最近気がついた、そういえば漏瑚って領域が活躍したこと無い…書かねば…的な感じで書いた話。
漏瑚は呪霊だけど、端々から滲み出る人間臭さが凄く好きだと作者は思います、ぶっちゃけこいつがナナミンふっ飛ばしても恨めなかった自分が居る。
怒号、呪霊…漏瑚の苛立ちが爆発する。
五条悟との戦いでただでさえ蓄積していたストレスに加えて計画内に無い両面宿儺の敗北、更に分断された際に戦った上半身裸の男と金髪の老人との鬼ごっこ…漏瑚の沸点は最早限界だった。
そこに叩き込まれた強烈な一撃、身体を内側から抉るようなその一撃に、漏瑚の我慢と沸点は完全にその一線を踏み越えた。
ふつふつと燃え滾る、耳の栓がポンッと音を立てて飛び、そこから吐き出すように勢い良く炎が吹き出る。
爆発に噴火、吹き出た炎が周囲一体を溶かし燃やし破壊していくその光景を前に、扇はつらりと冷や汗を流した。
強大な呪力反応に加えてこの規模である、生かしておいたら何が起きるか分からない、扇は自身の判断は正しかったことを確信する。
しかし、それでも…その強さは、扇の予想を大いに超えていた。
炎が止む、吹き出た炎が沈静化し、次第にその勢いを弱めていく…しかしそこから吹き出る殺意の波に変わりは無く、寧ろ比べ物にならない程に膨れ上がっていた。
印を組む、ニタリと笑う漏瑚の表情に扇の背筋に怖気が走り、今すぐ奴を殺せと本脳が訴えかける…が、既に遅い。
「───領域展開」
───『蓋棺鉄囲山』
宣言されたのは必中必殺の呪術の奥義、呪術戦の最奥が容赦無く老体へと解き放たれる。
暗く染まった空間を岩盤が埋め立てるように覆い、そこから更にマグマに近しいナニカが溢れ出し周囲を満たし、暗く密閉された空間を照らす。
ポコリポコリと泡を立てて周囲へ飛び散るマグマ、ほんの少しでも触れただけで対象を燃やし溶かすそれが、扇の周辺一帯を覆い尽くしていた。
凄まじい熱気、ここに居るというだけでそれこそ焼き切れてしまうのではないかと言わんばかりの熱気が扇の肌を焼く。
事実、漏瑚の領域は並大抵の者であれば領域に引き入れた瞬間にその場で焼き切れる文字通りの必殺の領域。
ましてやそれを展開しているのは呪霊側の最強に位置する漏瑚である、当然その練度や威力は並大抵の括りには入らない。
それでも扇が領域内で立っていられるのは、扇の術式が炎を扱うという関係上、扇自身の炎に対する耐性が非常に高いからという理由があるのだが…そんなことは漏瑚からしてみれば百も承知である。
放つ、術式を発動し術師へと向けて容赦無く放つ。
岩、岩盤、周囲を覆い今尚マグマを吐き出し続けるそれらが触手のように唸り扇へと襲い掛かる…否、襲い掛かる以前に、既に攻撃は扇へと当たっている。
岩盤が唸る、そう認識した次の瞬間には既にその岩は扇の肉体を吹き飛ばし、燃え盛る壁へとその肉体を押し付けていた。
痛みと熱さ、幾ら炎に耐性があろうともあくまでは耐性、無効化には届かないかそれは押し付けられ続ければその時点で無視できないダメージと化す。
押し付けられた壁から溢れ出すマグマが扇へと降り注ぎ、その肉体を赤く黒く焼き焦がして、それは堪らぬと呪力を放出して扇は攻撃から脱出する…が、しかし、そんなことは無駄であると言わんばかりに荒波は続く。
地面が揺れ隆起する、瞬く間に無尽蔵に溢れ出すマグマが漏瑚の手の一振りにより、一斉に津波のように扇の元へと向かい来る。
必中必殺、必ず当たり必ず殺す…その名の通りに、禪院扇という人間がそれを認識した時点で既にそれは扇の肌に触れている。
落花の情は既に発動している、領域相手に領域対策を使わない術師等いない…しかし、それを力技で押し出すだけの圧倒的質量と威力を、漏瑚は備えていた。
結果としてどうなるか…禪院扇の落花の情はいとも容易く押し負ける、手数では無く威力に割り振られたその攻撃は扇の落花の上限を容易く飛び越え、封殺する。
禪院扇は領域を持たない、呪術の中で特に結界術を苦手とした扇は本来の領域どころか簡易領域すら習得することが出来なかった、それほどまでの苦手分野。
しかしそれでも扇は勝ってきた、領域を使う存在であろうが相性が悪かろうが勝って生き延びてきた、伝えられてきた術式の詳細が扇を生かし続けた。
飛び交う無数の攻撃、必ず当たる一撃をなんとか反らし反撃しながら扇は考える、自分と兄は違うと。
兄…禪院直毘人はオーソドックスに強い、術式は基本的に相手を選ばず何時の間にやら習得していた簡易領域の存在、更にそれに加えて会得していた領域の存在が、その強さを助長させていた。
もしも眼の前の存在に当たっていたのが兄であったなら、苦戦はしただろうが…それでも自分程にはならないだろうという確信が扇の中にはあった。
