何か書いてたら全話中一番長くなってしまった、なんでや。
合図は、一体何だったか。
虎杖と七海の同時攻撃であろうか、加茂の弓を引き絞る音だっただろうか、それとも直毘人の術式の発動であったのだろうか…何方にせよ、それらが合図となったことは間違いない。
急速に冷えた大気、凍えるような死の気配、動き出そうとしていた五人の背筋へと悪寒が迸る。
───氷凝呪法 出力最大
「───『霜凪』」
小さく、凍えるような声色と共に押し寄せる、莫大な寒気。
凍り、凍り、凍り、渦中に在った五人と禪院を巻き込んで氷の津波を作り出し、街の一部を氷漬けにする。
ガラスも生きていた烏も生き残りの改造人間も何もかもをお構い無し、さながら氷河期とでも呼んでしまえそうな一種の美しさを持ったその光景が渋谷に広がる。
文字通りの氷漬け…街の一角が氷像と化したその中心で、クツクツと笑い声が響き渡る。
「酷いじゃないか裏梅、私ごとやるなんて…少しくらい手加減してくれても良かったんじゃないかい?」
氷の津波、その災害にも似た氷壁の向こう側からそんな声が響くのと同時に、氷の一部が無惨に溶け出す。
蒼い炎、刀を一振して撒き散らされた蒼い炎が氷壁を貫通し、溶け出した氷の向こう側からなんでもないように禪院が歩いてくる。
カチャリカチャリと氷を踏み砕く音、軽薄な笑みを浮かべながら歩いてくる禪院の姿を、何処かゴミでも見るかのような瞳で見下ろす一人の影。
「ふざけるなよ腐れ脳味噌が、何時まで私を待たせる気だ、さっさと終わらせろ木偶の坊」
白い髪に中性的な容姿、男か女かも分からない体型をしたその影…裏梅と呼ばれた存在は心底苛ついて仕方がないとでも言うように白い吐息を吐き出しながら息をするように毒を吐く。
養豚場の豚…否、寧ろ台所に出現したゴキブリを見るかのような目で自身を見る裏梅の姿に禪院は呆れたようにため息を吐く。
「裏梅、宿儺に会えなくて苛ついてるのは分かるけどそれで私に当たるのはやめてくれないかい? そもそも君が宿儺に残りの指を届けられていたならこんなことになっていないんだからさ」
何処か責めるような口調で放たれたその言葉に裏梅の表情が僅かに歪む…が、それもほんの数瞬のこと、直ぐ様その表情を怒りのそれへと切り替えて、裏梅は言葉を吐き出した。
「あぁそうだな、確かに非は認めよう…その上で聞いてやる───」
───何故、あの女を…五条菫を起こした?
その言葉は凍り切った渋谷に冷たく、確かな旋律を持って、渋谷の最中へと響き渡り…それと同時に、禪院の表情から軽薄な笑みが消えた。
そう…笑みが消えた、それこそ思いもよらない言葉を聞いたとでも言いたげな表情で、まるで何故その名が出てくるのかと言いたげな表情で、初めて聞いたとでも言いたげな表情で。
そんな禪院の反応に、表情に、裏梅は背筋に薄ら寒いものが奔ったのを感じた。
裏梅が五条菫の名を出したのは他でもない、その当の本人と裏梅が接触したからだ。
接触したのはつい先程、宿儺が目覚めた直後…より正確に言うのならば宿儺が禪院廻との戦闘に入る約一分前のことである。
本来の計画では、十本分の宿儺の指を取り込んだ虎杖が宿儺へと変貌した頃合いを見計らい裏梅が宿儺へと接触、所持していた残り五本の指を宿儺へと与え、そうして限りなく完全体へと近付いた宿儺を禪院廻へとぶつける算段だった。
それを邪魔したのが五条菫だ、唐突に目の前に現れて特段何か言うわけでもなく、ニッコリ笑顔を浮かべてこれまた唐突に蹴りを叩き込んできたあの気狂い女のせいだ。
自然と腹を擦る…反転術式で治癒してはいるものの、それでも未だに腹部の傷が痛む、それほどまでの一撃をあまりに唐突に叩き込まれたのだ、それも宿儺の居所までもう少しという所で。
別人なのではないかと疑いもした、流石にあの男でもあの気狂い女は起こさないだろうと…しかし、実際問題五条菫は現れた。
白い髪、毛先が菫色という珍しい髪色に加えて何故だが菫色に変色していたあの瞳、それに加えて軽薄で何処か他者を見下しきったあの傲岸不遜な笑み…その全てが裏梅に五条菫という存在を思い起こさせた。
忌々しい、憎たらしい、何よりこんな気狂い女を叩き起こしたあの男が恨めしい、何故寄りにもよってあの変態ストーカーに勝る爆弾を起こしたというのか。
怒りが内側で爆発する寸前だった、よりにもよって自身の主に出会う直前であったことも裏梅の怒りを煽った原因でもあったが…何方にせよ裏梅の堪忍袋は既に限界に近かった。
しかしそれも、禪院の反応を見た瞬間に急速に冷めた。
あまりに予想外の反応、肯定でもなければ否定でもないその反応に裏梅は直感的に禪院が五条菫の一件に関わっていないことを察してしまった。
ならば何故、どうやってと裏梅の思考は急速に加速し…そのタイミングを狙っていたかのように、それはぬるりとそこに現れた。
───呼んだ?
