
結果として引き起こされる惨劇、幾ら呪霊とは言え明確に生物の形をした存在がよりにもよってゴキブリという誰しもが嫌うだろう存在に貪り食われるその光景を前に、日下部は逃走を図った。
相手が特級相当であることは感じた呪力から分かっている、そして恐らく勝てないどころか時間稼ぎすら難しいだろう事実を日下部は感覚的に察知していた。
それ故の逃走、幸いなことに周囲の呪霊は大半を黒沐死のゴキブリが喰らいついていることもあって動きは疎らになっている、逃げ切ることに然程苦労することは無い。
…ただし───
「何 処へ行クゥゥ ゥゥゥ ッッッ !!!!?」
黒沐死が、それを見逃せばの話なのだが。
限界ギリギリの飢餓、生物の血肉を啜り喰らうことにしか意識を向けていない黒沐死の前で行われたその行動は、どうしようもない程に黒沐死の怒りを買った。
全身全霊の飛翔、呪力をフル稼働させただ目的とした対象を食い殺すことのみに全てを捧げたその行動は、逃亡を選択した日下部の心身を凍えさせる。
咄嗟にシン・陰流『簡易領域』を展開、逃亡の姿勢は崩さず己目掛けてやって来るだろう脅威に備え、日下部は抜刀の構えを取った。
更に、黒沐死の起こした異変と行動により呪霊操術使い二名が遂に黒沐死へと目を付けた。
強力な呪霊、自身の視界に映り込むその存在は先を急いでいる夏油にとっても目の前の存在をただ殺したい三途にとっても、その姿はどうしようもなく魅力的に映り、だからこそその目的も一致する。
簡単な話が…早い者勝負というやつである。
黒沐死が飛ぶ、目標は自身から逃げようとした一匹の獲物、不快な羽音をこれでもかと立てながらただ真っ直ぐと獲物へ向けてその牙を向ける。
夏油と三途が駆ける、妨害に次ぐ妨害を繰り返し、インファイトに次ぐインファイトを繰り広げながら日下部へと真っ直ぐに向かう黒沐死を不意打ちにて一撃で取り込もうと好機を探る。
日下部が構える、納刀された刀の柄を目一杯に握り込み、迫る一撃を防ぎどうにか逃げの一手には繋ごうとただ足掻く。
三者三様一触即発、其々が其々の思惑で以て動き出そうとするその一瞬、ただの一手でも間違えばそれが致命的なソレへと変貌するその一瞬の最中で…それは場違いにも巻き起こる。
突如として…日下部達の頭上の建物が、爆ぜた。
ズガンッという爆裂音、頭上のビルに突き刺さるようにして大きく鳴り響いたその音に黒沐死を除いた全ての人間が反応してしまう。
それはあまりにも大きな隙、食欲に支配され最早理性どころか本能でさえも半ば消し飛んでしまっている黒沐死からしてみれば、獲物がアホ面垂らして不格好に隙を晒している姿は最早食ってくれと言っているようなものである。
ただの一瞬、その一瞬の間に黒沐死は致命的な隙を晒した獲物の首筋に齧り付かんと一気に距離を詰め、その肉に牙を突き立てようとする。
しくじった…そう言いたげに顔を歪める日下部は咄嗟に刀を抜刀しようとするが…最早遅い、それをするよりも黒沐死が日下部にその牙を届かせる方が遥かに速い。
ようやく食える、ようやく満たせる、飢えを、乾きを、ようやくようやく喰らえる。
ただそれだけが全ての黒沐死の牙が日下部へと迫り……それよりも尚速く落下してきた人影が、黒沐死の身体を踏み潰した。
あまりの唐突、完全な死角からの一撃に成す術も無く黒沐死はその身を地面へと這い蹲らせた。
そしてそれに驚愕しているのは日下部も同じこと、あまりに唐突に現れたその人影にただただ驚愕の感情を表に出すことしか出来ず、その人物を見つめることしか出来ない。
「廻───」
禪院廻…自身の知る中で最強に最も近い男は、遥か上空を睨みつけるようにして見上げ───
「なんで寝たまんまでいてくれないかなぁ、お前は」
何処か呆れたような声で、一言そう呟いた。
───ウァッハハハハハハハハハッ!!!!
瞬間、上空から響いてくる嗤い声が、自身の全てを押し潰さんとするような圧力と共に降り注ぎ───
「───待ちかねたぞっ…………!!!」
───禪院廻ゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!
次の瞬間、周囲一帯が爆心地と化した。
作者の本音:宿儺戦を書こうとしたら何故か日下部さんのことを書いていた、何を言っているのか以下略
呪いの王
実は禪院廻は何処と発言した次の瞬間には蹴り飛ばされてた人、凄く楽しそうである。
日下部さん
なんか戦ってる描写少なかったから戦わせた、なんとなくだけど作者的に苦労されたくて仕方がない。