そろそろ渋谷事変も終わりかな?
ずっと、違和感があった。
何故、雪姫は俺に人を殺すなと言ったのか。
何故、雪姫は度々俺と禪院を引き離そうとしていたのか。
何故、雪姫は俺達をあの場所から逃がそうとしていたのか。
本当の意味で生まれ落ちてから約数ヶ月、その間に俺と禪院が関わった回数は数える程しかなく、なんなら顔を合わせた回数も数えられる程しかない。
何がなんでも、雪姫は俺達と禪院を頑なに接触させようとはしなかった。
ずっと違和感があった…壊相に蒸れない服を作り、喜ばせた彼女が…血塗の遊び相手となり、懐かれていた彼女が…俺に実戦経験を積ませ、俺に道筋を示そうとした彼女が、それだけは絶対に駄目だと言わんばかりに俺と禪院との関係を断ち切っていた。
計画の時にしてもそうだ、雪姫は計画の説明の際も俺達を決して同行させず、計画の大筋を聞いた雪姫が口頭で俺へと内容を伝えるという方法を取っていた。
そう…本当に雪姫は俺と禪院に関係を作らせなかった、例えそこに何があろうとも絶対に俺達兄弟を奴の計画に関わらせようとはしなかったのだ。
違和感があった、何故だという違和感が常に頭の中にあった、何故俺と禪院の接触を恐れるのかという違和感を俺は常に感じていた。
直接聞いてみたこともあった、何故だと…しかし雪姫は奴は胡散臭いからと真面目に答えなかった、決して俺の何故には答えてくれなかった。
だから、俺は今日ここに至るまでに常に違和感を抱えながら生きてきた…そう、今ここに至るまでは。
沸騰しそうになる脳内をギリギリで押さえつけて冷静さを保とうとする、歯をギリッと噛み鳴らして眼前に存在する怨敵を睨みつける。
黒い髪に琥珀色の瞳、額に傷の入ったその男は腹部に奔った横一文字の傷痕を撫でながら俺へと軽薄そうな笑みを浮かべていた。
瞬間、脳内に過ぎるのは何時かの光景…一人の男が笑みを浮かべながら、苦しみ悶えて悲鳴を上げる母を翫ぶ光景…その男の額に、一筋の縫い目が存在した。
あぁ、そうだ…雪姫は正しかった。
きっと分かっていたのだろう、分かっていたから必死になって俺と奴の関係を断った、何があっても俺と奴に関係を構築させないようにした、俺が何か一つの切っ掛けさえあれば気づくと確信していたから、それが起これば俺が何をするのかを知っていたから。
怒りが身体中に溜まっていく感覚がする、奴への怒りと自分自身への怒りが熱量となって俺の肉体へと流れ込んでいくような感覚がした…それと同時に湧き上がってくる彼女への感謝。
良かった、人を殺さなくて。
良かった、兄弟が奴と関わらないで済んで。
良かった…お前を信じて、本当に良かった。
ありがとう雪姫、お陰で俺は仇に手を伸ばせる、お陰で俺は───
───加茂憲倫ィィィッッ!!!!!
放たれた赤い弾丸、それが禪院へと射出されると同時に、虎杖は既に動き出していた。
一息に足を踏み出し急速に禪院の懐へと接近する、音速へと至った赤い弾丸に遅れぬように可能な限り素早く無駄なく、禪院の懐に潜り込もうと歩を進めた。
緩急差の無い遅延の攻撃、赤い弾丸…穿血を避けたその瞬間を虎杖は突いてくるだろうことは明白の布陣…それを前に禪院は───
「君に興味は、無いんだけどね」
たまには良いかと、何処か投げ遣りな言葉を呟きながら徐ろに刀の柄へと手を添えて、瞬時に抜刀した。
居合…神速とも見紛う程の速度にて振り抜かれた一刀がいとも容易く穿血を斬り落とし、その勢いのままに振り抜かれた刀を虎杖へと容赦無く振るう。
一太刀目程とはいかないがそれでもその速度は高速、当たれば致命傷は確実にその一撃に、しかし虎杖は一切怯むことなく刀の腹へと蹴りを叩き込んだ。
弾かれる銀光、慣性に引かれるように弾かれたその刀を狙って再び穿血が放たれる。
本体ではなくその武器を狙った攻撃、僅かな小さな的を狙って放たれたそれは脳天や急所を狙ってくると予想していた禪院の思考の隙間を縫うように、刀へと直撃した。
ガツンと音を鳴らして再び刀があらぬ方向へと弾かれる、砕くことは出来ずとも振るおうとした刀の急な動きに禪院の動きは乱れた。
そこへ虎杖は踏み込み、引き絞った拳を禪院へと放つ。
最大呪力出力による全力の拳、踏み込みから引き絞る拳の力に至るまで全てが全力中の全力のその一撃に、虎杖は確信を持って一切を注ぎ込んだ。
撃てる…ゾーン状態であるが故の極限の集中力、それが虎杖へと雄弁にとある事実を教えてくれる、撃てると。
黒閃を狙って撃てる術師はいない…しかし今の虎杖には確信があった、絶対に撃てるという確信が虎杖の中に確かにあった、だから虎杖はこの拳にありったけを注ぎ込んだ。
敵は刀を弾かれて僅かに動きが揺らいでいる、向こうが刀を振るうよりも先に自身の拳が届く。
拳が振るわれる、真っ直ぐと標的目掛けて突き進む拳…それに遅れるように敵手の刀が振るわれ…その直後に飛んできた赤色のチャクラムに刀を弾かれた。