何気無く耳元から聞こえてきた無邪気な声、無邪気に無自覚に悪意をばら撒く絶対に聞きたくなかった声が、裏梅の横側から聞こえてきた。
視線を咄嗟にその方向へと向ける…が、そこには誰も居ない、影の一つも存在しない。
───駄目だよ、殺すならちゃんと殺さなきゃ……ほら、来るよ。
再び届いた忌々しい声、今度は左耳を通して届いたその声に、裏梅はこれまた瞬時にそちらへと視線を向け…その隙を突くように、背後の氷壁を突き破りながら男は…虎杖悠仁は現れた。
虎杖は自身の主である宿儺の器、殺すわけにはいかない、故に裏梅は霜凪を放つ際に虎杖への凍結を敢えて弱めた。
結果として、虎杖は特段傷を負うこともなくこうして裏梅の下まで向かってきたわけなのだが…だからどうしたと冷たく虎杖を見据える。
裏梅からしてみれば虎杖など主の器でさえなければ何時でも殺せる程度の弱者でしかない、それが向かって来たからなんだと言うのだ、軽く捻るくらいは造作もない。
呪力を漲らせて突進し、その勢いのままに拳を叩きつけるように振りかぶる虎杖に対し、裏梅は表情一つ変えることなくそれを迎え撃つ。
振りかざされる拳、地面ごと砕かんと言わんばかりに振り抜かれた拳を裏梅はなんでもないように受け止め…瞬間、想像以上の馬力に表情を歪めた。
地面が砕ける、足が沈み込み亀裂が走り、そこから更に上乗せされたかのような重さが裏梅へと降りかかる。
想像を超えた力、少なくとも直撃すれば明確なダメージとなることは間違いないとそう確信させられる程のパワー…なるほど、主の器になるだけはあると裏梅は僅かに虎杖への評価を改めた。
しかし…それだけだ、未だ未熟にして脆弱だと、裏梅は虎杖の腹を蹴飛ばし距離を取る。
───『霜凪』
再び霜凪を虎杖へと向けて放つ、今度は歴とした通常出力で。
あの程度の凍結では虎杖悠仁は止まらない、ならば今度は死なないギリギリを攻めた凍結でキチンと動けないレベルにまで凍らせて動きを止める。
霜凪が虎杖へと向かう、全てを凍てつかせる何時か見たその光景の再現、それを前にして尚も虎杖は臆することなく突っ込んだ。
触れれば凍る、当たりどころ云々ではなく当たるタイミングが悪ければ肉体が砕けて死んでしまう…そんな場所目掛けて虎杖は一切の躊躇無く踏み込んだ。
自ら霜凪に当たりに行くかの如き愚行、それを行った虎杖に裏梅は呆れたようにため息を吐きかけ、しかし同時に器であるこの男がそこまでの馬鹿であるはずがないだろうとそれら油断を斬って捨てる。
───パァンッ…!!
