仕事の忙しい期間がやっと終わった…これで原神が出来る。
こんな術師がいるのかと、こんな術師が居たのかと、鹿紫雲は無意識の内に歓喜した。
音を引き裂いて振るわれる棍、頭蓋を砕いてやると言わんばかりに横合いから振り抜かれたそれを鹿紫雲は紙一重の領域で躱し、そこから懐へと一歩を踏み込む。
しかし許されない、踏み込んだ足へと返す刀のように突き落とされる棍による一突きがそれの邪魔をする。
踏み込みによって力んだ足を咄嗟に僅かに下げて突きを躱す、空振った棍による突きが地面を砕く。
当たればまず確実に足を潰されていたと確信する程の威力、それを前に鹿紫雲は内心冷や汗を掻いた…しかし、それでもと鹿紫雲は前へ前へと踏み込んだ。
行け、攻めろ、ここで行かなきゃ何時行くのだと、鹿紫雲はその顔に笑みを携えて拳を振るう、バチリと弾けた雷は鹿紫雲の内心を表しているかのようだった。
突き放たれた一筋の拳、顔面目掛けて放たれた素早くも鋭いそれに、廻は唐突に手にしていた棍をポイッとその場に置くように投げ捨て…目にも止まらぬ速さで以って、鹿紫雲の腕に六発もの打撃を叩き込んだ。
腕に激痛が奔る、手首から二の腕に至るまでに叩き込まれた約六発もの打撃…深く、鋭く、躍動するかのような速度と手慣れた動きから放たれたその打撃が吸い込まれるように鹿紫雲の腕へと直撃した。
手首の砕ける感覚、内側にあるはずの筋肉が裂けるような感覚、そしてそれを守っていたはずの骨が粉砕されたような感覚…それら全てが激痛となって、鹿紫雲の下へと押し寄せてくる。
あまりの痛み、あまりに突発的にやってきたその激痛に鹿紫雲は思わずと言ったように呻き声を上げた、それほどまでの激痛。
体幹が僅かに揺らぐ、痛みによって揺れた意識と共に現れたそのほんの僅かな隙を逃す禪院廻ではない、ここで仕留めてやろうと言わんばかりに更なる一撃を鹿紫雲へと見舞おうとする…その刹那、鹿紫雲は半ば反射的に動き出していた。
咄嗟、咄嗟の行動だった、痛みに震える左腕を無理矢理前へと上げ、それを鹿紫雲は真っ直ぐと眼前の標的へと向ける…フリをした。
実際のところは腕なんていらない、そんなものは必要無い、ただほんの少し注意を逸らせれば何でも良いだけの捨て札でしかない。
鹿紫雲は電気と同質の性質を呪力を電荷分離する、打撃と共に対象へとプラスの電荷を移動させ、自身にはマイナスの電荷を蓄える。
本来であれば、自身に蓄えたマイナス電荷を地面への放電をキャンセルした上で対象へと自身に蓄えた電荷を誘導する必殺の一撃を相手へと叩き込むのだが…鹿紫雲はそれをしない。
直感…否、最早確信にすら近いその感覚、必ず避けられるという確信が鹿紫雲の中には存在した…故に、行うのはもう一つの必殺。
鹿紫雲が電荷を溜めているのは自身や相手だけではない、つい先程まで自身が使い、奪われ使われていた棍にもまた同じように電荷を溜め込んでいる。
故に、投げ捨てられた棍から引き戻すように上記と同様のことを引き起こせば、それは自身との間の直線上に存在する物体を引き裂く稲妻と化す。
帰還電撃…あくまで鹿紫雲の体質、呪力特性によって引き起こされるこの一撃は単純な呪力防御によるものでは到底防ぐことは出来ず、尚且つ禪院廻の意識は自身へと向けられた腕へと向いていた。
時間にして僅か一瞬、後方で弾ける呪力反応に流石と言うべきか、廻は即座にそれに反応してみせた…しかし既に遅い。