衝突する鉄の音、眼の前で火花を散らしながら弾かれる刀に視線すら向けず、虎杖は地面が割れる程に強く踏み込み、禪院の胸倉へと自身の拳を叩き込む…その直前───
「っ!?」
虎杖の身体が、唐突に沈んだ。
圧力…否、もっと物理的な何かが虎杖の上方から肉体へと押し寄せ、虎杖の肉体を地面へと叩き伏せた。
罅割れ砕ける地面、あまりに唐突に襲いかかってきたソレに虎杖は咄嗟の対応すら許されず地面に沈む。
何が起きた…それすら理解出来ずただ今この現状にただひたすら耐えることしか出来ない…そんな虎杖の腹部へと鋭い蹴りが突き刺さる。
モロに、まともに、回避運動も防御も一切許されない状況で食らった蹴りが虎杖の内側にまで強く深く響き渡り、そのまま何も出来ずに血を吐き出しながら蹴り飛ばされる。
空中に血を撒き散らしながら吹き飛ばされる、地面を滑空するかのように吹き飛ばされた虎杖は腹部に奔る痛みを抑えながら受け身を取ろうと身体を動かし、直後に肉体を誰かに受け止められた。
「無事か?」
耳元から聞こえてくる声に反応して視線を動かせば、そこにいるのは先程の男、独特の髪型をした謎多き男の姿…それが虎杖の肉体を慮るように抱え込んでいた。
男…脹相の言葉に応と一言答え、そのままそこから離れて立ち上がり、男の隣へと並び立ち、何気無く首をゴキリと鳴らす。
「先程のアレがなんなのか、分かるか?」
「分かんねぇ、何か急に上から抑えつけられたような感じだった、具体的には何も分かってない」
「そうか…だったら───」
───とりあえずは重力と言うことにしておこう。
何気無く、何処か事務的な様子で交わされた言葉の応酬、両者共に眼前の怨敵を殺すことしか考えていないが故の会話、初対面で初共闘ということからしてみてもそれは当然のこと…それでも───
「誰だか知らないけど…死ぬなよ、後で聞きたいことがある」
「それは此方の台詞だ、死ぬなよ
両者共に、互いを使い潰す気は更々皆無であった。
虎杖が飛び出す、馬鹿の一つ覚えのように地面を踏み締め飛び出した虎杖の動きに合わせるようにパシンと軽快な音が響き渡る。
名前を呼ばれた、目の前の男と同じく初対面の人間に…しかし虎杖がそこに不快感を覚えることはなかった。
何故だろうとも思うが、大体そんなもんだろうと思考を切り捨て禪院へと肉薄した虎杖はこれまた馬鹿の一つ覚えのように拳を禪院へと振り抜き、それと同時に赤い血の弾丸が飛んでくる。
先程と同じ状況に加えて同じ攻撃、再現と言われても特段おかしくないその内容に禪院は即座に両者の意図を理解した…自身の術式を暴く気なのだと。
「うん、流石に駄目かなそれは」
───術式開放『焦眉之赳』
何気無く軽い調子で呟かれた言葉、それと同時に禪院の内側から青い炎が吹き上がり、それがそのまま拳を振るった虎杖へと襲いかかり、それと同時に飛んできていた穿血をその熱量のままに掻き消す。
想定外…やってきたのは想定していた重力ではなく炎、唐突且つ想定外のソレに対して虎杖は咄嗟に大きく後方へと跳躍してそれを回避する。
冷静に、沈着に、本能ではなく思考的な部分が当たれば碌なことにならないと虎杖に呼びかけたが故の回避、そのまま攻撃続行のリスクとリターンを考え、リスクに傾いたが故の判断。
そして、それらの行動を拍手で称賛するように…それは現れる。
───よぉ、メロンパン
そんな声が禪院の耳元に、間近に聞こえてきた。
思考が固まる、肉体が咄嗟に本能に従って動き出す、今動かねば死ぬと思考的にも本能的にも察知した禪院は、二つの術式を同時に起動するという無茶を実行しようとし───
「歯ァ食いしばれっ…!!」
それよりも圧倒的に速く…否、それら障害すら突き抜けるだろう程の絶対的な一撃で以て、禪院の顔面を打ち抜いた。
首が捻じれ飛ぶ、首が消し飛ぶ、首が二周三周する、頭が花火みたいに弾け飛ぶ…そんな光景を幻視してしまう程のダメージが顔面からその下へと響いてくる。
吹き飛ぶ、弾け飛ぶ、抵抗も障害も物理学も何のそのとでも言わんばかりに肉体を吹き飛ばされた禪院は受け身を取ることすらままならず、そのまま───
「…嘘やん」
近場にあったビルへと突っ込み、更にはそれすら貫通して何処かへと消え去って行った…そんな漫画やアニメのような光景を前に、虎杖はポカンとしたような様子で、ただ呆然としたように言葉を呟いた。
そして、その当の現状を作り出した本人は───
「大丈夫虎杖くん…と隣の人、怪我とかしてないっ!?」
何処か慌ただしく、心配したような様子で此方側へと駆け寄って来ているのだった。
───呪術高専京都校所属 現特級術師 『禪院廻』
───現着
終わりは、近い。
メロンパン
唐突に現れた主人公くんに脳内で嘘やんと呟いていた男、黒閃だったら多分死んでたんじゃないかな?
主人公
遅れた理由:渋谷に居た呪霊と受肉体全てを文字通り全滅させてきたから。
お兄ちゃん
この後、虎杖くんに俺はお兄ちゃんだぞをして、普通に受け入れられる、兄ちゃん呼びに泣いた。