なんとなくではあるが分かっているのだ、このまま行けばきっと己は負けるのだろうと、耐性ごと貫かれて死ぬのだろうと、なんとなくではあるが扇はそう直感していた。
「それは、ならんよ」
自然と口から漏れ出たその言葉は、紛うことなき禪院扇という人間の本心だった。
先程からその意思は何も変わっていない、こいつだけは今ここで必ず殺すと扇は既に決めている。
向かい来る岩と火の連撃、一撃一撃が化物染みているそれらを血を撒き散らしながら捌き、唐突に突撃してきた本体からの蹴りを片腕を犠牲にして防ぐ。
ゴギャリとへし曲がった左腕から血液が油のように滲み出る、突き出した骨が皮膚を破り白い断面がその顔を覗かせる。
激痛に次ぐ激痛、皮膚から飛び出た骨が熱気に触れて瞬時に溶け出し、更かる激痛を禪院扇へと与える。
浅く響く呼吸音、終わりかけの人間が吐き出すような息遣い、最早このままでは勝ち目が無いことを再三、扇は理解した
故に───
「───…許せ」
それは一体、誰に向けた言葉だったのか、誰に向けた謝罪だったのか。
燃え盛る、扇の内側から溢れ出すように炎が燃え盛り、扇の肉体を黒焦げにしていく。
ドクンドクンと脈打ち鼓動を奏でる心臓の音が、急速に停止へと近づいていく、禪院扇の肉体が終わりへと向かっていく。
それに対し、漏瑚はその手を緩めることをしない、さっさと死ねとでも言わんばかりに巨大な隕石のような火の玉を扇へと投げつける。
当然必中、当たることが確定事項と化したその一撃は、今尚炎に包まれる禪院扇へ容易く直撃する。
地面が砕けるに弾ける炎、直撃し爆発してみせた火の玉は漏瑚の視界を赤色へと染め上げ、殺すべき対象の姿を完全に見失わせていた。
しかしそれがどうしたと油断無く見据える、ここは己の領域なのだ、領域内の存在を感知できぬ訳が無い。
漏瑚は今尚も感じている、並の者なら確実に死んでいるであろうその災厄の場に、未だ己が敵が存在しているという事実を。
「───『迦具土神・四式』」
───『
静かに、それは宣言された。
禪院扇の奥の手、その最後の一手が…遂に切られた。
変化は無い、ただ静かに何も無く、ただ静寂だけが領域を支配する。
「…別に、私である必要はないのだ」
ゆらりと紡がれた言葉が領域内へと木霊する、燃え盛るマグマを踏みしめながらゆらりゆらりと『鬼』が歩く。
「明日、一週間、一ヶ月、一年…その先に立っているのが、私である必要はない、ただ───」
───そこに、あの娘共等が笑っていられる明日があるのであれば、私はそれで良い。
鬼の放ったその言葉に漏瑚は既視感を覚え、そして直ぐ様その結論に思い至った…あぁ、此奴は己と同じなのだと。
行き着く先、目指した場所、種族や思考内容…その他諸々全てが違うのだろうが、それでもその信念だけは自身と決して変わらない。
───100年後の荒野で笑うのは儂である必要はない、呪いが人として立っていればそれでいい。
何時か禪院や真人へ向けて言ったその言葉、己等呪いを真の人間とし、今ある人間を偽りとして消し去ろうとする自分とそんな己等を祓う偽物…決して相容れぬ両者の信念はしかし、どうしようもない程に同一のモノだった。
「…お主…名は?」
口から突いて出た言葉は、眼前を悠然と歩く鬼への問い掛け、眼前の鬼を完全な個人として認識したが故の行動。
炎が渦を巻く、ひしゃげていたはず腕から炎が刻一刻と流れ出し、使えなくなった部品を取り外し捨て去るように腕であった物を躊躇無く壊していく。
そうして生まれ出たのは炎の腕、異形とも取れるその腕を握っては緩め、握っては緩めを繰り返し、自身の感覚と照らし合わせていく。
「…禪院…扇」
鬼は応えた、無感動に無感情に、ただ目の前の敵を殺すことのみを一心としたその姿は端から見れば正真正銘の鬼と見えたことだろう。
赤く燃え盛る炎、極ノ番特有の蒼い炎ではなく本来の色である赤をその身に纏ったその姿に漏瑚はふと、まるで我等のようだなと…ふと…そう、ふと…なんとなしに、そう思った。
「…そうか…覚えておこう、禪院扇」
なんてことはない、ただ覚えておこうと思っただけ…そしてそれを、漏瑚はなんとなしに目の前の人間へと伝えた。
感傷ではない、共感したわけでもない、ただなんとなしにそれを伝えてみたくなっただけなのだと、漏瑚は誰に対して言っているかも分からぬ言葉を、ただ脳内で反芻した…ただ、それだけの話。
「───征くぞ」
「───来い」
交わす言葉は少なく、紡がれた言葉に乗ったのは殺意のみ…それを合図として、両者は激突した。
大地と鬼、その最終局面が今、幕を開けた。
迦具土神・四式 『薪火』
実質自爆技。