視界に映る景色が切り替わる。
殺風景だった線路の上から、無数の燃えるような赤と薄氷色の花弁が五条菫の視界一杯に舞い散り、それらが撫でるように身体に優しく触れる。
領域展開…呪術の最奥が今、この世に姿を現した。
「なるほどね、確かに領域の中じゃボクの不可侵も機能しない、攻撃もちゃんと当たる……けど駄目じゃないか───」
───ボクより弱い君がそれをしちゃぁ。
印が組まれる、必中必殺が次の瞬間には襲いかかってくる正に絶体絶命間近の瞬間に、菫はまるで散歩にでも行くかのような気軽さでゆらりと印を組み───
「無下限呪術 極ノ番───」
───『黎』
悪戯っぽく、悪どい悪餓鬼が如き笑みの下、五条菫は自身が持ちうる絶対の破壊を解放した。
瞬間、空間ごと領域が吸い込まれ出す。
咲き散る花も舞い散る花弁も領域内に存在する呪力も何一つして関係無い、文字通り付近一帯全て等しく吸い込み消滅させていく。
展開された領域に対して、五条菫は自身の領域を展開するでも簡易領域や落花の情といった領域対策を使うでもなく、領域の破壊を選択した。
「見れば分かるよ君の領域、宿儺と同じで外殻を閉じないんでしょ? 馬鹿だなぁ───」
───そんなの相手にボクが真正面から戦うわけないじゃないか。
雪姫の領域には外殻が存在しない、宿儺同様結界を閉じず相手に逃げ道を与えるという縛りによって、その効果範囲を増幅させた領域。
最大有効範囲は宿儺の半分以下の約半径80m、宿儺と比べてしまえば小さく見えてしまうが、それでもその範囲と能力は厄介なことこの上ない代物、五条菫の領域であれば破壊可能であったろう。
故に五条菫は領域の押し合いではなく領域の破壊を選択した、呪力消費と確実性を天秤に乗せ、五条菫は後者を取った。
嘲るように蔑むように言葉を積み重ねた菫に雪姫は自然と歯を噛み締めた、ギリリと鳴る歯の音が雪姫の内心をこれでもかと表していた…しかしそんなことを気にするようなら、五条菫はこの世にいない。
圧縮、圧縮圧縮圧縮、空間を抉り取り込む五条菫の奥義が、宛ら掃除機がゴミを吸い込むかのような手軽さで雪姫の領域を破壊していく、全てが無駄と言わんばかりに崩れ去っていく。
その光景を前に雪姫は直ぐ様逃走を選択、氷で自身の足元を固定しながら滑るように黎の効果範囲から逃れようと足掻く…そんな雪姫の姿を嘲笑うが如く、菫はその手にある黎を一撫でした。
「君は知らないかもしれないけど、ボクの極ノ番は順転を突き詰めたものなんだ…目に映る総て、触れた総てを空間ごと収束するのがボクの極ノ番…だったらさ───」
───逆も、出来るとは思わない?
それは何時か魔虚羅へと語った極ノ番の開示、術式順転『蒼』を突き詰めた先が極ノ番『黎』…ならば、それの反転が出来ないなんてことはないのだと、菫は暗に言ってのけた。
それは悪魔の囁き、それこそなんてことないように言紡がれたその一言に雪姫の顔が青くなる。
総てを無限に収束し続ける黎、空間も呪力も何もかもを取り込み続けたその虚空を、収束から発散へと切り換えれば一体どうなるのか…答えは明白だろう。
突き立てられた指が雪姫を指す、狙いを定めるように片目を瞑り、その先に在る獲物を狙い撃つようにウンウンと唸る菫の姿に、雪姫は動き出した。
「極ノ番 応用ッ…!!!」
自身の持つ極ノ番を応用、順転と反転を混ぜ合わせた呪いを滅するソレを全力で防御へと転用、虹とも白ともつかない色の壁を自身の前方へと設置する。
冷や汗をダラダラと流し、必死の形相で放たれた渾身の防御壁…それに対して菫はケラリと馬鹿にするような笑みを浮かべて…まるで歌うように、それを解き放つ。
「無下限呪術 極ノ番 反転───」
───『
静かな子守唄のように紡がれたその言葉と共に、圧縮された空間が一気に解放された。
音、揺れ、圧力に呪力に空間、それらを収束し圧縮していたそれが方向性を定められて一気に発散させられる。
空間の弾けるような音が空へと響き渡り、次の瞬間には更にそれより尚大きく大きく空間が割れるような音が響き渡る。
ズガンッと放たれたそれは色で言うならば灰色、透明感のあるソレではなく子供が様々な絵の具を一気にぶち込んだかのような混沌とした灰色が進路上にある全てを飲み込みながら獲物へと迫る。
虹の壁と灰色が衝突する、極ノ番の反転と極ノ番の応用が凌ぎを削って互いに互いを喰らい合い…次の瞬間、灰色が全てを喰らい尽くした。
拮抗はほんの僅か数秒、雪姫の防御を菫の『灰』が砕くのに掛かった時間はそれより短く、驚愕も動揺もする間も無く、雪姫は灰色に飲み込まれた。