裏梅の推察は正しかった。
虎杖が霜凪に触れるか触れないかの直前に鳴り響く拍手の音、鳴り響いた拍手と同時に虎杖の姿が搔き消え、代わりに呪力を纏った石ころが裏梅の視界に入り込む。
気配と呪力を追い虎杖を索敵、即座に右方面へと視界を移し虎杖を視認する、その距離は霜凪が放たれる前とほぼ同程度のもの。
足に呪力を纏い、更にもう一度裏梅に突撃を仕掛けようとする虎杖に対して、裏梅もまた同様に術式を使用しようと呪力を回した。
同じ行動に同じ状況、まるで鏡合わせか何かのような現状の下で虎杖は考える、どうやってアレを突破するかと。
虎杖はその術式を知っている、交流戦の際に雪姫と交戦していた虎杖はその技がどういうものなのかを知っている、その恐ろしさも。
故に考える、どうやってあの絶対零度に等しいソレを突破し、更にどうやってそこから相手に打撃を叩き込むかを思考した…その瞬間である。
───虎杖くんはさ、必殺技とか持ってる?
虎杖の脳内を、何時かの記憶が駆け巡った。
夕焼けに沈む校舎の中で唐突に問われたその言葉に、虎杖は無いと答えた、術式が無いからそんなものは無いのだと。
そう答えた虎杖に男は…禪院廻はクスリと笑い、言い放った。
───じゃあ、それっぽいので良いなら教えてあげようか? 出来るかどうかはちょっと君の感覚頼りになるかもしれないけど。
次の瞬間、虎杖は一歩踏み込んでいた。
呪力が奔る、呪力が満たされ迸る、何時かの記憶の通りに虎杖悠仁は動き出す。
呪力の流れ、何時も殴り蹴る時にそうするように呪力の流れを意識し足へと注ぎ込み、大きく一歩を踏み出す。
通常の身体強化ではない、攻撃を行う際の呪力の流し方、打撃に合わせる為の呪力の流し方で、虎杖は前へと踏み込んだ。
瞬間、黒い火花は虎杖へと微笑んだ。
足元、踏み込んだ足先から黒い火花が迸る、虎杖の感覚が鋭利に研ぎ澄まされ、思考が万能感に満たされる。
僅か一瞬の内に起こった脳内の覚醒、それと同時に引き起こされる黒閃の効能、即ち2.5乗の攻撃強化が別の形で適応される。
踏み込んだ足から迸る黒い呪力、踏み出し踏み込んだ足が沈みそこから流れと本能のままに虎杖は全力で前方へと突撃する。
通常速度の2.5乗の移動速度、虎杖の成したそのスピードは音速へと至った穿血へと迫る程の速度を見せる。
あまりの速さ、唐突に底上げされた虎杖の速さに流石の裏梅も面食らい、即座に懐へと潜り込んだ虎杖へと反撃しようとするが…如何せん目が追いついても肉体が追い付かない。
握り締められた拳、引き絞られガチリと固められたその一撃が裏梅の肉体へと直撃する。
───黒閃
再び灯った黒い火花が、まるで花火のように虎杖の前で弾けた。
拳が裏梅の肉体を打つ、深々と入り込んだ拳がメギャリと音を鳴らして骨へと罅を入れ、そのまま裏梅の肉体を吹き飛ばし、氷壁にその肉体を叩きつけた。
花火のように咲き散らした黒い火花、未だパチリパチリと拳が迸る黒いソレは、何かを祝福するように虎杖の肉体へと残留していた。
パチパチと拍手の音が鳴り響く、音の先では禪院が心の底から祝福するように満面の笑みを浮かべて虎杖へと拍手を送っていた。
「良いね、素晴らしい、それを見たのは本当に久しぶりだ」
───嬉しいよ、それを見られて。
嬉しそうに、楽しそうに、心底愉快そうに、禪院という人間は心の底から笑みを浮かべていた。
まるで子供の成長を喜ぶ、親元のように。
それに対して、虎杖はただ無言でパキリと、腕を鳴らした。
黒い、花火が咲く。
虎杖くんの主人公っぽい姿が見たくなって書いた、反省はしてないけどその前の長過ぎる愚痴は反省している。
虎杖くん
ちゃっかり廻に鍛えてもらってたし必殺技っぽいのも教えてもらってた子、しかもそのせいで基本的なステータスが上昇しちゃってた子。
後ろからグットティーチャー『G』に見られてたことに終始気がついてなかった子、ついでに伏黒も見てた。
黒閃(移動)
黒閃を移動に転用した技、単純に死ぬほど速くなる、因みに廻が使うと穿血くらいなら平気で追い越す。
学生時代の五条先生が廻の両腕を吹っ飛ばした直後に一気に近づかれてボコボコにされたのはこれが原因。