雷光が奔る、時間にして一瞬にも満たない程の僅かな時間、その僅かを駆け抜けるようにして雷光が迸り、そしてそれが廻の腹部へと直撃した。
吹き飛ぶ、弾け飛ぶ、ボンッという何かが爆ぜたような音と共に廻の腹部に大きな風穴がポッカリと空き、そこからうどん玉のように臓器が溢れだそうとしてくる。
風穴の空いた腹部に溢れかけの臓器、更に脱力していく肉体に今にも折れて倒れ込みそうな自身の足、そしてそれらから迸るどうしようもない程の激痛…それら全てに知ったことかと無視を決め込み、廻は渾身の拳を鹿紫雲の顔面へと叩き込んだ。
あまりに予想外、あまりにもあり得ないその行動に鹿紫雲の思考は一瞬停止し、次に動き出した時には既に敵手の一撃が目と鼻の先に存在していた。
歯が飛ぶ、顔が割れる、頭蓋が砕ける…それらの光景を幻視してしまう程に重く鋭い一撃、死に体の人間が放つようなものではないソレに、鹿紫雲は反応すら出来ずに吹き飛ばされる。
吹き飛ばされる身体、宙を浮き、建物の壁を突き抜けていく自身の肉体…そして、そこへと猛スピードで追いついてくる敵手の姿に、鹿紫雲は───
「───クハっっ!!」
笑った、嗤っていた、どうしようない歓喜の感情に鹿紫雲の頬が獣か何かのように釣り上がる。
吹き飛ばされた勢いをそのままに大きく一回転して体勢を整え即座に地面へと着地、勢いを殺しきれずにそのまま自身が後方へと下がり続けるのを無視して、鹿紫雲は次の一撃に備える…否、備えようとした。
それをする前に、それどころか備えようとしたその時点で既に、鹿紫雲の腹部へと廻の蹴りは突き刺さっていた。
猛スピードの中から滑り出すように繰り出されてた鋭い蹴り、火花すら散る程の速さで以って繰り出されたソレは鹿紫雲の意識すら通り越して、敵手の肉体へと槍か何かの様に突き刺さる。
ベキベキ、バキバキと肉体の内側から響いてくる嫌な音、自身の肉体から鳴り響くその不快な音に鹿紫雲は思わずと言ったように息を吐き出し、それと同時に半ば反射的に拳を振るう。
捨て身紛いのカウンター、半ば反射的に繰り出されたそれに対して廻は放たれた拳を起点とし横薙ぎに回転、その回転の勢いのままに鹿紫雲の横顔へと再び蹴りを打ち込んだ。
大きく揺れる肉体、脳へと届いたその一撃に鹿紫雲の意識がプツリと一瞬途切れ、そこへと畳み掛けるように脳天へと踵落としが叩き落される。
途切れた意識が無理矢理覚醒させられる、脳天へと落とされた踵落としによって地面へと叩きつけられた鹿紫雲へ、更に追い打ちと言わんばかりに足が振り下ろされる。
踏みつけ、単純且つシンプルなその追い打ちを鹿紫雲は咄嗟にその場から飛び退き躱し、それと同時に落ちていた棍を拾い上げた。
砕け散る、空振った踏みつけが地面へと激突し、そこから広がるように地面へと亀裂が走り、果ては隆起し砕け散る。
喰らっていれば死んでいた…そう直感的に悟った鹿紫雲は棍を構え…ふと、何気無しに言葉を発した。
「オマエ、名前は?」
唐突に放たれた言葉、殺し殺されの呪い合いの中に居たとは到底思えない程に安穏としたその問いに、廻は何処かキョトンとしたような様子で動きを止めた。
「…禪院廻」
あまりに唐突且つ突発な問いかけ、それに特に何をするでもなく動きを止めて、短く簡潔に自身の名を答えた。
停止した殺し合いの場、互いに構えを維持した状態で交わされた問いと答えに廻は困惑し、鹿紫雲はクツクツと声を漏らした。
まるで、望みの存在を見つけたと、そう言うように。