「オエェっ…!!」
奇跡だ、そう言うしかないだろうこれは。
四肢全てが消し飛び、耳も鼻も同じように消し飛んだ、残っていたのは精々が片目一つだけで私を構成する物の大半は消し飛んでいる…それでも私は生きていた。
呪力防御を展開する暇も無かった、それでも生きている…ならばこれはもう奇跡と言うしかないだろう。
辺りを軽く見回してみれば、それはもう酷い有り様だった…何をどうしたら山が丸々抉れるような惨状になるというのか、私の知ってる限りアイツですらそんなことは出来なかった。
嘔吐物を吐き出しながら、私は自身に反転術式を施す、受けた傷が傷なだけに時間は掛かるが、やらなければ死ぬという自信が私にはあった。
「あれ? まだ生きてるんだ? 少し見ない間にゴキブリにでもなった?」
その声が聞こえた瞬間、掛けていた反転を片足一本に集中させて再生し、直ぐ様その場から飛び退き、繰り出された刃のような蹴りを躱す。
片足だけの跳躍ということもあって不格好に頭から地面へと着地するが、そんなの気にしてる暇なんて無いと両手に反転を掛けて再生…しようとしたところに拳が突き刺さる。
腹部へとモロに入った拳、その先の身体の内側から何かが弾けたような感触が響き、腹の奥底から何かが溢れ出そうとしてくる。
堪らず吐き出されたそれは大量と言うのも生温い程の血液で、直感的に内臓の一部をやられたのだと悟った。
「───ッッ」
「駄目だよ、ちゃんと死ななきゃ」
痛みに喘ぐ暇すら無く、崩れ落ちそうになる私の身体を菫様は私の髪の毛を乱暴に掴んでそのまま私の顔面を地面へと叩きつける。
顔面から響く激痛、浮かしては叩きつけ浮かしては叩きつけを幾度となく繰り返し、何度も何度も味あわせるように私の頭を地面へと叩きつける。
激痛、激痛、激痛…齒も何本か折れ、折れていない部分はボロボロ、鼻が無いから直接骨に痛みが響き、もういっそ悲鳴を上げる余裕すら無い。
何度も何度も繰り返して行く内に飽きたのか、唐突に乱暴に地面に投げ捨てられ、次の瞬間には腹部へと蹴りを叩きつけられる。
荒く咳と血痰を吐き、重症だった部分に反転を掛けて立ち上がろうとするが、立ち上がろうとした私の手を菫様はアリでも潰すかのように踏み潰した。
ビチャリと飛び散る肉と骨の破片、砕けた手の平に力が籠もらず無様に地面に倒れ伏す、身体を打つ雨音だけが私の身体に響いてくる。
痛い、痛い、痛い、死ぬほど痛い…それでもまだ生きたいと足掻こうとして、頭から踏みつけられた。
べチャリと顔が泥に埋まり、泥水が口の中に入った…耳元から聞こえてくる声は早く死んで楽になれと言っている。
嫌だ、まだ楽になりたくない、まだ死にたくないと術式を発動しようとするが…上手くいかない、呪力がまるで練れない、術式が発動しない。
不味い、死ぬ……そう思った時だった。
「あんた馬鹿じゃないの!?」
───『宇守羅彈』っ!!
誰に対しての罵倒なのか、そんな言葉と共に弾けるような衝撃波が響いた瞬間、頭に伸し掛かっていた重みが消え、ふわりと身体が浮き上がっていた。
誰だと視線を向けようとするが…そもそも見えない、改めて目をやられてしまったらしい。
ならば目を治すべきかと言われればそうとは言えず、私は失った内臓や骨と言った重要な器官へと反転を掛けた…あれだけの傷だ、治すにも時間が掛かる。
「…すまない……助かった」
「えぇそうね! 礼として色々助けてもらうから覚悟しときなさいよ!!」
礼は必要だろうと掛けた言葉に怒声混じりの言葉が返される、耳元から聞こえてくる声は嫌に聞き覚えがあり、それはグチグチと何かに対して文句を吐き出していた。
「幾らなんでもこれはないでしょ! なんでよりにもよってこんなタイミングで起こすのよあの腐れ脳味噌!?」
苛つき全開で吐き出されたその言葉に、私はどうしようもない程に…共感した。
菫について
作った当初はこんなことになるとかまるで思ってなかったキャラクター、なんで千年以上生きたエルフの魔法使いをモチーフにしたキャラクターがこんなことになるのか…これが分からない。
元々は沖縄で退場予定だったのを、これやったら沖縄滅ぶなという自制心によってキャラ続行…結果がコレ。
作者的に正直な話をするともうさっさと退場させたい、けど強くて出来ないとかいうジレンマ…もどかしい。
雪姫
まだ生きるよ、だって活躍してないもの。
因みにモチーフは某ウラノスをツンデレ化したらどうなるか。