「…禪院廻…お前に聞きたいことがある」
何気無いように鹿紫雲が口を開く、先程まで浮かべていた笑みを捨て去り、その顔に貼り付けられたのは何処か寂しさを感じさせるような冷たい表情に、廻は僅かに構えを解いた。
「強さとは孤独なのか、強者とは一人なのか…俺には分からなかった、俺にとって俺以外の存在は突いたらそれだけで壊れる脆い土塊でしかなかった」
「弱さを知らずにどうやって他人と関わり合えばいい、どうやって他者を慈しめばいい…俺には出来なかった、他者が脆い土塊にしか見えなかった俺には」
「教えてくれ
───最強の片割れよ。
それらの言葉が、廻には悲鳴に聞こえた気がした。
強者故の孤独…愛を知らぬ、愛が分からぬが故に葛藤し、孤独を抱え込み続けた男の吐き出した告白…その悲鳴の発露に廻は、一言ごめんと答えた。
吐き出された謝罪の言葉、それに目を見開いた鹿紫雲へと、その悲鳴へと真摯に答えるように廻は言葉を吐き出していく。
「俺は…最初から強かったわけじゃない、弱さを知らなかったわけじゃない、寧ろ俺は最初の方は明確な弱者だったんだ」
「俺の周りには強い人がいっぱい居た、俺の周りには俺を愛してくれる人が沢山居た、俺はその人達を見て育ってその人達から教わって強くなった…俺は一人で強くなったってわけじゃないんだ」
吐き出しながら思い出す、遥か昔の情景を、千年前の光景を。
初めての呪霊に怯える自分の姿、運良く得ることの出来た師にボコボコに伸される自分の姿、弟と親友との才能の差に若干落ち込んでしまっていた自分の姿…全てが在り在りと思い出せる程に懐かしく、大切な思い出達。
強くなっても何も変わらない、弱かった時から何一つとしてそこに孤独を感じたことはない…少なくとも、禪院廻は強者故の孤独を知らずに育ってきた。
だから、だからこそ───
「だから…ごめん、俺は貴方の問いには答えられない、俺は貴方の望む答えを持ち合わせていない…本当に、ごめん」
自分はその答えを持っていないのだと、廻はバカ正直に鹿紫雲へと打ち明けた、それを自分は知らないのだと。
それに対して鹿紫雲は何処か沈み込んだような声色で一言、そうかとだけ呟いた、まるで望むものが手に入らなかった子供のようにそう呟き…でもと、廻は言葉を続けた。
「名前、聞いてもいいですか?」
「…鹿紫雲だ」
ほんの僅かな間、問いかけられた言葉に対して僅かに出遅れながらも答えを口に出した鹿紫雲に対し、廻はゆったりと構えを取り、口を開いた。
「鹿紫雲さん、俺は貴方の問いには答えられない、貴方の望む答えもきっと持ち合わせてはいない」
それが現実だ、禪院廻という人間は、鹿紫雲という強者の求める答えを何一つとして持ち合わせていない、弱さも愛も知っている廻にはその孤独に寄り添いようがないのだと廻は判断した。
でも、それでも、だからこそ、せめて───
「───来てくれ、鹿紫雲さん…貴方の全力を受け止めることくらいなら、俺でもまだ出来るかもしれない」
その言葉を放つと同時に、廻は自身の呪力出力を最大にまで一気に引き上げた。
誤魔化しも節約も一切無し、正真正銘の最大出力、静かに揺らめいていた呪力が深く重い威圧感を持ったソレへと変わっていく…その姿を、鹿紫雲は何処か呆然としたように見つめ───
「───クハッ…!」
小さく、狂気にも似た笑みを溢した。
鹿紫雲の孤独問題は難しいと作者は思う…これであってるのかこれ?